第百三十二話 勝負には負けたが戦争には勝ったのだ

「やあこんばんは。

 たつ


「パパ」


「えっと……

 何だか凄く久しぶりな気がするね……」


「ん?

 パパ何言ってんの?

 昨日も話してくれたじゃない」


「何となく……

 たつの顔見るの……

 一か月ぶりの様な……

 どこまで話したっけ……?」


「ちょっとちょっと……

 パパしっかりしてよ……

 呼炎灼こえんしゃく火山着火堡ヴォルケノス・イグニッション……

 だったっけ?

 それを落とした所までじゃない」


「あーそうかそうか。

 そうだったね……

 でも何か……

 若い頃のママの水着姿を見た様な……

 まあ良いか……

 じゃあ今日も始めるよ」


 ###


「掌握……

 開始……」


 僕は先の発動アクティベート重ね掛けによる攻撃で流星になっていた。


 タキサイアを発動させた訳じゃ無いのに、その時はひどくひどくゆっくり見えたんだ。


 ゆっくりと溶岩に落ちて行く火山着火堡ヴォルケノス・イグニッション

 後ろを振り向きながらニヤリと不敵な笑みを浮かべる呼炎灼こえんしゃく


 僕は猛烈な勢いで空中を真一文字に飛んで行く中、後ろに見た風景。


 バキバキバキベキ


 そのまま遠くの森林部まで突っ込む僕の身体。


 グルンッ!


「モガッッ!!?」


 手の大太刀が木々の枝が密集している部分に引っかかり、身体が勢いよく反転。


 バキンッッ!


 大木の太い枝に激突。


「グゥッッ!」


 背中を強打。

 苦悶の呻き声を上げる。


 先の呼炎灼こえんしゃくの行動に気を取られていて、且つ反転した驚きにより背中に集中フォーカスするのを忘れていた。


 て言うか攻撃の事しか考えて無いから背中なんて魔力集中している訳が無い。

 僕の身体は勢いが折れた枝に全て吸収され、失速。

 そして落下。


「クッ!!」


 ガキィン!


 大木の幹に大太刀を突き立てる。

 あ、こういうのアニメや漫画で見た事ある。


 グルンッ


 大太刀を握っている右手に力を込め勢いよく上へ反転。


 スタッ


 大太刀に着地。

 深く突き立てたから簡単には抜けない。


 集中フォーカスッッ!


 両脚に魔力集中。


 ガァンッッ!


 思い切り大太刀を蹴り、高く跳躍。


 ズボッ


 ギュンッッッ!


 右手を握ったままなのでそのまま大太刀は抜ける。

 上空に跳んだ僕は一人で一連のアクションのカッコよさに悦に浸っていた。


 今のアクションカッコよくね?

 漫画とかアニメとかでよくやる緊急回避だよな……


 しかもそういうのって自分の獲物を置いて行ったりする場合が多いけど、僕はこの通りきちんと持って来てると言う……


 グフッ

 グフフ……


 多分この時の僕は物凄く気持ち悪い顔をしていただろう。


 さすが大魔力注入ビッグインジェクト

 もうさっきの所まで戻ってきた。


 ガインッ!

 ギィンッッ!

 ガァンッ!


 下では兄さんが巨斧を振るって呼炎灼こえんしゃくと戦っていた。

 呼炎灼こえんしゃくの周りには太くて赤い線が縦横に駆け巡り、兄さんの巨斧を跳ね返している。

 灼熱鞭ラーバーウィップだ。


 でも何故火砕結界ファイアストームを展開しないのだろう。

 おっとそろそろ到着する。


 クルンッッ!


 僕は身体を反転させ、地面に両足を向ける。


 ザァンッッッ!


 富士山の坂に着地。

 衝撃に身体が大きく曲がる。


 この瞬間、兄さんからの怒号が飛ぶ。


「竜司ィッッッ!

 お前も加勢しろぉっっっ!」


 ダッ!


 僕は深く頷いた後、大地を蹴る。

 兄さんの居るタングステンの橋頭堡に向かう。


「フゴォォォォォッッ!」


 橋頭堡に辿り着き、僕は大太刀を振り下ろす。


 ビビュンッ!


 ガインッ!


 くそっ


 呼炎灼こえんしゃく灼熱鞭ラーバーウィップによって弾かれる。

 大きく仰け反る身体。


 くうっっ!


 ギュッッ!


 更に強く大太刀の柄を握る。


 大太刀を振る。

 振る。

 振る。


 ガインッ!

 ガインッ!

 ギィンッ!


 やはり弾かれてしまう。


「ハッハーッッ!

 どうしたどうしたッ!

 そんな事では吾輩を止める事は出来んぞっ!」


 目を見開いて、勝ち誇った様な笑みを浮かべる呼炎灼こえんしゃく


「竜司ッ……!

 ……っと今はガスマスク付けてるから喋れねえんだな……

 じゃあ聞いてるだけで良い……

 呼炎灼こえんしゃくの落とした火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションは発動するまで三十分。

 この三十分の間に呼炎灼こえんしゃくを何とかしないといけねえ……」


 何でそんな事を知ってるんだ。


 僕は驚きの眼で兄さんを見る。


「フン……

 少年……

 何故そんな事を兄が知っているんだと言う顔だな……

 それはな……

 吾輩が教えたからだよ……」


 敵側からの情報。

 これを知らされた僕は絶望に打ちひしがれそうになる。


 敵がそれを話す。


 それは知られても問題ないと言う事。

 つまり三十分では自分はやられないと言う事。


 圧倒的自信。


 これはおそらく過信等ではない。

 今まで手合わせをした中で僕らの力量を見切った上で弾き出した答えだろう。


 でも呼炎灼こえんしゃくは知らない。

 最大魔力注入マックスインジェクトを。


 おそらく現時点で敵に有効なカードはそれぐらいだろう。


 だが赤の王も見ている中、切れるのは一度切り。

 文字通り切り札だ。


「へっ……

 嘗められたもんだなぁっ!

 三十分もありゃあお前を倒してお釣りが来るぜぇっ!」


「ならば力を示して見せよ……

 このままだと大言壮語も良い所だぞ……」


「言われなくてもやってやるよっ!

 構成変化コンスティテューションッッ!」


 バァンッッ


 兄さんが高くジャンプ。

 左手を掲げる。


 現出したのは右手に持たれている巨斧よりも何倍も大きい超巨大戦斧。

 見上げた僕は絶句してしまった。


 兄さんのスキルは制限は無いのか。


「クラエェェェェェェッッ!」


 ビュゥンッッ!


 思い切りその超巨大戦斧を呼炎灼こえんしゃく目掛けて投げつける。

 そして右手に持っている大斧も投げつける。


「ムッ!?」


 呼炎灼こえんしゃくの顔色が変わった。


 ザッ!


 間合いを広げた。


 ズズズゥゥゥンッ!


 地面に超巨大戦斧接触。

 重苦しい音を立てる。


 ジュンッ!

 ジュジュンッ!


 接触した事で周りに溶岩の飛沫が飛ぶ。


 グラァァッ!


 突き刺さった超巨大戦斧がバランスを崩す。


 ザッパァーーーンッッ!


 溶岩の海に横たわる超巨大戦斧。


 ダッッ!


 新たな橋頭堡が出来たとばかりに斧の方に移る兄さん。


「ドラペンッッ!

 比重領域エリアレシオだっっ!」


【委細承知ィィッッ!】


 ドラペンのスキルで熱さを取り除いた様だ。


 僕も移ろう。

 地面の橋頭堡を蹴り、高くジャンプ。


 スタッ


 兄さんの隣に辿り着く僕。


「フフフ……

 やるではないか皇警視正すめらぎけいしせい……」


「さすがにあれだけの質量を鞭で弾くという訳にはいかねぇようだな」


「フフフ……

 しかしそれだけの大質量を現出させるのは大量の魔力を消費するはずだ……

 そう何発も使えるものではあるまい……」


「あぁ……

 確かにその通り……

 残存魔力ならあと二、三発が限度だ……」


 何で言うんだ兄さん。


 …………いや……

 待てよ…………


 これはさっきの呼炎灼こえんしゃくと一緒なのかも……

 と言う事は残弾を告げても勝算があると言う事なのか?


「その数発で吾輩を圧倒できれば良いがなあ……

 フフフ」


 まだまだ余裕の呼炎灼こえんしゃく


「まあ…………

 俺が構成変化コンスティテューションを本気で使うとこうなるんだよッッ!

 構成変化コンスティテューションッッッ!」


 グアァァァァァッッッッ!!


 兄さんの叫びに呼応する様に呼炎灼こえんしゃくの足元が物凄い勢いで隆起する。

 瞬く間に空へ押し上げられる呼炎灼こえんしゃく


 十メートル程上がった段階で兄さんが右手を横に振る。

 押し上げた地面が霧になって四散した。


 宙に飛び上がっている呼炎灼こえんしゃく


「オラァッッ!

 構成変化コンスティテューションッッッ!

 オラァッッ!

 オラァッ!

