第百七話 竜司と暮葉の御挨拶周り③~三重編

「やあこんばんは。

 今日も始めていくよ」


「パパー。

 今日はどこ行くのー?」


「今日はね。

 三重県だよ」


「んー……

 じゃあ駆流かけるが出るのかな?」


「よく覚えていたねたつ

 じゃあ始めようか」


 ###


 残り五日。


 僕は目覚める。


「う……ん」


 ゆっくり身体を起こす。

 どこだここは?

 周りを見渡し状況確認。


 キリコ先生が寝てる。

 隣にユリちゃんも。

 大さんも空のビール缶を握りしめ大の字で寝ている。


 そうか僕は名古屋に居るんだった。

 今何時だろう。

 スマホの画面を見る。


 午前八時二十分


 後何日だっけ。

 後五日か。

 そろそろ出た方が良さそうだ。

 僕はまず隣で可愛い寝息を立ててる暮葉くれはを起こす事にした。


暮葉くれは……

 起きて……」


 暮葉くれはを揺り動かす。


「う……

 ん……

 竜司……?」


 ゆっくり起きて目を擦る暮葉くれは


「準備して。

 出発するよ」


「うん……

 わかった」


 続いてガレアだ。


「ガレア起きて」


「うす竜司」


 相変わらず寝起きは良い奴だ。

 準備を手早く済ませた僕ら。


「ん……

 竜司おにーたんもう行くの……?」


 遥が起きてきた。


「ええ。

 時間も無いので僕らは出発します」


「そう……

 気を付けて行ってらっしゃい……」


 眠い目を擦りながら僕を見送ってくれた遥。


「いってきます。

 キリコ先生達によろしく」


 僕らはキリコ先生の事務所を後にした。

 地下鉄に乗りJR名古屋駅へ。

 また新幹線で移動しよう。


 切符売り場


「すいません。

 三重行き下さい」


「お客様申し訳ございません。

 三重には新幹線の駅は御座いません」


「え……?」


 僕は驚いた。

 新幹線の無い県なんかあったんだ。


「じゃ……

 じゃあ三重に行くのに一番早い電車はどれになりますか?」


「早い電車となりますとJRでは無く近鉄電車が早いかと思われます。

 近鉄名古屋駅から近鉄有料特急が早いですね」


「わかりました。

 ありがとうございます」


 切符売り場の外へ出る。


「竜司。

 またすっごく速い電車で行くの?」


「いや。

 新幹線は三重には走ってないんだって。

 だから別の電車で行くよ」


 僕はそう言いながら歩き出す。


【なあなあ。

 竜司ハラヘッタ】


 そう言えば朝食をまだ食べてない。

 多分駅にでも行けば駅弁でも売ってるだろう。


 近鉄名古屋駅


 着いた。

 まずは時刻表だ。

 今の時間はと……


 午前九時


 しまった。

 特急は今出た所だ。

 次は……


 午前九時十分か。

 この間に朝食を買おうか。


 キオスク


「ガレア、暮葉くれは

 何食べたい?」


【肉】


「辛いのっ!」


 全くこの二人は変わらないなあ。

 肉……

 肉……


 松浦の松坂牛弁当


 あった。


「ガレアあったよ。

 また三つ?」


【おうよっ!】


 僕はどうしよう。

 これにしようかな?


 名古屋コーチンとりめし


暮葉くれは、ごめん。

 どれが辛いのか解んないや」


「私竜司と同じもので良いわよ」


「え?

 でも辛くないよ」


「フッフー。

 ちゃんと持って来てるもんねっ!」


 暮葉くれははトランクを手早く開け中から小瓶を取り出した。


 七味唐辛子


 なるほどね。


「すいませーん。

 とりめし二つと松坂牛弁当三つ下さい」


「まいどあり」


 僕らは弁当を買って電車を待つ事に。

 直に電車がやって来る。

 僕らは電車に乗り込み席を確保。


 時間も無かったので指定席を買う暇も無く自由席。

 向かい合わせの席を四つ確保。


 僕の隣に暮葉くれは

 向かいの二席にガレア。

 僕らは先に座る。

 続いてガレア。


 何かおかしい。

 ガレアが何かもきゅもきゅしている。

 立ったり座ったり落ち着かない様子。


 しかもガレアの巨体だから膝やら肘やら翼やらがバシバシ当たって来る。

 ええいうっとおしい。


「ガレア。

 そっちに行って」


 僕は通路を挟んだ隣の四席を指差す。


【あれ?

 こっち行っていいのか?】


 ガレアはドスドス隣へ移る。

 ようやく落ち着いた様だ。


【なあなあ。

 竜司ハラヘッタ】


「そうだね。

 じゃあ朝ごはんにしようか」


 松坂牛弁当を三つガレアに渡し、隣の暮葉くれはにとりめしを渡す。

 一口食べる。

 濃厚な鳥の旨味が舌全体を包む。


 これは美味い。

 バクバク喰い始める僕。


 暮葉くれはの場合。


 まずは一口。


「うん……

 美味しいけど辛さが足りないわね」


 暮葉くれはは小瓶を取り出す。

 おもむろに蓋を開け、口をとりめしへ。


 サッサッサッサ


 真っ赤な粉がとりめしを赤く染めていく。


 サッサッサッサ


 本当に辛いのが好きなんだなあ


 サッサッサッサ


 オイいくら何でも。


 サッサッサッサ


「ねぇ……

 ちょっと」


 サッサッサッサ


「ちょっ!

 ちょっと待ったっ!

 待った暮葉くれはっ!」


 サッサッサッサ


「え、何?

 竜司?」


 サッサッサッサ


 僕に受け答えしながらもまだかけている。

 とりめしの色がダシ色から赤色になっている。


「ちょっとかけすぎだって暮葉くれは

 これじゃあ何を食べてるのか解らなくなるよ」


「そんな事無いわよ……

 ぱくっ……

 ん~~おいっしーーっ!」


 赤とりめしを一口。

 美味しいらしい。

 何か暮葉くれはのリアクションを見ると美味しそうに見えてくる。


 ガレアの場合。


【うまっ!

