第百十話 竜司と暮葉の御挨拶周り⑥~大阪編

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうかな?」


「うんっ」


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 残り四日


 さすが大阪。

 周りは人、人、人。

 ちらほら竜も見える。

 流石大都市。


 僕らは駅前バスターミナルのベンチに座る。

 すぐにリュックからスマホを取り出す。

 まず時間を確認。


 午前十一時四十五分


 アドレス帳から。


 鮫島 元


 プルルルル……

 ガチャ


「もしも……」


「竜司かっ!?

 めっちゃ久しぶりやないかいっ!

 ワレいっこも連絡せんとっ!

 オラ!

 何とかいいっ!」


 何かベタな大阪のオカンみたいな入りだ。


「ちょ……

 ちょっと……

 落ち着いてげん……」


「おぉっ!

 ホンマに竜司やないかいっ!」


「う……

 うん。

 まだ旅は終わってないんだけど……

 今日はげんに紹介したいひとがいて……

 その為に一時的に戻って来たんだよ」


「紹介したい人?

 誰やそれ」


「まあそれは会ってからの御楽しみって事で……」


「わかった。

 ほいじゃあどっかで落ちあ……

 あぁっ!?

 ……ちょお竜司待っとけ……」


 少しげんの声が遠くなる。

 おそらく電話を置いたのだろう。


「あぁっ!?

 自分の携帯で話して何が悪いんじゃボケッ!

 ……テストなんざもう終わっとるわいっ!

 周りの迷惑ッ!?

 知らんわいそんなもんっ!

 あーあーわかったわいっ!

 外で話したるわいっ!

 それでええんやろっ!?

 ……ガラガラガラピシャッ!」


 引き戸を勢いよく閉める音で締めくくったげんの怒号。

 内容からしてテスト中に僕の電話に出たのだろう。

 相変わらず無茶苦茶な奴だ。


「おう待たせたな竜司ィ。

 今どこや」


「今はJR大阪駅前に居るよ」


「ほんだらこっちこいや。

 ワイの学校、十三にあんねん。

 十三駅の駅前で待っとけや。

 阪急で十分もあったら着くで。

 ワイ、今から学校出るからちょうどええやろ」


「わかった。

 十三駅の駅前だね……

 じゃあ後で」


 プツッ


「さあ行こう。

 暮葉くれは、ガレア」


 僕らは駅に向かう。

 どこだろう阪急って。

 どうして大都会ってのはこう色々な駅があるんだろう。


 阪神?

 阪急?

 地下鉄?

 ややこしくって仕方がない。


「えーと……

 えーと……

 阪急……

 阪急……」


 僕は上の案内板を見ながら歩いてた。


「あーっ!

 竜司ってばまたーっ!」


 暮葉くれはが見つけたと言わんばかりに僕を指差す。


「もーっ!

 竜司ってば上を見ながら歩いちゃ他の人の迷惑なんですよっ!

 フンッ」


 ハイ出た暮葉くれはの道徳披露。


「ご……

 ごめんなさい…………」


「竜司ってば前にも言ったのにまたやってるんだもんっ」


「いや……

 だって場所が解んないからさ……」


「フフフ……

 こーゆー時はっ。

 おねーちゃんに任せなさいっ!

 さぁっ!

 どこに行こうとしてるのっ!?」


 胸を張って暮葉くれははそう言う。


「阪急電車って所の改札に行きたいんだけど…………

 ホントに大丈夫?」


「まっかせなさーいっ!

 さあこっちよっ!」


 ズンズン暮葉くれはが歩いていく。

 しょうがないからついていく僕とガレア。

 しばらく歩くと急に上に向いてキョロキョロする暮葉くれは


「ん~~…………

 こっちっ!」


 何やら脇の狭い階段をズンズン登っていく。

 オイ本当に大丈夫か。

 階段を上がり終え次は左に。


 あれ?

 次は下り階段だ。

 それでも躊躇なしにズンズン下って行く。


 一回登って次は降りるって完全におかしいだろ。

 でもすぐにまた昇り階段だ。


【さっきから登ったり下ったりめんどくせえなあ】


 うん、ガレアごもっとも。


「あの……

 暮葉くれは……

 そんなに無理しなくても……」


 僕が話しかけた段階で登り切る。

 すると左側に改札が現れた。

 上を見ると。


 阪急 茶屋町口改札口


 何回口って言うんだよ。

 とにかく目的地に着いた。

 にしても暮葉くれはは知っていたのだろうか。


暮葉くれは、場所知ってたの?」


「とっ…………

 トーゼンじゃないっ!

 知ってたもーんっ!

 全然迷ってなんかないもーんっ!」


 何か怪しいがそういう事にしておこう。


「じゃあ電車に乗ろう」


 改札を抜けエスカレーターで上がる僕ら。


「えっと……

 十三は宝塚線か」


「竜司、どれに乗るの?」


「どれでもいいみたいだよ。

 二駅ぐらいしか乗らないみたいだし」


「ふうん」


 僕らは来ていた電車に乗り込む。

 じきに電車は走り出す。

 本当に二駅だったからすぐに到着。


 十三駅


「あれ?

 出口が二つある……

 どっちだろ?

 ええいヤマカンだ」


 僕らは東改札で待つ事にした。

 まだげんは来ていない様だ。



 十分後



 まだ来ない。

 どうしたんだろ?

 そんな事考えていると携帯が鳴る。


 プルルルルル


 ディスプレイにはこう書いてある。


 鮫島 元


「もしもしげん?」


「オイ竜司、何チンタラしくさってんねんっ!

 はよこんかいっ!」


「ちょ……

 ちょっと待ってよげん

 僕もう十三に着いてるよ?」


「あぁ?

 どこにおんねん。

 影も形も見えへんぞ」


「えっと……

 東改札の前だよ」


「あ……

 あっちゃぁ~……

 そういう事かい……

 わかったすぐにそっち行くわ」


 プツッ


 電話が切れた。

 東改札は左隣に線路を潜り向こう側に行くためのトンネルがある。

 行きかう人を眺めていたら一際大柄の男がのっしのっし歩いてきた。


 僕を見つけた様で駆け寄って来る。

 その大柄の男性はげんだった。


「ホンマに竜司や。

 久しぶりやのう」


「うん久しぶりげん

 元気そうで何よりだよ」


「何いうとんねん。

 ワイが病気なんかするかい」


 げんは学校帰りの様で学生服を着ていた。

 が、流石近隣の不良の番長なだけあってアウターのボタンは全部外され中の黄色いTシャツが見える。

 アウターも異様に丈が短く、大きなバックルが付いたベルトが丸見えだ。

 ボトムスも妙にピッチリと体にフィットした感じ。


 確かこういうのって何て言うんだっけ。

 そうだ。

 変形学生服だ。


げん……

 さっきの電話、何か揉めてるようだったけど大丈夫だったの?」


「ん?

