第百四話 竜司の告白
「やあこんばんは。
昨日は……
えーとどこまで話したっけ?」
「病院にママが来た所までだよ。
もうパパしっかりしてよ」
「いやぁごめんごめん。
そうそうママがびょ……」
ここで竜司の発言が止まる。
顔も赤面しだす。
「パパ?
どうしたの?」
「いや……
何でもない。
さあ始めるよ」
###
昼に見たのと同じ格好で。
まあ同日中だし当然と言えば当然か。
「
お疲れ様」
「お疲れ様」
しばし沈黙。
すると
「あっそうそう。
今、私が出てるドラマがやってるけど見てみる?」
「えっそうなの?
見てみたい」
「えっと確か六チャンネルだった……
六チャン六チャン……」
備え付けられていた薄型テレビに
(……と言う事はやはり犯人は山口なのでしょうか?)
TVの中の
どことなくキリッとしていていつもの爛漫な
ドラマは進む。
(……となると考えられるのは……
交換殺人!?)
僕はもう限界だった。
「プッ……
アハハハッハハハッ!」
ついに僕は大声を出して笑ってしまった。
「あれっ?
竜司、何がそんなに可笑しいの?」
「だってアハハ……
アハハ。
いつもと全然違うんだもん……
アハハ」
「もーっ
何よーっ
お仕事だからしょうがないじゃないのよーっ」
「考えられるのは……
交換殺人!?
……アハハハハハハハっ」
僕は
「こらーっ!
真似るのはやめなさーいっ!
……あら?
何か凄く顔が熱いわ……
それに何かこの場に居たくない感じがする……
隅に行きたい感じ……
ねえねえ竜司。
これってなあに?」
子供の様な両瞳を僕に向ける。
うん。
これが僕の知ってる
「フフフ……
多分
「これが漫画でやってた“恥ずかしい”なのねっ!
また一つ感情を覚えたわっ!
フフフ」
「でもよく交換殺人なんて言葉知ってたね
「ん?
そんなの知らないわよ」
「え?
んじゃあどうやって演技とかしてるの?」
「監督からマス枝さんが演技の注文を聞いてそれを私に伝えるって感じかなあ……」
「感じかなぁって……
それで出来るんだ……」
「うん。
今四話まで撮ったけど特に何も言われてないわ」
このドラマ。
タイトルをサイコパスシリアルというものらしく。
内容は難事件を解決する刑事物。
少し変わっているのは扱う事件が超能力などの超常現象が関わっているものだって。
そこで
聞けば聞く程最後まで
「これって前にビンワンが言ってた仕事?」
「ビンワンが言ってた仕事って言うのか何の事か解らないけど、これ大分前から撮ってるわよ」
確かビンワンが日曜八時のドラマの仕事がどうとか言ってたような気が。
まあいいや。
とりあえず僕は一時間視聴。
要所要所で意地悪な物真似を挟み、それで
そんな楽しい時間を過ごした。
あっという間に一時間は過ぎた。
「ふう……
楽しかったぁ」
「もーっ!
竜司、私の真似ばっかし過ぎよっ!
私そんな変な言い方してないんだからっ!」
「アハハッ!
ごめんごめん。
だっていつもの
「もーっ!
知らないっ!」
頬を膨らませプイっとそっぽを向く
「ごめん。
謝るから許してよ」
ポーズを変えず無言の許さないアピールをする
「じゃあお詫びって訳じゃ無いけど……
一緒に夜の散歩にでも行こうか?」
「散歩?
別に良いけど……
そんな事では許さないんだからっ!」
「わかってるよ。
じゃあ行こう」
「うん」
僕と
照明は落とされ非常灯の明かりしか見えない。
何か夜の病院って不気味だなあ。
僕は少し震えた。
「あれ?
竜司どうしたの?」
「いや何か不気味でさ……
そういえばよく
怖くないの?」
「怖い?
何それ?」
さすが竜。
全然平気らしい。
僕と
外は闇。
夜の闇が辺りを包んでいた。
月も出ていなくそのかわり天空の星々は綺麗に瞬いていた。
僕と
この
かなり敷地は広い様だ。
施設の裏側に回るとそこにはサッカーコートぐらいの広さの原っぱがあった。
点々と外灯も建って灯っている。
「結構広い所に来たね。
適当な所で座ろうか」
「いいわよ」
僕と
「
僕は素朴な質問として投げかけた。
「えっ!?
えっ!?
竜司、トチゼンね……
あ、違った突然ね」
「そういう言い間違いは竜って感じだなあ」
「でも突然どうしたの?」
「いや、何となくだよ」
「えーと……
“満足”“泣く”“驚く”“怒る”と“叱る”とかね。
人間って凄いのねっ!