 オラァッ!」


 更にスキルを重ねる兄さん。

 宙に浮いた呼炎灼こえんしゃくの四方から岩塊が現出。


 そうか、兄さんの構成変化コンスティテューションは大気も媒介に出来るんだ。

 確かげんとの手合わせでやっていた。


 グワァァァァァンッッッッ!


 四方から巨大な岩塊が圧潰させようと呼炎灼こえんしゃくを中心に集まる。

 姿が巨大な岩の塊となり、見えなくなる。


 ドロォォォォォッッッ


 岩塊の中心が赤く光った。

 と、同時に中心から溶岩が流れ落ちる。


 灼熱泥流ラーバーフロー


 そうだ呼炎灼こえんしゃくにはこれがあった。


 バシューーーッッ!


 大きな噴出音が聞こえた。

 素早く兄さんの方を見ると両手に超巨大な銀柱を抱えていた。


 全経は小さなトンネル程もある巨大さ。

 噴出音は形状変化コンフィグレーションにより備わった異形の両腕の管から噴出した煙の音だ。


「ウォゥラァッッッッッッ!!」


 大きく振りかぶりその現出した超巨大銀柱を呼炎灼こえんしゃくに思い切り投げつけた。


 ビュゥゥゥンッッッ!


 大気を突き破り、呼炎灼こえんしゃく目掛けて猛進する超巨大銀柱。


 ドカァァァァァァァァァァンッッ!


 放った超巨大銀柱が岩塊にぶち当たる。

 勢いに圧され、後方へ吹き飛ぶ岩塊。


 兄さんの攻撃はまだ終わらなかった。


 ダンッッッ!


 橋頭堡と化した地面の戦斧を思い切り蹴り、高く跳躍する兄さん。


「ボギーーーーッッッッ!」


 兄さんが使役している竜の名を叫んだ。


 ビュンッッッ!


 何処からともなく飛んでくる黄金色の塊。

 高く跳んだ兄さんとニアミス。


 宙で兄さんがボギーの身体に手を置いているのが解る。

 もしかして……


 これ……

 魔力補給かッッ!?


構成変化コンスティテューションッッッッッ!!」


 空中に飛んでいる兄さんから叫びが聞こえる。

 今、兄さんの体内には満タン迄魔力が補給できたとする。


 となると…………


 兄さんが両手を掲げる。


 ズシィィィッッ!


 両手に現れた超巨大銀戦斧。

 そりゃそうなるよな。


 僕は徹底的な兄さんの攻撃にもはや他人事の様な感覚に陥っていた。


 バシューーーーーッッッ!!


 また兄さんの異形の腕から煙が勢いよく噴き出る。


「ゥオラァァッァァァァァッッッッ!」


 思い切り後方へ飛んでる岩塊と銀柱に向けて二つの超巨大戦斧を投げつけた。


 ビュオオオオオオッッッッ!


 巨大な質量が回転し、大気を巻き込みながら目標に向かって驀進する。


 ガガァァァァァァァンッッッ!


 稲妻にも似た大きな衝撃音が響く。

 後方へ吹き飛んでいた岩塊の勢いが増す。


 グラァァッッ


 超巨大銀柱が衝撃で岩塊から外れ落ちる。

 銀柱の端が溶岩に変質しているのが解る。


 ズズウゥゥゥンッッッ!


 ズズズゥゥゥゥゥゥンッッッ!


 銀柱の落下した重い音の後に岩塊が落下した音も響く。

 姿が確認出来なくなった。


 兄さんは僕の側に着地した後、すぐに跳躍し坂の方へ。

 着地地点にはボギーが居た。


 着地後すぐに触れている。

 更に魔力補給をする気だ。


 僕もそちらに向かおう。


 ダッッ


 僕は高く跳躍。

 兄さんの側へ着地。


「ふうっ……

 これでどうだ……」


 バァァンッッッッ!


 ビュウンッ!

 ビュウンッ!


 ガァァァァァンッッ!


「フゴッッッッ!?」


 兄さんが一息ついた直後、弾ける音と同時に重たい物質が空気を切り裂く様な音、そして巨大な衝撃音と立て続けに僕の鼓膜を揺るがした。


 僕は思わず身を屈めてしまう。

 今の巨大な音が嘘の様に辺りがしんと静まり返る。


 僕は恐る恐る顔を上げると、そこには富士山の坂に深々と突き刺さった超巨大戦斧が。

 直感的に理解した。


 これはさっき兄さんが投げたやつだ。


「フン……

 やはりな……」


 これだけ大きい音が鳴り響いても兄さんは動じていない。


 バチャンッ!

 ボチャンッ!


 チュンッ!

 ジュジュン!


 何か液体を激しく打ち付ける様な音が遠くから響いてくる。

 瞬時に蒸発する様な音も。


【ガラガラガラガラァッッ!

 そこの人間……

 なかなか面白い技を使うのう……】


「へっ……

 面白い……

 か……」


 多分赤の王なりに褒めたつもりなのだろうが、複雑そうな顔をしている兄さん。


【ガラガラガラガラッ!

 まあ矮小な人間なりの知恵と言った所か……

 所で人間…………】


 ボチャンッ!

 バチャンッ!


 どんどん音が大きくなる。


【我を使役するマスターがこれしきでやられるとは思わん事だ……】


 ニヤリ


 不敵な笑みを浮かべる巨大な赤の王の巨大な太腿を掴むゴツゴツした手が見える。


 ヌッ


 陰から出てきたのは呼炎灼だった。

 そのまま近づいて来る。


 バチャァンッ!

 ボチャァンッ!


 さっきから鳴っている音の発生源が解った。

 それは呼炎灼こえんしゃくが溶岩を強く踏みつけ歩む音。


 全身が明るみになる呼炎灼こえんしゃく

 その姿に驚きを隠せない僕。


 頭と口から血を流している。

 左手からも。


 チュンッ!

 ジュジュンッ!


 これは左手から垂れる血が溶岩に落ち、蒸発する音だった。

 ダメージを受けている。


「ククク……

 こうでなくてはな……

 今のは少々きいた……」


 頭から血を流し、笑っている呼炎灼こえんしゃく

 なぜ先の攻撃でダメージを受けたのだろう?


 魔力壁シールドはどうしたのか。

 さきの魔力注入インジェクトを使った突きと兄さんの超巨大戦斧との違いは何だろう?


 僕は少し考える。


 …………これは僕が魔力壁シールドを理解していなかったのかも知れない。

 …………試してみるか。


 僕はそっとガレアに手を触れる。


 魔力補給だ。

 大型魔力補給。


 ドッッックンッッッ!


 心臓が大きく高鳴る。

 以前あれだけ苦労した大型魔力を今は難なく……


 …………とまではいかないけど、何とか使いこなす段階まで来ている。


 保持レテンションッッ!


 ガガガガガシュガシュガシュガシュッッ!


 集中フォーカスッッ!


 両腕と両脚に集中。


 ギュッッ


 大太刀の柄を強く握る。


 発動アクティベートッッ!


 ドルルンッッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルルルルンッッッ!


 ガァンッッッ!


 地面を強く蹴る。

 瞬時に呼炎灼こえんしゃくとの間合いを詰める。


 ブンッッッ!


 思い切り大太刀で斬り付ける。


 バィィィィィィィンッッッ!


 手応えは無い。

 何かに弾かれた感触。


 僕の身体は勢いのままに呼炎灼こえんしゃくの後方まで突き進む。


 ガッッッ


 溶岩の海に大太刀を突き立て接触を回避。

 逆さまになる視界の中、確かに見た。


 呼炎灼こえんしゃくが先程使っていた鞭を両手でピンと張って防御した姿を。

 僕の斬撃を逸らしたのだ。


 魔力壁シールドで防御せずに。

 ついでに言うと灼熱鞭ラーバーウィップは解除して、普通の鞭だった。


 ダッッ


 そのまま大太刀と一緒に跳躍。

 また兄さんの側に戻って来る。


「へっ……

 その顔を見ると何か掴んだ様だな……」


 僕は深く頷く。


 ここで僕の立てた仮説を整理しよう。


 多分魔力壁シールドで弾けるのは魔力を扱った攻撃のみ。

 少なくとも呼炎灼こえんしゃくのものに関しては。


 僕の魔力注入インジェクトの突きは集中フォーカスが甘く、刀に魔力が移ってしまったんだろう。

 それが影響して魔力壁シールドが発動した。


 兄さんの出した超巨大戦斧に関しては魔力が全く通っていない言わば超物理攻撃。

 あれだけの質量だったからこそ今のダメージなんだ。


 そして今のやり取りで解った事がもう一つ。


 灼熱泥流ラーバーフローに関しては素早く移動すれば発動しない。

 “視認”と言うのがトリガーになっているせいだろうか。


 僕が大魔力注入ビッグインジェクトを発動した時の素早さなら未発動だった。


 スキル発動までの時間よりも僕が速く動いたからなのか。

 それとも“認識”する事が出来なかったのかそれはわからない。


 ここから先の戦いはスピードを活かした戦い方にしないと。


「フフフ……

 少年……

 なかなかの打ち込みだったぞ……

 では吾輩も……

 そろそろ本気を出そうか…………

 対流熱伝達ヒート・トランスファー……」


 呼炎灼こえんしゃくが呟く。

 目が紅く光る。


 ズリュッ!

 ズリュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!


 同時に広範囲に散っていた溶岩の海が呼炎灼こえんしゃくを中心に収束し出す。


「カァッ……!

 ……ハァッ……」


 呼炎灼こえんしゃくの呻き声。

 物凄く苦しそうだ。


 ズリュッ!

 ズリュリュッ!

 ズリュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!


 やがて四方に散っていた溶岩が収束し終わる。


 溶岩の光が消え、辺りは闇に包まれる。

 呼炎灼こえんしゃくの姿も見えなくなった。

 

 どうしよう。


 あ、そうか。

 魔力注入インジェクトだ。


 集中フォーカス


 両眼に魔力集中。


 発動アクティベート


 ドルルンッッ!


 ぼんやり見える様になってきた。


 クリアー……

 とまでは行かないが視認は出来る。


 ボルケの巨体は緑っぽく見える。

 まるで暗視装置を通した様な視界。


 何より僕の目の前に広がる地面は白色。

 これは夜だからか、溶岩で焼け焦げたからかは解らない。


 酷い景色だ。


 その広がる白景色にを眼を奪われ、寸刻呼炎灼こえんしゃくから目を離してしまう。


「モガッッ?」


 僕は声をあげる。

 と言うのも呼炎灼こえんしゃくの方を向いた瞬間飛び込んできた景色に違和感を覚えたからだ。


 何だあれは。

 呼炎灼こえんしゃくの姿がゆらゆら揺らめいている。


「オイ竜司。

 もう溶岩は無くなったんだ。

 ガスマスクは取っても大丈夫だぞ」


 兄さんに言われるままガスマスクを外す僕。

 ようやく煩わしいものを外す事が出来た。


「兄さん……

 あのゆらゆら揺らめいているのは……

 何?」


「お?

 竜司もこの夜で見えるのか。

 あれは……

 多分陽炎だ……

 しかしこんな近くで陽炎なんて発生するものなのか……?」


 竜司って事は兄さんも見えるのか。

 魔力注入インジェクトも使わずにどうやってるんだろう。


 陽炎ってアレだよな。

 密度の違う大気が混ざり合って光が屈折するって現象だよな。


 て言うかこの全く光が射してない夜の闇で陽炎って。

 僕の魔力注入インジェクト発動下の視野が暗視装置と同じと考えるならば、僅かな光で陽炎が発生していると言う事になる。


 僕は科学についてそんなに詳しくないから解らないけど、それだけ密度の落差が激しいと言う事なのだろうか。


 何か嫌な予感がする。

 怖くなってきた。


 僕はもう一度ガレアに手を合わせる。

 大型魔力補給。


 残存魔力は多分あるけど、今呼炎灼こえんしゃくが発動させたスキルの効果が不気味だったから。

 とにかく念のため、もう一度大魔力注入ビッグインジェクトを使っておくことにした。


 ドッッッックンッッッ!


 心臓が大きく強く高鳴る。


「グゥゥッッッ……!」


 僕は痛苦の呻き声を上げる。

 いくら保持レテンションがあると言っても短い間隔で魔力を注入し過ぎたか。


 はやく保持レテンションを発動させないと。


 保持レテンションッッ!


 ガガガガガシュガシュガシュガシュ


 集中フォーカスッッ!


 体表面全体に魔力を集中。

 防御の為だ。


 ザッッ


 ゆっくりとこちらへ歩いて来る呼炎灼こえんしゃく

 異様な迫力。


「オイィッッ!

 呼炎灼こえんしゃくゥッッッ!

 何をしたぁッッ!!?」


 呼炎灼こえんしゃくの迫力にたまらず怒鳴る様に問いかける兄さん。


対流熱伝達ヒート・トランスファー…………

 これ自体には火力は無い……

 だが……」


 ビュンッッ!


 呼炎灼こえんしゃくの姿が消えた。

 姿を追う間もなく右半身に伝わる急激な熱さ。


 素早く右を向く。


 そこには呼炎灼こえんしゃくの姿。


「なっっ!?」


「なにっっっ!?」


 僕と兄さんが同時に声を上げる。


「吾輩の受動技能パッシブスキルと掛け合わせると…………

 こうなる」


 ドコォォォォォォンッッッ!!


「ゴハァァァァァァァッッッッ!」


 兄さんの右脇腹に呼炎灼こえんしゃくの右拳が炸裂した。

 後方へ吹き飛ぶ兄さんの身体。


 キラキラした破片が飛び散っている。

 兄さんの装甲の破片だ。


 あれタングステンって言って無かったか?

 あらゆる情報が一瞬で入って来て処理できない。


 ベキィィィィィィィィッッッッ!


 戸惑う間もなく僕の腹に呼炎灼こえんしゃくのトラースキックが入る。


「ゴホァァァァァァッァァッッッッ!」


 後方へ吹き飛ぶ僕の身体。

 物凄いスピードで遠く離れて行く呼炎灼こえんしゃく


 ズキンッ


 空中に吹き飛びながら腹に鈍痛を感じる。

 これは多分アバラが何本か折れた。


 大魔力注入ビッグインジェクトの魔力を防御に全振りしてこれか。

 何と言う威力だ。


 ザシャァァァァッァァァッッッ!


 地面に強く撃ち付けられた僕は勢いよく地表を滑って行く。


「ゲホッッ!」


 吐血。

 アバラの破片が内臓に刺さったんだ。


 白く見える大地に血痕が付く。

 白と混ざり白黒の染みとなる。


 早く。

 早く。


 魔力注入インジェクトで治さないと。


「竜司っ!

 大丈夫っ!?」


 おぼろげな眼にガレアと暮葉の姿。


 ズンッ!


【竜司っ!?

 大丈夫かっ!?

 俺と二人でアイツをぶっ倒すんじゃねぇのかよっ!】


 側に降りたガレアが喚いている。

 這いずる様に手をガレアの右足に沿える。


 魔力補給。


 保持レテンションッ!


 ガシュガシュガシュガシュ


 集中フォーカスッッ!


 患部に魔力集中。


 見る見るうちに痛みが引いて行く。

 治療完了。


 ガァァァァァァッァァァンッッッ!


 完了したと同時に雷鳴の様な衝撃音が聞こえる。

 まさか。


 ガバッッッ!


【おっ!?

 どうしたっ!?

 竜司っ!】


「兄さんがヤバいッッ!

 早く助けに行かないとっ!」


 集中フォーカスッッ!


 両脚に魔力集中。


 発動アクティベートッッ!


 ドルルルンッッッ!

 ドルンッッ!


 ダッッ


 大地を蹴り、元居た場所へ向かう。


 スタッ


 到着。

 だが二人は居ない。


 多分呼炎灼こえんしゃくは兄さんを追ったんだ。

 さっきの雷鳴の様な音は兄さんに攻撃した音では!?


 急がないと。


 チャキッ


 吹き飛んだ時に落ちた大太刀を急いで拾う。


「ガレアッッ!

 暮葉ッ!

 急ぐぞッッ!

 ついてこいっっ!」


「う……

 うんっ」


【ガラガラガラガラッッ!

 人間……

 その顔を見ると先の男は血縁か…………?

 人間と言うのは不思議よのう……

 他の個体をそんなに気に掛けるものか……】


「当たり前ですッッ!」


 僕は言い放つ。


【ガラガラガラガラッッ!

 ……ならば急いだ方が良い……

 マグマの熱エネルギーを熱変換コンバートした炎灼えんしゃくの火力はなかなかのものぞ……

 早く行かぬと……

 肉親が……

 死ぬぞ……】


「クッッッ!」


 僕はガレア、暮葉と一緒に兄さんの元へ急ぐ。


 ガガァァァァァンッッッ!


 ドゴォォォォォォォンッッッ!


 向かっている間に幾度も響く雷鳴に似た音。


 兄さんは。

 兄さんは無事か。


 見えた。

 兄さんと呼炎灼こえんしゃくだ。


 スタッッ


 着地。

 上体を起こし、二人を見る。


 その光景に絶句した。


 クレーターの中心に二人。

 凹んだ黒々とした大地に散らばるキラキラした金属片。


 突っ伏してピクリとも動かない兄さんとそれを踏みつけ、確かめる様に見下ろす呼炎灼こえんしゃく

 身体からは依然として陽炎が揺らめいている。


 倒れている兄さんの背中は放射状にヒビが入り、タングステン製の装甲が剥がれ、異形の背中が剥き出しになっている。


「兄さ……」


 余りの光景に言葉を詰まらせる。


 あの。

 あの無敵の兄さんが。


「ん……

 あぁ……

 少年か……

 君の兄にはすまない事をした…………

 だが…………

 敵なのでなァッッ!!」


 ボコォォォォォォォッッッ!


 ブァンッッッ!


 熱いッッ!


 身体前面に伝わる極熱。

 呼炎灼こえんしゃくからの放射熱だ。


 雷鳴の様な轟音が響く。

 呼炎灼こえんしゃくが兄さんをもう一度踏みつけた。


「グアァァァァァッッッッ!」


 兄さんの悲鳴がこだまする。


 放射熱が冷めても僕の身体は熱かった。

 何故か。


 それは僕が怒りでどうにかなりそうだったから。


 ブッツン


 近しい人がなぶられる光景を見せつけられて、冷静でいられる人間なんかいるわけがない。

 僕はゆっくりガレアに手を合わせる。


「ガレアッッッ…………

 ありったけ魔力をよこせ……

 最大魔力注入マックスインジェクトッッ……

 行くぞォォッ……」


やるんだな竜司。

 いいぜ。

 ありったけ持って行きな】


 僕はキレた。

 キレていた。


 僕は怒りでどうにかなりそうだった。


 僕の身体の中にが入って来るのが解る。


 バァァァァァァンッッッ!


 爆竹の様に高鳴る心臓。

 僕の体が宙に浮く。


 保持レテンションッッッ!


 ガガガガガシュガシュガシュガシュッッ!


 よくもぉっっ!


 僕のっ!

 僕の兄さんをッッ!


「グゥゥゥッッッ……!」


 ガガガガガシュガシュガシュガシュッッ!


 許せないッッ!

 兄さんは最強なんだッッ!


 ガガガガガシュガシュガシュガシュッッ!


 もう切り札がどうとか言ってられない。


 アイツを。

 呼炎灼こえんしゃくをぶちのめすっっ!


 身体から感じる感覚が変わる。

 内部に感じる熱いエネルギー。


 小型の太陽格納完了。

 ドクンドクンと波打っているのが解る。


 スタッ


 浮いていた僕は静かに地面に着地。


 ブァァァンッッ!


 身体から溢れ出る魔力風。


「暮葉……

 僕にブーストかけて……」


「えっ……

 えぇ……」


 僕を中心に巻き起こる風圧に、激しく揺れる銀髪を押さえながら手を伸ばす暮葉。


「かける時…………

 何だろ……?

 僕にかけると言うよりかは……

 僕の中にあるにかけるってイメージで……

 出来る……?」


「えぇっ……!?

 そっ……

 そんな事急に言われても……

 やっ……

 やってみる……

 竜司の中の……

 力……

 チカラ……」


 ソッ


 暮葉の手が僕に触れた。

 ブーストがかかった。


 解る。

 体内にあった小型の太陽が何倍か膨らんだ気がする。


 成功だ。


「ありがとう……

 暮葉……

 さすがだよ……

 上手く行ったと思う……

 カァァァッッ!」


 僕は気合を入れた。


 バフォォォォォォォッッッ!


 僕を中心に轟風が逆巻く。


「キャァッ!」


 風の勢いにガレアに乗っていた暮葉が吹き飛びそうになる。

 咄嗟にガレアの首にしがみつき難を逃れる。


 僕は逆巻く轟風の中心。

 確かこの魔力風を取り込むんだったっけ。


 バフォォォォォォォッッッ!!


 逆巻いていた轟風が逆方向に動き出す。

 その様はまるでブラックホール。


 どんどん取り込まれていく魔力風。

 取り込まれて行く度に身体の隅々にまで。


 それこそ髪の毛の端から四肢の爪先まで力が行き渡るのを感じる。


 カラカラ……


 地面の黒い瓦礫がどんどん僕に吸い寄せられていく。


「ん……?

 “圧”……?

 誰だ……?」


 僕から溢れ出る強者の“圧”に呼炎灼こえんしゃくも気づいた様だ。

 兄さんを見る僕。


 呻き声を上げたって事はまだ死んではいない。


 同時に少し違和感を感じた。

 あれだけ怒っていたのに今は物凄く冷静だ。


 心は物凄く落ち着いている。

 だから兄さんの現状も冷静に分析出来たんだ。


 僕はこの時最大魔力注入マックスインジェクトを発動させたせいだと思っていた。



 だけどはもっと深刻だったんだ。



 だけど僕は戦闘に集中する為、忘れる事にした。


 ザッ


 呼炎灼こえんしゃくが兄さんから脚を降ろし、僕の方を向く。


「君は……

 あの……

 少年か……?」


 変わった僕を見て驚きを隠せない呼炎灼こえんしゃく


「あぁ……

 そうだ……

 今度は僕が相手だ……

 時間がない……

 さっさとかかってこい……」


 ボコォォォォンッッ!


 巨大な衝撃音。

 大地を蹴った呼炎灼こえんしゃくがこちらに物凄い勢いで向かってくる。


 だが僕の心は落ち着いていた。

 負ける気がしなかった。


 相手は陸竜大隊隊長の化物。

 ほぼ人間を辞めている存在なのに。


 答えは簡単。

 僕もその人間を辞めた一人だから。


 タキサイア


 辺り一帯の動きが酷くゆっくりに見える。

 呼炎灼こえんしゃくの動きも良く見える。


 右拳を握って、振り下ろしてくる。

 拳が紅く染まっている。


 ルートを見ると顔面を狙っている。


 酷い奴だな。

 僕は十五歳だぞ。


 だけどルートが解れば避けるのは容易い。

 僕は身体をルートからずらし、左拳を握る。


 集中フォーカス


 左拳に魔力集中。


 発動アクティベート


 ドルルンッッ!

 ドルルルルンッッッ!

 ドルンッ!


 体内に響くエンジン音。


 バフォッッッ!


 左拳から突風が逆巻く。

 勢いは先の辰砂戦以上。


「……………………颱拳たいけん……」


 僕は最大魔力注入マックスインジェクト発動下で思い切り拳を振るう。


 ゴッッッッッッッッッ!


 バリィィィィィンッッッ!


 ドコォォォォォォンッッッ!


 ベキベキベキベキベキ


 僕の左拳は摩擦で炎を纏い、まるで竜の様に呼炎灼こえんしゃくの右脇腹に炸裂。


 魔力壁シールドを叩き割り、呼炎灼こえんしゃくの身体に咬み付く竜の顎の様に大衝撃を伝える。


 手応えがあった。

 左拳から伝わって来る骨が折れる感触。


 タキサイア解除


「ゴホォォォォォォォォォォォォッッッッ!」


 呼炎灼こえんしゃくの身体が少し角度を付けて真横に吹き飛ぶ。


 まだ僕はこれで終わらない。


 集中フォーカス


 両脚に魔力集中。


 バフォォォォォォォッッッ!


 両足を中心に突風が吹き荒れる。


 ドンッッッッッ!


 大地を蹴る。


 ベコォォォォォンッッッ!


 たちまち僕を中心に出来るクレーター。


 瞬時に空へ跳ぶ僕。

 呼炎灼こえんしゃくを追撃するためだ。


 ギュンッッッッ!


 ぐんぐん真横に飛んで行く僕の身体。


 空気の層を突き破る。

 風圧なんか関係ない。


 いた。


 呼炎灼こえんしゃくだ。


 大の字になって真横に飛んでいる。

 僕の方がスピードは速い。


 チャキッ


 僕は右手に持っていた大太刀を両手持ちに変える。


 追い付いた。

 眼下に呼炎灼こえんしゃくの身体。


 集中フォーカス


 両腕に魔力集中。


 ビュオォォォォォッッッッ!


 両腕から突風が巻き起こる。


 発動アクティベート


 ドルンッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルルンッッ!


「デリャァァァァァァッッッ!!」


 ビュンッッッッッ!


 思い切り大太刀を振り下ろす。


 ザクゥゥゥゥゥッッッ!


 咄嗟に左腕で防御した呼炎灼こえんしゃく


 僕が斬り付けたのは呼炎灼こえんしゃくの左腕。

 深く斬り付けているが切断は出来ていない。


 ググッ!

 グググググッッ!


 僕は両手に力を込める。

 が、呼炎灼こえんしゃくの左腕を切断する事も出来なければ、振り解く事も出来ない。


 最大魔力注入マックスインジェクトのパワーを以てしても突破できないのか。

 痛みと衝撃による憎悪の眼で強く僕を見下ろす呼炎灼こえんしゃく


 ゴリィッ!


 何か硬い物に当たっている。

 これは左腕の骨か。


 冷静に分析している僕。

 先程まで頭に血が昇っていたのが霧散したからだ。


 だが、冷静な分析はここまでだった。

 ここから僕の心は大きく揺り動く。


「ヒッ……

 ヒヤァァッァァァッァァァァァァァッッッッッッ!!!」


 僕は突然、絶叫を上げた。


 ボフンッッ!


 僕は虚空を蹴って、強制的に進路を下の森林地帯に変更。


 ギュンッッッ!


 バサァァッッッ!


 大樹の葉の群れに飛び込む身体。


 ガンッ!

 ゴロゴロゴロゴロォォッッ!


 勢いよく地面に激突。

 そのまま転がる。


 素早く起き上がった僕はそのまま一目散に走り出す。

 まるで逃げる様に。


 この突然のおかしな行動の理由。


 それは急に僕の心に沸いた得体の知れない恐怖心が原因だ。

 僕は怖くなったんだ。


「ハァッ……

 ハァッ……」


 僕は何処へ行くわけでも無くただ走った。

 木々の夜闇の中に身体を飛び込ませて行く。


「ハァッ……

 ハァッ……」


 僕は大樹の幹の根元に隠れる様に座り込む。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


「斬ったっ…………

 斬ったっ……

 人を斬ってしまった……」


 何だ。

 何だこの恐怖は。


 得体が知れない。

 まだ相手は死んだ訳じゃない。


 しかも相手は僕を焼き殺そうとしている。

 冷静に判断できる部分もあるが、それは文字通り頭で解っているだけ。


 この心の底から無尽蔵に溢れ出る恐怖心は僕を縛る。


 あの切り裂いた肉の感触。

 当たった骨の手応え。


 激痛からくる怨みのこもった眼光を放つ呼炎灼こえんしゃく


「ハッ…………!?

 ヒャァァァッァァァァァァッッッ!」


 僕は右手に握られた血のベットリ付いた大太刀を凝視。


 カチャカチャカチャ


 持っている右手の震えが止まらない。


 ブンブンブンブンッッッ!


 右手から大太刀が離れない。

 どんなにどんなにどんなに振っても離れない。


 右指が完全に硬直してしまっている。


 グググゥッッ…………!


 左手でゆっくり一本一本右指を剥がしていく。

 剥がしている間も終始震えが止まらない。


 ガシャッッ


 やっとのことで剥がす事が出来た。


 ガバッ


 僕は膝を抱え、完全に縮こまってしまった。

 まるで引き籠り当初の僕の様に。


「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて………………

 誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か………………」


 まるで呪詛の様に小さく助けを求め続ける僕。


「はっ……!?

 ガレアッッ……!?

 ガレアァッッ!!?

 何処っ!?

 ガレアッッ!

 何処だぁぁぁぁッッッ!

 ガレアァァァァァァァッッッ!!」


 僕は思い出した相棒の名を叫ぶ。

 が、僕の声は深い森林の夜闇に溶け込むのみ。


 僕はガレアに仕込んだ精神端末サイコ・ターミナルの事も忘れていた。

 それだけ産まれた恐怖心は大きかった。


「ハッッ……!?

 サッ……

 精神端末サイコ・ターミナルッッッ…………

 テッ……

 念話テレパシーッッ…………!」


 ようやく思い出した僕はすぐに呼び寄せる。


―――ガレアッ!

   ガレアッ!

   返事をしてっっ!

   早くッッ!

   ポンコポンコ


―――何だ何だっ?

   何焦ってんだ竜司っ?

   ポンコポンコ


―――そんな事良いから早く来てェッッッ!

   ポンコポンコ


―――わ……

   わかったよ……

   お前は……

   こんな所か……

   随分離れてるな。

   ポンコポンコ


―――早くぅぅぅっっっっ!!

   ポンコポンコ


―――わかったよ。

   ったくうるせーな。

   ポンコポンコ


 カタカタカタカタカタカタカタカタ


 ガレアとの念話テレパシーが終わってもずっと身体の芯から震えていた。


 怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


【竜司ー】


 バサァッッ!


 やがて相棒の声と大きな翼のはためきが聞こえる。


 僕はゆっくり見上げる。

 ガレアと暮葉が降りて来る。


 ドスッ


 ガレアが僕の側に降りた。


【おいおい竜司どうしたんだよ】


「竜司っ!

 大丈夫っ!?

 えっと……

 降りちゃ駄目なんだよね……」


 暮葉はずっと僕の言いつけは護っていた。


「もっ……

 もう降りても大丈夫だよ……

 それよりも暮葉…………

 僕を…………

 僕を抱きしめてくれぇっ…………!」


 震えながら、涙目で暮葉に懇願する僕。


「…………わかったわ……」


 何かを察した暮葉はゆっくり降りて来る。

 そしてゆっくり僕の側に来る。


 ギュッ


 暮葉は僕を優しく抱きしめてくれた。

 暮葉の豊かな胸に顔を埋める僕。


 暖かい。

 優しい温もり。


 何か……

 何か聞こえる……


 歌だ。


 暮葉が歌っている。


 この歌には聞き覚えがある。

 これは僕が告白した時に歌ってくれた子守歌だ。


 夜の闇に暮葉の歌声が染み込んで行く様だ。

 次第に震えが止んでいく。


 しばらく力を抜いて暮葉に抱きしめられたまま。


 やがて僕の震えは止んだ。


「ありがとう…………

 暮葉……

 もう震えは止まったよ……」


【んでどうしたんだよ竜司】


「ガレア……

 何かヘンなんだ……」


【ヘンって何が?】


 ガレアがキョトン顔。


「僕の心が…………」


【ココロ?】


「うん…………

 ついさっきまで戦ってたんだけど……

 そこの刀で斬り付けたら…………

 物凄く怖くなってきて……」


【ふうん……

 怖いねぇ……

 んで敵はどこ行ったんだ?】


 僕の頭の中に先の呼炎灼こえんしゃくとのやり取りがフラッシュバックする。

 そして僕はまた両膝を抱えてしまう。


「そんなの…………

 知らないよっ」


【何だ竜司。

 お前はもう止めるのか。

 俺はまだやるぜ。

 アイツはぶっ倒さないと気が済まねえ】


 それを聞いた僕は縋る様にガレアにしがみつく。


【わっ

 なっ……

 何だよ竜司……

 ……ってお前また震えてんぞっっ!?】


 カタカタカタカタカタカタカタカタ


 止んだ震えが再び訪れる。

 僕は戦意を喪失しかかっていた。


 僕の颱拳たいけんを受けて吹き飛びながらも防御した呼炎灼こえんしゃくのバケモノじみた所か。

 さっきから湧いて来る得体の知れない恐怖からか判らない。


 僕はこの時はもう呼炎灼こえんしゃくとは戦いたくない。


 そしてガレアも負ける。

 そう決めつけてしまっていた。


「ガレア…………

 もう良いよ……

 もうやめよう……

 逃げたっていいじゃないか……

 僕はお前を失いたくない……

 逃げて楽しくやろう……?

 ばかうけ食べて……

 特撮見て……」


 それを聞いたガレアの眼が鋭くなる。




 ボグッッッッッッ!




 左頬に衝撃。


 僕の顔が右に揺れる。

 一瞬何が起きたか解らず、呆けてしまう。


【オイコラ。

 目、覚めたか?

 先にアイツとケンカしろって言ったのはお前じゃねぇのか?】


 ガレアが僕を殴ったんだ。


「え……?」


【え?

 じゃねえ。

 俺は人間じゃ無くて竜だからお前らが急に止めようと関係ねぇし知らねぇよ。

 俺がキレてんのは俺が負けるって決めつけてる事だよ。

 “俺を失う”ってそういうことじゃねぇのか?】


「そ……

 それは……」


 僕は言い淀んでしまう。

 図星だったから。


【お前どうしたんだよ?

 俺が赤の王にブルってた時、前に立ち塞がって攻撃を破壊したお前はどこ行ったんだよ】


 こんなガレアは初めてだ。

 とうとうと僕を諭している。


【それにあん時言ったよな?

 俺が負けたのは俺一人だったからって……

 そんで俺達二人なら闘れるって……

 だから一緒に戦おうって……】


「う……

 うん……」


【うんじゃねーよ。

 んでお前は逃げる。

 それで俺は闘る。

 んで、もし俺が負けたらお前がビビってる“俺を失う”って言うのをお前が引き起こした事になんねぇか?】


 その通りだ。


 ガレアがたまに突く核心。

 僕は言い返せずにいる。


【それにお前の兄ちゃんをあんなにされてキレねぇのかよ。

 テツヤも兄ちゃんぶっ倒されてキレてただろ?】


 テツヤというのはアステバンの主人公の事だ。


 僕が感じた違和感の正体。

 後々に解る事だけどこれが最大魔力注入マックスインジェクトの代償だったんだ。


 最大魔力注入マックスインジェクトの代償。

 それは…………




 感情の欠損




 そしてこの時使った最大魔力注入マックスインジェクトで失ったものは“怒り”だったんだ。

 発動して何の感情を失うかは解らない。


 あと人間の感情はいわゆる総量と言うのが決まっていて、空いた穴に関しては他の感情が穴埋めする様に大きくなる。


 この時感じた得体の知れない恐怖は怒りの感情が欠損した為それを埋める様に大きくなった恐怖心だったんだ。


 だけど僕はまだこの時気付けずにいた。


「うん……

 そうなんだ……

 最大魔力注入マックスインジェクト発動するまではキレてたんだけど……

 発動した後は落ち着いちゃったんだ……

 確かに兄さんがあんなにされて不快って気持ちはあるんだけど…………

 怒るって気持ちが何処かへ行っちゃって……」


【何だそりゃ。

 良く解んねえよ。

 んでどうすんだ?

 何かアイツヤべぇ事しようとしてんじゃねえのか?】


 そうだ。

 ガレアの言う通り。


 呼炎灼こえんしゃくは富士山を掌握して日本を乗っ取ろうとしている。

 何とかしないといけない。


「う……

 うんそうだ。

 その通り……」


 そして兄さんがあんな事になってしまったら、もう現状を知っていて戦える人は僕とガレアしかいない。

 僕は胸に手を置く。


「すぅーーーっ…………

 はぁーーーっ……」


 大きく深呼吸。

 それを数回繰り返す。


 落ち着いてきた。

 僕の心は静かな湖面の様になった。


「よし…………

 やろうガレア。

 続行だ」


【へっ……

 ようやくマシな眼になって来たじゃねぇか】


 状況を整理しよう。


 まず呼炎灼こえんしゃくが発動させた対流熱伝達ヒート・トランスファーについて。


 これを発動した時、溶岩が激しく集束。

 そしてこのスキル自体に火力は無いと言っていた。


 その後に動きから考えると対流熱伝達ヒート・トランスファーとはエネルギー吸収スキルではないだろうか。

 例えばマグマの熱エネルギーとか。


 そして、瞬時に僕らの側に来た時言っていた。

 受動技能パッシブスキルと掛け合わせると。


 おそらくこの受動技能パッシブスキルと言うのが赤の王が言っていた熱変換コンバートの事だろう。

 コンバートって確か“変換”って意味だったっけ。


 ………………となると……


 対流熱伝達ヒート・トランスファーでマグマの熱エネルギーを体内に吸収し、熱変換コンバートで別種のエネルギーに変換して使用と言った所か。

 

 その効果は最大魔力注入マックスインジェクトの火力でも突破出来なかった。


 話をまとめると呼炎灼こえんしゃくの本気とは“二つのスキルを掛け合わせて発動させる超絶バフ”と言う事か。


 そして、その効果は最大魔力注入マックスインジェクトに匹敵する。


 しかしマグマの熱は千度を超える。


 そんなモノを体内に取り入れても大丈夫なのだろうか。

 熱耐性と言っても限度があるだろう。


 僕の優位点とすると任意でタキサイア現象を引き起こせる点。

 そして呼炎灼こえんしゃく魔力壁シールドを叩き割る颱拳たいけんか。


 そういえば最大魔力注入マックスインジェクトの効果はどうだろう?


 集中フォーカス


 右拳に微量の魔力集中。


 ギュッ


 右拳を握ってみる。


 ビュオッッ


 右拳から突風が噴出。

 まだ効果は生きている。


 となると最大魔力注入マックスインジェクトは時間経過で無く、魔力の消費によって効果が切れるタイプなんだろう。


「よし……

 考えがまとまった……

 行こうガレア、暮葉」


 僕はゆっくり立ち上がる。


 ガクガクガクガク


 膝が笑っている。

 未だ僕の中で生まれた恐怖心は健在。


【竜司。

 オメェまだ震えてんじゃねぇか。

 そんなヘッピリ腰で大丈夫なのかよ。

 ケタケタケタケタ】


 ガレアがよくやる見下した笑い方。


「うん…………

 正直まだ怖いよ……

 物凄く……

 でも……

 やらなきゃ……」


【………………本当にお前一体どうしたんだよ……

 前ならこんな感じで言ったらケンケン言ってたじゃねぇか】


「僕も本当によく解らない……

 確かに前の僕ならそんな感じで言われたらイラっと来て言い返したのに……

 今は……

 ただ素直にそうだなって思って……

 ホントどうしたんだろう……?」


 僕はこの時、“怒り”の感情が欠落している事に気付いていなかったんだ。


 僕はまた胸に手を当てる。


「すぅーーーっっ…………

 はぁーーーっっ…………」


 数回深呼吸。

 膝の震えが止んで来る。


「よし…………

 大丈夫だ……」


 まずは呼炎灼こえんしゃくの居場所の把握から。


全方位オールレンジ


 僕を中心に超速で広がる翠のワイヤーフレーム。

 ぐんぐん伸びて行く。


 今はブーストもかけているから、範囲は充分。


 どこだ。

 呼炎灼こえんしゃくはどこだ。


 いた。

 随分飛ばされたな。


 動かない所を見ると気絶しているのかな?


 あっ、そう言えば左の方にあるのは蓮が向かった場所だ。

 もう反応がないと言う事は戦闘はもう終わったんだろうか?


「ガレア、暮葉。

 場所は分かったよ。

 行こう」


【おう】


 僕はゆっくりガレアの背中に乗る。


 バサァッッ!


 大きく翼をはためかせ、空へ向かうガレア。

 臀部が強い力で押し上げられる感覚。


 バキバキィ


 木々の枝が力任せに折れる音が聞こえる。


 ズボォッ!


 森林部を抜け、僕らは空へ。

 辺りは真っ暗。


 僕の肌を秋中の冷ややかな宵の風が撫でる。

 先の焼け付く熱さが嘘の様だ。


「ガレア、こっちに飛んで」


 僕は指差す。


 ギュンッ


 僕は指し示した方向へ飛び始める。

 この闇夜でよく見えるなあ。


 呼炎灼こえんしゃくが今いる場所は何とかって言う道路沿いの地点。

 森林地帯にぽっかり空いた原っぱみたいな所に居る。


 あ、動き出した。

 何やら森林を目指している様子。


 スピードからして徒歩だろうか。

 ダメージが大きいから身を隠そうとしているのだろうか。


 ボウッッッ!


 こんな事を考えていると進行方向先で真っ白いが上がる。

 その真っ白いは瞬く間に辺りの木々を飲み込んで行ってるのが見える。


 視界の四割が真っ白くなる。

 視認できなくはないがこれはもう解除した方が良い。


 魔力注入インジェクト解除。


 いつもの視界に戻る。

 ようやくその真っ白いが何か解った。


 それは炎。


 木々が燃え盛っているのだ。

 それは大炎と言っても差支えが無い程大きい炎が揺らめき、尚も周りの木を飲み込んで行っている。

 何をしているんだ奴は。


 ただこれで明かりが手に入った訳だ。

 これでようやく万全で闘える。


 闘える……

 闘う……


 自分の考えを反芻する。


 カタカタカタ


 また得体の知れない恐怖が湧いてきた。

 身体が震え出す。


 またか。

 何なんだコレは。


 手がブルブル震え出す。

 ギュッと目を瞑る僕。


―――竜司……

   ポンコポンコ


 ソッ


 僕の後ろに乗っていた暮葉の手が触れる。

 僕はハッとする。


―――う……

   うん……

   ポンコポンコ


―――竜司……

   それが恐怖って感情なんだね……

   さっき言ってたもんね……

   逃げたいって……

   それでも竜司は闘いに行くんだね……

   それはお兄さんの為……?

   ポンコポンコ


―――うん……

   そうだよ……

   ポンコポンコ


―――私……

   竜だから……

   人の兄弟とか両親の事とか良く解んないんだけど……

   あれだけ怒るって事は凄く大事な人なんでしょ……?

   ポンコポンコ


―――うん……

   ポンコポンコ


―――ホントは嫌な事なら止めて欲しいと思うけど……

   なら……

   頑張って…………

   また震え出したら私が止めたげるから……

   フフッ……

   こーゆーのってカタキウチって言うんでしょ?

   漫画で読んだの思い出しちゃった。

   ポンコポンコ


―――フフッそうだね。

   ポンコポンコ


 いつしか震えも止まっていた。


―――ありがとう暮葉。

   もう大丈夫だよ。

   さぁっ!

   じゃあいっちょ敵討ちに行きますかっ!

   ポンコポンコ


 本当に暮葉には感謝しかない。

 こんな暮葉に応えられる立派な男にならないと。


 やがて森林火災付近上空まで辿り着く。

 大炎に照らされ、ボンヤリ浮かぶ呼炎灼こえんしゃくの姿が見える。


「ここだ。

 ガレア、降りて」


【おう】


 バサァッ!

 バサバサ……


 ドッ


 地面に着地した。

 ゆっくり僕と暮葉は降りる。


「ん…………?

 あぁ……

 誰かと思えば少年か……」


 ゆっくり振り向く呼炎灼こえんしゃく

 その姿に息を呑んだ。


 左肩部分から下がビリビリに破られて素肌が剥き出しになっている。


 左肩口に大きな痣がある。

 そして前腕部には古い切傷の様な痣がある。


「お前…………

 その傷…………」


「あぁ……

 この肩口は少年の兄に……

 そしてこの腕の傷は先程斬り付けられたものだ……

 全く……

 兄弟共々やってくれる……」


 血は完全に止まっている。

 こんな短時間でどうやってやって治療したんだ。


「こんな……

 短時間で……

 どうやって……?」


「あぁ……

 これは焼灼止血法しょうしゃくしけつほうだ……

 見た事無いかね……?

 焼きゴテ等を押し付けて止血する方法だ……」


 歴史漫画とかで見た事ある。


「でも…………

 こんな所に焼きゴテなんて無いのに……」


「吾輩の場合はそんな原始的なものを使わなくても……」


 右掌を上に向ける呼炎灼こえんしゃく

 直ぐに燃える様な朱が掌を包む。


 そしてニヤリと笑う。


「これは灼掌しゃくしょうと言ってな……

 熱変換コンバートが発動している吾輩が扱う主兵器だ……

 接触温度は千五百度を超える……

 これで焼灼しょうしゃくしたのだよ……」


「…………熱くないのか……」


「熱さは……

 無いな……

 無事、血が止まっている所を見ると“感じない”と言うのが正しいのかも知れん……」


 やはり持っていたか熱耐性。


「まあ……

 さすがに骨折はどうにもならんがな……」


 グイ


 そう言いながら上着の裾を持ち上げ脇腹を晒す呼炎灼こえんしゃく


 まず眼に映ったのは赤黒く大きい痣。

 そこは僕の颱拳たいけんが炸裂した場所だ。


「正直驚いた……

 少年……

 あれ程の火力を一体どうやって……?」


「そんなの……

 教える訳無いだろ……」


「フム……

 標的に対して警戒を解かないその姿勢や良しか……

 少年……

 兄をも超えるその力を持つと言う事がどう言う事かわかるか……?」


 僕は無言で首を横に振る。


「それ程強大な力を持つと言う事は……

 それに見合った代償が必要だと言う事だ……」


「代償……」


 僕は最大魔力注入マックスインジェクト発動直後の違和感が頭を過った。


「少年……

 世の中と言うのは思ってる以上に不条理で無慈悲なものだ……」


 僕はこの時具体的に何が代償となるのか解らずにいた。


 ただ呼炎灼こえんしゃくの言ってる事は妙な説得力があった。

 実体験によるものからだろう。


 呼炎灼こえんしゃくはおぼろげながらその代償に気付いた様だった。


「そ……

 そんな事言われても解らないよっ!」


 僕は焦って返答してしまう。


「フム…………

 そろそろか……

 では少年……

 闘ろうか……」


「え……っ!?」


 突然の申し出に戸惑ってしまう。


「正直アバラの応急をしたいのだよ……

 だが応急キットは亜空間の中なのだ……

 そう言った理由から……

 吾輩は早くボルケの元に戻りたいのだよ……

 少年は吾輩を追って来た……

 それは止める為では無いのか……?」


「そっ……

 そうだけど……

 もっと平和的なやり方が……」


「フン……

 なら吾輩を説得してみるか……?

 危なくて怖いので晨竜国しんりゅうこくを建国なんて止めて下さいと……

 少年…………

 君は運良く環境に恵まれて育った様だから……

 世間の竜河岸に対する陰湿さやドス黒さを知らんのだ……」


 恵まれた?

 僕が?


 ドラゴンエラーを引き起こして大量に人の命を奪い、それを精神的外傷トラウマとして抱え、多感な時期を引き籠って過ごし、家族に辛くあたられていた僕が恵まれている?


 今でこそ家族との仲は戻ったけど、それは引き籠った僕がガレアと出会って自身で勝ち取ったものだ。


「僕は……

 恵まれてなんか無いです……」


 ここでも違和感。


 以前の僕ならここで怒り、怒号を放っていたと思う。

 全く僕はどうしてしまったのか。


「フム……

 まあいい……

 少年の生い立ちにはあまり興味が無い……

 この話で重要なのは誰に何と言われようとも建国は止めんと言う事だ……

 これは悲願の足掛かりだからな……

 そして……

 吾輩の正義と少年の正義……

 違えた時にやる事は決まっておるだろうが……」


 真っ赤に光る右掌をこちらに向け、ニヤリと笑う呼炎灼こえんしゃく


 説得に応じるとは思っていなかったけど、やはりこの人は危険だ。

 やるしかないのか。


「わかり…………

 ました……」


 僕は腰を落とし、身構える。


「ようやく腹を括ったか……

 まあそちらの方が好都合だがな……

 じゃあ……

 行く……

 ぞっっっっっっ!!!」


 ボコォォォンッッ!


 大地の破砕音。

 と、同時に呼炎灼こえんしゃくの姿が消える。


 足元から悪寒がゾワワワと急激に立ち昇る。


「タッ……

 タキサイアァッッッ!」


 僕はたまらずタキサイア現象を発動。

 僕の眼に映った光景に驚愕する。


 僕の眼前には山の様にそびえる呼炎灼こえんしゃくの身体。


 紅く光る右掌。

 灼掌しゃくしょうを僕に撃ち込もうとしている。


 狙いは左胸下辺り。

 距離は後十センチを切っている。


 間合いは十メートル以上離れていたぞ。


 この一瞬で攻撃モーションまでしていたのか。

 何て素早さだ。


 とにかく攻撃を避けないと。

 灼掌しゃくしょうのルートから自分の身体を外す。


フォーカ……」


 右拳に魔力を集中しないといけないのに僕は途中で止めてしまう。


 こんなアバラが折れている状態で颱拳たいけんを放ったら、死んでしまうのではないか。

 人の命を奪うと言う恐怖感が僕の判断を鈍らせる。


 だが、うかうかしてると呼炎灼こえんしゃく灼掌しゃくしょうが僕に当たる。


集中フォーカスゥゥゥッッ!」


 右足に魔力集中。


「ウワァァァッァァァッァァァッァァァァンッッッ!」


 ゴッッッッッッッ!


 炎の様な右前蹴りを呼炎灼こえんしゃくの右脇腹に繰り出す。


 炸裂する瞬間。


 ドコォォォォォォォォォンッッッ!


 呼炎灼こえんしゃくの右脇腹が爆発した。

 ゆっくり気体が急激膨張し、燃焼する様子が見える。


 余りに急だった為、タキサイアが解除されてしまう。


「うわぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 爆風の圧力で後方に吹き飛ぶ。


 ズザザザァァァッァッッ!


 地面を滑る僕の身体。

 最大魔力注入マックスインジェクト発動していたから、ダメージは軽い。


 ただ本当に急な爆発だった為、面食らう僕。

 ゆっくり立ち上がる。


 呼炎灼こえんしゃくの方を見ると右脇腹から煙が上がっている。


 パッパッ


 やがて煙が晴れると、右脇腹の埃を軽く払っている呼炎灼こえんしゃくが見える。

 結構な爆発だったのに平然としている。


 爆発部は服が爆風によってビリビリに破れている。

 が、肌は少し黒くすすけているだけ。


 ここまでなのか熱耐性。


「今のは……

 何……?」


 それを聞いた呼炎灼こえんしゃくがニヤリと笑う。


「これはな……

 反応装甲リアクティブ・アーマーというスキルだ……

 攻撃の圧力で仕込んだエネルギーを爆発させ衝撃を殺す……

 戦闘とは攻撃のみでは勝てん……

 防御面も考えんとな……」


 リアクティブアーマー。

 聞いた事がある。

 確か戦争漫画で使ってた。


 ■反応装甲リアクティブ・アーマー


 戦車装甲の一種。

 二枚の薄い装甲板で爆薬を挟む構造。

 これを通常装甲の上に取り付けて使用。

 仕組みは装甲に攻撃が当たると内部の爆薬が爆発し、その力で阻害する事で防御。

 欠点はいくつかあるが、安価で作れる事もあり世界中で大人気の装甲。


 知っている。

 この装甲にはいくつか欠点があるのを僕は知っている。


 僕の中にまた変な感情が湧いてきた。


 この反応装甲リアクティブ・アーマーを破りたい。


 これはゲームで難ステージにぶつかった時の感情とよく似ている。

 僕の中に産まれた感情。


 それは達成動機という奴らしい。


 引き籠り時分に心理学についてネット検索した時に見かけた言葉だ。

 この言葉が何年も経って僕を動かすキッカケになるとは思いもよらなかった。


 その漫画で語られていた反応装甲の弱点。

 それは……


 集中フォーカスッッ!


 両脚に魔力集中。


 バフォォォォッッ!


 僕の両足から轟風が逆巻く。

 最大魔力注入マックスインジェクトを使うと集中しただけで魔力風が漏れるのか。


「ムッッ!?」


 異変に気付いた呼炎灼こえんしゃくが身構える。


 ドコォォォォォォォォォンッッッ!


 思い切り大地を蹴る。

 重く激しい音が響く。


 瞬時に出来る巨大クレーター。

 舞い上がる砂煙。


 僕の身体はミサイルの様に空へ。

 グングン進む僕の身体。


 くるん


 素早く身体を反転。


 ボフンッッッ!


 思い切り虚空を蹴り、強制的にUターン。


 身体の軌跡は鋭角を描く。

 更に加速を付けて、落下する僕の身体。


集中フォーカスッッ!」


 右拳に魔力集中。


 目標は呼炎灼こえんしゃくの右肩。

 右拳を真っすぐ向ける。


 あと一秒もかからず目標と接触。


発動アクティベートッッ!」


 ドルルンッッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルンッッ!


 反応装甲リアクティブアーマーの弱点。

 それは……


 垂直の攻撃に弱い!


「デリャァァッァァァァッッッ!!」


 ドゴォォォォォォォンッッッ!


 僕の右拳が接触しようとする刹那。

 呼炎灼こえんしゃくの右肩が爆発する。


「うわぁぁぁぁぁぁっっ!」


 僕の身体が急激な膨張圧力より吹き飛ぶ。


 ズザザザザザザザァーーーッッ!


 だが上手くバランスを取り、何とか着地。

 くそ、駄目か。


「少年、何だその攻撃は……?

 一体何を狙っていたんだ……?」


 突然の空からの攻撃に、少し面食らう呼炎灼こえんしゃく


「爆発反応装甲って……

 垂直の攻撃に弱いって聞いたから……」


 別に素直に答える必要は無かったんだけど、何でも良いから情報が欲しかった僕は答えてしまった。


「クッ……

 ハーハッハッハッハッ!!」


 呼炎灼こえんしゃくが大声で笑い出す。


 その笑い方に嘲笑を感じた。

 以前の僕なら聞いてムッとするぐらいは感じていたのに、今は何にも感じない。


 ただ純粋に何で笑ったか知りたい。


「何がおかしいの……?」


「ククク……

 いやすまん……

 少年は知識として爆発反応装甲リアクティブアーマーがどんなモノかは知っている様だ……

 それはどこからの知識だ……?」


「漫画から……」


「クッ……

 ククククク……

 いやスマン……

 なるほどな……

 漫画から……

 フム……

 確かに爆発反応装甲リアクティブアーマーは垂直の攻撃だと上手く衝撃を阻害出来んと言うのはある……

 だがそれはあくまでも戦車の話だ……

 吾輩の張っているのはスキルによる装甲だぞ?

 実体が無いのに垂直もクソも無いだろう……?

 だから少年の攻撃はただ真正面から反応装甲リアクティブアーマーを殴っただけだ……

 ククク」


 それを聞いた僕の顔が真っ赤になる。


 呼炎灼こえんしゃくの言ってる事はごもっともだ。

 物凄く恥ずかしい。


「まっ……!

 まだ手はありますッ!」


 僕は恥ずかしさを誤魔化す様に声を上げる。


「ホウ…………

 何か仕掛ける気か……?

 一体どんな手があるのか見てみたいものだな……」


 僕は左脚を深く下げ、腰を落とす。


集中フォーカスッッッ!」


 バフォォォォッッッ!


 僕の足から轟風が逆巻く。

 両脚、右拳に魔力集中。


 配分としては両脚が七。

 右拳が三。


 両脚の方が多いのは速さを手に入れる為だ。


発動アクティベートォォォッッッ!」


 ドルンッッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルルンッッ!


 バコォォォォォォォォォォンッッッッ!


 後方で大地が割れる轟音が響く。


 ギャンッッッッッッッッッ!!


 瞬時にトップスピード。

 呼炎灼こえんしゃくとの間合いが一瞬で詰まる。


 反応装甲リアクティブアーマーのもう一つの欠点。


 それは超高速の攻撃に弱い!


 要は爆発して威力を阻害するなら、爆発する前に衝撃を伝えればいいだけだ。


「デリャァァァァッァァァァァ!」


 咆哮が響き渡る。


 僕は真っすぐ右拳を前に向ける。

 身体は一本の太い矢と化す。


 ドコォォォォォォォォォンッッッ!


 当たった刹那。

 僕は素早く両足でブレーキ。


 そして素早く右拳を引く。


 ギャギャギャギャギャギャギャァァァッッッ!


 急制動に地面が削れる音。


「ゴハァァッァァァァァッァァッッッ!」


 弾丸の様に後方へ吹き飛ぶ呼炎灼こえんしゃくの身体。


 ドコォォォォォォォォォンッッッ!


 吹き飛んだ直後、着弾点が爆発する。

 腹を爆発させながら、遠く吹き飛んで行く呼炎灼こえんしゃく


 ガンッッッ!


 地面に激突。

 だが勢いは止まらず。


 ゴロッ


 地面に着弾。

 勢いのままに転がって行く。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロォォッッ……!


 ようやく止まった。

 大分向こうまで吹き飛ばされた。


【竜司ッ!

 おめぇスゲェなッ!

 アイツが吹き飛ばされた時、胸がスッとしたぜッッ!】


 ガレアが僕の側に寄って来た。


「竜司……

 大丈夫……?」


 暮葉が心配そうに僕を見つめている。


「うん……

 暮葉のブーストのお蔭だよ……

 ありがとう……」


「そう……

 良かった……」


 少し安心した表情を見せる暮葉。

 呼炎灼こえんしゃくはピクリとも動かない。


 と、こうしちゃいられない。

 呼炎灼こえんしゃくがどうなったか見に行かないと。


 僕らは走って呼炎灼こえんしゃくの元へ。


 辿り着いた僕らが見たものは奥を向いて横たわる姿。


 死んだのか?

 僕はまた殺してしまったのか?


 カタカタカタカタカタカタ


 僕の身体がまた震え出す。

 身体の奥から湧き出る恐怖心。


 殺した。

 僕が殺したんだ。

 人の命を奪ってしまったんだ。


 カタカタカタカタカタ


「竜司っ!」


 グイ


 暮葉が僕を抱き寄せる。


 膝がガクンと折れ、僕の顔は暮葉の豊かな胸にまた顔を埋めた。


 ギュッ


 暮葉が優しく力を込めて僕を抱きしめてくれた。


「竜司……

 落ち着いて……

 私が……

 私が居るから……」


 次第に震えが止んで来る。

 同時に情けない気持ちも沸く。


 僕は暮葉に甘えっぱなしだ。

 こんな事じゃあ、いつまで経っても暮葉を護る男になんてなれない。


 スッ


「ありがとう……

 暮葉……」


 震えの止まった僕はゆっくり暮葉から離れる。


 でもどうしよう。


 もし……

 呼炎灼こえんしゃくが死んでしまったとなると火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションも消失したはずだ。


 そんな事を考えていると……


 ゴロン


 呼炎灼こえんしゃくの身体が動いた。

 大の字に寝そべる。


 生きていた。

 良かった。

 とにかく生きていた事にホッとする僕。


「ガハッッッッッ!」


 呼炎灼こえんしゃくが吐血する。

 その姿に言葉を失う。


「少年…………

 吾輩の負けだ……」


 ぽつりと呼炎灼こえんしゃくは話し出す。


「こんな事……

 僕が言うのもアレなんですが……

 大丈夫ですか……?」


「クク……

 アバラはほぼ全て骨折……

 内臓もいくつか破裂……

 これだけ苛烈な一撃を喰らわせた相手に労りの言葉か……

 少年……

 君は誇っていい……

 君はこの陸竜大隊隊長呼炎灼こえんしゃくに勝ったのだ……

 これからも晨竜国で竜河岸の未来のために頑張ろうではないか……」


 ん?


 最後の言葉に違和感。


「少年は……

 晨竜国で吾輩の補佐でもしてもらおうか……

 大統領首席補佐官という奴だ……」


 呼炎灼こえんしゃくは何を言っている。

 負けを認めたんじゃないのか?


「ちょ……

 ちょっと待って下さいっ!

 貴方は負けを認めたんじゃないんですかっ!?」


「少年……

 戦争と言うものはな…………

 個々の勝負は重要ではないのだよ……」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「うわっ!?

 何だっ!?」


 大地が揺れ出した。


 地震だ。

 体感で解るぐらい揺れている。


「ククク……

 来たか……」


 大の字で寝そべりながら勝ち誇った笑みを浮かべる呼炎灼こえんしゃく

 すぐに地震は止む。


「来たって……

 何が……?」


「今のは……

 おそらく……

 火山性微動……

 短さから言って孤立微動と言った所か……」


「一体何の話……?」


「火山性微動と言うのはな……

 火山が噴火活動期に連動して発生する地震…………

 要するに…………

 掌握……

 完了と言う事だ……」


 この言葉を聞いた瞬間。

 巨大な絶望感と恐怖感が僕を襲う。


 つづりさんが戦いの為にペストに罹患してしまった事も。

 兄さんがあれだけボロボロになったの事も。

 ガレアが赤の王への精神的外傷トラウマを乗り越えて僕に協力してくれた事も。

 暮葉に抱きしめられ恐怖感を押し殺しながら呼炎灼こえんしゃくと闘い、勝った事も。


 全てが無駄になってしまった。


「だから言ったであろう……

 吾輩が火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションを生成した段階で勝っていると……

 少年……

 これが戦争と言うものだ……

 個々の勝負よりも大局の勝敗が全て……

 吾輩は……」


 呼炎灼こえんしゃくはカッと目を見開く。


「勝負には負けたが、戦争には勝ったのだァァァァッッ!」


 ###


「はい今日はここまで」


「パパ、今回何かカッコ悪かったね。

 ママに甘えてばっかりでさ」


 子供にはそう見えたのか。


「いっ……

 いやでもっ……

 呼炎灼こえんしゃくをやっつけた一撃の時はカッコよくなかった?」


「ん~~……

 それは……

 まあ……

 いやでもママに甘えてばっかりだからカッコ悪い」


「タハハ……

 じゃ……

 じゃあ今日はもうおやすみなさい」

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