第百三十三話 これで終わりだァァァァァッッッ!

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうかな?」


「パパッ!?

 富士山噴火しちゃうのっ!?」


「フフフ……

 さてどうなるんでしょう?

 さあ今日も始めていくよ」


 ###


「勝負には負けたが、戦争には勝ったのだァァァァッッ!」


 呼炎灼こえんしゃくがカッと目を見開き、勝利の笑みを浮かべる。


「そ……

 そんな……」


 ドシャッ……


 僕は両膝を力無く付く。


 身体を巡る絶望感。

 全てが無駄になってしまった。

 もう無理なのか。


 いや、そんな事は無い。

 今からでも遅くない。


 呼炎灼こえんしゃくの意識を断ち切れば。


 グアッ!


 僕は急いで起き上がる。


「ククク……

 その行動がすでに手遅れなのだ……

 火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションが発動してしまってはもう吾輩を気絶させても状況は変わらんよ……」


 ビタァッ!


 僕の振り上げた拳が止まる。


「クソッ……!

 クソッ……!」


 悔しい。

 物凄く悔しい。


 今まで兄さんがやって来たのは何だったのか。

 僕と再会する前から少しずつ情報を集めて頑張っていたのに。


 兄さんだけじゃない。

 特殊交通警ら隊の皆も、げんや蓮だって。


 特に二人にはせっかく静岡まで出て来てもらったのに本当に申し訳が立たない。


「泣くな……

 少年……」


 ポタッ……

 ポタッ……


 俯いた僕は自然と涙を流していた。

 これが悔し涙か。


「え……?

 あれ……?」


 驚いた僕は急いで目を拭う。


「少年……

 君はよく戦った……

 強大な吾輩に臆することなく……

 どうだ……?

 晨竜国に来ないか……?

 吾輩は何も強権を振るうデストピアを作ろうと言う訳では無いのだ……

 迫害を受けている竜河岸を救いたいだけなのだよ……」


「え…………?」


 正直僕の心は揺らいでしまった。

 呼炎灼こえんしゃくについて行くのも悪くないんじゃないかって。


 でも次に浮かんだのは兄さんの顔。

 僕は頭を振る。


 僕は何を考えていたんだろう。

 ここで首を縦に振ると兄さんを裏切る事になってしまう。

 それは絶対に出来ない。


「…………すいません……

 それはお断りします……

 兄さんを裏切る事は出来ません……」


 それを聞いた呼炎灼こえんしゃくの顔が強張る。


「フン……

 やはり力を示さねばわからぬか……

 見よ……

 これが火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションの力だ……」


 大の字に寝そべっている呼炎灼こえんしゃくの目が紅く光る。


 ゴゴ…………


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 大地が揺れ出した。

 さっきの地震より大きい。


「うわぁっ!」


 ドシンッ!


 僕はバランスを崩し、尻もちをついてしまう。

 これは人が起こしているのか。


 げんもベノムの力で地震を起こす事は出来るが、それとは規模が違う。

 桁違いに。


 ゴゴゴゴゴ…………


 やがて地震が止んでいく。


「これが……

 火山着火堡ヴォルケノス・イグニッション……」


 僕が驚いている表情を見せると、同時に呼炎灼こえんしゃくも驚いた表情を見せる。


「ん……

 おかしいな……

 何故だ……?」


 何か不思議がっている。


「どうしたんですか……?」


「いや……

 吾輩は……

 特に地震を止めようとは思っていないのだが……

 何故止んだ?」


「いや……

 僕に聞かれても……」


「吾輩も使うのが初めてのスキルだから……

 詳しくは……

 少年……

 吾輩をボルケの所まで連れて行ってはくれないか……?」


「えぇっ!?」


 僕が突然の申し出に驚きの声を上げる。


 この人は何を言っているのだろう。

 敵にタクシー代わりになれと言うのか。


「そんな事、出来る訳が無いでしょう……」


「なら吾輩をここに置いて行くか……?

 兄の目的は吾輩の身柄を確保するのでは無かったのか……?」


「そ……

 それは……」


「それでも意地を張ると言うのなら……

 富士山を噴火させても良いのだぞ……」


 これはハッタリだ。


 おそらく今、火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションは操作不可能状態。

 少なくとも意のままという訳では無い。


 それは呼炎灼こえんしゃくも認める所だ。

 僕が絶望感や恐怖感などで今さっき話した事も正常に判断できないと考えているのだろう。


 少年だからか絶望感の大きさからか判らないが呼炎灼こえんしゃくは僕を侮った。


 僕は冷静だった。

 先の発言から現時点では噴火させる事は出来ないと言うのは解っている。


 ただ呼炎灼こえんしゃくの言ってる事も理が無い訳では無い。

 確かに兄さんの目的は呼炎灼こえんしゃくの身柄を確保する事であって殺す事ではない。


 僕に逮捕する事なんて出来る訳が無い。

 やはり兄さん、ないしは警察側の人の指示を仰がないとどうにもならない。


 そして僕が出した結論は……


 ギュッ


 僕は右拳を握る。


 ビュォッ!


 右拳から突風が噴き出る。


 未だ最大魔力注入マックスインジェクトは健在の様だ。

 これで確定。


 最大魔力注入マックスインジェクトは時間経過で解除はされない。

 魔力消費かもしくは自身で解除の意思を示さないと解けないんだろう。


「わかりました……

 だけど条件があります……」


「何だ……?

 言ってみたまえ……」


「ここで仮眠をとる事です」


「は……?」


 この目的は二つある。


 まず夜が明ける事での視界の確保。

 そして体力の回復。


 呼炎灼こえんしゃくは完全に動けない。

 それでは運ぶのにも手間だからだ。


 それに回復は兄さんにも当てはまる。

 兄さんは悲鳴を上げていた。

 となると死んだわけではない。


 これは半ば賭けにもなるが、兄さんが何らかの回復手段を持っているとしたら、時間はあった方が良い。

 側にボギーもいる事だし、何とかなるのではないかと思っていた。


「これが呑めないのなら……

 僕は絶対に貴方を運びません……」


「まぁ……

 寝るだけで良いのなら構わんが……」


「ありがとうございます……」


 パチパチパチ


 木々が爆ぜる音を響かせながら、轟々と燃えている大樹群を見上げる僕。


「あの……

 この火事を止める方法を教えてくれないですか……?」


「ん?

 なら周りの可燃物を除去すれば直に火は止むぞ」


「わかりました……

 ガレア、ちょっと手伝って」


【何だ?

 竜司】


「この火が燃えるのを止める」


【何か良くわからんが判ったぞ】


 僕はガレアに跨る。


「暮葉はここで待ってて……

 そして何か呼炎灼こえんしゃくがヘンな行動したら念話テレパシーで連絡頂戴……」


「うん……

 わかった……

 竜司……

 気をつけてね」


 暮葉が少し心配そうな顔を見せている。

 やっぱり少し情けない所を見せすぎた様だ。


「うん……

 じゃあ行ってきます……

 ガレア僕が指示するポイントまでお願い」


【おう】


 ダッ


 ガレアが走り出す。

 辿り着いたポイントは火災範囲の右際。


「よし、ここだ。

 ガレア、ここから真っすぐに口開けて。

 魔力刮閃光スクレイプ行くよ」


【おう……

 おう?】


 ガレアには今やってる事が理解が難しいらしい。

 だけど素直な奴なので口を開けて魔力を溜め始める。


 やがて充分な魔力が溜まる。

 こんな所か。


「すぅーーーッッ…………

 ガレアーーーッッ!!

 魔力刮閃光スクレイプゥゥゥゥッッ!

 シュゥゥゥトォォォーーーッッッ!」


 僕の咆哮が青木ヶ原樹海に響く。


 カッッッッ!


 眩い強烈な閃光が辺りを照らす。

 ガレアの口から極太の白色光が地面を刮げ取りながら物凄い勢いで突き進む。


 動線上にあった森林は全て魔力刮閃光スクレイプに飲み込まれ消失した。


 ゴクリ


 威力に冷汗を掻き、生唾を飲み込む。


「………………さ……

 さあガレア、ここはOKだ。

 次の所行くよ」


【おう】


 次に示したポイントは火災範囲の奥際。

 そのまま魔力刮閃光スクレイプで出来た道を進む。


 直ぐに辿り着く。


「よしここでOK。

 じゃあ次にこっち向いて」


 カッッ


 再び魔力刮閃光スクレイプ射出。

 同じ様に木々を飲み込んでいく。


【なあなあ竜司。

 俺は魔力を放出できてスッキリするけどよ。

 何なんだコレ?

 何やってんだ?】


「あぁ、ガレア。

 これはね、火が燃え広がるのを防いでるんだよ」


【モエヒロガ……

 何だそれ?】


 ガレアが背中に顔を向けキョトン顔。

 何か凄く癒される。


「ガレア……

 人間が生きる為には木って言うのは物凄く大事なんだ……

 木が無くなっちゃたら人間って死んじゃうからね……

 だから僕達は自然を守って行かなくちゃいけないんだ」


 何か森林保護団体みたいな事を言っている僕。


 そういえば一時期ドラ座衛門の映画は森林保護についてうるさかったな。

 そんな事はどうでもいいけど。


【ふうん……

 でもよ?