怒る時もそのまま怒る時と叱る時と使い分けてるのねっ!
それでねっそれでねっ
“笑う”“戸惑う”“平穏”“嫌悪”とかねっ……」
本当に感情を勉強してるんだな。
そう思えるぐらいの量だ。
おそらくこのままほっておくと全て言いかねない。
僕はキリの良い所で止める事にした。
「ストップ。
わかった、
それじゃあ良い事を教えてあげる。
喜怒哀楽って言葉知ってる?」
「キドアイラク?
何それっ!
知りたいっ!」
僕は少し赤面する。
「あっ……
ええと……
喜怒哀楽って言うのは人間の持つ感情の分類。
これに恐れが加わってこの五つで人間の感情は分類されるって言われてるんだ」
「ねえねえ竜司。
さっきも言ってたけど恐れってなあに?」
「恐れって言うのは恐怖の事。
僕が橙の王に抱いてた感情だね。
ハハハ……」
「そのキョーフっていうのを抱くとどうなるの?」
キョトン顔はまだまだ続く。
「ガタガタ震えたり、足がすくんで動かなくなったりとかするよ」
「あぁ。
さっきの暗い廊下に居た時の竜司ね。
じゃあ、あの時竜司は恐怖を抱いていたって事ね」
「間違っては無いけど……
何か熟語で言われると大袈裟って言うか仰々しいっていうか……」
「あ、そうそう竜司」
「何?
「何で喜怒哀楽と恐怖なの?」
イマイチ何が言いたいかが解らない。
「へ?」
「へ?
じゃなくてっ!
何で
何かカレーの薬味みたいなのが付いてきた。
「何でだろ?
僕も良く解らないや。
ごめんね。
フフフ。
でも
「フフフ。
そうね。
あっ……
竜司……
感情の話で思い出したんだけど…………
一昨日の事…………」
おそらく十中八九竜排会の部隊長とのやり取りの事を聞いているのだろう。
「うん…………」
ドラゴンエラーで僕が上に載っていた事もバレてしまっている。
「あの時…………
乗ってたのって竜司なの……?」
「そう…………
なんだ……
ごめんね」
一昨日の浜辺でも言ったが何の謝罪なんだ。
謝罪とは心に生まれた罪悪感が中で軋み、刺さりそれが耐えられなくなって発するものだ。
心にあるドラゴンエラーに対する罪悪感が体内で刺さり、その痛みに耐えられなくなった僕が手近に居た
つくづく僕は打算的な男だ。
そんな自分に辟易とする。
大体謝る相手を間違っている。
謝るのはドラゴンエラーの被害者数万人であり、
近くに居たのが
竜排会の標的を自分に向けさせたのもそうだ。
傍から見れば
僕はずっと
僕の中の大きな心の傷が癒えるまで。
こんな事を考える自分の性根の腐った部分にも嫌気がする。
「……何で謝るの…………?」
それは前述したとおり自分の心が痛いからだ。
「
僕が悪い……
誤って済む事じゃ無いけど…………
ごめんっ!」
僕は咄嗟に思い出した取って付けた理由を述べ謝った。
自分の傷を癒すために。
「そんな事…………
気にしなくていいのに……」
「……
僕は聞いてみる。
「まずマザーが
マザーの近衛が禁忌に触れた竜を連れて行くのよ……」
僕は黙って聞いていた。
話を続ける
「それでね……
マザーが作った魔力を遮断する牢に幽閉されるの……」
「幽閉っ!?
何でっ!?」
「竜司…………
逆鱗についてどれだけ知ってる?」
そしてどこか悲しげな微笑を浮かべ僕に問いかけてくる。
「えっと……
竜の触れてはいけない箇所……
触れると闘争本能が目覚めて魔力が一気に解放されるって……」
「魔力が解放……
うん……
人間界では“逆鱗に触れる”……
竜界ではもう一つ呼び名があるの……
“
闘争本能が呼び起こされる様が大昔の竜に立ち帰った様だって前のマザードラゴンがつけたってマザーから聞いたわ……」
確か現マザードラゴンが三万歳以上。
と、言う事は先代となると五万年以上。
どれだけ長い年月生きているんだろう。
「でね……
引きずっちゃうの……」
「引きずる?」
「うん…………
周りに居るもの或るもの全てを壊したくなって……
もう身体が熱くて心がざわついて……
自分自身でもどうしようもなくなるの……」
何となく名古屋での戦いで最後に使った
あの瞬間の僕も誰かを殴りたい。
荒ぶる気持ちを爆発させたくてしょうがなかった。
僕の時は杏奈って相手がいたから良かったけど。
「どれぐらい引きずるの……?」
「私の場合は落ち着くまで二年弱かかったわ……
それは私が若かったから……
年老いた竜だと八十年は閉じ込められるんだって……」
八十年!?