 あぁ、学校が進学校やからなあ。

 先公も頭でっかちの奴らばっかりなんや。

 ワイのこのナリで勉強できんのが気に入らんのやろ。

 けったくそ悪い」


 いや、テスト中に電話する方がどうかとも思うが。

 それよりも気になった点がある。


「えっ?

 げんって勉強出来たのっ?」


「何や竜司、オノレもナリで判断しとんのかい」


「いや……

 ホラ僕って引き籠りだったじゃない。

 だから漫画ばっかり読んでたからさ……

 大体漫画で出てくる不良ってみんな頭が悪いものだからさ……

 ちょっと意外で」


「やっかましいわい。

 確かにワイの周りの連中はアホばっかりでスケの事しか考えてへん奴らばっかりやけどな……

 おうそやそや。

 スケで思い出した。

 竜司、ワレが紹介したいゆうとる奴は後ろのネーチャンかい」


「うんそうだよ」


「はぁー。

 久々に会ったと思うたらまさかの女連れかい。

 しかも何か妙な雰囲気もっとるなあ。

 誰やねん」


「ちょっと待って、出来ればフネさんとベノムにも紹介したいんだ。

 今からげんの家にお邪魔しちゃダメかな?」


「ん?

 別にかまへんで。

 ばあちゃんも久々やし喜ぶやろ。

 昼メシ買ってから行こうや」


「うんわかった。

 あ、あとこの辺りっておもちゃ屋って無いかな?」


「一軒あるで。

 んでも何の用や?」


「僕が大阪から出る時にベノムにおみやげ買ってきてねって言われてたからね。

 何か買って行ってやろうかなって」


「悪いなあ。

 そんな気ィ使わんでもええのに」


 僕らはまずおもちゃ屋に行った。

 そこで電池でぴょこぴょこ動き持っている笛を鳴らすリスのおもちゃを購入。


「竜司、あんがとさん。

 じゃあ次は昼メシ買いに行くで」


 げんが歩く方向について行く。

 着いた所は寿司屋だ。


 十三寿司


「おっちゃーんっまいど」


「おうげんやないかい。

 もうかりまっか?」


「へへっ。

 ぼちぼちでんな」


「今日は何にするんや?」


「ばあちゃんの昼メシやからいつもの頼むわ。

 んでワイの分も適当に包んでくれや」


「おうわかった。

 って今日はえらい大所帯やないかい。

 お連れさんはどないしはります?」


 多分ガレアの事だ。

 大量に食べるはずだ。

 そして暮葉くれはもいる。


「えっと……

 ネタは安いのでいいですから大量に握って下さい。

 あ、ネタはタコ以外でお願いします。

 あと一部にはワサビを山盛り入れて下さい」


「なんやそれ」


「だってガレアがいるもん」


 三十分程で完成。

 さすがに昼に百個以上握るとは思って無かったらしく大将も大分参っていた。

 僕らは寿司を手にげんの家へ。

 しばらく歩くと着いた。


 鮫島宅


「ばーちゃーんっ!

 ただいまーっ」


 げんの大きい声が響く。

 奥からのそのそと小さな老人が顔を出す。


「んんっ?」


 老人がギョロリと眼をこちらに向ける。


「ご……

 ご無沙汰してます……」


「おぉぅ……

 誰やおもたら竜司やないかい。

 こんなとこで何しとんのじゃい。

 旅はもう終わったんかいのう」


「まーばーちゃん待てや。

 ホレ昼メシも買うて来たんやから。

 メシ食いながらゆっくり話したいんやと」


「ほうかい。

 まああがりぃな」


「はい……

 お邪魔します」


 と僕。


「お邪魔します」


 と暮葉くれは


【オジャマシマス】


 とガレア。


「ガハハ。

 何やガレア。

 しばらく見ん内に礼儀正しくなりよって」


【ん?

 俺は普通だぞ?】


 ガレアキョトン顔。

 僕らは家に上がる。

 前に宴会した居間へ通される。


 買ってきた寿司をちゃぶ台に並べる。

 お稲荷さん、海苔巻き、握りが所狭しと並んでいる。


 別包みで一つ分けられているのがある。

 握りが十個ほど入っているが端々から緑色の物体がはみ出し、全て何か縦に大きい。


 わかった。

 これは暮葉くれは用の寿司だ。

 しかしいくら山盛りと言ったとしてもこんなに盛る事は無かろうに。

 これじゃあバラエティ番組の罰ゲームだ。


 他の人が間違って食べたら大変だ。

 僕はあらかじめその包みを暮葉くれはに渡す。


「ん?

 なあにこれ」


 暮葉くれはが受け取った包みを不思議そうに眺めている。


「これは暮葉くれはのお昼ご飯だよ」


「何で私だけ別なの?」


「僕が頼んで物すっごく辛いの作ってもらったんだ」


「へえ。

 ありがとっ竜司」


 シャンシャンシャン


 小さく金属音が聞こえる。


「ん?」


 奥を覗くとベノムがサルのおもちゃを眺めている。


【…………いい……】


 相変わらず変な竜だなあ。

 あ、そうだベノムにお土産渡さないと。

 僕はおもちゃ屋の包みを取り出し奥の部屋へ向かう。


「ね……

 ねえベノム……?」


 そう言えば僕はベノムとサシで話した事が無い。

 無言で長い首をこちらに向ける。

 瞳の色がオレンジ色で綺麗だ。


「や……

 やあ久しぶり……

 ま……

 前に出発する時おみやげ買ってきてくれって言ってたろ……

 ホラ……

 だから買ってきたんだよ……

 気に入ってくれると嬉しいけど……」


 僕は包みからリスの人形を取り出す。

 割と親切なおもちゃ屋らしく電池も付けてくれていた。


「待ってね……

 電池をセットするから……」


 裏面のボックスに電池を投入。

 スイッチON。


 ピーピーピーピー♪

 ジージージー


 リスがピョコピョコ動きながらメロディを奏でる。

 このメロディは年始とかによく聞く奴だ。

 タイトルは忘れた。


 僕がこのリスを選んだ理由は四種類ぐらいのメロディを奏でるからだ。

 ベノムを見るとビックリしたような不思議そうな顔で見ている。


「ホラ……

 ベノム……

 頭を叩いてごらん……」


 無言でベノムは右手でポンとリスの頭を叩く。

 するとメロディが変わった。

 更に驚いた様な顔を見せるベノム。


【コレ…………

 凄く…………

 いい…………

 ありがと……】


「喜んでくれて良かったよ」


「おぉーい竜司ーっ!