 俺の一撃で木とか無くなってるけどこれはいいのか?】


「しょうがないんだよ。

 このまま放って置くと被害が大きくなるからね。

 大を守る為には些細な犠牲は仕方ないのさ」


【ふうん……

 そんなもんか?

 んでこれで終わりか?】


「あ、あと一か所お願い」


【わかった】


 ダッ


 ガレアが走り出す。

 揺れるガレアの背中で僕は考えていた。


 “大を守る為には些細な犠牲は仕方ない”


 これは本間に制裁を加えようとした呼炎灼こえんしゃくと変わりないのではないのか。

 じゃあ何で僕は呼炎灼こえんしゃくの考えを否定したのか。


 色んな感情が入り混じってて一言では言えないけど、根本はやはり兄さんが否定してるからなんだ。


 僕は兄さんが大好きだ。

 憧れも持っている。


 あの強くて、頭も良くて、機転も利く。

 僕なんかは到底及ばない兄さん。


 その兄さんが呼炎灼こえんしゃくを止めようとするなら僕も賛同する。

 色々思う所はあるけれど根っこはそう言う事だ。


 正義の為なんて口幅ったい事を言うつもりもない。


 皇家すめらぎけの長男が仕事で犯罪者を捕らえる。

 そして次男の僕がそれを手伝う。

 ある種利己的なもの。


 だから僕も兄さんもどこか呼炎灼こえんしゃくと同じ様な考えは持っていると思う。

 世の中の正義なんてそんなものかも知れない。


「あ、ガレアここだよ」


【おう】


 カッッ


 三度魔力刮閃光スクレイプを放つ。

 上空から見るとコの字の形に魔力刮閃光スクレイプで作った道が火災を取り囲む形になった。


「よしこれでOKだ。

 戻ろうガレア」


【おう】


 ガレアが走り出す。

 やがて暮葉と呼炎灼こえんしゃくがいる場所へと戻って来る。


「グアァァァァッッ…………

 グアァァァァァッッ……」


 戻って来てみると呼炎灼こえんしゃくは大の字になってイビキを掻いている。

 いくら条件に仮眠と言ったけども……


 何て豪胆な人だ。

 しかも敵側の人間が前に居るのに。


「じ~~~~~……」


 何やら難しい顔で呼炎灼こえんしゃくを見つめている暮葉。


「ど……

 どうしたの暮葉……?」


「あっ

 竜司っおかえりなさいっ

 この人が竜司にイジワルする人なんでしょっ!?

 だから見てたのっ!

 じ~~~ッ……」


「フフッ

 ありがとう暮葉」


 僕は暮葉のいじらしいというか純粋な部分に物凄く癒された僕。


「さあ僕達も仮眠を取ろうか」


「えっ!?

 今から眠るのっ!?」


「そうだよ。

 えっとどこで寝ようか……

 ガレア亜空間の中に毛布って無い?」


【モーフ?

 何だそりゃ?】


「えっと……

 寝る時に上に掛けるやつだよ」


【何だかよく解んねえけど勝手に探ってくれ。

 ばかうけはダメだぞ】


「わかったよ」


 ズボ


 僕はガレアが出した亜空間の中に手を突っ込む。


 何か大きいのがある。

 一思いに抜き出してみる。


「うわぁぁぁっ!」


 ガランッ


 抜き出たものに驚愕し、地面に落としてしまう。


 ガレアの亜空間から出てきたもの。


 それはオレンジ色の象の首。

 ボロボロで色が所々剥げている。

 夜の闇も手伝って物凄く怖い。


 あれ?

 これ見た事ある。

 これ……


 サトちゃんだ。


 ■サトちゃん


 佐藤製薬のマスコットキャラクター。

 象は長生きであり、健康で明るくて子供から大人まで幅広く愛されている動物である所から“象は健康と長生きのシンボル”であると捉え、キャラクターで象に決まった。


「何で……

 こんなの持ってるの……?

 ガレア……?」


 ムクムクと湧き上がる恐怖心と好奇心からガレアに聞いてみる。


【ん?

 何だそれ?

 そんな気持ちワリィの知らねぇぞ】


「あ……

 そ……」


 僕は指先でサトちゃんの生首を掴み、また亜空間へ戻す。


 次は……


 何か柔らかいものに当たる。

 何だろう?


 引き抜いてみる。

 それは……


 草。


 本当に只の草。

 雑草感が半端ない只の草。


「ガレア……

 これは……?」


 半ば呆れながら聞いてみる。


【ん?

 あー懐かしいなあ。

 竜司に会う前に喰った何かイイカンジの草を探してたんだよ。

 そん時に色々むしり取った奴だ多分】


「そ……

 そう……」


 僕は黙って何も言わず、そのガレアが喰ったとされるイイカンジの草とやらも言及せずに戻した。

 そして毛布を探すのを諦めた。


 どうしよう。

 不意に眼に入るガレアのお腹。


 ナデナデ


 撫でてみる。


【あひゃひゃ、何だよ竜司。

 何かムズムズするからやめろ】


 うん、程良く温かい。

 これならイケるかも。


「ガレア……

 今から寝るんだけど……

 ガレアが先に寝て」


【ん?

 何だかよく解らんが……

 ホイ】


 ガレアが首を丸め、うずくまった。


「ちょっとガレア……

 お腹借りるね……」


 僕はガレアの懐に入り、お腹にもたれ掛かる。

 じんわり暖かいガレアの熱が伝わって来る。


【何だ竜司、そこで寝るのかよ】


「うん……

 あ~~……

 温い~~…………

 コレいいかも……

 ガレアって暖かいんだねー……

 ホラ……

 暮葉もおいでよ」


「うん。

 じゃあ……

 ガレア……

 ゴメンね……」


 暮葉も僕の側で同じ様にガレアにもたれ掛かる。


「ね?

 暖かいでしょ?」


「うん。

 何だか気持ち良くなってきちゃった…………

 ムニャムニャ……」


 暮葉が先に寝ちゃった。


 僕も目と鼻の先にある暮葉の顔にドキドキ……

 する間も無くただガレアのお腹の気持ち良さにそのまま寝てしまう。



 翌日 早朝未明



「う……

 ううん……」


 白々明けのほのかな光で僕はゆっくりと眼を開ける。

 目に飛び込んできたのは遠く向こうの黄みがかったピンク色の空。


 最近調べたんだ。

 こういう空を東雲しののめって言うんだ。


 パキパキパキ


 もたれ掛かって寝たもんだから身体がバキバキ鳴ってる。


「う~ん……」


 僕は大きく背伸びをする。

 ピンと冷たい朝の空気を肌に感じる。


 周りは音一つしない。

 本当に気持ちの良い朝。


 空は青白く雲一つ無い。

 今日はいい天気になりそうだ。


「スウ……

 スウ……」


 隣を見るとガレアのお腹にもたれ掛かって可愛い寝息を立てている暮葉。


 ぽへー

 ぽへー


 変な音が聞こえる。

 コレ、もしかしてガレアのイビキ?


「プッ!」


 そのヘンに間の抜けたほのぼのしたイビキに僕は噴き出してしまう。


 ムク


 ガレアの首が動く。

 顔を上げるとかなり近い距離で僕と向き合ってしまう。


【り……

 竜司おす……】


「あっ……

 あぁ……

 おはようガレア……」


 余りに距離が近かったので何か気恥ずかしくなってしまった。


「う~ん……

 ムニャムニャ……

 竜司……?」


 眠い目を擦りながら暮葉も目覚める。

 ゆっくりと身体を起こす。


「おはよう暮葉」


 僕は笑顔で挨拶。


「ふあ~~……

 おはよう竜司……」


 口を少し開けて欠伸をする暮葉。

 欠伸一つ取ってみても可愛いなあ暮葉は。


 そしてマヌケな事にようやくここで認識した。

 今は無音と言う事に。


 これが何を意味するか。


 昨夜との違い。

 そう、呼炎灼こえんしゃくのイビキが聞こえないのだ。


 僕は慌てて呼炎灼こえんしゃくの方を見る。


 居ない。


 居なくなっている。

 この驚愕の事実に僕の目は完全に覚めた。


 僕はすぐに立ち上がる。

 そして周りをウロウロし出す。

 考える為だ。


 やはり呼炎灼こえんしゃくは何らかの回復手段を持っていたと言う事か?

 なら歩いて何処へ行く?


 ボルケの所か?

 でも僕の颱拳たいけんでここまで吹き飛ばしたから正確な帰り道は判らないはずだ。


 見た所、富士山には変化が無い様だ。

 と言う事は火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションはまだ使っていない。


 なら一体何処へ?

 仲間を呼びに行ったのか?


 いや、それも考えにくい。

 GPSとか持たないで闇雲に歩き回る事は無いだろう。


 となると一体何処へ?


