第百六話 竜司と暮葉の御挨拶周り②~名古屋編

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうか」


「パパー。

 行った所を戻るの?」


 たつが目をパチクリさせて聞いてくる。


「そうだよ。

 名古屋、三重、奈良、大阪、兵庫と順に戻って行ったんだ」


「ふうん」


「じゃあ始めるよ」


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 ガチャ


 僕らは帰って来た。

 早速リビングへ行き、各々のポジションに陣取る。

 あっそうだ飲み物を用意しておかないと。

 僕はいそいそ台所へ行きオレンジジュースのペットボトルを冷蔵庫から取り出す。


(西暦二千三百年……

 宇宙から地球を狙う悪の組織「ボーマ」からの総攻撃……)


 冒頭のナレーションが聞こえる。


「あっ!

 ガレアッ!

 ずるいぞっ!」


 僕はオレンジジュースを持って、急いでリビングに戻ってきた。


 午後一時半 アステバン祭りスタート。


 一話~十八話まで視聴。


 ばかうけ十袋消費。


 午後二十時半


 結構キツい。

 段々フラフラしてきた。

 そこで携帯が鳴る。

 僕は携帯のディスプレイを見る。


 天華暮葉あましろくれは


「あっ……

 暮葉くれはだ……

 もしもし……?」


「あっ!?

 竜司っ?

 今静岡駅に着いたわよっ!」


「じゃあ迎えに行くよ……」


 プツッ


 僕はゆっくり立ち上がる。


【竜司!

 どこ行くんだ?】


暮葉くれはを迎えに行ってくるよ……」


【何かわからんが解った】


 JR静岡駅


「竜司っ!」


 暮葉くれはが駆け寄って来る。

 手にはピンク色のトランクキャリーをゴロゴロ転がしている。

 意外にちっさめだ。


暮葉くれは

 ありがとう」


「さっ!

 旅行よっ!

 行くわよっ!

 竜司っ!」


「ちょっ……!

 ちょっと待って待ってっ!

 今ガレアとアステバン祭り中だから出かけるのはその後でね?」


「アステバン祭り?

 何それ?」


「来たら解るよ……」


 僕は暮葉くれはを連れてマンションへ戻ってきた。


 ガチャ


 入って暮葉くれはをリビングに招く。


「ガレア?

 何やってんの?」


【おーアルビノか?

 今アステバン見てんだよ】


「何これ?

 何やってんの?」


「特撮の宇宙警察アステバンって言ってね。

 僕もガレアもこれが大好きなんだ」


「へーっ。

 私も見てみたいっ!」


「じゃあここに座って」


 僕を真ん中に右にガレア。

 左に暮葉くれはと言うポジション。

 アステバン視聴開始。


 三十五話~四十話まで視聴。


 ばかうけ二十五袋消費。


 十八話から三十四話までは夏休み企画や旅館のタイアップ話が多くて本筋には関係無いため飛ばす事にした。

 これにはガレアも同意。

 視聴中ずっと暮葉くれはが……


「何でこの人達、地球征服しようとしてるの?」


 とか


「地球征服するのに何で幼稚園バスに行くの?」


 とか、どっかで聞いた事ある疑問を投げかけてくる。

 度々それに応じる僕。


 ただ僕は思うんだ。

 このアステバン、第三十六話の“脅威! シャイニングアステバン”から物凄く面白くなる。

 段々僕もテンションが上がってきた。

 四十話が終わった段階で兄さんが帰って来た。


「ただいま~……

 って何やってんだ?

 竜司」


「ああにいさんおかえり。

 今前々から約束していたアステバン祭りの真っ最中だよ」


「アステバン……

 ってあれか?

 昔やってた特撮か?」


「うん」


「程々にしとけよ。

 俺はとっとと寝るわ。

 ふわぁ~ぁ」


「おやすみ兄さん」


 軽い欠伸をした兄さんは部屋に消えていった。


 第四十二話「魔空城崩落」


「うぉーっ!

 うおーっ!

 テツヤさーーーんっ!

 テツヤさーーーーんっっ!」


「キャッ!

 り……

 竜司っ!?

 どうしたの……?」


 暮葉くれはが思わず尋ねるがアステバンを見てテンションが上がった僕は無視してしまった。

 この回は僕のお気に入り。

 主人公の大和テツヤが遂に敵の本拠地の魔空城に攻め込む話。


 愛機のバロン号に乗り込み、城壁を破る。

 そして焼着しょうちゃく(アステバンの変身の事)をするんだけど城の廊下を走りながらするんだ。


 それがカッコ良くてね。

 このシーンを見ると思わず叫んでしまうんだ。

 

 話も終盤。

 一番の見せ場シーン。

 敵幹部が襲い来る。

 ここだと踏んだ大和テツヤは超焼着ちょうしょうちゃくを敢行。

 シャイニングアステバンに変身するんだ。

 

 シーンが来た。

 僕は立ちあがる。

 ガレアも立ち上がる。


「超っ!」


【超っ!】


焼着しょうちゃくっ!」


焼着しょうちゃくっ!】


 僕とガレアは寸分たがわぬポーズ。

 僕とガレアのテンションはMAX。


「ギャーーーッ!

 テツヤさんっっ!

 カッコイイーーーッ!」


【シャイニングアステバンカッコイイーーッ!】


「ねぇっ!?

 ねぇっ!?

 竜司どうしちゃったのっ!?」


 暮葉くれはの心配もテンションが上がりきった僕は無視。


 第四十三話~五十三話(完)


 ばかうけ五十袋消費。


 そしてついに最終話。

 帝王ボーマが蝕の秘宝を使う。

 最終形態となり星々を飲み込み始める。


 シャイニングアステバンでも規模がデカすぎて対処が出来ない。

 何とか蝕の秘宝とボーマを切り離す事には成功するが、最終形態になったボーマは止まらない。

 そこで大和テツヤは自分に蝕の秘宝を使う。


 禍々しく変貌するシャイニングアステバン。

 これがシャイニングアステバンエロージョンと呼ばれる最終形態。

 身体もボロボロ崩れていく。


 だが驚異的な力でボーマを圧倒するアステバン。

 そして最後の台詞。

 また僕とガレアは立ち上がる。


「ボーマッ!