人の人生ぐらいの年数を幽閉されて過ごすのか。
竜の時間の流れは人の僕に理解はできないが。
八十年。
その途方もない年月。
一体どれぐらいの広さの部屋で過ごすんだろう。
「その幽閉されたって部屋はどれぐらいの広さなの?」
「私の部屋はちょうど……」
そう言いながら
僕もその指の動きを眼で追う。
「……これぐらいかな?」
指で描く軌跡は長方形で凡そ二畳ぐらいの広さだった。
狭い。
その狭さで
他の竜なら八十年幽閉される訳か。
「明かりとかあるの……?」
「ないわ……
ずっと真っ暗よ……」
絶句する僕。
二畳ぐらいの広さの闇に二年。
長くて八十年。
僕なら発狂する。
僕は話を続ける。
「魔力は……
使えたの……?」
「ううん……
身体に
部屋にも魔力遮断の措置がされてるし……」
二重の縛りか。
それぐらい厳重にしないとヤバいって事か。
考えてみるとここで話を切り上げても良かったんだ。
でもこの話を振ったのは僕だ。
そしてそれに応じてくれた
僕の中に一つの意思が生まれた。
この話は続けなければいけない。
少なくとも僕が終わらせる訳には行かない。
知らなきゃいけない。
逆鱗に触れられた
二年の闇の中、どんな想いだったのか。
「部屋にはおとなしく入れたの……?」
これも首を横に振る
「ううん……
物凄く暴れたわ……
身体の中で黒い大きなものが駆け巡るの……
そして囁くの……
破壊シロ……
駆逐シロ……
粉砕シロ……
撃滅シロ……
潰滅殲滅破砕決壊掘削壊滅決潰崩潰大破消滅……
囁きがずっと身体の中を巡って……
膨らんで……
暴れるの……
どこでもいい魔力を放出させてって……
後でマザーに聞いたらしょうがない……
逆鱗に触れられるとこれしか方法は無いって……」
話を要約するとおそらく逆鱗に触れると体内の魔力が急増大するのだろう。
もともと魔力とは無尽蔵のエネルギー。
それが身体の中で増え続けるんだ。
そして無尽蔵に増えると同時に奥底に眠ってた竜の本能、破壊衝動を呼び起こすのだろう。
マザーの言ってたしょうがないと言うのは恐らく治療方法の事。
連れ帰った竜を強制的に魔詰状態にするんだろう。
いわゆる臭いものに蓋だ。
「魔詰状態になったら魔力の増大は止まるの……?」
これも首を横に振る
「ううん……」
と言う事は魔詰状態とは単に魔力の放出を抑える為のものだろうか。
いや、違う。
ガレアが
これは体内の魔力の生成がストップしたからだと思う。
それから考察すると……
■魔詰状態
魔力が一時的に放出できなくなる現象。
この状態になると一切の魔力を体外に放出できなくなる。
同時に体内の魔力の生成も停止する。
魔詰状態になった竜は全身の力が抜け怠くなる。
未確定だがおそらく通常の魔詰状態は時間経過で解消すると思われる。
…………と言う事は……
ひとしきり魔詰状態の考察を終え、改めて
そして薄くこめかみを冷汗が流れるのを感じる。
身体も震える。
何故か。
それは
まず
話を聞いていると魔力の放出は完全シャットアウトされるみたいだ。
ただ体内の魔力の増大は止まらない。
おそらく生成も止まらない。
これは通常の魔詰状態の作用とは違う。
なぜなら生成は止まらないのだから。
ここから導き出される答え。
それこそ制御の効かないガン細胞の様に。
荒ぶる闘争本能と破壊衝動のおまけ付きで。
長い間幽閉されるというのは
僕の中で肥大した罪悪感が大きく軋み出す。
キシキシキシ
心に肥大した罪悪感の棘が刺さる。
痛みに耐えきれなくなって出た言葉が……
「…………ごめん……」
「だから何で竜司が謝るの……?
変なの……」
「だって僕が逆鱗に触れなければそんな事にはならなかったわけだし……
幽閉が始まった時はどうだったの……?」
ピクン
「……入った時は苦しかったわ……
身体は熱くてずっと壁に身体を撃ち付けてた……
血が出てもずっとね……
あとずっと叫んでたわ……
身体を撃ち付けて……
叫んで……
疲れて寝て……
起きてまた身体を撃ち付け叫ぶ……」
僕は言葉を失った。
幽閉中の
それは前に見た麻薬中毒者の治療のドキュメントだ。
まさにその治療方法に酷似していた。
番組の様子は凡そ人間とは思えない扱いだった。
人間でこの扱いだ。
これが竜に変わるとどうなるかは言わずもがなだ。
話を聞いているとこの
被害は比べ物にならないが人間で言う所の麻薬中毒者だ。
「いつ頃からマシになってきたの……?」
「わかんない……
ずっと真っ暗だったから……
気が付いたら落ち着いていたかな……?」
「そう……
それで出た時はどうだった?」
「出た時……?