 ガサッ


 考えていた所に物音が聞こえる。

 無音で空気が澄んでいるから音が良く響く。


 遠くの茂みから呼炎灼こえんしゃくが出てきた。


 全身が総毛立つ。


 最後の一撃は手加減していなかったんだ。

 最大魔力注入マックスインジェクトの一撃を喰らってもう歩けるのか。


 僕は右拳を握る。


 ビュオッッ


 右拳から突風。

 まだ最大魔力注入マックスインジェクトは活きている。


 確かお爺ちゃんも僕との決戦前夜に大量の魔力を取り込んで保持レテンションしてたって言ってたっけ。


 身体の中に意識を集中。

 発動直後に感じた力の脈は感じないものの依然として体内にある大きなは健在だ。


 ただ昨夜よりも気持ち小さくなったような気がする。

 多分ブーストが切れたからだ。


「暮葉……

 起きてすぐでゴメンだけど……

 僕にブーストかけて……

 昨日と同じ様に……」


「ん?

 良いけど……

 昨日と同じ様にって……

 確か竜司の中の力にだったっけ……?

 力……

 チカラ……」


 ソッ


 暮葉の手が僕に触れる。

 瞬時に内部の力が何倍にも膨れ上がりドクンドクンと脈打ち出した。


 これは

 念のためもう一度保持レテンションをかけておこう。


 保持レテンションッッ


 ガガガガガシュガシュガシュガシュッッッ!

 ガガガガガシュガシュガシュガシュッッッ!


 ふう落ち着いた。

 迎撃態勢完了。


 ザッッ


 僕は身構える。


 ゆっくりこちらへ歩み寄って来る。

 気持ちゆっくり目な歩み。


「ん……?

 少年起きたのか……?」


 僕は警戒を解かず無言。


「クク……

 そう警戒しなくても良い……

 内臓破裂に関しては塞げたが、アバラは依然として骨折したままなのだ……

 正直歩く度鈍痛が響く……

 昨夜も言ったが吾輩の負けだ……

 もう吾輩に戦力はほぼ残されていない……

 身体に残された熱エネルギーも内臓修復に使用した……」


「じゃあどこに行ってたんですか……?」


「これだ……

 グゥッ……!」


 呼炎灼こえんしゃくが右脚を上げる。

 鈍痛に苦悶の声。


 上げた右脚にはタオルがくくり付けられていた。

 物凄く濡れている。

 それはもうヒタヒタに。


 見ると左脚にもくくり付けている。

 そちらも同様ヒタヒタに塗れている。


「何ですか……?

 それ……」


「飲料水だ……

 ホレ」


 右脚からタオルを外し、僕に投げ渡す。

 相当水分を含んでいるのか、放物線を描いて飛んでくる。


「飲料水……?

 わわっ!?」


 咄嗟に受け取る僕。

 呼炎灼こえんしゃくは左脚のタオルを外す。


 飲料水ったってコレ、どうやって飲むんだ?


「あぁ……

 コレはな……

 こうして飲むんだ……」


 両手でタオルの端を握った呼炎灼こえんしゃくは上に掲げる。

 タオルの下には口を開けた呼炎灼こえんしゃくの顔。


 ギュウウウウッッ


 タオルを絞り出した。


 ボタボタァァァァッッ!


 豊潤に滴り落ちる液体が呼炎灼こえんしゃくの口に入る。


 ゴクン……

 ゴクン……


 呼炎灼こえんしゃくの喉が鳴る音が聞こえる。


「ふう……

 美味い……

 ん?

 少年、遠慮しなくても良いぞ。

 運賃代わりと思ってくれたら良い」


 でも、この人の部下にはあの辰砂が居たんだ。

 毒とか盛られてたりしないかな?


「心配せずとも毒なんて盛っておらん。

 慎重なのも度が過ぎると嫌味だぞ少年」


 僕の考えを見透かされていた。


「わ……

 わかりました……」


 僕は見よう見真似で同じ様にタオルの両端を持って掲げる。


 ギュゥゥッッ


 タオルを絞る。


 ボタボタァァァッッ!


 大量に滴り落ちる液体が僕の口に入る。


 ゴクン……

 ゴクン……


「あ……

 美味しい……」


 思わず飲んでしまった僕。

 喉が渇いてた所に水は有難い。


 身体中に染み渡る様だ。


「フフフ……

 それは良かった」


「これって何ですか?」


「これは草木の朝露だ。

 吾輩は起きてから動きの確認も兼ねてタオルを括りつけて草木の中を小一時間程歩いていたのだよ」


 なるほど。

 草木の朝露か。


 こんなやり方もあるんだな。


「暮葉……

 ホラ……

 飲み物だよ」


 僕はタオルを暮葉に差し出す。


「モーッ!

 竜司ってば私が何も知らないと思って馬鹿にしてるんでしょっっ!

 これはタオルって言うものですっっ!」


 暮葉がプリプリむくれ出した。

 まあ確かに暮葉の言う通りだな。


「じゃあ……

 僕が飲ませてあげるよ……

 暮葉……

 口を開けて上を向いて」


「はいっ!

 あーーんっ!」


 ついさっきまでむくれていたのに、今は素直に聞いてる。

 本当に竜って良くわからない。


「じゃー行くよー」


 ギュゥゥゥッ


 タオルを固く絞る。


 ボタボタボタァァァ


 ゴクン……

 ゴクン……


「わっ……

 ホントだ。

 飲み物だ。

 人間ってこんな飲み物もあるのねぇ……」


「いやこんな飲み物、特殊だから……」


「少年……

 仲睦まじい所悪いが、そろそろ連れて行ってくれると有難いのだが……」


「あ、すいません……

 では行きましょうか」


 僕はガレアの側に。


「ガレアって三人乗っても大丈夫?」


【ん?

 三人?

 お前とアルビノだけじゃねぇのか?】


「うん……

 ガ…………

 ガレア……

 悪いんだけど……

 あの人も載せて欲しいんだ……」


 僕は恐る恐る右人差し指を呼炎灼こえんしゃくに向ける。


 よくよく考えると正確には僕が運ぶ訳じゃ無い。

 ガレアが運ぶんだ。


 すんなり了承するかは解らなかった。

 何せガレアは一度呼炎灼こえんしゃくに負けているから。


 もしかして意固地になるかも。

 となるとガレアを説き伏せる事から始めると言うややこしい話になる。


 僕の頭の中でグルグル思惑が巡る。

 だけどガレアの返答は予想と反していた。


【ん?

 多分大丈夫だと思うぞ】


 あっけらかん。


 実にあっけらかんとした返答。

 思わず僕は聞き返してしまう。


「え……

 ガレア……

 いいの……?

 あんまり言いたくないけど……

 あの人……

 ガレアを負かした奴だよ……?」


【でもお前が昨日ぶっ飛ばしたじゃねえか。

 俺の魔力を使ってよ。

 そんでアイツは参ったしたんだろ?】


「うん……

 そうだけど……」


【俺の魔力を使ってお前がぶっ飛ばしたんなら俺がぶっ飛ばした様なモンなんだよ。

 お前だって俺の魔力が無きゃアイツぶっ飛ばす事出来なかっただろ?】


「そう言うもんなの?」


 これが竜の感覚と言うものなのだろうか。


 いわゆるラガーマンのような考え方。

 試合(ケンカ)が終了したら恨みっこ無しみたいな。


 竜と言う種別がそうなのか。

 はたまたガレアの性格がそうなのか判らない。

 とにかくガレアがOKなら何の問題も無い。


 にしても、ぶっ飛ばすぶっ飛ばすって本当に物騒な奴だなあガレアって。


「それじゃあ行きましょうか」


「よろしく頼む」


 僕と暮葉はガレアの背中に跨る。


「少年、すまんが手を貸してくれんか……

 踏ん張ると腹に激痛が奔るのだよ……」


「あ……

 わかりました……

 どうぞ……」


 何だか変な感じ。

 昨夜は殺し合いをしていたのに今はこうして手を貸している。


 グッ


 呼炎灼こえんしゃくのゴツゴツした手が僕の手を掴む。

 あ、そう言えば魔力注入インジェクト使うの忘れてた。


 呼炎灼こえんしゃくの巨体の重さが右腕一本にのしかかる。

 凄く重たい。


 やっぱり昨夜の超人的な強さは魔力。

 ひいてはガレアが居たからこそなんだなと改めて思う。


 何とかガレアの背中に乗る事が出来た呼炎灼こえんしゃく


全方位オールレンジ


 翠色のワイヤーフレーム展開。


「オオッッ!?」


 後ろの呼炎灼こえんしゃくが驚いている。

 そう言えば全方位オールレンジを発動する所見せたのは初めてだっけ。


「うん……

 解った……

 多分これが兄さんと赤の王の反応だと思う……」


 全方位オールレンジ上に映ったのは普通の青い点が一つともう一つ大きな青い点が一つ。

 多分これが兄さんと赤の王だと思う。


 大きい青い点の色が若干薄くなってるのが気になる。


「それが少年の索敵スキルか……

 少年の目には何が映っているのだ……?」


「全経五キロ周辺の地形とかですね。

 建物とかは透過して見えます」


「フム……

 なかなかに良いスキルだ……

 戦闘で索敵と言うのは重要だからな」


 本当は今、全経五十キロは確認出来てるけど。

 僕は暮葉のブーストとか何が検知されるのかとか言う事は伏せていた。


 今は仲良さげに相乗りしているがこの男は敵なんだ。


「そろそろ着きますよ……」


 やがて昨夜、戦っていた場所へ到着。

 その広がる光景に言葉を失った僕。


「え…………?」


 飛んでいるガレアの背中から見たものは白い山。

 物凄い景色が網膜に飛び込んできた。


「ボッ……

 ボルケェェェッッ!?