 何奥でくっちゃべっとんねん。

 ワレの分無くなるぞーっ」


「あっいけない。

 じゃあねベノム」


 僕は立ち去り居間に戻る。

 後ろで忙しなくメロディが変わっている。

 ベノムがポンポン叩きまくっているんだろう。


 居間に戻り僕も寿司を摘まみ始める。

 ガレアが既にガツガツ食っている。

 手掴みと言うのが楽なんだろう。


 そう言えば暮葉くれははどうしたんだろう。

 チラッと隣の包みを見る。

 三つ程減っている。

 次は四つ目だ。


 どんな風に食べるんだろう。

 僕はまじまじと見つめた。


 パクリ


 一口だ。


「うにゅっ!?」


 壁にぶつかったネコみたいな声をあげる暮葉くれは

 何かプルプル震えている。


「く……

 暮葉くれは……

 大丈夫?」


「………………っっおいっっっっしぃぃぃぃぃーー!」


 ホントかよオイ。

 ちょっと涙目になってるぞ。


「ねえねえっ竜司っ!

 これなあにっ!?

 この辛いの何て言うのっ!?

 食べたら急に鼻が突き抜けてすぐに消えちゃうのっ!」


「あぁそれは山葵わさびって言うんだよ暮葉くれは


 そのまま僕らはお寿司を食べ終わり、お茶をすすりながら食後のひと時を楽しんでいた。

 そこへ元が……


「オイ竜司。

 そのネーチャンはよ紹介せんかい。

 あとネーチャン、人ん家あがったら帽子とグラサン取らんかい。

 失礼やろが」


「あぁっ……

 すいませんっ!」


 焦ってサングラスと帽子を取る。


 プチン


 髪留めを外す。

 ファサっと銀色の長髪がなびく。

 首の後ろに両手を回しもう一度ファサっとして髪を整える。

 髪からいい匂いがして思わず目がトロンとしてしまう。


「オイ竜司、何エロい眼してんねん」


「なななっ!

 何言ってんだよっげんっ!

 失敬だなっ!」


「まあええわい。

 はよ紹介しーな」


「うっ……

 うんっ……

 さっ暮葉くれは……」


 僕は暮葉くれはを連れて前に行く。


「何や何や。

 えらい畏まっとんなあ」


「コホン……

 えー隣のひと天華暮葉あましろくれは

 アイドルをやってます」


「ん……

 あーあーネーチャンTVで見た事あるわ。

 CM出とるやろ?

 確か何や飲みモンの……」


「あぁポカリスウェットね。

 うん出てたわ」


 ポカリスウェットと言えば僕が生まれる前からあるスポーツ飲料だ。

 そのCMに出るとアイドルで出世すると言われる。

 凄い。

 こういうのを他人から聞くと本気でトップアイドルなんだなって実感が沸く。


「えー……

 この天華暮葉あましろくれはさんですが……

 見た目はコレなんですが……

 実は竜です」


「えっ!?

 ホンマかいなっ!?

 ネーチャンっ!

 竜かいっ!?」


「フン。

 儂は最初から気づいとったわい。

 げん、まだまだ修行が足らんのう……

 ズズズ」


 お茶を啜るフネさん。


「えー……

 フネさんが仰った通り暮葉くれはは竜です……

 それを踏まえた上で聞いて頂きたい事があります…………

 僕、皇竜司すめらぎりゅうじ天華暮葉あましろくれはは…………」


「婚約しました!」


 しばし静寂。


「ナニィィィィィィィィィッッッッッッッ!!」


 げんの驚嘆だけが響く。


げん、やかましい。

 近所迷惑じゃ。

 ほんで祝言はいつ上げんねん竜司」


「いいいっ……

 いやいやいやっ!

 まだ僕十四歳ですからっ!

 法律的にもまだ結婚できませんからっ!」


「オイ竜司ッ!

 ただのカキタレやと思っとったらまさか嫁はん連れてくるとはなあ……

 まあめでたいこっちゃ。

 夜は宴会じゃのう」


「ありがとうげん


 とりあえずわいわいと談笑タイムが始まる。

 しばらくみんなで話しているとふいにげんが肩を叩く。


「ん?

 どしたの?

 げん


「竜司……

 ちょおツラ貸しい」


 少し声のトーンが真剣さを帯びていた為、少し緊張する。

 げんに連れられて鮫島宅の縁側に行く。


「まあ座りいな」


 言われるままにげんの隣に座る。


「まあとりあえず婚約おめでとさん」


「ありがとうげん


「婚約はめでたいんやけどな……

 お前…………

 れんはどうするんや……?」


 やはり蓮の事だ。


「ごめん……」


「ワイに謝ってもしょうがないやろ。

 まー何でれんや無しにあの暮葉くれはっちゅうネーチャンを選んだかは今は聞かんわい……」


「うん……

 だから今から蓮に会ってくるよ……

 だから夜の宴会は大阪での全ての事が終わってからだ」


「フン。

 なかなかええ目をするようになったやんけ。

 行ってこい。

 ただ嫉妬に狂った女は怖いで~。

 ほいであのヤキモチ焼きの蓮やぞ……

 骨の一本二本……

 いや下手したら二桁ぐらいは覚悟しときいや。

 くわばらくわばら」


「ゴクッ……

 だ……

 大丈夫だよ……」


 僕は少し震えて生唾を飲み込んだ。


「ハハッ。

 そういうとこは会った時と変わらんなあ」


「うるさいげん


「まーお前の決意は解ったわい。

 部屋戻って旅話でも聞かせてくれや」


「うん」


 僕とげんは部屋に戻る。

 部屋に戻るとフネさんと暮葉くれはが談笑している。


「…………っでねっ

 竜司ったらねっ

 顔を真っ赤にしてるのよっ

 おっかしーのっ」


「ヒョヒョヒョヒョ。

 暮葉くれはよ。

 あまり竜司をからかうで無いぞ。

 まだまだウブなボーイじゃからのう」


「ん?

 ねえねえウブってなあに?

 フネさん」


「ウブというのはな初々しくて世間慣れしていないと言う事じゃ」


「へーっ

 じゃあ竜司は世の中の事をあまり知らないのね」


「ちょ……

 ちょっとちょっとフネさん。

 あまり暮葉くれはにヘンな事教えないで下さい」


「なんじゃ竜司。

 間違ってはおるまい」


「そっ……

 そりゃあ世間慣れしていないのは認めますけど……

 これでも旅で色々学んでるんですよ……」


「ほぉっほっほっほっ。

 世間の事は多少知っとってもまだまだおなごの扱いは不慣れと見える」


「しょうがないじゃないですか……

 だって暮葉くれはは物凄く可愛いんだから」


「ほうじゃのう……

 目元なんか儂の若い頃そっくりじゃわい」


「ホントですか?」


「オイ竜司。

 バーチャンとばっかり話さんとワイとも話さんかい」


「あっごめん」


「んで大阪出てからどやってん?」


「うん……

 奈良に行った時は……」


 僕は奈良での天涯との闘い。

 そして三重でのレース。

 そして魔力注入インジェクトについて話した。


「……って訳さ」


「オイ竜司やるやんけ。

 まさかお前も魔力注入インジェクト使えるなんてのう」


「お前もって事は……

 もしかしてげんも?」


「オウ。

 ワイも使えんで。

 お前が行った後バーチャンに教えてもらったんや」


 魔力注入インジェクトについては僕の方が一日の長がある…………

 と思いたい。


げん魔力注入インジェクトってどんなものなの……?」


「どんなものったってなあ……

 練習しかしてへんしなあ……

 あんなん危なくて人同士のケンカにはよう使えんわ。

 んで三重行ってからどうしたんじゃ?」


 僕は名古屋で蓮と一緒に杏奈を撃退した事。

 その時使った魔力注入インジェクトによる後遺症。

 そこでフネさんの薬が役立った事を話した。


「竜司……

 ワレ何かモテモテやのう……」


「でも杏奈はゴメンだよ」


「まあな。

 聞いとると相当イタい女みたいやのう……

 ほんでその魔力注入インジェクトの後遺症エグいのう……

 魔力注入インジェクト使うとそんなんなるんか?」


「いや……

 その時使ったのは大きいやつだったから……

 蓮がやられてキレてたってのもあるし……」


「なるほどのう……

 魔力は人間にとって毒やってバーチャンも言っとったしなあ……

 ほんで名古屋の次はどこ行ったんじゃい」


 僕は静岡に入り警察に連行されそこで兄さんと再会。

 竜排会との戦闘。

 呼炎灼こえんしゃく、ボルケとの対峙。


 竜界に飛ばされた事。

 マザーとの謁見。

 ハンニバルとの死闘、そして勝った事。


 戻ってきて暮葉くれはを護るため竜排会に自分がドラゴンエラーの犯人と告げた事。

 そして暮葉くれはがドラゴンエラーの時の乗っていた竜って事も。

 全て話した。


 げんは親友だから。


 ひとしきり話し終えたら……


「竜司……

 ワレ……

 うっうっ……

 ひくっ……」


 げんが泣いていた。


「わっ。

 げんどうしたの?」


「これが泣かずにおれるかいっ……

 うっ……

 うっ……

 ワレ辛かったやろなあ……

 そんなん言えるタマやないやろに……

 そのネーチャン護るために悪人の皮かぶるやなんて……

 うっ……

 ひぐっ」


「ちょ……

 ちょっと止めてよげん……」


「あとネーチャンッ!」


 元が暮葉くれはを大声で呼び止める。


「え?

 私っ!?」


 暮葉くれはが驚いて振り向く。


「ネーチャンッ!

 こっちきぃっ!」


 げんが目頭を抑えながら暮葉くれはを呼び寄せる。


「なあに?」


 キョトン顔で側に寄り、ちょこんと座る。

 そんな暮葉くれはの肩に手を置くげん

 目頭はまだ抑えている。


「ネーチャン……

 暮葉くれはゆうたか……

 ワレも辛かったのう……

 ぐすっ……

 竜司に聞いたで……

 うっ……

 もう原初還りげんしょがえりの影響は無いんか……」


「うん。

 もう影響は無いわよ」


 そう言いながら僕の方に寄ってきて耳打ちをする暮葉くれは


「ゴニョ……

 ねえ竜司……

 何でこの人泣いてるの……?

 ……ゴニョ」


「ゴニョ……

 うーん……

 要するにげんは良い奴って事さ」


「ふうん。

 よくわかんない」


「おうそやそや。

 竜司。

 ワレゆうとった呼炎灼こえんしゃくらとケンカするんか?」


 すっかり泣き止んだげんが聞いてくる。


「うん……

 出来ればやりたくないんだけどね……

 でも兄さんの話では後五日もすれば陸竜大隊が決起するって話だし……

 もし本格的に動き出したら日本が滅茶苦茶になっちゃうよ……

 それは止めないと」


「その呼炎灼こえんしゃくの使役しとる竜は王の衆のリーダーなんやろ?

 勝てんのかい」


「そんなのやってみないとわからないよ……

 それに僕だけじゃ無いし……

 兄さんもいる。

 兄さんの部下もいる」


 げんが無言で考えている。

 そして何かを思いついたのかかいてる胡坐の膝をバンと勢い良く叩く。


「よしっ!

 決めたっ!

 オイ竜司っ!

 ワイもつれてけっ!」


「えっ?」


 突然の申し出に面食らう僕。


「え?

 やあるかい。

 ワイも加勢したるゆうてんねん。

 最近ケンカしてへんかったしなあ」


「でも……

 もしかして重傷……

 下手したら死ぬかも知れないよ……」


「竜司、ワレはアホか。

 お前やあるまいしワイがそんな脅しで引っ込む思てんのか。

 んで陸竜大隊っておよそ何人おんねん」


「確か三十人って言ってた」


「ほうか。

 んで全員竜河岸って考えたら単純に六十人おるっちゅう訳や。

 そんだけ大規模のケンカとなったら戦力は多い方がええんとちゃうんかい」


 げんがガッツポーズを決める。

 正直親友であるげんを危険な目に遭わせたくは無い。

 そこで頭にヒビキの指摘がリフレインする。


 何でも一人でやろうとする所。


 今までの僕なら頑として断っていただろう。

 しかし僕は変わるんだ。

 信じる事も友情だ。


「じゃあ……

 お願いするよ……

 僕を助けて」


「ガハハ任せとかんかい!」


 バン


 勢いよく僕の背中を叩くげん


「ゲホッ……

 じゃあ帰りにげんを拾って静岡に行くよ」


「ん?

 まだ行くとこあんのか?」


「うん……

 一応実家に暮葉くれはを紹介しておこうかと思って……」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるげん


「竜司……

 強なったのう……

 引き籠ってた自分と向き合う事に決めたんか……

 よし行ってこいっ!」


「うん……

 でもその前に蓮だね……」


「嫉妬に狂ったオンナは怖いぞー」


 げんがはやしたてる。


「うん……

 でも言わないと……」


「ガハハ……

 まーなんぼケガしてもバーチャンのスペシャルドラッグ準備しといたるから安心して怪我してこいや」


「やめてよ……」


 僕は身支度を整える。


「ホラガレア、暮葉くれは

 準備して。

 出発するよ」


「うん」


【わかった】


 暮葉くれははまた帽子を被りサングラスをかける。


「じゃあ行ってくるよげん


「おう行ってシバかれてこい」


「……うん……」


 僕らは鮫島宅を後にする。

 さてどうしよう。

 そう言えば僕は蓮がどこに暮らしているか知らない。


 とりあえず十三駅へ。

 電車に乗り込む。

 十分程で梅田に戻って来る。


「さて……

 電話するか……」


 スマホを取り出しアドレス帳から名前を引っ張って来る。


 新崎蓮しんざきれん


「はぁ……」


 僕は深い溜息をつく。

 正直嫌だ。

 でも言わないと。

 電話をかける。


 プルルルルル


 ガチャ


「竜司?

 どうしたの?

 突然ね」


「うん……

 蓮に紹介したいひとが居るから一時的に戻って来たんだ……」


「紹介したい人?

 誰それ?」


「蓮の知らない人だよ。

 ねえ今梅田なんだけどこれから会えない?」


「いいわよ。

 梅田なら家から近いし」


「じゃあ……

 蓮と初めて会ったゲーセンの前で……」


「モンテカルロね……

 わかった準備してすぐ行くわ」


 プツッ


「さあ……

 行くよ二人とも……

 はぁ……」


「さっきから何で溜息ついてるの?

 竜司」


 暮葉くれはがキョトン顔で聞いてくる。


「あのね……

 今から会う子……

 女の子なんだけど……」


「女の子に会うのがそんなに嫌なの?」


「嫌って言うか……

 その女の子とは……

 何て言うか……

 イイ感じだったんだよ……」


「イイ感じ?

 どーゆー事?」


「えーと……

 恋び……」


 言いかけて止めた。

 何か恥ずかしかったし。


「えっ!?

 何々っ!?

 何てっ!?

 聞こえないっ!」


「もういいから……

 何か恥ずかしいし……」


 あ、これは。

 僕はこのパターンを知っている。


 素早く僕の胸座を掴む暮葉くれは

 ホラ来た。


「何よーっ!

 教えなさーいっ!

 コラーッ!」


 ガックンガックン


 勢いよく両手を前後に動かす。

 僕の身体がガクンガクン揺れる。

 物凄く気持ち悪い。


「まっ……

 くれ……

 ちょ……」


 ガックンガックン


 余りにもガックンガックン揺らすもんだから満足に話せない。


 ガックンガックン


「言う……

 言うから……

 やめて……」


 言うと解った途端ピタッと止まる。

 相変わらずの現金さだ。


「でっでっ!

 イイ感じってどういう意味っ?」


「……いわゆる…………

 恋人っぽいって……

 言う意味だよ……」


 頬が熱いのを感じる。

 何でこの子は僕を恥ずかしがらせるんだ。

 そんな話をしている内にモンテカルロに到着。


 蓮は……

 まだ来ていない様だ。


 しばらく待っていると商店街の向こうの方から焦げ茶色の竜と女の子が歩いてくる。

 蓮とルンルだ。

 向こうも僕を見つけた様で駆け寄って来る。


「竜司っ!

 久しぶりっ!」


「うん……」


【竜司ちゃあん、ガレアちゃあんチャオッ。

 久しぶりネエ】


「うん……

 ルンルも元気そうで……」


 すると蓮が暮葉くれはに気付いた様だ。


「竜司……

 その人……

 誰?」


 若干目が鋭い。


「うん……

 この人がさっき言った紹介したい人……」


「ふうん……」


「とりあえず立ち話も何だからどこか店に入ろうか……」


「うん……」


 僕らは近場の喫茶店に入る。


 仏蘭西屋


(いらっしゃいませ。

 竜河岸のお客様、五名様ですね)


「はい」


 僕らはそれぞれ席に着く。


「で、誰なのその人?」


暮葉くれは……

 ここは奥だから帽子とサングラスとってもいいよ……」


「そう?」


 帽子とサングラスを取る暮葉くれは

 綺麗な長い銀髪が揺れる。


「蓮に紹介するよ……

 この人は天華暮葉あましろくれは……

 僕の…………」


 遂に告げるのか。

 僕は生唾を飲み込んだ。


「婚約者だよ」


「え………………?」


 一言漏らしただけで固まってるれん

 状況が上手く呑み込めていない様だ。


「蓮……?」


「ちょっとよくわかんない。

 ちゃんと説明して」


 言葉の端々が尖ってきた。


「だから僕はこの暮葉くれはと結婚するって決めたの」


「だから何でそうなるのよっ!

 竜司っ!

 貴方十四歳なのよっ!

 結婚なんて出来る訳ないじゃないっ!」


「それぐらい解ってるよ……

 だから僕と暮葉くれはがするのは婚約だよ……」


「それでも同じよっ!