急に眩しい光が眼に飛び込んできて……
それで外に引っ張り出されたわ……
それでマザーの所に連れていかれた……
そこにはマザーとビンワンが居たの……」
何故ビンワンが?
疑問が浮かんだが僕はそのまま黙って聞いていた。
「ビンワンは自分の能力を発動させるとすぐに帰って行ったわ……
それでマザーが
そしたらっっっっ……!」
急に
「
どうしたっ!?」
「映像が頭に浮かんできたの…………
抉れた大地……
さっくり削れてる建物…………
そしてっっ……
身体が半分になった死体……
血がいっぱい出てた……
足が全て無くなって倒れている人……
私の爪には……
切り裂いた人の身体の一部分がぶら下がって……
血塗れで……
血塗れの子供の服も……
どこも血がいっぱい……
いっぱいいっぱいいっぱいっぱいっっっ…………!」
いっぱいと言う度に
僕はたまらず
「もういいっ!
もういいからっ!
ごめんっっ!」
「竜司……」
僕の抱きしめた手により一層力を込める。
それは僕が泣いていたから。
眼から溢れる涙を止める事が出来なかったから。
「ううっ……
ぐうっ……
「竜司……
泣いてるの……?」
「少しだけ……
少しだけ……
このままで……
うっうっ……
ふぐぅっ……」
「竜司……
私の為に泣いてくれてるの……?」
僕の心は絞めつけられていた。
僕が触れなければ。
僕が触れなければ。
こんな事には。
僕が触れた事で
何もしてなかった。
部屋に引き籠り特撮を見て逃げる様に筋トレをしていただけだ。
何も生み出さず。
何も育まず。
ただ自分のしてきた事に背を向けて逃げていただけだ。
僕は最低だ。
大きな罪悪感がブスブスと心の内側を突き刺す。
「竜司……」
そっと優しく身体を離し、華奢な細い指で僕の涙を拭ってくれた。
優しく微笑みながら……
「竜司……
ありがとう……
私の為に泣いてくれて……」
違う!
「竜司は優しいのね……」
違う!
違う!
「本当に死ななくて良かった……」
違う!
違う!
違う!
僕なんか死んで当然だっ!
「竜……」
「違うっ!
そんなんじゃないっ!
僕はそんな人間じゃないっ!
この涙だって自分の罪悪感から出た涙だっ!」
僕の心は限界に達していた。
「
僕が何をしていたか知っているかっ!
何もしてこなかったんだっ!
引き籠ってっ!
特撮を見てっ!
悪夢にうなされ起きたら筋トレっ!
そんな自分自身の事しか考えてない生活を送っていたんだっ!
あれだけ時間があって!
あれだけ自由があって!
ドラゴンエラーの被害者の事なんか一ミリも想いを馳せずっ!
のうのうと生きてきた結果身についたのは打算的な思考だっ!
これはもう変えられないっ!」
感情を放つ。
「橙の王との戦いの時もそうだっ!
いざ蓋を開けたら
戻って来た時もっ…………!!?」
感情の発露が止まった。
僕があの部隊長に言った事を思い出したからだ。
ようやく止まった涙が再び目から溢れてきた。
「竜司……?」
「
僕……
極悪人になっちゃった…………」
「竜司……」
眼から溢れる涙が止まらない。
僕は真っ直ぐ前を向いたまま。
「僕は酷い事言っちゃったんだ……
あの人に…………
奥さんと子供を亡くして苦しんでいる人に向かって……」
次から次へと流れる涙。
「竜司…………
貴方のあの時の発言は……
あの人達の恨みを自分に集める為でしょ……?
私への恨みを軽減させる為に……
ありがとう竜司……」
僕はもう限界だった。
「うわぁぁぁっぁぁぁぁぁああああぁぁぁああぁぁあ!!!」
感情の波が堰を切ったように溢れ、涙と叫びに成り代わっていった。
「うわぁぁぁっぁぁぁぁっっ!!
ごめんっっ!
