第百五話 竜司と暮葉の御挨拶周り①~特殊交通警ら隊編

「やあこんばんは。

 さあ昨日の続きから話をしよう」


「キシシ……

 パパ~?

 オレノソバニイテクレェェェェェ!

 ……キシシ」


 たつが昨日の話を引きずっている。

 赤面する僕。


「もういいでしょ……

 その話は……

 さあ始めるよ」


「パパ~?

 顔が赤いよ?

 キシシ」


 ###


 翌朝


「う……ん……」


 目覚める僕。

 ゆっくりと体を起こす。

 ゆっくりと昨日の事を考える。


暮葉くれはが……

 婚約者……」


 ゴロゴロゴロゴロ


 赤面しながら自分の昨日の行動を反芻。

 ベットの上でゴロゴロ転がる僕。


 ゴロゴロゴロゴロ


 物凄く恥ずかしい。

 穴があったら入りたい。


「三番井上タイムリ~♪

 よー番マーチンホーム……

 あら?

 すめらぎさん。

 どうされました?」


 看護師さんの声がかかりハッとなる僕。


「いえ……

 何でもありません……」


「??

 まあいいです。

 朝食をお持ちしましたよ」


 僕のベッドに机がセッティングされ、朝食が並べられたトレイが置かれる。


 生の食パン二枚(小さなジャム付き)

 柑橘系の果物一つ

 ヨーグルト一個

 以上。


 まあ病院だしこんなもんだろ。

 僕は小さなジャムを開け手早く食パンにつける。

 ぱくりと齧り、咀嚼しながら考える。


「そういえばガレアが居ないな……

 ドラペンも……」


 もしかしてと思って窓を開けるとガレアとドラペンが居た。


【何か良く解んねぇなあ。

 もっかいやってくれ】


【でヤンスから……

 例えばこの石があるでヤンスね】


【うんうん】


【これにオイラの能力を使うんでヤンス。

 比重レシオ


 石が淡い黄色の光に輝く。

 直に光は止む。

 でも遠目で見た所何も変化は無い。


【あれ?

 何かここんとこだけヒタヒタになって他がカッサカサになってるぞ】


【オイラの能力を使って石の中の水分の比重を変えたでヤンスよぉ】


 ドラペンが自慢気だ。

 物凄く限定的だけどドラペンの能力は使えるかも知れない。


 僕は朝食を終え、しばらくしてから精密検査を受けた。

 一時間ほどかかり検査終了。

 D.Dディーディーが検査結果のカルテをペラペラめくっている。

 向かいに座る僕。


「んーーー。

 問題ないねえ。

 んーーー?」


「ありがとうございます」


「んーーー。

 しかし回復が速いねえ。

 若いせいかな?

 もう帰っても良いよ。

 迎えを呼ぶかい?

 んーーー?」


 兄さんに一応電話しておこう。


「はい」


「んーーー?

 じゃあ病院の電話を使うと良い。

 んーーー」


「ありがとうございます」


 僕は事務室に向かい受話器を取る。

 スマホから兄さんの番号を表示。

 電話をかける。


D.Dディーディー

 金は払っただろ?」


「兄さん。

 僕だよ」


「あれ?

 竜司か。

 どうした?」


「検査全部終わったけどどうしたらいい?」


「おっ?

 そうか。

 じゃあ迎えに行くからちょっと待ってろ」


「うん」


 電話を置いて身支度を整える為、病室に戻る。

 スマホの時刻を確認。


 午前十時五十五分


 僕は病院のガウンを脱ぎ、自分の服に着替える。

 さてどうしようか。

 僕はガレアの元へ行く事にした。


 病院ロビー


 一っ子一人居ない。

 これでやっていけるのだろうか。

 看護師もあのおばさんしか見ていない。

 まあいいか。

 

 外へ出る。

 天気は快晴。

 まるで僕と暮葉くれはを祝福している様な天気だ……

 なんちゃって。


 病院の前の広場にはガレアとドラペンが居る。

 二人とも草原にゴロゴロ転がっている。

 何だか気持ちよさそうだ。


【お前さー。

 何でこっちに来たの?】


【そんな事オイラも解んないでヤンスよ。

 それにしても気持ちいいでヤンスねえ。

 ごーろごーろ】


【何だそりゃ。

 あ~気持ちいい~。

 ごーろごーろ】


 何かでっかい竜とちんまい竜が芝生でゴロゴロ転がりながら世間話してる。

 何てのどかな絵だ。


「ガレア」


【ごーろごーろ。

 あ、竜司】


「全部終わったよ」


【おっようやく帰れるのか?】


「兄さんが迎えに来てくれるからもうちょっと待ってて」


【ふうん。

 わかった。

 ごーろごーろ……】


 またガレアが転がり始めた。


【気持ちいいでヤンスねぇ。

 ごーろごーろ……】


 ドラペンはずっと転がっている。

 何だか見てると僕も一緒にしたくなってきた。


「……しょ

 ……っと」


 ガレアの右側に寝っ転がる僕。

 大の字で寝そべってみる。


 太陽の光がじんわり身体全体に染み込む。

 下の芝生も物凄く柔らかい草だ。

 普通芝生と言ったらチクチクするイメージだけど全くそんな事は無かった。


 成程。

 ガレアとドラペンが転がるわけだ。

 僕も転がる。


「気持ちいいねえガレア。

 ごーろごーろ……」


【気持ちいいよなあ竜司。

 ごーろごーろ……】


【気持ちいいでヤンスねぇ。

 ごーろごーろ……】


 時が経つのも忘れただひたすら左右にゴロゴロ転がる僕とガレアとドラペン。


「あ~~。

 ごーろごーろ……」


【の~~ん……

 ごーろごーろ……】


「ガレア……

 お風呂入った時の声が出てるよ……」


「何やってんだ。

 竜司」


 視界の上からぬっと兄さんの顔が出る。

 突然の事に驚く。


「うわっ!

