第百三十一話 掌握……開始

「やあ、こんばんはたつ


「あ、パパ。

 うす」


「…………何それ?」


「え?

 ガレアの真似」


 あっけらかんと答えるたつ


 どうしよう。

 このままたつがちゃんとした挨拶が出来ない子になったら。


 これは親としてちゃんと言わないと。


たつ……

 僕なら良いけど、友達や先生とか近所の人にはきちんと挨拶するんだよ」


「ん?

 何言ってんの?

 そんなの当たり前じゃん。

 パパは馬鹿だなあ」


 少しカチンとくる。

 でもまあそこら辺の分別は解ってるようだから良しとするか。


「タハハ……

 じゃあ始めるよ」


 ###


「竜司ッッ!

 乗れーーッッ!」


 銀板に乗っていたのは兄さんとボギー、そしてドラペンだった。


集中フォーカスッッ!」


 両脚に魔力を集中。


発動アクティベートッッ」


 ドルルンッ!

 ドルルルルンッッ!


 バンッ!


 大地を強く蹴る。

 僕は高く跳躍。


 スタッ


 上手く銀板に着地。


 ん?

 この銀板の上は熱さを感じない。


 不思議だな。


「兄さん。

 大丈夫だった?」


「あぁ。

 何とかな……」


「兄さん……

 これ何?」


 僕は薄々感づいてはいたが聞いてみた。


「これが呼炎灼こえんしゃくのスキルだよ……」


 やっぱり。


 と、僕は兄さんの姿に目が行く。

 陽が沈みかけている為、はっきり見えなかったのが救い。


「兄さん……

 何で……

 裸なの……?」


「ん?

 これは構成形状変化フュージョン使ったからだよ」


 ギュッと締まった逞しい四肢。

 さすが兄さん。


 大きな浅黒い胸筋が眼に映った時、ある人物を思い出した。

 その人物とは…………



 皇滋竜すめらぎしりゅう



 そう、父さん。

 あの変態の父さんだ。


 何だろう……

 皇家は全員全裸にならないといけないのだろうか?


 少し凹んでくる。

 いや多分厳密には皇家じゃなくて父さんの血筋だからか。


「ハァ……」


「ん?

 どうしたんだ竜司?」


「いや……

 父さん思い出してさ……」


「何だ…………

 父さん、帰ってたのか……」


 かなり進んだ段階で溶岩の勢いが弱まる。


 ザザザザァッッ


 兄さんは下半身で銀板を操作し、急ターン。

 溶岩の流れから外れ、停止。


 ザッッ


 全員銀板から降りる。


 降りた兄さんは近くの木から葉を数枚引き抜く。


構成変化コンステテューション


 フン


 兄さんスキル発動。

 淡い光から出てきたのは衣服一式。


 手早く着替え始める。

 さすが兄さんのスキル。


 …………さすがなんだが……

 何かデザインは物凄く地味。


 上下とも同じカーキー色。


「ん……?

 竜司どうしたんだ?」


 トレーナーらしきものからスポッと顔を出した兄さんが話しかけてくる。


「いや…………

 何か凄く地味だなあと思って」


「ん?

 あぁ……

 とりあえず着れりゃあいいからな。

 それよりも竜司……

 父さんとは戦ったのか?」


「いや、父さんは立会だけ…………

 あれ?

 何かおかしい……

 ちょっと戦ったような気がする……」


 僕は頭の中の記憶で違和感を覚える。

 確かに目的はお爺ちゃんだった。


 立会人が父さんって言うのは合ってる。


「どうした?

 竜司」


「何でだろ?

 よく覚えて無いんだけど三則を初めて使ったのは父さんの様な気がするんだ」


「三則?

 何だそりゃ?」


 そうだ。

 兄さんは魔力注入インジェクトを使えないんだった。


「えっと……

 三則っていうのは魔力注入インジェクトを使う上で基本になる型みたいなもので……

 きちんと使うと威力があがるんだ……

 帰った時にお爺ちゃんに教えてもらった……

 それで何か記憶がおかしいんだ……

 確かに帰った時に三則は使ったんだ……

 戦ったのはお爺ちゃんだけだと思ってたけど……

 何かもう一戦やったようなやってない様な……」


「………………父さんが帰って来たと言ってたな…………

 うん……

 何か色々理解した……

 竜司……

 悪い事は言わないからその記憶は忘れとけ……」


 何か兄さんの顔がヤレヤレと言った表情。

 父さん関連で何かあったのかな?


「そう言えば僕、父さんと会ったの本当に久しぶりで……

 初対面レベルだったんだけど……

 父さんって昔からあんなんだったの?」


「俺だって数えるぐらいしか会った事無いぞ……

 父さん陸に上がると虚弱になるからな……

 常に海の側に居ないと駄目な人なんだ」


「そうなんだよ……

 帰った時に遭ったらずっとゴホゴホ言ってたよ……

 それで海水の入った瓶の匂いを嗅いだら急にムキムキになるんだもん……」


「海水の瓶……

 そんなもん用意したのか父さん……

 ご近所にウチの恥部が……

 母さん早く帰って来てくれ……」


「僕、母さんもあまり覚えて無いんだよ……

 物凄く綺麗な人って言うのは覚えてるんだけど……」


 それを聞いた兄さんがニヤリと笑う。


「竜司……

 母さんは美人だぞ……

 よく父さん結婚出来たなと思うぐらいだ……」


 そう言えばマッスルモードの父さんは涼子さんもまんざらでなかったっけ。

 多分海でプロポーズしたのかな?


「そうなんだ……」


 僕の脳裏に浮かぶ母さんが台所で料理を作ってる姿。

 一体どんな人なんだろ。


 じわり


 肌に熱さが伝わって来る。


 そう言えば今は兄弟で楽しく談笑している場合では無かった。

 ここから動くなりなんなりしないと。


「そんな事言ってる場合じゃないよ。

 どうするの?

 コレ……」


 僕は炎上している青木ヶ原樹海の木々を見つめる。


 もうもうとあがる黒煙。

 肌に突き刺さる熱さ。


 このまま手をこまねいていたら森林全て焼け野原だ。


「とりあえずお前に呼炎灼こえんしゃくのスキルの概要を伝えておく。

 今解っている段階でだけどな……」


 ■火砕流パイロクラスティック・サージ


 身体から溶岩を噴出させるスキル。

 魔力を通している為、ある程度の操作が可能。

 タングステンが溶けていない所から温度操作に関しては三千三百八十度は超えない様だ。


 ■灼熱泥流ラーバーフロー


 視野に入るものを溶岩に変質させるスキル。

 ガレアもこのスキルで溶岩に変えられた模様。

 有機物は不可。

 無機物のみ。

 ガレアの一件から射程範囲は広いと思われる。

 これも魔力を通している為粘度等の性質変化が可能。

 何故有機物のガレアが溶岩に変えられたのか等、謎の多いスキル。


 ■水蒸気爆発フリーアティック


 水の入った風船に溶岩を投げつける、もしくは溶岩の海に落とす事で水蒸気爆発を起こす。


 ■熔拳ようけん


 灼熱泥流ラーバーフローで溶岩を生成。

 それを手に巻き付け、更に魔力を込めて放つ一撃。

 中国拳法の寸勁。


「……と言った所だ……」


「その……

 熔拳ようけんだっけ……

 その時、何を溶岩に変えたんだろう……」


「多分砂利か何かだ。

 亜空間から手を出した時何も持ってなかったからな。

 中に細かい砂利を格納して、掌の汗などで付着させてるんだろう……」


「…………ってなるとちょっと量多くない?

 呼炎灼こえんしゃくの手って結構大きかったよ?

 それ全体を巻き付ける程の溶岩ってなると掌の砂利だけでイケるものなのかな?」


 それを聞いた兄さんが少し考えだす。


「…………………………増殖か…………」


「どういう事?」


「…………推測だけどな……

 多分最初の灼熱泥流ラーバーフローは着火点……

 そこから増殖させている……

 だけどどうやって……

 無から有を作り出すのならおそらく魔力効率がかなり悪い……」


 兄さんが更に考え込む。


「……何かを媒介にしているはずだ……」


「空気……

 かな?」


「多分そうだな…………

 空気かおそらく中の成分を媒介に使って増殖させているんだろう……」


「じゃあガレアはどうして溶岩に変えられたんだろう……」


「もう一度ガレアの様子を思い出してみてくれないか?」


「確か……

 ガレアは……

 赤黒い岩石にみたいになってた……

 湯気も立ってたよ……」


「それがガレアで間違いないか……?」


「うん。

 真緒里まおりさんの時空翻転タイム・アフター・タイムで治るの見ていたし」


 それを聞いた兄さんがまた少し考えこむ。


「……多分あの局面で言っていた事には嘘は無いと思う。

 だから無機物しか変えられないのは本当だと思う……

 となると……

 よし大体の筋は立てた」


「教えて兄さん」


「ガレアは全てを溶岩に変えられたわけじゃない……

 多分溶岩に変質したのは表面だけ……」


「一体何を溶岩に変えたと言うの?」


「おそらくガレアの掻いた汗……

 付着した埃……

 それを着火点に増殖させたって所だろう……

 確か呼炎灼こえんしゃくは“手強い”と言ったんだよな?」


「うん、手強かったから本気出したって……」


「となるとおそらく呼炎灼こえんしゃくがガレアを溶岩に変えた目的は冷えた溶岩石で動きを止めるのが目的だろう」


 なるほど。

 呼炎灼こえんしゃくはガレアが脅威だったから表面だけ溶岩に変えて動きを止めたのか。


 となると赤の王は手出ししていないって事なのかな?