ごめんなさいぃぃぃぃっっ!」
もう謝罪せずにはいられなかった。
僕の心は鋭利な罪悪感でズタズタに切り裂かれていた。
誰でもいい。
僕の懺悔を聞いてくれ。
涙が溢れて溢れて止まらなかった。
「竜司……」
そう呟いた
僕は縋る様に
「うっうっ……
ふぐぅっ……
ひぐっ……」
ずっと泣いている僕の頭を
微かに声が聞こえる。
落ち着いてきた僕はその声に耳を傾ける。
歌だ。
歌が聞こえる。
夜闇に溶け込むようなそのか細い歌声は
僕はそのままスゥーッと眠ってしまった。
多分泣き疲れたのと
###
「う……ん」
僕はゆっくり眼を開けた。
「起きた?
竜司……」
上で優しく微笑む
「
僕はゆっくり起き上がる。
「ねぇ聞いて……
竜司……
貴方がどんなに自分の事を悪く言っても私は優しいと思う……
あれだけ人の事を想って泣けるんだもん……」
「だから悲しい事を言わないで……
これからまた自分を悪く言いたい時が来るかも知れない……
そんな時は私を想い出して……
貴方が優しい事を知ってる私を想い出して……」
私を想い出して。
この一言が僕の心を深くついた。
こんな僕に。
こんな最低な僕の事を信じてくれる人が居たんだ。
「ねえ……
「なあに……?
竜司……?」
僕の頭の中には部隊長の最後の絶叫が響いていた。
お前は何故生きている。
この言葉が何度も頭の中でリフレインする。
これは僕も疑念に持っていた部分。
引き籠りの時はずっと死ぬ事ばかり考えていた。
でもいざ死ぬとなると怖くて踏み出せず。
特撮や筋トレに逃げる毎日を送っていた。
そんな折ガレアと出会い旅をするようになって毎日目まぐるしく変わる環境に僕の死のうと言う気持ちは忙殺された。
そこで他人から言われたこの一言。
数万人を殺した大犯罪者の僕が生きていても良いのだろうか。
古びた疑念がまたムクムクと目覚め始めたんだ。
「…………僕は生きていても良いのかな…………?」
「ええ……
生きて……
竜司……」
僕の瞳には一筋の涙が静かに流れていた。
先程の大きな罪悪感からの大号泣とは違う。
優しい暖かい涙。
赦された。
冷静に考えると赦されている訳がない。
ドラゴンエラーの贖罪もまだなのに。
ただその瞬間、僕は赦された。
そんな気がしたんだ。
「泣かないで竜司……
生きていて竜司……
貴方が死んだら……
哀しいわ……
うっ……」
そう言いながら
一筋の涙が両眼から静かにつたう。
綺麗な涙を流しながら僕の頬をなぞっていた指と一緒に掌を合わせる。
心地よい冷たさが伝わって来る。
僕はもう我慢の限界だった。
「うわぁぁぁっぁぁぁぁぁああああぁぁぁああぁぁあ!!」
本日二度目の大号泣。
僕が泣く度。
叫ぶ度に心に溜まっていた黒い汚い気持ちが浄化される様だった。
「うわぁぁぁっぁぁぁぁぁああああぁぁぁああぁぁあ!」
「うっうっ……
グスッ……
竜司……
泣かないで……
私が……
グスッ……
ここにいるから……
貴方の優しさを知ってる……
私が……
グスッ……」
そう言いながら
この人の為に生きていきたい。
そんな気持ちがはっきり認識できるぐらい僕の中で感じた。
後で考えると何でそんな事を言ったのか……
よくわからないけど……
言っちゃったんだ。
僕は頬にある
「
結婚しよう」
しばし沈黙。
「グスッ……
え?」
「え?」
僕も一瞬何を口走ったのか解らず。
更に
「結婚……?」
僕の顔色が一気に熟れたトマトになる。
「いいいいいいやいやいやいやっっ!
僕まだ十四歳だから結婚は出来ないけどねっ!
だから…………」
物凄く恥ずかしかったが僕の腹は決まっていた。
僕は
そう決めたんだ。
「僕と婚約して欲しい」
僕は一大決心の告白…………
だったんだけどそれを聞いた
「いいけど……
結婚って何するの?」
軽い。
だろうとは思うが何か軽い。
「結婚じゃないよ。
僕達がするのは婚約」
「婚約って?」
「婚約は結婚の予約だよ。
僕は結婚出来る歳になったら
さてどうしようか。
「そうそう結婚で思い出した。
お昼に意味聞きそびれちゃった。
ねえねえ竜司……」
来た。
今回は逃げられない。
場は僕と
物凄く恥ずかしい問答になるが覚悟しないと。
「結婚ってなあに?」
「結婚って言うのはね……
好きなもの同士が家族になる事だよ……
披露宴を開いて世間に公表するんだ……
僕達、結婚しましたって」
「ふうん。
何で世間に公表するの?