 何だあれはぁぁぁッッ!?」


 呼炎灼こえんしゃくも余りの光景に狼狽えている。


 僕らが離れた後に一体何があったのか?

 近づくとようやく詳細が掴めてきた。


 質感的には布。

 何やら巨大な竜の形の白い布。


 ミイラの様に巻きついている様だ。

 この段階で察しが付く。


 同時に昨日の兄さんの一言が瞬時に思い出される。


 ああ、聖塞帯だよ。


 間違いない。

 あれは聖塞帯だ。


 だから赤の王の反応色が薄かったんだ。

 そして誰が聖塞帯を赤の王に仕掛けたのか?


 それはもちろん兄さんだ。


 ようやく到着。


 ドスッ


 聖塞帯でグルグルに巻かれた赤の王の側に着陸。


「兄さんっっ!?」


 僕はガレアの背中から飛び降りる。


「ボルケェェッッ!!?」


 ダンッッ


「グウゥゥゥッッ……!」


 呼炎灼こえんしゃくも飛び降りる。


 同時に苦悶の呻き声。

 降りた衝撃で鈍痛が奔った様だ。

 ヨロヨロと歩きながらボルケの元へ。


 僕は兄さんの元へ。


 ボギーが見えた。

 側で兄さんが突っ伏しながら倒れている。


 構成形状変化フュージョンはまだ発動したまま。

 朝日に照らされるとその凄惨さが際立つ。


 カタ……

 カタカタカタカタカタカタカタ


 震え出す僕。


 来た。

 またあの得体の知れない恐怖だ。


 急激に足元から僕の動きを縛る様に立ち昇るのを感じる。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


「に……

 兄さ……」


 恐怖の大きさから言葉にならない。


 放射状に割れたタングステン製の装甲。


 強大な力を物語るかのようにヒビが四方八方に入っている。

 中心は装甲が無く、異形の背中がぶくりと赤く腫れているのが解る。


 周りにはタングステンの破片が散らばる。

 見れば見る程、体内の恐怖心が大きくなるようだ。


 足がすくむ。


 カタカタカタカタカタカタ


 両膝が笑い出す。


 ドシャ……


 とうとう両膝をついてしまう。


「竜司…………」


 トッ


 暮葉が優しく僕の身体を傾けさせてくれた。


 ポフ


 後頭部に柔らかい感触。


 暮葉の豊かな胸だ。

 優しい温もりに僕の身体が解れ始める。


 ソッ


 暮葉はゆっくり僕の両肩から前に手を回す。


 ギュッ


 僕を後ろから優しく抱きしめる。


 ホントに。

 ホントに優しい抱擁。


「竜司…………

 言ったでしょ……

 私が側にいるって……

 ちゃあんと側に居るから……

 私は人間の恐怖って言う気持ちは解らないけど……

 竜司が今凄く辛いのは……

 解る……

 ホラ……

 深呼吸して……」


 耳元で暮葉の囁き。


「う…………

 うん……

 すぅーーーっ……

 はぁーーーっ……」


 僕は暮葉の双胸に頭を預けながら、胸に手を当てる。

 そして大きく数回深呼吸。


 身体を縛っていた恐怖心が見る見るうちに消失して行く。


 また僕は暮葉に甘えてしまった。

 我ながら情けない。


「暮葉……

 もう大丈夫だよ……

 ありがとう」


 僕は暮葉の胸元で顔を上に向け笑顔を見せた。

 そしてゆっくり立ち上がる。


 僕の心は恐怖心の代わりに現れた冷静さが大部分を占めていた。


 これは多分最大魔力注入マックスインジェクトの弊害である“残酷な事も簡単に下せる冷静さ”だ。


 僕は立ちあがり、状況を確認する。

 兄さんの腰の灰皿みたいなのが開いている。


 あれは戦闘前、兄さんが聖塞帯を入れていた所だ。

 見た所、空だ。


 となると手持ちの聖塞帯は全て使ったんだろう。

 少なくとも聖塞帯を使用する時までは生きていたと言う事だ。

 とりあえず見た目で解るのはここまでか。


 驚くほど冷静だ。

 心境の急変化を俯瞰で見つめる僕が内面に居た。


 僕は一体どうしてしまったんだろう。

 昨夜の最大魔力注入マックスインジェクトを発動させてから物凄く精神が不安定だ。


 さっきまで情けなくブルついてたのに、今は冷静に兄さんの生死を判別している。

 まるでベテランの刑事の様に。


 何か脆い心を鋼鉄の箱で閉じ込めてしまった様。

 その鋼鉄の箱は硬く、そして物凄く冷たい。


 僕は本当に人間を止めてしまったのかな。


「ボギー」


【あっ弟君。

 無事だったんだ】


「うん。

 何とかね。

 兄さんは死んでしまったの?」


【うんにゃ。

 今は眠ってるだけだよー。

 僕の魔力で回復するんだって言ってたー】


「そう……

 良かった……」


 やはり兄さんは回復手段を持っていた。

 どう言う原理かは知らないけど、魔力を使って回復するらしい。


「兄さんはどれぐらい寝てる?」


【んーと……

 あのでっかい竜に聖塞帯、巻き付けたのが真っ暗だったーっ

 そんで巻き付けて僕から魔力補給したら寝ちゃったーっ】


 兄さんが呼炎灼こえんしゃくの攻撃で気絶したと考えておおよそ二時間から三時間。

 そしてあの時、陽は完全に落ちていた。


 今は十一月。

 となると日没は速いから十七時から十八時。


 それから換算すると眠ったのは二十時から二十一時。

 今、時間は何時だろう?


 僕はスマホで確認。


 午前七時三十二分


 それから考えると十時間か。

 そろそろ起こしても大丈夫かな?


「兄さん……

 兄さん……

 起きて……」


 僕は兄さんを揺り動かす。


「うっ……

 ううん……」


 兄さんが起きた。


「兄さん……

 大丈夫……?」


「り……

 竜司か……?」


「うん……

 起きれる……?」


 僕の声に反応する様にゆっくり立とうとする。


「イタタタタッッッ!」


 兄さんの悲鳴。

 少し動いた段階で兄さんの動きが止まる。


 やはりやられたのが腰だったからだろうか。


「だっ……

 大丈夫っ!?」


 痛そうな兄さんの悲鳴に心配する僕。


「ちょっとマズいな……

 起き上がる事は無理だ……」


「どうしよう……」


「心配すんな。

 俺のスキルは何だと思ってるんだ」


 兄さんのスキルは不平等交換コンバーション

 あ、もしかして……


構成変化コンスティテューション……」


 グググ……


 兄さんが突っ伏している地面がゆっくり隆起。

 ある程度隆起した段階で下半身部分の地面が下がる。

 重力により兄さんの身体が反転。


「よっと……

 グウッ……」


 ストン


 そのまま兄さんは座る体勢になる。


 フイッ


 左人差し指を軽く振る兄さん。

 持ち上げた地面が霧散する。


構成変化コンスティテューション


 ググググググッ


 兄さんの背中部の地面が隆起し、イイカンジの背もたれが現れる。


「ふう……

 落ち着いた……」


 ゆっくり現れた背もたれにもたれる兄さん。

 ここまで精密なスキル操作は見た事が無い。


 やはり兄さんは最強だ。


「に……

 兄さん……

 それで……

 何があったか教えて欲しい……」


「俺が呼炎灼こえんしゃくにやられて気絶したんだ。

 んで、起きたら誰も居なくてな。

 側で赤の王が寝ていたから聖塞帯を使ったんだよ」


「そう……

 でも無事で良かった……

 それで赤の王は今どう言う状態なの?」


「正直完全な魔詰状態かどうかは微妙だ……

 魔力の漏れは感じるしな……

 しかし手持ち全部使ったからなあ……

 だけど多分かなりの魔力放出を抑えられているはずだ……

 並の竜の十分の一ぐらいには……」


「うおおおっっ!

 何だーっ!

 何だこれはーーっ!

 外れんーーっ!

 グウッッッ!」


 黙ったままの赤の王の足元で聖塞帯を引っ張り強引に外そうとしている呼炎灼こえんしゃく


 が、全く外れない。

 力を込め過ぎて、また痛苦の声を上げている。


「はっは、無駄だ無駄だ呼炎灼こえんしゃく

 聖塞帯は仕掛けた本人にしか外せねえよ。

 ざまあみろ」


 兄さんが勝ち誇った声を上げる。


「くそおっ!

 何だッッ!?

 聖塞帯とは何だァァァッッ!?」


「バーカ。

 いう訳ねぇだろ。

 お前に教えてやるのはその聖塞帯は外れねぇって事だけだ」


 ニヤリとドヤ顔の兄さん。


「ボルケェェッッ!?

 答えろォッッ!?

 何故火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションは発動せんのだァァッッ!?」


 黙ったままそびえる白い山に必死で問いかける。


【ガラ……

 マリョク……】


「魔力ッッ!?

 魔力がどうしたッッ!?

 うおおおおっーッッ!?」


 ポツリと喋った赤の王。

 多分ガレア的に言うと物凄く怠いんだろう。


「所で……

 竜司……

 お前、事情は解るか……?」


 多分兄さんが言ってるのは何故呼炎灼こえんしゃくがあれだけ焦っているのか?

 そして火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションはどうなったのか?

 そう言う所だろう。


「うん…………

 僕の主観だけど……

 それで良ければ……」


「それで構わん……

 俺が気絶してから何があったか教えてくれ……」


 僕は兄さんに話した。


 呼炎灼こえんしゃくを倒したが、火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションは発動してしまった事。

 晨竜国に加入を誘われて断った時、力を見せると言われて地震が起きた事。

 そしてすぐ止んだ事に呼炎灼こえんしゃくも驚いていた事。

 ボルケの元へ連れていけと言うので大人しく仮眠をとるのを条件に連れてきた事。


 最大魔力注入マックスインジェクトについては話さなかった。

 呼炎灼こえんしゃくの件が全て終わってから話そうと思っていたから。


「なるほどな……

 クク……

 にしても竜司……

 条件で仮眠をとるなんて言う奴はなかなか居ねぇぞ……」


 笑顔の兄さん。


「だっ……

 だってっ……

 真っ暗だったしっ!?

 兄さんもっ!

 時間があった方が回復すると思ってッッ!」


 僕は真っ赤になりながら仮眠の目的を話した。


「竜司……

 珍しいとは思うがお前の判断は正しかった。

 俺も充分睡眠を取れて、ある程度回復した」


 半分賭けだったけど、功を奏した様だ。


「そう……

 良かった……」


「あと……

 これは推測だが……

 多分地震が止まったのは魔力不足だ……

 呼炎灼アイツ、俺達を舐めてたからな。

 火山着火堡ヴォルケノス・イグニッション生成時には魔力補給をしていたが、

 戦闘に関しては全くしていなかった……

 そこで対流熱伝達ヒートトランスファー熱変換コンバートを使った……

 あれだけの火力だ……

 消費魔力も膨大になるだろう……

 おそらく圧倒的火力で俺達を片付けた後ゆっくり魔力補給しようとか考えていたんだろうさ……」


 なるほど。

 確かにマグマの熱エネルギーを吸収、変換した呼炎灼こえんしゃくの火力なら有り得る話だ。

 

 だけど呼炎灼こえんしゃくにとって予想外な事が二点。


 まず僕の最大魔力注入マックスインジェクト熱変換コンバートの火力を上回った事。


 そして聖塞帯の存在。

 さすがマザーお手製の聖塞帯だ。


 王の衆のリーダーと言えども拘束してしまうのか。

 そして聖塞帯は警察の中でもトップシークレットなものなんだろう。


 呼炎灼こえんしゃくが知らなかったのが良い証拠だ。


「それで……

 兄さん……

 どうする……?」


 僕が目線を呼炎灼こえんしゃくに送る。


「ウオオオオーーーッ!

 外れろーーーッッ!

 ヌヌヌヌヌ……

 グゥゥッッ!」


 依然として強引に聖塞帯を引き剥がそうとする呼炎灼こえんしゃく

 昨夜まで冷静だった姿が嘘の様に狼狽している。


「そりゃ逮捕だろ……

 もう火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションは無力化したも同然だ。

 だが、呼炎灼こえんしゃくに魔力が補給されたら発動されかねない。

 とりあえず超A級危険人物として拘束だな」


「逮捕ったってどうするの?

 兄さんはそんな状態なのに」


「んなもんお前が私人逮捕すれば良いんだよ。

 呼炎灼こえんしゃくが考えている事は国家転覆クラスの大犯罪だ。

 確実に緊急性が認められるさ」


「逮捕って言われてもなあ……

 とりあえずぶちのめせばいいの?」


 ギュッ


 右拳を握る僕。


 ブフォォォッッ!


 右拳から轟風が吹き荒ぶ。


「ぶちのめすって……

 お前そんな物騒な事を言う奴だったか?」


「ハッ……

 えっ……

 そっ……

 そうかな……?」


 僕はハッと我に返る。

 これは最大魔力注入マックスインジェクトの弊害だ。


「その拳から出た魔力風がお前の力か……」


「うん……

 詳しい話は全部終わってからで良い……?」


「構わねぇぜ……

 でもお前……

 その力、手加減できんのか……?

 呼炎灼こえんしゃくは見た所まだダメージが抜けきって無いだろ?」


「うん…………

 確かアバラがほとんど折れてるって言ってた……

 手加減か……

 出来るかな……?

 解らない……」


「竜司……

 いくら大犯罪者って言っても……

 殺人は駄目だ……」


 そんな事は解ってる。


「あ、だったら呼炎灼こえんしゃくの両膝の皿を割ってやったらどうだろう?

 多分歩けなくなるんじゃない?」


「竜司……

 お前……

 何かヘンだぞ……

 そんなえげつない事をサラッと言う奴だったか……?」


「え……

 でも……

 殺す訳じゃ無いんだし……」


「そ……

 そうだが……

 まあ俺はこんな有様だし……

 お前に任せる」


「うん……

 わかった」


 僕は呼炎灼こえんしゃくの方を向く。

 そしてゆっくり歩き出す。


 ビシィッ!


 ビシィッ!


 僕が踏みしめる度に黒く焼け焦げた大地にヒビが入る。


「ぬっ……!!?

 ぐぬぬぬぅッッ……!」


 ザシャッ


 僕が近づいて来るのに気づいた呼炎灼こえんしゃくが後ずさる。


 もう僕には敵わないと言う事を悟ったんだ。

 加えて残存魔力も少ない今の状態では僕の猛攻を受けきる自信も無いのだろう。


「それじゃあ……

 貴方を逮捕します……

 で良いのかな……?」


 ビシィッ


 ビシィッ


 大地にヒビ。

 ゆっくりとゆっくりと近づく。


集中フォーカス……」


 僕は右脚に魔力集中。

 思い切り両膝に踏み込み蹴りを喰らわせる為だ。


「クソォッッ!」


 悔しまぎれの声を上げた呼炎灼こえんしゃくが腰に両手を回す。


 現れたのは複数の手榴弾もの。


 無駄だ。

 最大魔力注入マックスインジェクト発動下では戦争で使う手榴弾だろうと全く怖くはない。


 だがここで僕は判断を誤ってしまった。


 最善策としてはタキサイアを発動させ、爆弾が破裂する前に遠くへ投げる事だった。

 その呼炎灼こえんしゃくが持っていたものは…………



 手榴弾では無かった。



 ガラランッ


 僕の足元へばら撒かれる。


 カッッッッ!


 パンッッッッッッッッッ!


 眩い閃光が網膜を突き刺し、巨大な破裂音が鼓膜を揺るがす。

 突然の閃光と大きな音に僕は思わず身を屈めてしまう。


 これは手榴弾なんかじゃ無く、閃光発音筒スタングレネードだ。

 閃光はすぐに止む。


 目がチカチカする。

 視界不良。


 耳もキンキン鳴っている。

 何だったんだ今のは。


「竜司ッッッ!

 全方位オールレンジだッッ!

 呼炎灼ヤツが逃げたッッ!」


「えっ!?」


 状況が掴めない。

 やがて視界が戻って来る。


 さっきまで呼炎灼こえんしゃくが居た場所に誰も居ない。


 どこだ?

 何処へ行った。


「だから逃げたって言ってるだろうがァッッ!

 呆けてねぇでさっさと全方位オールレンジで索敵しろぉっ!」


 兄さんの怒号が飛ぶ。


「うっ……

 うんっ……!

 全方位オールレンジっっ!」


 僕を中心に翠色のワイヤーフレーム超速展開。


 どこだ?

 呼炎灼こえんしゃくはどこだ?


 いた。


 ここから東の方角、約五百メートル。

 あの一瞬で随分離れたな。


 多分身体に残った最後の熱エネルギーを残存魔力で熱変換コンバート……

 いや違う。

 熱変換コンバート受動技能パッシブスキルと言っていた。


 となると生命維持に使用していたエネルギーを脚に割り振ったんだろう。


 何故?