 あぁ兄さんか」


 僕はゆっくり体を起こす。


「えらく早いね兄さん」


「何言ってんだ。

 もう十一時半過ぎてるぞ」


 僕はスマホで時間を確認。


 午前十一時四十五分


 僕は驚いた。

 三十分強転がっていた事になる。

 どれだけ気持ちいいんだこの芝生は。


「ホラ立ち上がれ。

 とっとと引き上げるぞ」


「うん」


 立ち上がりふと思う。

 兄さんは何で来たんだろうと。


「兄さん何で来たの?」


「パトカーだよ。

 向こうに止めてある」


「ボギーはどうしたの?」


「ボギーは留守番だよ。

 ここは高速から離れてるからな。

 下道で移動する時はパトカーでサイレン鳴らしながら行く方が速いんだよ」


「事件でも無いのにサイレン鳴らして良いの?」


「構いやしねぇよ」


「まあいいけどさ。

 ホラガレア、ドラペン。

 行くよ」


【へいよう】


【移動でヤンスね】


 しばらく歩くと一台のパトカーが止まっていた。

 中に運転手が乗っている。


「兄さんどこへ行くの?」


「とりあえず静岡県警に戻る」


「わかった。

 じゃあちょっと待って……」


 僕はスマホを取り出し電話をかける。

 かける相手は勿論……


 天華暮葉


「もしもし竜司?」


「あ、もしもし暮葉くれは

 お仕事終わった?」


「もう終わって今、新幹線待ってる所よ」


「それじゃあそのまま静岡駅まで来て。

 着いたら電話して。

 迎えに行くから」


「わかったわ」


 電話を切りスマホをしまう。


「おまたせ兄さん。

 ガレア、この車について来てね」


【わかった】


「ドラペンは……

 一緒に乗る?」


【いいでヤンスよ】


 バタン


 僕らはパトカーに乗り込んだ。

 僕とドラペンは後部座席。

 兄さんは助手席へ。


「はぁ……」


 何やら運転手が溜息。

 どうしたんだろと思いつつ車は発進。


「おい竜司」


 兄さんが前から話しかけてくる。


「何?

 兄さん」


「さっきからチラチラ見えるそのちっさい竜は何だ?」


 ドラペンが敏感に反応する。


【ムキーーッ!!

 誰がちんまくてちみっこくて豆ドラゴンでヤンスかーーッ!】


 ドラペンが手と翼をピコピコパタパタしながら怒ってる。

 可愛いんだけどパトカーの中は狭い。


「こらっ

 ドラペンッ!

 暴れるなっ」


 ドラペンは僕の膝に乗っていた。

 その膝の上でちっさく暴れるもんだから翼の端や手がピシピシ当たる。

 全然痛くは無いがうっとおしい。


「ドラペン落ち着けって。

 後で宝やるから」


 宝と聞いた途端目が爛々と輝き出す。


【えっ宝っ……!?

 ……しょうがないでヤンスねえ……

 宝に免じて矛を収めるでヤンスよ】


 ようやくドラペンが落ち着いた。


「それでその竜は何なんだ?」


「えっと……

 この竜はドラペンって言ってね……」


 僕はドラペンがマザーから渡された手土産だと言う事。

 あと僕が知ってる限りで能力の比重レシオについて。

 その比重レシオのお蔭で僕は一命をとりとめたも説明した。


「……って訳さ」


「なるほど……

 病院で血の通い方が不思議過ぎると先生がビックリしてたのはそれが原因か。

 確かに……

 その比重レシオ……

 もしかけれるのが物質では無く空間にもかけれるとなると赤の王との決戦で使えるかもな」


「そこらへんはまたドラペンに聞いてみるよ」


【ん?

 何の話でヤンスか?】


 ドラペンがキョトン顔で僕を見上げる。


「後で話してあげるよドラペン。

 あ、そうそう。

 帰り道でベビーカステラ売ってる所知らない?」


「ベビーカステラ?

 何でそんなもんを」


「いやドラペンが気に入っちゃってさ」


「う~ん……

 あったかなあ……

 俺地元じゃ無いしなあ……

 サトー君知ってるか?」


 兄さんが隣を向いて話している。

 サトーと言うのはこの運転手の事か。


「ヒェッ!

 ……あっ……

 あぁすめらぎ警視正……

 なんですか?」


「県警本部の近くにベビーカステラ売ってる所知らない?」


「あぁ……

 わかりますよ……

 そこに寄るんですか……?」


「ああ。

 よろしく頼む」


「わかりました……

 はぁ……」


 後日談だけどこのサトーって人。


 静岡に来た時の兄さんの専属運転手らしいんだけど竜が苦手だったんだって。

 原因は前に兄さんが事件解決して竜を取り押さえたんだ。

 でもその時聖塞帯せいさいたいが切れててしょうがなく兄さんのスキルで拘束したんだって。


 そしたら護送車の中でその竜が暴れて暴れて……

 もちろんその護送車の運転手はサトーさん。

 それ以来サトーさんは竜が苦手になったんだって。


 何事も無く無事帰路につく事が出来た。


 静岡県警本部


 随分久しぶりな気がする。


【んふふふふ~ん♪】


 大きなベビーカステラの袋を両手で抱えてドラペンはご機嫌だ。


 プルルルル


 電話が鳴る。

 僕はスマホのディスプレイを見る。


 天華暮葉


 僕はすぐに電話に出た。


「もしもし竜司?

 静岡駅に着いたわよ。

 どこで待ってればいい?」


「じゃあ改札出た所で待ってて。

 すぐに迎えに行くよ」


「わかったわ」


 電話を切る。


「さっきから誰に電話してるんだ?」


「兄さんに会って欲しい人。

 それと今日大事な話があるから。

 着いたらしいから迎えに行ってくるよ」


「おう。

 俺は先に上に行ってるからな」


「わかった」


 僕は静岡駅に向かう。


 足取りも軽い。

 この先に暮葉くれはが待ってくれている。


 僕の婚約者が。

 早く。

 早く暮葉くれはに会いたい。


 あの笑顔を見たい。

 足取りが早くなる。

 すぐに静岡駅に到着。


 JR静岡駅


 改札の前。

 居た。

 暮葉くれはだ。

 駅のベンチで腰掛けて本を読んでいる。


 僕は駆け寄る。


 暮葉くれはは黒い大きめのベレー帽ハットを被り、大きめのサングラス。

 赤いブラウス。

 バックルの大きなベルト。

 黒のミニスカート。

 黒のパンプスを履いていた。


暮葉くれは


「あ、竜司」


「お待たせ。

 何読んでるの?」


「これっ!