 これでお前との長かった戦いも終わりだっ!」


【ボーマッ!

 これでお前との長かった戦いも終わりだっ!】


「スーパーッ!」


 僕は両手を振り上げる。


【スーパーッ!】


 ガレアも両手を振り上げる。


「アステェェェェクラァァァァァッシュッ!」


 勢いよく両手を振り下ろす僕


【アステェェェェェクラァァァァァッシュッ!】


 ガレアも勢いよく両手を振り下ろす。


 アステバン全五十三話視聴完了。


 外はすっかり朝になっていた。

 何だろうこのすがすがしい気持ち。


「ふういい朝だ。

 やったなガレアッ!」


【おうよっ!

 竜司】


 パァンッ!


 僕とガレアはハイタッチを交わす。


 あっそう言えば暮葉くれはが来ていたんだった。

 僕は暮葉くれはの方を見た。

 僕の瞳には物凄い絵が飛び込んできた。


「何これナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレ…………」


 何やらブツブツ言いながら膝を抱えてコロンと横になっている。

 眼がいつもの爛々とした紫の色を失い死んだ魚の様になっている。


暮葉くれはーっ!?

 どどどっ!?

 どうしたのっ!?」


 僕は暮葉くれはを抱き起す。

 全く力が入ってなくダランとしている。

 しばらくそのまま。


「何っ……

 何があったのっ!?

 暮葉くれはっ!?」


「…………ぼっち…………」


「え?」


「竜司……

 私……

 ひとりぼっち……

 何これ……

 この暗い感情何て言うの……?」


 だんだん理解してきた僕。

 暮葉くれはの瞳はまだ光を取り戻さない。


「たっ……

 多分……

 寂しい……

 じゃないかな?」


「そっか……

 これが寂しいって言う感情なのね……

 寂しい寂しい寂しい寂しいサビシイサビシイサビシイサビシイサビシイサビシイ…………」


 暮葉くれはが覚えたての言葉をまたブツブツ言い出した。


「わーっ!!

 ごめんっ!

 暮葉くれはっ!

 僕が悪かったっ!」


 暮葉くれはの豹変の原因は僕だ。

 僕がアステバンに夢中になり過ぎて暮葉くれはないがしろにしたせいだ。


 暮葉くれはをこうしてしまったのは僕だ。

 だから僕が暮葉くれはを呼び戻す。

 そう考えてとった行動はこれだった。


暮葉くれはっ!」


 僕は両手で強く抱きしめた。


「…………あれ?

 竜司……?」


「ごめんっ……!

 僕が悪かったっ!」


 しばらく止まる部屋の空気。


「うっ……

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!

 寂しいようぅぅぅぅっ!

 うわぁぁぁぁぁん!

 一人は嫌だようぅぅぅっ!

 この感情嫌いぃぃぃぃっ!

 うわぁぁぁぁぁん!」


 暮葉くれはの大号泣。

 絶叫が部屋にこだまする。


【何だ何だ。

 何で泣いてんだアルビノ】


「ガレアは黙ってて」


 ガレアをピシッと制止した僕は自分がしでかした事を考える。

 僕は何て事をしてしまったのか。

 暮葉くれは暮葉くれはなりにアステバンに興味を持ってくれてたでは無いか。


 そんな暮葉くれはを放置。

 ガレアと二人だけで盛り上がり放置。

 そして暮葉くれはの中に生まれた負の感情が心を締め付け、瞳の光を奪い、身体の自由を奪ったのだ。


「ごめん……

 もう絶対一人にはしない……

 約束する」


 それを聞いた暮葉くれははゆっくり僕の身体から離れる。


「くすん……

 ホント……?」


 大粒の涙を華奢な指で拭いながら僕をじっと見る暮葉くれは


「うん。

 約束する」


「わかった……」


「さあ、僕も旅行の準備をしよう。

 暮葉くれはも手伝って」


 僕は微笑みながら暮葉くれはの手を取って立ち上がる。


「うんっ!」


 暮葉くれはの瞳の色がいつもの色に戻った。

 僕らは寝室に行く。

 正直用意って言っても着替えを用意するぐらいだ。

 すぐに用意完了。


「じゃあ行こうか。

 ガレア、暮葉くれは


 正直徹夜で体力的には辛い部分もあったが暮葉くれはを完全に元通りにするにはシチュエーションを変える必要があると考えたからだ。

 それに祭りで一日消費してしまっている。


 後、六日間で六か所回らないといけない。

 ぐずぐずしていたら七日間なんて直ぐに経ってしまう。


 とりあえず兄さんに出発の挨拶だけしておこう。

 兄さんは昨日寝てから姿を見ていない。

 時間は何時だろう?


 午前七時五分


 時間的に考えてそりゃそうか。


 ガチャ


 兄さんの寝室に入る。


「兄さん?」


「ぐぁぁぁぁぁ~

 ごぉぉぉぉ~……」


 大いびきをかいて寝ている兄さん。


「兄さん……

 僕……」


「ぐぁぁぁっぁぁ~!」


 かなりいびきがうるさい。


「兄さん。

 ねえ兄さんってば」


「ぐあぁぁぁっぁ~……

 呼炎灼こえんしゃく確保ぉ~~」


 揺り動かしても全く起きない。

 業を煮やした僕は兄さんの右耳の上の方を思い切り引っ張り口を至近距離まで近づけ、息を思い切り吸い込む。


「兄さんっっっ!!

 僕もう行くからねっっっ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁっ!

 ……むにゃ……

 いってらっしゃぁぁぁい……」


 跳び起きたかと思うとまたバタンと倒れていびきをかき出した。

 これが警視庁公安部特殊交通警ら隊隊長皇豪輝すめらぎごうき警視正である。

 僕はとりあえず部屋を後にした。


「あれ?

 竜司。

 もう良いの?」


「ああ。

 それじゃあ行こうか」


「うんっ!」


 僕らはマンションを出て外へ。

 エレベーターを待っている。

 直に到着し扉が開くとそこに涼子さんが居た。


「あら?

 おはよう竜司君。

 もう出発するのね……

 って暮葉くれは……

 さん?」


「おはようございます」


 暮葉くれはは笑顔で挨拶。


「えっ……

 えぇおはよう……

 暮葉くれはさん……

 ねえ竜司君ちょっと……」


 涼子さんが手招き。

 応じる僕。

 すると耳打ちしてくる涼子さん。


「何ですか?」


「ゴニョ……

 竜司君……

 もしかして暮葉くれはさん泊まって行ったの?

 ……ゴニョ」


「ええ。

 まあ……」


 間違いではない。

 ただ僕とガレアはずっとアステバンを見ていたが。


「ゴニョ……

 もしかして過ちを犯してはいないわよね?

 ……ゴニョ」


 過ち?

 一瞬何を言ってるのか解らなかった。


 過ち……

 アヤマチ……

 全てを理解した僕の顔は熟れたトマトになる。


「ななんあななんあっっ!

 何を言ってるんですかっっ!

 する訳ないじゃないですかぁ!」


 僕は思わず叫んでしまう。


「なら良いけど」


「ねぇねぇっ!?

 竜司っ!?

 どうしたのっ!?

 大声出してっ!?」


「えっ……

 いやっ……

 あっそうだっ!

 ドラペンどこ行ったんだっ!?

 まだ家に居るのかもっ!

 ちょっと見てくるよー」


 僕は何とか誤魔化し、また家へ踵を返す。


 ガチャ


「ドラペン。

 おーいドラペンっ!」


 返事がない。

 僕はリビングに戻る。

 ドラペンは……居た。


【むふふ~ん……

 凄いでヤンスゥ~~

 どこを見ても宝ばかりでヤンスゥ~】


 窓際で太陽の光を浴びながら気持ちよさそうにゴロゴロ寝返りを打ちながら寝言を言っている。

 何だこの可愛い生き物は。


「ホラドラペン。

 起きて」


 僕はドラペンを揺り動かす。


 カプッ


「イタッ!!」


 ドラペンが噛んだ。


【むふふ~ん。

 この宝は何で動くでヤンスかぁ~~?

 ムニャムニャ】


 どうしよう。

 ドラペン起きないぞ。

 動かそうにも触れたら噛まれるし。


「あら?

 どうしたの竜司君?」


 中に入ってきた涼子さんが声をかけてきた。


「ええ。

 実はドラペンが起きないから困ってるんです。

 もう出発したいのに」


「ふぁぁぁぁ~。

 おう竜司おはよう」


 兄さんが起きてきた。


「おはよう豪輝さん」


「涼子さんいらしてたんですか。

 おはようございます」


 涼子さんの来訪は特に約束されてなかったらしい。

 これは完全に通い妻だ。


「竜司。

 どうしたその恰好は?

 もしかしてもう出発するのか?」


「うん……

 そうなんだけど……

 ドラペンが……」


 僕はちらりとドラペンを見る。


【むふふふ~ん……

 この宝は食べても無くならないでヤンスねぇ~~

 ムニャムニャ】


 ドラペンはゴロゴロ寝返り。


「触れると危ないよ。

 噛むから……

 はぁどうしよう」


「何だ?

 要するにドラペンが起きないから出発出来ないのか?」


「うん……」


「じゃあ置いてけ。

 ドラペンの能力に興味もあるしな。

 俺が面倒見てやるよ」


「えっ。

 でも……」


「何だ煮え切らねぇ奴だな。

 そんな事じゃあ暮葉くれはさんも愛想尽かしちまうぞ」


 兄さんがおどけてそんな事を言う。


「わかったよ。

 じゃあドラペンは兄さんに任せる。

 ドラペンの言ってる宝って言うのはベビーカステラの事だから」


「じゃあベビーカステラを与えときゃいいって事か。

 解った」


「それじゃ行ってくるよ。

 ドラペン宜しくね」


「ああ。

 爺様によろしくな」


「うっ……」


 嫌な事思い出した。

 チクリと胸を刺す。

 玄関で待ってた暮葉くれはを連れて一路駅へ。


 駅へ進む道すがら暮葉くれはが訪ねてきた。


「ねえねえ竜司。

 さっきなんで大声出したの?」


 まだ引き摺っていた。

 もう忘れているかと思っていたのに。


「えっ!?

 いやっ……

 それはっ……

 そのっ……」


 僕は高温で熱せられた鉄塊の様にみるみる赤くなる。


「あれっ!?

 竜司。

 ホッペが赤くなってるわよっ!?

 ねえねえ何でっ!?」


 暮葉くれはは紫の大きい瞳をこちらに向けて子供の様に尋ねてくる。


「それはっ……

 だからっ……」


【何だ何だ。

 竜司、顔が真っ赤になってるぞ】


 ガレアが長い首をにゅっと伸ばし僕の顔を覗き見る。


「うるさいガレア」


「ねーねーっ!

 何でーっ?」


「だから……

 それは……」


 何でこの娘は僕を恥ずかしがらせるんだ。


「大声出したのって……

 あの竜司のお兄さんの隣に居た女の人に何か耳打ちされてからよね……

 ねーねーっ!

 何言われたのっ!?」


 若干賢しくなってやがる。


「だからっ……

 つまりっ……」


 やばい追い詰められた。

 これはまた来る。

 戦慄が走る。


 僕が間合いを広げようとする。

 が、それより素早く暮葉くれはの両手が僕の胸座を掴む。


 ガックンガックン


「コラーーッ!

 何で大声出したのーっ!

 何で真っ赤になったのーっ!?

 教えなさーーーいっ!」


 ガックンガックン


 脳がシェイクされる。

 頭蓋骨の内側を脳が叩いている。


 ガックンガックン


「まっ……

 くれ……

 これ……

 恥ずか……」


 ガックンガックン


 まだ続く。

 おそらく言うまで続く。


 駄目だ。

 気持ち悪くなってきた。

 もう限界だ。


 ガックンガックン


「わ……

 言う……

 やめ……」


 言質を取った瞬間すぐに止める暮葉くれは


「ハァッ……

 ハァッ……

 オエッ……」


 余りに気持ち悪くて嗚咽が出る。


「でっ!

 でっ!

 何でっ!?

 大声出したのっ!?

 顔が真っ赤なのっ!?」


「ちょ……

 ちょっと待って……

 とりあえず今凄く気持ち悪いから……

 電車に乗って落ち着いたら言うから……」


「わかったわっ!

 じゃあ行きましょっ!」


 僕の手を握りグングン進む暮葉くれは


 JR静岡駅


 今は兄さんも居る事だしお金の心配はない。

 移動時間も出来るだけ短縮させたいから新幹線に乗る事にした。

 と言うよりかは僕が乗ってみたかった。


 新幹線切符売り場


「いらっしゃいませ」


「すいません。

 名古屋まで中学生……」


 そう言えば暮葉くれははどっちで買ったら良いんだろう。

 確かに暮葉くれはは竜だけど見た目は完全に人間だし。


 どうしよう。

 ええいめんどくさい。


「中学生二枚と竜一枚、グリーン車で」


 無事切符は買えた。

 やった生まれて初めてグリーン車に乗るんだ。

 ここでふと疑問が浮かぶ。


暮葉くれはっていくつなの?」


「二千から先は覚えてないわよ」


「いや、竜でのじゃなくて人間の姿の時」


「えっと……

 確かマス枝さんは十五歳って言えって言ってたわ」


 十五歳。

 って事は僕より一つ上になるのか。


「なら僕よりお姉さんだね」


「えっ!?

 そうなのっ!?

 ……そっかぁ私、竜司のお姉さんなんだぁ……

 なら竜司っ!

 私を暮葉くれはお姉ちゃんって呼んでもいいわよっ!」


 暮葉くれはが細い人差し指を立て、ウインクしながらポーズを決める。

 正直可愛い。


「う……

 うん」


 思わず返事をしてしまう。


「さぁっ!

 お姉ちゃんについてらっしゃいっ!

 出発するわよっ!」


 さっそくお姉ちゃんぶりながら僕の手を引っ張る暮葉くれは

 ズンズン歩き不意に上を見上げる。

 案内板を見ている様だ。


「こっちねっ!」


 勢いよく右へ方向転換。

 上の案内板にはこう書いてあった。


 右 JR東海道線


「ちょっ……

 どっちに行くの暮葉くれは

 僕達が乗るのは新幹線だよ。

 左」


 最初キョトン顔の暮葉くれはだったが一瞬で頬が赤くなる。


「しっ……

 知ってたもーんっ!

 わざとだもーんっ!

 ……ゴニョ……

 また“恥ずかしい”が出てる……

 人間の感情って複雑だわ……ゴニョ」


 何のわざとだよ。

 僕は純粋にそう思った。

 語尾の部分は小さくて聞き取れなかったが。


「こっちだよ。

 行こう暮葉くれは


「うっ……

 うん……

 私の方がお姉ちゃんなのにな……

 ブツブツ」


 僕達は左に行く。

 改札を潜り、新幹線下りホームへ行く。

 僕は時刻表を見る。


 八時五十五分 こだま三十五号


 これだ。

 今の時間は……

 スマホで確認。


 午前八時三十七分


「少し時間があるな……

 ガレア、暮葉くれはもう少し時間がある。

 少し待ってよう」


「うんっ!」


【へいよう】


 僕はベンチに腰掛ける。

 隣に暮葉くれはも座る。


「ねえねえっ!

 落ちついたっ!?」


「……へ?

 ……」


「へ?

 じゃなくてっ!

 気持ち悪いの治ったっ!?」


 しまった。

 暮葉くれはは忘れてなかった。

 言うしかないのか。


「ぐっ……

 うん……」


「でっでっ!

 何で大声出したのっ!?

 真っ赤になっちゃったのっ!?」


 暮葉くれはがぱっちり大きな紫の瞳を爛々と輝かせ、鼻息荒く僕に詰め寄る。

 僕は大きく深呼吸をする。


「すぅー……

 はぁーっ……

 あのね……

 あの時涼子さんは……

 アヤマチ……

 を……

 犯してないかって…………」


 顔が熱い。

 今日も僕は熟れたトマトの通常営業。

 僕はチラッと暮葉くれはを見る。

 暮葉くれははキョトン顔。


「アヤマチ?」


 多分そうなるだろな。


「ねえねえっ!

 竜司っ!

 アヤマチってなあにっ!?」


 そしてこうなる。

 やはり言わなきゃいけないのか。

 まあこれから暮葉くれはと付き合って行くのだったら遅かれ早かれ言う事になるだろう。


 しかしまだ十四歳の僕にはハードルが高い気がする。

 僕は深く深呼吸をする。


「すぅーーっ……

 はぁーーっ……

 あのね……

 エッチ…………

 の事……」


「エッチ…………?

 あぁセックスの事ね」


 公衆の面前で何を言ってるんだこの娘は。


「なななっ!

 何を言ってるのっ!

 暮葉くれはっ!」


 僕は思わず暮葉くれはの口を塞ぐ。


「んーーっ!

 ……ップハッ……

 何よ竜司。

 セックスの何がいけないの?」


 通行人がジロリとこちらを見る。

 視線が痛い。


「ちょっとちょっとっ!

 声が大きいってばっ!」


 とそこへ新幹線が弾丸の様にホームに入って来る。

 スマホを見る僕。


 午前八時五十五分


「あっ電車が来た。

 暮葉くれは、ガレアこれに乗るよ」


「まだ話は終わってないーっ!」


「続きは電車の中で。

 さあ乗るよ」


 こだま三十五号 九号グリーン車


「ええと五十一番五十一番…………

 あった。

 え……?」


 五十一番五十二番の席は普通にシートは設置されているのだが向かいの席はシートが二つとも完全に取り外されていた。

 周りを見渡すとちらほらそうなってる席がある。


 おそらく竜用なのだろう。

 JRは竜を犬か猫と勘違いしてるのだろうか。

 とりあえず僕は席につく。


「ふう……」


 僕はようやく落ち着いた。


「ねえねえ竜司っ!