勝手にやっちゃダメなの?」
しまった。
僕にもわからない質問が来た。
「……多分人間が群れの動物だからじゃないかな……?」
「群れの動物?」
「うん。
人間って一人一人は弱いけど寄り集まって力を発揮するんだ。
だから群れの動物。
多分結婚って言うのは自分の居る群れの中に奥さんとして一人入りますって事を知らせるんだ……
僕もやった事無いから知らないけど」
「ふうん」
何となく小難しい表現を使って煙に巻いた気がしない事も無い。
しょうがない。
僕は結婚はおろか恋愛すらした事が無いんだから。
「じゃあ……
竜司は私の事が好きなの?」
「うん。
僕は
今日たった今芽生えた気持ちだけど、僕のこの気持ちに嘘は無い。
それは断言できる」
僕は真っすぐ
正直物凄く恥ずかしかったが僕の心に生まれたこの気持ちは
すると、これを聞いた
「え?
え?
え?
あれっ?
どうしたのかしら?
物凄く顔が熱いわ……
でもさっきの恥ずかしいとは違う……
この場から離れたくない気持ちじゃない……
むしろここに居たい気がする……
ねえねえっ!
竜司っ!
これってなあに?」
「……多分恥ずかしいは恥ずかしいだけどその上に嬉しが付く嬉し恥ずかしいってやつじゃない?」
「へーっ。
恥ずかしいにも色々あるのねぇ。
それで結婚するとどうなるの?」
「だから結婚じゃなくて婚約だってば……
何だろ?
一緒に暮らすようになる……
かな?」
「一緒に暮らす……
かぁ……」
「私ね……
好きって感情がまだ理解できなくて前にマンガ読んでたの……
そしたら物語で二人が結婚するってシーンがあって……
漫画の中でその二人は物凄く笑顔で……
物凄く幸せそうだった……
私解らないけど物凄く素敵だなって思ってね。
マス枝さんに聞いてみたの……」
「何て聞いたの?」
「私も結婚したいって。
そしたらマス枝さんが真剣な顔でこう言ったの」
貴方は竜なのよ。
「……って。
だから竜司に見て欲しい……」
「な……」
何を?
って聞く前に
立ち上がり上着のボタンを外し始めたのだ。
「ちょちょっ!?
何してるのっ!?」
「いいから見てて竜司」
黙って
肩空きワンピースのボタンを外し重力に逆らわずストンと下に落ちる。
水色のブラジャーと小さなリボンをあしらった水色のパンティーが露になる。
続いてニーハイソックスを脱ぐ
一体どこまで脱ぐんだろう。
そんな事を考えていると
プツッ
微かな音が聞こえたと思うと水色のブラジャーが下に落ちる。
正直女性の胸をこんなに間近に見たのは初めてだった。
ただ先程の
そして水色パンティにまで手をかける。
迷いも無くスルッと下に降ろす
全ての衣服を脱ぎ終わり生まれたままの姿になる
余りに美しいその姿に僕はただ黙って見とれていた。
「見てて……
竜司……」
思わず目を細める。
ボンヤリと薄目の向こうに浮かぶ
シルエットが変わって行くのが解る。
直に光が止む。
そこに現れたのは一人の白翼竜。
外灯に薄暗い光を吸収しキラキラ光っている。
「
【どう……?
これが私の本当の姿よ……
これでも私と一緒に暮らせる……?】
僕は色々理解した。
おそらくマス枝さんは人間同士の結婚に憧れているが自分は竜なのだ。
あくまでも人間とは異なるもの。
それを理解しなさい。
おそらくこう言った事を言ったかったのだろう。
だがその点僕は大丈夫だ。
だって今の
「
綺麗だよ……
僕は
一緒に添い遂げたい……
ずっと僕の側に居て欲しい……」
そう呟き僕は
【えっ?
いいの?
私、竜だよ?】
「関係無いっ!」
あとは勢いだけだ。
【身体も大きいし……
迷惑かけちゃうかも……】
「その時は大きい家に住めばいいだけだっ!」
【でもっでもっ!
私は竜で……
竜司は人で……】
「関係無いィィィッ!
僕の側にずっと居てくれェェェェェッ!」
僕は思いのたけを叫びに込めた。
再び白色光に包まれる
直に光が止む。
そこには細い涙を流している裸の
「………………はい」
か細い声でこう言った
ボッと顔が真っ赤になる僕。
「
いま……
はいって……」
フニン
僕の胸辺りに
物凄く柔らかい。
僕の顔がまた熟れたトマトになる。
「わかんないっ!」
「何が?」
「何ではいって言ったかわかんないっ!」
「プッ
何それ?」
「だからわかんないのっ!