 六等分の花嫁っ!」


 自信満々で本を向ける暮葉くれは

 これは主人公の男子高校生が六つ子の女の子に勉強を教え、そこから恋愛に発展すると言うラブストーリーだ。

 描かれる六つ子がどれも魅力的で僕もよく読んでいる。


「へぇ良いの読んでるね。

 僕も好きだよ六等分の花嫁」


「えっ!?

 竜司も読んだ事あるのっ!?

 ねーねーっ。

 誰推しっ!?」


 暮葉くれはが訳の分からない事を言い出した。


「推し……?」


「何よーっ!

 竜司知らないのーっ?

 この六等分の花嫁を読んだら誰もが推しキャラが出来るって言うんだよっ

 フフン」


 何か暮葉くれはが自慢気だ。


「……それどこからの話?」


「インターネットよ」


 やっぱりか。


「私はねーっ!

 四香よつかちゃんっ!

 四香よつかちゃんはねー元気いっぱいなのっ!

 それでねそれでねっ!

 クラブもすぐに手伝ったりしちゃうのっ!

 それでねっ

 勉強しなくちゃいけないのにそれでも四香よつかちゃんはクラブに行っちゃうのっ!

 それでねっ

 それが原因で事件が起きちゃうのっ!」


「OKストップ暮葉くれは

 六等分の花嫁が好きなのは解った。

 兄さんが待ってるからそろそろ行こうか」


「えーっ!

 これからが良い所なのにーっ!」


 僕は手を差し出す。


「ありがとっ竜司」


 手を取って暮葉くれはが立ち上がる。

 そのまま手を繋いだまま歩き出す僕ら。

 僕は敢えて手を離さずに歩いた。

 だって僕らは婚約しているんだから。


「ねえねえ竜司?」


「なっ……

 なあにっ!?」


「何で手を繋いだままなの?」


 子供の様な純真な瞳を僕に向ける。


「えっ……

 だって婚約者だし……

 こういうの漫画で読んだ事無い?」


「うん。

 読んだ事あるけどあれって好き同士だよ?」


「え?」


「あれっ?

 でも竜司は私の事好きなのよね……?

 それで私も竜司が好き……。

 ならこれでいいんだ」


 僕は心底安心。

 手を繋ぎながら今日の撮影の話をした。

 今回で暮葉くれはの演じるキャラは殉職したらしく撮影は終了だって。


「でも人間って何であんな小さな弾で死ぬのかしら?」


 こんな事を言い出す暮葉くれは


「人間はか弱いからね。

 特に体内は弱いから小さい弾でも体内に入って重要臓器を壊されたら死んじゃうんだ」


「やっぱり人間って弱いのねえ」


 そんな話をしながら静岡県警本部に到着。


「そういえばここで出会ったのよね。

 私達。

 フフフ」


 僕は左の木々が生えてる沿道を見る。


「そうだね」


「あの時の竜司ったら……

 ウフフフ」


 暮葉くれはが口に手を添えて笑い出した。


「何だよ暮葉くれは


「ウフフ……

 あの驚いた時の……

 顔っ……

 ウフフ」


「だって……

 そりゃ急に後ろから大きな声を出されたら誰だってビックリするよ」


「ウフフ……

 あの顔……

 ウフフ」


「もういつまで笑ってるの。

 中に入るよ」


 僕は笑ってる暮葉くれはの手を引きながら中に入る。


「えーと刑事課は……

 十階か」


 僕と暮葉くれははエレベーターに乗り込み十階到着。


「ええと……

 兄さん兄さん……

 いないなあ」


 僕は適当に歩いている刑事に声をかけた。


「あの……

 すめらぎ警視正はどこにいますか?」


「ああ、第三会議室だよ。

 ホラそこ」


 刑事の指さした方向にドアがある。

 上に第三会議室。


「ありがとうございます。

 さあ、行こう暮葉くれは


「うん」


 ガチャ


「……だから情報によると陸竜大隊の準備が間もなく完成するらしい……

 お?

 竜司?」


 そこには前で話している兄さん。

 長机の前で話を聞いているカズさん、つづりさん。

 スマホに夢中で話を聞いていなさそうなリッチーさん。


 後ろにそれぞれの竜が居た。

 そしてガレアとドラペンも。


「確か話があるんだったな。

 よし、お前ら会議はいったん休憩だ」


「何か込み入った話なら僕らは退室しようか?」


 カズさんが気を使い、そんな事を言う。


「いえ。

 この場に居られる人たちにはお世話になっているので一緒に聞いて欲しいです。

 あと兄さん。

 涼子さんも呼んでくれないかな?」


「何だ何だどんな話なんだ?

 まあ別に良いけど。

 じゃあ呼んでくるわ」


 ガチャ


 兄さんは出て行った。


「ねえねえカズ。

 あの竜司君の隣に居る子。

 もしかしてクレハじゃない?」


「え?

 あのドラゴンアイドルの?」


 そんな話をしている内に兄さんが帰って来た。

 両手にコーヒーカップを持って。

 おそらく一つは涼子さん用だろう。


「ほら竜司。

 呼んできてやったぞ」


「竜司君。

 身体は大丈夫?」


「ええありがとうございます。

 兄さん、まあ座ってよ」


 構図として僕と暮葉くれはが前に。

 兄さんをはじめ他の人達は長机の前に座った。


「さっ暮葉くれは……

 帽子とサングラスを取って……」


「わかったわ」


 暮葉くれはがサングラスを取り、帽子も取る。

 ファサっと長い銀髪がたなびく。

 キラキラ輝いて綺麗だ。


「誰かと思えば暮葉くれはさんじゃないですか。

 三日前はお疲れさまでした」


「お疲れさまでした」


 兄さんの社交辞令を聞く僕。


「んで竜司。

 この暮葉くれはさんを呼んで一体何の話なんだ?」


 コーヒーカップに口を付ける兄さん。


「えーコホン……

 僕皇竜司すめらぎりゅうじ天華暮葉あましろくれはは……」



「婚約しました!」



 ブーーーーーーーーッ!!


 兄さんが飲んでたコーヒーを噴出した。


「ゲホッ!

