第百十一話 竜司と暮葉の御挨拶周り⑦~大阪後編

「やあこんばんは。

 今日も話して行こうかな?

 今日は……

 ママと……

 キッ……」


「パパ~?

 キシシ」


 たつが意地悪い含み笑いをしている。

 僕は何で息子にこんな話をしているんだろう。


「……もういいから……

 始めるよ」


 ###


 チュッ


「んっ……」


 唇に違和感。

 柔らかいものが唇に接触。

 唇の少し上辺りに微かに風が当たっている。


 身体全体には程良い重さと温もり。

 そして……

 そして胸辺りに感じ慣れた柔らかい二つの感触。


 ぽよん


 凡そ予想がついてしまったがゆっくり眼を開けてみる。

 暮葉くれはが見える。

 正確には暮葉くれはの閉じている両瞳が視界いっぱいに広がっている。


「んんぅ……っ」


 暮葉くれはが眼を開ける。

 この距離で見るとより一層眼が大きい。

 そして深い紫色の瞳が綺麗だ。


「ん?」


 依然としてくっついている唇と唇。

 大きな眼をパチクリさせている。

 状況が呑み込めていない様だ。


「うにゅっ!」


 何処かで聞いた壁にぶつかったネコの様な声をあげる暮葉くれは

 すぐに僕から身体を起こす。

 無言で僕を見つめる暮葉くれは


「く……

 暮葉くれは……?」


 変な沈黙の間に耐えきれなくなり暮葉くれはに声をかけてみる。

 見つめる僕。

 見つめる暮葉くれは


 しばし無言。

 ゆっくりと華奢な右手人差し指で唇に触れる暮葉くれは


「竜司と……」


 少し頬を赤くしながらポーッとした眼でそう呟く暮葉くれは

 と同時に下から上へ赤くなる。

 まるで熱湯に温度計を浸した時の様。


 頭から下まで紅く染まりきった暮葉くれはの顔。

 また変な沈黙が流れる。

 ようやく色々理解したのか口をアワアワさせながら


「見ないでっ!」


 と言って僕に白い両掌を見せてそっぽを向く暮葉くれは

 どっかで見た事あるなコレ。


「く……

 暮葉くれは……?」


「見ないでっ」


 そう言いながらポーズを変えない暮葉くれは


「イタタ……

 何がどうしたってのよ……」


 蓮がようやく起き上がる。


「蓮もこっち見ちゃダメっ!

 ダメーッ!」


「竜司……

 何かあったの?」


 半ば呆れ顔で暮葉くれはを指差しながら僕に問いかけてくる蓮。


「いっ……

 いや……

 僕もよくは……」


 嘘だ。

 正直に告げると変な事になりそうな気がしたから。


「ふうん……

 ほんとにぃ~~?」


 蓮が僕の顔を覗き込みながら疑問の色を向ける。


「えっ……

 なっ……

 何でっ!?」


 僕は少しキョドってしまう。


「プッ……

 アハハハハッ」


 蓮が笑い出した。


「なっ……

 何だよ……

 何がおかしいの?」


「いや、いつもの竜司の感じが見れて安心したのよっ。

 久しぶりに会って雰囲気や物言いが全然違ってて竜司が何か遠くに行っちゃった気がしてね……

 少し寂しかったの」


 ひとしきり笑い終えた蓮は少し寂しい笑顔を見せながらそう言う。

 駄目だ。

 僕は今までのままじゃいけない。

 ちゃんと何が起きたか言わないと。


「あの……

 ね?

 さっきね……

 暮葉くれはがぶつかってきたじゃん……?」


「うん。

 それでどうしたの?」


 変わるとは言ったがやはり話すとなると恥ずかしい。


「それでぶつかって来た拍子に……

 キス……

 しちゃって……」


 途中まで普通に聞いていたが“キス”と言う単語を聞いた途端。

 ホントに聞いた途端目が鋭くなる。


「竜司~~…………」


 何か強烈な威圧感を出しながら蓮がこちらに歩いてくる。

 一歩一歩。

 僕の有効範囲侵入。


「れ……

 蓮……?」


「……覚悟しなさいっ……」


「えっ……?

 今何……。

 んっっ!?」


 チュッ


 一瞬何が起こったかわからなかった。

 状況を整理。

 一センチ弱の距離に蓮の顔。


 眼を閉じている。

 唇に違和感。

 先程感じた違和感。


 ついさっき経験した事でもあるので驚きはしたが持続時間はそんなに長くは無い………………

 はずだった。


 そこから僕の思惑を予想を大きく上回る展開になる。


「んんっっっ!!?」


 何かが侵入してくる。

 口内に侵入してくる。

 僕の口の中で物凄く忙しなく何かが動いている。


 侵入してきた何かは僕の舌を見つけると執拗に激しく絡みついてくる。

 今わかった。

 その侵入してきた何かは……



 蓮の舌だ。



「んっ……

 んんっ……」


 ビチャビチ


 蓮の色っぽい声と蓮の唾液と僕の唾液が混ざり合った官能的な音を立てる。

 蓮の舌は依然として僕の口の中で色々絡みついている。

 硬口蓋、軟口蓋、前歯の裏、奥歯と絡みつく蓮の舌。


 僕を感じようとしているのか動きに必死さを感じる。

 って言うかこれってディープキスっていう奴じゃないのか?

 僕まだ十四歳なんだけど。


 早すぎないか?

 これが大人の階段を上るってやつなのか。


「んっ……

 んん……」



 蓮視点



「それでぶつかって来た拍子に……

 キス……

 しちゃって……」


 それを聞いた瞬間私は言葉を失った。

 好きな人が婚約者を連れてきて半ば恋が終了を告げようとしていた時に更に追い打ちをかける出来事。

 私は諦めの悪い性格である。


 可能性が一%でも残っているのならその可能性を膨らませようと努力する。

 それが私、新崎蓮しんざきれんなのだ。


 でも、その可能性は私が竜司とはキスまで進んだ仲と言う暮葉くれはに対するアドバンテージがあったからであって、ここで距離が暮葉くれはと並ばれると婚約者と言う肩書を持っている向こう側と圧倒的大差がついてしまう。


 それはイヤ。


 私は竜司が好き。

 こんなどこから来たかもわからない馬の骨に気持ちじゃあ負けない。

 負けたくない。


 ここで私の頭には最近読んだ女性誌の特集記事を想い出される。

 それはよく読んでる女性誌で毎年十二月が近くなると恋愛関連の凄い特集が組まれる。

 いやホントすっごいのが載るの。


 去年はドキドキしながら読んでたなあ。

 今年の特集は……



 これで彼氏もメロメロ。

 ディープキスのハウツー



 だった。

 前のファーストキスも死ぬ程恥ずかしかったんだから。

 それを相手もしたというのなら私はその上に行かないといけないわ。


 だって私には肩書が無いのだから。

 とりあえず竜司の身柄を確保できる距離に行かないと。

 私はゆっくり歩を進める。


「竜司~~……?」


「れ……

 蓮……?」


 私が近づいたのを見てキョドってる。

 カワイイ。

 こういう私の知ってる竜司を見せてくれると安心するんだけどなあ。


 でもディープキスかぁ。

 って私何歳よっ。

 十四歳よっ。


 十四歳で何ディープキスする決意固めさせてんのよっ。

 大体十四歳で婚約者作るってどうなのよっ。

 じゃあ私は一体何だったのって話よっ。


 あっいけない。

 色々思惑が巡ってるわ。

 整理しないと。


 とりあえず現在はライバルと肩書の分だけ差をつけられている。

 これを埋めるために私は竜司とディープキスをする。

 OK…………

 ホントにOKなの?


 ええい迷ってても仕方がないわ。


「……覚悟しなさいっ……」


 これは私の決意。

 竜司は渡さない。

 渡したくない。


 これは私のだ。

 私が先に見つけたんだ。

 私が竜司の気持ちを変えてやる。


「えっ……?

 今何……。

 んっっ!?」


 チュッ


 あぁ、竜司の唇が私の唇に触れている。

 前の時は気づかなかったけど竜司の唇って物凄く柔らかいんだ。

 と、そんな事言ってる場合ではない。


 ここまでは暮葉くれはと同じ。

 ここから先に行くんだ。

 確か記事では……


 ■その一 ディープキスをする時は焦っちゃダメ。


 最初はフレンチ・キスからじっくり自分の気持ちが昂るのを待ちましょう。


 だっけ。

 焦っちゃダメ。

 焦っちゃダメ。


 でも感じる。

 唇から通って来る竜司の息吹。

 竜司がここに居る。

 それが実感できる。


 あぁ好き。

 竜司大好き。

 竜司も私を感じて。

 感じて欲しい。


 行くわ。

 行くわよ。

 あぁ~緊張する~。


 唇を少し開けて……

 そこから舌を竜司の方へ……


「んんっっっ!!?」


 フフフ。

 竜司ったらビックリしてる。

 えっと無事竜司の中に入れたけどそこからどうするんだっけ?


 ■その二 彼氏の中に入った後もがっつき過ぎないように!


 まず目指す先は愛しの彼の舌。

 彼の舌を見つけたら自分の舌を絡めて彼の気持ちを高ぶらせましょう。


 だった。

 見つけた、竜司の舌。

 私は自分の舌を動かし竜司の舌に絡めさせる。


「んっ……

 んんっ……」


 ビチャビチヌチャヌタ


 すっごい。

 何コレ。

 私の舌と竜司の舌が絡まる度竜司の生命と感情を感じて。


 身体の中から愛おしさが溢れて。

 思わず声が出ちゃった。

 唾液の音なんかもさせちゃって。


 あ~~私もしかしてものすっごい事してない?

 確か雑誌では“がっつき過ぎないように”って書いてあったけどこの溢れた気持ちを前にしたら冷静になんて居られない。


「んんっ……

 ん……」


 私は感情の向くままに竜司の中にある私の舌を忙しなく動かした。

 硬口蓋、軟口蓋、前歯の裏、奥歯と自分の舌が届く所は絡めて絡め尽くし、舐めて舐め尽くした。

 凡そ時間にして五分弱。


 しかし私にとっては濃密な五分弱。

 一生忘れる事のない五分弱を過ごした。

 ゆっくり竜司の唇から顔を離す。


 ツツゥーッ


 竜司の唇から私の唇に向かって唾液の糸が伝っている。

 うわ。

 何だかすっごくエッチ。



 竜司視点



 ようやく蓮が唇を離してくれた。

 僕は何が起きたか解らずただそこに立ち尽くしたまま。


「ハァッ……

 ハァッ……」


 蓮は僕のすぐ前でへたり込んでしまっている。

 精魂尽き果てたといった印象。

 僕は自分の唇にゆっくり人差し指を当てて冷静に今起きた状況を反芻する。


「蓮と…………」


 今起こった事が次々とフラッシュバックする。

 僕の顔がみるみる内に下から上へ赤くなるのを感じる。


「わーーーっ!

 わーーーーっ!

 蓮ーーーっ!

 何やってんのーーーっ!」


 僕はさっき起こった出来事に焦り、絶叫する。

 当の蓮本人はと言うとへたり込んだまま唇に右人差し指を当てて頬を赤くしたままポーっとしている。

 唇が唾液で濡れて艶めかしい光を放つ。

 何か物凄く色っぽい。


「…………竜司と…………

 え?

 何?

 竜司……」


 ゆっくりこっちを向く蓮。

 目が潤んでいて正直凄く可愛い。


「いや……

 いやいやいやっ!

 何じゃなくて……」


 あっそうだ。

 暮葉くれははどうなったんだ。

 暮葉くれはの方を向くと何かワナワナしてる。

 小刻みに震え両頬を真っ赤にさせている。


「わーーーーーーっ!」


 暮葉くれはが叫びながら飛びかかってきた。

 蓮と僕の間に素早く割って入り、そのまま僕の首に両手を回す。


「やーーーーーーっ!」


 やー?

 何か僕の胸元で暮葉くれはが叫んでいる。


「ど……

 どうしたの?

 暮葉くれは


「さっきのチュー何っ!?

 蓮としてたアレッ!

 何かすっごい嫌な気がしたっ!

 あれを見てると心がモヤモヤしてザワザワして何か竜司が何処かへ行っちゃう気がして…………

 ねえねえアレ何っ!?」


「えっ…………

 と……

 それは……」


 人間の感情や恋愛に関して小学生レベルの暮葉くれはにまさかディープキスなんて言えるわけが無い。

 と言っても僕の恋愛経験も中学生レベルだけど。


「それはキスよりも一歩進んだキスよっ

 フフン」


 僕が戸惑っているとようやく正気を取り戻した蓮がすっくと立って勝ち誇りながら言い放つ。


「一歩……

 進んだキス……?」


「ええそうよっ!

 竜司への全ての気持ちを乗せたキスよっ!

 貴方みたいなラッキーキスで真っ赤になって見ないでなんて言ってるのとは格が違うわねっ!

 フフン」


 ますます勝ち誇る蓮。

 煽るな煽るな。

 ってかあの暮葉くれはが照れてたくだり見てたんだ。


「ぬぬぬ~~……

 何か悔しいっ!

 すっごく悔しいわっ!

 竜司っ!

 私もっ!

 私も一歩進んだキスしてっ!」


 暮葉くれはが悔しさの余り軽く痴女めいた事を言ってくる。

 そして行動は速い。


「ん~~~……」


 暮葉くれはは目を瞑りおちょぼ口で寄って来る。

 顔はあまり可愛くないが何かこの恋愛に関して不器用と言うか負けず嫌いな所が何か変な可愛さを誘っている。


「プッ」


 僕は思わず吹き出してしまう。

 暮葉くれはの額に優しく手を置いて動きを止める。

 さっき暮葉くれはは僕が遠くに行ってしまうと言っていたがそれは無い。

 蓮には悪いが僕は決めたんだ。


暮葉くれは

 安心して。

 僕が君の側から居なくなるなんて事は無いよ。

 ずっと一緒だ」


 僕は顔を下に向け優しく微笑んだ。


「ん……?

 ほんとっ!?」


「ああ。

 ホントだよ」


「フフーンッ。

 どうだっ!

 蓮っ!

 参ったかっ!」


 暮葉くれはは僕の首に捕まったまあ蓮の方を向き、したり顔。

 顔を向けられた蓮は悔しそうな顔をしている。


「ぐっ……

 りゅ……

 竜司はどうなのよっ!

 私とあれだけ熱いキスをして全然心が動かないって言うのっ!?」


 蓮がギロリとこっちを見る。


「ええっ……

 そんな事言われても……

 僕は暮葉くれはの婚約者だし……」


「そ……

 そんなっ……」


 ガーン


 そんな音が聞こえて来そうな程落ち込んだ顔を見せる。

 そのまま倒れ込み今にもシクシク泣きそうな様子。

 何だかいたたまれない空気。


「…………ごめん蓮」


「私…………

 物凄く頑張ったのに……」


 言いたくなる気持ちも判るがそれを僕に言うのはズルい気がする。

 どうしよう。

 蓮をどうしよう。


「その……

 僕は蓮が嫌いになった訳じゃ無いんだ……

 蓮にはホントに言葉に表せないぐらい感謝しているんだ……

 まだ世間慣れしていない僕が大阪にいる間ずっと笑顔だったのは蓮が居たからなんだ……」


「えっ……

 それじゃあ……!?」


 蓮が闇の中で希望の光を見つけたような晴れやかな顔を見せる。

 頼むからそんな顔を見せないでくれ。


「ただ……!」


「えっ……?」


「僕は暮葉くれはと出会ってしまった。

 そして暮葉くれはの事を知った。

 今僕の心の大半は暮葉くれはでいっぱいなんだ……

 ホントに……

 ごめん」


「謝らないで……

 謝らないでよっ!」


「……ごめん……」


「だから謝らないでって言ってるでしょうっ!

 謝られたら私がミジメになるじゃないっ!」


「……ごめ……」


 咄嗟に僕は声を発するのを止めた。

 今までの僕なら謝っていてループになっていただろう。

 発しかけたが途中で止めたのは僕の成長だと思いたい。


 ちょいちょい


 下で袖を引っ張る感覚がする。

 下を向くと暮葉くれはが上を向いている。

 と言うかこの娘はいつまで僕に引っ付いてるんだろう。


「ど……

 どうしたの?

 暮葉くれは


「ねえねえ。

 何で蓮はまた怒ってるの?」


 また言いにくい事を。


「そっ……

 それはっ……」


「私が怒ってるのはどうしようもない事に縋っている自分によ」


 ようやく冷静さを取り戻した蓮が立ち上がり答える。


「自分に怒ってるの?

 怒りんぼなのねっ

 蓮って。

 それでどうしようもない事ってなあに?」


「そっ……

 それを貴方が私に聞くっ!?」


 蓮が呆れ驚いた声をあげる。


「やっぱり蓮は怒りんぼだっ」


 暮葉くれはが的外れな返答をする。


「何なのっ!?

 竜司っ!

 この娘っ!」


「ごめん……

 蓮」


「あーもーっ!

 私も竜司が好きだったのよっ!

 それで今日久しぶりの再会で楽しみにしてたら暮葉くれは……

 貴方が居た……

 そして竜司の心は貴方に奪われた……」


「へーっ。

 貴方も竜司が好きなのねっ」


「結構さっきから言ってると思うけど……」


「あーーーーーっ!」


 急に大声を上げる暮葉くれは


「な……

 何よ……

 全く騒がしい子ねぇ」


「思い出したっ!

 前に漫画で読んだっ!

 貴方ってアレねっ!

 恋のライバルねっ!

 フフン」


 暮葉くれははビシッと右人差し指を立ててポーズを決める。

 ヘンな沈黙が流れる。


「……そうよっ!

 私と貴方はライバル同士よっ!」


「そういえば漫画でもライバルは主人公に会ったら怒ってばっかりだったわ。

 好きな人に会ったらデレデレしてるのにねっ」


「わっ……

 私はっ……

 そんなに……

 デレデレしてないもん……」


 蓮が頬を赤くしてモジモジしてる。

 そして場にまた妙な沈黙が流れる。

 どうしよう。


 何かスッキリしないけどとりあえず暮葉くれはを紹介できたから良しと……

 していいのかな?


「とりあえず……

 戻ろっか……?

 げんがお祝いしてくれるって言ってたし」


「お祝いって何の?」


「僕の…………

 婚約の……」


「ぐっ……」


 蓮が顔をしかめる。


「ねえねえまた怒ってるの?

 蓮」


 暮葉くれはが空気を読まない発言をする。

 前々から薄々気づいてたけど暮葉くれはって結構KYな所あるよなあ。


「ふうっ」


 蓮が大きく溜息をついて気持ちを落ち着かせる。

 そして白い右人差し指を真っすぐ僕に向ける。


「竜司っ!

 いいわっ!

 現時点で暮葉くれはが婚約者って事認めてあげるっ!

 …………けどね」


「……けど…………?」


「私は諦めないんだからっ!

 私は竜司が好きっ!

 そして私のやり方も変えないっ!

 これからもガンガンアタックしていくんだからっ!

 私の魅力でメロメロにして気持ち変えさせてやるんだからっ!

 覚悟してなさいっ!

 そして暮葉くれはっ!」


 真っすぐ伸びていた蓮の右人差し指の角度が暮葉くれはの方向を向く。


「なっ……

 なあにっ?」


 蓮の妙な威圧感に少し圧倒される暮葉くれは


暮葉くれはっ!

 貴方をライバルと認めてあげるっ!

 でも私も負けないんだからっ!

 恋の宣戦布告よっ!」


 何かアイドルの新曲みたいなのが出てきた。


「えっ……

 ええ、受けて立つわよっ…………

 で良いのかな?」


 状況が全部飲み込めていないのかキョトン顔で僕に聞いてくる。


「プッ」


 蓮が噴き出した。


「アハハハハハハハハッ

 なあに暮葉くれはのその顔っ!」


「えっ!?

 ええっ!?

 私感情出し間違えたっ!?

 ねえ竜司っ!?」


「いや返答としては間違って無いけど……

 顔がね……

 暮葉くれは、蓮が言った事良く解ってないでしょ?」


「むー。

 そんな事無いもんっ!

 蓮がこれからもどんどん竜司にアタックしていくって事でしょーっ!?

 フフン」


 暮葉くれはがむくれたと思ったらすぐに自慢気な顔。

 ホントに表情がコロコロ変わる。


「ま……

 まあそれは合ってるけども……

 まあいいや。

 ホラ二人とも行くよ。

 ガレアーッ!

 ルンルーッ!

 お待たせーっ!

 移動するよーっ!」


 少し離れた所でガレアとルンルが話していた。

 内容が気になる。


 僕の呼びかけに二人の竜がドスドスやってくる。


【なあなあっ!

 竜司っ!

 お前スケコマシだったんだなっ!】


 ホラ案の定。

 ルンルに何を吹き込まれた。


「人聞きが悪いなガレア。

 誰がスケコマシだよ」


【えっ!?

 だってルンルが言ってたぞっ!

 竜司はスケコマシだってっ!】


「あのね……

 仮に僕がスケコマシだったとしたら蓮に暮葉くれはを紹介しに来ないよ。

 スケコマシって言うのは行く先々で彼女を作りまくる奴の事だよ」


【じゃあ竜司ちゃん、当てはまるじゃなあいん】


 ルンルも話に加わる。

 というか僕がいつ彼女を作りまくった。


「ルンル。

 誤解を招くような発言は控えてよ」


【ん?

 結局竜司はスケコマシなの?

 スケコマシじゃないの?】


 ガレアキョトン顔。


「違うっ!

 僕はスケコマシじゃないっ!」


【スケコマシよん】


 しつこいなルンル。


【もういいや。

 人間の女にいっぱいチョッカイかけるのがダメな理由も良く解んねぇし】


「そう……

 じゃあ行こうか」


「ふふ~んっ

 竜司ーっ!」


 ギュッ


 暮葉くれはが右腕にしがみついてきた。


「な……

 何……

 暮葉くれは……」


「さっき恋のライバルの話したでしょっ!?

 その漫画で恋人同士がこうしてたのっ!」


 少ししがみついてる力が強くなる。


 ぽよん


 暮葉くれはの豊かな胸が当たる。


「あぁっ!

 私だってっ!」


 次は左腕に蓮がしがみついてきた。


 ふにん


 蓮の胸が左腕に当たる。

 今僕の両腕には極上の柔らかさがある。

 僕は今だらしない顔をしてる。

 物凄く。


【竜司、何か気持ち悪い顔をしているぞ】


「うっ……

 うっさいガレア」


 僕は両腕を美人にしがみつかれそのまま電車に乗った。

 車内で周りからの目が痛い。

 それもそうか。


 他人から見ても右はトップアイドル。

 蓮も掛け値なしに可愛いし。


 あぁモテ期ってあるんだな。

 僕はそんな呑気な事を考えていた。


 そんなこんなで十三駅に着き、げんの家まで戻ってきた。

 甲斐甲斐しく二人とも両腕にしがみついたままだ。

 今気づいたがげんの家にはインターフォンが無い。


 引き戸をノックしようかと思ったが両腕は絶賛極上の柔らかさ堪能中。

 出来ればギリギリまで堪能したいなあ。

 なので僕は……


げんーーっ!

 戻って来たよーーっ!

 開けてーーっ!」


 と大声を張り上げた。


「おーぅ!

 竜司ー。

 帰って来たか」


 引き戸の向こうで声がする。


 ドタドタ


 力強い足音が聞こえる。


 ガラガラ


「オウ!

 竜司おかえり。

 声出るっちゅう事は無事…………」


 僕の姿を見たげんの発言が止まる。

 僕は現在両腕に美女がしがみついてる。

 それを見て絶句している。


「竜司……

 ワレ……

 モテモテやのう……」


「……タハハ」


「まあ……

 あがりぃや……」


 げんが僕の様子を見て明らかにテンションが下がっている。

 冷静に考えると僕も今の状況が段々恥ずかしくなってきた。


「あの……

 そろそろ離してくれない……?」


「そーよっ!

 暮葉くれはっ!

 貴方いつまでくっついてんのよっ!

 離れなさいよっ!」


「いやっ!

 何よっ!

 蓮が離れればいいじゃないっ!」


 僕の両側でいがみ合っている。


「あの……

 二人共だよ……」


「えっ?」


「えっ?」


 二人とも両側から驚いた顔で見上げる。

 何かを察したのか二人とも手をそっと放す。


「へっへーん。

 私の方が腕を離すの遅かったわっ!

 ねっ!?

 竜司っ!?

 私の方が愛が深いと思わないっ?」


「何よっ!

 私の方が離すの遅かったもーーんっ!」


 またいがみあってる。

 これからどうなるんだろう。

 とりあえず僕ら五人は部屋に上がった。


「蓮も来たんかいな。

 久しぶりじゃのう」


「フネさん久しぶり。

 私だって竜司が好きだもん。

 急に出てきた娘なんかに負けてられないわっ」


【あらん。

 この子ったら一度好きって言っちゃったもんだからもう抵抗無しに言っちゃってるわん。

 現金なものねぇ】


「だっ……!

 誰が現金よっ!

 ルンルッ!」


「ひょひょひょ。

 ええのう若いもんは。

 ワシも昔、爺さんを恋敵と奪い合ったもんじゃ……」


 何かフネさんが遠い眼をしている。


「そうなんですか?」


 僕はとりあえず話題の矛先をフネさんに向けた。


「そうじゃ。

 ワシの若い頃は合気小町と評判でのう。

 求愛の男が後を絶たんかったもんじゃ……」


げんのお爺さんってどんな人だったんですか?」


「爺さんは合気道道場の兄弟子じゃよ。

 強くてのう。

 塩田の再来と言われるぐらいの強さじゃった……

 ワシも遂に一勝も出来んかったわい」


「へえ……

 強かったんですね」


「オイ竜司。

 バーチャンと話してへんで祝いの買い出し行こうや」


「あ、うん」


「あ、私も行くわ竜司」


「いや、蓮はここで暮葉くれはと一緒に料理の準備でもしててよ」


「そう…………

 わかったわ。

 じゃあ行ってらっしゃい。

 あ、待って。

 買って来て欲しい物書き出すから」


「わかった。

 ガレア、暮葉くれは買って来て欲しいものある?」


「辛いものッ!」


【ばかうけっ!】


「ガレア……

 まだばかうけ残ってたでしょ……」


【あれ?

 そうだっけ?】


 ガレアはキョトン顔で亜空間を出し中に手を突っ込む。

 中からばかうけのお徳用の袋がたくさん出てきた。

 本当にガレアの手は大きいなあ。


【あ、ホントだ】


「それだけあったら充分だろ?」


【うん。

 じゃー肉っ!】


 ガレアが嬉しそうだ。


「肉ね……

 そういえばげん、メニューは何にするの?」


 その問いにはげんでは無く、フネさんが答える。


「祝い事の日ィ言うたらスキヤキに決まっとるわい」


「へえ。

 そうなのげん?」


「さすがバーチャン。

 そうやで竜司」


「わかった。

 じゃあ行こうか」


 僕とげんは外に出る。

 その道すがらげんが話しかけてきた。


「しっかしよう無事で戻って来たのうガハハ。

 ワイはてっきり再会は病院や思っとったわ」


「もう縁起でもない事言わないでよ……

 蓮は確かに怒りっぽい所はあるけどむやみに暴力をふるう子じゃ無いよ」


「ホーッ。

 竜司君は蓮の事に詳しいと見えるのう。

 やけどなぁっ!

 そら甘いッ!

 竜司君ッ!

 甘いでぇっ!

 パルナスのケーキかってくらい甘いでぇっ!」


「甘いって何が?」


 パルナスのケーキが何の事か解らないのでとりあえずスルー。


「いやお前が行った後、ちょいちょい蓮とは会ってたんやけどな。

 一回ワイが便所行っとる隙にチョッカイかけてきた奴らがおってな。

 そいつらスキルで一蹴しとったしのう。

 ほいで何や言うたらお前の名前出しとったしな」


 大阪に来て一番僕の心に刺さったのはこの話だ。

 僕はずっと蓮に心配かけていたのだろう。


 名古屋から戻った時は猶更。

 そんな蓮を裏切る形になってしまった。

 やはり僕は最低だ。


「その顔見てたら何や色々考えて凹んどるみたいやな。

 ワイがお前の願望当てたろか。

 “僕は君の恋人にはなられへんけど友達でいて欲しい”

 ……やろ?

 まームシのええ話やわなあ」


 さすがげん

 その通りだ。

 ムシの良い話。

 それは重々承知だ。


「うん……

 でも自分を弁護する訳じゃ無いんだけどげんには知っといて欲しい。

 僕は決して蓮を嫌いになった訳じゃ無いんだ。

 むしろ蓮には感謝しかしてないんだ。

 ただ僕の前に暮葉くれはが現れた。

 それだけなんだ」


「ハッ。

 そんなん言わんでも解っとるわい。

 ついでにオノレが二人の間で板挟みになって自分卑下してみとる事もな」


 僕は驚いてげんを見た。

 そこまでお見通しか。


「ガハハ。

 何ちゅう顔しとんねん。

 まー横浜ででっかい事件起こして……

 そっから引き籠って……

 んで家族からもキツい扱い受けて……

 一個だけでも役満やのに三つ揃たら不幸の数え役満やわ。

 そんな状態やったら自分を下げて見たくなる気持ちもわからんでは無いがなあ。

 まあそないに自分下げて見ても始まらんで竜司。

 昔はどうか知らんけど今はワイもおる。

 んで蓮もおる。

 バーチャンもルンルもベノムもおる。

 みんなワレの事好きやねんからもっと頼ってええんやで」


「うん。

 げん、ありがとう」


 そんなこんなでまず肉屋に到着。

 かなり。

 そう何せ竜が三人居るんだ。

 ビックリするぐらいの量の肉を買った。

 一体何キロあるんだ。


げん、何やこんな大量に肉買うて。

 パーチーでもすんのかい」


 肉屋の店主が気さくに話しかけてくる。


「まーそんなとこやオッチャン」


「まーワシは儲かってええけどな。

 毎度アリ」


げん……

 ホントに僕出さなくて良かったの?」


 この大量の肉の代金は全てげんが出した。


「えーってえーって。

 ワレは黙って祝われとったらええねん」


 せめて荷物ぐらいは持たないと。

 僕はげんから大量の肉が入った袋を受け取った。


 ズシリと重い。

 肉もこれだけあるとこんなに重たくなるんだ。

 僕とげんはそのままスーパーに到着。

 しらたきと豆腐、長ネギと春菊、そしてビールを段ボールごと買った。


「祝いっちゅうたらやっぱ酒やろ」


 だそうだ。

 僕は飲めないんだけどな。


「あ、げん

 タマゴは買った?」


「心配すなや。

 タマゴやったら家に大量にあるで」


 あ、あと暮葉くれはが辛いもの買ってきてって言ってたっけ。

 僕は適当にタバスコを買って帰った。

 買い出しも終了し鮫島家に戻ってきた。


 ガラガラ


「ただいまーーっ!」


 とげん


「ただいま~……

 ふーっ重かったぁ」


「おう。

 お帰り」


 フネさんが出迎えてくれた。


「ハイただいまです。

 二人……

 仲良くやってました?」


「ムヒョヒョヒョ。

 まあある種な。

 ムヒョヒョ」


「ある種?」


 僕が問いかけた瞬間……


 ガチャーーン!


 奥で大きな音がする。

 僕は荷物を持って急いで奥へ行く僕が声をかける前に蓮の怒号が聞こえてくる。


「だから何で思いっきり包丁を振り下ろすのよっ!

 まな板まで斬れちゃってるじゃないっ!」


「ええっ!

 ええっ!

 だってだって……

 蓮が斬れって……」


 蓮の怒号に暮葉くれはの軽く困惑した声。


「れ……」


 僕が声をかけようとした瞬間


「そうはいかんわい。

 ホイ」


 カクン


 僕の膝が急に折れる。

 バランスを崩し屈む僕の身体。


「ほっ」


 後ろでフネさんの声が聞こえたと思うと襟首に強い力を感じる。


「わっ」


 僕は尻もちをつく。

 僕は叫び声をあげようとするもフネさんの動きの方が素早く僕は口を塞がれた。


「ちょっと黙って見とれ。

 これ暴れるでない」


 ようやく落ち着いた僕。

 それを察したのか静かにフネさんの手が離れる。

 若干加齢臭がする。


「……はい」


「黙って見守るのも男の器量ぞ」


 僕は言われるまま黙って見守っていた。

 奥では会話が続いている。


「もう一つまな板があったからこれでもう一度切ってみて。

 次失敗したらここから出て行ってもらうわよっ」


「うっ……

 うん」


 暮葉くれはが包丁を持って何かを切ろうとしている。

 横についている蓮。


 ストン


 切る音が聞こえる。


「そう……

 やればできるじゃない……

 それぐらい地球の食材は優しく切ってあげてね……

 力強く切っても細胞を潰すだけで良い事無いのよ……

 うんっ

 よしっ

 良く出来たわねっ

 暮葉くれはっ!」


「出来たっ!

 料理って難しいのね……」


「いや……

 ただ貴方がぶぎっちょなだけでしょ?」


「むー。

 失礼ねー。

 私ぶぎっちょなんかじゃないもんっ!

 あれ?

 竜司の匂いがする」


 暮葉くれはがむくれたと思ったら鼻をスンスン鳴らし始めた。


「あっ竜司っ!

 おかえりっ!」


 暮葉くれはが僕に気付き、晴れやかな笑顔をこっちに向ける。


「どうしたの?

 竜司尻もちなんてついて」


「いや……

 タハハ。

 あっお肉たくさん買ってきたよ。

 はい」


 僕は下から袋を手渡す。


「あ、ありがとう……

 うわっ重たっ!」


 グン


 急激に蓮の腕が下がる。


「ゴメン……

 五キロぐらいあるから」


「どんだけ買ってるのよ……」


「ねえねえ竜司っ!

 これなあにっ!」


「あぁ。

 これはお肉だよ」


「へーっ!

 いっぱいあるのねーっ!」


「ホラ暮葉くれはも肉をお皿に分けるの手伝って」


「うんっ!

 れんっ!

 私も手伝うーっ!」


 暮葉くれはがパタパタ蓮に駆け寄る。

 蓮も笑顔だ。

 良かった。

 仲良くしてくれてる様だ。


「もー。

 暮葉くれは

 ちゃんと出来るのーフフフ」


「お皿にキレーに並べるだけでしょーっ。

 出来るモンッ!」


 そう言いながら大皿に肉を並べていく暮葉くれは

 蓮も大皿に手早く肉を並べている。


 僕はその様子をポーっと眺めていた。

 右には暮葉くれは

 僕の婚約者。

 左には蓮。


 僕の事を好き……

 って言ってくれてる。

 二人とも本当に可愛い。


 そんな二人がキャッキャッウフフと台所で作業をしているのだ。

 するとどうだ。

 この昭和初期の様相の台所に二輪の華が咲いた様では無いか。


 そんな二つの華を僕は黙ってポーっと眺めていた。

 多分だらしない顔をしていただろう。

 二人が僕の目線に気付き後ろを振り向く。


「うわ……

 竜司が何か気持ち悪い顔してる……

 ホラ暮葉くれは、見てみなさい」


「わっ……

 ホントだ……

 竜司……

 何か気持ち悪いわよ」


「えぇっ!?」


 二人のジトッとした目線とコメントにキョドった声が出てしまう。


「プッ……

 竜司。

 なあにその声」


 と、暮葉くれは


「プッ……

 ホント。

 どっから声出してるのよ?」


 と蓮。


「アハハハハハハハハハハッハハハハッ」


 と二人同時に笑い出した。


「何だよもう。

 二人とも笑うなよう」


 と言いながらも顔の緩みは止まらない。


「だからその眼でこっち見ないでよ竜司っ

 アハハハ」


 と蓮。


「ハイッ。

 こっちも見ないで下さーいっ。

 アハハハハ」


 と乗っかる暮葉くれは

 ふざけているのはわかるのだがほんの少し……

 胸が痛い。


 お前たち二人とも僕の事が好きじゃなかったのか。

 僕は屈んで右人差し指でのの字を描き始める。


「あれ?

 竜司……?」


「ど……

 どうしたの竜司?」


「どうせ僕なんて……

 イジイジ……

 引き籠りで……

 オタクで……

 イジイジ……

 特撮好きで……」


 ここぞとばかりにイジけてやった。


「ちょ……

 ちょっとちょっと竜司っ!

 冗談だってばっ!」


「竜司どうしたの?」


 まだまだイジけてやる。


「どうせ僕なんて……

 アステバン見て一人で楽しんでたらいいんだ……」


「ヒィヤァッッ!

 ア…………

 アステバンッッ……」


 僕がイジけて言った一言に反応して今度は暮葉くれはが屈んで右人差し指でのの字を描き出した。


「じゅーご……

 じゅーろく……

 じゅーしちとー……♪

 アタシの……人生暗かったー♪

 過去はーどんなにー暗ーくともー……♪

 夜はーアスーテバーン……♪」


 暗い。

 最初解らなかったが最後まで聞いてメロディで解った。

 これも物凄く古い曲で藤あや子って歌手の“K子の夢は夜ひらく”だ。


 だから何でこんな古い曲を知ってるんだこの子は。

 とこうしていられない。


 僕のイジケはとっとと終わって暮葉くれはをこっちに引き戻さないと。

 僕は暮葉くれはの肩を掴み左右に揺り動かす。


暮葉くれは

 戻ってこーいっ!」


「ハッ!

 私どうしてたのかしらっ!?」


「ふう」


「な……

 何なのよ……

 このやり取り……」


 この一連のやり取りを見ていた蓮が思わずそう漏らす。


「いや……

 まあ……

 色々あってね……

 タハハ」


「オイ!

 お前らっ!

 いつまで台所でくっちゃべっとねんっ!

 はよ肉持ってこんかいっ!」


 居間からげんの声が聞こえる。


「あっ

 ゴメン……」


 僕は蓮と暮葉くれはが用意してくれた肉の大皿を居間に運ぶ。


「うわ……」


 真ん中のテーブルにはカセットコンロが置かれ大型の鉄製スキヤキ鍋が置かれている。


「おう、来た来た。

 さあ貸せ貸せ…………

 竜司……

 牛脂どこや?」


 げんはさもあって当然のものが無いと言う感じで僕に聞いてくる。

 何だろ?

 ギューシって。


「え?

 何?

 ギューシって?」


「ワレ牛脂も知らんのかい。

 肉と一緒に入っとったやろ。

 こう……

 サイコロ状の白いやっちゃ」


「わかった。

 取って来る」


 僕は台所に踵を返す。

 台所で調味料の準備をしていた蓮に聞いてみる。


「ねえ蓮。

 ギューシ……

 ってある?」


「ん?

 牛脂?

 何だ持って行ってなかったの?

 えっと……

 あぁあったあった。

 コレコレ」


 蓮はビニール袋に入った大量の白いサイコロ片を渡す。


「これが……

 ギューシ?」


 一体何に使うんだろう。

 とりあえず持っていく事にする。

 そしてげんに渡す。


「オウこれやこれや。

 後は調味料だけやなヘヘヘ」


 すぐに野菜やしらたき、豆腐を乗せた大皿を持った暮葉くれはと醤油と何やら小壺を持った蓮がやってきた。


「さあお待たせ~」


「ヨッシャヨッシャ。

 さあっやるでぇっ!

 本格関西風スキヤキやでぇっ。

 竜司っ!

 ワレ関東出のボンボンやから知らんやろっ!?」


「うん。

 知らない。

 美味しいの?」


「おうよっ!

 美味さは保証するでぇっ!」


 色々あったがようやくすき焼きパーティ開始。

 げんが長箸を持ちギューシと呼ばれる白いサイコロ片を掴みスキヤキ鍋の表面を滑らせる。


 ジュウジュウ


 スキヤキ鍋にはもう熱が入っていたらしく高音でギューシを溶かしていく。

 ここで僕は疑問を消化するため蓮に尋ねる。


「ねえ蓮。

 ギューシって何なの?」


 ジュウジュウ


「ん?

 あぁこれは牛の脂を固めたものよ。

 焼肉とかすき焼きをやる時にはこれが良いのよ」


「へえ。

 牛脂ねえ」


 僕は純粋に感心した。

 げんが二、三個牛脂を引ききった所で肉が並べられた大皿を持つ。


「へへっ

 次はコイツや」


 ジュワッ


 どんどん肉を鍋に置いて行くげん

 美味しそうな焼ける音を立てている。

 さすが大型の鍋。


 肉を二十枚近く並べてもまだスペースがある。

 ひとしきり並べ終えた所で大皿を置く。

 次は蓮が持って来た小壺を持つげん


「蓮、この小さい壺は何が入ってるの?」


「ん?

 これ砂糖よ」


 砂糖?

 まだ焼き始めて間もないのに何に使うんだろう。


「ヘヘヘ……

 そんで……」


 おもむろに小壺を開けた元は砂糖を小匙で掬う。

 何とそれをまだ焼けてない肉に振りかけ始めたのだ。


「ちょっ!

 ちょっとちょっと元っ!

 何やってんのっ!」


 思わず僕は声をあげる。


「まーまー竜司君、落ち着きたまえよ。

 これが関西風やねんて」


 関西風だか何だか知らないがそんな砂糖を直接振りかけたものが美味い訳が無い。

 でもまあげんのやる事だ。

 僕は黙って見守る事にした。


 と、そこへげんが次の行動に移る。


「よしっ

 次は醤油やっ」


 そう言うげんは醤油の瓶を持って肉にかけ回す。


 ジュジュジュジュワァッ!


 瞬時に醤油が沸騰し、泡と湯気を立てている。


「さあ、あとは焼き加減自由に食うてええで」


 出来たらしい。

 僕は器に卵を割り入れ箸で溶く。

 ガレアの分も作ってやった。

 少し待つ。


「私レアが好きだからお先っ!」


 蓮が先に肉を摘まみ自分の器の溶き卵に潜らせる。

 おもむろに一口。


「ん~~っ。

 美味しい~~っ!」


 砂糖を直接振りかけた肉が本当に美味いのか。

 僕もそろそろ食べよう。

 僕は器に一枚。

 ガレアの器には肉を五枚入れた。


「ホラガレア。

 焼けたよ」


【おっ肉かっ!

 サンキュー竜司】


 まあ半信半疑の所もあるがとりあえず一口。


 パクリ


 ん?

 もう一口。


 パクリ


 正直驚いた。

 物凄く美味い。


 砂糖を直接振りかけるから物凄く甘いと思いきや全然そんな事は無い。

 熱せられた醤油に砂糖が溶けてちょうどいい塩梅に味が肉についている。

 その甘辛いタレが肉の脂と合わさり濃厚な肉の味わいが口いっぱいに広がる。


「どや?

 美味いやろ?

 竜司」


「うん……

 正直驚いた……

 肉に直接砂糖なんてどうなるかと思ったけど物凄く美味しい……

 これが関西風か……」


「へへっ……

 まだまだ肉はあるでっ!

 竜司、ワレは主役やねんからどんどん食えや」


【美味っ!

 美味美味っ!

 竜司っ!

 肉美味いなっ!

 おかわりっ!】


「……ちょっと待ってねガレア」


 これは美味い。

 ガレアが腹いっぱいになるなんて待ってられない。

 僕も食べたい。

 次は僕の器に二枚。

 ガレアの器に六枚。


「やっぱガレアはよう喰うのう。

 どんどん焼くからどんどん食えや」


 げんは手早く肉を並べだす。

 砂糖を素早く振りかけ醤油をかけ回す。


 まだまだ肉はたくさんある。

 僕も食べたい。

 そんな感じで宴は進む。


 カシュ


 げんが缶ビールを開ける。


「やっぱすき焼きにはビールやな……

 んぐっ……

 んで肉っ……

 ハフハフ……

 最高やわ」


 ガツガツ


 いや正直驚いた。

 関西風がこんなに美味しいとは。

 いつもはガレアが満腹になるまで待つ僕だがこの美味しさを前にしては黙ってられない。

 ただ勿論ガレアにはよそってあげたけどね。


 ■ガレアの場合


 ガツガツ


【美味っ!

 うまうまっ!

 肉美味っ!】


 ガレアもこの美味しさにご満悦の様だ。


 ■ルンルの場合


 モグモグ


【全くガレアちゃんったらお下品ねえ。

 もっとエレガントに食べないとみっともないわよん】


 そんな事を言ってるルンルは犬食いだ。


 モグモグ


 ■ベノムの場合


 ベノムはげんがよそってくれた肉の入った器を見ながら全く動かない。

 どんな感じで食べるんだろうと興味が沸いて少し見ていたら……


 ガッッ!


 急に素早く器に口を突っ込んだ。

 さっきまで全く動かなかっただけに急激な緩急の動きに驚いた。


 ガツガツ


 多分……

 美味しいの……

 かな?

 咀嚼するスピードもガレア並みに早い。


 ピタッ


 急にベノムの動きが止まる。

 ゆっくり顔を持ち上げさっきのようにじっと器を見つめている。


「おっ

 おかわりか。

 ベノム」


 まるで周知の事実の様に空の器に肉を補給するげん

 ホントにベノムは変な竜だなあ


 一時間後


「ふー……

 ワイもう腹いっぱいやわ……

 後は酒でええ」


 げんが大の字に寝そべり出す。

 っていうか鍋奉行が仕事放棄して良いのか。


「コラげん

 食ってすぐ寝たら牛になるで」


 フネさんが肉を咀嚼しながらげんをたしなめる。

 というかこの人、げんと同じぐらい喰ってるのにまだ食べるのか?

 正直僕もお腹一杯だ。


 ■現在食べている人


 ガレア、ルンル、ベノム、フネさん。


 最終的に食べてるのが竜と老婆だけなんてなあ。


「とりあえず僕はお茶でも入れてきます」


 僕は立ちあがる。


「おう。

 台所にポットと急須と茶っ葉あるで。

 適当にいれぇ」


「うん。

 蓮、暮葉くれは

 お茶いる?」


「うん。

 私はもらうわ」


「じ~~~……」


 何やら暮葉くれはが一点を見つめている。


「ん?

 何やネーチャン」


 その眼線の先には右手で頭を支え横に寝そべっているいわゆる涅槃仏ねはんぶつポーズのげん


「じ~~~~……」


「ネーチャン。

 ひょっとしてコレか?」


 チャポ


 げんが左手に持っていた飲みかけの缶ビールを振る。


「うんっ!

 私コレが良いっ!」


 暮葉くれはが元気よくげんの缶ビールを指差す。


「オウ。

 ネーチャンなかなか見所あるやないけ。

 段ボールの中にまだまだあるから飲んだらええわ」


「うんっ

 ありがとっ…………

 えっと……」


「ん?

 ワイの名前か?

 ワイは鮫島元さめじまげんや」


「わかったっ!

 げんちゃんねっ!

 ありがとっ」


 それを聞いたげんの頭がずり落ちる。


「げ……

 げんちゃんやて……」


「ヒョヒョヒョ。

 懐かしいのうげん

 そう呼ばれとったのは小学校低学年までやったなあ。

 ホレガレア、ルンル、ベノム。

 たんと食え……

 ガツガツ」


 げんをはやし立てながら素早くガレア達に肉の入った器を渡し自分も食い出す。

 ホントによく食べる婆さんだなあ。


暮葉くれは、程々にしときなよ。

 竜での年齢は二千歳かも知れないけど設定では十五歳なんだから」


 僕は強く制止はせず軽くたしなめる程度。

 それは何故か。


 それはもう一度暮葉くれはに酔って欲しいと思ったからだ。

 正直酔った暮葉くれはは物凄く色っぽくて可愛くなる。

 僕は緩みそうな口元を必死に堪えながら平静を装ったって訳さ。

 …………すいません。


 ガサゴソ


 早速段ボールを漁り出す暮葉くれは

 それを尻目に僕は台所へお茶を入れに行った。


 五分後


 僕はお茶を入れて居間へ戻ってきた。


「んふふふ~ふぅ♪

 アハ」


 暮葉くれはがもう酔っていた。

 段々酔うのが早くなってないか。


「オイッ!

 コラッ!