 僕は兄さんに聞いてみた。


「兄さん、赤の王とは戦ったの?」


「いや、赤の王は人間の争いには手出ししないってさ」


 流石“王の衆”の長。


 だったら赤の王にビビる事は無いんじゃ?

 でもガレアと呼炎灼こえんしゃくが対峙した時はガレア単体だったし……


 第一僕は居なかったからなあ。

 でも今赤の王にビビって逃げてるガレアを呼び戻すにはこれに賭けるしかない。


―――ガレア?

   ガレア?

   応答して……

   ポンコポンコ


 僕は念話テレパシーで連絡を取ってみる。

 応答が無い。


―――ガレア……

   ガレア……

   ポンコポンコ


 応答が無い。

 少しイラっと来た僕。


―――ガレアッッッ!

   ポンコポンコ


 応答が無い。

 本当に赤の王がダメなんだなあ。


 あ、そう言えばガレアの近くに念話テレパシーが使える人がもう一人居た。

 暮葉だ。


―――暮葉……

   暮葉……

   応答して……

   ポンコポンコ


―――どうしたの?

   竜司。

   ポンコポンコ


 いや、どうしたのじゃないだろ。


―――暮葉、今どこに居るの?

   ポンコポンコ


―――ん?

   空の上。

   ポンコポンコ


 まあそりゃそうだろうな。

 こんな事言ってたら埒が明かない。


―――ねえ暮葉。

   ガレアに念話テレパシーに応答する様に言ってくれない?

   僕が呼んでも返事してくれないんだよ。

   ポンコポンコ


―――ん?

   何でだろ?

   ねーねーガレア?

   ポンコポンコ。


―――ん……

   何だよ……

   ポンコポンコ


 ガレアの声だ。

 コイツ、暮葉には答えやがる。


―――何か竜司が話したいって言ってるよ。

   ポンコポンコ


―――………………何だよ……

   竜司……

   ポンコポンコ。


―――ガレア……

   あのね……

   前の赤の王との戦いの時だけど……

   ポンコポンコ。


―――ヒィヤッッ……

   ああぁ……

   赤の王……

   ポンコポンコ


―――落ち着いてっっ!

   その時、赤の王は戦って無いんだよッッ!

   ポンコポンコ


―――へ…………?

   ポンコポンコ


―――だからガレアは赤の王の上に乗ってる人間にやられたんだよ。

   ポンコポンコ


―――なん…………

   だと…………?

   ポンコポンコ


 何やら様子がおかしい。


―――あ……

   相手がどういう攻撃をしてくるかもわからなかったんだからしょうがないよ。

   ポンコポンコ


 GYAAAAAAAAAAAAAッッッッ!!!!


 遠く空から唸り声が聞こえる。


―――たかが人間如きが俺を負かしただとぉぉぉッッッ!

   許さねぇぇぇぇぇッッッ!

   ポンコポンコ


 先の唸り声はガレアだ。

 人間に辛酸を舐めさせられた事が竜のプライドを傷つけたのだ。


 こんなに怒り狂っているガレアなんて見た事が無い。

 が、これは好機と見る。


―――ガレア。

   すぐに戻って来い。

   僕とお前。

   二人で呼炎灼あいつをぶっ倒すんだ。

   僕も腹が立ってるんだ。

   一発入れないと気が済まない。

   ポンコポンコ


―――おうよぉぉぉっっっ!

   やるぞぉぉぉっっ!

   竜司ィィィィッッッ!

   ポンコポンコ


 良かった。

 これでガレアと合流は出来そうだ。


 キラッッ


 陽が沈み、空が瞑色が濃くなっている。

 夕方の仄暗い空の奥に翠色の煌めき。


 ギュンッッ


 ガレアだ。

 まっすぐこっちに向かってくる。


 バサァッッ!


 ガレアが大翼を大きくはためかせ急ブレーキ。


 ドスゥゥンッッ


 ガレアの巨体が着地。

 怒ってるせいか気持ち着地音が大きい気がする。


【竜司ィィッッ!

 どこだぁっっ!

 奴はどこだぁぁっっ!】


 うわ。

 めっちゃ怒ってる。


 思わず関西弁で考えてしまう程ガレアが怒ってる。


「ちょ……

 ガレア落ち着けっ!

 落ち着けってっっ!」


 GYAAAAAAAAッッッ!


 ガレアの叫び声が大きく響く。


 駄目だ。

 ガレアが冷静にならないと作戦を立てる事も出来ない。


 何か……

 何か無いか……


 あ、そうだ。

 オヤツにばかうけをコートのポケットに忍ばせてたんだ。


 ズボッ


 僕は最大魔力注入マックスインジェクト時に黒く焦げたコートのポケットに手を突っ込む。


 ボロッ


 中から出てきたのは半分焼け焦げたばかうけの袋。


「あっちゃぁぁ……」


 駄目だ。

 袋も中も炭化してしまっている。


 ポロッ


 と、そこへ一個だけばかうけが落ちて来る。

 何か半分ぐらい黒くなってるけどまあ良いだろ。


「ガレアッッッ!

 こっち向けッッッ!」


【ンアァァァッッ!?】


 ガレアが勢いよく振り向く。


「えいっ!」


 僕は少しジャンプして、ガレアの口にばかうけを突っ込む。


【モガッ】


「さあ食えっ!」


 モグモグ


 ガレアがゆっくり咀嚼する。


【美味い……】


「ガレア、落ち着いた?」


【ん?

 何かいつも食べてるやつより美味いな。

 このばかうけ】


 何だろう。

 火を入れた事で香ばしさでも増したのかな?


 名付けるなら“焼きばかうけ”とでも名付けようか。


「ふう……

 ようやく話聞いてくれる体勢になったねガレア……」


【何言ってんだ竜司。

 俺は別に何も変わんねぇぞ】


 どの口が。


「ま……

 まぁいいや……

 兄さん……

 それでどうするの?

 何か手立てはあるの?」


 それを聞いた兄さんは考え込んでいる。

 やがて重い口を開く。


「…………正直な……

 これと言った決め手には欠ける……」


「ええ……

 そうなの……?」


「とにかく……

 言える事はこちらが無傷で終われる事は……

 百%無い……」


 ゴクリ


 僕は生唾を飲み込んだ。


「竜司……

 その様子を見るとお前はもう役目を終えているんだろ……

 拠点に避難していても良いんだぞ……」


 兄さんが僕に気遣ってくれている。

 ただここで退いても呼炎灼こえんしゃくを止めない限り安心できない。


 第一ここで了承して退くのは男としてカッコ悪い。


「兄さん。

 何言ってんの?

 僕も一緒に戦うよ。

 ガレアも怒ってるし」


 それを聞いた兄さんは少し笑う。


「竜司……

 その気持ちは嬉しいがな……

 解ってるのか?

 呼炎灼こえんしゃくと戦うんだ……

 それは溶岩にやられることを意味する……

 摂氏千度から千二百度の超高熱だぞ……?」


 ビクゥッ


 肌が溶岩に触れていないのに熱さを感じ、動揺してしまう。


「だっ……

 だだっ……

 大丈夫だよッッ!」


 精一杯の強がり。


「まあ安心しろ……

 俺がいるから灼熱泥流ラーバーフローでやられても霧には変えてやる……

 ただ熱さまでは変える事は出来ない……

 覚悟だけはしておいてくれ」


「う……

 うん……」


「つけ入るスキとなると……

 灼熱泥流ラーバーフローの同時発動数か……

 多分一度で溶岩に変質出来るのは四つ……

 となると……」


 僕は察しがついた。


「五点同時攻撃……」


「そうだ……」


 それは同時に四回までは溶岩に変えられる事を意味する。

 それ以前に今ここにある戦力で五点同時攻撃なんて出来るのだろうか?


「えっと……

 まず僕の一撃……

 それで後、兄さんの一撃……

 ガレアの一撃……

 ボギーの一撃……」


 僕は五発の攻撃を確保しようと指折り数える。


「あーあー、別に必要ない。

 そこら辺は俺の構成変化コンステテューションで帳尻合わせるから」


 流石兄さん。


「じゃあ……

 そろそろ行く?」


「おう……

 じゃあ行くか……

 ボギー、魔力補給だ」


【いいよー】


 ボギーから大量の魔力が流れ込むのが解る。


構成形状変化フュージョンッッ!」


 ギュギュギュギュギュギュッッ!

 グググググググッッ!

 バリィッッ!


 肉が強く擦れる音がする。

 兄さんの両足が二倍ほどの長さ、三周りほどの太さになる。


 色は黒紫。

 大きいに曲がる。


 形としてはTレックス……

 いやアロサウルスに近いか。


 ズボンが弾け飛んだ。

 なるほど色が地味だったのはこういう事かな?


 ギュギュギュギュギュッッ!

 グググググググググゥゥゥゥッッ!

 バリィィィィッッッ!


