第九十九話 竜司、橙の王に会う。

「やあこんばんは。

 今日は……

 そうそうビンワンが来た所までだったね」


「パパー。

 ビンワンって何かウザいね」


 たつが怪訝な表情を浮かべる。


「確かにね。

 でも結構憎めない奴だったんだよ。

 それも含めて今日話すね」


「うん」



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 ###



 コイツがビンワンか!


【あ、ちょっとレーシツ失礼っ!】


 ビンワンがドスドス御座の方に歩いていく。


【マザーちゃん!?

 今回もゴイスー凄いツーブーサンタクたくさん持って来てますんでっ!】


【オオッ!?】


 マザーの眼が爛々と輝き、ググっと身体を乗り出す。

 すると僕が見ている事に気づいたのかすぐに姿勢を直す。


【あーコホン……

 ビンワン……

 いつもありがとう……

 映像の受け渡しはまた後程……】


 マザーはゆったりとした口調でそう話す。


【後、ダーオーオーダー(注文)トクオーお得リメアタあたりめパックもゲーセン五千ムーグラグラムチリバツバッチリっすよっ!】


 ビンワンはそう言いながら右に亜空間の渦を出し、中に手を突っ込む。

 中からお徳用あたりめパックが数袋出てきた。


 それを見たマザーは……


【……ヒョッ!?

 キョワァァァァッ!

 ビンワンッ!

 あたりめは後で受け取るからっ!

 隠してぇぇぇッ!

 威厳がッ!

 威厳がぁぁぁっ!】


 奇声を上げながら目を真ん丸とさせ、目に見えて焦り出すマザー。

 両手をバタバタさせアワワアワワとなっている。

 何かカワイイ。

 あたりめ好きでも良いと思うけどなあ。


「何やってんの?」


 声のした方を見ると暮葉くれはが戻ってきていた。

 一人の竜を連れて。


【あっ……

 あぁ、アルビノ……

 ご苦労様です……

 さあベック……

 こちらへ……】


 ベックと呼ばれる竜はフウとため息をつく。


【またですかマザー。

 もういい加減にして下さい。

 城の中でみだりに魔力を放出するなとあれほど……

 くどくど】


【ごっ……

 ごめんなさい……

 しゅん】


 竜の長が怒られて凹んでる。

 やっぱりマザーって可愛いなあ。

 ベックと呼ばれる竜はマザーが魔力放出によって開けた穴の前まで行く。


 ブン


 ブラウン管が付くような音がしたと思うと蒼い線で区切られた四角い枠が現れ穴をスッポリ包んでしまう。


 ペキペキパキパキ


 すると、目の前で驚くべき事が起きた。

 堅い乾いた音がしたと思うと上下左右から岩の破片が飛んできて穴にどんどん収まっていく。

 これは一体どういう能力なんだ。


【ベックの能力は

 “分子結合ボンド”と

 “分子解離ディソーシエーション”……

 物質の結合と解離を自在に行う事が出来るのです……】


 僕は少し震えた。

 マザーの衆ってグースの癒しの力から考えて何て言うか平和的な能力だと思っていた。

 結合は良いにしても解離は。


 多分この竜に切断できないものは無いだろう。

 何て攻撃的な能力だ。


 ここで少し疑問が沸いた。


「あの……

 マザー……

 す……」


【はい……

 確かにベックの能力は固有のもの……

 貴方達竜河岸が扱うスキルと似てますね……

 人間の想像力と言うのは素晴らしいですね……

 その想像力から生まれた数々のスキル……

 我々の中でもそれに倣うものが出てきました……】


 へぇ。

 推測すると元々固有能力を持つ竜は居たのかな?


【その通り……

 スキルの源流は竜……

 それを発展させたのが人間と言った所でしょうか……】


 発展って何だろう。


【まずは呼称です……

 自分の固有能力に名前を付ける……

 不思議なもので自身の能力に名前を付けると精度が増すんですね……

 全くもって不思議です……】


 確かグースやげんが魔力を使うコツはイメージだって言ってたっけ。

 名前を付けるとイメージが固まるって事かな?


【そうなのかも知れませんね……

 時に竜司……

 グースは元気でやっていますか……?】


「あ……

 はい、多分」


【話を戻しましょう……

 私も自身の能力に名前を付けました……

 その名も“全知全能オールパーパス”……

 人間の言葉で全知全能と言うそうですね……

 私の能力に相応しい名前です……

 フフン】


 マザーが何か自慢気だ。

 段々マザーって竜が解ってきた。


【竜司……

 失礼ですね……

 べっ……

 別に自慢なんて……

 ゴニョゴニョ……

 時に竜司……

 私が……

 あたりめを食べててもおかしくないですか……?】


「プッ」


 マザーがあまりにも神妙な面持ちで聞いてきたのが何か可愛くて僕は噴き出してしまった。


 別にあたりめが好きでも良いけどなあ。

 僕も時々食べるし。


【そうですか……

 ホッ……】


【そこの人間。

 マザーに対して不敬であろう】


 修理を終えたベックと言う竜が戻ってきた。


【ベック……

 ご苦労様です……

 では人間に倣いましょう……

 ベック……

 自己紹介を……】


【自己紹介ですか……

 全く人間と言うのは不便な生物ですね……

 まあマザーが言うなら良いでしょう……

 俺はマザーの衆が近衛の二、マザーベックです。

 どうも。

 最初に断っておきますが俺は人間が嫌いです】


 ベックと言うその竜はいわゆるガレアと同系統の首長翼竜だ。


 ただ明らかに違うのは顔だ。

 この竜は刃の様なツンツンとした長い白髪が後ろに向かって生えている。


 蒼白色の鱗が綺麗だなあ。

 だけど僕は取って付けた様な自己紹介と人間嫌い宣言に圧倒され少し黙ってしまう。


【何を黙ってるんだ?

 自己紹介と言うのは互いが行ってはじめて成立するものだろう?】


「あ……

 すいません……

 皇竜司すめらぎりゅうじ……

 ガレアの竜河岸です……」


【フン】


 そう言えばベックは近衛の二って言ったな。

 近衛の二って。


 と言う事は近衛の一が居ると言う事だろうか。


 あとベックは高位の竜ハイドラゴンなのだろうか。

 するとマザーが話してくれた。


【ええ……

 貴方の思ってる通り……

 ベックは高位の竜ハイドラゴンです……

 近衛の一は貴方が良く知ってる竜ですよ……】


「あっ……

 グースか……」


【グースゥゥゥッ!?】


 ベックがギロリと僕を睨む。


【グースってあの癒し馬鹿かっ!?

 あいつは近衛の一っていう自覚が無いっ!

 七十年前に地球に行って以来全く音沙汰無くっ!

 俺が二から数百年そのままなのは年功序列だからだですよねっ!?】


 ベックが急に怒り出した。

 竜にも年功序列ってあるのかなあ。


【その話は五十年ほど前にもしたでしょう……

 グースは一たる能力を有しています……

 貴方は特異点感知と私との相互感応ミューテュアルが出来ないでしょう……】


【ぐっ……

 確かに俺はマザーがチャンネルを開かないと感応は出来ませんけどっ……

 でもっ……

 あの癒し馬鹿が一なのはマザーとの付き合いも千年以上あるからだっ!】


【ほほう……

 では貴方は……

 私が……

 人間の悪しき風習の様な馴れ合いや年功序列などで近衛を決めていると……?】


 何かピシッと空気が張り詰める。

 不穏な空気が流れたと思ったら地鳴りがする。


 ゴゴゴゴ


 城全体が揺れている。


 僕は目を凝らす。

 マザーに魔力が集中しているのが流れで解る。


 魔力の流れをを見たのは久しぶりだなあ。

 するとベックも対抗する。


【いつまでも貴方がトップに居ると思わないで下さいっ!】


 口を開ける。

 魔力が集中しているのが解る。


 これ……

 放っといて良いのか……

 これ両方共放出されたらこの城は大丈夫なのか……


 というか僕は無事でいられるのか!?

 僕はどっと汗が出てきた。


「ハイ!」


 ぽん


 暮葉くれはが胸元で柏手を打ち、両竜の間に割って入る。


「モー二人ともやめなさいよー。

 そんな大出力で魔力放出したら城が壊れちゃうじゃない。

 マザー、竜の長なんだからちょっとした事で怒らないのっ!」


 サッと踵を返しベックの方を向く暮葉くれは


「ベックもよ。

 近衛の二でも良いじゃない。

 貴方の分子結合と解離ボンドアンドディソーシエーションの凄さは他の竜は誰しも認めているわ」


 あれだけ集中していた魔力が霧散した。


【アルビノ……

 失礼しました……】


【すいません……】


 ようやく冷静に戻ったマザーとベックが謝罪する。


「あんな出力で放出したら余波で確実に竜司は消し飛んでいたわよ。

 モー」


 物凄く怖い事をサラッと言う。


 僕は怖くなった。

 この二人の近くに居ると言う事がいわば爆弾二つの側に居るようなものだ。


 僕の側には何時もガレアが居たせいか感覚が麻痺しているのかも知れない。

 震えた。


「ほらー。

 竜司が怖がって震えてるじゃん」


【竜司……

 すいません……

 取り乱してしまって……

 ただ解っていただきたいのは我々竜はあくまでも人間との平和的な共存を願っていると言う事です……】


 マザーが少しすまなそうな顔をしてそう言う。


【フン。

 俺は人間が死のうが生きようがどうでもいいですけれどね】


 と、ベック。


 ベックと言うのはツンデレなのだろうか。

 いや出来ればツンデレであって欲しい。


 そんな事を考えているとマザーが噴き出した。


【プッ……

 ククク……

 ええ竜司……

 そうかも知れませんね……

 ベックが……

 ツンデレ……

 ククク】


 僕の心を読んだのか。

 マザーは何やらツンデレと言う言葉がツボだったらしい。


【ハイ!

 ケーオツOKケーオツOK……】


 今まで隅で黙ってゴソゴソしていたビンワンがドスドスやってきた。


【ハイ!

 イマタッタたった今ゾーエー映像完パケ出来ましたんでっ!

 そちらに送りますっ!】


 更に前に行きマザーの右手を掴む。


【ハイ!

 鮮麗映画祭マスターオブセレモニーっ!

 ドーーーン!】


 ビンワンが何か叫んだと思うと繋いだ手が薄い黄色に光り出す。

 どくんどくんとビンワンの手からマザーの手へ波打っている光。


 しばらくするとまたやかましくビンワンが叫び出した。


【ハイ!

 エルディーダウンロード(DL)ケーオツOKッ!

 はいではギーツーリメアタあたりめを……】


【ビンワンッ!

 あたりめは後で良いって言ったでしょっ!】


 マザーがキッとビンワンを睨む。

 そんなにあたりめを食べるのが恥ずかしいのかな。


【そうですか……

 では後程……

 おっ!?

 クレハちゃーん!

 ブリヒサ久しぶりッ!

 この前のシャレコマCM見たよーっ!

 ゴイス凄いゴイス凄いー!

 それで次のニッパチ日曜八時マードラドラマセンター主演女優の話来てるけどカナドゥーどうかな?】


「ウン。

 ビンワン何言ってるかわかんない」


 真顔でそう言う暮葉くれは


 なるほど。

 何を言ってるか全く解らない時はキョトン顔にもならないのか。


 特に竜相手の場合はそうなのだろう。


【クレハのジャーマネマネージャーにハナシ通しとくんでじゃーシクヨロよろしくー。

 あっ……

 ちょっとレーシツ失礼……

 ゥハイッ!

 もしもしぃ……】


 めげずに勝手な事を言ったビンワンはTシャツからケータイを取り出し、少し離れて話し出した。


 僕は当然のように発生した疑問を暮葉くれはに聞いてみる。


「ねぇ暮葉くれは

 竜界ここって携帯の電波通じるの?」


「んーどうなんだろ?

 ってか竜司、さっき自分の携帯持ってたじゃない」


 そう言えばそうだ。

 早速ポケットからスマホを取り出し、上の通知領域を見る。


 圏外


 ですよねぇ。

 と、言う事はあのビンワンの電話は誰と話してるんだ。

 僕はどうしても気になりビンワンに近づいてみる。


【あーはいはい。

 ブクロ池袋ジーエヌNGっ!?

 ギロッポン六本木フィックス決定っ……!?】


 何かビンワンが話している。


 相手の声は……

 聞こえない。


 聞き耳を立てていると……


【はいっ!

 例の企画書……

 あっ……】


 ビンワンの手から携帯が滑り落ちる。

 重力に逆らわず落下する携帯。


 カランカラカラ


 地面に落ちた携帯は偶然画面を上になっていた。


 そして僕は見てしまった。

 画面の上に書かれた……


 圏外


 の文字を。

 となるとビンワンは一人で喋ってた事になる。


 何かこのビンワンと言う竜が解らなくなってきた。

 僕は少し距離を取り、たまらず暮葉くれはに報告する。


「ねえねえ暮葉くれは……

 大変だよ……

 ビンワンの携帯、圏外だったよ……」


「あらそう?

 ならビンワンは誰と喋ってるのかしら?」


【あー!

 アレ!?

 僕がワラッときました片付けときましたっ……!】


 僕らの思惑など全く気にせずガンガン喋ってる。


 あぁそう言えばこういうキャラ、アニメで見た事がある。

 確かシュタインズアーチだったかな?


 そのアニメの主人公はいわゆる中二病でかかって来て無い携帯で緊迫した状況を演じるのが好きで要所要所で挟んでくる。

 それに近いのかもな。


 どうしようこれ。

 本人が好きでやってるならほっておいても良いような気もする。


 でも圏外って衝撃の文字を見てしまったからなあ。

 僕が困惑していると暮葉くれはが話しかけてきた。


「ねえねえ竜司。

 ビンワンと話がしたいの?」


 そう聞かれるとどうなんだろ。

 何か聞きたい事あるかな?

 返答に困る。


 ただビンワンのやってる事には興味がある。


「うん……

 まぁ……」


「なら良い事教えたげる。

 ビンワンのサングラスを取ってみて」


「え……

 どうなんの?」


 暮葉くれはには何か思惑があるのだろう。


 何か怖い。

 どうしよう。


「いーからいーから。

 ホラいってらっしゃいっ!」


 僕の背中をドンと押す暮葉くれは

 全くもう。


 結論から言うとサングラスは簡単に取る事が出来たよ。


 ビンワンの背丈から考えて普通に電話(真似事)をかけていたら無理だったが

 一度携帯を落としたせいか僕の腰辺りまで首を下ろして屈んで話していたからだ。


 そろりそろりと後ろから近づく。

 そっとビンワンの後頭部へ両手を伸ばす。


 えいっ


 サングラスは簡単に取れた。


 多分このサングラスは人用で竜用に作られたものでは無く、かけると言うよりはただ置いていると言った感じだったのだろう。


【あっ!?】


 ビンワンがサングラスが無い事に気づいた。


 さあ取ったぞ。

 どうなるビンワン。


 少し見ている僕。


 あれ?

 震えているぞ。


 ゆっくり。

 本当にゆっくりビンワンの顔がこちらを向く。


【…………返して下さい…………】


 え?

 今何て?


 蚊の鳴くようなか細い声だ。

 良く聞こえなかった。


 するとゆっくりビンワンの両手がこちらに伸びてくる。

 目的地は僕の持ってるサングラスだ。


 スカッ


 ビンワンの両手が空を切る。


 僕が咄嗟に持ってるサングラスを上げたからだ。

 別に意地悪をしようとした訳じゃない。


 第六感と言うのだろうか。

 虫の知らせとでもいうのだろうか。


 僕の心が返してはいけないと囁いた。


【…………僕、ソレガ無イト駄目ナンデスヨ……】


 何だ?

 本当にか細くてよく聞こえない。


 すると僕に暮葉くれはが状況を説明してくれた。


「あのね竜司。

 ビンワンはそのサングラスをかけた時だけ何言ってるかわかんなくなるの。

 だからサングラスを取っちゃうと普段のビンワンに戻るんだって」


「……昔からこうなの?」


「私知り合った時はサングラスなんてかけてなかったもん。

 最初は物凄く陰気な感じだったのよ」


「マッハみたいにオドオドしてたの?」


「マッハって誰?」


「あ……

 えっと……

 マクベスの事」


「あーマクベスね。

 あの子とはちょっと違うわね。

 あの子って痛いのが怖くてずっと震えてたじゃない。

 でもビンワンは違うの。

 何だろ?

 ずっと陰気で暗~い竜なの」


「……いつからヘンになったの……?」


「えーと……

 確か初めて地球から帰って来た時かな?

 さっき話したでしょ。

 王の衆にヘンなの付けるために帰って来た時よ。

 帰って来た時はもうあの格好になってたわ」


 暮葉くれはがビンワンを指さす。


「それでどうするの竜司?

 話してみる?

 最初とっつきにくいかも知れないけど今のビンワンなら普通に受け答えは出来るけど」


「じゃあ話しかけてみるよ」


 僕はとりあえず話してみる事にした。

 僕はちょこんとビンワンの隣に座る。


 隣には何か凹んでるビンワン。

 何から話そうか。


「えと……

 ビンワンさん……?

 あ……

 貴方は何故地球の文化を竜界に広めてるのですか……?」


【…………ハイ

 …………んかなあ…………】


 え?

 何て?


 語尾しか聞き取れなかった。


「すいません……

 もう一度……」


【…………んかな…………】


 あーもー!

 これじゃあ埒が明かない。


「ガレア!?

 ガレア!

 ちょっとこっち来て!」


【竜司、何だ?】


 ガレアがこっちにやって来る。


魔力注入インジェクト


 ドクン


 僕は魔力を体内に注入。

 魔力を全て耳に集中。


 何でこんな事で魔力注入インジェクトを使わないといけないんだ。


「はい、ではもう一度。

 何故……

 人間文化を?」


「……何かなぁ……」


 黙るビンワン。


 え!?

 これで終わり!?


 質問を変えよう。


「マザーと手を繋いだ時に使ったのは貴方の固有能力ですか?」


「……そう……

 鮮麗映画祭マスターオブセレモニー……」


「そうですか……」


 何だか僕もテンションが下がってきた。


【……もう返して下さい……】


 隙をつかれサングラスを取られてしまった。

 即座にサングラスをかけるビンワン。


【ハイ!

 頂きましたぁー。

 もーっラギスメちゃんっ!

 ミーグラサンサングラス取っちゃジーエヌNGジーエヌNG


 途端に明るくハキハキ喋り出すビンワン。

 さっき自分の事ミーなんて言って無かったじゃないか。


 何か疲れた。

 黙っていると更にビンワンが来る。


【あら?

 ラギスメちゃんっ!

 体力的にツイキーキツイ?】


 お前と話しててこうなったんだ。


「いえ……

 大丈夫です……

 ガレア、行こうか」


 僕はガレアを連れて暮葉くれはの元に戻る事にした。


「竜司、ビンワンどうだった?」


「うん、何か……

 疲れたよ……」


【では俺はボーグ達とヤッカ達のケンカを収めてきます。

 琥煌帝こおうてい、ハンニバルについては宜しくお願いします】


 琥煌帝こおうていっていえば橙の王の事だ。

 何かあったのかな?


【ええ、わかりました……

 じゃあいってらっしゃい……】


 出かけようとするベックがこちらを見る。


【全く何でこんな人間が保持者ホルダーなんだ……】


 そんな事を呟きベックは早々に退室した。

 僕はマザーに聞いてみた。


「あのマザー……」


保持者ホルダーと言うのは世界線が大きく変動する時期に

 その変動の要になる特異点を保持しているモノの事です……

 ですので先程は自意識が過剰と窘めましたが……

 ある意味“あなたが中心”と言うのは合っているとも言えます……

 保持者ホルダーというのは本来竜がなる事が多いのですが……

 人間がなるのは貴方で二人目ですよ……】


「一人目って……」


【一人目はフランクリン・ルーズベルトですよ……

 確か歴史上の人物と聞いてますが……】


 ルーズベルト?

 誰だろ?


 歴史でいたような……


【世界線が大きく変動したのは

 彼がマンハッタンプロジェクトを施行した時でした……】


 え……?

 マンハッタンプロジェクトって言えば原子爆弾開発計画じゃないか。


 と言う事はルーズベルトってあのルーズベルト大統領か!

 ここで僕は疑問が生まれる。


【いえ……

 私はルーズベルトとは会った事はありません……

 欠片フラグメントはあったのですが……

 彼自身の性格から考えてそれを回収することは不可能だったでしょう……】


 なるほど。

 世界線が変動して原爆が作られたのか。

 いや、原爆が作られたから世界線が変動したと考えるべきか。


 じゃあ今回マザーに直接会った人間は僕が初めてなのか。


 でも待てよ。

 確か警察の装備に聖塞帯せいさいたいってのがあったけどそれはどうして渡したんだろ?


【それは地球向こうに行ってる近衛の三が行ってます……】


 なるほど。

 っていうか近衛って近辺を護るって意味だけどその中の二人が遠く離れてしまっても大丈夫なんだろうか。


【それは問題ございません……

 近衛はベックをはじめ三人残ってますし……

 有事の際は私も戦いますので……】


【何だ竜司知らねーのか。

 マザーの魔力放出量は竜界で一番なんだぞ】


 ガレアがそんな事を言ってる。

 納得。


【……竜司……

 予測特異点の作動をこちらで操作できるのは初めてですよ……】


 確かに。

 こうして僕は欠片フラグメントを集めてマザーと謁見出来た訳だし。

 後の欠片フラグメントの回収の指示も出し放題だ。


【ええ……

 本当に竜司は賢い子ですね……】


 と言う事はもう次の予測特異点は確認済か。

 今気づいたけど心が読める人(竜)との会話ってヘンな感じだなあ。


 こちらが何も言わなくても思惑が全て筒抜け。

 これを気持ち悪いと捉える人と楽だと捉える人といるだろうな。


 僕はどちらかと言うと後者だ。

 傍から見たらマザーが一方的に話してる感じに見えるんだろう。


【フフフ……

 人間の考える事はやはり面白いですね……

 ただ全て筒抜けという訳ではありませんよ……

 人も竜も踏み込んで欲しくない領域と言うのはありますから……

 人間で言う所のプライバシーと言いましたか……

 話を戻しましょう……

 竜司……

 貴方には欠片フラグメントの回収に行ってもらいます……】


 言うなればおつかいか。


 少しめんどくさいな。

 そんな事を考えているとマザーがちょっと困った顔をしながら。


【竜司……

 そんな事言わないで……

 これは貴方にも重要な事なんですよ……

 貴方を竜界こちらに呼び寄せる事が出来たのは予測特異点の作用です……

 それは竜界こちらから戻る時も同じ事……】


 なるほど。

 戻る時も特異点を使わないといけないのか。

 なら回収しないといけないな。


 ぐう


 そんな事を考えていると腹の虫が鳴る。

 そういえば最後に食事したのはいつだろうか。


「あの……

 マザ……」


【あぁ……

 竜司に言い忘れていました……

 竜界こちらでの食事をどうしようかと悩んでいたんですよ……】


 マザーが言うには竜界では口から摂取するタイプの食事と言うものは存在しない。

 体内の栄養は魔力生成によって賄うんだそうだ。


 ちなみに地球に来た竜達のアンケートによると一番好きなものは食事なんだって。

 コックを目指してる竜も居るとの事。


 やっぱり地球の食文化って凄いなあ。

 でもそうなると僕の食事はどうしよう……


【……ビンワンに聞いてみなさい……

 もしかして何か持ってるかも……】


 と、マザー。


 じゃあビンワンに聞いてみるか。

 再び僕はビンワンの元へ行く。


「あの……

 ビンワン……?」


【ん?

 ドゥーしたのっ?

 ラギスメちゃーん】


 うっとおしい喋り方だ。

 正直長く話したくない。


 早々に用件を済ませよう。


「あの……

 お腹空いたんだけど何か持ってない?」


【ん!?

 ラギスメちゃん、シーメシーホー欲しいなのぉ?

 イチコレコレイチレーカカレーならサンタク沢山あるよぅ!】


 イチコレ……

 コレイチ……


 あぁコレイチのカレーか。


 コレイチと言うのは略称で正式名称はコレ一番館。

 カレーが有名な店だ。


「そのカレー、僕にくれない……?」


【ビンワン……

 私からもお願いします……】


【ん~……。

 しょうがないマザーちゃんのダーオーオーダー(頼み事)ならしょうがないっ!

 ダータ無料ゼンプレプレゼントしようっ!】


 コメント全部は把握しきれないがとりあえずくれるみたいだ。

 ビンワンは亜空間に右手を突っ込む。


 ヌッと出てきたのはコレイチのカレー弁当二つ。

 ちゃんとスプーンも付いてる。


 カレーの刺激的な匂いに思わず涎が出る。

 カレーを受け取る僕。


 一つで良かったんだけどなあ。


 余った一つはどうしよう。

 そんな事を考えていると暮葉くれはが話しかけてきた。


「ねえねえ竜司、何それ?」


 暮葉くれははカレーを見ている。


「これ?

 カレーだよ」


「カレー?

 食べ物なの?」


「そうだよ。

 食べる?」


「食べてみたいっ!」


 余った一つを暮葉くれはに渡す。


「こうやってスプーンで掬って食べるんだよ」


 僕はカレーを一口食べる。

 口の中にスパイシーな味が広がる。


 結構辛いな。

 辛さレベル四って所か。

 少し汗が出る。


「ヘー。

 私も食べよっと……

 モグモグ……

 辛さが足りないわね……

 美味しいけど」


 僕からしたら結構辛いんだけど。


【おっ竜司!

 何喰ってんだ!?

 俺にもくれっ!】


 ガレアがカレーを匂いを嗅ぎ取ってこちらへ来た。

 全く食べ物ときたらこれだ。


 僕はカレーを食いながらガレアに背中を向ける。


「やだよ。

 これは僕のカレーだ」


【何だよケチ臭えなあ。

 くれよう】


 ガレアの方を向かず黙々とカレーを食べる僕。

 それだけ腹が減っていたと言う事だ。


「じゃあガレア、私の食べる?」


「え?

 暮葉くれは、もういいの?」


 暮葉くれはのカレー皿はほとんど残っている。


暮葉くれは……

 もしかして美味しくなかった?」


「んー何て言うんだろ?

 多分人間からしたら美味しいの部類に入るって言うのは解るんだけど……

 私からしたら辛さが足りないの。

 私が食べるにはコレに後タバスコ一瓶は必要ね」


 僕の頭の中にあの赤い液体と有名なボトルが浮かぶ。


 アレ一瓶?

 僕はどっと汗が出てきた。


 どうやら暮葉くれはは辛い物が好きらしい。


 僕が彼女の味覚に絶句していると、手に持っているカレー皿をガレアに差し出す暮葉くれは


「はいっガレアッ……

 あ、そだ。

 せっかくだから一度やってみたかった事していい?」


【ん?

 食えれば何でもいいぞ】


 ヘンな事を言い出す暮葉くれはとぶっきらぼうに答えるガレア。


 何をするつもりだろう。

 するとスプーンでカレーを掬ってガレアの口まで持っていくではないか。


「はいっ

 あーーん」


【何だそりゃ……?

 モグモグ……

 美味いなコレ】


 言われるまま口を開けカレーを食べるガレア。


「フフフ。

 前に少女漫画で読んだの。

 ヒロインが主人公の男の子にこうやって食べさせてたのよ。

 はいっ!

 アーーン」


【俺少女漫画なんて読まねえからなあ……

 モグモグ……

 ウンこれは美味い】


 僕はそのやり取りをただじっと見ていた。


 正確にはじっと見て目を逸らし、またじっと見ては目を逸らすの繰り返し。

 カレーを食べる手も止まっている。


 何やら心の中がチクチクモヤモヤするのだ。


 こんな感情は初めてだ。

 このヘンな感情は何だろう。

 僕は少し考えて一つの結論に至る。


 これは嫉妬だ。

 暮葉くれはとガレアのやり取りに嫉妬しているんだ。


 おいおいちょっと待て僕。

 と言う事は暮葉くれはを好きになっている?


 もしくはなりかけているって事か?


 だいいち僕にはれんという存在も居る。

 確かにまだ彼女にはなってないけど……


 そうこうしている内にもガレアと暮葉くれはのやり取りは続く。


 僕は。

 僕は。


 パク


 そして僕は驚くべき行動に出た。

 身体がひとりでに動いたと言うべきか。


 暮葉くれはの差し出したカレーの乗ったスプーンを僕が食べたのだ。

 ガレアに割り込んで。


 ゴクン


 カレーが胃に入る。

 ようやく僕は自分のした事に気づく。


 目の前には暮葉くれはのキョトン顔。

 上にはガレアのキョトン顔。


「ああぁぁっぁぁぁあ!

 違うっ!

 これは違うんだぁぁぁぁ!」


 頭を抱え絶叫する僕。

 悶えながらゴロゴロ転がっている僕を尻目に暮葉くれはとガレアはやり取りを続けている。


「竜司どうしたの?

 急にカレー食べちゃって。

 はいっガレア、あーーん」


【全く食事中は行儀よくだろ……

 モグモグ……

 美味い】


 ガレアおまえに言われたくない。

 そんなこんなで食事は終了。


 腹は膨れたが心にダメージを負った。

 そんな所か。


【さて……

 竜司……

 早速ですが欠片フラグメントの回収に出向いてもらいます……

 欠片フラグメントは三つ……

 “アルビノと一緒にハンニバルに会う”

 “ハンニバルに勝つ”

 “空を飛ぶ”

 です……】


 一瞬固まる僕。

 ハンニバルって言えば橙の王だ。


 僕が高位の竜ハイドラゴンに勝てるのか?

 それに最後のが空を飛ぶって。


 何だかわけが解らないなあ。

 しかもこっちで欠片フラグメントを集めて本当に向こうに帰れるのだろうか。


【それは正直なところ解りません……

 予測特異点をこちらで操作するのは初めてですから……

 ただ次の予測特異点にはそう出ていました……

 最初の予測特異点と今回の特異点これらを繋げて初めて破滅の未来を回避できる可能性が出てきます……】


 なるほど特異点は一つだけじゃ意味がないのか。


 ってちょっと待て。

 破滅の未来って何だ?


【そう言えば話していませんでしたね……

 私は特異点の観測が可能ですが……

 それは直近だけではなくある程度未来の特異点も観測可能です……】


 未来予知か。

 さすが竜の長。


【フフン、そうでしょうそうでしょう】


 何やら自慢気なマザー。

 やはり可愛いなあ。


【むっ……

 何が自慢気ですか……

 そんな私は別に……

 ゴニョゴニョ……

 ハッ!?

 ゴホン……

 話を戻しましょう……

 今、地球と竜界は破滅の世界線の上に居ます……

 ここで世界線の変動が無ければこのまま破滅になります……】


 ゴクッ


 僕は生唾を呑んだ。


「破滅って具体的には……」


【そこまではわかりませんが少なくとも人間は数百万……

 竜は数万……

 死亡します……】


 挙げられた数字に僕は圧倒された。

 破滅を回避するためには僕が橙の王に勝たないといけないのか。

 僕の心に大きな使命感が湧いてきた。


「じゃあ行ってきます。

 橙の王はどこにいるんです?」


【ここから西へ行った所のカの溝に居ます……

 あとこれを差し上げましょう……】


 マザーが掌を僕にかざす。


 すると四角いキラキラ光る白い物体が出てきた。

 フワフワ浮いて僕の中に入った。


 体内に入った四角いモノは頭に向かって登っていくのが感覚で解る。

 僕の脳まで辿り着いた段階で弾けた感覚がした。


「マザー……

 これは?」


【安心しなさい……

 これで離れていても私と話をする事ができます……

 私からのちょっとした贈り物です……】


「ありがとうございます。

 では行ってきます」


 あ、そうだ。


 何日行くか解らない。

 食料を確保しておかないと。


 もう一度ビンワンの元へ。


「あの……

 ビンワン……」


【ん?

 どしたん?

 ラギスメちゃぁーん?】


「あの……

 出来ればカレーを何日分か貰えないかな?」


【ん?

 ケーオツOKよ!

 何日かってどれくらいっ?

 ワンクール三か月?】


 一瞬何を言ってるのか解らなかった。


「ワンクール……

 三か月……

 いやいやいやいやいやっ!

 そんなにいりませんっ!

 とりあえず一週間分で」


ワンウィーク一週間ねっ。

 ケーオツOKケーオツOK……】


 そう言いながら亜空間を出し中に手を突っ込む。

 そして手早くどんどんカレー弁当を積んでいく。


「ガレア、亜空間出して。

 ガレアの方に閉まっておくから」


【何だ今食うんじゃないのか。

 わかった】


 ビンワンから僕。

 僕からガレア。

 そして亜空間へとピストン輸送を行う。


 格納完了。

 さあ準備OKだ。


「さあ行こう。

 ガレア、暮葉くれは


【ん?

 竜司どこ行くんだ?】


 ガレアキョトン顔。


「橙の王に会いに行くんだよ」


【ふうん。

 んでアルビノも一緒に行くのか?】


「そうだよ。

 ガレアは橙の王の事、知ってるの?」


【うんにゃシラネ】


 とりあえず僕とガレア、暮葉くれはは入り口まで戻る。

 マザーとベックが見送ってくれた。

 ガレアに跨る僕と暮葉くれは


「じゃあ行ってきます。

 見送りありがとうございますマザー。

 ベックも」


【橙の王は手強いですよ……

 気を付けて……】


【フン】


 ベックは素っ気ない。


 まだツンの状態らしい。

 デレる時は来るのだろうか。


【プププ……

 ククク……

 ベックが……

 デレる……

 ククク】


 マザーがウケている。


「じゃあガレア行くよ。

 カの溝って所だけど知ってる?」


【おーあっこか。

 わかるぞ。

 そこに行ったらいいんだな。

 ……よっと】


 ガレアが勢いよく外へ飛び出す。


 太陽が眩しい。

 まるで雨なんか知らないような晴天だ。


 あれ?

 落下してるぞ……


 そう言えば!

 入口は!


 十五メートル上だったぁぁぁぁぁぁぁ!


「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 ドン


 ガレアが地面に着地した。

 衝撃がガレアの身体を伝わり尻に響く。


【よっと】


 衝撃を反芻する暇も無くガレアの身体は横へ弾け飛ぶ。


「わぁっ!」


 縦から横。

 急激な制動に僕は叫び声を上げるしか出来ない。


 さすがガレア速い。


 周りの景色は一変してだだっ広い平野になっていた。

 マザーのいる山はもう後ろだ。


「ねえっ!

 ガレアッ!

 カの溝ってどのくらいなのっ!?」


【そんなに遠くないぞ。

 あとアステバン一話分ぐらい走ったら着く】


 と言う事はあと約三十分か。

 ガレアらしい説明の仕方だ。

 そのままガレアは走り続け直に声がかかる。


【よし竜司着くぞー】


 到着したようだ。

 ガレアから降りる僕。

 おっとガレアの側から離れないようにしないとすぐに疲れてしまう。


 カの溝。


 そこはとてつもなく大きな円形の窪地だった。

 向こう側まで遥か遠く二、三キロはあろうか。


 いや、多分もっとだ。

 向こう側が見えないぐらい大きな窪地。


 地面はゴツゴツとした拳大ぐらいの岩で敷き詰められてて若干歩きにくい。


「誰も居ないね……

 暮葉くれは……」


「だってこんな所、誰も来ないもの」


 と、暮葉くれは

 僕は辺りを見渡すと遠く右の崖縁の辺りに森がある。


 これだけ大きいと遠近感が馬鹿になり森の規模はどれぐらいかはわからない。

 にしてもえらく違和感のある風景だ。


 他は砂利の明灰色しか見えないのにその森だけは鮮やかな緑色をしている。


「あんな所に森があるよ」


「あら?

 あそこに森なんてあったかしら?」


 暮葉くれはは知らない様だ。


「もしかしたら森に居るかもしれない。

 行ってみよう。

 ガレア、あそこの森まで行ってくれない?」


【わかったぞ】


 僕と暮葉くれはは再びガレアに跨り移動。

 すぐに森まで到着。


 森の木々は僕が最初に来た森と同種の木だった。

 天に向かってうず高く伸びている。


 中は薄暗くて良く解らない。

 大地の草も自由奔放にあちらこちら生えきっている。


 それらの木々や草は外界からの侵入を許さないと言わんばかりに自然の壁を作っている。


 どうしよう。

 これどこから入るんだ。


 このまま手を拱いていてもしょうがないので適当な隙間から中へ侵入。


 バキバキベキベキ


 足元で枝の折れる音が響く。


【何だよ竜司。

 こんな狭っ苦しい所入っていくのかよ】


 すぐ後ろでガレアの嘆きが聞こえる。

 出来れば僕もこんな所行きたくはない。


 どれぐらい歩いただろうか。


 何やら奥で話声が聞こえる。

 光も差している。


 奥の方では木々が無い様だ。

 僕らは獣道を抜けようやく開けた広場に出た。


 そこは直径二百メートルの広場でそこには木々は無く地面の草もきちんと刈られている。


 上からはは木漏れ日が差していて幻想的な空間を演出している。


「わぁ綺麗な所ね」


 暮葉くれはがそう言うのも頷ける。


 ん?

 何か向こうの方で竜が数人と切り株に座っている人がいる。


 もしかしてあれが橙の王か?


「ガレア行くよ」


【あっちか。

 何だケンカすんのか?】


「ボクも出来るならやりたくないけどしょうがないよ」


 だって地球に帰るための条件が“橙の王に勝つ”だもの。


 視認出来る程まで近づいたが少しおかしい。

 と言うのも周りの竜が全員ニット帽を被り、シルバーアクセやグラサンをかけている者も居る。


 何かラップを歌いそうなそんなイメージ。

 そんな事を考えていると切株に座っているヤツがザっと立ち上がる。


 こちらにツカツカ歩いてくる。

 薄暗い広場でようやくその姿が見えてきた。


 なにやらソイツはえらく割腹が良い身体をしている。


 上はダボダボのTシャツにオーバーサイズの蛍光色スウェット。

 下は太いボトムを履いている。


 いわゆるダボパンと言うやつだ。


 首にシルバーチェーンをかけ、チョビ髭を生やしニット帽と言ういわゆるラッパースタイルと言うやつだ。


 手にマイクを持ってるから間違いない。

 ソイツは口にマイクを当てスッと僕を指さす。


【ドゥンドゥドゥン!

 ドゥンドゥンドゥドゥン!

 ボッバッ!

 ボッボッボバッ!

 ようやく来たな♪

 オルガスター♪】


 ラップを歌い出した。


 最初のはいわゆるボイスパーカッションと言うやつだ。

 まだまだラップは続く。


【Yeah!

 マザーから聞いてるぜ♪

 マジ反応♪

 俺のDNA♪】


 マザーから話は聞いているみたいだ。


 というかいつまでラップは続くんだろう。

 と言うより誰なんだろう。


【お前はすめらぎッ♪

 パネェ急展開♪

 戸惑う気持ちッ♪

 抑えきれずにっ今ここで俺と対峙ッ♪】


 まだ続くのかこのラップ。


【お前とバトるこの俺の名はッ♪

 ……ゥルゥゥゥゥアァァッ♪

 琥煌帝こおうていHannibalハンニバル

 ドーーン!】


 当然と言うべきかやはりと言うべきかこの人が橙の王らしい。



 ###

 ###



「はい今日はここまで」


「ねえパパー?

 マザーの城の時

 色々歩いてたみたいだけど身体平気だったの?」


 おそらくたつはガレアの膜の外に出ても大丈夫だったかと聞きたいのだろう。


「あぁ、それはねマザーが大きな膜を張ってくれてたんだよ。

 言わなかったけどね」


「ふうん、そうなんだ」


 しかし今回色々話したけど聞きたい所がそこか。

 まあたつが優しいからか。


「今日も長い間聞いてくれてありがとうね……

 じゃあおやすみ」

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