 何だこの肉っ!

 うまうまっ!】


 流石松坂牛。

 ガレアも気に入ったらしくあっという間に三つ平らげてしまう。


(近鉄四日市~近鉄四日市~)


 三十分ほどで到着。

 あれ?

 三重ってこんなに近かったっけ?


「ここだよ。

 二人とも降りよう」


 電車から降り、改札を潜り駅前に出る。

 相変わらず空が広い。

 久々三重に帰って来たんだな。


 早速僕はスマホを取り出す。

 アドレス帳から。


 中院駆流なかのいんかける


 発信の所をタップしようとした僕の指が止まる。

 そう言えば今日は平日だ。

 それで今何時だ。

 スマホ画面の左隅に目をやる。


 午前九時五十分


 しまった。

 駆流かけるが学生って事忘れてた。


「竜司、どうしたの?

 止まって」


「いや……

 三重で紹介したい人が学生って事忘れてて……

 今学校なんだよ……

 だから時間が余っちゃった」


 どうしようか。

 考えていると暮葉くれはが声をかけてくる。


「竜司。

 確かここも旅で回った所よね……

 ねぇねぇっ!

 ここで竜司がどんな事をしたのか知りたいっ!」


 暮葉くれはは爛々を眼を輝かせこっちを見ている。


「んー。

 そうだなあ。

 じゃあ星の広場でも行く?」


「ん?

 どこそれ?」


「公園だよ。

 僕がガレアに乗るために練習した場所だよ」


「へーっ。

 行ってみたいっ!」


「じゃあ行こうか」


 僕らはバスの停留所へ。

 しばし待ってバスが来た。

 中に乗り込む。


 バスに揺られ一路星の広場へ。

 その道すがら暮葉くれはが話しかけてきた。


「ねえねえ竜司。

 何でガレアに乗る練習したの?」


「あぁ。

 それはねガレアに乗ってレースする事になってね」


「レース?

 何それ?」


 ああ、暮葉くれははレースが解らないんだ。


暮葉くれは

 レースって言うのはね。

 乗り物に乗って速さを競う人間の世界の競技の事だよ」


 そう言うと暮葉くれはがむくれだす。


「むー。

 私だってレースぐらい知ってるよっ!

 何でレースをやる事になったのかって聞いてるのっ!」


「あぁそういう事ね。

 えっと何でだっけ……

 確かモブって言う外人が来て気が付いたらレースやる事になってた……

 かな?」


「何それ?」


「僕もわからん」


 そんな話をしている内に到着。


 星の広場


 そんなに日にちは経っていないはずなのに物凄く懐かしい気がする。

 練習をした原っぱにやって来る。


 その風景を見て絶句した。

 何がって地面の荒れ具合が三重に居た当時のままなんだ。

 ガレアの深い爪痕もそのままだ。


「何だか汚い所ねえ」


 荒れに荒れた地面を見てそう言う暮葉くれは

 汚いって。


 これでも僕は必死に練習してたんだけどな。

 僕は当時スタートラインにしていた場所に立ってみる。

 ゆっくりしゃがみスタートラインに刻まれたガレアの深い爪痕をなぞってみる。


「ふ……」


 僕は少し笑った。

 当時の事を思い出したからだ。

 当時僕は初めてガレアに乗って何回も何回も空を見上げてたっけなあ。


「ん?

 しゃがんでどうしたの?

 竜司」


「いや、練習してた頃の事を思い出していたんだよ」


【何かここ覚えているぞ】


「ガレアも覚えてる?」


 僕は立ちあがり後ろのガレアの方を向く。


【確か竜司が俺に乗って何回も振り落とされてたなあ。

 ケタケタケタ】


 その馬鹿にしたような笑い方に少しカチンとくる。


「ムッ。

 しょうがないだろ。

 その時ガレアに乗ったの初めてだったんだから」


【今でも振り落とされんじゃねぇか。

 ケタケタケタ】


「ふん。

 今だったらバカガレアに乗るなんてへっちゃらだねっ!」


【にゃにおうっ!?

 誰が馬鹿だ!

 コラァッ!】


「何だよ。

 ガレアのくせに」


「あぁっ……

 あぁっ……」


 少し揉め出した僕らを見てオロオロし出す暮葉くれは

 物凄く困った顔で僕とガレアを見る。


【あったまきたっ!

 オイッ!

 竜司っ!

 俺に乗りやがれっ!

 もう一度振り落としてやるっ!】


「あーいいぞ。

 乗りこなしてやるよ」


 ガレアがドスドス歩きながらスタートラインに行く。

 ガレアに跨る僕。

 あぶみは兄さんに返したから素のガレアだ。


魔力注入インジェクト


 ドクンドクン


 念のため中の魔力注入インジェクトを二回。


「よし準備OKだ。

 ガレア、前と一緒。

 外周を一周だ」


【いいぜ】


暮葉くれは、スタートの合図をお願い」


「う……

 うん……

 じゃあよーい……」


 どん!


 この声を聴いた瞬間ガレアのギアが数段上がる。

 瞬時にスピードが上がる。

 途轍もなく大きく力強い風圧が全面から襲い来る。


 が、魔力注入インジェクトを身体前面に張り巡らした為踏ん張れる。

 周りの景色の流れからおそらく五百キロ近く出ている。

 瞬時に第一カーブに差し掛かる。


 ガリギャリガリギャリ


 ガレアの鋭い足爪が深く地面を抉る音が聞こえる。

 ここから風圧に遠心力が加わる。


「くっ……!」


 流石に五百キロのスピード下で風圧と遠心力が加わると身体が持ってかれそうになる。

 良かった。

 念のため魔力注入インジェクトを二回やってて正解だった。


 魔力移動シフトについて考えな


 あかざさんの声が頭に響く。


魔力移動シフト……か」


 実践してみる。

 ガレアの曲がり方は少しずつ角度を入れていく走法。

 それを五百キロの速度で行うからやはりガレアは凄い。


 僕も負けていられない。

 そのガレアの角度入れに対応して集中している魔力の位置をズラしていく。


「よしっ!」


 出来た。

 遠心力がほぼゼロまで緩和された。

 その要領で第二カーブも超える。


 来た。

 直線ストレート。


【雄雄雄雄雄雄ッッッッ!】


 ガレアが吠えた。

 来るぞ。

 音速越え。

 ギアが数段瞬時に上がる。


 ブルッ


 震えだ。

 横を見ると出ていた。

 ペイパーコーンが。

 それを認識する間も無く第三カーブ。


「おい……

 まさか」


 何とガレアは音速越えの速度をキープしつつ曲がったのだ。

 これは堪らない。

 魔力注入インジェクト魔力移動シフトを駆使しつつ踏ん張る僕。

 前から右からかかる力が先程とは比べ物にならない。


「ぬおぉぉぉぉぉっ!」


 僕は叫び声をあげながら何とか踏ん張った。

 そんなこんなでゴール。

 ガレアは急ブレーキをかけたが最後の魔力を使い慣性力を殺す。


 ギャギャギャギャ!


 ガレアの足爪が速度を殺す音が響き終了。


【フフン。

 どうだ竜司……

 って振り落とされてるんだっけ。

 さ~て竜司はどこかなあっ?】


 ガレアが勝手な事を言っている。


「誰が振り落とされているって。

 ガレア」


 ギョッとしたガレアは依然として上に乗っている僕の方を見る。


「フフン。

 どうだい?

 ガレア」


【ま……

 まあ人間にしちゃあやる方かな……?】


 ガレアが負け惜しみを言っている。

 珍しい。


「へへん、僕もレベルアップしてるんだ」


【くそ……

 割と本気ではしったのにな……】


 僕は颯爽とガレアから飛び降りる。


 スタッ


「ふうっ……

 まぁなかなか速かったよガレアッ」


 キラキラキラキラ


 僕はかいてない無い汗をぬぐいながらかなりのイケメン風にガレアに振り向き、白い歯を見せて爽やかに笑う。


 キラーーンッ!


【ムカーーーッ!

 何かキラキラとキラーンがすっげームカついたッ!】


 ガレアが飛びかかってきた。


「何だよ。

 僕が乗りこなせたからって逆ギレはみっともないぞ」


 ぽかぽかぽか


【何だよ!

 竜司のくせに!】


 ぽかぽかぽか


「何だよ!

 ガレアのくせに!」


 僕とガレアは殴り合う。


「あぁっ……

 あぁっ……

 オロオロ」


 暮葉くれはが突然始まったケンカにオロオロし出す。


【何だよっ!

 ついこの前までちょっと本気ではしったらすぐ落とされた癖にっ!

 竜司やるじゃねぇかっ!】


 ぽかぽかぽか


「ガレアこそっ!

 まさか音速超えた状態でカーブ曲がれるなんて知らなかったよっ!

 流石ガレアだよっ!」


 ぽかぽかぽか


 やがてケンカは止み二人とも大の字で寝転がる。


【ハァッ……

 ハァッ……】


「はぁっ……

 はぁっ……」


【竜司……

 やるじゃねぇか……

 ハァッ……

 俺もそこそこ本気マジはしったのによ……】


「はぁっ……

 ガレアこそ……

 はぁっ……

 音速越えだけでも充分凄いのに……

 あの速度で曲がるんだもん……

 あの時は今の僕でも振り落とされそうになったよ……」


 ガレアはむくりと起き上がる。


【ヘン何言ってやがる。

 俺はまだまだこんなもんじゃねぇぞ】


 すっかり登った太陽の逆光にさらされたニヤリと笑うガレアが見える。

 何だろうこの心の底から湧き上がる万能感は。


「ああ。

 僕もまだまだ強くなるよ」


 僕もガレアを見上げる。


【へっ】


「プッ」


【アッハッハッハッハッハ】


「あははははは」


 僕とガレアは笑い合った。

 ガレアが隣に居てくれるなら何でも出来る。

 どんな強大な敵がやってきても絶対に負けない。

 そんな気がしてならなかった。


「もー何なの二人とも急に笑い合って。

 ケンカしてたんじゃなかったの?」


 暮葉くれはがこちらに駆け寄り尋ねてくる。


「ケンカ?

 ガレア、何でケンカしてたんだっけ?」


【ん?

 俺も良く解んね】


 ガレアキョトン顔。


「何それ?

 変なの」


 その後僕らはこの三重での思い出。

 駆流かけるの事。

 レースの事などを暮葉くれはに話してあげた。

 ガレアもレースの事は覚えてるらしくぼやいていたよ。


【んでよーアルビノ。

 竜司が勝つって言うから俺は言うとおりに走ったのによー

 負けやがってよー】


「僕だってアレで勝ったと思ったよ……

 でも駆流かけるとマッハの方が一枚上手だって事さ」


【何だよそりゃ。

 ぶう】


 ガレアがむくれている。

 暮葉くれはとガレアとの談笑は続く。


 ぐう


 腹の虫が鳴る。

 スマホの時間を見る。


 午前十二時三十六分


【なあなあ竜司ハラヘッタ】


「そうだね。

 それじゃあそろそろ四日市駅に戻ろうか」


【おう】


 僕らは星の広場を後にした。

 ガレアの音速越えによる衝撃波ソニックブームで更に原っぱが滅茶苦茶になってしまったのはスルー。


 駅まで戻ってきた。

 さて何を食べようか。


「ガレア、暮葉くれは

 何が食べたい?」


【肉】


「辛いものっ!」


 何かこれからお決まりのパターンになりそうだな。


「マクレで良い?」


【肉なら】


「私も良いわよ」


 マクレナレヨ 近鉄四日市店


 入り口脇に変な看板が立っている。


(緊急指令!

 マクレナレヨが暴君ハバネロに乗っ取られた!

 これを打ち倒すのは君の食欲だ!)


 黒い看板に赤い文字でデカデカと書いてある。

 下に目をやると……


(あの暴君ハバネロとマクレナレヨの夢のコラボ!

 タイラントバーガー 三百五十円

 タイラントダブルバーガー 四百五十円)


 そして看板の最下部には米印で……


(この商品は余りに危険なためマクレナレヨでもお勧めしておりません。

 なお食した後体調を悪くされた方は一刻も早く医師にご相談ください。

 食した責任はマクレナレヨは一切関知いたしませんのでご了承下さい)


 じゃあ売るなよ。

 純粋にそう思った。


「ねえねえ竜司。

 何見てんのっ?」


 立ち止まっていた僕の肩越しから暮葉くれはの顔が覗く。


「あぁ、何かすっごい辛いハンバーガーだってさ」


「へぇ……

 じゃあ私これっ!」


 暮葉くれはが指差す方向にはタイラントバーガー。

 まああれだけ七味を振ってたんだ。

 大丈夫だろう。


(いらっしゃいませー)


「ダブルチーズバーガーセット。

 アイスティーとポテトはMで。

 あと五千円分で作れるだけハンバーガー単品で。

 後はタイラントバーガー」


 最後のオーダーを聞いた瞬間店員が固まる。


(タイ……

 ラントで……

 ございますか……?

 お客様……)


「うん」


(お客様……

 マクレナレヨは一切責任を取りませんが宜しいですか……?)


「はい」


(ダブルチーズバーガーセットッ!

 ポテトMー。

 アイスティーMー。

 プリーズッ!)


(サンキューでーす!)


 オーダーを取っていた店員さんの大声に呼応するかのように奥の店員たちの声も聞こえる。


(ハンバーガー四十一フォーティワンー。

 プリーズッ!)


(サ……

 サンキュー……)


 ガレアのだ。

 若干奥の店員達の声に戸惑いとテンションの下がり具合が見える。


(タ……

 タイラントバーガープリーズッ!)


 あれ?


 店員の返事が聞こえない。

 奥を覗き見ると店員たちが固まっている。

 まさか注文する奴いたのかと言わんばかりだ。


 十分後


【なあなあ竜司。

 ハラヘッタぞ】


「今店員さんが一生懸命ガレアの分を作ってるからもうちょっと待ってね」


 二十分後


【竜司ハラヘッタ】


「さすがに時間がかかってるなあ。

 ちょっと見てこよう」


 奥を覗くと大きな調理台に大量に並べられたハンバーガー。

 二十……

 いや二十五はあろうか。


 そして鉄板の前では店員が素早くどんどん並べられた大量のハンバーグを返していく。

 あの手付きからしてベテランだろう。

 僕は席に戻る。


「ガレア。

 もうちょっとだよ」


 三十分後


【ハラヘッタ】


 遂に僕の名前も取れてしまったガレア。

 こりゃそろそろ限界だ。

 僕はもう一度カウンターへ。


 すると四十個のハンバーガーを袋に詰めている最中だった。

 すぐに袋詰め完了。

 店員がカウンターから出てくる。


(お客様ッ!

 大変お待たせ致しましたっ!)


 大型の袋三つと中型の袋一つを渡される。


「ありがとうございます」


 両手いっぱいの昼食を持って席に戻る。

 ドサッと全てテーブルに置く。

 バランスを崩して倒れ


 中から大量のハンバーガーが零れ落ちる。

 手早くまとめガレアの前に置く。

 そして僕の分。


 赤い紙製の箱が残った。

 暮葉くれはのだ。

 恐る恐る取り出す。

 上面には白い習字体で。


 暴君


 壁面にはゴシック体の英語でTYRANTと書かれている。

 何か凄いパッケージだなあ。

 とりあえずその赤い箱を暮葉くれはへ。


「ありがとう竜司」


「じゃあ二人とも手を合わせて……

 頂きます」


「いただきます」


【ハラヘッタ】


 午後十二時三十五分


 昼食開始


 ガレアの場合


【うまうま肉。

 肉うまうま】


 普通に食べてる。

 やはり朝の松坂牛とはテンションが違うなあ


 僕の場合


 ぱくり


 まあこんなもんだろ。

 美味くも無く不味くも無く。


 暮葉くれはの場合


 赤い箱を開ける。


「イタッ」


 何だこれ。

 目が痛い。

 漂ってきた何かが眼に入り少し痛みを感じる。


 こんな刺激物、客に出して良いのか。

 当の暮葉くれは本人はと言うとニコニコしながらタイラントバーガーを持っている。


 かぷり


「ん~~~っ……

 おいっしーーッッ!!」


 暮葉くれはは両脚をバタバタさせながら喜んでいる。

 そんなに美味しいのかな……?


「ね……

 ねえ……

 暮葉くれは……

 ちょっとだけ僕にくれない?

 ほんのちょっとでいいから」


「ん?

 いいわよ」


 暮葉くれはが食べかけのタイラントバーガーをこっちに向ける。

 端っこのパンだけ小指の爪程むしり取る。


 パクッ


 駄目だ。

 体内に入った瞬間身体全体で拒絶反応だ。

 何か汗が出てくる。


 頭皮の毛穴がベカベカ開き出す。

 僕は急いでアイスティーをがぶがぶ飲む。

 氷ごと。


 バリガリガリバリガリ


 ふう。

 ようやく落ち着いた。

 僕も初めて食べたけどこれが世界で一番辛い唐辛子のハバネロか。


 もう味もへったくれも無い。

 ただ口内がヒリヒリ痛いだけだった。


 昼食終了


 次は後片付けだ。

 辺りに散らばったパン片。

 肉の破片。

 ケチャップの跡。


 そして包み紙。

 僕が掃除しないと。


「はぁ……

 暮葉くれはも手伝ってくれる?」


「いいわよ」


 ガレアには僕が起きてる起きてないは関係無かった。

 僕と暮葉くれはは立ち上がり掃除を始める。

 当のガレアは肉臭い息を吐きながら外を眺めてる。

 まあ別に良いんだけどね。


 掃除している最中女子学生の二人が話しかけてきた。

 正確には暮葉くれはにだ。


(あの……

 もしかしてクレハですか……?)


「ん?

 ええそうよ」


(キッ……

 キャーーーーーッッ!!!!)


 女子学生二人が手を取り合って大絶叫。

 店いっぱいに金切り声が響く。

 その内の一人が意を決して声をかけてくる。


(わっ!

 ……私っ!

 大ファンですっ!

 クレハさんっ!

 握手して下さいっ!)


 バッと素早く右手を差し出す女子中学生。


「ふふ。

 いいわよ。

 いつも応援ありがとうね」


 暮葉くれはも笑顔で右手を差し出し握手に応じる。

 握手が交わされた瞬間女子学生の顔が恍惚の表情になる。

 たまらずもう一人も右手を差し出す。


(わっっ!

 ……私もっっ!)


 この女子学生も同様の表情を見せる。

 ん?

 でもこんな時間に女子学生がいるって言うのは不思議だな。

 僕は聞いてみた。


「あの……

 何でこんな時間に街に居るんです?

 学校もう終わったんですか?」


(クレハと握手しちゃった……

 私当分右手洗わないわ……

 え?

 学校?

 今日中間テストだからもう終わったわよ)


 なるほど。

 そういうものか。

 テストがあると早く終わるんだ。


 僕は小学校しか行った事が無いから知らない。

 するとにわかに店内がざわつき出す。


 ザワザワ


(クレハだって?)


(あのドラゴンアイドルのか……)


(私……

 “FullAhead”好きなのよねー……)


 これはまずい。

 パニックになる前に早くここから離れないと。


暮葉くれはっ、ガレアッ準備してっ。

 すぐにここから離れるよっ」


【何だよ。

 忙しないなあ】


「え?

 え?

 竜司もう行くのっ?」


「うん。

 じゃあ僕らはこれで」


 僕は暮葉くれはの手を引き、ガレアを連れて店を後にする。

 しばらく早足で歩く。

 ふう、ようやく落ち着いた。


 備え付けのベンチに腰掛け暮葉くれはを見上げる。

 上に不思議そうに見つめる顔がある。


 さすがアイドル。

 普通に可愛い。

 と言うか暮葉くれは、普通に顔を晒している。

 これはまずいのではないか。


「ふう、そういえば暮葉くれはってクレハだったんだよねぇ……」


「何ヘンな事言ってんの。

 当り前じゃない」


 暮葉くれはキョトン顔。


暮葉くれは変装した方が良いんじゃない?

 このままだとすぐに指差されちゃうよ」


「そぉ?

 じゃあ……」


 僕の隣に座った暮葉くれははピンクのトランクを開け可愛らしいポーチとサングラス、大きめのベレーハットを取り出す。

 ポーチから髪留めを出す暮葉くれは


「ちょっと待ってね……んっ」


 暮葉くれはは髪留めを咥えながら両手を後ろに回し、長い綺麗な銀髪をまとめ始める。

 何か凄くセクシーだ。

 ドキドキしてしまう。

 僕が見とれている内に長い銀髪がコンパクトにまとめられていく。


「よっ……と」


 パチン


 そういえば前にやったギャルゲーでも言ってたな。

 男は何気ない女の子の仕草にドキドキするものだって。

 納得。

 ベレーハットを目深に被り、サングラスをかける暮葉くれは


「はいっ!

 出来たっ!

 どお?

 竜司」


 サングラスの端を持って少し下にずらし、上目遣いで僕を見つめる。

 パッチリ大きい紫の瞳がサングラスの上から僕を覗く。

 余りの可愛さに僕は赤面してしまう。


「あっ!?

 竜司、どうしたの?

 ホッペが赤いよ」


「いや……

 可愛いなって……」


 それを聞いた途端逆に暮葉くれはの頬が赤くなる。


「アレッ!?

 あれあれあれっ!?

 どうしたんだろっ!?」


 暮葉くれはが掌、手の甲を交互に頬に充てて熱さを確かめている。


「何で暮葉くれはが照れてるの。

 アイドルなんだし言われ慣れてるでしょ」


「た……

 確かに可愛いってよく言われるけど……

 何か竜司に言われると違うのっ!

 みんなと違うのっ!

 ねえねえ竜司、これなあにっ!?」


 さすがに僕はアイドルでも無いし解らない。


「ごめん暮葉くれは

 それは僕にもわからないや」


「そう……」


 暮葉くれはが少しションボリしてしまう。

 場がほんの少し重たくなる。


 あっそうだ。

 駆流かけるに連絡してみよう。

 僕はスマホを取り出す。


 中院駆流なかのいんかける


 今回はためらわず発信をタップ。

 すぐに出た。


竜兄りゅうにぃっっ!!

 何だよどうしたんだよっっ!

 急にどうしたんだよっっ!」


 出るや否や矢継ぎ早にまくしたてる駆流かける

 うん元気そうだ。


 しかしうるさい。

 僕は少しスマホを遠ざける。

 ようやく止む。


「もしもし駆流かける

 久しぶりだね」


「うわ。

 ホントに竜兄りゅうにいだ。

 どうしたんだよ?

 旅は終わったのか?」


「いや。

 旅は終わってないんだけど駆流かけるに紹介したい人が居てね。

 一時的に戻って来たんだよ」


「そうなのか。

 何か良く解んねえけど」


駆流かける今どこにいるの?」


「ん?

 今は家にいるよ」


「じゃあ今から家に行くから待っててよ。

 あと花穏かのんちゃんも呼んでおいてくれないかな?」


「ゲッ。

 何であいつを」


花穏かのんちゃんにもお世話になったからね。

 頼むよ駆流かける

 あと麗子さんいる?」


「わかったよ。

 母さんなら家にいるよ」


「お願いね。

 それじゃあ今から行くよ」


 プツッ


 電話を切る。

 さあそろそろ行こう。


「あら?」


 暮葉くれはが何かに気付いたようだ。


暮葉くれは、どうしたの?」


「竜司、あそこに竜が居るわよ」


 暮葉くれはが指差す。

 竜なんて珍しくも無いだろうに。

 というより自分が竜じゃないか。


「何言ってんの暮葉くれは

 竜ぐらい普通にいるでしょ。

 珍しくもなんともな……」


 僕はそう言いながら指さす方を見た。


 あれ?


 竜三人。

 人三人固まってこっちに歩いてくる。

 何か見た事があるぞ。


 いや一人一人の顔は薄ぼんやりなんだけど、何かこのシルエットには覚えがある。

 三人ともブレザーだから学生ってのは解る。

 やがてそのグループも僕らに気付く。


(ん……?

 貴様は?)


 真ん中の男子が僕に気付き呟く。

 確かこいつは長男なんだ。

 名前なんだっけ。


 ええと。

 確か酸素だか酵素だか。


【ヒッ……!

 ヒィィヤァァァァ……!

 ガガガガッ……

 ガレアだぁぁっぁぁぁっ!!】


 長男の後ろに居た竜が悲鳴を上げながらガレアの名前を呼び、ガタガタ震えながらへたり込んでしまう。


【ん?

 誰だと思ったらポンタじゃん】


 ガレアが話しかける。

 やばいやばい。

 次は多分僕に話しかけてくる。


 名前が思い出せない。

 何だっけ。

 確か群れだか雑魚だか。

 長男が案の定僕に話しかけてきた。


(フフフ……

 誰かと思ったらお前か……

 久しぶりだな)


 どうしよう。

 黙っているのも何か変だし。

 こうなったらもう見切り発車だ。


「ええ……。

 お……

 お久しぶりですね……

 ザコ酸素さん」


(誰が雑魚だっ!

 茂部もぶだっ!

 茂部もぶッ!

 茂部空気もぶそらきだっ!

 酸素なんて名前つける親がどこに居るっ!)


 あぁそうだ。

 茂部もぶ茂部もぶ

 茂部空気もぶそらきだ。

 でも酸素でも似たようなもんじゃないか。


「へへへ。

 レースの時は世話になったなあ」


 空気そらきの右隣りの奴が話しかけてきた。

 コイツは確か次男なんだよな。


 あれ?

 三男だったっけ?

 よく覚えていない。


 ええと。

 何だか名前はシミだか汚れだか黄ばみだか。


「えーと。

 確か茂部黄ばみもぶきばみさん?」


(誰が黄ばみだっ!

 せんだよっ!

 せんっ!

 茂部染もぶせんっ!)


(おっ……!

 俺は覚えているよなぁっ!?)


 残る一人が焦って話しかけてきた。

 こいつは覚えている。

 うん間違いない。


「うん覚えているよ。

 確か茂部砂利もぶじゃりくんだろ?」


(誰が砂利じゃりだコラァッ!

 モブジャリだったら既にあだ名みたいになってるだろうがっ!

 小石しょうせきだよっ!

 茂部小石もぶしょうせきっ!)


「もー。

 竜司ったら駄目じゃない。

 名前を間違えるというのは失礼な事なんですよっ!」


 やりとりを見ていた暮葉くれはが声をかけてきた。

 後ろの方が敬語になってる。


「そんな事言って。

 じゃあ暮葉くれははわかるの?」


「もちろんよっ!

 もう覚えたわっ!」


 少し意地悪かったかなと思ったが、暮葉くれはは自信満々に得意げな顔を見せる。


「じゃあ言って見せてよ」


「えーと。

 確か茂部さんよね…………

 酸素、黄ばみ、砂利っ!」


(違ぁぁぁぁぁぁぁうっっっ!!!)


 テンポ良く三人の名前を挙げるが、全て綺麗に不正解。


(もう怒ったぞっ!

 我々を今までと同じと思うなっ!

 三兄弟の複合技だって考えたんだっ!)


 複合技?

 何だろ?

 ガンダルのジェットタイフーンボンバーみたいなものかな?


【何だ何だ。

 またアンポンタンとケンカか?

 お前らも懲りないなあ】


 さすがのガレアもヤレヤレと言った表情。


精神的外傷トラウマに縛られろっ!

 幻惑夢ベウィッチングドリームッ!)


 僕は立ったまま気を失った。

 後で聞いたらガクガク震えながら斜め上を向いて呼びかけても返事しなかったんだって。


 悪夢の中


 僕は浮いていた。

 闇。

 縦なのか横なのかもわからない。


 すると前にボンヤリ光ってる所が見える。

 その光は近づいてきた。

 僕からなのか光からなのか解らない。

 視認できる距離まで近づいてその光の主が何か分かった。


 僕のお爺ちゃんだ。


 お爺ちゃんはじっと僕を見ている。

 言わなくてもわかる。

 侮蔑と侮慢に満ちた眼だ。


 相変わらず僕を見下したあの眼だ。

 いつもの僕なら声を荒げてた所だが、今は違う。


「やあお爺ちゃん。

 久しぶり」


 お爺ちゃんは黙っている。

 黙って僕に蔑んだ瞳を向けている。

 やがて僕がその眼に耐えられなくなって叫んでしまった。


「黙ってないで何か言ったらどうなのっ!

 お爺ちゃんっ!」


 僕がこう叫んだと同時にお爺ちゃんが上昇し始める。

 いや、違う。

 僕が下降しているんだ。


 その根拠は下だ。

 僕が俯くと足を赤紫の手が無数に掴んでいたんだ。

 それが下に引っ張っていたのだ。


「うわっ!

 何だこれっ!?」


 僕は思わず叫んでしまう。

 そのままどんどん下降が進む。

 手がどんどん増える。


 次々と闇から生えている様だ。

 両膝まで赤紫の手でいっぱいになった。


「くそぅっ!

 離せっ!」


 僕は叫びながら身をよじって振り解こうとする。


 無駄。


 よじってもよじっても赤紫の手がペッタリ張り付いて離れない。

 とりあえず僕は身をよじるのを止め、僕は冷静に今の状況を分析する。

 闇になる前、確か長男がスキルの名前を叫んでいた。


 確かあれは悪夢を見せるものだったっけ。

 と言う事はこれは幻影。


 幻だ。

 夢の内容は自身の精神的外傷トラウマを元に作られるんだっけ。

 ならこの赤紫の手の群れは僕の精神的外傷トラウマからだ。


 概ね理解した。

 この赤紫の手はドラゴンエラーの被害者が具現化したものだ。

 と、そんな事を考えている内に手が僕の腰辺りまで登ってきている。

 振り解けないのは僕が精神的外傷トラウマを克服できていないからだろう。


「くそぅっ!」


 無数の赤紫の手がどんどん僕の身体を覆っていく。

 首辺りまで来た。

 下は幾重にも重ねられた赤紫の手。


 もう身体をよじる事も出来ない。

 じわじわ上がって来る。


「ガッ……

 ガレアァァァァァァァッッッッ!!

 暮葉くれはァァァァァァァァァッッッッ!!」


 僕は思わず叫んだ。

 二人の名を。


 上から眩い光。

 その光に照らされると赤紫の手が嫌がりどんどん下がっていく。

 ある程度動けるようになった所で僕は見上げた。


 光の原因を探るためだ。

 発光源は二つだった。

 一つはガレア。


 もう一つは暮葉くれは

 二人はまるで神からの使いの様に僕の元まで降りてくる。

 暮葉くれはがゆっくり手を差し出す。


「竜司……

 私は知ってる……

 貴方が他人ひとの為に泣ける優しい人だって事……

 だからこんな悪夢に負けないで……」


 僕は暮葉くれはの手を取った。

 同時に上から闇が光に成り代わっていく。

 固く結ばれた闇が解けていくかの様に。


 程なくしてすっかり辺りは光に。

 いつの間にかお爺ちゃんも消えていた。


「さぁ……

 竜司……

 目覚めて……」


 そう言い残し手を離した暮葉くれははガレアと共に消えていった。

 辺りが眩しく光り出す。

 思わず目を細める。

 そのまま意識が遠くなる。



「…………ハッ!?」


 また闇だ。

 と言ってもさっき程の闇じゃない。

 所々光が漏れている。


 薄暗いと言った印象。

 僕は何かに閉じ込められてる様だ。

 外から声が聞こえる。


(フハハッ!

 これぞ茂部三兄弟の複合技ッ!

 その名も“幻岩鉄げんがんてつ”だっ!

 俺の幻惑夢ベウィッチングドリームで相手の動きを止め

 そしてせん岩石隆起ザ・ロックで相手を閉じ込めっ!

 視界を奪った後に小石しょうせき鉄拳骨フィストで相手を攻撃ッ!

 フフフ……

 ハハハハッ!

 完璧だッ!

 さあ小石しょうせきッ!

 その鉄と化した拳で奴を攻撃だッッ!)


(ちょ……

 ちょっと待ってくれよ空気兄そらきにぃ……)


 フム。

 勝手に喋ってくれて概ね状況は理解した。

 今は小石しょうせきのスキル発動待ちと言う事だ。


 それを一緒に待ってやる程僕はお人好しではない。

 大きく息を吸い込む。

 外まで充分聞こえる様に。


「ガレアァァァッァァァァァァァァァッッッ!

 魔力注入インジェクトォォォォォォォォッッッ!!!」


 一、二秒後。

 左側から中ぐらいの魔力球が突き抜けてきた。

 なるほど魔力注入インジェクトの時の魔力球は障害物は通り抜けるのか。


 ドクン


 心臓の高鳴り。

 魔力が体内に入った証拠だ。


「よし準備OK。

 確かこっちの方だったかな」


 茂部もぶ達の声のする方に目標を定めた。

 まずはこの四方を塞いでいる岩石壁から抜け出さないと。

 そして上手く行けばそのまま攻撃。


 僕は右つま先に魔力を集中。

 イメージは削岩機。

 鋭い削岩機ジャックハンマーだ。


小石しょうせきッ!

 まだかっ!)


 空気そらきがイライラし始めている。


(そ……

 空気兄そらきにい……

 もうちょっと……

 もうちょっとなんだよ……)


 ドン


 僕は地面を思い切り蹴って真横に飛ぶ。

 弾けた身体を即座に反転させ右つま先を岩壁に向ける。


 ドガァァッァァァァン!


 大きな岩の破壊音が響く。

 まだ僕の勢いは止まらない。


(出来たッ!

 やったっ!

 やったぜ空気そらき……

 オゴァァァァァッッッ!)


 削岩機と化した僕の右つま先が思い切り小石しょうせき右脇腹に突き刺さる。


 ベキベキベキベキ


 骨の折れる音が伝わって来る。

 身体をくの字に曲げ横に吹き飛ぶ小石しょうせき


 ドコォォン!


 大きな衝撃音を立てながら植え込みに突き刺さる。

 だらんと力無く垂れる両脚。

 完全に意識が無い。


「あっちゃあ……

 やり過ぎちゃったかな……」


(あぁ……

 小石しょうせきッッ!

 おのれぇぇぇよくもよくも我が弟を……)


「まだやる?」


 僕は聞いてみる。


(当たり前だッ!

 弟の敵を取ってやるっ!

 行くぞっせんっ!

 幻惑ベウィッチ……)


 また悪夢を見せる気だ。

 この悪夢はガレアと暮葉くれはがいる限りもう怖くは無い。

 だが抜け出るのに時間がかかる。


 瞬時に判断した僕の動きの方が一歩速かった。


「ガレアッ!

 流星群ドラコニッドスッ!

 シュートッ!」


 今回は標的は二人だから一回転する必要も無いし、相手が茂部もぶ兄弟だから威力も若干セーブ。

 二人の胸元に標的捕縛マーキング印。


 ガレアの身体が白く輝き二筋の流星が印めがけて飛んでいく。

 その間一秒弱。


 ドココンッッ!


(ぬおぉっ!)


(ぐぎゃっ!)


 ドシャァッ


 二人とも魔力閃光アステショットの勢いに押され天を仰いで倒れ込む。


【あぁっ!?

 マスターッ!】


 茂部もぶが使役している竜達が心配して駆け寄る。

 そこへガレアが声をかける。


【オイ!

 アンポンタンッ!

 まだやるか!?】


【ヒィェッツッ!

 もーやりませーーん!】


 のびてる三人を手早く担ぎ脱兎の如く走り去っていった竜達。


「ふう。

 変な事で時間喰っちゃった。

 急ごうガレア、暮葉くれは


「うん」


【おう】


 歩く道すがら暮葉くれはに話しかける。


暮葉くれは、ガレア。さっきはありがとうね」


「ん?

 何の話?」


【何の話だ?

 竜司】


 二人ともキョトン顔。


「いや……

 なんでもない」


 そんな話をしている内に駆流かけるの家に到着。

 相変わらず大きい家だ。


「わぁーっ!

 おっきい家ねーっ!」


 暮葉くれはも驚いている。


 ピンポーーン


 インターフォンを鳴らし、しばし待つ。


(はいはーい)


 聞き覚えのある声。

 シバタさんだ。


「ご無沙汰してます。

 皇竜司すめらぎりゅうじです」


(あらあらあら、お久しぶりねぇ。

 駆流かけるちゃんがお待ちですよ。

 ちょっと待って下さいね)


 少し待つ。


 ガチャ


 閉じた門の向こう側でドアの開く音がする。


 ダッダッダッダッダ


 何やら走って来る音も聞こえる。

 シバタさん若いなあ。


 ガチャガチャ


 門の脇の通用門で音がする。


「あーもーっ!

 どうやって開くんだよっ!

 これっ!」


 おや。

 てっきりシバタさんが来ると思っていたがこの声は……


 ガチャン!


 勢いよくドアが開く。

 その勢いのままに金髪のツンツン頭が覗く。

 左右にキビキビとキョロキョロしてる。


「んっ!?

 んっ!?

 あーーーーーッッ!

 竜兄りゅうにいーーーッ!」


 門の向こうからようやく出てくる駆流かける

 こちらに駆け寄って来る。


竜兄りゅうにいっ!

 久しぶりだなっ!」


 右拳を僕の胸元に合わせてくる。


「あぁっ!

 駆流かけるも元気そうだねっ!」


 じっと僕を見つめる駆流かける

 それはもうまじまじと。


竜兄りゅうにい……

 何か変わったか……?」


「そう?

 僕は変わらないよ。

 いつも通りの駆流かけるの兄貴分だよっ!」


 こう言うと駆流かけるがゆるゆるに顔をほころばせた。


竜兄りゅうにい~~~~っ……

 さあ、立ち話も何だから中に入ってくれよっ!」


「ああ」


 僕ら三人は門を潜る。


竜兄りゅうにい、そのねーちゃん誰?」


「ああ。

 このひと駆流かけるに紹介したいひとだよ。

 そう言えば花穏かのんちゃんも来てる?」


竜兄りゅうにいが呼べって言ったからもう来てるよ」


 ちょいちょい


 袖を引っ張る感触がする。

 右を向くと暮葉くれはが引っ張っていた。


「ねえねえ竜司。

 何でその男の子は竜司の事をりゅーにぃって呼ぶの?」


「うーん。

 何て言うのかなあ……

 駆流かけるは僕の弟分で僕は駆流かけるの兄貴分だからね」


「えっ!?

 竜司ってまだ兄弟居たのっ!?」


 暮葉くれはが更に眼をパチクリさせる。


「違う違う。

 僕と駆流かけるはいわゆる義兄弟っていう奴なんだ」


「ギキョーダイ?

 何それ」


「義兄弟っていうのは例え生まれた場所と時は違えども死す時は同じ日同じ時を誓った同士って事だよ」


 僕は三国志の桃園の誓いの名言を引用した。


「ふうん。

 よくわかんないけど兄弟ぐらい仲が良いって事?」


 さすがに暮葉くれはには難しかったみたいだ。


「そうだね」


 そこへ駆流かけるも加わる。


「ねーちゃんあったりめぇよっ!

 竜兄りゅうにいと俺の絆はすっげぇ堅いんだぜっ!」


 そう言いながら白い歯を見せてニカッと笑う駆流かける

 正直そう言ってくれる駆流かけるの気持ちが嬉しかった。

 そんな話をしている内に玄関に到着。

 中に入る僕ら。


 ###


「はい。

 今回はここまで」


「ねーねーパパー?

 ひいお爺ちゃんは何でパパの事嫌いなのー?」


「偏屈な人だったからねえ……」


「仲良くなるの……?」


「さあそれはどうだろう?

 ……さあ今日も遅い……

 おやすみなさい」

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