自然に口から出たのっ!
竜司の叫びを聞いてっ!
何だか心が物凄くポカポカしてっ!
身体全体がすっごく幸せで包まれる感じっ!
そしたら自然とっ!
ねえねえっ!
竜司っ!
これってなあにっ!」
僕は迷った。
これを言って良いものか。
もしそうなら僕も嬉しい。
しかし自身の感情が解らない段階でこう言って確定させるのも何か汚い気もする。
何より物凄く恥ずかしい。
ええい迷っててもしょうがない。
僕は意を決して
「…………そっ!
そぉぅれはっ……!
っぼっ……!
僕の事がっ……!
ッゥスキなんっ……!
じゃないかナァーーッ!」
恥ずかしさが勝り上手く舌が回らない。
相変わらずずっと
でも
「そっかっ!
これが好きなのねっ!
また感情を一つ覚えたわっ!
ねぇ竜司……」
抱きついていた手を支えに僕とほんの少し距離を取る
裸の
「何?
「好き!」
僕は女の子に真っすぐ好きと言われたのは初めてだった。
正直物凄く嬉しかったよ。
嬉し過ぎて僕から
「ありがとうっ!
僕が絶対君を幸せにして見せるっ!」
グルグルグル
「アハハっ竜司ーッ!
スキッ!
何だろうっ!?
この言葉を言う度に心が凄く温かくなるわっ!」
グルグルグル
「
一緒に生きていこうっ!
これからよろしくねっ!」
グルグルグル
「うんっ!」
僕はしばらく
その回転がやがて止み、僕から
「うわっ!?」
冷静になり、すぐ前に外灯に照らされた裸の
「あれ?
どうしたの竜司?
急にそっぽ向いちゃって……」
そっぽを向きつつ目端に見えたのは裸のままこっちに歩いてくる
豊かな胸がたゆんたゆん揺れている。
僕の顔はまだ熟れたトマト。
「
ごめんっっ!
服着てっ!
このままだと僕はそっちを向けないっ!」
「あら?
そう言えば裸だったわね。
確か前に竜司言ってたもんね。
女の子はみだりに肌を晒しちゃダメだって」
「ああそうだっ!
だからはやくっ……!
服をっ……」
「わかったわ。
ちょっと待っててね」
僕は目を覆ったまま。
微かに布が擦れる音が聞こえる。
何かエロいなあ。
「はい、いいわよ」
僕はようやく
冷静に考えると竜とはいえ
未来の僕の妻だ。
僕は少し頬が赤くなる。
「あの……
さん……
これからよろしくお願いします……」
僕は恥ずかしくてポリポリ鼻筋を掻きながら会釈。
「フフフ。
こちらこそよろしくね」
「……座ろっか」
「うん」
晴れて僕の婚約者になった
さあ今からどんな話をしよう。
そんな事を考えていると……
【オォーーーイ】
何かちっさいのがこっちに向かって飛んでくる。
ドラペンだ。
ドラペンが帰って来た。
こちらにピュウッと飛んでくる。
何か両手に持ってるぞ。
紙袋だ。
【ただいまでヤンス】
「おかえりドラペン。
その手に持ってるの何?」
【これでヤンスか?
これはオイラの宝物でヤンス】
ドラペンが自慢気に訳の分からないことを言い出した。
「宝?」
ちっさく自慢げなドラペンがたまらなく可愛かったため僕は突っ込んでみた。
【そうでヤンス。
この宝を手に入れるまでは苦難の道のりだったでヤンスよぉっ!】
「苦難?」
僕はこの話は面白くなる。
そんな予感がしたため更に突っ込んでみる。
【まずオイラはここから南に飛んだでヤンスよぉ。
しばらく飛んでいると巨大な黒鳥の群れが
オイラに襲い掛かって来たでヤンスッ!】
多分カラスの群れに襲われたんだろう。
【でもオイラは高貴なラペルージャ家の嫡男……
果敢に戦ったでヤンスよぉっ!
こう……
向かってくる黒鳥をちぎっては投げっ!
ちぎっては投げっ!】
ドラペンが小さな手と翼をパタパタピコピコさせながら一生懸命説明している。
よく見ると身体が擦り傷だらけだ。
こんな事言ってるが本当はえらい目に遭ったんじゃ……
ドラペンは更に話を続ける。
【ただ多勢に無勢……
何とか黒鳥は撃退できたでヤンスがオイラはフラフラになってヤンス……
フラフラ飛んでいるとどこからか甘い香りが漂って来たでヤンス】
なるほど大体解った。
要するにカラスの群れにいいようにやられてフラフラ飛んでる所にこの紙袋の中身に出会ったって訳か。
ドラペンの話は続く。
【甘い匂いの先は楽園だったでヤンス。
小さな黄色い宝を人間が次々と作っていたでヤンス】
「うんドラペン。
大体話は解った」
【ムキーッ!