 更に肉が強く擦り合わさる音がする。

 続いて両腕、胸部が異形に変わって行く。


 両肩が四倍程大きく膨らむ。

 左腕は前腕部が上腕部の二倍ほど長くなる。


 右腕は前腕部が三周りほど太くなる。

 そして胸の斜め下辺りに管が三本ずつ隆起。


 同じ様な三本管が右前腕部、両肩にも隆起する。


 トレーナーも弾け飛んだ。

 両腕の形が違うのは何か理由があるのかな?


 パキパキパキパキ


 まだ兄さんの変化は止まらない。

 変化した部分に加え、他の部位が銀色の装甲に纏われていく。


 ようやく変化終了。


 僕の前に現れたのは銀色の装甲に覆われたさっきまで兄さんもの。

 僕は絶句してしまう。


「兄さん……

 それって……」


「ん?

 あぁ……

 これは構成形状変化フュージョンだ……

 俺の奥の手だよ……

 構成変化コンステテューション形状変化コンフュージョンの合わせ技……

 形状変化コンフュージョンをかけた後に構成変化コンステテューションで表面を装甲化する……

 俺の本気だ……」


 僕はマジマジと兄さんの姿を見てしまう。

 僕の知ってる部分はもう首から上しかない。


 首から下は銀色に輝く獣。


「何か……

 凄いね……

 兄さん……」


「この形態になった俺はつえーぞ」


 ニヤリ


 兄さんが不敵な笑み。


「いや……

 そりゃ見れば解るけど……」


「お前も何か無いのか?

 あるんだろ?

 見せてみろよ」


「う……

 うん……

 ガレア」


 今僕が出来る事で最大火力となると最大魔力注入マックスインジェクトになるが、この時は躊躇してしまった。

 

 怖かったから。

 理性のタガが外れてしまうあの感じが。


 だから大魔力注入ビッグインジェクトを使う事にした。


 大型の魔力球がガレアから染み出て来る。

 身体に侵入。


 ドッッックンッッッ!


「グゥッッ!」


 心臓が大きく高鳴る。

 やっぱりキツい。


 最大魔力注入マックスインジェクトが出来たからイケるかと思ってたけど……


 保持レテンション


 ガシュガシュガシュガシュガシュ


「グゥ……………………

 スゥーーッ……

 ハァーーッ……」


 ガガガガガシュガシュガシュガシュ


 大きく深呼吸。

 もう少しだ。


 ガガガガシュガシュガシュガシュッッッ!


 よし、心臓の鼓動が落ち着いてきた。


 保持レテンション完了。


「ふう……

 兄さんお待たせ……

 これが僕のスキル……

 大魔力注入ビッグインジェクトだよ」


「お前……

 あんな大きい魔力を体内に入れても大丈夫なのか……?

 魔力汚染しないのか……?」


「うん……

 前までの僕なら多分魔力汚染にやられてたと思う……

 だからお爺ちゃんに怒られちゃってさ……

 今は三則を使ってるから大丈夫だと思う……」


「マジでか……

 スゲェな……

 三則……」


「うん……

 お爺ちゃんが叡知の結晶って言ってたよ」


「じゃあ行くか……

 オイ、ボギー行くぞ」


【ウン】


「ガレア……

 今から敵の所へ行くけど……

 僕と兄さんの攻撃に合わせてね」


【オウッ!

 早く連れてけェッッ!】


 ガレアがやる気だ。

 ちゃんと聞いているのかな?


「じゃあ行くか……

 ついて来いよ竜司」


 ビュンッ!


 異形の健脚を振るう兄さん。


 ガサッッ


 一瞬で森林に消える兄さんの身体。


 いけない。

 見てる場合じゃない。


 僕も行かないと。


 集中フォーカス


 両脚に魔力集中。

 力を込める。


 ビュンッッ!


 視界が一瞬で緑に。

 森林に飛び込んだのだ。


 ガサガサッッ!


 激しく葉が擦れる音がする。

 弾丸の様に突き抜ける身体。


 大分飛んでいるが、未だ勢いが止まらない。

 さすが大魔力注入ビッグインジェクト


 遠くの枝に止まっている兄さんが見える。

 すぐに兄さんの元に到着。


 ギシッ


 僕も乗った事で更に軋む枝。


「おう竜司、来たか。

 ガレアはどうした?」


「ちょっと待ってね……

 オール……」


 僕が全方位オールレンジで位置を確認しようとした所。


 バサァッ


 急に襲い来る風圧。


「うわっ」


【何だよ竜司。

 こんな所に止まって。

 サッサとぶっ飛ばしに行こうぜ】


 ガレアだ。

 ホバリングしている。


 バサァッ

 バサァッ


「ガレア、ちょっと待ってよ。

 攻撃する順番をちゃんと考えないと。

 ね?

 兄さん」


「そうだな。

 まず最初に俺が攻撃する」


【何だよ。

 めんどくせえなあ。

 そんなもんバーッと行ってぶっ飛ばしゃあ良いじゃねぇか】


「そう言う訳にも行かないよ。

 最初に当たる攻撃は高い確率で溶岩に変えられるんだから……

 じゃあ次は僕が行くよ……」


「竜司……

 お前大丈夫か?」


 正直僕は怖かった。

 溶岩なんて触れた事無いんだから。


 でも遅かれ早かれ溶岩の攻撃は受ける事になるんだから、それなら早い事馴れてしまった方が良い。


「うん……

 魔力注入インジェクトを防御に回すし……

 何とか……

 あと兄さん……

 ガレアは最後にしてくれない?」


 これはガレアの溶岩に変えられたというトラウマに対するケアだ。


「おう別に構わんぞ」


 あ、そうだ。

 念のためブーストをかけておこう。


 ブーストが魔力注入インジェクトにどういう作用があるのかはわからないけど。

 僕はガレアに乗ってる暮葉に声をかける。


「暮葉、僕にブーストかけてくれない?」


「いいわよ。

 ガレア、ちょっと竜司の方に寄ってくれる?」


【おう】


 バサバサァ


 ホバリングしていたガレアが僕の方に寄って来る。

 暮葉の手の届く範囲。


 そっ


 暮葉の白く細い指が僕に触れる。


「はい、かけたわよ」


 見た目の違いが無いから良く解らない。


「それが暮葉さんのブーストか」


「うん」


「見た目には違いが判らねぇけどな。

 なあ竜司、俺にブーストかけてもその効果は得られるのか?」


「多分大丈夫だと思うけど……

 どうなの?

 暮葉。

 兄さんにブーストかける事って出来る?」


「んー。

 よくわかんないけど大丈夫だと思う」


「じゃあ暮葉さん、ひとつ俺にブーストをかけて見てくれませんか?」


「いいわよ」


 そっ


 暮葉が同じ様に兄さんに触れる。


「はいかけたわよ」


 兄さんが異形の両腕を軽く動かしている。


「フム…………

 別段変わった所は無さそうだけど……

 まあとにかくこれで準備完了だ。

 今俺達がいる所は呼炎灼こえんしゃくと遭遇した所から百メートルほど離れた所だ。

 ここから先は溶岩が広がってるからな」


「ボギーはどこに配置するの?」


「ボギーは溶岩の際の所で待機してもらう。

 あ、そうだそうだ。

 大事なものを忘れていた。

 オイ!

 ボギーッ!」


 兄さんが声を張り上げる。


【豪輝なに?】


 真下から声がする。

 見下ろすとボギーが立っている。

 きちんとついて来ていた模様。


「ボギー、亜空間出せ」


 ザッッ


 兄さんが飛び降りる。

 ボギーの右に出た亜空間に手を突っ込む。


【バナナは出しちゃ駄目だよ】


「わかってるよ」


 を取り出した兄さん。


「ボギー、ここからの動きは手筈通りだ。

 もう動いていいぞ」


【うんわかったー】


 ドスドスドスドス


 ボギーは走り去って行った。


 ヒュンッッ

 ギシィッ


 兄さんが枝に戻って来る。


「兄さん、何持って来たの?」


「コレだよ」


 兄さんが見せてきたのは三つの白い布。

 包帯の様だ。


「これってもしかして……」


「あぁ、聖塞帯だよ」


 ■聖塞帯


 人間側の交渉によりマザーが与えた対竜用拘束器具。

 竜を強制的に魔詰状態にする。

 使用方法は微量の魔力。

 解除する時、魔力通風バックドラフトと呼ばれる猛風が吹き荒れる。


 確かコレって数が足りていないとか言って無かったっけ?


「三つも……

 コレって数が足りていないんじゃなかったっけ?」


「ん?

 二つはガレアに使ったやつだよ。

 もう一個は比較的治安の良い県から一つ寄こしてもらった」


 竜の力量に応じて使用数が変わるって言ってたっけ。

 確かガレアで二つ。

 冷静に考えるとこんな布切れ二つであのガレアの強大な力を封じ込めるんだから拘束力は相当なものだ。


「でも三つで足りるかなあ……

 物凄く大きいよ赤の王……」


「しょうがねぇんだよ。

 数が足りてねぇんだ。

 現在未使用で且つ治安の良い県となると本当に少ない」


「あと聖塞帯をどこにしまうの?

 ボギーもう行っちゃったよ」


「ん?

 あぁここだよ」


 兄さんが異形の右手を腰右部の装甲に持って行く。


 パカッ


 開いた。

 どうなってるんだ兄さんの身体。


 兄さんの右腰に車の灰皿の様な物が付いている。


 懐かしいな。

 僕は昔、お爺ちゃんと初めてタクシーに乗った時の事を想い出した。


 僕は小さかったから、車の中の物が色々不思議で弄っていたんだ。


 灰皿を開けた時お爺ちゃんに怒られたっけ。

 それからお爺ちゃんとも色々あったなあ。


 兄さんは手早く三つの聖塞帯を詰め込み、閉める。


「燃えたりしないかなあ」


「周りタングステン製だぞ。

 何言ってんだ竜司」


「あ、そうか」


「じゃあ、行くぞ。

 ここから着地できる枝はほとんどないと思っておけ。

 だから目指す先は呼炎灼こえんしゃくの立ち位置の上だ。

 いくらスキルで産み出した溶岩と言っても重力に逆らって登る事は出来ないはずだ」


「うん、わかった。

 ガレアいい?

 とりあえず敵の上の方を目指してね」


【おう。

 何か解らんけど解ったぞ】


 兄さんが左掌を上に向ける。


「じゃあ行くか……

 構成変化コンステテューション


 ガラララァッ


「うおっ?」


 兄さんが少しびっくりしている。


 現出したのは銀色の槍。

 おそらくタングステン製。


 それが大量に出てきたのだ。

 その数六本。


「これがブーストの力……」


 兄さんが呟く。

 なるほど、暮葉のブーストによってスキルの力が上がったからか。


 兄さんは槍を五本右手に持ち替える。

 そして、一本だけ左手に持つ。


「行くぞッッ!

 作戦開始ッッ!」


 ビュンッ


 兄さん発進。

 一瞬で森の中に消えた。


「僕達も行くよっ!

 ガレアッ!」


【オウッッ!】


 ビュンッ!

 バサァッ!


 僕の身体も森に飛び込む。

 すぐに森を抜ける。


 抜けた先に広がる光景は一言で言うなら壮絶。

 先程まで森林の深い緑の視界が、真っ赤に変わる。



 これは烈火の赤。

 溶岩の赤。



 地面は煮立つ溶岩の海。

 跳躍していても伝わるズキズキと肌を突き刺す熱さ。


 そして僕の眼にはしゃがんで煮えたぎる溶岩に右手を浸している呼炎灼こえんしゃくが遠目に見える。


 最大魔力注入マックスインジェクト時の様な大気を蹴って方向転換できないかな?

 僕は膝を曲げ、思い切り蹴ってみる。


 スカッッ

 スカッッ


 何度か試すが、ただバタバタしてるだけで、全く進行方向は変わらない。

 トホホ。


 やっぱり最大魔力注入マックスインジェクトでないと無理か。

 もうすぐ呼炎灼こえんしゃくに拳が届く範囲に到達する。


 先に兄さんが仕掛けた。


「オラァッッ!」


 手に持っていた槍を思い切り投げつけた。

 なるほど、あの左腕は投擲に適した形か。


 ビュンッッッ

 ジュオォォォッッッッ!


 チラリと投げつけられた槍に目を向ける呼炎灼こえんしゃく

 投げつけた穂先が身体に接触。


 同時に白煙が上がる。


 灼熱泥流ラーバーフローが発動したんだ。

 意にも介さず未だ右手を溶岩の海に浸している呼炎灼こえんしゃく


 気にせずどんどん投げつける兄さん。


「ソラソラソラァッ!」


 ビュンッッ!

 ビュビュビュンッッ!


 テンポよく右手から左手にタングステン製の槍が手渡され、五本の槍が猛烈なスピードで呼炎灼こえんしゃくに襲い掛かる。


 接触。


 ジュオォォォォォォォッッッッ!!


 猛烈な勢いで白煙が立ち昇る。

 呼炎灼こえんしゃくの身体が一瞬見えなくなる。


「オラァッッ!」


 兄さんが白煙の中に苛烈な右ストレートを繰り出す。


 ドカァッッ!


 鈍い衝撃音。

 攻撃が当たったのだろうか。


 兄さんはそのまま右腕を支点にくるりと反転し、跳躍する。

 続いては僕の番だ。


 と、思ってたら……


【オラァッッ!】


 ガレアが割り込んだ。


「順番ーッッッ!」


 思わず僕はツッコミの叫び声。

 翼のはためきで白煙が四散。


 現れたのは左手で槍を掴む呼炎灼こえんしゃく

 ガレアの右拳が標的に真っすぐ向かう。


 クルゥゥ


 ゆっくりガレアの攻撃を視野に入れる呼炎灼こえんしゃく

 と同時に絶叫がこだまする。


【GYAAAAAAAAッッッッ!!】


 ガレアの叫び声だ。

 見るとガレアの右拳が溶岩に変わっている。


 右拳が軌道から逸れる。

 速い。


「ガレアッッッ!

 こっちに来いッッッ!」


 いち早く山肌の坂上に着地した兄さんから声がかかる。

 声に反応して跳び上がり、兄さんの元へ向かうガレア。


 続いて僕だ。

 二人とも攻撃したんだ。

 僕がやらない訳にはいかない。


 集中フォーカスッッ


 右拳に魔力集中。


発動アクティベートォォォッッッ!」


 ドルルルンッッ!

 ドルルルルンッッッ!

 ドルルルンッッッ!


 身体の中で響くエンジン音。


「デリャァァァァァッッッ!」


 ボッッッ!


 力を込めた右ストレートが呼炎灼こえんしゃくの顔を捉えた。

 空気の壁を突き破り、猛烈な勢いで標的向かって突き進む。


 ボチャン


 呼炎灼こえんしゃくが左手に持っていた銀槍を溶岩の海に落とす。


 ガッッ!


 素早く僕の右手首を掴む。

 簡単に掴んだ様だが、常人に捉えられるスピードじゃないぞ。


 呼炎灼こえんしゃくの眼が紅く光る。


 ジュオォォォォォォォッッッッ!


 と、同時に右手首に猛烈な熱さが襲い来る。

 灼熱が僕の手首の奥の奥まで熱を伝えようと咬み付いて来る様。


 僕の手首が見慣れた肌色では無くなり、劫火の紅光を放つ。


「ウワァァァァッァァァァァァアァァァッッッッ!!」


 熱い。

 もう泣きそうだ。


 叫び声が黄昏の空に響く。


 ガチガチ


 余りの熱さに歯が震え、音を立てる。

 容赦なく咬み付く極熱が右手首の肉を焦がす。


 ギリ


 だが、歯を食いしばる。


「ウオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」


 気合を入れた僕は逆に力を込めた。

 掴んでいる左手を振り解こうと強引に押し込む。


 ただ押し込む。


 ようやく呼炎灼こえんしゃくの顔を認識できた。

 右頬辺りに大きく血が滲んでいるのが解る。


 兄さんの攻撃が当たったんだ。


 兄さんで一撃入れられたんだ。


 僕は実弟。

 警視庁公安部特殊交通警ら隊隊長皇豪輝すめらぎごうき警視正の弟なんだ。


 僕の誇りにかけて一撃入れてやる。


 ズルゥッッ


 解けたッッ!

 僕の力が呼炎灼こえんしゃくの握力に勝ったんだ。


 ドコォォォォッッッ


 鈍い衝撃音。

 僕の攻撃が呼炎灼こえんしゃくの左頬に激突。


「ぬ……

 お……」


 呼炎灼こえんしゃくの短い呻き声。

 左頬に右拳に突き刺したまま支点にし、反転しながら跳躍。


 先の兄さんと同じ動きだ。


 スタッ


 兄さんの近くに着地。

 落ち着いたら、気が抜けてまた右手首の猛熱に気付く。


「ウワァァァァッァァァァァァッァッッッッ!」


 余りの熱さに激しくのたうち回る僕。

 突き刺す熱さ。


 どんなにのたうち回っても離れない溶岩。


「竜司っ!

 落ち着けッッ!

 構成変化コンステテューションッッッ!」


 のたうち回る僕の右手首に手を触れ、スキル発動。


 フン


 溶岩が霧になり四散した。

 先程までの熱さが嘘の様だ。


 だが現れた右手首の状態はそれはそれは酷い状態だった。

 

 表皮は角質が完全に炭化し真っ黒。

 深く抉れ、ただれ、真皮を突き抜け皮下組織にまで到達し真っ赤に腫れあがる。


 猛烈な痛みが手首から全身に奔る。


「グウウウウゥゥゥッッッ…………」


 奔る激痛に苦悶の呻き声を上げる。


「竜司っ!

 魔力注入インジェクトだっ!」


 そうだ。

 余りの激痛に魔力注入インジェクトの事をすっかり忘れていた。


 集中フォーカス


 右手首に魔力集中。


 見る見るうちに痛みが引いて行く。


 ようやく落ちついた。

 若干痣は残っているが痛みは完全に引いた。


「ふう……」


 一息つく僕。


「竜司、落ち着いたか?」


「うん……」


「やるじゃねぇか……

 見てたぜ、流石俺の弟だ」


 くしゃ


 兄さんが異形の右手で荒々しく僕の頭を撫でる。

 装甲の角がゴツゴツ頭皮に当たる。


「いたっ……

 痛いよ兄さん……」


 僕は兄さんの右手を振り解く。


 しかし内心は嬉しくあり、誇らしくもあった。

 兄さんが認めてくれた気がしたから。


 と、そんな事を考えている場合では無い。

 今は呼炎灼こえんしゃくだ。


「オイ呼炎灼こえんしゃく、何をしている?」


 と思ってたら、兄さんが話しかける。

 が、黙ったまま未だ右掌を溶岩に浸している。


「フム……

 もう少し……」


 無視。

 何か作業をしている様だ。


「無視か…………

 なら遠慮なく邪魔させてもらうぜぇっ!

 構成変化コンステテューションッッ!」


 ジャララララッ


 右掌上に大量に現出するタングステン製の銀槍。

 テンポ良く、右手から左手に一本渡される。


「オッラァッ!」


 ビュンッッ!


 猛烈なスピードで呼炎灼こえんしゃくを突き刺そうと進む銀槍。


 ジュォォォォォォッッッ


 やはり呼炎灼こえんしゃくに接触すると溶岩に変質する。

 立ち昇る白煙。


「オラァッ!

 オラァッ!

 オラァッ!」


 ビュンッッ

 ビュンッッ

 ビュンッッ


 気にせずどんどん投擲する兄さん。

 と、こうしちゃいられない。


 僕も投げよう。


「兄さんッッ!

 一本借りるよッッ!」


 ガラッ


 異形の右掌から一本銀槍を掴む


 集中フォーカスッッ!


 集中した先は右肩から下の腕全体。

 あと腰部。


発動アクティベートォォッ!」


 ドルルルンッッッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルルンッッ!


 体内に響くエンジン音。


 腰に力を込め、勢いよく回転させる。

 その力は腰から上がり、右肩を巡り、上腕部を通る。


 前腕部から銀槍を掴んでいる右手に到達するまで充分に膨らんだ強大な力。

 それを全て投力に変え、投げ放つ。


 ギュンッッ!


 強烈なスピードで真一文字に呼炎灼こえんしゃくが居た辺りの白煙に飛び込む。

 まだまだ!


 投げ終わった僕は右人差し指で白煙を指差す。

 久々のポーズ。


魔力閃光アステショットォォォッッッ!」


 ガレアの口が煌めく。

 一条の閃光が白煙に飛び込む。


 バシュゥゥゥゥッッ!


 聞き覚えのある音。


 ボチャン

 ボチャ

 ボチャン


 と、同時に魔力の欠片が散らばる。

 溶岩に飛び込む。


 魔力閃光アステショットの勢いで四散する白煙。


 僕はすぐに音を思い出した。


「…………魔力壁シールドッッ……」


 さっき聞いた弾ける様な音は魔力壁シールド魔力閃光アステショットがぶつかった音だ。

 これは呼炎灼こえんしゃく辰砂しんしゃと同様に魔力壁シールドが張れると言う事を意味する。


呼炎灼こえんしゃく……

 お前……

 魔力壁シールド張れたのか……?」


「フム…………

 ルートはこれで良いか……

 さて……

 お次は……

 ボルゲ……

 魔力補給を頼む……」


【よかろう……】


 僕達を無視して、何か作業を進めている呼炎灼こえんしゃく

 すっくと立ちあがる。


 膨大な濃い魔力が呼炎灼こえんしゃくに注がれていくのが解る。


 ルート?

 何の話だろう。


 と、考えてたら右掌を上に向ける。

 高さは胸辺り。


「むんっっっ!!」


 呼炎灼こえんしゃくの掛け声。

 補給した魔力を集中させているのが解る。


 途轍もない量。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 空気が震えている。

 それ程の魔力量。


 コレ。

 ヤバいんじゃないか?


 僕は兄さんの方を向く。


構成変化コンステテューションッッ!」


 と、思ったらいち早く危険を感じた兄さんは行動を移していた。

 流石だ。


 ガララララァッ


 大量の銀槍現出。


「クラェェェェッッ!」


 兄さんは銀槍の束を一斉に投げつける。

 僕も攻撃しよう。


 集中フォーカスッッ


 両脚に魔力集中。


発動アクティベートォォッッ!」


 ドルルンッッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルンッッ!


 ドンッッッ!


 坂を蹴って高く跳躍。

 最高点で右足を棘の様に伸ばす。


 蹴りの体勢。


 が、兄さんが槍を投げつける寸前、呼炎灼こえんしゃくが亜空間に左手を入れているのが解った。

 何か仕掛ける気だ。


 出てきたのは黒い鞭。


灼熱泥流ラーバーフロー


 鞭を見つめてスキル発動させた呼炎灼こえんしゃくが下に見える。

 オイまさか。


 瞬く間に出来た紅く輝く灼熱の鞭。


 ビュンッッ!


 すぐに鞭を振るう呼炎灼こえんしゃく


 ガラララランッッ!


 迫り来る銀槍の群れを全て叩き落した。


「クッソオオオオオオッッッッ!」


 僕は上空。

 もう蹴りの体勢。


 行くしかない。

 怒涛の蹴りが呼炎灼こえんしゃく目掛けて落ちる。


 ビュンッッ


 勢いよく溶岩の鞭を振るう呼炎灼こえんしゃく

 蛇の様にうねりながら、猛烈な勢いで迫り来る紅線。


 ビシィィィッッッ!


 強烈な鞭打が当たった。

 僕の右肩から斜め左下に灼熱の熱さと痛烈な痛みが奔る。


「ウガァァァァァァッァァァッッッッ!」


 身体に奔った猛熱プラス痛みに空中で叫び声を上げる。

 灼熱の鞭にて完全に動きの止まった僕は枯葉の様に落下。


「竜司ッッッ!」


 ぼやける意識の中で兄さんの声が聞こえる。

 落下する身体。


 駄目だ。

 身体が熱さで痺れて動かせない。


 僕は地面に激突するのか。


 グワァッ


 と、思ったらゴツゴツしたに受け止められた。

 落下力を吸収された事によって意識がハッキリしてきた。


 ゴツゴツしたものの正体は兄さんの異形の両腕だった。

 兄さんが受け止めてくれたんだ。


 スタッ


 兄さんが着地した。


「溶岩は付着していない。

 早く魔力注入インジェクトで治療しろ」


 溶岩が付着していないと言っても、酷い火傷と鞭打による腫れが僕の痛覚を大きく刺激する。


「グゥゥゥゥゥッッ……

 ……フォ……

 集中フォーカスッ……」


 魔力を患部に集中。

 回復に充てる僕。


 瞬く間に痛みが引いて行く。

 回復完了。


 僕はゆっくり立ち上がる。

 落ち着いた所で呼炎灼こえんしゃくの方を見る。


 呼炎灼こえんしゃくの様子は先程と変わっていた。

 魔力を集中させていた右掌の上にバレーボール大の球が浮いている。


 その球には超濃度超強大な魔力が込められているのが解る。

 依然として魔力が送り込まれている様だ。


「おお……

 誰かと思えば少年では無いか……

 先程の一撃は君か……

 なかなかの一撃だったぞ……

 どうした……

 今日は……?

 晨竜国しんりゅうこくへ入国する気にでもなったか……?」


「冗談を言わないで下さい……

 三条辰砂さんじょうしんしゃの様な狂人を部下に置いている貴方の元になんか頼まれても御免です……」


「ほう……

 三条さんじょう三佐と会ったのか……」


「あぁ…………

 倒しましたよ…………

 ウゥッ……!?」


 身体がおかしい。

 頭痛がする。


 吐き気もだ。

 フラフラして来た。


 パタ


 力無く倒れる僕。


「ん?

 どうした少年」


「竜司ッッ!」


 兄さんが駆け寄る。

 真っ青になった僕の顔を見て察する。


「火山ガス中毒か……

 竜司ッッ!

 ガスマスクは持っていないのかッッ!?」


「胸…………

 ポケット…………」


 兄さんは焼け焦げた僕のコート内側に手を差し入れ、ガスマスクを取り出す。

 僕の口に捻じ込む。


「竜司ッッ!

 ゆっくりだ……

 ゆっくり吸気しろ……

 体内の毒素は魔力注入インジェクトで消してしまえ」


 ガスマスクを咥えている僕は返事が出来ない為、ゆっくり頷く。


 集中フォーカスッッ!


 身体全体に魔力集中。

 浄化されていくのが解る。


「妙だな……

 毒への対策もせずどうやって三条三佐を倒したんだ……?

 奴の水銀毒は脅威だぞ……」


 ガスマスクを付けているから返事が出来ない。

 と、そこへ……


 カッッッ


 僕のすぐ隣で煌き。


「フゴッッ!?」


 ガスマスクを付けた状態で驚きの声を上げる。


 ガレアが魔力を射出したんだ。

 物凄い勢いで真っすぐ呼炎灼こえんしゃくに向かう。


 バッシュゥゥゥゥゥッッ!


 が、魔力壁シールドで阻まれる。


 ボコォン

 ボコォン


 周りに魔力片が四散。

 山肌を破壊する。


―――ちょッ!

   ガレアッ何してんのっ!?

   ポンコポンコ


 ガスマスクのせいで喋れない為、念話テレパシーで様子を伺う。


 バッシュゥゥゥゥゥッッ!


 ボコン

 ベコォン


 依然として魔力を放出し続けるガレア。

 魔力片も飛び散り、辺りを破壊し続ける。


―――この魔力壁シールド硬てぇな……

   ん?

   何ってあの人間をぶっ飛ばそうとしてるんだよ。

   ポンコポンコ


【おい……

 小僧……】


 大きくズンと響く低い声。

 声のした方を見上げる。


 赤の王だ。


 ビクゥッッ


 ガレアの魔力放射がピタッと止まる。

 足元から震えが奔る。


【小僧…………

 貴様……

 先程から人間同士の諍いに手を出している様だが……

 竜としての矜持は無いのか……】


 ビリビリビリィィッッ


 通電しているかの様に震えるガレアの身体。


【ん…………

 小僧……

 口が付いておらぬのか……?】


【あっ……

 あのっ……

 ぼっ……

 僕はッ……

 あのっ……

 人間にっ……】


 完全に気圧されているガレア。

 たどたどしい喋りしか出来なくなっている。


【我の“圧”で満足に話す事も出来ぬか……

 まあよい……

 貴様が手を出すと言うのなら……】


 グアァァァッッ


 僕の何倍もある大きな右手を空に掲げるボルケ。


 ブン


 巨大な右掌上の空間が歪む。

 現れたのは超巨大な火山岩塊。


 今火口に手を突っ込んで拾って来た様に溶岩が滴っている。


【我も……

 少々手を出そう……】


 ギュンッッ!


 素早く右手を振るボルケ。

 猛烈なスピードでこちらに向かってくる巨大火山岩塊。


【ヒヤァァァァッァァァッッッ!】


 ガレアの泣き声。

 もはや逃げる事も忘れている。


 僕は素早くガレアと火山岩塊の間に割って入る。


 集中フォーカスッッ!


 体内に残存する全魔力を右拳に集める。


 迫る巨大火山岩塊。


 まだだ。

 タイミングを合わせろ。


 インパクトの瞬間に発動アクティベートするんだ。


 ブワァッ


 前面に感じる熱さに肌が収縮する。

 目と鼻の先。


 今だッッッ!


 発動アクティベートォォォォッッッッ!


 ドルルルンッッッ!

 ドルルルルルンッッッ!

 ドルルンッッ!


 体内に響くエンジン音。


 ドコォォォォォォォォン!


 僕の右拳が超巨大火山岩塊に突き刺さる。

 勢いは止まった。


 ピシッ


 ヒビが入る。


 ピシピシピシピシィィィィ


 僕の右拳が突き刺さっている所を起点に四方八方に亀裂が走る。


 ボコォォォォォォォンッッ!


 大きな破壊音。

 赤の王が放った超巨大火山岩塊は爆散。


 ボチャン

 ボチャボチャン


 溶岩の海に破片が勢いよく落ちる。

 しばし静寂。


―――ガレアァァァッッ!

   ポンコポンコ


 返事が無い。

 僕はガレアの方を振り向く。


 カタカタカタカタ


 頭を抱えて縮こまり、ガタガタ震えているガレア。

 僕はガレアの側へ歩いて行く。


 グイィッッ


 強引にガレアをこっちに向かせる。


―――ガレアァァッッ!

   僕の眼を見ろぉぉっっ!

   ポンコポンコ


―――り……

   竜司……

   ポンコポンコ


―――見ろォッッ!

   赤の王の一撃はもう無いッッ!

   何故だか解るかぁッッ!?

   僕が破壊したからだァァッッ!

   ポンコポンコ


―――へ…………?

   ポンコポンコ


―――前……

   何で敗けたか解るか……?

   ……それは僕が居なかったからだぁぁっっ!

   ポンコポンコ


―――う…………

   うん……

   ポンコポンコ


 ようやく応答してもらえるようにはなったが、まだ震えている。


―――さっきの一撃も僕が粉砕したッッ!

   僕らは充分闘れるんだよっっっ!

   ポンコポンコ


―――ホ…………

   ホント?

   ポンコポンコ


―――あぁ……

   だけどそれは僕一人じゃ無理だッッッ!

   ガレア一人でも無理だッッッ!

   僕ら二人だッッッ!

   僕ら二人でないと確実に敗けるッッ!

   赤の王にもッッ!

   呼炎灼こえんしゃくにもッッ!

   だからガレアッッッ!

   戦うんだッッッ!

   一緒にィィッッ!

   ポンコポンコ


―――無理だ…………

   あんなバケモノに敵いっこない……

   ポンコポンコ


―――僕がガレアの勇気になるっっ!

   お前が奮い立てる様にッッ!

   雄々しいガレアに戻れる様にィィッッ!

   ガレアッッ!

   お前は強いッッ!

   天涯の時もッッ!

   杏奈の時もッッ!

   ハンニバルの時もッッ!

   一番間近で見てきた僕が言うんだァッッッ!

   僕の言う事を信じろぉぉぉっっ!

   ポンコポンコ


―――お…………

   おう…………

   ポンコポンコ


―――ガレアァァッッ!

   吠えろぉぉっっ!

   ポンコポンコ


―――え…………?

   ポンコポンコ


―――天に向かって声を上げろォッッ!

   身体にあるなけなしの勇気を搔き集めてッッ!

   全部載せて大声でェッッ!

   自分はここに在るとォッ!

   強い自分がここに在るとォッ!

   ポンコポンコ


 ガレアに対する想いを全て念話テレパシーに載せて伝えた。

 僕だって偉そうな事を言ってるけど怖いんだ。


 なけなしの勇気を振り絞ってここに立ってるんだ。


 叫べガレア。


 ありったけの勇気を搔き集めて。

 自分を鼓舞しろ。


 さぁ!

 ガレアッ!


 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!


 ビリビリビリビリ


 空気が震える。

 それ程の大声。

 空にこだまするガレアの声。


―――ガラガラガラガラッ!

   人間よ……

   なかなかの檄を放つでは無いか……


―――えっ!?

   ポンコポンコ


 あれっ!?

 何で僕の念話テレパシーに赤の王の声がするんだ。

 しかもクリアーに。


―――何で赤の王の声が聞こえるんだ?

   精神端末サイコ・ターミナルって入ったものだけで会話できるんじゃないのか?

   ポンコポンコ


―――ガラガラガラガラッ!

   人間よ……

   無知よな……

   割り込む事なぞ我からしたら造作も無い事……

   それよりも人間……

   我の一撃を粉砕したとか言っておったな…………


―――は……

   はい……

   ポンコポンコ


―――ガラガラガラガラァッ!

   人間は可愛い事を言い寄るわ……

   あれしきの事……

   我からしたら小指でそっと撫でただけの事だと言うのに


―――ヒィィッッ!

   ポンコポンコ


 ガレアの声。

 まだ完全にトラウマを払拭したという訳では無さそうだ。


 ソッ


 僕はガレアの首筋に手を合わせる。


―――熱さを感じろガレア。

   僕はここに居る。

   僕は絶対にお前と一緒にこの戦いを生き残るッッ!

   ポンコポンコ


―――あ……

   あぁ……

   ポンコポンコ


 とりあえず落ち着いた様だ。


―――ガラガラガラガラァッ!

   少々驚かせてしまった……

   小僧……

   貴様も加勢すると言うのなら……

   我も呼炎灼こえんしゃくをほんの少し手助けしよう……

   だが安心せい…………

   我は本気は出さん……

   手助けと言っても文字通り右手半分程度だがな……

   ガラガラガラガラッ!


 赤の王の笑い声で始まり、笑い声で締めくくられた言葉は僕を震え上がらせるのに充分だった。


 赤の王の本気。


 ゴクリ


 生唾を飲み込む。


―――ち……

   ちなみに……

   赤の王が本気になると……

   どうなるんですか……?

   ポンコポンコ


―――ん?

   妙な事を聞く人間だな……

   どうなるかか……

   我は強さを言葉にした事が無い……

   今地球上にある全ての火山を同時に噴火させる事ぐらいは出来る……

   こんな感じで良いのか……?


 駄目だ。


 コレはよもや人間がケンカを売って良いものでは無い。

 頭の中に浮かんだのは神の怒り。


 そう言えばお爺ちゃんの黒の王も地球上で本気は出せないと言っていた。

 ヒビキも多分全然本気じゃなかったんだろう。


 その“王の衆”のリーダーがサラッと言った事がどれだけ恐ろしい事なのか身に染みて解った。


―――わ……

   わかりました……

   ポンコポンコ


「うお……

 デケェ声だな……

 どうした竜司?

 ……ってガスマスク付けてるから喋れねえのか……

 オイ呼炎灼こえんしゃく……

 何だそれは……」


 兄さんが言っているのはおそらく呼炎灼こえんしゃくの右手に掲げられた超濃度魔力球の事だろう。

 そういえば魔力の流れ込みがもう止まっている。


「もう少し待て……

 もう少しで成型完了する……

 完了したら色々教えてやる……」


 右掌に浮いている魔力球が眩い紅光を放つ。

 眩しさで目を細める。


 何かヒリヒリするな。

 右手を見ると赤く腫れている。


 さっきの溶岩岩塊を砕いた時か。


 少し動かしただけで熱い痛みが奔る。

 目を細めながらガレアに左手で触れる。


 魔力補給の為だ。

 中型魔力を補給。


 保持レテンション


 ガガガガガシュガシュ


 集中フォーカス


 右手に魔力集中。

 自然とそうしてたけど回復の魔力注入インジェクト発動アクティベート使わないんだよな。


 よし回復。


 ギュッッ


 右拳を握る。

 うん大丈夫だ。


 なるほど。

 大魔力注入ビッグインジェクトの防御なら溶岩の熱さでも大丈夫って事なのかな?


 触れている時間とかにもよるかと思うけど。

 やがて紅光が収まって行く。


 現れたのは紅い弱光を放つ逆正三角錐体。


「フム……

 なるほどこうなるのか……」


呼炎灼こえんしゃく……

 何だそれは……」


「まあ待て…………

 吾輩が何をしていたか説明してやろう……

 先程はルートを確定させていたのだ……

 何分このスキルを使うのは初めてでな……

 手順を追うのに必死だったのだよハッハッハ。

 君達が攻撃して来た事も解っていたのだよ……

 無視してすまなかったな……

 そしてコレを生成した……」


 呼炎灼こえんしゃくは右手に浮いている紅い正逆三角錐体を見つめる。


「名付けるなら……

 そうだな……

 火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションとでもしようか……

 生成目的を話す前に吾輩の目的について教えてやろう……

 吾輩の目的……

 それはな……」


「富士山を噴火させようとしている……

 だろ?」


 それを聞いた呼炎灼こえんしゃくがニヤリとする。


「フム……

 正確では無いな……

 噴火させてしまったらいずれ統治する我が国土が損なわれてしまう……」


 この男、日本を征服しようとしている。


「吾輩がやろうとしているのは…………

 富士山の掌握…………

 そして富士山を盾に日本政府と交渉しようとしているのだよ……

 そしてそれを実現するのがこの火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションなのだよ……」


 交渉?

 脅迫の間違いだろ。


「そして……

 吾輩が何故自身の目的やスキル概要をペラペラ話していると思う……」


 ん?


「それはな…………

 火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションを精製し、成形完了した段階で……」


 呼炎灼こえんしゃく、満面の笑み。


「吾輩の勝ちだからだよ」


 ギュンッッッ!


 その台詞を聞いた途端兄さんが飛びかかった。

 右手に銀色に輝く大斧を持っている。


「オラァッッッ!」


 一瞬で間合いを詰めた兄さんは猛烈なスピードで右手の銀大斧を振るう


 ビシィィィィッッッッ


 大きく弾ける様な音が響く。


 呼炎灼こえんしゃくが持っている灼熱の鞭で大斧を受け止めた……

 いや、逸らしたのか。


「うおっっ」


 変な方向に力を逸らされた為、兄さんはバランスを崩す。

 溶岩の海に真っ逆さま。


構成変化コンステテューションッッ!」


 兄さんが異形の左手を下に向ける。

 瞬時に現出するタングステン製の大板。


 ザパァァン


 溶岩の海に落とされるタングステン。

 足場が出来た。


 スタッ


 銀板の上に兄さん着地。


「ドラペンッッ!

 比重領域エリアレシオだぁぁっ!

 熱さを全て下に追いやれぇっ!

 竜司ッッ!

 手伝えッッ!

 あの三角形を破壊すれば俺達の勝ちだぁッッ!」


【承知ィィィッッ!

 比重領域エリアレシオォォッッ!】


「うんっっ!

 わかったっっ!

 暮葉っ!

 僕にブーストをかけてっっ!」


「わかったっ」


 そっ


 暮葉の手が僕に触れる。


流星群ドラゴニッドスゥゥゥゥ…………」


 超速で広がる翠色ワイヤーフレーム。

 視点が俯瞰状態に。


 あの竜排会連中にかましてやった時と同じ感覚。

 確かあの時の標的捕縛マーキング数は数千。


 それを全て呼炎灼こえんしゃくに向ける。


 パパパッパパパパパパパッパパパパ


 瞬く間に多数の標的捕縛マーキング呼炎灼こえんしゃくの身体に付着。


「シュゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォ!!」


 僕の叫びに応じて白色に輝くガレアの身体。

 数千の流星が呼炎灼こえんしゃく目掛けて跳ぶ。


「デリャァァァッッ!」


 流星群ドラゴニッドス射出に合わせて兄さんも大斧を振る。

 同時攻撃。


「ホウ……

 では……」


 ビュゥゥゥゥゥゥンッッッッ!


 灼熱の鞭を大きく振るう。

 瞬く間に呼炎灼こえんしゃくの周りを紅い竜巻が囲む。


 ババババババババババババババシュンッッッ!


 紅い竜巻に触れると流星群ドラゴニッドスの流星が全て弾かれる。


 数千の魔力閃光アステショットだぞ。

 コイツ化け物か。


 ババババババッババババババババババシュンッッ!


 バッシュゥゥゥゥゥッッ!


 連続して響く弾かれる音に混じって、時々大きい衝撃音も聞こえる。


 おそらく紅い竜巻を突き抜けて何発かは呼炎灼こえんしゃく魔力壁シールドに当たってるんだ。


 ババババババババババババババシュンッッ!


 呼炎灼こえんしゃく標的捕縛マーキングが活きている為、弾かれても標的に向かっていく流星群ドラゴニッドス


【フム……】


 赤の王の巨大な右手が上に向けられる。


 ブン


 空間が歪む。

 現出されたのはさっきの様な超巨大火山岩塊。


 ただ今回は数が違う。

 今度は三つ。


 右手を降ろす。


 ズズゥゥゥンッッッ!


 火山岩塊が流星群ドラゴニッドス呼炎灼こえんしゃくの間に塞がる様に落下。

 大きな激突音が響く。


 遮られた流星群ドラゴニッドスはやがて止んでしまう。


 うず高く積まれた火山岩塊が猛熱を放射し、肌がひりつく。

 赤の王の姿が見えなくなってしまった。


 ブン


 空間が歪んだと思ったら、山の様に聳えていた超巨大火山岩塊は消えてしまった。


【ガラガラガラガラッッ!

 スマンな……

 人間……

 手を出させてもらった……】


 やがて紅い竜巻が弱まって行き、中から呼炎灼こえんしゃくが現れる。


 シュルルルン


 生き物の様に蠢いた灼熱の鞭は見る見るうちにまとめられ大きな左手に納められる。


「フフフ……

 我が灼熱鞭ラーバーウィップ火砕結界ファイアストームは鉄壁……

 そうそう破られるものでは無いぞ……」


 灼熱鞭ラーバーウィップ

 おそらく灼熱泥流ラーバーフローでボディ部分を溶岩に変質させて振るっているんだろう。


 生物のように動かせているのは魔力を通わせているからと言った所。

 灼熱泥流ラーバーフローの増殖性能で伸縮も自在。


 だから火砕結界ファイアストームの様な途轍もなく大きな竜巻も作り出せる。


 ゴクリ


 何から何まで化け物か呼炎灼こえんしゃくは。

 ガレアにはあんな事言ったけど勝てるのか僕達は。


「竜司っ!」


 兄さんが何かを投げ渡してきた。


 チャキッ


 手渡されたのは銀色の剣……

 いや嶺があるから日本刀か。


 しかし。


 異様に長い。

 不気味な程。


 刀身二メートル以上あるだろうか。

 おそらく大太刀と呼ばれるものなのだろうが、


 一般的には大太刀は刀身が百五十センチ程であるが、兄さんが手渡した大太刀は二百センチ以上ある。

 まさに規格外の大太刀。


 銀色に輝いている所を見るとやはりタングステン製だろうか。


「お前の獲物だ……

 好きに使え」


 両手で持っていてもズシリと重さがのしかかる。

 すきに使えって言われても……


 物凄く重たい。

 こんなの振れないよ。


 渡された大太刀の重さに困惑している中、兄さんが話を続ける。


魔力注入インジェクト使えば扱えるだろ」


 あっそうか。

 僕は片手を離し、ガレアに手を添える。


「フゴッ」


 片手にかかる重さによろめく身体。

 思わず声も出てしまう。


 そんなつもりは無かったけどガレアにもたれ掛かる様な形になってしまった。

 大型魔力補充。


―――何だよ……

   竜司……

   心配すんな……

   俺はもう大丈夫だぜ……

   お前と一緒に戦ってやる……

   ポンコポンコ


 何かガレアが勘違いしている。

 僕は魔力補給の為に手を添えたのに。


 励ますつもりは無かったんだけどな。

 まあおそらく空元気だろうけど、とりあえずやる気にはなってくれた様なので結果オーライ。


―――あ……

   あぁ……

   頼むよガレア。

   ポンコポンコ


 ドッッックン


 魔力補給完了。

 大きく重く心臓が高鳴る。


 最大魔力注入マックスインジェクトを使えたと言っても正直まだまだ馴れない。


 保持レテンションッッ


 ガガガガガガシュガシュガシュガシュッッッ

 ガガガガガシュガシュガシュガシュ


 体内で響く圧縮機コンプレッサーの音。


 ガガガガガシュガシュガシュガシュ


 ふう、多分これで保持レテンションは完了したかな?


 集中フォーカス


 両腕に魔力集中。

 気持ち両手に強めに。


 ビュンッッ!

 ビュビュン!


 手の大太刀を二、三回振ってみる。


 軽い。

 さっきの重さが嘘の様だ。


 これならイケる。


呼炎灼こえんしゃく……

 お前……

 余裕だな……」


 兄さんが尋ねる。

 これは恐らく僕の準備が終わるまで何もせず待っていたからであろう。


「フフフ……

 だから言っているであろう……

 火山着火堡ヴォルケノス・イグニッションを生成した段階で吾輩の勝ちは決まったと……

 後は右手をそっと離すだけなのだよ……

 ただ貴様らが破壊しようと躍起になっているのを見るとな……

 遊び心が湧くと言うもの……

 ワァッハッハッハッハッハーーッ!」


 勝利を確信した呼炎灼こえんしゃくの高笑いが響く。

 何か悔しい。


 僕はこの時、“富士山を噴火させる”と言う事がどれだけ恐ろしい事かいまいちピンと来ていなかった。


 事象が大きすぎるせいか。

 日本人特有の平和ボケのせいかはわからない。


 だが兄さんは違った。

 見ると明らかに焦りが見える表情。


 僕の方を向いて兄さんが叫ぶ。


「竜司ィィッッ!

 を落とさせるなァッッ!

 急げェッッ!」


 ドンッッ!


 兄さんは勢いよく銀板を蹴る。

 間合いを詰める。


 集中フォーカスッッ


 両腕、両脚に魔力集中。


 ダンッッ!


 大地を強く蹴る。

 僕も間合いを詰める。


「…………火砕結界ファイアストーム


 ビュゥゥゥンッッッ!


 呼炎灼こえんしゃく灼熱鞭ラーバーウィップを大きく振るう。

 再び呼炎灼こえんしゃくを包む紅い竜巻。


「オラァァァァァァァァッッ!」


「フゴオオオオオオオオッッッ!」


 僕ら兄弟は同時に武器を振るう。


 兄さんは大斧を。

 僕は大太刀を。


 ガィィィィィンッッッ!


 僕の大太刀は強烈な左回転をしている鞭で防がれる。


「フゴァァァッッ!」


 回転に巻き込まれた僕は左側に大きく吹っ飛ばされる。


 目端で捉えた兄さんの身体は大きく仰け反っていた。

 兄さんも突破出来ていない様だ。


 ガッッ


 溶岩の海に大太刀を突き刺し、着水は免れる。

 そのまま跳躍し、元いた場所まで戻る。


 ドンッッ


 一息つく間もなく、再び大地を蹴る僕。

 さっきは片手だった。


 次は両手持ちで挑む。

 間合いは瞬時に詰まる。


 ガインッ!

 ガインッ!

 ガインッ!

 ガインッ!


 両手持ちの大太刀を滅茶苦茶に振り回す。

 いわゆる野良犬剣法。


 しょうがない。

 僕は剣術はおろか剣道すらやった事無い。


 駄目だ。

 全然突破できない。


「フゴォォッッ!」


 ガィィィィィィィンッッッ!


 思い切り両手に力を込めて振り回すが、やはり駄目だ。

 さっきと同じ要領でまた元居た場所へ戻る。


 僕はさっきの事を想い出す。

 確かに魔力壁シールドが弾いている音がした。


 と、言う事は火砕結界ファイアストームを突き抜けてるって事。

 ならばあれは完全防御という訳では無いのだ。


 何故だ?

 何故突破出来た?


 僕は考える。


 大きさか。


 ガレアの放つ流星群ドラゴニッドスは無数の魔力閃光アステショットを放つ技。

 ただ、大きさは一定では無い。


 細いものもあれば太いものもある。

 突破出来たのはタイミングにプラス細いものがあったからだと仮定する。


 ジャキィッ


 僕は大太刀を構えて見る。


 突きか。


 大太刀を突きの構えにし、魔力注入インジェクトの突進力を加えたらどうだろう。

 僕は軽く大地を蹴る。


 ダッッ


 スタッ


 兄さんの居る銀板に降り立つ。


 ガィィィィィィンッッッ!


 兄さんが大斧を振るっている。

 が、依然として突破できない様だ。


「くそっっ!」


 目の前に聳えたつ巨大な紅い竜巻。


 ふと思った。

 呼炎灼こえんしゃくは外界の様子を見ているのだろうか。


 もし見えていないのであればずっとこのままと言う訳にはいかない。

 状況確認の為に火砕結界ファイアストームを解くはずだ。


「フゴッッ」


 ガスマスクを付けている為、話せない。

 僕は大斧が握られている異形の右腕にしがみつく。


「何だァッ!?

 邪魔するなッッ!

 竜司ッッ!」


 僕ごと大斧を振り下ろす兄さん。


「フゴーーーッッ!」


 ビターーンッッ!


 背中からタングステンの銀板に叩き付けられる。

 物凄く痛い。


 だけど痛がっても居られない。

 僕はすぐに立ち塞がり、攻撃を止めるようジェスチャーをする。


「なんだぁっ!?

 竜司っ…………

 ん……?

 何々……?

 この竜巻は、じき止むから……

 攻撃をしないで欲しい?」


 僕はジェスチャーなんてやった事無いのに良く解ったな兄さん。

 僕は大きく頷く。


 ガシャッ


「お前がそう言うなら何か突破する手立てがあるんだろ?

 わかった待ってやろう」


 ようやく兄さんが大斧を降ろした。

 さて次は僕の準備だ。


 集中フォーカス


 まず両腕、そして両脚に大きな魔力を集中させる。


 まだだ。

 タイミングを測るんだ。


 ビュォォォォォォッッッ!


 依然として強く巻き上がっている紅い竜巻。


 ビュォォォッ…………


 おや?

 気持ち治まって来た。


 もう少し……

 もう少しだ!


 ジャキッッ!


 僕は大太刀を突きの形に構える。


「竜司……

 お前がやるって言うんだな……

 よし……

 ここはお前に任せよう……」


 僕の様子を見て、兄さんも矛を収めてくれた。

 もう少し。


 ビュォォッ…………


 来たっ!

 ここだっ!


 見た目にも解るぐらいに弱まった。


 発動アクティベートォォォォッッ!


 ドルルンッッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルルルルルンッッッ!


 体内に響くエンジン音。


 ドカンッッッッッッ!


「うおっっ」


 激しく銀板を蹴る。

 衝撃波で激しく揺れる。


 僕の身体は猛烈なスピードで標的向かって駆け抜ける。


 それはまるで一本の大矢か。

 はたまた宇宙そらを目指すロケットか。


 ガィィィィィィィンッッッ!


 灼熱の鞭に接触。

 大きな音が響く。


 突きにした事で接触面積が小さくなり、今度は弾かれない。

 加えて発動アクティベートを発動させた僕の身体の勢いはまだ収まらない。


 ググググゥッッ


 やった。


 大太刀の刃先が火砕結界ファイアストームの壁にめり込んだ。

 もう少しだ。


 バラァァァァッッッッ!


 解けた。

 火砕結界ファイアストームの壁が一瞬で止む。


 そして僕の勢いはまだ止まっていない。


「フゴォォォォォォォッッッ!」


 目標向かって突き進む一筋の流星。


 ガァイイイイィィィィィンッッッッッ!


 呼炎灼こえんしゃく魔力壁シールドに接触。

 衝突音が響く。


「ムッッ!?」


 呼炎灼こえんしゃくの驚嘆の声。


 くそっ!

 硬いっ!


 まだ……

 破れないィッッ!


 集中フォーカスゥッッ!


 両腕に更に魔力集中。


 発動アクティベートォォッッ!


 ドルルンッッ!

 ドルルルンッッッ!

 ドルルルルンッッッ!


 再び響くエンジン音。

 発動アクティベートの重ね掛け。


 両腕に力を込め思い切り伸ばす。


「フゴォォォォォォォォォォォッッッ!!」


 ググググッッ

 ググググググググゥゥゥゥゥッッッ!


 バリィィィィィンッッッ!


 割れたッッ!

 呼炎灼こえんしゃく魔力壁シールドを破った。


「ヌオッッ!」


 焦る呼炎灼こえんしゃく


 ズバァァァッ!


 僕の大太刀は呼炎灼こえんしゃくの右手首辺りを斬り付けた。


 やった。

 呼炎灼こえんしゃくにダメージを与えたぞ。


 ポロ


 斬り付けた衝撃で、呼炎灼こえんしゃくの右掌の上にあった逆正三角錐体が足元の溶岩の海に向かって落ちていくのが見える。


 ゆっくり

 ゆっくりと


 周りがゆっくりに見える。

 タキサイアを発動させた訳じゃ無いのに。


 ニヤリと笑う呼炎灼こえんしゃくの顔がはっきり見える。


 そして僕は聞いたんだ。

 呼炎灼こえんしゃくの声を。


「掌握……

 開始」


 ###


「さぁ、今日はここまで」


「パパッ!

 呼炎灼こえんしゃくと赤の王もんの凄く強いねっ!」


「あぁ……

 本当に強かったよ……

 この前見せただろ?

 あの身体の痣はこの戦いで付いたものだよ……」


「あれっ!?

 らーばーうぃっぷっっ!?」


 興奮しているせいか若干アホっぽい喋りをするたつ


「あぁ……

 そうだよ。

 この痣はこの年までまだ消えて無いからね……

 じゃあ今日も遅いからおやすみなさい……」

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