 ゴホッ!

 りゅ……

 ゴホッゴフッ!」


「豪輝さん大丈夫?」


 涼子さんが兄さんの背中をさすっている。


「……ありがとうございます涼子さん……

 ふー……

 んでお前と暮葉くれはさんが何だって竜司……?」


「え……

 だから婚約」


「えっ!?」


「だから婚約!」


「えっ!?」


「もー兄さんっ!

 しつこいよっ!

 だから僕は暮葉くれはと婚約したのっ!

 時期が来たら結婚するのっ!」


 兄さんが僕を凝視したまま絶句している。

 そしてゆっくりゆっくり暮葉くれはの方を見る。


暮葉くれはさん……

 本当ですか……?」


「ええ。

 確か結婚って好き同士がするのよね。

 だから私は竜司と結婚するの。

 だって私、竜司がスキだもん」


 暮葉くれはが堂々とそんな事を言う。

 余りにあっけらかんとした物言いに僕は赤くなる。

 またゆっくり僕の方に視線を戻す兄さん。


「竜司……

 本気か……?」


 僕は静かに頷く。


「……俺もまだ涼子さんにプロポーズしてないのに……

 弟に先を越された……」


 パチパチパチパチ


 兄さんの呟きの後にささやかな拍手が聞こえる。

 拍手の主はカズさんだ。


「婚約おめでとう竜司君。

 ささやかだけど祝福させてもらうよ。

 ね?

 つづり……

 つづり?」


 つづりさんが震えている。


「どうしました?

 つづりさん」


つづり?」


「キィィィィタァァァァァワァァァァ!」


 突然、絶叫しながら立ち上がるつづりさん。


「若さゆえのアヤマチだわァァァァァッ!

 このまま世間様に顔向けできなくなる……

 ゆくゆくは二人手に手を取って逃避行……

 キィィタァァァァァワァァァァ!!」


 両手でガッツポーズを取りながら興奮しているつづりさん。

 何かメーターが振り切った様だ。

 ワンテンポ遅れて乗っかってきたやつもいる。

 ガレアだ。


【なにっ!?

 竜司っ!

 お前ケッコンかっ!?

 ケッコンすんのかっ!】


「違うよガレア。

 僕と暮葉くれはがするのは婚約」


【コンヤク?

 ケッコンとは違うの?】


 ガレアキョトン顔。


「婚約っていうのは結婚の予約って事。

 僕はまだ年齢的にまだ結婚できないからね」


 ちょいちょい


 服の袖を引っ張られる感覚がする。

 隣を見ると暮葉くれはだ。


「どうしたの暮葉くれは?」


「ねえねえ竜司。

 “とうひこう”ってなあに?」


 いつもの瞳で僕を見る暮葉くれは

 その話はもう終わってるんだけどな。


「ああ。

 それはあちこち移り住んだり隠れ住んだりする事だよ」


「えっ!?

 私竜司と結婚したらあちこち移り住まないといけないのっ!?」


 つづりさんの妄想めいた冗談を真に受けている暮葉くれは


「いやいや冗談だよ」


「なあんだ冗談かぁ。

 でも竜司と一緒に色々な所で住むのも楽しいかもねウフフ」


「そうかもねアハハ」


「よし竜司。

 すこし突っ込んだ部分で話がある。

 場所を変えよう。

 涼子さんも一緒にお願いします」


「わかりました」


 涼子さんも立ち上がる。


「僕らはどうしましょう?」


「悪いが対面談形式を取らせてもらう。

 少し休憩しててくれ。

 お前らも竜司に何か聞きたい事があったら俺の話が終わったら俺達と交代だ」


「了解」


「了解」


「くそっ……

 このボス堅すぎなんだよ……

 りょ~かい……」


 つづりさんとカズさんが返事をする。

 その後でリッチーさんがおざなりな返事をする。


「僕と暮葉くれはだけでいいの?

 ガレアは?」


「悪いがガレアには待っててもらってくれ」


「わかった。

 おーいガレア」


【ハハハ。

 ゴール爺、相変わらずだなあ。

 ん?

 何だ竜司?】


「僕少し兄さんと話があるからちょっと待ってて」


【おうわかった。

 でよーあん時ゴール爺どこにいたんだよ……】


 何やら楽しそうにドックと話をしているガレア。

 これなら大丈夫かな。


「さあ暮葉くれはついてきて」


「はーい」


 僕と暮葉くれはは兄さんの後をついていった。

 右へ歩き、角を曲がると一つの部屋の前に辿り着く。


 応接室


 ガチャ


 中に入ると黒革の長いソファーが二つ。

 対面に置かれている。

 ソファーの間に小さなテーブルがある。


「まあ座れ」


 兄さんに促され僕は右へ。

 兄さんは左へ座る。

 すると涼子さんが……


「じゃあ私飲み物持ってくるわ。

 何が良いですか?」


「自分はコーヒーでお願いします」


「わかりました。

 竜司君と暮葉くれはさんは?」


「じゃあ僕はミルクティーで」


「私は竜司と同じもので良いです」


 これを聞いた兄さんの顔が少しギョッとする。

 特に何か言及する訳じゃ無かったけど、眼はおいおい仲良すぎだろって言いたい眼をしている感じだったよ。


「じゃあ行ってきます」


 ガチャ


 涼子さんは出て行った。


「さて……

 竜司……

 さっきも聞いたがマジなのか?」


「あぁ兄さん。

 ゆくゆくは暮葉くれはと結婚する」


 僕は真っすぐ兄さんを見る。


「お前解っているのか?

 暮葉くれはさんは竜なんだぞ?

 寿命からして全然違う」


「そんな事は関係無いよ」


「お前が死んだ後も暮葉くれはさんは生きていかなきゃいけなんだぞ。

 可哀想だとは思わないのか」


「だからと言って僕は芽生えたこの気持ちを伝えないまま生きていくなんて出来ない」


「一体何があった。

 それを話してくれないか?」


 僕は暮葉くれはの方を見る。


暮葉くれは……

 あの夜の話……

 兄さんにしても良い……?」


「この人竜司のお兄さんなんでしょ?

 良いわよ」


 僕は兄さんに説明した。


 竜排会の横浜支部はドラゴンエラーの被害者で構成されている事。

 暮葉くれはがドラゴンエラーの時の白竜だって事。

 現在竜排会の標的が僕になっている事。

 逆鱗に触れるとどうなるか。

 暮葉くれはちぎりの事。


「……って事。

 僕にはまず責任がある。

 そしてこんな僕を暮葉くれはは優しいと言ってくれたんだ。

 こんな最低な僕にっ!

 だからこの気持ちが生まれたんだ。

 僕は暮葉くれはをあいっ……」


 暮葉くれはの事を好きだとは言えても流石にこの台詞を口にするのは物凄く恥ずかしい。

 僕の頬が赤くなるのを感じる。


「…………あい……

 してるって……

 ゴニョゴニョ」


「竜司どうしたの?

 ホッペがすっごく赤いわよ?」


 暮葉くれはキョトン顔。


「なななっっ!

 何でもないよっ!」


 恥ずかしくて暮葉くれはのぱっちりとした紫の瞳を見れない。

 僕はそっぽを向いてしまう。

 ここで気づいたんだ。

 あ、このパターンはって。


 案の定素早く暮葉くれはの手が僕の胸座に伸びる。

 ガッと僕の襟を掴む。

 そして竜の怪力で前後にガックンガックン揺らす。


「何よーっ!

 何で赤いのよーっ!

 教えなさーーいっ!」


 ガックンガックン


 脳が前後に揺れ程良くシェイクされる。

 振り幅も大きいせいもあって気持ち悪くなってきた。


 ガックンガックン


「ちょ……

 くれ……

 ……

 待っ……

 言う……

 言うから……

 前後に揺らすの止めて……」


「そおっ?

 はいっ!」


 聞けると解った途端すぐに止める暮葉くれは

 この現金な所も竜の特徴なのだろうか。


「でっ!

 でっ!

 何でホッペが赤かったのっ!?」


 聞ける嬉しさからか瞳をキラキラさせながら顔を近づける暮葉くれは

 暮葉くれはの身体から華の様ないい匂いが香る。

 近さと香りに少し赤面する僕。


「あの……

 ね……

 さっき……

 兄さんがマジなのか?

 って聞いたじゃん……?」


「うんうんっ!」


「それで……

 僕が……

 言おうとした言葉が……

 暮葉くれはを……

 ゴニョあいし……

 てるから……

 ってゴニョ」


「えっ!?

 私を何てっ!?

 声がちっさくて聞こえないわっ!」


「だからっ……」


 もう恥ずかしい。

 物凄く恥ずかしい。

 誰か僕を穴に入れてくれ。


「あら?

 竜司、顔がさっきよりも赤くなってるわよ?

 で、何て?」


「あーもーっ!

 僕は暮葉くれはを愛しているって言ったのっっ!」


 言った。

 ついに言った。

 このキザなセリフを。


「アイシテル……?」


 暮葉くれはキョトン顔。


「あ……」


 僕はしまったと思った。

 何故なら多分この後、愛しているの意味を聞いてくるだろうから。


「竜司、愛してるってなあに?

 好きとは違うの?」


 しかも困った事に僕が解らない。

 自分で言っておきながら。


「えっと……」


 僕が困っていると兄さんからフォローが入る。


「“好き”は自分のための恋愛で使う言葉で“愛してる”は自分を犠牲にしても相手を想って使う言葉ですよ暮葉くれはさん」


「へえ。

 人間って本当に色々な言葉を使うのね。」


「人間は竜みたいにテレパシーで会話なんて出来ませんからね」


「でも本当に凄いと思うわ……

 それじゃあ私はどうなのかしら……?」


 暮葉くれはが口元に人差し指を添えて上を向きながら考えてる。


「何の話?」


 僕は聞いてみる。


「う~ん……

 えとね竜司。

 私の気持ちはどっちなのかなって。

 でもあの夜初めて竜司に好きって気持ちを教えてもらったじゃない?

 竜司の事はスキだと思うけど、恋愛の言葉で”愛してる”って言うのもあるって聞いたらどっちなのかなって」


「どうだろうね。

 こればっかりは本人にしか解らないし」


「う~ん……

 う~ん……」


 暮葉くれはがウンウンと唸りながら悩んでいる。


「でも感情って時間と共に変わっていくものだけどね。

 僕は今の兄さんの話を聞いてもこう思うよ。

 “僕は天華暮葉あましろくれはを愛している”って」


 この子を護って生きていきたい。


 あの夜芽生えたこの気持ちは嘘じゃない。

 今でもそう思う。

 真っすぐ暮葉くれはの眼を見て僕は言った。


 すると暮葉くれはの頬が次第に赤くなる。

 頬の紅潮に気付いたのか顔をペタペタ両手で触り出す。


「えっ!?

 アレッ!?

 アレアレッ?

 どうしたのかしらっ!

 あっこれあの夜に竜司が教えてくれたやつだわっ!

 嬉し恥ずかしいってやつっ!」


「ん~……

 ゴホンゴホンッ!」


 僕らのピンク色の空気に充てられた兄さんが咳払いをして空気を換えようとする。


 ガチャ


「お待たせ豪輝さん」


 飲み物と軽いお菓子をお盆に載せて涼子さんが帰って来た。


「あれ?

 豪輝さんどうされたんですか?」


 右には頬が赤くなっている僕と暮葉くれは

 左には気まずい表情をした兄さん。

 それぞれの飲み物を配り兄さんの隣に座る。


「確かに俺は竜司……

 お前に先を越された……

 だがなっ!」


 兄さんは素早く左手を涼子さんの右肩に回し、グイっと力強く寄せる。

 どこかで見た光景。


「俺は涼子さんを愛しているっ!

 それはどこに居ても変わらないっ!」


 兄さんの胸に両手を添えてもたれ掛かる涼子さん。

 顔が真っ赤だ。


「もう……

 豪輝さんったら……」


「じ~~~……」


 何やら二人のやり取りを凝視している暮葉くれは


「じ~~~……」


 何やら嫌な予感がする。


「ど……

 どうしたの暮葉くれは?」


「これしたいっ!

 竜司ッ!」


「へ……?」


「へ?

 じゃなくてっ!

 これっ!」


 まだ肩を寄せて密着している兄さんと涼子さんを指差す。


「これっ!

 漫画で見たのっ!

 恋人同士が肩を寄せ合うシーンッ!

 すっごい幸せそうな顔だったっ!」


 僕は多分赤面していただろう。

 言葉も出なかった。


「あれっ!?

 私また間違えたっ!?

 婚約したって事は私と竜司は恋人同士たと思ったんだけど……」


「いっ……

 いやっ……

 間違っては無いんだけど……」


 ここで兄さんが茶々を入れる。


「フフフ何だ竜司。

 婚約は出来ても俺の様には出来ないのか。

 情けない奴め。

 なあ涼子さん」


 涼子さんは兄さんの胸元で真っ赤になりながら黙っている。

 僕はこの茶々にカチンときた。

 僕だって何もかも兄さんの下じゃないんだ。


「フン。

 何さそれぐらい。

 やってやるさ」


「ありがとう竜司。

 どんな感じなのかしら。

 ワクワク」


 そんな事言いながら暮葉くれはは姿勢を正し僕の方に寄って座り直す。

 暮葉くれはから香しい華の匂いがする。


 僕は更に赤面する。

 何だかドキドキしてきた。


 ドキドキドキドキ


 魔力注入インジェクトを使って無いのに心臓が鳴る。


「じゃあ……

 行くよっ……」


「はーい」


 僕は素早く暮葉くれはの背中から左肩を掴む。

 そしてグイっと暮葉くれはを自分の胸元に寄せる。


 華奢な身体が力に逆らわず僕の胸に来る。

 暮葉くれはの柔らかい両手が添えられる。

 僕は赤面する。


「竜司……

 ドキドキしてる……」


「そっ……

 そりゃあね……」


「私も……

 ドキドキしてる……

 顔も熱い……

 これも嬉し恥ずかしいなのね……」


 可愛い。

 というより愛おしい。

 兄さんの前じゃ無かったら両手で抱きしめている所だ。


「フン竜司。

 なかなかやるじゃねぇか。

 さっきの話と今のでお前の本気はわかった。

 だが竜司。

 暮葉くれはさんは竜だ。

 外国人と結婚するのとは訳が違うぞ。

 おそらく茨の道だ。

 それでも良いんだな?」


「うん。

 もう決めたんだ」


 僕は真っすぐ兄さんを見る。


「へっ。

 良い眼をしてるじゃねぇか」


 ようやく兄さんの胸から身体を離す涼子さん。

 姿勢を正してもまだ赤面している。


「……ッゴホンゴホンッ!

 竜司君は今十四歳。

 日本の法律では結婚出来るのは十八歳。

 この四年をどうやって過ごすのか考えた?」


「旅が終わったらとりあえず高認の勉強をします。

 十六歳までに高認を取得。

 十六歳になったら竜河岸飛び級を使って大学に行きたいと考えています」


 ■竜河岸飛び級


 基本的に大学の正規課程の入学は十八歳以上となるが体育、数学などで特に才能があると感じられる高校生は十七歳以下でも大学一年になれる。

 ただこれは通常の飛び級。

 だが竜河岸飛び級は年齢も十五歳から試験に合格さえすれば大学に進むことが可能。

 日本の中で五千人しか居ない竜河岸に与えられた特権である。

 情報はおおっぴらに公開している訳では無く、知っている者は少ない。


「それなりのビジョンは立てている様ね。

 希望的観測も多いような気もするけど。

 でも自分が今のままじゃいけないって言うのも理解している様ね。

 よしっお姉さんが合格をあげようっ!」


 涼子さんがおどけて笑顔で言う。


「ありがとうございます」


「俺から聞きたい事はもうない。

 それじゃあカズたちに聞いてくるわ」


 兄さんは外に出て行った。

 少し待っているとカズさんとつづりさんがやってきた。


「ウフフ。

 竜司君お待たせ」


 別に待ってないのだが。


「やあ竜司君。

 聞きたい事はそんなに大した事じゃ無いんだけど……

 ちょっと……」


 カズさんが手招きする。

 駆け寄る僕。

 素早く身を翻し僕を巻き込む形で壁と自分の身体で僕を挟むカズさん。

 そして僕に小さな声で耳打ちする。


「ゴニョゴニョ……

 ねえ竜司君……」


「ゴニョ……

 はい」


「ゴニョ……

 婚約は確かに喜ばしいんだけどね……

 あの暮葉くれはって娘……

 前に見た娘と違うね……

 ゴニョ」


「ゴニョ……

 前に見た娘……?」


 恥ずかしながら僕はこの一言では気が付かなかったんだ。


「ゴニョ……

 ホラ……

 僕のスキルで見た……

 あのキスしてた娘……

 ゴニョ」


 これを聞いた瞬間。

 僕の頭でフラッシュバック。


 数々の思い出。

 どれもこれも僕が旅で得たかけがえのないものだ。

 フラッシュバックし、切り取られるワンシーン。


 どれも僕は笑っていた。

 引き籠っていた僕が笑顔でいられる思い出をくれた人。


 新崎蓮しんざきれん


 僕は自分が浮かれていた事に気付く。

 暮葉くれはが僕の婚約者になって。

 それが嬉しくて今の今までれんの事を忘れていた。


 僕の顔が青ざめる。

 その様子を見てカズさんが溜息をつく。


「ふう……

 少し外に出ようか竜司君……

 ホラ……

 奥さんはつづりに任せてさ……」


「まだ奥さんじゃないですよ……

 わかりました」


「よし。

 つづり、僕と竜司君は少し外に出るよ。

 暮葉くれはさんをお願いね」


「OK。

 カズいってらっしゃい。

 ……それでね、私は一乃いちのちゃん推しなの……」


「うんうんっ」


 つづりさんと暮葉くれはは楽しそうに六等分の花嫁の推しキャラについて話している。

 確かつづりさんは恋愛漫画が好きって言ってたっけ。

 これなら任せても大丈夫だろう。

 外に出る。


 僕とカズさんは刑事課の端にある自動販売機の前に来る。


「竜司君。

 何か飲む?

 奢るよ」


「あ……

 じゃあホットココアで……」


「よしきた」


 ゴトン


「ふー……

 あちち。

 はい竜司君」


 ペコッ


 僕らはプルタブを開ける。

 口を付ける。

 身体の中に熱いココアが流れ込み隅々までじんわり染み渡る。

 少し落ち着いた。


「どう?

 少しはリラックスできた?」


「ありがとうございます」


 グビッ


 もう一度身体に熱いココアを流し入れる。

 僕とカズさんは自販機の奥に設置してある長ベンチに腰掛けた。


「それで……

 竜司君。

 何で僕のスキルで書いたあの娘じゃないの?」


 来た。

 蓮の事だ。

 僕は考えた。


 蓮の事を何故忘れていたのだろうか。

 まず……


 ■側に居なかった。


 僕は静岡で蓮は大阪だ。


 ■定期的に連絡を取っていなかった。


 連絡を取ったのは名古屋で蓮からの一度きり。


 ■環境の目まぐるしい変化。


 静岡に来てから警察に捕まり竜排会に遭遇。

 竜界に転送。

 橙の王との決戦と急激な環境の変化に蓮の事を考えている暇も無かった。


 これだけの理由があったら忘れていてもしょうがないと思う。

 でも確かに仮に側に蓮が居て僕か蓮が告白なりをして恋人となっていたりとかしたら色々と変わっていたのだろうか。

 僕はカズさんには相談する事に決めた。


「はい……

 あの子は新崎蓮しんざきれんって言いまして……

 大阪で出会った娘です……」


「うんそうだよね。

 確かデートにUSJに行っていたね。

 キスはそこでしたのかい?」


「いえ……

 キスは大阪を発つ時に……」


「まー竜司君は若いからね。

 色々あるとは思うよ。

 それにしても日数だけで考えたら物凄い短い期間での鞍替えじゃない?」


「……はい……」


「あぁ別に責めてる訳じゃ無いんだ。

 でもそのれんちゃんの事は好きだったんだろ?」


「好き……

 だったと思います……」


「思います?」


「自分自身でもはっきりわからないんです……

 僕はつい数か月前まで引き籠って学校も行かず外と接触を断ってきました……

 だから僕自身蓮の事をどう思っていたかがはっきりしないんです……」


「なるほどねえ……

 確か竜司君は兵庫県だったっけ?」


「はい……」


「そうかぁ……

 兵庫県でずっと家に閉じこもってた子が外に出て急に同い年ぐらいの女の子に出会って自分の気持ちを確認する間も無く、話……

 関係だけが先に進んじゃったって所かな?

 前の絵と今の話からして自分からスキンシップを取ろうとかしたかい?」


「……いえ……

 あまり覚えてないです……」


「そうか。

 ならあのキスも蓮ちゃんからなんだろうね。

 となると恐らく気持ちが蓮ちゃんの方が上回ってた結果だろうね」


「……ハイ……」


「あぁあぁ。

 別に責めてる訳じゃ無い。

 それで……

 竜司君?」


「……ハイ」


暮葉くれはさんの事は好きかい?」


「はい。

 僕は暮葉くれはの事が好きです」


 僕は真っすぐカズさんの眼を見て答えた。


「うん良い眼だ。

 それだけハッキリ僕の眼を見ながら言えるって事はその気持ちはホンモノだと思う……

 となると君のやるべきことは一つだ」


「何ですか?」


「大阪に戻って蓮ちゃんに婚約者が出来た事を報告するべきだ」


 僕の身体が総毛立つ。

 この事を言ったらどれだけ蓮が哀しむか。

 それでも僕は言わないといけない。


 だって僕は選んでしまったのだから。

 蓮では無く暮葉くれはを。

 これは男としてのケジメ……

 の様な気がする。


 今の僕を伝えないと。

 例え戦闘になったとしても。


「はい……

 わかりました」


 僕は真っすぐカズさんの眼を見て答えた。


「よし良い眼だ」


「じゃあ僕は兄さんに言ってきます」


「あぁ行ってらっしゃい」


 カズさんは笑顔で見送ってくれた。


「ええと兄さん兄さん……

 居た」


 兄さんは机が並んでいる所の一角に居た。

 何やら書類を精査している様だ。


「兄さん」


「おお竜司。

 カズ達との話は良いのか?」


「うん。

 それで兄さんに話……

 と言うかお願いがあるんだ」


「何だ?

 言ってみろ」


「僕、大阪に戻って婚約したことを報告しないといけないが居るんだ」


「なるほどな。

 カズに突っ込まれたんだろ?

 明らかに前のカズの絵とは違うだもんな。

 よし良いだろう。

 行ってこい。

 行って男のケジメを付けてこい」


「うん」


「ただ……

 最大で七日間だ」


 そんなにはいらないと思うが念のため聞いてみた。


「何で七日間なの?」


「その辺りで陸竜大隊が動き出す。

 静岡から始まる一斉蜂起だ。

 俺はそれを水際で食い止めたい。

 だから事が始まる前にお前には帰ってきて欲しい」


 僕は生唾を飲み込んだ。

 ついに来た。

 陸竜大隊と真正面からぶつかる。

 おそらく激しい戦闘になるだろう。


「後……

 これはすめらぎ警視正としてではなくお前の兄、皇豪輝すめらぎごうきとしてだ」


「何?

 兄さん、かしこまっちゃって」


「お前、爺様にも婚約の報告をしてこい」


 久々に聞いて僕は露骨に眉をしかめる。


「そんな嫌そうな顔をするな。

 お前ゆくゆくは暮葉くれはさんと結婚するんだろ?

 それまでに爺様との確執を解消しときたいだろ?」


「そりゃあ……

 まあ」


「加古川まで帰って爺様にぶつかって来い」


「わ……

 わかった……

 あ、そうだ兄さん。

 それじゃあせっかくだから今までの旅でお世話になった人達にも報告してくるよ」


「いいじゃねぇか。

 そういう感謝の気持ちは大事なもんだ」


 とりあえず兄さんから七日間の休暇をもらった僕は応接室に戻る。


「エーーーっっ!

 四香よつかちゃんそうだったのーーっっ!?」


 入るなり暮葉くれはの大きな声が響く。

 まだ六等分の花嫁の話をしていたらしい。


「あっ!

 竜司っっ!」


 暮葉くれはが僕に気付き駆け寄る。


「あのねっ!

 大変なのッ!

 何と風次郎ふうじろう君と最初に会っていたのは四香よつかちゃんなんだってっっ!

 それでねっそれでねっ

 高校で再開した時も知らないフリしてたんだってッッ!」


 風次郎君というのは六等分の花嫁の主人公の事だ。

 つづりさんネタバレしたのか。


つづりさん。

 暮葉くれは、楽しんで読んでるんですからネタバレは止めて下さいよ」


「ごめんねぇ。

 だって暮葉くれはちゃんが可愛くってつい……

 ね?

 それより竜司君。

 カズとの男の話は終わった?」


 何やら含みのある表情。

 おそらくカズさんに指示したのはつづりさんなんだろう。


「あ、はい……

 あ、そうそう暮葉くれは?」


「どうしたの竜司」


「これからの暮葉くれはの仕事のスケジュールを教えて欲しいんだ。

 出来れば七日間ぐらい」


「私、明日から一ヶ月ぐらい休みよ」


「そんなに休んで大丈夫なの?」


「今回のドラマ出演が事務所的にかなり大きい仕事だったんだって。

 それに加えて私のシングルが全部合わせて五十万枚売れたって事でご褒美だって」


 今、普通に話しているが暮葉くれははアイドルのクレハなんだ。

 いや当たり前だけど。


「じゃあ僕と一緒に一週間ぐらい旅行に行かない?」


 これを聞いた暮葉くれはの眼が爛々と輝き出す。


「旅行っ!?

 あの遠くに行って温泉につかるやつねっ!

 行くっ!」


 快諾してくれたのは嬉しいが少し勘違いをしている。


「ちょ……

 ちょっと待って暮葉くれは

 確かに旅行は旅行だけど目的はレジャーじゃないんだ」


「どうゆう事?」


 暮葉くれはキョトン顔。


「僕とガレアがお世話になった人達に暮葉くれはを紹介したいんだ。

 僕の婚約者ですって」


「ふうん。

 それすると何か変わるの?」


 まだキョトン顔。


「前にも言っただろ。

 人間は群れの動物。

 結婚って言うのは自分の群れに仲間が増える報告だって。

 今回の旅行はその一歩だよ」


「何となくわかったわっ!

 じゃあ私は竜司があった人に私は竜司がスキですって言って回ればいいのねっ!」


 間違っても無い気がするが何か雑だ。


「まあ、それでいいよ。

 じゃあガレアの所へ戻ろう」


 応接室を出て会議室に戻る。

 ガレアはまだドックと話している。

 ドラペンはシンコに弄られている。


【んまーっ!

 なんざんしょっ!?

 この小さな竜はっ!】


 ドラペンが桃色の竜に上下左右に伸ばされている。

 あの確認方法は竜特有なのだろうか。


【ヒャーーーッッ!

 止めるでヤンスーーッ!

 オイラは伸びないってっっっ……

 ヒッ……

 ヒェーーッ!】


 シンコの伸ばし方は若干ガレアより激しめだ。


【小さいですわねえ。

 小さいですわねえ】


【ヒョエーーーッ!

 止めるでヤンスーーッ!】


 シンコがドラペンを思い切り縦に引っ張っている。


「あの……

 シンコ……

 さん?

 もうその辺で……」


【あら?

 弟さん。

 そうザマスか?】


 シンコが僕の方を向く。

 注意が僕に逸れたため掴みが緩くなったのかドラペンが脱出する。

 ピュウッと僕の方に飛んできて肩に止まる。


「ガレアーッ

 帰るよーっ」


【ん?

 行くのか竜司。

 そんじゃあゴール爺またなー】


 ドックに別れを言い僕の所まで来るガレア。


「それじゃあ行こうか。

 ガレア、暮葉くれは


「うん」


【へぇい】


 僕らは外に出る。


「あっちょっと待ってて。

 兄さんに言ってくる」


 僕は再び兄さんの席へ。

 兄さんは未だに書類と睨めっこだ。


「兄さん」


「竜司。

 今度は何だ?」


「僕ら一足お先に帰るから部屋の鍵をもらおうかって」


「何だそんな事か。

 ……ホレ。

 暗証番号はカードの裏面に書いてあるからな。

 出かける時はきちんと戸締りしろよ」


「わかった」


 僕はカードを受け取り外へ出た。

 そういえば僕って重要参考人になってたけど勝手に外に出て良いのかな?

 兄さんが止めなかったから良いんだろう。


暮葉くれは、どうする?

 一度家に帰って旅行の準備してくる?」


「確か七日間だっけ?

 じゃあ一度家に戻って用意してくるわ」


「わかった。

 じゃあまた静岡駅に着いたら電話して。

 迎えに行くから」


「わかったわ」


 僕とガレアは暮葉くれはを見送った。


「さっガレア……

 近くのスーパーに片っ端から行くよ」


【スーパーって言ったら喰いもんとか売ってる所だよな。

 何か買うのか?

 竜司】


「何言ってんだよ。

 ばかうけに決まってるだろ。

 アステバン祭りのさっ!」


【あっっ!

 竜司~っ】


 ガレアの顔が一気に綻ぶ。

 綻んだガレアを連れて一路スーパーへ。


 一時間後


 買った。

 死ぬ程買った。

 ばかうけを。

 ありとあらゆる味を合計七十袋。

 全てお徳用サイズだ。

 そして僕らは家に帰って来た。


 ###


「はい。

 今日はここまで」


「パパー。

 六等分の花嫁ってどんな漫画?」


「主人公の男の子が六つ子の女の子に勉強を教えてそこから恋愛に発展するラブストーリーだよ。

 三美みみが可愛かったなあ……」


「……それってさっきの話?」


 たつがジトッとこっちを見る。


「何の話?」


「……推し……

 とか……」


「うん……

 まあ……

 そうだね。

 僕は三美みみ推しだったなあ……」


 たつが黙ってジトッとこっちを見ている。


「いいいいやっ!

 たつっ!

 それぐらい魅力的だったんだよっ!

 たつも読んでごらんっ!

 絶対推しが出来るからっ!」


「ホントォ~~?」


「さぁさぁっ!

 今日も遅いからもう寝なさい……おやすみ」

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