話を途中で切るなでヤンスーッ!】
ドラペンが話を途中で終わらせた為怒っている。
持っている紙袋をバサバサ。
小さな翼をパタパタさせながら小さく怒っている。
何だこの可愛らしい生き物は。
「ちょっとその宝物見せてくれない?」
【えぇ~?
しょうがないでヤンスねぇ……
ちょっとだけでヤンスよぉ】
僕はドラペンから紙袋を受け取る。
皺を伸ばし表面を確認。
ベビーカステラ
下に屋号で二島屋と書いてある。
「竜司、何それ?」
脇から
「あぁ。
これはねベビーカステラっていうお菓子だよ」
「へー。
食べてみたいっ!」
「僕のじゃないよ。
ドラペンのだからドラペンに聞いてみないと。
僕はドラペンに聞いてみた。
【しょ……
しょうがないでヤンスねぇ……
貴方がそう言うなら特別に一個食べても良いでヤンスよ……】
僕はオメーなのに
「ありがとうドラペン」
ほんのり赤くなるドラペンの小さな頬。
ぱくり
紙袋から取り出したベビーカステラを一つ食べる
「あっまぁーーいっ!」
「結構美味しいでしょ
「フフフホントね」
ここで僕は極めて重要な事に気付く。
ドラペンはこのベビーカステラの代金はどうしたんだろう。
僕は恐る恐る聞いてみる。
「ねえ……
ドラペ……」
聞こうとしたら遠くで怒号が聞こえた。
(いやがったぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっ!!)
エプロンを着た中年が物凄い勢いで走って来る。
その中年は小さな正円サングラスをかけ、頭はツルツルのスキンヘッド。
肌の色も黒く身長も僕より頭三つ分ぐらい上でガタイも良い。
見るからに堅気では無い風貌。
(ハァッ……
ハァッ……
このベビーカステラ泥棒っ!)
【あ、宝の番人】
あっけらかんとこんな事を言うドラペン。
「ねえドラペン。
ちゃんとお金は払ったの……?」
【オカネ?
何でヤンスかソレ】
ドラペン、キョトン顔。
(ハァッハァッおまっ……
オェッ……
おまえこの泥棒竜の主人かっ!)
おそらくベビーカステラを焼いていた店の人であろうその人は息切れと時々嗚咽を挟みながら僕に聞いてくる。
「ええ……
まあ一応」
(お徳用ベビーカステラ二袋分ッッ!
ハァッ……
ハァッ……
あと迷惑料も込みで一万五千円払いやがれッッ!)
おいおいいくら何でも取り過ぎだろとは思ったが、人間の世界に来たてのドラペンを一人野放しにした僕にも責任がない訳では無い。
「わかりました……
ちょっと待ってて下さい」
僕は病室に戻り自分の財布を持って来た。
そして中から紙幣を取り出す。
それをふんだくる中年。
(ヘン。
なかなか聞き訳が良いな坊主。
しょうがねぇからチャラにしてやるぜ。
じゃあな)
中年は満面の笑みで金を懐にしまうととっとと帰ってしまった。
そりゃそうだ。
一袋五百円と考えて三十倍の代金をせしめた訳だから。
「とりあえずドラペン」
僕は少し真剣な顔になる。
【なっ……
何でヤンスか?】
「人間界にある品物は勝手に持って行っちゃダメなんだ。
宝が欲しくなったら僕に言いなよ。
買ってあげるから」
【解ったでヤンス】
ふう、とりあえずドラペンの問題はOK。
「
「ええ。
明日はドラマの八話の撮影があるわ。
私の出番はそんなに無いから午前中には終わるけど……
どうして?」
「
「良いわよ」
「じゃあ……
携帯番号交換しない?」
「わかったわ。
じゃあ病室に戻りましょう」
僕と
そして番号を交換する僕と
「じゃあ……
おやすみ……」
「うんっ!
おやすみ竜司っ!」
やっぱり可愛いなあ。
###
「…………はい、今日はここまで……」
ちらりと
ニヤニヤが止まらない感じだ。
「キシシ……
パパ……
クレハァァァァァ!
僕の側にずっと居てくれぇェェェェ……
キシシ」
赤面する僕。
「コラッ。
パパをからかうんじゃないっ!
でもあの時はママを手に入れたくてしょうがなかったんだろうなあ……」
「パパ~?
顔が赤いよキシシ」
「コラッ。
ほら今日も遅い……
早く布団に入って……
おやすみ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます