第百話 ドラゴンフライ

「やあこんばんは。

 今日は橙の王に会った所までだったね」


「うん。

 ねえパパ?」


「ん?

 たつ、どうしたんだい?」


「僕がパパのお話寝る前に聞くようになってもう三か月以上になるんだね」


「フフフそうだね。

 何と今日はね。

 たつにお話をするようになって百回目だよ」


「へーじゃあ今日は記念日なんだね」


「そうだね、じゃあ百回目始まり始まり~」



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 当然と言うかやはりと言うべきかこの人が橙の王か。

 しばらく両腕を少し上の方で交差させてポーズを取っている。

 ラッパーとかが良くやるポーズだ。


 ようやく終わったかな?

 そう思って話しかけようとした。


「あの……

 あ……」


【Hey!

 Koー!

 Ohー!】


 また始まった。

 すると周りの竜も合いの手を入れる。


Koー!

 Ohー!】


 すると橙の王は左手を僕に向け、クイクイと上げる。

 僕にも合いの手を促している様だ。


【Hey!

 Koッ!

 KoOhー!】


Koッ!

 KoOhー!】


 橙の王が叫び周りの竜が合いの手。

 このやり取りが数回続く。

 もしかして僕が言わないと終わらないのでは。


 橙の王の合いの手を促す左手のスピードが速くなってる。

 やはりそうか。


【Hey!

 Koー!

 Ohー!】


 僕は観念した。


Ko……

 Koー!

 Ohー!」


 すると橙の王がニヤリ。


Koッ!

 KoOhー!】


 何かもういいや。


Koッ!

 KoOhー!」


【俺の火薬庫は着火寸前だッ♪

 半端ねぇ力刮目して見なッ♪

 そんな俺の名はッ♪

 琥煌帝こおうていHannibalハンニバールッ♪

 ドーーーーーン!】


 さっきと同じポーズを取る橙の王。

 それと今回は周りの竜も橙の王の所に寄り集まって同じポーズを取る。

 何となくラストっぽい。

 ようやく終わりか。


【HAHAHAHA!

 巧くいったぜYeahイェァ!】


 橙の王はその丸い大きな顔に不敵な笑みを浮かべながら周りの竜とハイタッチをしている。

 順番に竜とハイタッチをし続ける橙の王は僕の前まで回ってきた。

 当然、僕にもハイタッチを求めるかのように左手を上げている。

 僕は急展開に戸惑い固まっていた。


【ん?

 すめらぎ、どしたい?】


 僕は恐る恐る左手を上げる。


 パァン!


 僕と橙の王の左手同士が激しく合わさり高らかな音が広場に響く。

 何だろうこの達成感と言うか高揚感と言うか妙な嬉しさは。

 そう言えば僕はハイタッチをしたのは初めてだった。


 すると橙の王はスタスタ切株に向かい歩き出した。

 途中右に亜空間を出し、流れるような動きでハンドタオルを出しながら。


 ドスン


 橙の王はその恰幅の良い巨体を切株に預け、頭にタオルをかけた。

 両肘を両膝に置き、何かハァハァ言ってる。


「あの……」


 話しかけようとすると橙の王の右側の亜空間の渦が出る。

 物凄く自然な動きで中に左手を入れ

 中から三角錐型の小さな茶褐色の物体を取り出す。


 アレどこかで見た事あるな……

 あーそうだ。

 あれはお香だ。


 インドとかでよく見るやつだ。

 橙の王は亜空間からお香を数個出し、流れる動きで軽く上に投げる。

 膝に肘を置いていた右手の人差し指で空を、正確には空中のお香を指差したかと思うと……


 バババッ


 妙な音がした。

 と、思う暇も無く橙の王から閃光が三連続照射。


 それは強い瞬き。

 まるで強烈なストロボやフラッシュの様な。

 強烈な光が眼球の中に入り暴れ回る。

 目がチカチカする。


 ぽとぽとぽと


 力無くお香が落下。

 だが投げる前と様子が違う。

 三つともか細い煙を立ち昇らせている。

 周りの匂いが瞬時にインドっぽくなる。


【……どうだった……】


 橙の王の頭のタオルの中から聞こえてきたのは小さなしゃがれ声だ。


「はい……?」


【……俺の渾身のラップどうだった……】


「……え……?」


【パンチラインの叙情詩リリックなんてマジイルじゃね……?】


 解らない。

 正直何を言ってるのか解らない。

 ビンワンの業界用語の時は逆さにしているとか

 同じようなキャラが漫画で出てたから何とか解ったが、橙の王の言ってる言葉はラッパー用語だろうか全く解らない。


「イ……

 イルなんですかね……?」


 僕は煮え切らない回答。

 すると周りの竜が僕に咬み付いてきた。


【あぁん!?

 何だテメー、その返答はようっ!

 バルさん、ディスってんのかぁっ!?】


 あ、ディスるは解る。


【オメー!

 俺たち“DragonRayドラゴンレイ”のレペセン

 バルさんのドープなFlowフロウが気に入らねーってのかぁっ!?】


 周りの竜が口々にヒップホップ言葉を使いながら文字通り牙をむいてくる。

 ホント何言ってるのか解らない。

 “ディスってる”以外はさっぱりわかんない。


 レペセンって何?

 ドープって何?

 フロウってナニィィ!?


