第百三十四話 一緒に地獄へ行こうぜぇ……Salete……

「やあこんばんはたつ


「あ、パパ」


「今日も話して行くよ。

 あと今日は最後に少し大事な話があるからね」


「大事な話?

 何だろ?」


「大事って言うか……

 お礼って言うか……

 まあ今日の最後に言うよ」


「うん。

 パパッッ!

 今日は戦闘ヘリに魔力刮閃光スクレイプを放った所からだよねッッ!?」


 息子が昔の僕のスキル名を覚えてくれている。

 何だか物凄く感慨深い。


「フフッッ

 そうだよ。

 さぁっパパが放った魔力刮閃光スクレイプはどうなったのかっ!?」


 ###


 ズガガガガガガガガガガガガァッッッッ!


 バッッッッッシュゥゥゥゥゥゥーーーッッッッ!!


 ズドドドドドドドドドドドォォォォッッッッ!


「これで終わりだァァァァァッッッ!」


 カッッッッ!


 僕の咆哮に呼応するかの様にガレアの口が輝く。

 その光は激しく、眩く、今まで見たどの光よりも鮮烈で大きい。


 極太白色の光帯が超速で真一文字に突き進む。


 アパッチから放たれた全兵装弾。

 機関砲チェーンガンの弾丸、ヘルファイアミサイル、ハイドラロケット弾全てを飲み込んで。


 余りに極太の光。

 全く前が見えない。


 アパッチは?

 アパッチはどうなった?


 バババババババババババババ…………


 急速にローター音が遠ざかって行く。


 何だ?

 何があった。


 まだガレアは魔力刮目閃光スクレイプ射出中。

 やがて光が消失。


 僕は素早く状況確認。


 まず目線上にアパッチは居なくなっていた。

 ローター音が遠ざかった方向は下だ。


 更に下を向く。

 落下していくアパッチが見える。


 ハッと我に返る。


 やばいっ

 このまま落下したら死んでしまう。


 兄さんの目的は身柄の確保。

 急がないと。


「ガレアッッ!

 急げッッ!

 下だッッ!

 あのヘリコペターを追えッッ!」


【おお、おお……

 何か解らんが判ったぞッッ!】


 ギュンッッ!


 僕らは落下するアパッチを追う翠色の流星になる。


 追い付いてきた。

 眼下に見える景色でようやく何故落ちたかが解った。


 アパッチのローター羽が一本になっている。


 力無く回って今にも外れそうだ。


 これが原因だ。

 三本のローター羽は魔力刮閃光スクレイプの光に飲み込まれたんだ。


「ガレアァァァァッッ…………!

 がんばれぇぇっっ!」


 ようやく真下を向く機首の右まで追いつく。


 どんどん落下スピードは増す。

 コックピットの天窓から俯いている呼炎灼こえんしゃくの姿が見える。


 死んでいるのか?

 どちらにせよ引き摺り出して、こちら側に引き寄せないと。


 僕が右拳を硬く握り、振り上げる。


 が、一瞬躊躇してしまう。

 今、僕の中には残存魔力が無い。


 既に割り振っていた魔力の分布を右拳に集中させるだけ。

 だが今の状態でそれを行うとガレアの背中から振り落とされるかもしれない。


 今、考えたらガレアから魔力補給すれば問題なかったんだけどね。

 その時の僕はテンパってて気づかなかったんだ。


 が、その時の僕は決断を迫られていた。

 自分の命か他人の命か。


 そして僕の取った決断は……


集中フォーカスゥッ!」


 右拳に魔力集中。


発動アクティベートォォォッッッ!」


 ドルルンッッ!

 ドルルルルンッッッ!

 ドルンッッ!


 大きく右腕を振りかぶる僕。


 果たして残存魔力の一部で軍事利用されている防弾ガラスが割れるだろうか。

 でもこの時の僕は迷っている余裕は無かった。


「ウオオオオオオッッッ!」


 ガァァァァッァンッッッッ!


 ビシィィィィィィィッッッ!


 よし。

 一撃で割れなかったが一瞬で乳白色に変わる程微細なヒビが天窓全体に入る。


「もう一回ィィィィィッッッッ!」


 ガァァァァッァンッッッッ!


 バリィィィィィンッッッ!


 僕の拳が天窓を突き抜けた。

 上空に散らばるガラス片。


 ガシィッッッ!


 突き抜けた右拳を開き、呼炎灼こえんしゃくの左脇辺りを掴む。

 力を込めて引き摺り出そうとする。


 ググググッッ


 引っ張り上げている時に気付いた。


 呼炎灼コイツ、ベルトしていない。


 どれだけ焦っていたのだろう。

 が、そんな事を考えている場合では無い。


 早く。

 早く引き摺り出さないと。


 ググググッッ


 よし、もう少しだ。

 呼炎灼こえんしゃくの身体がこちらに引き寄せられていく。


 もう少し…………

 僕は残された力を振り絞り、引き寄せる。



 バシィッッッ!



 ここで予想外の事が起こる。


 何と呼炎灼こえんしゃくが僕の手を振り払ったのだ。

 思わず僕は手を離してしまう。


 グァァァァァッッ!


 俯いていた呼炎灼こえんしゃくの顔が勢い良く持ち上がり、血走った眼光をこちらに向ける。


 その眼光には怨嗟や是認、無念や嫌悪。

 あらゆる感情が入り混じっていた。


 その眼に怯み、僕は右手を引っ込めてしまう。


 ニヤリ


 その様を見て笑う呼炎灼こえんしゃく

 先の悪魔じみた狂気の笑みでは無くどこか諦観を感じさせるものだった。


【ヤベェッッ!】


 ここでガレアの声が響く。


 グアァァァァッッ!


 ガレアの身体は強制的に方向を変え、落下するアパッチから離脱。


「あぁっ!!?」


 僕は咄嗟に手を伸ばすが敵わず。

 どんどん遠くなるアパッチ。


 ガサガサガサガサァァァァッッッ!


 ドッグゥオオオオオオオオンッッッ!


 と思ったらすぐに青木ヶ原樹海の森林に突入。

 爆炎を上げる。

 大きな爆発音が空に響き渡る。


 下を見ると広大な森林が確認出来た。

 あんな超高高度からもうこんな所まで降りてきていたんだ。


―――ふいーっ……

   ヤバかったー……

   もう少しで地面に激突する所だった……

   竜司よ……

   無茶しすぎだぜ。

   ポンコポンコ


―――ごめん……

   ガレア……


―――へへっ……

   まー俺は面白かったから良いけどな。

   ポンコポンコ


 何だかさっきから念話テレパシーの“ポンコポンコ”が響かない時がある。

 慣れてきたのかな?


 飛んでいるガレアの背中で僕は考えていた。


 これで終わったのかな?

 とか。


 呼炎灼こえんしゃくは死んだのかな?

 とか。


 これは僕が殺した事になるのだろうか。


 でも僕は助けようとしたんだ。

 でも何であの時、僕の手を振り払ったんだろう。


 ホントに漫画のラスボスみたいな所作。

 折角助けようとしている手を振り払うってどう言う気持ちなんだろうか。


 今となっては解らない。

 プライドなのかな?


 僕は適当に結論付けた。

 兄さんの所に戻って来たからだ。


「兄ーーさーーーんッッッ!」


 上空から大声をかける。

 兄さんの居た辺りに銀色の大きいドームがある。


 もしかして。


「ガレア、あの近くに降りて」


 僕は銀色のドームを指差す。


【おう】


 バサァッッ!


 大きく翼をはためかせる。


 ドスッ


 着地。

 僕はガレアの背中から降りる。


 そして銀色ドームをぐるりと周回。

 どこかに空気穴があるはずだと思ったからだ。


 すると後方下部に帯のように細い穴が空いている。僕はしゃがみ込み、細い穴に口を近づける。


「すぅーーーーっ……………………!!

 兄さんっっっっ!!」


 僕は大声を放つ。

 そして起き上がる。

 すぐに銀色のドームが霧散する。

 そこにはキョトン顔のボギーと両耳を押さえて屈んでいる兄さん。


【あ、ホラ豪輝。

 ホントに弟君だよ】


 ボギーがこちらにキョトン顔のまま振り向く。

 ホントにってどう言う事だろう。


 ゆっくり両耳の押さえを取り、顔を上げる兄さん。


「マ……

 マジか……?」


 恐る恐る後ろを振り向く兄さん。

 後ろに立っていた僕と目が合う。


「ボギー……

 “ホントに”ってどう言う意味……?」


【豪輝がさー僕が弟君の声がしたよって言ったのに“馬鹿。こんなに早い訳があるか。今竜司は俺や皆の為に戦ってくれてるんだ”って聞かなくてさー】


 なるほど。

 そう言う事か。


「竜司……

 呼炎灼こえんしゃくはどうした……?」


 僕は黙って炎が上がる方角を指差す。


「そうか……

 よくやったな……」


 カタ……


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ



 よくやった。



 この言葉を聞いた瞬間僕の中から再び得体の知れない恐怖が顔を出す。


 よくやった?


 僕はまた人を殺してしまったんだ。

 人を。


 余りの震えに身を屈める。


「どっ……

 どうしたっっ!?

 竜司っっ!?」


「僕はッッ……!

 僕はッッ…………!

 人をォッッッッ…………………………

 殺してしまったッッ……」


「ハイ……

 座る……」


 手が後ろから優しく僕を座らせる。


 すとん


 僕は指し示すまま、その場に座る。

 その僕を座らせた手は僕を優しく後ろに倒させる。



 ポフ



 僕の後頭部に暖かく柔らかいものが当たる。

 見上げるとそこには優しい笑顔の暮葉。


 ギュッ


 後ろから抱きしめてくれた暮葉。

 両肩から前に腕を回す。


 僕の身体を縛っていた恐怖が解けていく様だ。



「ふぐっっ…………!

 ううっ……!

 ううう……」



 だが、次に僕へ圧し掛かって来たのは殺人に対する罪悪感。

 この罪悪感と言うのは大きくは感じないのだが鋭いのだ。


 鋭い罪悪感の刃は僕の心に深く突き刺さる。

 その痛みで僕は涙を流したのだ。


 僕は胸元にあった暮葉の両手にしがみつき、むせび泣いた。

 そんな様子を見た兄さんが声をかけてくる。


「竜司……

 本来なら俺がやらなきゃいけなかった所を……

 すまなかった……

 お前はまだ十四歳……

 殺人の罪は重すぎる……」


「竜司…………

 辛くなったら私を頼って……

 いつでもこうしてあげるから……」


 暮葉の言葉が本当に嬉しかった。

 ようやく涙が止まったのか僕は暮葉の右手を握り、座り込んでいた。


 兄さんは何か気付いた様な面持ちで僕の後ろ側を見つめている。


「竜司………………

 一つ言いにくい事を聞く………………

 お前…………

 呼炎灼こえんしゃくの死体は確認したのか?」


 ビクゥッ!


 死体


 人の死を想起させるワードを聞いた事により僕の身体が強張る。


「大丈夫よ……

 私が居るわ……」


 耳元で優しい暮葉の小さな声。


 ギュッ


 僕は更に暮葉の右手を握る。


「いや……

 見てない」


「そうか…………

 竜司……

 聞かせてくれ……

 お前が何故呼炎灼こえんしゃくが死んだと判断したのか……

 上空で何があったのか……

 これは言いたくなければ言わなくて良いなんて甘い事は言わねぇぜ……

 何としても話してもらう……」


 鋭い兄さんの目。

 これは本気の目だ。


「う……

 うん……

 上では……」


 僕は上空での戦いをかいつまんで話し出す。


 呼炎灼こえんしゃくは上空でも躊躇なく撃って来ていた事。

 僕らの放った魔力刮閃光スクレイプによる一撃でローター羽を三本刮そげ取って行った事。

 落下する中、呼炎灼こえんしゃくを助けようと掴むが、その手は振り払われた事。

 そして最後に見たのは呼炎灼こえんしゃくの笑顔だった事


「…………という訳さ……」


「竜司……

 もしかして……

 お前殺人なんかやっていない可能性があるぞ……

 望み薄だけどな……」


「えっっ!?

 ホントッッ!?」


 僕はその一言が罪悪の底に沈んだ僕に垂らされた一本の蜘蛛の糸のように思えた。


「あぁ……

 ちょっと待ってな……

 ボギー」


【んー?

 なーにー?】


「亜空間を頼む」


【はーい】


 ボギーが亜空間を出す。

 中に手を入れ、取り出したのはスマホだった。

 どこかに電話をかける。


「もしもしカズか?

 あぁ全部終わった。

 今誰が居る……?

 何っ……!?

 ……そうか……

 わかった。

 今いる奴等、全員つれてこちらまで来てくれ。

 俺は今歩く事が出来ねぇ。

 うん……

 あぁ……

 県警本部に電話して解決の連絡を頼む……

 あとホンボシ真犯人(呼炎灼)マルサク捜索が必要だ。

 百人単位の増員と鑑識の手配も。

 今いる場所は……

 ちょっと待ってろ」


 スマホを押さえながらこっちを向く兄さん。


「竜司、今居る地点を全方位オールレンジで探ってくれないか?」


「うん……

 わかった……

 ちょっと待ってて……

 ガレア……

 暮葉……」


【何だ?

 竜司】


 僕はガレアの身体に手を合わせる。

 魔力補給の為だ。

 中型魔力補給。


「暮葉……

 僕にブーストかけて。

 コレは普通で良いから」


「うんわかった」


 依然として僕を優しく抱きしめてる暮葉。

 本当に物凄く感謝しているし、ありがたいんだけどこの状態だとブーストがかかったかわかりにくいなあ。


「はいもういいよ」


 暮葉から声がかかる。

 よし。


全方位オールレンジッッ!」


 超速で広がる翠色のワイヤーフレーム。


 いた。

 カズさんだ。


 あとげんや蓮達もいる。


「兄さんOKだよ。

 えっと……

 ここってどう言ったら良いんだろう?」


「カズ達が居る場所からの距離と方角だけ教えてくれたらいい」


「えっと……

 南東……

 かな?

 そっちに十三キロ弱って所」


「わかった………………

 カズ、そこから南東に十三キロ弱の地点に俺達は居る。

 あと頑丈な拘束着と運搬車の手配も頼む。

 四トンクラスでも吊れるヤツがいいな…………

 あ?

 そんなもん来れる所までで良い。

 そこからは俺達で何とかする……

 じゃあ頼んだ……

 プツッ」


 兄さんが電話を切った。


「竜司……

 つづりは……」


「うん…………

 敵の毒に感染してしまって……」


「そうか……

 後はD.Dディーディーに任せるしかねぇ……

 お前は毒に感染しなかったのか?」


「何度かは感染したけど……

 魔力注入インジェクトのお蔭で……」


「……そうか……

 それは良かった……

 あとお前が呼炎灼こえんしゃくに歩いて行った時の力……

 明らかに魔力注入インジェクトとは違う力だ……

 あれは何だ……?」


 おそらく最大魔力注入マックスインジェクトの事を言ってるんだろう。


「あ……

 あれは辰砂が暮葉を襲おうとしたから……

 僕がキレて使った技……」


「竜司…………

 あの力はもう使うな……

 あれは人が扱える力の範疇を大幅に超えている……

 使い続けると必ずひずみが出るぞ……」


 兄さんも呼炎灼こえんしゃくと同じ様な事を言っている。

 言ってる事はほぼ合ってたんだ。


 違う所はもうひずみが出ていたって所だけ。


「僕だって出来れば使いたくないよ……」


「…………そうか……」


 兄さんはポツリと呟いた後、ニカッと笑う。


「まーでもよっ!?

 竜司っ!!

 何にせよお疲れさんっっ!

 お前たちのおかげで犯罪を防げたっ!」


 うって変わって兄さんが笑顔。

 多分僕に気遣ってくれてるんだ。


「いや……

 僕なんて……」


「何言ってんだっっ!

 一番の立役者がよっっ!

 帰ったら大宴会だッッ!

 俺とつづりは入院しないと駄目だから退院してからだけどなっ!」


「うっ……

 うん……」


 兄さんは気遣っておどけているが、僕の心はどうにも浮かび上がらなかった。

 それだけ今回の戦いは僕の心に影響を与え、奪って行った。


 まず辰砂の様な反吐が出る悪魔の様な竜河岸もいるって事。

 そして放送で呼炎灼こえんしゃくが言ってた竜河岸への迫害。


 人間の悪意は底が知れない。


 何かの漫画でそんな事を言っていた。


 やっぱり僕は世間知らずだった。


 各地で差別意識があると言うのは知っていたが、今回の呼炎灼こえんしゃくの一件で実感できた。

 僕はたまたま逢った竜河岸がほとんど良い人ばかりだったからそこに気づかなかったんだ。


 …………いや…………

 目を向けなかったんだ。


 僕は意を決して聞いてみる事にした。


「兄さん…………

 戦いの前に呼炎灼こえんしゃくが言ってた……

 虐げられている竜河岸がいるってホント……?」


「………………知りたいのか…………?」


「うん……」


「竜河岸に差別意識がある地域があると言うのは知っているか?」


「うん……

 小学生の頃授業で習った……

 だからこんな差別はしちゃいけませんって習った……」


「そうか……

 今の日本てな……

 竜河岸は二種に区分されるんだよ。

 甲種と丙種。

 お前や俺は甲種。

 だが、たまに竜儀の式が遅れて思春期を迎えても竜を使役していない竜河岸が居る……

 それが丙種だ。

 タツナシなんて陰で蔑称している地域もある……

 酷い虐めが横行している土地もあるらしい」


「竜が居ようと居まいと関係ないじゃない。

 何でその人達が虐められなきゃならないの?」


「これは俺の推測だが……

 日本の教育システムの弊害だ……

 日本の教育システムって一番の特徴は統一されている所だ。

 全員同じ教育を受けて同じ能力を育てるのが目的……

 それ自体のメリットはある……

 だからこそ日本はここまで発展したんだからな……」


 僕は黙って聞いていた。


「だがその弊害として生まれたのが……

 無個性……

 アイツと俺はどう違う?

 あの子と私は同じなの?

 多感な思春期なだけに物凄く悩むんだ……

 それで思いついたのは…………

 虐めだ。

 アイツを殴れる俺は上だ。

 あの子をハブれる私は優秀だ…………

 そう言う考えが浮かぶ……

 そこへ現れた竜河岸……

 まー言ってしまえば個性の塊だよな……

 何せ竜を使役してるんだから……

 そんな竜河岸を目の当たりにした一般人はこう思うんだ……

 調子に乗るなってな。

 そしてそんな竜河岸への鬱憤が溜まってる中に竜を連れていない丙種が入ったらどうなると思う……?」


「虐められる……」


「そうだ……

 丙種だけじゃなく、甲種でも陰湿な虐めがあるって聞くからかなり根深い話だ……」


「もちろん虐めって言うのは原因は一つだけじゃなく、個々によって原因は様々だ……

 虐められた丙種が晴れて甲種になってスキルを使い、虐めてた奴を殺すって言う事件もある……

 だから俺達が居る……

 確かに呼炎灼こえんしゃくが考えている事は正しいとも言える……

 だけど建国ってのはやりすぎだけどな」


 これが悪意の連鎖か。

 よく漫画で復讐は止めろって言うけどそれは悪意の連鎖が止まらないからだ。



 この話を聞いた時、僕の頭に一つの案が浮かんだ。



「兄さん…………

 僕…………

 その虐められている竜河岸達を助けてやりたい……」


 ぼんやり浮かんだ案。


 僕も竜、ないしは竜河岸と言う特殊な産まれによって引き籠った経験がある。

 同情なのかも知れないけど、少し外に目を向ければ僕みたいに良い出会いに恵まれるかも知れない。


 まだ具体的にどうするかハッキリしない案。


「おっ?

 何だ竜司、それはお前の進路か?」


 兄さんが助け舟を出してくれた。


 そうか。

 僕のこの案は進路の話だったのか。


「いいいいやっっ!

 そこまで具体的に決まってる訳じゃ無いんだけどっっ!」


「ハハッ

 勿論お前は建国するつもりじゃないよな。

 となるとフリースクールの塾長とかNPO団体の会長とかになるのかな?

 竜司~~?

 なら死ぬ程勉強しないとな~~?」


 兄さんが僕をからかってくる。

 前の僕なら少し怒りそうなんだけど、全く怒りが湧かず兄さんの言葉を真摯に受け止めた。


「うん…………

 そうだね……

 兄さん……

 僕……

 頑張るよ。

 全部終わったら……

 まず竜河岸飛び級試験の為に勉強するよ……」


「その意気だ…………

 って言いたい所だけど……

 お前復学は良いのか?」


呼炎灼こえんしゃくの話とか蓮の話とか聞いてると…………

 まだ……

 御免なさい……

 他人が怖い部分もある…………」


「まー好きにしたらいいさ。

 俺は学校って言うが大事なんじゃ無く、その内容と考える派だからな。

 自身で日本の教育レベルの勉強が出来るなら行く必要はねぇよ」


「ありがとう……

 兄さん……」


「あっ

 居た居たっっ

 おーーーいっっ!」


 どこからともなく聞き慣れた声が聞こえる。

 カズさんだ。


 遠くからカズさんとドッグ。

 リッチーさんとラガー。


 げんとベノム。

 蓮とルンル。

 シンコがこちらに歩いて来る。


「随分早いですね。

 歩いて来たっぽ……」


 やって来たカズさんの姿に僕の言葉が止まる。

 カズさんは上着を肩から羽織っているだけでボタンは留めていなかった。


 胸元に太い包帯がクロスしているのが見える。


「歩いて来た訳ないじゃん竜司君。

 途中までみんな竜に乗って来たよ。

 僕はシンコだけど」


 シンコと言うワードで思い出される人が居た。


「カズさん……

 つづりさんについては……

 本当に申し訳なかったです……」


 それを聞いたカズさんは微笑んでいた。


「何を謝る事があるのさ。

 つづりだって覚悟を持って仕事に就いているんだよ。

 これが僕ら特殊交通警ら隊の仕事だってわかっているのさ。

 だから竜司君が気に病む事無いよ。

 勤務中の負傷だから労災も降りるしね」


「でっ……

 でもっ……」


「オラァッッ!

 ガキィッッ!

 テメェッッ!

 隊長の足引っ張らなかっただろうなぁっ!?」


 リッチーさんが絡んできた。


 足を引っ張る。


 考えてみると呼炎灼こえんしゃくが逃げた時、僕がもう少し慎重に行動していれば取り押さえる事が出来たのではないのか。


 気持ちが沈む。

 物凄く。


 何でこの人達はこうも刺さるワードを出してくるのか。


「…………………………すいません……」


 僕は項垂れてポツリと一言謝罪。


「スイマセンって事ァ何かやらかしやがったのカァッッ!?」


「おいリッチー。

 竜司はよくやってくれたぞ。

 アパッチに乗った呼炎灼こえんしゃくを撃退したのも竜司だ」


「そうなんスかァ隊長ォ……

 って……

 いつまで形状変化コンフュージョン使ってんスカ?」


「ん?

 あぁ俺がヤッたん腰だからな。

 満足に身体動かせねぇんだよ。

 この状態で構成形状変化フュージョン解いたら全裸になっちまう」


「ハハッ

 そりゃ難儀ッスね。

 …………ってそれ形状変化コンフィグレーションじゃないんスかぁっっ!?」


「あぁ……

 装甲がもうボロボロだからな……

 気付かねぇのも無理ねぇよ」


「あの隊長の奥の手使ってそこまでやられるって呼炎灼こえんしゃくのヤロウ……

 どんだけ火力あんだよ……」


「その呼炎灼こえんしゃくを圧倒したのが竜司だぞ」


 兄さんがニヤリを笑いながらフォローを入れてくれた。


「マジか………………

 ガッッ……!

 ガキィィィッッ!

 たっ……!

 確かにオメェは超火力かも知れねぇ……

 だがそう言う奴に限って足元掬われて絡め捕られるんだよぉっ!

 オメェはまだまだケツの青いガキだって事を忘れんなッッ!」


 リッチーさんの罵倒。

 やはりここも前の自分と比べて違和感がある。


 物凄く落ち着いているのだ。

 落ち着いているせいかこの言葉がリッチーさんなりの応援じゃないかとも思える。


「はい……

 リッチーさんの言う通りです……

 これからも宜しくお願いします」


「なっ……

 なんだァ……?

 えらく殊勝な態度じゃねぇか……」


 素直な僕の発言に少し驚いているリッチーさん。


 くるりと僕に背中を向ける。


「まあ………………

 今回に関しては…………

 良くやったんじゃねぇか…………?

 ガキなりによ……」


「クックックッ」


 兄さんがリッチーさんの態度を見て笑っている。

 背中を向けたのは照れ隠しだ。


「はい……

 ありがとうございます……」


「竜司っ

 大丈夫なんか?」


「竜司っ

 大丈夫っ?」


 次はげんと蓮が話しかけてきた。


「何や、よう見たら酷く焼け焦げとんは服だけで身体は無傷っぽいやんけ。

 ワレ、ホンマに敵と闘りあっとんったんか?

 草葉の陰で暮葉とチチくりあっとったんちゃうか?

 ハハッ」


「いや………………

 そんな事は…………

 でも今回、戦えたのは本当に暮葉のおかげなんだ……

 暮葉が居なかったら確実に僕は駄目になっていた」


 僕は微笑みながら暮葉を見る。


「フフ…………

 竜司ってば私が居ないと駄目なんだから……」


「おうおう。

 何や何や、二人とも雰囲気はもう夫婦やないけ。

 のう蓮?」


「えっっ……

 えぇ……

 そうね……」


 何でその話を蓮に振る。


 時々思ってたけどげんってデリカシー無いよなあ。

 蓮も複雑そうな顔をしている。


「でっ……

 でもっ……

 無傷って訳じゃ無いよっ……

 ホラ」


 バッ


 僕はボロボロになったレインコートと上着を脱いで半裸になる。


「うお……

 何やこら……」


 僕の右肩から斜め下に向かって襷掛け上に伸びる極太のあざ


 赤と紫と黒。

 その三色が肌色と混ざり合ってうねっている。


「こことかも……」


 僕は右手首を見せる。

 まるで趣味の悪い刺青の様にぐるりと取り囲むあざ


「竜司……

 これ……」


「ああ蓮。

 もう全然痛くは無いんだ。

 魔力注入インジェクトで治したからね。

 でも痣は残っちゃったみたい」


「いや……

 そうじゃなくて何でこんな痣が……」


「そりゃマグマだもん」


 僕はあっけらかんと答えてしまう。

 そんな僕を見て言葉を失う蓮。


 やがてソッと僕の頬に手を合わせた。


「竜司……

 橙の王との戦いを聞いた時にも思ったんだけど……

 貴方……

 自分の命を軽く見てない……?

 本当に危険な事は止めて……

 貴方が傷ついて哀しむ人間がいるって事を忘れないで……」


 ツウ


 蓮の眼に伝う一筋の涙。

 僕が泣かせてしまったのか。


「ええっ!?

 蓮っ!?

 蓮っ!?

 何で泣いてるのっ!?」


「だってっ……

 竜司がっ……

 竜司がっ……

 何か自分の命を軽く見ている気がしてっっ……」


 そう言う所があるのかも知れない。

 泣きながら訴える蓮を見て少し考えてみる。


 多分それは僕が引き籠っていたからだと思う。

 僕はドラゴンエラーを引き起こす前の記憶がほとんど無い。


 僕が殺してしまった友達との記憶はあるが、小五以前の記憶はホントにボンヤリしている。

 だから僕を形成している記憶と言うのはドラゴンエラーとそれを精神的外傷トラウマとさせた友達との記憶と引き籠りだけ。


 あとはガレアと出会った旅の事。

 それだけなんだ。


 何で記憶がボンヤリしてるのかはわからない。

 それだけドラゴンエラーの印象が強かったって事だったのかな。


 ガレアと会ってからは違うけど、僕の記憶の中で圧倒的に少ないのは他人とのコミュニケーションだ。

 だから僕が傷ついて他人が哀しむっていうのが実感できないのかも知れない。


 こんな僕が頑張っていい風になるならって考えてしまう。

 でもこれだけ泣いて心配してくれてる蓮を見るとある種の生存欲求の様なものが産まれた。


 シンプルに考えると……


 蓮が哀しんでいる。

 哀しませたくないから僕は死んじゃいけない。


 と言う事なんだ。

 この時の僕はまだ気づいていないけど、後々考えると無くす感情もあれば産まれる感情もあるんだなぁって思ったよ。


「ハハッ

 何や蓮、相変わらず竜司にメロメロやのう」


 そんな空気を破るかのようにげんが蓮をはやし立てる。


「べっ……

 別にそんなんじゃ無いんだからっ!」


 真っ赤になる蓮。


 そんな二人のやり取りを見て僕も思わず笑顔になる。

 本当に良かった。


「竜司ー

 ちょっと来い」


 そんな折、兄さんから声がかかる。

 スマホを持っている。


「何?」


「近くまで増員が来たらしいから今から呼炎灼こえんしゃくの捜索を依頼する」


「僕は何をしたら良いの?」


「いや……

 お前が気にしてた様だから教えただけで別に何かして欲しい事がある訳じゃ無い。

 陣頭指揮はカズに頼むしな。

 あ、そうそうカズ。

 俺すっかり救急車の手配忘れてたよ」


「全く妙な所が抜けてるんですから隊長は。

 僕も両肩Ⅲ度熱傷なんですからね。

 電話しときます。

 五、六台はいるかな?」


「スマンなカズ………………

 って訳だ竜司。

 救急車が着き次第俺も搬送される」


「うん……

 早く良くなってね兄さん……」


「おう」


正親町おおぎまち巡査長ーっ!)


 森の中から声がかかる。


「おっ来たようだ」


「わかりました。

 じゃあ行ってきます」


「あぁ、そうそう竜司。

 一つ頼まれてくれるか。

 赤の王を運ぶ運搬車の道づくりだ」


「道づくり?」


「ここまで車両は入れねぇだろ?」


 確かに道が無いとここまで来れないか。


「でも、運搬車ってどこに止まってるんだろう?」


「近くまでは多分来てるだろうから、ガレアに乗って上空から確認したら良いんじゃないか?」


「わかった。

 それじゃあ行ってくるよ。

 ガレア、暮葉。

 ちょっと付き合って」


【ん?

 何だ竜司】


「どうしたの?

 竜司」


「ちょっと一仕事あるから付き合って欲しいんだ」


【いいぞ】


「わかったわ」


「じゃあガレアにはちょっと飛んでもらうから背中に乗るね」


 そう言いながら背中に跨る僕と暮葉。


全方位オールレンジ


 僕を中心に広がる翠色のワイヤーフレーム。

 今回はうって変わって反応が沢山ある。


 ほとんどが白い点だ。

 一般人が多いって事か。


 樹海の中と道路上。

 多分この道路上が運搬車の人達だ。


「ガレア、こっちに飛んで」


【おう】


 バサァッ

 バサァッ


 ガレアが翼を大きくはためかせ、浮かび上がる。

 大きな力で臀部を押し上げられるのを感じる。


 ヒュン


 ガレア前進。


―――ガレア、下が解らなくなるからあんまり高く飛ばなくて良いよ。

   ポンコポンコ


―――わかった。

   ポンコポンコ


 場所はここから一キロぐらい北北西に上がった所。

 一キロなんてガレアの翼ならあっという間だ。


 もう見えてきた。


 道路の所に数十人と大きなトラックが見える。

 トラックにクレーンもついているぞ。


―――ガレア、そこの道に降りて。

   ポンコポンコ


―――おう。

   ポンコポンコ


 ガレア着陸体勢。


「下の人ーっ!

 危ないので離れて下さーーいっ!」


(おおっ

 竜だっ!?

 隊長っ!

 竜が降りてきますぜっ!?)


(お前らっっ!

 離れろっっ!)


 隊長と呼ばれる人に促され、散り散りに散っていく。


 バサァッ

 バサァッ


 ドスッ


 ガレア着地。

 僕はゆっくり降りる。


「あの……

 責任者の方おられますか……?」


(俺が隊長だが……

 君は?)


 一歩前へ出来た男。


 青い制服に身を包んだその男は眼が細く、眉はハの字を逆さにしたような形。

 髪は黒く、頭はそろそろ禿げるかなと言うぐらい生え際が上へ上がっている。

 顎は四角く、ガッシリとした体形。


「えっと……

 僕は皇警視正すめらぎけいしせいの弟で今回の呼炎灼こえんしゃく事件の関係者です。

 その運搬車を現地まで運ぶお手伝いをしに来ました」


(へえ……

 皇警視正すめらぎけいしせいの……)


 スッ


 その男が右手を差し出す。

 握手のサイン。


 僕は応じる。

 ゴツゴツした手とガッチリ握手をする。


(よろしくなっ

 俺は警備課竜専門機動レスキュー部隊隊長戸塚宏とつかひろしだっっ!)


「よろしくお願いします。

 僕は皇竜司すめらぎりゅうじです。

 レスキュー部隊って何ですか?」


(専門部隊の事だ。

 主な任務は竜事件の後始末だよ)


(後始末……

 ですか……)


(竜ってのはべらぼうに力が強いからな。

 周りの被害の修復や運搬が主な仕事だ。

 それで君は何の手伝いをしてくれるんだ?)


「あ、はい。

 僕が道を作ります。

 ガレア……

 こっち向いて魔力を溜めて……」


【おう】


 開いたガレアの口に魔力が集まり始める。


 僕はその間に兄さんへ電話。


「もしもし?

 兄さん?

 今から魔力刮閃光スクレイプ撃つからみんなに伏せてって伝えて。

 うん、それじゃあ……

 プツッ」


 電話を切る僕。


全方位オールレンジ


 翠色のワイヤーフレーム展開。

 正確な角度を探る為だ。


「ガレア……

 もうちょい下……

 気持ち左……

 うんそこ」


 角度修正完了。


「ではレスキュー部隊の皆さん。

 少し離れてて下さい」


(お……

 おう……)


 周りのレスキュー部隊員は狐に摘ままれた様な面持ち。

 ゆっくり距離を取る。


「じゃあ………………

 ガレアァァァッァァァァッッッ!!

 魔力刮閃光スクレイプゥゥゥゥッッッ!

 シュゥゥゥゥゥトォォォッッッ!」


 カッッッ!


 僕の叫びに反応しガレアの口から煌き。

 目の前の木々を飲み込んで、真一文字に空へ消えて行く白色光帯。


「ふう……

 終わりましたよ……」


【なあなあ竜司、これも昨日のモエヒロガを防ぐってやつなのか?】


 ガレアがキョトン顔で聞いてくる。


「燃え広が…………

 あぁ、それとはまた違う作業だよ。

 ガレア、ご苦労様。

 戸塚隊長、終わりました。

 これで多分運搬車が入れると思うのですが……」


 僕が指差した方向にうっそうと茂った森林ごとゴッソリ地面が抉られた真っすぐの緩やかな登り坂が出来ている。


 遠くの方で白い山も見える。

 この距離でも見えるってやっぱり赤の王って大きいなあ。


(やっぱりスゲェな……

 竜河岸って奴は……

 よしっッッッッ!!!

 野郎どもォォォォッッ!!

 運搬車に乗り込めェェェェェッッ!!)


(YEAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!)


 異様なハイテンションを見せるレスキュー部隊。

 すぐさま運搬車の荷台に乗り込む。


(ハル爺ッッッ!

 やってくれッッッ!)


 ハル爺?

 誰の事だろう。


(ふぇぇぇぇい……

 ヒロちゃんや……

 もう運転して良いんかいのう……

 それより昼ご飯はまだかいな……?)


 プルプル震える手が運転席からヌッと出てきた。

 よく見たら運転席に座っているドライバーはヨボヨボの爺さんだった。


 もうヤバイぐらいの爺さん。

 人生の運転が危ぶまれる程の。


 若干ボケてないか?


(ハル爺ッッ!!

 昼飯なら仕事終わったらたらふく食わせてやるっっ!

 とっとと発進しやがれっっ!

 あと竜司君っっ!

 そこ危ないから離れた方が良いぞッッ!)


 荷台から振り向き、危険を伝える戸塚隊長。

 危険たってなあ。


 あの爺さんの運転でしょ?

 そんな大した事は無いんじゃ。


 世の中には枯葉マークってのがあるらしいし。


 まあでも念のためガレアに乗っていつでも飛べるようにはしておくか。

 僕はガレアに跨る。


(ふぉぉぉぉぉ………………

 ぢゃあ………………

 れでーーー……………………




 Goォォォォォォォォォォォッッッッ!!!)


 ドルルルルンッッッ!

 ドルルルルルンッッッ!


 僕の発動アクティベート発動時の様なエンジン音。


 キュルキュルキュルキュルゥゥゥゥゥゥッッッ!!


 タイヤが激しくホイールスピン。

 駆動輪から勢いよく白煙が上がる。


「え…………?」


 僕は絶句した。


 驚いている僕を尻目にバック走行で猛然と迫り来る運搬車。

 物凄い勢い。


「ガレアァァァァッッッ!

 飛べぇぇぇぇぇッッッ!」


 慌ててガレアに飛行指示。


 キュンッ


 ガレア急上昇。

 すんでの所で運搬車との激突は免れた。


 危ない所だった。


 ギュルギュルギュルキュルッッッッッッ!


 再び激しいホイールスピンの音。

 下を見るとバックした運搬車が勢いよく右折して僕が作った道に入って行った。


 ガタゴトガタゴトガタガタガタッッ!


 上から見ていても運搬車が激しく揺れているのが判る。

 やっぱり急ごしらえの道だからしょうがないか。


(YEAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!!)


 荷台から絶叫が響く。


 だから何なんだ。

 レスキュー部隊の異様なテンションは。


 悪路をものともせず爆走し続ける運搬トラック。

 あっという間に兄さん達が居る場所まで辿り着いた。


 ギャギャギャギャギャギャギャッッッッ!


 豪快なドリフトブレーキを決め、運搬トラック到着。

 僕らも降りないと。


「ガレア、僕らも降りよう」


【おう】


 バサァッ

 バサァッ


 ガレアが翼をはためかせ、ゆっくり下降していく。


 ドスッッ


 ガレア着地。

 僕らが降りた頃には運搬車の荷台には誰もおらず、全員降りて作業に取りかかっていた。


 見ると戸塚さんと兄さんが話している。

 側へ駆け寄る僕。


「でよ……

 ヒロッさん……」


(まあ豪輝よ。

 いつもみたいに俺達に任せときな)


 兄さんが愛称で呼んでる。

 仲良いんだ。


「兄さん」


「お?

 竜司。

 お疲れさん。

 ヒロッさん、自己紹介は済んでるだろうけど改めて紹介させてくれ。

 こいつは竜司。

 俺の自慢の弟だ。

 本件の一番の功労者なんだぜ」


 嬉しい。

 あの兄さんが僕の事を自慢だって?


 本当に物凄く嬉しく、誇らしくもあった。


(そうかいっ!?

 見た感じまだ幼い感じなのになあっっ!

 さっきの道作る時も見たぜっっ!

 やっぱ竜河岸ってのは………………)


「ああバケモンだ」


(違いねぇ……

 ハァッハッハッハッ!)


「ハッハッハッハッハッ」


 戸塚さんと兄さんが笑い合っている。

 竜河岸が化物だと揶揄されたにもかかわらず。


 しかも先に言い出したのは当の竜河岸である兄さんだ。


 多分悪口言い合っても冗談だと信じれる。

 そんな間柄なのだろう。


 それにしても僕、周りからは老けて見られるんだけどな。

 戸塚さんは人生経験豊富そうだし、そう言う人からしたらやっぱり僕なんて子供なんだろうな。


「仲良いんですねお二人」


「ん?

 まあな。

 いわば飲み友達だよ。

 俺が奢ってばっかだけどな」


(何言ってんだっっ

 豪輝っ!

 お前はキャリア組で竜河岸っていう言わば出世コースをひた走るエリートっ!

 かたや俺なんてノンキャリの一般人ときたもんだっ

 竜司君っ…………

 汚い話コッチの方もダンチな訳よ…………)


 戸塚さんが僕に顔を近づけながら右人差し指と親指で輪っかを作り、見せびらかす。

 要するに収入面って事なのかな?


「こらヒロッさん、竜司にあんまりそういう汚い大人の世界をだな…………

 まあこうして無理を言っても来てくれるんだ。

 酒で良いならいくらでも奢ってやるさ」


(さすが豪輝君っ!

 さっそく本件片付いたら飲みに行こうぜっ!)


「そうしたいのは山々だが……

 俺は多分入院だ……

 だから今回のお礼に関しては退院後と言う事で」


(りょーかいでぇーありますっ!

 皇警視正すめらぎけいしせいッッ!

 では本官は職務に戻りますっ!)


 ニコッと白い歯を見せた戸塚さんはビシッと敬礼して、赤の王の麓へと走って行った。


「面白い人だね戸塚さんって」


「ん?

 まあな。

 一言で言うと豪胆な人だな」


「豪快じゃ無いんだ」


「あの人な…………

 酔うと泣くんだよ…………

 すんげえ気持ち悪い泣き方でな……

 一人称もアタイになるし…………

 ソッチの気があるんじゃないかって警ら隊総出で洗ったんだが証拠は掴めなかった……

 だから…………

 “快”と言うよりは“胆”なんだよなあ……」


 何をしているんだ警視庁公安部特殊交通警ら隊。

 ヒマなのかな?


「あ……

 そう」


「でもまーヒロッさんには感謝している。

 今回も行く前に一報入れただけでもう動いてくれてたんだろうぜ」


 なるほど。

 現地到着の早さはそう言う事か。

 おそらく近辺で待機してたのだろう。


 それにしてもこの二人の間に大きな信頼を感じる。

 戸塚さんはずっと竜関連事件の後始末の一端を担っているのだろう。


 お?

 どうやって運ぶか決まったらしい。


 赤の王の首部と尻尾部分にワイヤーを通して二点吊りをするみたいだ。

 ワイヤーの接触部分に分厚い毛布を何枚も挟んでいる。


 作業はあれよあれよと進んでいく。


 ドルルンッ!

 ドドドドドドドドドドッッ!


 運搬車のエンジン音が響く。


(オーライ、オーライ)


 戸塚さんが合図を送る。


 フワッ


 赤の王の巨体が浮いた。

 あの山の様な巨体がだ。


 本当につくづくこういう人間の技術は凄いと思う。


「何や。

 玉掛けで竜運ぶんか?」


 げんが話しかけてきた。


げん、玉掛けって何?」


「玉掛けってクレーンでモノを運ぶ作業の事や」


「へえ…………」


 僕はじっと作業風景を眺めてしまう。


「何や竜司。

 玉掛けがそない珍しいんか?」


「いや…………

 人間の技術って凄いなって……

 あんな大きいものを運ぶって……」


「そうやな。

 どこぞの頭エエオッサンが知恵こねくり回してやり方考えて。

 そんでそれを汚いオッサン達が実行して高層ビルやら色んなモン作って街っちゅうもんは出来とるからのう」


 別に汚いかどうかは良いじゃないか。


 でもその通りだ。

 その人達が培った技術や知識で色々なものを作って街が出来る。


 そしてその技術や知識を次の世代に継承し、繋いでいく。

 人間は”群れの動物”って思ってたけど”群れ”と言うよりかは”繋がりの動物”と言っても良いかも知れない。


 やがて作業が完了し、戸塚さんが報告に来る。


(豪輝っ

 積載完了したぜっ!)


「お疲れさん。

 ヒロッさん、それじゃあ赤の王はニーニーに護送よろしくな」


(りょーかいっ!

 野郎どもっっ!

 荷台に乗れるだけ乗りやがれェッッ!)


(YEAAAAAAAAAAAAAAッッッ!)


 レスキュー隊員の雄たけびが響く。

 テンション上げないと竜関連の事件なんかやってられないって事なのかな。


 見る見るうちに荷台に乗り込んで行く隊員。

 ほぼほぼ赤の王がスペースを占めている為乗れるかどうか心配だ。


 あ、赤の王によじ登ってる奴も何人か居るぞ。

 滅茶苦茶だなぁ。


(テメェラァッ!

 積荷はレスキュー隊の意地にかけて死んでも落とすなぁっ!

 振り落とされた奴は車で追いかけてこいィッッ!)


(YEAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!)


 ギュルギュルギュルキュルッッッッッッ!


 もうもうと土煙を上げて、ホイールスピンをさせながら運搬車は僕が作った悪路を爆走していった。

 本当にあの半分ボケた爺さんが運転しているのだろうか。


「兄さん、赤の王は何処に運ばれるの?」


「竜専用特別留置所だ。

 各県一つずつある」


「じゃあさっき言ってたニーニーって言うのは?」


「留置所の番号だ。

 第二十二竜専用特別留置所って事だな」


 ■竜専用特別留置所


 各都道府県に一か所ずつ設置された竜専用の留置所。

 犯罪を犯した竜がマザーに引き渡されるまでの間収容される。

 建物としては地下が物凄く深いのが特徴。

 平均して地下十五階。

 牢屋の壁はマザー手製の魔力封じの材質で出来ている。

 これも交渉人ネゴシエイターの努力の賜物。

 ちなみにその材質はX線、電子ビーム、中性子線を通さず、強酸で溶解させる事も出来ない。

 マザーから渡された時もサイズを指定してそれに応じてマザーが生成するのだ。

 人間はまず牢屋を作りその壁に材質をはめ込んだだけである。

 ニーニーというのはISOの3166-2の都道府県コード番号に準拠している。


「隊長ーーっっ!

 ホンボシ真犯人(呼炎灼)、確保しましたーーッッ!」


 カズさんがこちらにやって来る。


「そうか。

 それで呼炎灼は生きているのか?」


「ええ…………

 かなり酷い状態ですが、何とか生きています……

 現場は酷かったですよ。

 一面焼け焦げて……

 抉れて……

 でも不思議なんですよね。

 多分物凄い爆発の中心に居たはずなのに火傷は全然負って無いんですよ」


呼炎灼アイツ、マグマの上でも平然と立ってたからな。

 多分熱耐性だ。

 スキルのせいか使役している竜のせいかはわからんがな」


 ドシャ……


 呼炎灼こえんしゃく生存の報を聞いて、両膝を突き俯く僕。


「……………………良かった…………

 本当に良かった……」


 ポタポタッ


 自然と涙が両眼から溢れていた。

 考えたら呼炎灼こえんしゃくは敵である。


 涙を流す程の付き合いがある訳では無い。

 罪悪感の痛みからの反発によるものか。


 罪を背負わずに済んだと言う安堵からかは解らない。


 ただ僕は泣いていた。

 声を殺して泣いていた。


「竜司…………

 良かったな」


「竜司君…………

 本当にお疲れ様」


「さあ後は俺と呼炎灼こえんしゃくの搬送と各容疑者の護送だけだな」


 ホッ


 泣き止んだ僕は短く溜息をついた。


 本当に長かった。


 長かった静岡がこれで終わるんだ。

 色々な感情が混ざり合った溜息だ。


【デカ長ッッ!

 デカ長ーーーッッッ!】


 ピュウッ


 空から野太い声が降りてくる。


 ドラペン…………

 いやシリドラだ。


「ドラペン…………

 今まで何処に居たの?」


【ヌウ……

 それがしはデカ長を全力でサポートしようと尽力していたのだが……

 彼奴きゃつの繰り出した赤い竜巻の猛風に巻き込まれてな……

 それがしが目覚めると辺り一面に褒美が敷き詰められた桃源郷だった……

 そこで今は亡き母上といつまでもいつまでも戯れていたのだ…………

 そして目が覚めた……】


 要するにドラペンは呼炎灼こえんしゃく火砕結界ファイアストームの風で吹き飛んで、頭打って今まで気絶していたと。


「あ…………

 そう……」


「隊長ーーっっ!

 救急車来ましたよーーっっ!」


 救急車の後部が空き、中からストレッチャーが出て来る。


 ガラガラガラ


 こちらに向かってくるストレッチャー。


 ある程度来た段階で止まる。

 荒涼とした地面のせいで進むのが困難な様だ。


 救急隊員がこちらにやってくる。

 兄さんを運ぶ気だ。


「良いです……

 兄さんは僕が運びます……

 さっ兄さん…………

 僕に捕まって……」


「おう頼む」


 兄さんの左腕を僕の左肩に回す。


 グッ


 腰に力を入れ、すっくと立ちあがる。


「へっ……

 竜司……

 いつのまにこんな逞しくなったんだ……」


 僕の肩に身体を預ける兄さんが隣で微笑んでいる。


「逞しく…………

 なったのかな?

 もしそうだとするとそれはガレアだったり暮葉だったり蓮だったりげんだったり……

 みんなのおかげだよ……」


「そうか……」


 そんな話をしながらストレッチャーに兄さんを載せる僕。


 ガラガラガラガラ


 ストレッチャーに並進する僕。


「竜司…………

 退院した後の宴会だけど……

 これだけ逞しくなったんだから……

 そろそろ酒でもいっとくか?」


「ええっっ!?」


 寝ながら言った兄さんの提案に素っ頓狂な声を出す僕。


「ククク……

 どっから声出してんだよ」


「兄さん何言ってるの?

 僕はまだ十四歳だよ」


「へっ何言ってんだっ?

 あの呼炎灼こえんしゃくを撃退した奴がよっ」


「そ…………

 そう………………

 なのかな…………?」


 何となく気恥ずかしくなって照れてしまう僕。


「ククク…………

 ちょっと煽てるとすぐ調子に乗る所は年相応って感じだな。

 竜司」


「ええっっ!?」


「だからどこから声出してだっつー…………

 ククク………………

 ハッハッハッハッハッ」


「プッ…………

 ハッハッハッハッハッ」


 僕ら兄弟は笑い合った。

 笑い声は戦いの終結を告げる鐘の様に響く……




 ……………………………………………………




 はずだった。




 ガサガサガサァッッッ!


 背中の茂みで音がした。

 兄さんの顔が瞬時に青ざめた。


「竜司ィッ!!!?」


 兄さんの声。

 反応し、振り向いた僕の目に飛び込んできたのは……………………






 辰砂だった。






 ハイドラに咥えられて僕に飛びかかって来るのはダルマと化した辰砂だった。


「ハイドラァァァァァッッッ!

 やれぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 ガブゥゥッッッッ!!!


 空中で口を離したハイドラがすかさず辰砂の右肩に咬みついた。


 ブシュウゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!


 辰砂の右肩口から噴出した夥しい量の鮮血を浴びた僕。

 瞬時に身体中が真っ赤になる。


 あれ…………………………?

 確か辰砂の血って……………………




 ドサ……




 僕は辰砂の作った血溜まりに力無く倒れた。


 極度の悪寒と怠さが僕の身体を縛る。

 鈍痛も身体の各所から産まれ、大きくなる。


「竜司っ!」


「竜司っ!」


「竜司っ!」


「竜司君っ!」


「ガキィッ!」


 みんなが僕の身を案じて駆け寄って来るのが見える。


 いけない。

 辰砂の血に触れたらみんな感染してしまう。


「みんなぁっっ!

 駄目だぁッッッ!

 この血に触れたら感染するぅっっ!」


 僕は最後の力を振り絞り、声を上げる。


 みんなの動きが止まるのを最後に視界も急激にボンヤリしてくる。

 体内の異常は全てが混ざり合い、もはや痛いのか怠いのか寒いのか解らない。


 薄れゆく意識。

 遠のく意識はもはや這い上がろうとはせず僕は気絶した。


 最後に聞いた一言は辰砂の声だった。


「ゲヒャッ……

 一緒に地獄へ行こうぜぇ……

 Saleteサルテ(ゲス野郎)……」


 ###

 ###


「はい今日はここまで」


 カタカタカタカタカタカタ


 たつが震えている。


「パパッッ!

 死んじゃうのぉっっ!?」


 僕がここに居るって事は無事だったって事がたつはまだ解らないみたいだ。

 こう言う所はまだ子供で安心するんだけどな。


たつ……

 落ち着いて……

 僕がここに居るって事は……」


「あ……

 無事だったって事?」


「そうだよ……

 そして今日で静岡の話は終わり……

 長く話してきた僕とガレアの物語はついに最後の話に行く……

 ここまでずっと聞いてくれてありがとう……」


 僕はたつに頭を下げる。


「んーんっ!

 ものすっごく面白いからいいよっ!」


「ありがとう…………

 じゃあおやすみなさい」

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