 何でセックスって言っちゃダメなのっ!?」


 まだ落ち着けなかった。


「そう言うものなのっ!

 日本人の教育でセックスって言うのは恥ずかしいって事になってるのっ!」


「でも好きな人同士は必ずするものでしょ?」


 暮葉くれはキョトン顔。


「えっ……

 いやまあ……」


「私漫画で読んだわよ。

 裸で抱き合ってるトコ。

 それで終わった後女の人は凄く幸せそうな顔してたわよ」


 暮葉くれはのあっけらかんとした物言いに僕の顔は熟れたトマトになる。


「……そんな事……

 僕もした事無いから……

 わかんないよ……」


「んー……

 でも私と竜司はスキ同士なのよね…………

 じゃあ竜司は私とセックスしたいの?」


 もう駄目だ。

 僕の恥ずかしさは限界に達しそっぽを向いてしまう。


「あーっ!

 竜司ーっ!

 どうしたのよーっ!

 こっちを向きなさーいっ!」


 暮葉くれはは僕の上着を掴み引っ張る。

 が、頑として僕は暮葉くれはの方を向かない。

 いや、向けない。


「すいません……

 もう勘弁してください……

 恥ずかしくてどうしようもないです……」


 ぐいぐい引っ張るが僕は動かない。

 恥ずかしさパワーは竜の力も凌駕するのか。

 ようやく諦めた暮葉くれは


「もうっ竜司ったら強情ねぇ。

 もういいわ」


 僕は心底安心した。


「わっ!

 凄いすごーいっ!

 景色が凄いスピードで流れていくわっ!

 ねっ竜司っ!」


 暮葉くれはの興味は外の景色に移った様だ。


「そうだね暮葉くれは


【人間の割にはなかなかはええな。

 ケタケタケタ】


 僕は前の電光掲示板を見る。


 時速百九十五キロ


 ガレアの背に乗って五百キロで走った事もあるためそんなに凄いとも思わなかったがとりあえずのっかといた。

 そんなこんなで流石は新幹線。

 あっという間に名古屋に着いた。


(まもなく名古屋。

 名古屋)


 車内アナウンスが流れる。


「さっ暮葉くれは、ガレア。

 降りるよ準備して」


「はぁーい」


【へいよう】


 名古屋駅。


 僕は久しぶりに名古屋に到着した。

 名古屋駅改札を出る。


「さて……

 まず手始めに……」


 僕はスマホを取り出す。

 手慣れた手つきでスマホを操作する。


 夢野遥ゆめのはるか


 プルルルルル

 プルルルルル


「ガチャ……」


「あ、もしもし遥?」


「今ー。

 私はー。

 のっぴきならない用事でー。

 電話に出る事が出来ませーんっ!」


 何だ留守電メッセージか。


 プツッ


「あれっ?

 竜司?

 どうしたの?

 出なかったの?」


「うん、だから移動しよう」


 僕らはもう一度名古屋駅に戻りそのまま一路地下鉄へ。

 そのまま電車へ乗り込む。


「ねえねえ竜司。

 どこ行くの?」


「名古屋に居た時にお世話になった漫画家さんの所だよ」


「えっ!?

 竜司、漫画家さんと知り合いなのっ!?

 すっごーーいっ!」


「そ……

 そうかな……?」


 僕は少し誇らしい気分になった。


「でっ!

 でっ!

 誰々っ!?

 その漫画家さんってっ!」


「えー……

 コホン……

 富樫キリコ先生だよ」


 あの大漫画家のキリコ先生だ。

 これは驚いただろう。

 そう思って暮葉くれはの顔を見る。


 あれ?

 キョトン顔だ。


「……誰……?」


 マジで!?

 あれだけ売れている大漫画家なのに。


「えっ!?

 知らないのっ!?

 少年フライでトレジャー×トレジャーって連載書いてるの知らないっ!?」


「フライなら私も読んでるわよ。

 トレジャー×トレジャーって聞いた事あるけど漫画載ってるの一度も見た事無いわよ」


 ここでキリコ先生の休載癖が仇となった。


「あ……

 じゃあしょうがないね……

 でもすっごい面白んだから見てね」


「うんっ」


 暮葉くれはは元気よく返事をする。


(栄~。栄~。)


「着いたよ。

 さあ行こう」


【あれ?

 何かここ見た事あるぞ】


 ようやくガレアも気づき出した。

 僕達は地上に上がる。

 来た。


 久々の強烈な人工香料の匂い。

 容赦なく鼻の粘膜を突き刺す。


 ああ戻って来たんだな。

 そういう実感がわく。


 チューンッ!

 ダダダダッ!


 大きな機械音、破砕音が響いている。

 テレビ塔の修理だ。

 まだやっているのか。


 それもそうか。

 あの栄の決戦以来日にちで言うと余り経っていない。

 そういえばこのテレビ塔は蓮が倒したんだよな。


超電磁誘導砲レールガンよっ!」


 蓮の放った強烈な一撃と蓮の声が脳内で再生される。

 チクリと胸が痛む。


「あれ?

 竜司どうしたの?」


 しまった。

 僕の表情の変化を気づかれたか。


「え?

 何が?」


 僕はすぐに表情を戻し笑顔で暮葉くれはに話しかける。


「だってテレビ塔の方見ながら少し顔が歪んだじゃない」


 やはり見られていたか。


「いや……

 あ、そうそう……

 お腹が空いたんだよ。

 そう言えば朝ごはんも食べてないもん」


【ゴハン……

 なあ竜司ハラヘッタ】


「プッ。

 ガレア今まで忘れてたの?

 無理もないか。

 朝までアステバン見てたもんね」


「ヒィャッ!

 ……ア……

 アステバンッッ……!」


 急に素っ頓狂な声を上げた暮葉くれはは急に屈みだした。

 暮葉くれはの瞳が死んだ魚になる。


「ルールールルルー…………」


 何やら暗いメロディを口ずさみながら人差し指で地面に“のの字”を描いている。


「ドナドナドーナードーナー…………

 こうしをのーせーてー…………

 ドナドナドーナードーナー…………

 あたしはひーとーりー…………」


 ドナドナだ。

 何でこんな暗い歌を知ってるんだ暮葉くれは

 しかも後半の歌詞がネガティブなものに変わっている。


「わーっ!

 暮葉くれはーっ!

 ごめんっ!

 もう言わないからっ!

 帰って来いーっ!」


「ハッ……

 私どうしてたのかしらっ!」


 ようやく正気に戻る暮葉くれは

 よほどアステバン祭りの孤独感がキツかったのだろう。

 晴れて暮葉くれはのトラウマにアステバンが加わる事になった。

 後でガレアに暮葉くれはの前でアステバンは禁句だって教えとかないと。


 テレビ塔のの工事現場を横切る。

 ふと公園のベンチに目をやる。

 相変わらず気持ちの悪い石像が牛耳っている。

 これではベンチの意味がないのでは。


「じゃあどこかの店に入ろうか?

 ガレア、暮葉くれは何が食べたい?」


【肉】


「辛いものっ!」


 ええと。

 どうしよう。

 スマホで検索。

 あ、あった。


 ユンボル 栄西店


 ここから近くにあるサンドイッチ屋。

 エビフライサンドが名物らしい。


「いい店見つけたよ。

 さあ行こう」


 店に到着。


「三人で」


「ハイこちらへどうぞ」


【なあなあ竜司ハラヘッタ。

 ここは何が食えるんだ?】


「ここはサンドウィッチ屋さんだよ。

 待ってねメニューを見よう」


 メニューを開く。

 エビフライサンド、ポークカツサンドをはじめとするメニューが並んでいる。


【どれにしょうかな?

 あ、何だこれ!?

 ジャーマンカツサンドってっ!

 美味いのかっ!?

 竜司】


 ジャーマンって事は何かドイツ風なのだろうか。


「美味しいんじゃない?」


【じゃあそれっ!

 三つくれっ!】


「私は何にしようかな……

 辛いのどれとかわかる?

 竜司」


「う~ん。

 よくわかんないけど店員さんに頼んでみるよ。

 じゃあ僕はエビフライサンドにしよう。

 暮葉くれはは僕と同じで良い?」


「うん」


「すいませーん。

 エビフライサンド二つとジャーマンカツサンド三つ。

 あとカラシをいっぱい下さい」


(カラシ……

 ですか?)


「はい」


(かしこまりました。

 少々お待ちくださいませ)


 店員は奥へ消えていった。

 直に店員が注文の品を持ってくる。


「あ、僕とこっちはエビフライです」


 僕は軽く手を上げ自分の品を誘導する。

 テーブルに狭しと並べられたサンドイッチ群。


 なるほど。

 ジャーマンカツサンドは断面からメンチカツが入っている様だ。

 何か偶然ガレアらしい品が届いたなあ。


 そしてカラシ。

 洋画とかで見る様な真っ黄色のボトルが置かれた。

 あの真っ赤のケチャップボトルと対になっている奴だ。


「ハイ暮葉くれは

 これがカラシだよ」


「ありがとう竜司」


「じゃあ手を合わせて……

 いただきます」


【頂きます】


 ガレアは喰い方は下品なくせにこういう挨拶はちゃんとする奴なんだよなあ。


 十五分後


 ガレアとっくに全部平らげている。

 周りにキャベツの切れ端が汚く散らばっている。

 口端にもついている。


【あー美味かったぁ】


 ガレアは満足そうだ。

 暮葉くれははというと。


「モッチャモッチャ……

 うん、このエビフライサンド美味しいわね……

 あ、でも辛さが足りないわね……」


 ニュニュニュニュニュニュ


 暮葉くれははカラシボトルの口を手のサンドイッチに向け、思い切り握った様だ。

 勢いよく射出される黄色の線が螺旋やとぐろといった自由な動きを見せ、あっという間にエビフライサンドを黄色く染め上げる。

 見てるだけで汗が出てきそうだ。


 ガブッ


 暮葉くれはが一口。


「モッチャモッチャ……

 うん、朝食と考えたらちょうど良い辛さね……

 モッチャモッチャ」


 断っておくが暮葉くれはは食べ方が下品という訳では無い。

 余りにつけるカラシの量が多すぎて咀嚼する時に音が出てしまうだけなのだ。

 しかしこの娘は味覚障害では無いだろうか。

 人間のソレとは違うのかも知れないけど。


「じゃあ行こうか」


 僕らは朝食を済ませ外へ出る。

 目指すはキリコ先生の事務所だ。


 二十分後


 マンション到着。

 上へ向かう僕ら。

 到着。

 インターフォンを鳴らす。


 ピンポーーン


 少し待つとインターフォンから声がする。


「はいは~い。

 どなた~~?」


 この妙に間延びした喋り方。

 ユリちゃんだ。

 そんなに日にちが経ってないのに物凄く懐かしい気がする。


「ご無沙汰してます。

 僕です。

 皇竜司すめらぎりゅうじです」


「え~!?

 竜司くん~~?

 急にどうしたの~?」


 ユリちゃんは驚いた声も間延びしている。

 何だかなあ。


 ガチャ


 入口の扉が開く。

 にゅっと出てきた見知った顔。

 ユリちゃんだ。


「お~

 久しぶりだね~

 今日はどうしたの~?」


「ええと紹介したい人がいまして……

 キリコ先生は居ますか?」


「みんな居るよ~~。

 今原稿が上がって一休みしてる所だよ~~

 ま~上がって~~」


「はいお邪魔します」


 僕は一声かけて中に上がる。


「お邪魔します」


 続いて暮葉くれは


【オジャマシマス】


 ビックリして僕は後ろを振り向く。

 ガレアいつの間に覚えた!?


 僕ら三人は中に入る。

 リビングのソファーに座りながらコーヒーを飲むキリコ先生と大さん。


「ん?

 誰かと思ったら竜司君じゃない?

 突然どうしたの?」


「竜司君久しぶりだね」


「お二人ともご無沙汰しています。

 ……えー今日はお三方に紹介したい人がいまして……」


「その隣の女の子かい?

 女連れで来るなんてなかなかやるじゃない?

 ケケケ」


「まー……

 そうなん……」


 プルルルルルルル


「あ、失礼」


 僕はスマホを見る。


 夢野遥


「もしもし」


「あっ竜司おにーたんっ!?

 どうしたの急にっ!?」


 何か背景がやかましい。

 おそらく外だろう。


「今実は名古屋に来ていまして……

 紹介したい人が居るんですよ」


「えっ!?

 誰々っ!?」


「遥の知らない人ですよ。

 今キリコ先生の事務所に来ているんですが来れませんか?」


「これから雑誌の打ち合わせなのよーっ!

 それが終わってからでもいいっ?」


「ハイわかりました」


 プツッ


「少し時間がかかるそうですが遥さんも来れるみたいです。

 お邪魔でしたら少し僕らは外に出てますけど」


「ん?

 そんな事より隣の女の子……

 クレハじゃねえ?」


「ええそうよっ」


 暮葉くれはは爛々と眼を輝かせ笑顔で答える。

 大さんがピクッとなる。


「マジか……

 ホンモノ……」


 大さんがすっくと立ちあがる。

 ツカツカと暮葉くれはの方に歩み寄りギュッと両手で右手を握る。


「えっ……?」


 暮葉くれはが少し驚く。


「クレハさんっ

 デビューした頃からずっとファンです。

 目覚ましはクレハさんのデビューシングル“FullAhead”です。

 七月末に放送された音楽祭で歌われた“Change”は感動しました……

 うんたらかんたら」


 何か大さんが物凄く饒舌に話し出した。

 要するに大さんはクレハのファンなんだろう。

 その様子を見ていたキリコさんが。


「私はどっちでも良いんだけど……

 大さんがアレでコレもんだから出来ればいてくれると有難いんだけどねぇ」


「わかりました。

 暮葉くれは、ちょっと話し相手になってくれる?」


「ええいいわよ。

 じゃあ自己紹介しましょうか?

 私は天華暮葉あましろくれは

 あなたは?」


 暮葉くれははにこやかに問う。

 ボッと赤くなった大さんは気を付けの姿勢になって。


「ハイッ!

 自分はっ!

 飯島大輔いいじまだいすけっ!

 三十五歳っ!

 キリコ先生の事務所でチーフアシスタントをやっておりますっ!」


 いつも落ち着いてる雰囲気だった大さんらしくない。

 ホントにファンなんだなあ。

 とりあえず暮葉くれはに大さんを任せて僕はキリコさんとユリちゃんと話す事にした。


「キリコさん、今は何を書いてるんですか?」


「ん?

 トレジャー×トレジャーだよ」


 大さんでは無いが僕もソレを聞いてテンションが上がってしまった。


「おおっ!?

 ついに連載再開するんですねっ!」


「まあ十週だけの集中連載再開だけどね。

 ホント週刊は疲れるわ……」


 そんな話をしながらすぐに時間は経つ。

 その事を告げる様にスマホが鳴る。

 ディスプレイを見る僕


 夢野遥


「もしもし遥?」


「あっ竜司おにーたんっ!?

 終わったわーっ!

 あー……

 疲れた。

 そっちって晩御飯用意してる?」


「ちょっと待って下さい…………

 キリコさん、晩御飯何かあるかって遥さんが聞いてますが」


「あーさっき原稿上がった所だから何にも無いねえ」


「何にもないそうです」


「そっちは何人?」


「えーと僕らはガレアを入れて三人……

 キリコさん側も三人で合計六人ですね」


「OK。

 何か適当なもの買っていくわ」


 三十分後


 ピンポーン


 遥が来たようだ。


「来たようですね。

 僕が出ます」


 僕は立ちあがり玄関へ。

 ドアを開ける。


 ガチャ


「わっ。

 ホントに竜司おにーたんだ。

 どうしたの急に」


「電話でも言いましたが紹介したい人が居ますので……

 立ち話も何ですから中へどうぞ」


【竜司氏。

 お久しぶりで御座る】


「あっ……

 あぁ……

 スミスも元気そうで……」


 相変わらずスミスに話しかけるとテンションが下がる。

 リビングへ二人を通す。


「おーっ遥さんっ。

 お疲れ」


「お疲れキリちゃん。

 ホラ色々買ってきたわ」


 スミスを指差す遥。

 スミスの手には大型のビニール袋を持っている。


「さぁ早く食べましょっ!

 私もうお腹ペコペコ」


 遥の号令で別室へ。

 低いテーブルに次々買ってきたものを並べるスミスと僕。

 そして並べられるビール缶。

 そしてキリコさん、遥さん、ガレアはビール。

 遥、設定は良いのか。


 僕、暮葉くれは、大さん、ユリちゃん、スミスはソフトドリンク。


「さっ竜司君。

 改めて紹介してくれよ」


 キリコさんに促される。


「はい。

 さっ暮葉くれは


「うんっ」


 暮葉くれはの手を取って前へ。


「えーではまずこの女性をご紹介……

 こちらの方は天華暮葉あましろくれは

 アイドルをしています」


「何ッ!?

 アイドルッ!?」


 遥が声を上げる。


「はい。

 クレハって名前でシングルも何枚か出してます」


「クレハって……

 あのドラゴンアイドルのっ……?」


「そうです。

 暮葉くれはは竜です。

 竜が人型になっています……

 それを踏まえた上で……

 えーコホン……

 僕、皇竜司すめらぎりゅうじ天華暮葉あましろくれはは……」


「婚約しました!」


 しんと静まり返る場。

 遥を初めスミス、キリコ先生、ユリちゃん、大さん。右から全員キョトン顔。

 ガレアは何かをつまんでモグモグ食べている。


「コンヤ……

 えっ……」


 遥が一瞬言ってる意味が解らないような声を上げる。

 そこから皮切りに。


「えええええええええええええええーーーーっっっっ!!!!!」


 と、全員の驚嘆が部屋中に響き渡る。


「マジでっ!?

 マジでっ!?

 っていうか竜司お兄―たんいくつよっ!?」


「じゅ……

 十四歳ですが……」


「何でそんな若くてそんな決断が出来るのよっ。

 わからないわっっ!!」


「あの~~?

 暮葉くれはさんは~~

 良いんですか~~?」


 ユリちゃんが暮葉くれはに尋ねる。


「私っ?

 良いわよっ。

 だって私竜司の事スキだもん」


 暮葉くれはのあっけらかんとした解にユリちゃんも絶句する。


「ま……

 ま~~

 両人同士が~~

 良いなら良いんじゃないのかな~~…………?

 多分~~……」


「うんっ!

 おもしろいっ!

 竜司君おもしろいぞっ!

 このネタ漫画で使ってもいいかな?」


「ええいいですよ。

 キリコ先生」 


【拙者ははるはる一筋なので、竜司氏が他のアイドルとギシアンしようと関係ないで御座る】


「キリコ先生っっ!」


 そこまで沈黙を保っていた大さんが勢いよく口を開ける。


「どっ……

 どうしたっ……?」


 勢いに少し圧されるキリコさん。


「ビールッッ!

 自分にもビールを下さいっっ!」


 大さんが項垂れている。

 泣いているんではなかろうか。

 キリコさんがビールを一本差し出す。

 プルタブを開け天を仰ぐように一気飲み。


「……っぷはぁっ

 ……こんな哀しい日がこようとは……

 僕のクレハが人のものにっっっ……」


 いや、あなたのではないですから。


「あの~……?

 大さん……?」


「キリコさんっ!

 もう一本っ!」


「おっ……

 おう……」


 大さんの勢いに圧され一本渡すキリコさん。

 先程と同じ様に天を仰ぐように一気飲みする大さん。


「……っぷはぁっ……」


 ちらりと暮葉くれはを見る大さん。


「ど……

 どうしたの大さん……」


 たまらず遥が話しかける。


「……くっ…………

 そりゃあ嫌ですよっ……

 でもクレハの嬉しそうな顔を見たらっ!

 納得するしかないじゃないですかぁっ!

 …………キリコさんっ!

 もう一本っ!」


 キリコさんも自由にやらせてやろうと言わんばかりに黙って一本渡す。


「竜司君っ!」


「はっ……!

 はいっ!」


暮葉くれはを幸せにしてやってくれよっっっ!

 ……んぐっんぐっんぐっ……」


 一時はどうなるかと思ったが何とか納得したようだ。

 僕らの宴会はその後楽しく催された。

 大さんは酒が足りないと外へ買いに出て、そして更にその酒を飲み干し、空き瓶ビールを使ってガレアが宴会芸を披露。

 更に時間は進む。


 午後十時五十三分


「へーっ!

 竜司君、竜の国に行ったのかい?」


「そうです」


「そりゃおもしろいっ!

 ……メモメモ」


 キリコさんが一心不乱にメモ帳にメモしている。

 僕はキリコさんを置いてベランダへ。

 夜風に当たりながら一息つく。


「ふうっ」


「竜司おにーたん」


 遥も出てきた。


「おにーたん。

 まさか婚約して帰って来るとはねぇ」


「まあ……

 勢いでっていう部分もありますが」


「アタシャてっきり蓮ちゃんとくっつくと思ってたけどねぇ」


「うっ……

 それはっ……」


 痛い所をついてくる。


「まあいいさね。

 竜司おにーたんも色々あったんでしょ」


「ええ……

 まぁ……」


「明日からどうするの?」


「今僕はこの旅でお世話になった人達に婚約の御挨拶で回ってるんです。

 だから明日は三重に行きます」


「そう。

 じゃあもちろん蓮ちゃんにも報告に行くつもりなのね」


「ええ。

 もちろん」


 僕は真っすぐ遥の眼を見て言った。


「蓮ちゃんにちゃんと言ったら?

 なんて助言はいらないようね。

 行ってらっしゃい」


「はい行ってきます」


 僕らは中に入る。


「竜司ッ!」


「わぁっ!」


 いきなり暮葉くれはが詰め寄ってきた。

 突然でびっくりした。


「んふふふ~~ん……

 りゅっ!

 う!

 じぃ~~ん……」


 暮葉くれはが抱きついてきた。

 何か様子がおかしい。

 心なしか頬も赤い。


暮葉くれは一体どうしたんだ?」


「んふふふ~~ん。

 おしゃけおいし~……」


「酒っ!?

 まさか暮葉くれはっ!?」


 だらんと下がった暮葉くれはの右腕の先に缶ビールが握られていた。

 僕は絶句する。


「竜司~~?

 私に内緒でこんなおいしいものを……

 ないしょで……

 ないしょでーっ!」


 暮葉くれはが覆いかぶさって来る。


「うわっ!」


 バランスを崩し倒れる僕と暮葉くれは


「ねえ竜司?

 私はあなたと結婚するのよ?

 私はあなたの奥さんになるんでしょ?

 ねえ?

 ねえねえ?

 竜司?」


「うっ……

 うん……」


「ふぅぅぅん……」


 暮葉くれはは突っ伏して寝てしまった。

 すうすうと可愛い寝息を立てている。

 そんな感じで宴は終わり僕もそのまま寝てしまった。


 午前八時二十分


「う……ん」


 僕は目覚める。


 ###


「はい今日はここまで」


「ねーねー。

 パパー?

 何でドラペン置いてっちゃったの?」


「だって起きないんだもの。

 しょうがないよ」


「僕ドラペン好きだったのになあ」


「さあ今日ももう遅い。おやすみ」

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