 大体貴方も……

 あ……

 貴方もしかしてクレハ……?」


「ええそうよ」


 あっけらかんと答える暮葉くれは


「貴方……

 確かドラゴンアイドル……

 …………竜司っ!!」


 急に声を荒げる蓮。


「な……

 何……?」


「貴方何考えてるのっ!?

 わかってるのっ!?

 クレハは竜なのよっ!?

 生きてる時間も全然違うのよっ!

 そんな人と……

 婚約……

 婚約だなんて……」


 蓮が悔しそうな声をあげる。

 顔も何か物凄く悔しそうな顔をしている。


「わかってるよ……」


「ホントに判ってるのっ!?

 貴方もっ!

 本当に婚約なんてしていいのっ!?」


 キッと暮葉くれはを睨みつける蓮。


「ねえねえ貴方。

 何でそんなに怒ってるの?」


 暮葉くれはがキョトン顔で蓮に問いかける。


「えっ……!?

 そっ……

 それはっ……」


 ギョッとした顔で口を噤む蓮。


「ねえねえどうして?」


 グイグイ来る暮葉くれは

 この質問攻撃に敵う者はいない。


「それは……

 だから……」


「ねえねえ何で?

 ねえ何で?」


 流石の暮葉くれはでも初対面の人間には胸座掴みはやらないみたいだ。

 しかし好奇心は治まらずグイグイ蓮に詰め寄る。


「うっ……

 うううぅ~っ…………

 あーもーっ!

 竜司の事が好きだからよっ!」


 そういえば連との付き合いも結構経つが好きと聞いたのは初めてじゃないだろうか。


【アラマァ。

 ようやく告白したと思ったら恋敵に詰め寄られてなんて最悪だわん】


 ルンルが茶々を入れる。


「だっ……

 だってしょうがないじゃないっ!

 言わないとずっと聞いてきそうだもんっ!

 この子」


「ふうん。

 それで竜司の事が好きなら何で怒るの?」


 暮葉くれははまだまだキョトン顔。


【アラン。

 アンタ、アイドルとかやってる癖にそんな事も判らないのおん。

 これはねぇ。

 まずねん。

 竜司ちゃんと蓮はアンタと会う前から結構距離近めだったのよん】


「近め……

 あっ!

 さっき竜司が言ってたイイ感じってやつねっ!

 ふんふんっ」


【それでねー。

 仲良くなってきたのに竜司ちゃんが旅があるーとか言うもんだから蓮は見送った訳よー。

 寂しい癖にさ】


「一緒について行ったらよかったのに」


 暮葉くれはがキョトン顔のままそんな事を言う。


【ねーアンタもそう思うでしょ?

 でも蓮ったら聞き分けのイイ女を演じたかったのか知らないけどついて行かなかったのよん。

 それから二人の遠距離恋愛が始まったのよん】


「へー。

 何かそんな話、漫画で読んだ事あるわ」


【なのに竜司ちゃんったら全然連絡よこさないでさー。

 奥手にも程があるってーの。

 それで連絡もよこさない“好きな人”が久々に連絡よこしたと思ったら別のオンナ紹介ってソリャ蓮じゃなくてもキレるわよっ!

 フン】


 饒舌に話すルンルを尻目に僕は罪悪感の刃が結構心に突き刺さっていた。

 結構この場に居るのが辛い。


「フムフム……

 何となく解って来たわっ!

 だから貴方は竜司が好きでっ!

 久しぶりに会ってっ!

 私が居たから怒ってるんだっ!」


「そうよっ!

 名古屋じゃ大丈夫だと思ってたのにっ!

 貴方一体何なのよっ!」


 凄い剣幕で暮葉くれはに詰め寄る蓮。


「えっ……

 えぇっ!?

 何って言われても……」


 蓮に圧倒され戸惑う暮葉くれは


「ちょっと待ってよ蓮。

 暮葉くれはがびっくりしてるよ」


「竜司は黙っててっ!」


 ギロリとこちらを睨む蓮。

 今までの僕なら引っ込んでいただろう。

 でもこれから先、暮葉くれははこうゆう感情をぶつけられる局面に何度も何度も出会うだろう。


 僕が暮葉くれはを護らないといけない。


「いや僕は黙らない。

 暮葉くれはについて疑問があるなら僕に聞いてくれ」


 僕は真っすぐ蓮の目を見て答えた。

 そんな僕の真剣な眼を見て少し怯えた眼になりながら後退りする蓮。


「竜司……

 貴方……

 前まで少し引っ込み思案でオドオドしてて……

 でもそこがカワイイ……

 それが竜司だったのに……

 どうして……

 どうしてよ……

 何が貴方を変えたのよ……」


 引っ込み思案でオドついている所は変わってないんだけどな。


「それは……

 僕が……

 護るものが出来たからだと……

 思う」


「竜司……

 ねえ……

 教えて……

 貴方が……

 そこまで言う暮葉くれはって何なの……?」


「ねえ……

 暮葉くれは……

 蓮に暮葉くれはの事、話して良い?」


「竜司が言いたいなら良いわよ」


 暮葉くれはの了承をもらった。

 蓮には知っていて欲しい。


「あのね……

 僕が横浜で事件を起こした事は知ってるよね……」


「ええ……」


暮葉くれはは……

 その時僕が跨っていた竜なんだ……」


「え……」


 蓮が絶句している。


「僕が暮葉くれはの逆鱗に触れてしまったから起きたドラゴンエラー……

 それで僕は多くの人を死なせてしまい……

 暮葉くれはにトラウマを背負させてしまったんだ……」


「竜司……

 まさか貴方……

 その負い目から婚約したって言うんじゃないでしょうねえっ!?

 そんなものは愛じゃ無いわっ!

 ただの同情よっ!」


「蓮……

 それは違う。

 負い目が全くないという訳じゃ無いけど僕の中にこの気持ちが芽生えたのはそれが発端じゃない」


「じゃあ何が発端って言うのよっ!」


暮葉くれははやって来た事を全て知った上で泣きながら僕の事を優しいと言ってくれたんだ……

 こんな僕にね。

 その時僕は思ったんだ……

 あの人を護って生きていきたいって」


「ふうんっ!

 それでどうするのっ!

 結婚してっ!

 竜と人の結婚なんて誰も祝福しないわっ!

 みんなから蔑まれてっ!

 疎まれてっ!

 まるで傷を舐め合うように生きていくって言うのっ!」


 蓮が興奮して物凄く酷い事を言っている。

 でも僕の答えは決まっている。


「うん。

 それでも構わない。

 僕はずっと暮葉くれはを護って生きて行くよ」


【ちょっとちょっと蓮。

 アンタ落ち着きなさい。

 どんどんみっともなくなっていくわよ。

 一旦落ち着いてから考えた方が良いわねコレ】


 このまま終わるのは何かスッキリしない。


「うっ……

 だって……

 だってぇぇ……

 だってぇぇぇぇ~~

 ルンルゥ~~ゥゥゥ

 …………うっ……

 うわぁぁぁん」


 蓮がとうとう泣き出した。


【あらあら。

 竜司ちゃんったらウチの主人マスター泣かせてくれちゃってぇん。

 このオトシマエどうつけてくれるんじゃい】


 何かルンルの語尾が荒い。


「それについてはゴメンとしか……

 ん?」


(何か竜連れが揉めてるぞ)


 ザワザワ


(あーあーもう一人の子泣いちゃって……

 カワイソー)


 ザワザワ


(もう一人の子……

 あれクレハじゃね?)


 しまった。

 少し目立ち過ぎた。


「蓮っ

 ルンルっ

 とりあえず場所を変えようっ

 急いでっ」


「えっ……

 うっ……

 うんっ」


【何だどっか行くのか】


【そりゃあんだけ騒いでたら当然だわよん】


「わかったわ」


「うっ……

 うっ……

 ひくっ……」


 蓮がまだ泣いている。


「ホラ。

 行こう蓮」


 僕は右手を差し伸べる。

 左手で涙を拭いながら僕の手を握る。

 そのまま足早に店を立ち去ろうとする。


 ヒソヒソ


(うわー……

 男が泣いてる女の子の手を引いてるよ……)


 ヒソヒソ


(多分あの二人の女の子があの男の子を取り合ってるって事ねー)


(俺、前の娘の方が好みだな)


 ヒソヒソ


(俺、後ろ)


 ヒソヒソ


 周りが僕らをネタにヒソヒソ話をしている。

 正直凄く恥ずかしい。

 さっさと店の外に出る。


「ふう……

 大騒ぎになる前に外に出れて良かった」


「りゅ……

 竜司……」


 僕は蓮の手を握りながらしばらく歩いていた。


「えっ……

 あっ……

 ゴメン……」


 僕が手を放そうとすると蓮がすぐに握り返してきた。


「竜司っ……!

 このままでっ……!

 このままで……

 いいから……」


「そっ……

 そう……

 じゃあ……」


「竜司、どっち行くの?

 このまままっすぐでいいの?」


「あ、うん。

 そのまま真っすぐ行ったら大きめの川があるからその脇の公園に行こう」


「わかったわ。

 真っすぐね」


 そう言いながら何かチラチラ後ろを見ながら歩く前方の暮葉くれは

 さっきは余所見しながら歩くなとか言ってたのに。


暮葉くれは、どうしたの?

 後ろ見ながら歩くと危ないよ」


「えっ……!?

 あっ!

 あぁ……

 そっ……

 そうねっ!

 ……ブツブツ

 ……何か変だわ……

 何だろうこの気持ち……

 ブツブツ」


 前を歩く暮葉くれはがブツブツ言っている。

 そんな感じで目的地到着。

 僕は着くまでずっと蓮の手を握っていた。


「さっ着いたよ。

 適当にベンチでも座ろうか」


 僕は蓮の手を離そうとする。

 が、また握り返してくる。


「お願いっ!

 もう少しだけっ!

 もう少しだけっ!

 このままっ!」


「うっ……

 うん……

 別に良いけど……」


 僕はベンチの端に座り右手を伝って隣に蓮が座る。

 そしてその隣に暮葉くれはが座る。


「そうそう……

 竜司……

 急な話で聞きそびれたけど……

 名古屋の後何があったの?

 聞かせてくれない?」


「うん……」


 僕は静岡に着くなり警察に取り押さえられた事。

 兄さんと再会して捜査の手伝い。

 自衛隊に保護されてそこでの呼炎灼こえんしゃくとボルケとの対峙。


 暮葉くれはとの出会い。

 竜排会との接触。


 竜界へ転送された事。

 マザーと出会い、ハンニバルと戦う事になった事。

 そして勝った。


 こちらに戻って竜排会に自分がドラゴンエラーの犯人だと告げた事。

 暮葉くれはちぎりの苦しみ。

 それを聞いて僕が暮葉くれはに告白した事。


 全てを話した。


 全てを話した段階で蓮の握っていた手の力が強くなる。


「蓮……?」


 僕は蓮の方を向いた。

 すると蓮は泣いていた。


「うっ……

 ううっ……

 ひくっ……

 そ……

 そんな事聞いちゃったら……

 認めないといけないじゃないっ!

 ずるいわっ

 ずるいわよ……

 竜司っ!

 ……うっ……

 ひくっ……」


 蓮が大粒の涙を流していた。


「蓮……」


「じ~~~……」


 気が付くと目の前に暮葉くれはが居た。

 両膝を折って小さく縮こまりながら一点をじいっと見ている。


「じ~~~……」


 どこを見ているんだ。

 目線の先を追うと僕と蓮の手が繋がってる所を見ている。


「じ~~~……」


「な……

 何……?

 どうしたの?

 暮葉くれは……」


 僕が話しかけると同時に暮葉くれはがガバッと飛びかかってきた。

 素早く僕と蓮の手首を掴む。


「離れてっ!」


 は?


 僕は最初言ってる意味が解らなかった。

 すると力任せに僕と蓮の手を引き離す。


「いててっ!

 強いっ

 強いよっ

 暮葉くれはっ!」


「イタッ!

 痛いっ!

 何なのよっ!」


「わかんないっ!

 けど何か嫌なのっ!

 二人がくっついてるとっ!」


「何よそれっ!」


「は~な~れ~て~っ!」


 グイグイと強引に僕と蓮の間に割り込んでくる。

 竜だから力は強い。

 もそもそと間に座り込む暮葉くれは


「んふふ~♪

 竜司~っ」


 僕の方を満面の笑顔で向いている。


「全くもうっ!

 何なのよっ!

 …………はは~ん……

 貴方……

 さてはヤキモチを焼いているわねっ!」


 蓮がビシッと暮葉くれはを指差す。

 なるほどヤキモチか。


 と、そんな事言ってる場合じゃない。

 どうしよう。


「ヤキモチ?

