第百九話 竜司と暮葉の御挨拶周り⑤~奈良後編、大阪編

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうかな」


「うん」


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 僕らは中に入る。


「おじゃまします」


 僕らは見慣れたリビングへ行く。


「まーまーっ。

 適当に座っておいてくれよっ。

 すぐに晩飯作るからよっ!」


「ハイ。

 ヒビキ、何作ってるんです?」


「ヘヘッ。

 竜司が来るってんなら飛鳥鍋に決まってんさねっ!」


 飛鳥鍋とは奈良の名物の牛乳で作る鍋。

 クリーミーなダシと淡白な鶏肉の味が合わさって物凄く美味しいんだ。

 奈良に初めて来た時にヒビキが振る舞ってくれた思い出の鍋だ。


 僕らはテーブルの前に座る。


「っしょっ……

 と……

 ん?」


 何やら向かいからおどろおどろしい気配がする。

 チラッと気配の方を見る。


 氷織ひおり


 テーブルに顎を乗せながら。

 何だろ……

 一言で言うなら。


 物凄く嫌そう。


 発していない“ケッ”って声が聞こえそうな顔で僕を見る。

 ここで僕の受動技能パッシブが働いた。

 煙の大きさはそれほどでもないが色だ。

 色が基本寒色で小さな枠の中を色々な寒色が蠢いている。


 うん。

 多分。

 いや間違いなく歓迎されてない。


「や……

 やあ……

 氷織ひおりちゃん……

 久しぶりだね……」


 黙っててもしょうがないので僕は話しかけてみた。

 するとゆっくり口が開き、綺麗な三角形の形になってる。

 眉をしかめ、生ゴミでも見る様な瞳を向ける。


「ええ。

 お久しぶりですね……

 ロリコンさん」


 キタ。

 久しぶりに来た。

 この理不尽な罵倒。


「タハハ……」


「今日は何しに来たんですか……?」


「奈良でお世話になった方々に紹介したいひとが居てね……

 一時的に戻って来たんだよ……」


「そうですか……」


 会話終了。

 初めて会った時もそうだったけど僕と氷織ひおりが話すとどうも会話が続かない。


 誰か。

 そうだ並河さんが居た。

 僕はとりあえず氷織ひおりは置いておいて、並河さんの方を見る。


「ご無沙汰してます並河さん」


「やあ竜司君。

 久しぶりだねえ」


「ヒビキの様子は如何ですか?」


「ん?

 しっかりやってるよ。

 今は会計部分に関してはヒビキに頼りっぱなしだしね」


「へえ。

 竜だからとかで偏見の眼とかは無かったんですか?」


「だっていくら竜だと言ってもヒビキだよ?

 竜司君。

 ずっと明るくて威勢が良いし、誰とでも同じ感じで話すし、今じゃあみんなと冗談を言い合うぐらいの仲になってるよ。

 それはそうと竜司君。

 相変わらずアステバン好きかい?」


「ええっ!

 もちろんっ!

 つい一昨日にもガレアと一緒に全五十三話視聴したんですからっ!」


 僕は自慢気に語る。

 この時僕は気づいてなかった。

 今この場にアステバンが禁句タブーの竜が居た事を。

 僕が気づいたのは側で聞き覚えのある絶叫を聞いた時だ。


「ヒィヤァァッァァッ!

 ア……

 ア……

 アステバン……」


 僕の隣で暮葉くれはの絶叫が響く。

 プルプル震え出し、身体を斜めにして左手で支え、右手で床にのの字を書き出した。


「コーンコン……♪

 コーンコン……♪

 釘ーをさーすー……♪

 コーンコン……♪

 コーンコン……♪

 アスーテバーン……♪」


 駄目だ。

 また暮葉くれはのトラウマが発動。

 と言うか前はドナドナだった。


 今回の歌は“恨み“。

 山崎四角って言う暗い歌ばかり歌う昔の歌手だ。

 僕は以前ネットで見てインパクトの強さから覚えていたという訳だ。


 何で暮葉くれははこんな古い曲を知ってるんだ。

 おっといけない。

 暮葉くれはを呼び戻さないと。


暮葉くれはーーっ!

 戻ってきてーっ!」


 僕は暮葉くれはの肩を持って左右に揺り動かす。


「ハッ!

 私っ!

 どうしてたのかしらっ!」


 ふう。

 どうにか戻ってきた。

 僕が落ち着いていると並河さんが耳打ちしてくる。


「ゴニョ……

 どうしたんだ?

 君の連れ……

 急に歌ったり大声出したり……

 ゴニョ」


 その問いに耳打ちで返す。


「ゴニョ……

 一昨日アステバン全話見た時に……

 僕がやっちゃいまして……

 ゴニョ」


「ゴニョ……

 やっちゃったって何をやったんだ……?

 ……ゴニョ」


「ゴニョ……

 あの……

 僕とガレアはアステバン知ってるんですけど……

 あのは全く知らなくて……

 そんな中で……

 僕とガレアだけで盛り上がってしまって……

 あのはほったらかしに……

 ゴニョ」


「ゴニョ……

 うわ……

 そいつはひでぇな……

 それであーなったって事か……

 ゴニョ」


「ゴニョ……

 ですので並河さんとアステバンの話はしたいんですが……

 禁句って事で……

 ゴニョ」


「ゴニョ……

 わかった……

 ゴニョ」


「さあさあアンタたちっ出来たよっ!

 社長っ!

 手伝っておくれっ!」


「よっしゃ」


 並河さんは素早く立ち上がりカセットコンロをセッティングしている。

 火を入れる。

 立ち上がり、次は鍋だ。

 いつ見ても相変わらずの大きさだ。


 重たいのだろう。

 並河さんの足取りもヨタヨタしている。

 ようやくコンロの上に鍋を置く。


 鍋の中は白いダシがぐつぐつと煮えていて、鳥ゾーン。

 ゴボウゾーン。

 白菜ゾーンなどなど各場所に集中して具材が煮えている。


「さあさあっ!

 食べようじゃ無いかっ!」


 ヒビキがようやくこちらに来た。

 両手の大皿に追加具材を大量に載せている。

 みんなに箸と小皿が回される。


「さあ手を合わせて……

 頂きますッ」


(頂きます!)


 ヒビキの号令と共にみんなも言う。


 ガヤガヤ


 みんな食べ出した。

 いや正確には僕以外のみんなだ。


 僕はと言うと前と同じだ。

 ガレアの給仕係。

 そしてガレアは喰うのが早い。


「相変わらず喰うの速いなっ!

 でも俺も負けてられないぜっ!」


 並河さんが中腰になり追加具材の大皿を手に載せどんどん空きスペースに具材を足していく。

 ある程度置き終わったら次は強火に変える。


「今煮込んでる所だからちょっと待ってねガレア……

 まだ食べる?」


【もちろんっ!】


 トホホ。

 まだ僕は喰えないみたいだ。


 二十分後


【プフー。

 もう喰えねえ……

 腹いっぱあい】


 ガレアは満腹になったのか大の字に寝っ転がる。

 そういえば暮葉くれははどうしたんだろ?

 ちゃんと食べれたのかな?


 僕は暮葉くれはの方を向く。

 ゆっくりと視界に入って来た暮葉くれはの小鉢の色は白くなく。



 赤かった。



 サッサッサッサ


 ニコニコ嬉しそうな顔で持ち込んだ七味の小瓶を振っている。


 サッサッサッサ


 見る見る赤くなる小鉢。

 もう暮葉くれはの食癖に関しては言うのを止めた僕。

 小鉢から赤く染まった鶏肉を箸で摘まむ暮葉くれは


 ぱくり


「おいっしーーっ!」


 見てるこっちが汗をかくよ。

 さて僕も食べるか。

 前もそうだったけどこの辺りまで行くとダシが物凄く美味しくなっているんだ。


 ズズズ


 うん。

 色々なダシの味がする。

 美味しいなあ。

 しばらく食べた段階で晩御飯終了。


「社長っ!

 ガレアッ!

 ビール行きますっ!?」


「いいね。

 頂くぜ」


【前の気持ち良くなるやつか?

 もらうぞ】


 僕と並河さんは後片付け。

 ヒビキは晩酌の準備。

 氷織ひおりは酒が飲めない人の為にお茶を入れてくれている。


 最初に終わったのは僕と並河さん。

 続いてビール六本セットを持って来たヒビキ。


 最後に氷織ひおりだ。

 暮葉くれはと自分にはすぐに入れる。


 少し待った後僕にも入れてくれた。

 正直入れてくれないと思っていた。

 少し驚いた顔で氷織ひおりを見ると。


「いくらあなたでも……

 お客さんなんですから……」


 だって。


 カシュ


 プルタブを開ける音がする。


「へへへっ。

 じゃあカンパ……」


「あっちょっと乾杯は待って下さい。

 先に紹介しときたいので」


「何だいっ

 何だいっ

 調子狂うねぇっ」


「すいません。

 では……。

 さっ……

 暮葉くれは……」


「うん」


 僕らは前に出る。


「えー……

 皆さんご無沙汰しております。

 その節は大変お世話になりました」


 ぺこり


「えっ!?

 あっ……

 あぁっ……」


 暮葉くれはも慌てて頭を下げる。


「えー……

 本日何故奈良に来たかと言うと……

 この隣に居るひとをお世話になった人に紹介したかったからです」


「竜司……

 その娘さん……

 竜だね」


「はい。

 このひとの名前は天華暮葉あましろくれは

 今ヒビキが言った通り竜であとアイドルをやってます」


「テレビで見た事あるぞ……

 確かドラゴンアイドル……」


「誰ですか。

 知りません」


 暮葉くれはの事を知ってるのは並河さんだけの様子だ。


「えーと……

 僕、皇竜司すめらぎりゅうじ天華暮葉あましろくれはは……」


「婚約しました!」


 一瞬静寂


「そうか。

 竜司君は伴侶を見つけたんだな。

 こういうのは出会いのものだ。

 年齢は関係無いからな。

 竜司君おめでとう」


「今日はめでたい席って訳だねっ。

 じゃあカンパーイッ!」


(カンパーイ!)


「婚約って事は貴方はこのロリコンと結婚するんですか?

 貴方馬鹿ですか?

 死ぬんですか?」


 氷織ひおりの毒舌が一際辛辣だ。


「貴方……

 金氷帝……

 ね」


 少し空気が張り詰める。


「おや……

 また懐かしい呼び名が出てきたねえ……」


 グビッ


 ヒビキがビールを一飲み。


「アンタ……

 誰なんだい?」


「私の竜での名前はアルビノよ……」


「ホーッ!

 お前アルビノかーッ!?

 懐かしいなーっ!」


 張りつめてた空気が一気に緩む。


「ヒビキ。

 暮葉くれはと会った事あるの?」


 前に暮葉くれはに聞いていたが話題の為、振ってみた。


「マザーの城で何度かねぇ」


「あ、そうそうヒビキ。

 僕、マザーに会いましたよ」


「えっ!?

 アンタ奈良の後、何があったんだいっ!?」


「まあ色々とありまして……

 あとヒビキが教えてくれた魔力注入インジェクトも物凄く役に立ちました」


「オイオイ……

 竜司アンタマジで何があったんだいっ!」


 するとジロジロ上から下まで僕を眺めるヒビキ。


「な……

 なんですか……?

 ヒビキ」


「アンタ……

 今日はどうするんだい……」


「ど……

 どうって……?」


「イヤ何……

 一応アンタはアタシが手解きしたっていうのがあるからサ……

 言わば師匠さね。

 そんな師匠が弟子の成長を見てみたいって話さね」


「えっえぇ……

 お邪魔じゃ無ければ……」


「いーよっいーよっ。

 泊ってきなっ!

 社長っ!

 明日半休取っていいかいっ!?」


「ん?