 もう逃げてもどうしようもないのに。


 形勢は逆転した。

 昨夜までは呼炎灼こえんしゃくの方が圧倒的有利だった。


 だが、兄さんが赤の王に聖塞帯を使用した為、魔力補給を絶たれた。


 火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションを発動しても火種の魔力が無いとどうしようもない。

 つまり呼炎灼こえんしゃくは詰んだのだ。


 じゃあなぜ逃げたのか?


 ガサァッッッ!


 バババババババババババババッッッッッッ!


 思いを巡らせている所にその答えが強制的に森林から現れた。

 森林を勢いよく突き抜ける音と共に響くけたたましいローター音。


 現れたのは…………



 ヘリだった。



 バババババババババババババッッッッッッ


 けたたましいローター音を響かせながら、物凄い勢いでこちらに向かってくる。


 あの独特な二基のターボシャフトエンジン。

 兵装パイロン(支柱)に備え付けられた各四発ずつのミサイルとロケット弾ポッド。


 前に特撮怪獣映画で見た。

 間違いない。

 あれは……


 陸上自衛隊が持つ戦闘ヘリAH-64Dアパッチ・ロングボウだ。

 コックピットを見ると呼炎灼こえんしゃくが乗っている。


 単眼鏡がついているヘルメットを着用。

 これで間違いない。


 ■AH-64Dアパッチ・ロングボウ


 米ボーイング社が開発したAH-64Aアパッチにロングボウ火器管制レーダーを搭載し、大幅な能力向上を図った派生型。

 機体中央両脇に備え付けられたターボシャフトエンジンが特徴。

 兵装は機首下にM230機関砲チェーンガン

 両翼の兵装パイロン(支柱)にはハイドラ70mmロケット弾ポッド、ヘルファイア対戦車ミサイル四基を備えている。

 場合によってスティンガー地対空ミサイルに換装も可能。

 重武装・重装甲から空飛ぶ戦車と呼ばれる。

 2005年に陸自に配備。


 ジャキィッ


 機関砲チェーンガンの砲塔がこちらを向いた。


 ズガガガガガガガガガガガガァッッッッ!


 火を吹いた。

 撃って来やがった。


 タキサイアッッ!


 周りの動きが酷くゆっくりになる。


 が、やはり機銃の弾丸は速い。

 直ぐに僕は間合いを広げ、兄さんの元へ。


 タキサイア解除。


「うおっ!?

 竜司いつのまにっ!?」


「そんな事はどうでも良いよっ兄さんっっ!

 僕はガレアに乗って呼炎灼ヤツと戦うっ!

 兄さんは構成変化コンスティテューションで防御しててっ!」


「わかった。

 じゃあ竜司に任せたっ!

 全てにケリを付けてこいッッ!」


「うんっっ!

 ガレアァァァァッッッ!」


 バサァッ

 バサァッ


 ガレアが側まで飛んでくる。


 ジャキィッ!


 アパッチ下部の機関砲チェーンガンがこちらを向く。


 コックピットを見ると血走った眼光を放つ呼炎灼こえんしゃくと目が合う。

 これが単眼鏡と連動しているアパッチのシステムか。


「ヤバイィィッ!

 ガレアァァッッ!

 早く飛べぇぇっ!」


 僕は焦ってガレアの背中に飛び乗り、すかさず指示。


【おうよっ!】


 キュンッッッ!


 ズガガガガガガガガガガガガァッッッッ!


 機関砲チェーンガンから放たれる弾丸。

 が、間一髪ガレアの飛翔の方が速かった。


 ガレアは一瞬でトップスピード。

 強大な力で急激に押し上げられる僕の臀部。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 バババババボボボボバババ


 高高度で一旦止まるガレア。


―――す……

   凄いね……

   ガレア……

   一瞬でトップスピードだなんて……

   ポンコポンコ


―――ん?

   何言ってんだ竜司。

   俺が本気出したらもっと出るっつーの。

   んで何なんだ?

   あのクルクルは。

   ポンコポンコ


 クルクルって言うのはおそらく戦闘ヘリの事だろう。


―――んっふー、ガレアってば知らないのー?

   あれは“へりこぺたー”って言うんだからっ!

   エッヘン。

   ポンコポンコ


 暮葉が自慢気に語る。

 若干間違えているが可愛いからスルーしておこう。


―――んでそのへりこぺたーがどうしたんだ?

   あんなに焦ってよ。

   ポンコポンコ


 そうか。

 ガレアって銃器を知らないんだ。

 と言うかヘリコペターで良いんだろうか。


―――それはあのへ……

   ヘリコペターが銃を僕らに向かって撃って来たからだよ。

   ポンコポンコ


 僕もとうとう乗っかってしまった。

 郷に入りては郷に従えと言うし、もういいや。


―――ジュウ?

   何だそりゃ?


―――ハイッハーイッッ!

   私、銃って知ってまーすっっ!

   あのちいちゃい弾を撃つやつでしょっっ?

   ポンコポンコ


 そう言えば暮葉ってドラマに出てたっけ。


―――そうだね暮葉。

   それであのヘ……

   ヘリコペターが撃って来たのは機関銃って言う奴で沢山弾を撃って来るんだ。

   ポンコポンコ


―――何だ。

   ちっこい弾なら何発撃っても一緒だろうがよ。

   ポンコポンコ


―――違うよガレア。

   その小さい弾なんだけど物凄く硬くて一発一発も物凄く速いんだ。

   それこそガレアの本気ぐらいね。

   いくら小さくてもそれだけ速いと驚異なんだ。

   当たり所が悪かったら死んじゃうんだよ。

   ポンコポンコ


―――へえ。

   それって人間が作ったのか?

   ポンコポンコ


―――そうだね。

   人間の発明だよ。

   ポンコポンコ


―――よくわかんねえなあ人間って。

   何で自分を殺すようなモン発明したんだ?

   ポンコポンコ


 純粋なガレアの疑問。

 そういえばそうだな。


―――そういえばそうだね。

   何でだろ?

   僕もわかんないや。

   ポンコポンコ


―――何だそりゃ?

   ポンコポンコ


 言われてみればガレアの言う通りだ。

 何で人間って銃なんて発明したんだろう?


 少し考えてみる。


 それは多分人間って昔から争っていたからだと思う。


 誰かが言ってた。

 人間の歴史って闘争の歴史って。


 ずっと昔から戦争をしてきたからな人間って。

 より簡単により機敏に人を殺すって事を考えて出来たのが銃なんだろう。


 爆薬とかなら土木で使われる事もあるけど、銃って目的がハッキリしている。


 それは敵を殺す事。


 こと“殺す”って事に関しては銃ほど最適な道具は無いだろう。

 そう考えてるとだんだん怖くなってきた。


 カタカタカタカタカタカタ


 再びやって来た恐怖感。

 震えが止まらない。


―――ん?

   竜司……

   ってお前また震えてるじゃねぇかっ!?

   ポンコポンコ


 くそっ!

 止まれっ!

 止まれっ!


 僕の願いも虚しく震えは止まらない。


 カタカタカタカタカタカタ


 スッ


 震えてる僕の後ろから白くて細い腕が伸びて来る。


 ギュッ


 そして僕を優しく抱きしめる。


―――竜司……

   大丈夫……?

   ポンコポンコ


 暮葉だった。

 背中と後頭部に優しい温もりを感じる。

 次第に震えが止んで来る。


―――暮葉……

   ポンコポンコ


―――どうする……?

   もう止める……?

   ポンコポンコ


 暮葉の優しい声。

 先程からの僕の様子を見かねて言ってくれてるんだろう。


―――いや……

   やめちゃだめだ……

   ポンコポンコ


 あの呼炎灼こえんしゃくを野放しには出来ない。

 早朝までは落ち着いていたが、イザとなったら簡単に人を殺す奴だ。


 ヘリの機銃掃射でハッキリした。

 デストピアを作るつもりは無いとか言ってたけど怪しいもんだ。

 アイツを野放しには出来ない。


―――そう……

   わかったわ……

   じゃあ……

   ホラ……

   深呼吸して……

   ポンコポンコ


 僕は言われるままに胸に手を置き、数回深呼吸。

 落ち着いてきた。


―――うん……

   もう大丈夫……

   ゴメンね……

   暮葉に甘えっぱなしで……

   ポンコポンコ


―――フフフ……

   竜司ってば私が居ないと駄目なんだから……

   何度でもいくらでも甘えてくれていいんだよ……

   ポンコポンコ。


 本当に暮葉は優しい。

 よし震えは止まった。


 恐怖の次に覗かせるのは冷静な僕。

 よし、あの戦闘ヘリを撃ち落とす訳だが、どう言う戦法が有効だろう。


 まずあの陸自の戦闘ヘリ。

 ローターの上にキノコみたいなのが付いていた。


 あれは多分ロングボウレーダー。

 普通のアパッチに高性能レーダーがついている。

 それが呼炎灼こえんしゃくの乗ってる機体。


 確か最高高度は6000メートル。

 ホバリング限界が約4000メートル。


 怪獣特撮映画を見た時、調べたんだ。

 データを調べた時に一番驚いたのが上昇率。


 毎秒540メートル。

 単純計算で最大高度まで約11秒。

 ホバリング限界まで約7秒。


 昔このデータを見て“うわすっげぇアパッチ”と思ったものだ。


 古今、戦いと言うものは頭上が有利とされる。

 出来ればアパッチの頭上を取りたい。


 となると気になるのはガレアの現高度。

 今どのくらいの高さの所を飛んでいるのだろう?