 ヤキモチってなあにっ?

 ……えっと……」


「え?

 ……あぁ……

 蓮よ。

 新崎蓮しんざきれん

 あのねヤキモチって言うのは要するに私と竜司が仲良くしてるのが嫌なのよ」


「私天華暮葉あましろくれはっ。

 よろしくねっ。

 でも何で仲良くしてるのが嫌なのっ?」


「えっ……

 そんな事言われても……

 自分の事でしょ?」


「ごめん蓮。

 今、暮葉くれはって人間の感情について勉強してるんだ……」


「えっ

 何でそんな事を?」


「もともとアイドルの映像を見て人間界に来ようと思ったんだっけ?」


「うんっ!

 ちぎりが終わった後にねっ

 見たのっ

 すっごくキラキラしてて笑顔が眩しくて……

 素敵だったぁ……

 それでねっ

 私もなれるかなぁっ

 なりたいなぁって思って……

 …………そっ……

 ……それでこっちに来たのっ」


 ほんの少し。

 ほんの少し暮葉くれはが暗い顔を覗かせた。

 多分ちぎりの時の事を想い出したのだろう。


 いや違う。

 思い出したのはドラゴンエラーの事だ。


「へえー」


「それでねっ

 人間界こっちに来て人間の感情に触れたのっ!

 凄いのね……

 人間って……

 感情が溢れてて……

 色々な事に感情の色を変えて……

 だから私は人間が好き……

 そして竜司も好キッ!」


「へっ……

 へえ……

 それじゃあ教えてあげるわっ!

 ヤキモチってやつをねっ!」


 蓮はスッと立ち上がりツカツカと僕の方に歩いてくる。

 そして物凄く自然な動きで僕の両膝に座る。


 ふよん


 柔らかい蓮のお尻の感触が僕の太腿に伝わる。


「ちょ……

 ちょっとちょっと蓮……っ!」


「ふふふ……

 竜司……」


 そのまま僕の首の後ろに両手を回す蓮。

 一体どうしたんだ。

 と、蓮の顔を見ると耳の先まで真っ赤だ。


「フフン、どう?

 暮葉くれは?」


 暮葉くれはの方を見て勝ち誇った顔をしている。

 でも小刻みに震え、耳まで真っ赤なのは変わってない。

 そんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのに。


 そんな事を思いつつ僕も顔が真っ赤なんだけどね。

 だって蓮の顔が物凄く近いから。


「あぁっ!」


 暮葉くれはがあからさまに驚いた顔をしている。

 行動も速い。


「はーっ

 なーっ

 れーっ

 てーっ!」


 すぐに両手を僕の顔と蓮の顔に差し入れ引き離そうとする。


「イタタッ!

 暮葉くれはっ!

 強いっ

 強いってば」


 とか言いつつ体勢が崩れる度に太腿の上に乗っている柔らかい蓮のお尻がムニュムニュ揺れている。

 正直物凄く気持ちいい。

 おそらく僕はだらしない顔をしていただろう。


「どう?

 わかったっ!?

 今、暮葉くれはが抱いている感情がヤキモチよっ!」


「わかったっ!

 わかったからっ!

 はーっ

 なーっ

 れーっ

 てーっっ!」


 一生懸命僕と蓮を引き離そうとする暮葉くれは

 ようやく離れる蓮。


「ととっ……

 フフン……

 わかったかしらっ!

 これがヤキモチよっ」


 物凄く。

 物凄く勝ち誇った顔をしている蓮。

 その蓮をぷうっと頬を膨らませむくれた暮葉くれはが見つめる。


「むー。

 何だろ?

 この気持ち……

 すっごいザワザワモヤモヤする……

 落ち着かない感じ……」


「あら?

 まだわからないの?

 ならもっと教えてあげましょうかしらぁ……」


 そう言いながら蓮は僕の方に寄って来る。

 この段階で少し頬が赤い。

 次は何をやるつもりなんだろう。

 僕は何もできず……


 いや、何もせずただ為されるがままだ。

 正直やられる事に期待していないと言えば嘘になる。


「れ……

 蓮……?」


 蓮は黙って僕の首の後ろに両手を回す。

 ゆっくり顔をどんどん近づけて来る。

 蓮の両腕が描く輪の内側に取り込まれた僕の身体。


 ゆっくりゆっくり近づく蓮の顔。

 これはもしや。

 蓮の顔の目的地も凡そ見当がついた。


 現在僕の唇と蓮の唇の距離、約五センチ。

 この距離になると解る。

 顔は額まで赤く。

 小刻みに震えている。


 さっきも思ったがそんなに恥ずかしいならやらなきゃいいのに。

 そしてこの距離五センチの段階で暮葉くれはが動き出す。


「あぁっ!

 何でそんなに顔を近づけるのっ!?

 離れてっ!

 …………わわわっ!?」


 暮葉くれはが何に引っ掛かったのかつんのめって僕らの方に倒れ込んでくる。


「キャッ!」


「わわっ!」


 ズッデーーン


 全力で阻止しようとしたのか重心を前方に移動させたせいか僕ら二人を巻き込み盛大に転ぶ。


 チュッ


 何か違和感。

 身体全体に温もりを感じる。

 僕の胸辺りに感じ慣れた二つの柔らかい感触。


 そして何より僕の唇に違和感。

 唇のほんの少し上に微かに風を感じる。

 予想はついていたが恐る恐る目を開ける。


「ん……」


 暮葉くれはの顔。

 出会った中で一番近い。

 柔らかい感触は暮葉くれはの豊かな胸。


 感じた風は暮葉くれはの鼻からの吐息だ。

 というか僕はしてしまった。


 暮葉くれはとキスを。


 ###


「はい今日はここまで」


「パパ~~?

 キシシ」


 何やらたつが意地悪そうな含みのある笑顔を僕に向ける。


「な……

 何……?

 たつ……」


「パパ~~?

 モテモテじゃーん。

 ひゅーひゅー。

 モテる男はつらいねぇ」


「こらパパを茶化すのは止めなさい。

 でもこと恋愛事は勢いに任せるとややこしい事になるよ……

 後悔はしていないんだけどね」


「ふうん。

 よくわかんないよ」


「さっ……

 今日も遅い……

 おやすみなさい」

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