 ああ別に良いぞ。

 ヒビキ仕事が早いからな。

 明日行っても先の仕事の準備ぐらいだろ」


「さっすが社長っ!

 ありがとなっ!

 さあ竜司っ!

 その件は明日に置いておいて……

 竜司っ!

 奈良から出た後何があったか教えとくれよっ!

 酒の肴にならぁなっ!」


 僕は三重でのレース、名古屋の死闘。

 静岡での呼炎灼こえんしゃく、ボルケとの対峙。


 竜界へ飛ばされた事。

 そこでマザーと会い、ハンニバルと闘いそして勝った事。


 それらを話した。

 ヒビキは聞きながらグビグビ酒を飲む。


「竜司っ!

 アンタ修羅場潜ってるねぇっ!

 師匠のアタシとしても鼻が高いよっ

 んっ……

 んっ……っ

 ぷはぁ~~……

 おいっアルビノッ!

 オメーもこっちに来なっ」


「……うん……」


 何やら暮葉くれはの元気が無い。

 僕の隣にチョコンと座る。


「どうしたの?

 暮葉くれは


「いやっ……

 べっ……

 別に……」


 何とも歯切れが悪い。

 ヒビキをじっと見ている暮葉くれは


「ねえ……

 暮葉くれは……?」


「…………ぇえっ!?

 何々っ!?

 竜司ッ!?」


暮葉くれは……

 僕は君に告白をした……

 そして結婚もしたいと本当に考えてる……

 結婚って人生の半分以上を一緒に過ごすんだ……」


「う……

 うん……

 漫画でもそう書いてあった……」


「僕は暮葉くれはの事が大好きだ……

 そして暮葉くれはも同じ気持ちを持っていて欲しい……

 いや、持っていてくれたら嬉しい……」


「……うん……

 私も竜司が好キ……」


「でもそんな僕だからこそ何でも話して欲しいんだ……

 もちろんどうしてもって訳じゃ無いけど……」


「あっ……」


 暮葉くれはが何のことを言ってるか理解したようだ。


「あのね……

 竜司……

 別に大した事じゃ無いの……

 ヒルメイダスが……

 何か性格こんな人だったかなって……

 ホントそれだけ……」


 僕はヒビキの方を見る。

 ビールの飲み口を付けたまま止まっている。


「ふうん……

 今日は懐かしい呼び名を聞く日だねえ……

 グビッ……

 アタシの性格かい……

 そんな昔の事は忘れちまったねぇ……」


暮葉くれは……

 昔のヒビキってどんなだったの……?」


「何かね……

 物凄く冷たい……

 クールな竜だったわ……

 文字通り近づいたら凍っちゃうんだけどね……

 でもそんなヒルメイダスが感情を出す時もあったりとか……」


「それってどんな時?」


「えっと磁鍾帝じしょうていカイザリスと会った時はすっごい怒ってたわ。

 もう周りを全て凍らしてしまうってぐらいに」


 ブルッ


 ん?

 急に冷えたぞ。

 あっ磁鍾帝じしょうていって言えば黒の王だ。

 ってことは……


「へぇ……

 カイ……

 ザリス……

 ねえ」


 どんどん内気温が下がっていく。

 ブルブル震え出す。

 ヒビキを見ると手に持った缶ビールがカチコチに凍っている。


 パキパキ


「ハッ……

 ハックションッ!

 ヘクショッ!

 ヒビキ……

 落ち着いてっ!」


 全然聞かない。


「ヒビキ……

 寒い……

 落ち着いて」


「ハッ!?」


 氷織ひおりの声を聞いてようやく我に返るヒビキ。

 しかし周りの家具なども半ば凍結している程に被害甚大だ。

 すぐさま指を鳴らすヒビキ家具にへばりついていた霜や氷が霧散して消える。

 片手で謝罪のポーズを取りながら……


「わりーわりー。

 つい磁鍾帝じしょうていの名前を聞いたらな」


「もしかしてカの溝を作ったのってヒビキ……?」


「ん?

 懐かしいねえ……

 そうだよっ

 アタシと磁鍾帝じしょうていがケンカして出来た穴だ」


 僕は身震いした。

 やはり高位の竜ハイドラゴンは恐ろしい。


「でもホントに貴方、ヒルメイダスなの?」


 ようやく落ち着いたのか、暮葉くれはがヒビキに話しかける。


「アルビノ……

 アタシはもう竜の姿を捨てたんだ……

 ヒルメイダスは止めとくれ……

 グビッ」


「あっごめんなさいっ……

 えっと何て呼べば……」


「ヒビキで良いよ」


「じゃあ……

 ヒビキ……

 人とこんなにも触れ合ってるなんて昔の貴方じゃ考えられないわ……

 一体何があったの?」


「ハッ。

 何か変わったのがいけないみたいな口ぶりだねえ」


「いっ……

 いやっ。

 そういう訳じゃ無いのっ。

 純粋に興味なのっ」


「まあいいさね……

 変わった理由ねえ……

 さっきも言ったけどそんな昔の事は忘れちまったよ……

 まあ言える事は昔のアタシもアタシだしっ今のアタシもアタシさね……

 今はこれがあればいいさっ!」


 白い歯を見せて笑いながらビール缶を暮葉くれはに向ける。


「んっ?

 これなあにっ?」


 暮葉くれはがキョトン顔でビール缶を見つめる。


「へへへっ

 これは“お酒”って言う人間の文化が産み出した至高の飲み物だよ。

 アタシはこれさえ呑めたらいいさねっ」


「へーっ」


 暮葉くれはが興味津々で聞いている。

 って言うか暮葉くれは、貴方名古屋でも飲んでますから。


「ん?

 アルビノ、アンタも呑んでみるかいっ?」


「うんっ」


「ちょっ……!

 ちょっと待って下さいヒビキッ!

 暮葉くれはに酒を呑ますのはちょっと……」


「おやおやぁ何だいっ?

 もう束縛亭主気取りかいっ?

 竜司ぃ?」


 ニヤニヤ笑いながらヒビキがからかってくる。


「いやっ……

 そんなつもりは……」


「なら黙っときなっ竜司ぃ。

 ほいアルビノッ」


 ヒビキから新しいビール缶が暮葉くれはに手渡される。

 僕はただ黙って指を咥えて見てるだけ。


「ありがとっ。

 竜司っ

 何を心配してるのか知らないけど私はこんなのへっちゃらなんだからっ」


「そうだそうだー。

 いやーアルビノは竜の鏡だねえ」


 ヒビキが勝手な事を言っている。

 えらい自信満々だ。

 それは名古屋で自分が酔った事を覚えていないことを意味する。



 二十分後



「むふふぅ~ん♪

 竜司ぃ~ん♪」


 ハイ酔った。

 どこがへっちゃらなんだ。

 僕も強く止めても良かったかもしれないけど正直この酔った暮葉くれは


 色っぽくて物凄く可愛い。

 抱きついても来るから胸もガンガン当たるし……

 すいません。


「竜司ーーッ♪」


「わっ」


 暮葉くれはは勢いよく僕に抱きついてきた。


 ぷにん


 暮葉くれはの豊かな二つの胸が僕の脇腹辺りに当たる。

 柔らかな感触が伝わって来る。

 何回も言っているが物凄く柔らかい。

 顔も緩みきってしまう。


「く……

 暮葉くれは……

 ちょっと落ち着いて……」


 僕は優しく暮葉くれはを引き離す。


「んふふふ~

 竜司~ぃ♪

 おしゃけおいし~ん♪」


 暮葉くれはが頬を染めながら緩みきった笑顔を見せる。

 可愛いなあ。


「竜司ッ!」


「はっ……

 はいっ!」


「竜司~ィィ……

 また私にこんっっっっなおいしーもの隠してぇぇぇぇ

 私に内緒でこっそり……

 こっそりなんだーっ!」


「うわわっ」


 暮葉くれはが覆いかぶさって来る。

 バランスを崩し倒れ込む僕と暮葉くれは


「よっ御両人っ

 お熱いこってっ

 ケケケ……

 グビッ」


 グリグリグリグリ


 暮葉くれはが僕の胸に顔を埋め左右に忙しなく振る。

 妙にくすぐったい。


「竜司ーっ♪」


「あひゃひゃ。

 うひゃっ。

 やめてっ

 止めてよ暮葉くれはっ!」


「何やってんだいアンタ」


「竜司~~……?」


 モゾモゾ


 僕の胸から顔を見上げる。

 いやこの場合僕も暮葉くれはは寝転がっているから真横かな?

 僕は暮葉くれはに顔を向ける。


「な……

 何……?

 暮葉くれは……」


「……………………ナデナデ」


「へ……?」


「…………アタマ…………

 ナデナデして……」


 暮葉くれはが甘えて頭を撫でて欲しいと言っている。


 何だ。

 何だこれ。

 物凄く可愛いぞ。


 僕はゆっくり暮葉くれはの綺麗な銀髪に手を通しゆっくりゆっくり頭を撫でる。


「んふふふ~

 竜司~~♪

 ゴロゴロゴロゴロ」


 何か暮葉くれはが甘えた猫のように喉を鳴らしている。

 すると僕の顔に影が差す。


「ん?」


 僕は目線を上に向ける。

 ピンクの布地に白い水玉があしらっているのが見える。

 これは……


 パンティだ。

 目線を上にやると物凄く。

 本当に物凄く冷たい眼で僕を見下ろす氷織ひおりの姿。


「貴方……

 そんなに私のパンツが見たいんですか……?

 相変わらずのロリコンですね……」


「いや……

 氷織ひおりちゃんが勝手に……」


「とっととその奥さん予定の人を引き離したらどうです……?

 ヒビキ、もうリミット超えてますよ……

 そろそろ止めにしなさい……」


「えーっ!

 アタシまだまだいけるのにーっ」


「駄目です。

 はやくお客さんの布団を敷いてあげて下さい」


「トホホ。

 へいよう」


 ヒビキはヨロヨロと奥の部屋に消えていった。

 多分このヨロヨロは酔っているせいでは無く、酒が飲めなくて凹んでいるからであろう。

 間も無く布団が敷かれる。


「はぁ~い。

 布団敷けたよぉ」


「はやくその奥さん予定を寝かせてきたらどうです……

 ロリコンさん」


「あ……

 ありがとう……

 タハハ」


 僕は暮葉くれはをお姫様抱っこをして奥の部屋へ。

 布団に優しく寝かせる。


「ふう……」


「んふふ~ん♪

 竜司~っ…………

 ムニャムニャ」


「フフ。

 寝言か」


 僕はリビングに戻り、その夜はヒビキとガレアと話して終わった。



 翌朝



 僕は目覚める。

 手早く服を着替えリビングに行く。


「おっ

 竜司起きたかいっ」


 僕以外はみんな起きていた。

 並河さんは居ない。


「ヒビキ、並河さんはどうしたんですか?」


「社長なら竜司が寝た後に帰っちまったよ。

 今日も朝から仕事だからねえ」


「竜司っ!

 おはよっ!

 もーっ!

 竜司ってばお邪魔している身分で一番の寝坊助さんは駄目なんですよっ

 フンッ」


 暮葉くれはが自慢気だ。

 何やら敬語が混じっている。

 これはいつもの道徳知識からだろう。


「ご……

 ごめん……」


「ボソッ……

 ロリコン程よく眠る……」


 何か左の方で変な諺めいた悪口が聞こえてきた。

 氷織ひおりだ。

 僕はいつになったら気に入られるのだろうか。

 とりあえずその悪口はスルー。


「ハハハッ

 相変わらず氷織ひおりは竜司には手厳しいねぇっ!

 竜司とっとと朝メシ喰いなっ!

 喰ったら行くよっ!」


「ごちそうさまです……」


 氷織ひおりが食べ終わり、続いて暮葉くれは、ガレアも食べ終わる。


「ご馳走様ーっ!

 後は竜司だけよ」


【何やってんだよ竜司。

 早く喰えよ】


 僕は素早く朝ごはんを口に詰め込んで早々に食べ終わる。

 食べ終わった辺りで氷織ひおりがランドセルを背負って登場。


「それでは行ってきます……

 ヒビキ、皆さん……」


「おおっ!

 行ってらっしゃいっ!

 車に気を付けるんだよっ!」


「いってらっしゃい氷織ひおりちゃん」


【イッテラッシィ】


 バタン


 氷織ひおりが学校へ向かった。

 僕らは三十分ぐらいで準備完了。


「準備は出来たようだねっ!

 じゃあっ行くよっ」


 僕とヒビキ、暮葉くれは、ガレアは外に出る。


「ヒビキ、どこ行くの?」


「アタシらがドンパチやるならアッコに決まってらあね。

 龍王山だよ」


 前と同じ所だ。

 あの時はヒビキに全く敵わなかったなあ。

 多分目的地に着いたら組手っぽい事をするのだろう。


 前はやられたけど今回はそうはいかないぞ。

 そんな事を考えている内に到着。


 龍王山


「おー久しぶりだねぇっ」


 確かに懐かしい。

 しかも色々嫌な思い出も蘇ってくる。


「竜司っ!

 ここはどこっ!?」


 解らずついてきた暮葉くれはが聞いてくる。


「あぁ暮葉くれは

 ここはヒビキに稽古してもらった場所さ」


「稽古…………。

 わかったっ!

 修行ねっ!

 修行っ!

 漫画で読んだわっ!

 人間って修行したら強くなるんでしょっ!?」


「うん……

 いや……

 まあね」


 確かに漫画では主人公が修行によって強くなるというのはお決まりのパターンだ。


「さあさあそろそろやろうかねっ!

 ここは街から離れているし少々大きい被害が出ても問題無いよっ!」


 白い歯を見せてニカッと笑いながら屈伸など準備体操をしている。

 いや被害が出たらダメだろ。


「解りました……

 暮葉くれは、ちょっと離れて見てて。

 ガレアやるよ」


「わかったわ」


【何だ。

 ケンカすんのか?】


 今回はあくまでも僕自身の成長をヒビキに見せる為の手合わせだ。

 この闘いに暮葉くれはのブーストは使えない。

 僕とガレアだけでやらないと。


「はい……

 準備OKです」


「こっちも準備できたよっ。

 さあかかってきなっ!」


「はい……

 じゃあ全力で行きます……」


 と言っても大魔力注入ビッグインジェクトは使わないけど。

 でも二、三の魔力注入インジェクトじゃあまた負けてしまう。

 それなりの覚悟はしないと。


 ヒビキとの間合いは十二メートルぐらいだろうか。

 前はもっと近かったのに。


「すぅーーーっ…………

 ガレアァァァァァァァッッ!

 魔力注入インジェクトォォォォォォォッッッッ!」


「ほう……

 アタシのノート、ちゃんと読んだようだねぇ……」


 ドクンドクンドクン


 中型の魔力注入インジェクトを三回使用。

 その様子を見たヒビキが……


「ん?

 魔力注入インジェクト三回か……

 よほど前のアタシが脅威だったのかねえ……

 なら」


 当たり前だ。

 あの日、僕は高位の竜ハイドラゴンの恐ろしさを知ったんだ。

 でもあの日から僕もそれなりに死線を潜ってハンニバルにも勝ったんだ。


 やってやる。

 やってやるさ。

 脚に魔力を集中。


「でや……っ!!?」


 ガクン


 開幕ダッシュを決めようとした僕はバランスを崩す。

 足を見るとカチコチに凍って地面にへばりついている。

 前と同じスタートだ。


 僕を舐めてるのか?


 いや違う。

 ヒビキは試してるんだ。

 これで狼狽えてまたヒビキにマウントを取られる様なら僕は成長していないと言う事だ。


 大丈夫。

 ちょっとビックリはしたけど魔力注入インジェクトを使用した足なら突破は可能だ。


 自分を信じろ。

 倒れず僕は踏ん張る。

 そしてもう一度力を込める。


「でっっっ……

 やぁぁぁぁっっっっ!」


 バリン!


 氷の割れた音が後ろで聞こえる。

 それは僕の身体が弾丸と化し猛烈速度で前に弾けた事を意味する。

 グングン近づくヒビキの身体。

 僕の拳が届くまで一秒弱。


 来た。

 僕は右拳の隅々にまで魔力を集中。

 素早く拳を引く。


「ゥッリャァァァァァッッッ!!」


 ガン


 当たった。

 手応えはあった。

 ヒビキの顔を見る。


 違う。

 ヒビキの顔は確かに見えるがぼやけて歪んでいる。

 それもそのはず。


 僕が殴ったのは氷。

 ヒビキの顔と僕の拳の間にある分厚い氷だ。

 氷の向こう側にある歪んだヒビキの顔が見える。


「くそっ!」


 それなら。

 僕は素早くしゃがみ下から火の様な連続乱打を繰り出す。


「ウオオオッッッッ!」


 ガン!

 ゴゴゴン!

 ガン!


 駄目だ。

 何と言う氷塊生成の速さだ。

 僕の拳も相当なスピードのはずなのに攻撃は全て生成が上回る氷塊によって阻まれる。

 一定のラインを越えられない。


 あれ?

 このパターン前にもあったような……


不等価交換コンバーション!)


 兄さんの声が頭に響く。

 そうだ駿府城公園での兄さんの手合わせの時だ。

 あの時どんなに殴っても兄さんの物質生成の方が速かったんだ。


 なら……


「うおおおおおおっっっっっ!」


 僕は乱打を止めた。

 いや正確には打点を散らすのを止めた。


 一点集中。

 あるポイントめがけ全ての攻撃を集中させる。


 ガンガガンガガガガン!


 それはまるで掘削機の様。

 だが割れない。

 まだ割れない。


 ガガガンゴンガゴン


 ヒビが入った。

 もう少しだ。


「でやぁぁぁっぁぁぁっ!」


 バリン!!


 割れた。

 ヒビキの顔が見えた。

 右頬目掛け魔力の込められた拳を繰り出す。


 が、僕の拳はヒビキには届かなかった。


 僕は身動き一つとれなくなったんだ。


「こっ……

 これはっ……!」


 首だけ下に向けると僕の身体を細く長い白い太紐の様な物が絡みついている。

 首から下は隅々まで螺旋状に。

 少し透明で接触点は冷たい。


「フフフ……

 惜しかったねぇ竜司……

 それはアタシの能力“霜柱フロスト・コルム”だよっ。

 アンタ派手にアタシの氷をガンガン砕いていただろ?

 その破片が飛び散って……

 地面に落ちて……

 溶ける。

 でもアタシの魔力は中でまだ生きてんだよっ。

 破片になってもねっ」


「くっ……

 くっそぉぉ!」


「おや動けない様だねえ……

 なら動かしてやろう……

 ホイ、氷堅塊アイス・ハード・ブロック


 そう呟くヒビキ。

 いや正確にはその呟きを聞き届ける間も無く、腹に大きくそして堅い氷塊が突き刺さり僕の身体は横に吹き飛ぶ。


「ぐぼぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 ズザザザザッ


 スタート地点まで強制的に戻される。

 痛い。

 腹が強烈に痛い。

 早く治療しないと。


「イ……

 魔力注入インジェクト……」


 魔力を患部に集中。

 次第に痛みは引いていく。

 よし回復。

 僕はすぐに立ち上がる。


「ぺっ!」


 口に残った血溜まりを吐き出す。


「へぇ……

 これで終わるかと思ったけど、魔力注入インジェクトを回復に充てる事も覚えてんのかい……」


【竜司、大丈夫か?】


「ああガレア……

 やっぱりヒビキは凄いや……

 僕だけじゃ敵わないよ。

 でも僕ら二人なら別だっ!

 行くぞっ!

 ガレアっ!」


【おうよっ!】


「へぇ……

 まだ闘志はあるかい……

 成長したもんだ」


「すぅーーーっ……

 流星群ドラコニッドスゥゥゥゥ!!」


 緑のフレーム展開。

 次々とヒビキに標的捕縛マーキング

 その数凡そ十~十五。

 ここまで一秒弱。


「シュゥゥゥゥゥゥトォォォォォ!」


 ガレアの身体が白い光に包まれる。

 と同時に放たれる十数の流星。

 それはまっすぐ自分の目標に向かって疾走する。


 ズガガガガガァァァァッァンッッ!


 強烈な破壊音と砂塵が巻き起り、砂煙が上がる。

 だが僕は次の手を打っていた。


全方位オールレンジ


 再び登場緑のフレーム。


反射蒼鏡リフレクション


 反射蒼鏡リクレクションを二つ生成。

 左上空と右上空に配置。


「行くぞガレア……

 アレ目掛けて全開魔力閃光フルアステショット…………

 発射のタイミングは僕が出すっ!」


 僕が右上空の反射蒼鏡リフレクションを指差しガレアに指示を出す。

 ガレアは口を開けて魔力を溜め始める。


 キィィィィン……


 砂煙はまだ上がっている。

 まだだ…………

 まだ…………

 僕は目を凝らす。

 まだヒビキの姿は見えない。


 キィィィィン……


 砂煙が四散し始めた。


 人影が見えた!

 今だ!


「ガレアァァッァァァァァァ!

 シュゥゥゥゥゥトォォォォォ!!」


 ギャン


 右上空の反射蒼鏡リフレクション目掛けて極太の白色光が跳ぶ。

 地面を少しこそげ抉りながら。


 来た。

 これだ。

 対象物を薙ぎ倒すタイプの魔力閃光アステショットでは無く対象をこそげ取るタイプ。

 竜界で見たやつだ。


 ギィィィィン!


 大きな反射音が鼓膜に響き、衝撃によるフラッシュが網膜に刺さる。


 ギィィィィィン!


 衝撃を眼と耳で認識するよりも速く二回目の反射音。


 ズギャァァァァッァァァン!!!


 何かに当たった音だ。

 大きな衝撃音と再び砂煙が上がる。

 すると音が変わる。


 キュキュキュキュキュキュキュキュキュッ!


 このゴムとゴムを強く擦り合せたような強烈な不快音。

 これはどこかで聞いた事あるぞ。

 そうだ竜界だ。


 ゾクッ


 何か身震いする。

 ヒビキの方を見る。

 まだ砂煙が上がっている。


 僕はキョロキョロ左右を見渡す。

 異常は無い。


 ……となると


「上っ!」


 僕が素早く頭を上に向ける。

 鼻先に氷柱つらら

 鋭い氷柱つらら


 やばい。

 刺さる。


「ウオオオッ!」


 僕は顔を右にゆっくり傾ける。


 ん?

 何故ゆっくり?

 氷柱つららの落ちてくるスピードもゆっくりになっている。


 これはタキサイア現象だ。

 しまった。

 焦り過ぎて脳に魔力を集中してしまった様だ。


 ゆっくり。

 ゆっくり右に動く。


 シュン


 間一髪。

 何とか躱す事が出来た。


 …………と言うか無数に落ちてくるぞ。

 氷柱つららが。

 まさに氷の雨の様。


 やばいぞ。

 あんなのまともに喰らったら死ぬ。

 脳に集中していた魔力を散らし素早く転がる。


「うおおおおおっ」


 サットットットッ


 氷柱つららがさっくり地面を抉る音が聞こえる。

 ごろごろ転がる中で氷柱つららの刺さっている場所が眼に入る。

 氷柱つららの上に氷柱つらら


 それが幾重にも重なっている。

 ピンポイントに大量に振っている様だ。

 しかし降下地点が移動している訳ではなさそうだ。

 僕は充分距離を取って立ち上がる。


「ちーぃっ……

 痛てててて……」


 声が聞こえる。

 ヒビキの声だ。

 やがて砂煙が四散する。


 風が砂煙を吹き飛ばし晴れてヒビキの姿が見える。


「………………やった」


 ヒビキの頭からは一筋の血が流れ、右頬に赤い線を描き顎へ。

 ぽたりぽたりと赤い水滴が落ちている。

 右肩部分が薄黒い魔力焦げも見える。

 それはガレアの全開魔力閃光フルアステショットが命中したことを意味する。


「おや……

 氷柱雨アイシクル・レインが作動してるねぇ……

 無理ないか……

 久々に血ィ流したしねぇ。

 オイ竜司っ!

 こっち来なっ!」


「はっ……

 はいっ。

 行こうガレアっ。

 暮葉くれはもおいでよーっ!」


 僕とガレアはヒビキの元へ。

 続いて暮葉くれはも側へ来る。


「へへっよく来たなっ!

 まあ座れよっ」


 僕は言われるままに側に座る。


「おいっ竜司っ!」


「はっ……

 はいっ!」


「ハーッハッハッハッ!

 いやー竜司強くなったねぇ!

 まさかアタシの氷壁アイス・ウォールを破るだけでなく魔力壁シールドを突き抜けてぶち当たっちまうなんてねぇっ!」


「あ……

 いえ……」


「いやー。

 ひっさびさにダメージ喰らったもんだから氷柱雨アイシクル・レインも作動しちまったよっ。

 竜司アンタどこか斬れてないかいっ?

 大丈夫かいっ?」


「間一髪で躱せたので……

 あの…………

 僕が最初に攻撃した時のあの氷の塊は何ですか?

 あれだけ速く生成出来るなんて……」


「あぁ。

 あれはな“氷壁アイス・ウォール”って言う自動オートで働く防御壁だよ」


 なるほど。

 自動オートか。

 それなら生成も速いはずだ。


「アレ並の竜でも破れない創りなんだけどねえ」


「ええ。

 普通の氷とは思えない硬さでしたよ」


「そりゃ魔力を通しているから当然さね」


「あとさっき“氷柱雨アイシクル・レインが作動しちまった”って言ってましたがあの急に振ってきた氷柱つららの雨も自動オートですか?」


「ん?

 そうだよ。

 身体にダメージを負うとそのダメージを負わせた本体地点に氷柱の雨を降らせるんだよ。

 アタシの能力で一番特化してるのは防御と捕縛だからねぇ」


「防御って……

 あの氷柱つららは攻撃じゃないんですか?」


「あの氷柱つららはあくまで牽制だよ。

 あれをされると避けるしかないからねえ。

 体勢を立て直す時間も稼げるしね。

 いわゆる攻撃は最大の防御ってやつだよっ!」


 ヒビキが白い歯を見せてニカッと笑いサムズアップ。


「貴方らしいですねヒビキ」


「そーかいっ?

 ふーっ……

 さて弟子の成長も確認出来たし……

 竜司っ。

 アンタはこれからどーすんだいっ?」


「えと……

 後は大阪に行って……

 甲子園に行って……

 実家に帰って終わりですね」


「そうかいっ

 ほいじゃーアルビノを世話になった人に紹介してるって事かい?」


「はい……

 あと聞きたい事があります……

 師匠」


「…………何だい?」


 少しヒビキの眼が鋭くなる。

 僕が師匠と呼んだ事で真剣な相談だと悟ったのだろう。


「僕は少なくとも一人の高位の竜ハイドラゴンと遣り合う事になります……

 僕は……

 勝てるでしょうか?」


「…………誰なんだい?」


緋焦帝ひしょうてい……

 ボイエルデュー……」


 その名を聞いて少し黙るヒビキ。

 そして薄く笑みを浮かべる。


「ハッ。

 何でやり合う羽目になったのかは聞かないけどこれまた強敵だねぇ……

 「王の衆」のリーダーかい……」


「ハイ……

 まあ色々ありまして……

 僕もボルケの竜河岸がやろうとしてる事は止めたいですし……」


「まー竜は人間みたいにゴマすりや賄賂でリーダーになれるもんじゃないからねえ……」


「どうでしょうか……

 師匠……」


「今日やった限りでは……

 負けるね多分……」


 ヒビキが真剣な眼で言う。

 物凄く凹む。


「そ……

 そうですか…………」


 僕がションボリしてると僕の肩に手をポンと手を置くヒビキ。


「まー安心しなっ!

 勝ちの目が無い訳じゃ無いっ」


 少し気持ちが軽くなった。

 僕は喰いいる様にヒビキに尋ねる。


「どっ…………

 どうすればっ!?」


「おっ……

 おーおー……

 まーまー落ち着きなっ。

 先ず勝利の鍵は二つある」


「二つ……」


 暮葉くれはを指差すヒビキ。


「まずはアルビノだっ。

 アルビノの能力は魔力ブーストだっけ。

 アタシも聞いた事無い能力だ。

 おそらくアルビノは変異種ヴァリアントだろうよ」


「サ……

 変異種ヴァリアントって何ですか?」


「突然生まれる一代限りの希少種の事だよ。

 まずその魔力ブーストの使用。

 多分ボルケはブーストの存在を知らないはずさね。

 なーアルビノ。

 アンタボルケには会った事あるかいっ?」


「ボルケって赤の王の事よね……

 ちゃんと会った事は無いわ。

 遠目で見ただけ」


「あーボルケ、ガタイがデカいからねえ」


「あともう一つは……

 アンタ……

 竜司がガレアに乗って空で戦うと言う事さっ」


「えっ……?」


「昨日言ってたね……

 ハンニバルと戦った時ガレアの背中に羽が四枚あったって……」


「えっ……

 えぇ……」


【竜司何言ってんだ。

 俺の羽は二枚だぞ】


 そう言いながらピコピコ両翼を動かすガレア。


「まあそうさね普通は……

 でも竜司が嘘つくとも思えないしねぇ……

 んで四枚になった時ってのは最後にデカいのぶっ放す時だろっ?」


「はい」


「あくまでも推測だがおそらくガレアの魔力放出量が飛躍したんじゃ無いかねえって思う訳さっ」


 魔力放出量。

 それは無限に溢れる魔力を使った戦いで勝敗を左右する重要な要因だ。


「じゃあ、暮葉くれはのブーストを使ってガレアの羽が四枚になれば……」


 僕は見えた勝ちの目に自然と笑みがこぼれる。


「おおっとおおっと。

 竜司っ!

 アンタ……

 前ん時アタシが指摘した欠点を覚えているかいっ?」


 以前ヒビキにコテンパンにやられた時の事が頭の中にリフレインする。

 すぐに猛省する。


「…………ハイ

 ……僕は自惚れていて……

 何でも一人でやろうとする所……」


 僕がシュンとなっているのを見たヒビキが優しく笑いながら語りかけてくる。


「ちゃんと覚えているじゃないかいっ。

 先の魔力注入インジェクトもそうさねっ。

 竜司……

 アンタは素直な子だ。

 言われた事はちゃんと覚えているし、ノートに書かれた事をちゃんと実践して魔力注入インジェクトも会得したっ。

 なあに大丈夫さっ。

 アンタなら勝てるっ!

 心配いらないよっ!」


 ヒビキが白い歯を見せながら笑い、元気にサムズアップ。


「はいっ!」


「さっ!

 これで師匠のお稽古は終わりっ!

 次は大阪かいっ?

 いってきなっ弟子よっ!」


「はいっ!

 いってきます師匠っ!」


「アルビノもっ。

 頼りない旦那かも知れないけどしっかり面倒見てやってくれよっ!」


「うんっ!

 任せてっ!

 もーっ竜司ってば私が居ないと全然ダメなんだからーっ。

 …………一度言ってみたかったのよねこの台詞……

 フフフ……」


 僕と暮葉くれは、ガレアの三人はヒビキに別れを告げ奈良を後にした。


 JR天涯駅


「えっと……

 大阪へは……」


 確か奈良から大阪は比較的近かったのを覚えている。

 案内所には行かずスマホで乗り換えを調べた。


「フム……

 奈良まで乗ってそこから乗り換えか……

 暮葉くれはーっ

 ガレアーっ

 いくよーっ」


 コンビニの前に居るガレアと暮葉くれはに声をかける。

 何やらガレアはニコニコ笑いながら咀嚼している。

 手にはおでんを入れる容器を持ってる。

 その容器には竹串がブスブスいくつも刺さっていた。


「ガレア……

 何してんの?」


【ん……

 肉喰ってんだよ】


 なるほど。

 この竹串は牛筋か。

 ってそうじゃない。

 お金はどうしたんだ。


「ガレア……

 お金はどうしたの?」


「ん?

 私が買ってあげたわよ」


 あっけらかんとそう言う暮葉くれは


「えっ?

 暮葉くれは、お金持ってたのっ!?」


「だって私働いてるもの」


 そういえばそうだった。

 暮葉くれははトップアイドルだった。

 下手したら兄さんよりお金持ちかも知れない。


「よかったなガレアっ!

 ちゃんとお礼言っときなよ……

 フン」


【うまうま……

 ん?

 何だよ竜司、機嫌悪いのか?

 そうか腹減ってんだな。

 しょーがねーなー。

 肉一本やるよ】


 いや僕がムッとしたのは他の人が買ってあげたものを美味しそうに食べてるからである。

 要するに嫉妬だ。

 別にお腹が空いていた訳じゃ無い。

 でもまあ折角くれるならと一本牛筋をもらう。


 パクリ


 深く煮込まれ柔らかくなった牛筋が口の中で踊る。

 深いダシの味と肉汁が混じり合い至高の味を醸し出す。


「美味しいねガレア」


【あぁ美味いな竜司】


 僕とガレアがニコニコ牛筋を食べていた。

 すると……


「むー」


 何やら暮葉くれはがむくれている。


「ん?

 どうしたの?

 暮葉くれは……

 モグモグ」


「むーっ!

 竜司とガレアばっかり食べてずるいっ!

 何だか私だけのけ物みたいっ!」


 暮葉くれはは頬っぺたをぷうっと膨らませむくれている。


「ごめんごめん暮葉くれは

 ねえガレア。

 暮葉くれはにも一本あげちゃダメ?

 ほら、暮葉くれはに買ってもらったものだし」


【ん?

 まだまだあるからいいぞ。

 ホイ】


「ありがとねっガレア」


 ぱくり


 暮葉くれはがモクモク食べている。


「うん。

 割と美味しいわね」


暮葉くれは、辛くないのに食べれるの?」


「モグモグ……

 竜司……

 もぐもぐ……

 私を何だと思ってるの?

 ゴクン……

 好き嫌いなんてないわよ。

 ものすっっっっっごく辛いのを食べるとものすっっっっごく美味しいだけよっ」


「あぁそう……」


 僕らは牛櫛を食べ終わり電車に乗り込む。

 乗り換えも一度だけだったせいかあっという間に大阪到着する。

 着く前に暮葉くれはに話しかける。


暮葉くれは、大阪は人が多いからね。

 バレて騒がれると面倒だから変装してもらって良いかな?」


「わかったわ」


 暮葉くれははピンクのキャリーから帽子、サングラス、髪留めを出し手早く変装完了。


(大阪~大阪~)


「ついたよ。

 さあ行こう」


 そのまま改札まで歩く。


【何か人だの竜だのいっぱいいるなあ】


 ガレアがそんな事を言ってる。

 じきに外に出る。

 久々の大阪だ。


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパッ!」


 たつの鼻息は荒い。


「パパッ!

 強くなったんだねッ!

 カッコ良かったよっ!

 フンッ」


「ハハハ。

 ありがとうたつ

 言っただろ?

 僕はそこそこ強くなるって。

 じゃあ今日も遅いからおやすみ……」

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