―――ガレア?

   ポンコポンコ


―――何だ竜司。

   考えまとまったのか?

   ポンコポンコ


―――いや……

   き……

   今日はいい天気だねえ……

   ポンコポンコ


―――は?

   何言ってんだお前?

   ポンコポンコ


 ガレアが呆れている。

 僕は今、飛んでる高度を聞こうとしたけどガレアに距離の単位なんてわかる訳が無い。

 要するに誤魔化しただけ。


 でも天気を確認する事も情報が無い訳じゃ無い。

 空は雲一つない晴天。


 雲が多分にあったハンニバル戦とは違う。

 これが意味するのは隠れる所がないと言う事。


 ハンニバルの時は雲に潜む事が出来たから長考する事が出来たんだ。


 今回は余裕をもって考える事が出来ない。

 機転がカギとなる。


 バババババババババババババッッッッッッ!


 とか考えてたら、けたたましいローター音が響く。

 下から急激にローターが競り上がって来るのが見えた。


 瞬く間に僕の目線上まで。


 ニヤリ


 コックピットで笑う呼炎灼こえんしゃくと目が合う。


 ジャキィッッ!


 機関砲チェーンガンの砲塔がこちらを向く。

 ホラ言わんこっちゃない。


―――ガレアァァァッッ!

   避けろぉぉぉぉぉ!

   ポンコポンコ


 ズガガガガガガガガガガガガァッッッッ!


 砲塔が火を吹く。

 超速で射出される無数の弾丸。


 すんでの所で急速に右旋回するガレア。

 何とか躱せた。


 て言うかヤバすぎるアパッチ。


 だがこれでわかった。

 現高度は多分3000から4000メートル付近。


 理由はアパッチが今ホバリングしているからだ。

 ゆっくり僕らの方向に機首を向けるアパッチ。


 これで更に解る。

 ロングボウレーダーで竜は索敵可能。


 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーッッッッ!


 巨大な噴出音。

 音の出所を確認する間も無く、アパッチの兵装パイロンから一基ミサイルが猛然とこちらに突き進んでくる。

 あれは……


 ヘルファイア対戦車ミサイルだ。


 どこの世界に十四歳の少年にヘルファイアミサイルをぶっ放す奴がいると言うのだ。


―――ガレアァァァァッッ!

   逃げろォォォォッッ!

   ポンコポンコ


 ギャンッッ!


 声に呼応する様にガレアが急速下降。


 僕はガレアの首に捕まりながら、後ろを確認。


 やはり。

 ヘルファイアミサイルはまだ追っかけて来る。


 確かこのミサイルはレーダーによる誘導弾。

 そして速度は……



 凡そマッハ1.4



 グングン追い付いてくる。


【ん?

 結構速えなアレ……

 よっと……】


 ドンッッッッッ!


 更にスピードを上げるガレア。


 ふと横を見ると久々に出ていた。

 ペイパーコーン。


 だが今回、寒さは感じない。

 最大魔力注入マックスインジェクトのお蔭だろうか。


 後ろを見るとしつこく追ってくる。

 さすが現代科学のレーダー誘導。


―――ガレアァッッ!

   あの追ってくる奴はしつこいぃぃぃっっ!

   魔力を溜めろォッッ!

   距離を取って迎撃するんだぁっ!

   ポンコポンコ


―――わかったっ!

   ポンコポンコ


 超速の中、口を開けて魔力を溜め始めるガレア。

 充分距離を取った。


―――ガレアァァァッッ!

   急速旋回ィィッッ!

   ポンコポンコ


―――おうよぉっっ!

   ポンコポンコ


 グァァァッッ!


 ガレアの身体が急激旋回。

 遠心力で吹っ飛ばされそうになる。


 ヘルファイアミサイルと向かい合う。

 猛烈な勢いで向かってくる。


 僕は右人差し指で方向を指し示す。


「ガレアァァッァァァァッッッッ!

 魔力閃光アステショットォォォォォッッッ!

 シュゥゥゥゥゥトォォォォォォッッッッ!」


 僕はあらん限りの力を込めて叫んだ。


 ギャンッッ!


 ガレアの口から極太の白色光帯射出。

 大気を斬り裂き、物凄い勢いでヘルファイアミサイルを飲み込んだ。


 カッッッ!!


 ドゴォォォォォォォォォンッッッッッ!!


 途端真っ赤な爆炎に変わるミサイル。

 大きな爆音とじんわり熱い熱と膨張圧力が僕らのポイントまで届く。


 かなり距離を取っていたが、何て威力だ。

 さすが対戦車ミサイル。


―――うお。

   何だ。

   割とすっげえ爆発だな。

   竜司、あれも人間が作ったのか?

   ポンコポンコ


―――うん……

   そうだよ、ガレア。

   ポンコポンコ


―――何であんなモン作ったんだ?

   ポンコポンコ


―――やっぱり……

   敵を……

   倒す為……

   かな?

   ポンコポンコ


―――敵って誰?

   ポンコポンコ


 こちらを向かなかったが、多分ガレアはキョトン顔だっただろう。


―――えっ……

   えっと……

   やっぱり……

   人間……

   かな?

   ポンコポンコ


―――ケタケタケタ。

   じゃあ、人間って自分殺す為にあんなモン作ったのか?

   馬鹿じゃねえの。

   ポンコポンコ


 コレに関しては言い返す事は出来ない。

 本当に兵器類に関してはガレアの言う通りの側面もある。


 全く愚かしい発明だ。

 自分を殺す為に発明した。


 そう思われても仕方がない。


 だけど…………

 僕らみたいなオタクからしたら…………




 カッコいいんだよォぉォぉ!

 ああいう兵器類って言うのはぁぁっっ!




 僕は漫画やアニメで銃や兵器を扱う奴も大好きだ。

 二丁拳銃を持って颯爽と敵を薙ぎ倒す主人公もカッコいいと思うし、かたや入念な取材から来るリアルな特殊部隊の動きとかもただ任務を遂行すると言うひたむきさがグッと来る。


 本当にこういうのを何て言うんだろう。


 良く言えば人間の多様性?

 悪く言ったら節操の無さ?


 側面では愚かしい発明だと理解しつつも側面ではカッコいいと言う気持ちもある。

 こういう二律背反的な気持ちって竜は持たないんだろうな。

 それは人間が不完全な生物だからって事かも知れない。


 バババババババババババババッッッッッッ!


 そんな事を考えていたらローター音が大きくなる。

 猛然とこちらへ向かってくるアパッチ。


 ニヤリ


 コックピットには狂気じみた笑いを浮かべる呼炎灼こえんしゃく

 依然として眼は血走っている。


 多分計画が頓挫しかかっているから頭のネジが飛んでしまったんだろう。


―――ガレア……?

   ポンコポンコ


―――何だ?

   ポンコポンコ


―――ガレアの魔力壁シールドって……

   うわぁぁぁぁっっ!?

   ポンコポンコ


 ジャキィィィッッ!


 僕がガレアに確認している段階で機関砲チェーンガンの砲塔がこちらを向く。


―――ガレアァァァァッッッ!

   避けろォぉォぉっっ!

   ポンコポンコ


 ズガガガガガガガガガガガガァッッッッ!


 ヒュンッッッ!

 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッッッ!


 ギュンッッ!


 ガレアが真下へ急速落下。

 弾幕からは逃れられたが、僕の耳には確かに聞こえた。


 無数の弾丸が僕の耳近くを超速で通過し、空気を切り裂く音。

 これが意味する事。


 そう、ガレアの魔力壁シールドを突き破ったのだ。


 いや……


 魔力壁シールドが破られた時特有のガラスの様な破砕音がしていない。

 となると表現的には反応していないと言うのが正しいか。


 となるとヤバい。

 猛烈にヤバい。


 焦り出す僕。


 それはそうだ。

 向こうの攻撃に対する防衛が効かないのだから。


 ハンニバル戦とはまた別種の大ピンチ。

 竜の硬い鱗ならいざ知らず、僕は生身で銃弾受けきる自信なんて湧き様も無い。

 いくら最大魔力注入マックスインジェクトと言えども。


 バババババババババババババッッッッッッ!


 とか考えてたらローター音が僕の耳に飛び込んでくる。

 後ろを見上げるとアパッチが猛烈な勢いで下降してくる。

 そう言えばロングボウレーダーで僕らの位置は把握されているんだ。


 くそっ。

 予想はしていたけど、ゆっくり考える時間もくれないって事か。


―――ガレアァッッ!

   距離を取れッッ!

   ポンコポンコ


―――何だ。

   逃げるのか。

   ポンコポンコ


 のん気なガレア。


―――早くぅぅぅっっ!

   殺されてしまうぅぅぅっっ!