 やめぇっ!」


 暮葉くれはげんの髪の毛を引っ張っている。


「んふふ~♪

 なぁんでぇ~

 げんちゃんのぉ~

 髪の毛はァ~~

 金髪なのーーーッ!」


 そう叫ぶとげんの髪の毛を思い切り引っ張る暮葉くれは


「イタタタタッ!

 んなんほっとけやっ!

 ってか痛い!

 痛いて!」


 パッと手を離す。


「んふふふ~ん♪

 おしゃけおいしー……

 あっ竜司っ!

 だっこーーーーーっ!」


 暮葉くれはが飛びかかってきた。

 危ない。

 もう少しでお茶をこぼしてしまう所だった。


「うおっと」


 僕はうまくバランスを取りどうにかお茶をぶちまけるのは避けれた。

 そのままゆっくり暮葉くれはを支えたまま座る。


「んふふ~♪

 竜司~♪

 グリグリグリグリ」


「あひゃっ

 うひゃひゃっ

 やめてっ

 暮葉くれは

 くすぐったいっ!」


「うにゅにゅにゅにゅ~~♪」


 僕の腹辺りで忙しなく顔を左右に動かし擦り付ける。


「あぁっ!」


 僕と暮葉くれはのやりとりを見ていた蓮が声をあげる。


「ど……

 どうしたの?

 蓮……」


「………………私も飲む…………」


「えぇっ!

 ちょっ!

 ちょっと蓮っ!」


「うるさいっ!

 飲むったら飲むのっ!

 だって酔ったら合法的に竜司に甘えられるんでしょっ!

 暮葉くれはみたいにっ!

 げんっ!

 私もビールッ!」


「ガハハおもろなってきたのう。

 ちょう待っとけ…………

 ホレ」


 げんが缶ビールを一本差し出す。

 合法以前に未成年の飲酒が既に違法なのだが。


 カシュ


 蓮がプルタブを持ち上げビールの栓を開ける。


「こ……

 こんなのっ!

 何てこと無いわよっ

 ママだって十三から飲んでたって言うしっ!

 これを飲めば私もっ

 竜司に甘えられるんだっ!

 行くわ……

 行くわよっ!」


 グビッ


 飲んだ。

 しばし静寂。


「れ……

 蓮……?」


「うっ……

 ううっ……

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!

 竜司のバカァァァァァァァ!

 うわぁぁぁぁぁぁんっ!」


 驚いた。

 蓮が急に泣きだした。

 それはもう見た事無い程の大号泣。


「ちょっ!

 ちょっとちょっと蓮っ!」


「ガハハこらおもろい。

 蓮は酔うたら泣き上戸になるみたいやな」


 え?

 酔ってこうなったのか?

 って言うかまだ一口しか飲んでないぞ!


 酔うの速すぎないか!

 一瞬だったぞ!

 新しい情報が多すぎて処理が追い付かない。

 しかも蓮の所に寄ろうとも暮葉くれはにガッチリホールドされており上手く移動できない。


「あぁぁぁあああぁぁんっ!

 竜司ィィィィ!

 大好きだったのにぃぃぃ!

 うわぁぁぁぁぁぁん!」


 チクリ


 胸が痛む。

 少なくとも今は暮葉くれはより蓮だ。

 僕は何とかそろりと暮葉くれはのホールドを解き、蓮の方へ駆け寄る。


「れ……

 蓮……」


「ぐすっ……

 ぐすっ……

 竜司……?」


 ガバッ


 急に蓮が抱きついてきた。


「うっ……

 うっ……

 竜司のバカッ……」


 顔は見えないが蓮が泣いているというのは声で解る。

 僕は優しく蓮を引き剥がし正面から向き合う。


「蓮……

 ホントに……

 ゴメン……」


 謝ってどうにかなる問題では無いのは解っている。

 僕の謝罪を聞いた蓮は無言。


「れ……

 蓮?」


 僕には返事せずにそのままゆっくりとルンルの方に歩いていく。

 言葉数が少なくなったのがやけに不気味だ。


「ルンル……」


【あらん?

 蓮、どうしちゃったのん?】


「ちょっと付き合って……」


【何よう。

 どうしたって言うのよう】


 そのルンルの戸惑いにも返答せずルンルを連れて縁側を通り庭へ出る。

 そして静かにルンルに手を合わせる。

 あ、これは……


「何や何や。

 何すんねや」


 げんもビール片手に縁側に顔を出す。

 と同時にルンルが光に包まれ出す。


【アッ……

 ダメッ!

 ダメェッ!

 らめぇぇぇぇぇっ………………!

 ペッ…………

 ペペッ……

 ペッティング!】


 直に光が止む。

 現れたのは黄金色に輝く巨大な銃。

 所々で帯電している。


「オイ……

 何やこれ……」


 そうか。

 げんは名古屋の一件は知らないんだ。


「あのね……

 これ、蓮のスキル……」


「あのでっかい銃がルンルなんか?」


「そうだよ」


 ジャキッ


 蓮が銃と化したルンルを持ち銃口を上に向ける。


「竜司のぉぉぉぉぉっ

 バカァァァァッァァ!」


 ドキュゥゥゥゥゥゥン!


 上空に放たれる一筋の光。

 雲にぶち当たり四散。

 辺りも少し明るくなるぐらいの閃光を放つ。


 まだまだ蓮の気持ちは治まらない。

 引き金を引く。

 第二射。


「久しぶりに会ったのに婚約者って何なのよぉぉぉぉぉぉっ!」


 ドキュゥゥゥゥゥゥゥン!


 この蓮の超電磁誘導砲レールガン

 雲が四散したのからわかる様に威力も凄いのだが音も凄いのだ。


 ワンワン!

 

 近所で野犬が吠え出した。

 まだ蓮の怒りは収まらないらしい。

 また引き金を引く。

 第三射。


「竜司は私が先に見つけたんだぁぁっぁぁぁぁぁぁ

 私のだぁぁっぁぁぁぁ!」


 ドキュゥゥゥゥゥゥゥン!


 こんな感じで合計五発空へ撃ち放った蓮。

 五回の巨大な爆雷音が響き、辺りは静寂に包まれる。

 

 バターーンッッ!


 蓮が大の字に寝転がった。


「れ……

 蓮……?」


「スウ……

 スウ……」


 可愛い寝息を立てている。


【あらん。限界リミット来ちゃったみたいねん。

 にしてもこの子ったら前までは三発撃って寝ちゃってたのにどんどん強くなるわねえ……

 って蓮っ!

 アンタが戻さないとアタシずっとこのままよぉぉぉぉ!】


 なるほど。

 銃に変化させるのも竜の形態に戻すのも蓮が居ないと駄目なのか。

 ルンル、ご愁傷様。


「さすが蓮やな。

 やるやないかい。

 ヨッシャ!

 いっちょワイも見せたるとするかなっ!

 オイッ!

 ベノムッ!」


 庭に出たげんが屈伸しながらベノムを呼びつける。


【何…………?】


 ベノムがドスドスやってくる。


「ちょおここに立て。

 魔力壁シールド張ってな」


【…………アレやるの?

 …………ヤダなぁ…………】


「安心せい。

 やるんは魔力注入インジェクトだけじゃ」


 魔力注入インジェクト

 相手も居ないのに魔力注入インジェクトなんか使ってどうするんだろう。

 僕は黙って見守っていた。


「まー色々修羅場を潜ってきた竜司の事やからワイが陸自とコトを構えるってなったら不安やろ?

 安心させたろ思てな。

 フーーーッ……

 行くでっ!

 発動アクティベートッ!」


 げんが聞き慣れない言葉を叫ぶとベノムの身体から中ぐらいの大きさの灰色の魔力球が出てきた。

 って言うかもうこのサイズの魔力注入インジェクトを扱えるのか。


 さすがげん

 体内に魔力球が吸い込まれる。

 準備は出来たようだ。


「行くで……

 魔力中和ニュートラライズッ!」


 パリン


 何かが割れる音がした。


「えっ?

 今何したの?

 げん


「ハッ竜司。

 驚いとるようやな。

 今な、ワイの体内の魔力使こうて魔力壁シールドを破ったんや」


 え?

 そんな事出来るのか?

 でもさっき聞いた音は確かに魔力壁シールドが破れる音だ。


「ワイな。

 考えたんや。

 竜河岸同士のケンカの時って竜を何とかしたら絶対勝てるってな。

 バーチャンから魔力注入インジェクトも教わった事やし何で竜ってタフなんやろって考えた結果……

 思いついたんが魔力中和ニュートラライズってわけや。

 やるにはちょおコツがいるけどな」


 げんが白い歯を見せニカッと笑う。

 なるほど。

 げん魔力注入インジェクトを使って魔力壁シールドを破る技を考えたのか。

 ホントにケンカが好きなんだなあ。


「コツって……?」


「まー簡単な話やけどな。

 魔力っちゅうもんは竜それぞれに固有の波みたいなんがあるって気づいたんや。

 そんで体内から割りたい所に向けて魔力を集中させんねん。

 ここがミソや。

 その集中させる魔力を相手の魔力に同調させんねや」


 なるほど。

 魔力壁シールドを破るのに中和って言葉を使うのに違和感があったけどそれなら納得。

 でも知らない相手の魔力の波を見切るなんて出来るのか?


「まあまだ実戦では使ってないねんけどな。

 まー魔力注入インジェクト教わったお蔭で新しい戦い方がいろいろ思いついたわ。

 今んとこやってみよと思てんのは魔力中和ニュートラライズでバリア破って貫通ペネトレートで一撃やな」


 また新しいのが出てきた。


げん貫通ペネトレートって何?」


「ムッフー。

 さっすが竜司君。

 逃さへんなあ。

 貫通ペネトレート震拳ウェイブを進化させた今のワイのメインスキルや。

 震拳ウェイブは喰ろたら体内で衝撃が波のように回るやろ?」


「……うん」


 僕はげんとのケンカを思い出し少し凹んだ。


「ハッハッハ。

 まー昔の事はええやないか。

 んでな。

 貫通ペネトレートは体内の魔力を尖らせて相手に撃ち込むんや。

 んで狙った部分を破壊すると……

 練習やとコンクリ五個とドラム缶三つは貫いたなあ」


 ブルッ


 僕はその話を聞いて身体の芯から震えた。

 貫通の文字通り肉の防御などは簡単に貫くんだろう。


「ん……

 竜司……?」


 蓮が目を擦りながら半身を起す。

 普通に戻っている。


 これも蓮の特徴だろうか。

 ものすごく素面しらふに戻るのが早い。


「おはよう蓮。

 気分はどう?」


「うん……

 大丈夫……

 私どうしてたの……?」


「えっと……

 それは……」


 さすがに言いにくい。

 とそこへ銃のままのルンルが声を上げる。


【蓮ーーっ!

 早く元に戻してーーっ!】


「あれ……?

 ルンル、何で銃になってるの?」


【アンタが変えたんでしょーがっ!】


 蓮が銃に手を合わせる。

 白色光に包まれ直に竜の姿のルンルが現れた。


【ふうっ。

 やっと戻れたわん】


「ねえ竜司……

 ルンルも銃になってるし…………

 私……

 何しちゃったの?」


「えっと……

 だから……

 その……」


「蓮、ワレ酒一口飲んだら大号泣しよってのう。

 んで外に出てルンルを銃に変えて五発ほどぶっ放したんや」


「え……?」


「竜司のバカァァァァァって言うてたでガハハ。

 あと竜司は私のだ!

 とも言うてたのう」


 それを聞いた蓮の顔が見る見るうちに赤くなる。

 そして黙ったまま俯いてしまった。


【一度好きって言っちゃったから平気かと思ってたけどやっぱり恥ずかしいのねん。

 まーあれだけの醜態晒したらねえ】


「醜態って……

 そんなに酷かったの?」


【そりゃあもう】


 それを聞いた蓮の顔がますます赤くなり黙ってしまった。

 僕には暮葉くれはがいるけどやっぱり可愛いなあ。

 あっそういえば暮葉くれははどうしたんだろう。


 ドタドタ


 そんな事を考えていたら中から暮葉くれはが出てきた。


「あーーっ!

 竜司っ!

 こんな所にぃ~~……

 居たーーーっ!

 だっこーーーーーっ!」


 縁側から僕に向かって暮葉くれはがダイブ。


「うおっとぅ!」


 何とかキャッチ。

 暮葉くれはは絶賛泥酔中。


【ホラ蓮。

 恋敵があんな事してるわよ。

 アンタはやらなくていいの?】


 ルンルの問いに蓮は俯いて黙ったまま。

 まだ恥ずかしいらしい。


「ハイハーーーイッ!

 わたし~~ィ

 今すっっっごく気分がいいからぁ~~……

 歌、歌いまぁ~~~すっ!」


 暮葉くれはがおかしな事を言い出した。


「え~~……

 じゃあ皆さん聞いてくだっさいっ!

 Fly me to the moon……」


 曲目を言った途端、真剣な目になる暮葉くれは

 泥酔しててもアーティストなんだなあ。


「Fly……♪

 Me To the……♪

 Moon~……♪」


 儚くも心地よい暮葉くれはの声が鼓膜を揺らす。

 アカペラで流れるその旋律は小夜曲セレナーデの様。

 優しく響く低音の声が周りの雰囲気を一変させる。


 さすがトップアイドル。

 泥酔してても本分を忘れないというか凄い。


「ふんっ。

 さすがねっ暮葉くれはっ!

 でも私も負けてられないんだからっ!」


 ようやく恥ずかしさから脱却できた蓮は鼻息荒く奥へ消えていった。

 と思ったらすぐに戻ってきた。


 おや?

 何か持ってるぞ。

 あれは……

 ギターだ。


「言ったでしょ竜司。

 私、前にストリートミュージシャンやってたって」


 得意気な蓮の顔。

 そう言えば歌唱コンクールで金賞取ったとか言ってたっけ


 ポロン


「The Other Words……♪」


 途中から蓮も歌い出した。

 うん、蓮の歌は初めて聞くが抜群に上手い。

 金賞を取れたのも頷ける。

 うんうんと思いながら二人の合唱を聞いていたら蓮が仕掛けた。


「フフン。

 暮葉くれは

 これについてこれるっ!?」


 蓮がギターの弾き方を変えた。

 さっきまでポロンポロロンと弾いていたのに急にジャカジャカかき鳴らし始めた。

 しかも妙にリズミカルだ。


「Hold My Handーッ♪」


 曲は変わってない。

 Fly Me To The Moonのままだ。

 これはアレンジだ。

 さっきの小夜曲セレナーデの雰囲気とはうって変わってまるでファンクミュージックの様。


「アハッ!

 Darling Kiss Meーっ♪」


 急な曲調の変化にもバッチリついてくる暮葉くれは

 これってもしかして物凄い事じゃ無いか?


「さすがねっ暮葉くれはっ」


 そう言う蓮の顔は笑顔。

 二人ともノッて来たようだ。

 曲も最後に差し掛かる。


「I Love Youーッ♪」


 ジャーーン


 パチパチパチ


 細やかだがフネさん、僕、げんの拍手が響く。


「フフッ。

 蓮、貴方歌上手いのねっ。

 私ビックリしちゃったっ!」


「トップアイドルの貴方に言われてもねえ。

 何だか見下されてる気分」


「ううん。

 そんな事無いわよっ

 蓮、貴方もデビューすればいいのにっ」


「あのファンクアレンジで貴方が慌てふためくの楽しみにしてたのに……

 バッチリ合わせてくるんだもん。

 さすがはトップアイドルね」


 そんな事を言いながら笑顔を交わす二人。

 何だかんだ言って仲良くやってくれそうだな。

 宴は進み、僕はそのままげんの家に泊まる事になった。

 そして何故か蓮も。


 ###


「はい、今日はここまで」


「今日は長かったねえパパ」


「うん……

 やっぱり大阪は色々とね……

 よくたつも寝ないで起きてたね」


「うんっ

 関西風すき焼き僕も食べたいっ!」


 やはりこのぐらいの年の子は性欲よりも食欲らしい。

 前半ディープキスの話したんだけどな。

 まあたつにヘンなツッコみ入れられないし良いか。


「ママにまた言っといてあげるよ。

 じゃあ今日はお休み…………」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る