   ポンコポンコ


―――そんなにヤベェのか……?

   なら……

   ポンコポンコ


 キュンッッ


「ウワァァァッァァッッッ!」


 ガレアの身体が瞬時に超高速域に。

 翠色の流星になる。


 まるで流れる星に跨っている様だ。

 前面から押し寄せる風圧に身体が持って行かれそうになる。


 集中フォーカスッッ!


 身体前面に魔力集中。


 発動アクティベートォォッッ!


 ドルルンッッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルルルルンッッッ!

 

 何とか落ち着いた。

 周りの景色もぼやけ過ぎて良くわからない。


―――ガレアさん……?

   このスピードで本気ぐらいかなぁ……?

   ポンコポンコ


―――ん?

   本気出しゃあもうチョイ出るぞ。

   ポンコポンコ


 ゴクリ


 僕は余りのガレアのポテンシャルに生唾を飲み込んだ。


 現時点で最大魔力注入マックスインジェクト発動下で暮葉のブーストをかけた状態。

 更に発動アクティベートで魔力効果を向上させている。


 これでようやく乗れるレベル。


 しかも、ガレアに口ぶりだと多分七割~八割。

 僕にガレアの本気は乗りこなせるのだろうか。


 と、こんな事を考えている場合では無い。

 僕は何も呼炎灼こえんしゃくから逃げようとしている訳じゃないのだ。


 呼炎灼ヤツを止める為に動いている。

 あまり離れすぎてもソレはソレで面倒だ。


―――ガレアッ!

   今のスピードを維持しながら今来た空路みちを戻って欲しい。

   ポンコポンコ


―――戻って大丈夫なのか?

   お前さっきまで殺されるとか言ってたのに。

   ポンコポンコ


―――だから戻る時はジグザグに飛んで欲しいんだ。

   出来るだけ不規則に。

   狙いを定まらせない様にね。

   あと戻りながら魔力も溜めていて欲しい。

   ここからは僕らも打って出る。

   色々言って悪いんだけど…………

   ………………出来る?

   ポンコポンコ


―――へへっ……

   面白くなって来たじゃねぇかっ!

   “出来る”だって?

   竜司よ………………

   …………俺を誰だと思ってんだ?

   ポンコポンコ


 それを聞いた僕はニヤリと笑う。

 この台詞が酷く懐かしく感じたからだ。


 三重のD-1グランプリ以来。

 ほんの数か月しか経ってないのに、酷く懐かしい。


―――あぁ、お前はガレアッ!

   僕の自慢の竜っ!

   僕とお前のコンビは最強だッッ!

   ポンコポンコ


―――そういうこった。

   へへっ

   さっきまでブルッてた奴がようやくらしくなって来たじゃねぇか。

   じゃあ行くぜッッッ!

   ポンコポンコ


 グァァァァァッッ!


 ガレア、急速でUターン。


 ギュンッ!

 ギュンッ!

 ギュンッ!


 ジグザグに飛ぶガレア。

 辰砂戦で見せたアメフトのカット走法の様な飛び方だ。


 グングン来た空路みちを戻る。

 そして魔力も溜め始めている。


 見えた。


 僕の眼に映るアパッチ。


―――ガレアッッ!

   敵が見えたッッ!

   魔力閃光アステショット行くぞッッ!

   準備しろッッ!

   ポンコポンコ


―――おうよっっ!

   俺達にケンカ売った事、後悔させてやるっっ!

   ポンコポンコ


 ギャンッ!

 ギャンッ!

 ギャンッ!


 ジグザグ飛行を続けるガレア。

 敵まで凡そ一キロ。

 ガレアの今のスピードならあっという間だ。


 バババババババババババババッッッッッッ!


 直ぐに遠くで聞こえてくるローター音。

 多分呼炎灼こえんしゃくも僕らに向かって来ているんだ。


 距離が五百mを切った。

 二人の速度なら接触まで一秒もかからない。


「すぅーーーーっっ…………」


 大きく息を吸い込む。

 これだけは念話テレパシーではダメな気がする。


 僕が声を発しないと。

 右人差し指で標的を指し示す。


「ガレアァァァァァァァァァッッッッ!!

 魔力閃光アステショットォォォォォォォッッッッッ!!

 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォォォッッッッッ!」


 僕の咆哮は高高度の乱気流により響かない。

 だが叫びに呼応する様にガレアの口がまばゆく煌めく。


 キュンッッッ!


 ガレアの口から極太の白色光射出。

 真一文字にアパッチに向かっていく。


 余りに極太過ぎて前方が良く見えない。


 バババババババババババババッッッッッッ!


 ローター音は未だ健在。


 グァァァァァァァァンッッッ!


 とか考えてたら僕らのすぐ隣を超速で通り過ぎるアパッチ。

 まるでドッグファイト。


 あの速度を躱したのか。

 何て旋回能力だ。


―――くそっっっ!

   躱されたッッ!

   ポンコポンコ


―――アレを避けるなんてなかなかやるじゃねえか、へりこぺたー。

   ポンコポンコ


―――そんな事を言ってる場合じゃないっ!

   だけど今のやり方は有効だっ!

   現にアパッチは撃って来なかったっっ!

   そのスピードを維持しながら飛び続けろォッッ!

   ポンコポンコ


―――おうよっっ!

   ポンコポンコ


 ギャンッ!

 ギュンッ!

 ギャンッ!


 ジグザグ飛行を続けるガレア。


 グアァァァァァッッ!


 ある程度離れた段階で急速Uターン。


―――よしっっ!

   ガレアッッ!

   魔力を溜め始めろ………………

   魔力刮閃光スクレイプ…………

   行くぞっ!

   ポンコポンコ


―――わかったっっ!

   ポンコポンコ


 僕はジグザグ飛行を続けるガレアの背中に跨りながら、ある施策を試みようとしていた。


 それは僕の中にある魔力を譲渡。

 この最大魔力注入マックスインジェクトにブーストをかけた魔力をだ。


 正直できるかどうか判らない。


 だが、もし可能だったら少なくともガレアの魔力溜め時間が大幅に短縮されるはず。

 どんな感じだろう。


 集中フォーカス


 とりあえず今残存している魔力を全て両掌に集中。


―――ガレアッッッ!

   今、僕の中にある魔力全てをお前に返すッッッ!

   出来るかどうか分からないけど……

   でも出来たならッッ!

   全てを呼炎灼ヤツにぶつけてくれッッ!

   ポンコポンコ


 感覚としては手から水を出す感じかな?


―――わかった…………

   ………………オッ!?

   オオッ!?

   何かキタッッ!

   何かデケェのがッッ!

   ポンコポンコ


 ガレアの反応からすると出来たらしい。

 体内に感じていた小型の太陽が消えてしまった。

 感覚で解る。


 この攻撃を最後にしないと。

 何せ僕の中に魔力は無い。


 今、使用している魔力注入インジェクトが消えてしまったらガレアに乗る事も出来ない。


 グングン距離を詰める僕ら。

 だがアパッチの姿は見えない。


 ローター音も聞こえない。

 どう言う事だろう。


 バババババババババババババッッッッッッ!


 ようやく聞こえてきたローター音。


 姿も視認する事が出来た。

 アパッチは何とホバリングをしていた。


―――止まれッッ!

   ガレアッッ!

   ポンコポンコ


―――おうっっ!

   ポンコポンコ


 キキィッッ!


 ガレア急制動。

 同じくアパッチの目線上でホバリング。


 バサァッ!

 バサァッ!


 呼炎灼こえんしゃくは待ち伏せていたのだ。


 射程距離に入ったら兵装を斉射。

 最大火力で一気に殲滅するハラだ。


 お互いの射程に入る。

 ニヤリと笑う呼炎灼こえんしゃくが見える。


 ジャキィッッ!


 機関砲チェーンガンの砲塔がこちらを向く。

 呼炎灼こえんしゃくが大きく口を開け、悪魔の様な笑み。


 ズガガガガガガガガガガガガァッッッッ!


 バッッッッッシュゥゥゥゥゥゥーーーッッッッ!


 ズドドドドドドドドドドドォォォォッッッッ!


 機首の機関砲チェーンガン、兵装パイロン(支柱)のヘルファイアミサイル七基、ハイドラロケット弾ポッド。

 全てが一斉に火を吹いた。


 だが僕は落ち着いていた。

 感覚で解ったんだ。


 今ガレアの口に溜められた魔力の濃さと大きさは全てを終わらせると。


「これで終わりだァァァァァッッッ!」


 ###

 ###


「はい、今日はここまで」


「パパって頭良いんだね。

 ちょっとでも間違えたら死ぬ所で色々考えるんだもんね」


 あの時は最大魔力注入マックスインジェクトの弊害ってのもあったけど、まあたつが見直しているんならソレはそれで良いか。


「だろ?

 どうだいたつ

 パパもカッコいいだろ?」


「うーーん……

 でもママに甘えているパパはカッコ悪い」


「タハハ……

 じゃあ今日も遅いからおやすみなさい……」

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