 解らない言葉を並べられ困惑すると

 ふと奈良での宗教について説明を聞いている時のガレアを思い出した。

 ガレアもあの時こんな気持ちだったのかなあ。

 少しガレアに優しくなった所で橙の王が口を開く。


【ヘヘヘ。

 まーまーポッセ達よ。

 ラップなんてものは万人にウケるってモンじゃねぇのさ、ナーミン?】


【バルさんがそー言うなら……】


 周りの竜は収まった様だ。


【まーそれでも俺はソウルをデフでハーコーなリリック歌詞に乗せて歌い続けるけどなっ!

 チェケラァッ!】


 橙の王が叫ぶ。


【うぉぉぉぉ!

 バルさんっ!

 マジスワッグっすーっ!】


 周りの竜も叫ぶ。

 やはり何を言ってるのか解らない。

 とりあえず周りが橙の王を褒め称えているのは雰囲気で解る。


「えと……

 初めまして……

 僕は皇竜司すめらぎりゅうじ

 そしてアレが僕の使役してる竜のガレア。

 そしてあそこにいるのが竜のアルビノです」


 橙の王がようやくクールダウンしたのか。

 頭のハンドタオルを取りザっと立ち上がる。

 そしておもむろにグラサンを下げ、目をギョロッと向ける。

 瞳の色はオレンジだ。


【ホー。

 なかなかのチック連れてんじゃねぇか】


 橙の王が暮葉くれはの方を向いている。


「えと……

 貴方が橙の王なの?」


 暮葉くれはが口を開く。


Yeahイェア

 俺っちが橙の王。

 a.k.a.エーケーエー琥煌帝こおうてい

 ドラゴンラッパー集団“DragonRayドラゴンレイ”のレペセンハンニバルッ!

 InDaHouseインダハウスッ!】


 うん凄い。

 ここまで何を言ってるのか解らないのは久しぶりだ。

 HIPHOPヒップホップ用語って凄いんだなあ。

 僕は話を進める事にした。


「ハ……

 ハンニバルさんは、お話を聞いていますか……?」


【ハァ……

 “……いますか”なんてワックなFlowフロウは無しだぜナーミン?】


「は……

 はい……」


【はいじゃねえ。

 そこはYahMenヤーメンだ】


「ヤ……

 YahMenヤーメン……」


【話はマザーから聞いてるぜ。

 オメーが来るからちょっと揉んでやってくれってな】


 破滅の世界線の話も聞いているのだろうか。


「ほ……

 他には何か聞いていますか……?」


 僕は神妙な面持で少しドキドキしながら聞いてみた。

 すると橙の王は豪快に口を開けて笑い出した。


【ブハハハ!

 何だその顔はッ!?

 すめらぎィ、マザーが言ってたぜ。

 オメー界隈じゃまだまだニュージャックだってなあブハハ】


 ニュージャックの意味は解らないが何となく馬鹿にされたんだろう。

 界隈ってどこの話だろう。


【オメー、よくわからねーけど何か集めてるんだってなぁ。

 そんでそれが“俺に勝つ”だって?

 ブハハ。

 マザーも手加減してくれってよ】


 マザーは老婆心でも出したのだろうか。

 いや文字通りお婆ちゃんなんだけど。


【ただ…………

 だ!】


 橙の王の橙黄色の瞳がギラリと光る。


【俺は手加減が嫌いだ。

 だからわりーがオメーとビーフするってなればマジ半端無しだ。

 まーこの界隈じゃニュージャックでも熱いソウル持ってる奴なんざゴロゴロ居やがる。

 全く俺のフッドは相変わらずサグな所だぜヘヘヘ。

 それでだ……

 まずは俺とビーフする前にオメーのソウル見せてみろ】


「え……?」


 何となく前後の言葉から推測だが言葉のニュアンスが多少解ってきた。


(例)


 ビーフ:ケンカの事

 ニュージャック:新人


 橙の王は何かをして欲しいみたいだが何をしたら良いんだろうか。

 僕は黙っていると橙の王は軽く溜息をつき少し呆れ顔で話し出す。


【ハァ。

 鈍い奴だな。

 俺を全力で殴れって言ってんだよ】


「え……!?

 そんな事……」


 僕のコメントを聞き、さらに溜息をつく橙の王。


【はぁぁ……。

 オメー俺とビーフしにここに来てんだろ……?】


 確かにそうだ。

 でも初対面のひとを全力でって言われてもなあ。

 僕がどうしようか悩んでいると橙の王は物凄い凶相に変わった。

 一瞬で。


MotherFuckerマザーファッカー……。

 オメーどこまでチキンなんだ!?

 あ!?

 もしかしてパンチで俺がどーにかなるかと思ってんのか!?

 オメー俺をディスってんのか!?

 あ!?

 “DragonRayドラゴンレイ”のセンター張ってるこの俺、琥煌帝こおうていハンニバルをッ!

 ディスってんのかッ!?

 あ!?

 あ!?

 あぁっ!?】


 橙の王の凄まじい凶相が“あ!?”と言う度こちらにズンズン迫って来る。

 僕の視界が橙の王の巨顔でいっぱいになる。

 いわゆる不良漫画で見るガンつけと言うやつだ。

 うん、普通に怖い。


「わ……

 わかりましたっ!」


 僕はとりあえずグイと橙の王を離し視界を確保する。

 そして側に居たガレアと打ち合わせ。


「ガレア。

 魔力注入インジェクト行くよ」


【おーいけいけ。

 かましてやれ】


 ガレアも乗り気だ。

 僕はガレアの右手を掴む。

 注入魔力の大きさは中。

 その上も使った事があるけどあれは捨て身の技だから今回は使わない。


 ドクン


 心臓が高鳴る。

 注入した魔力を全て右拳に注入。

 右手が若干熱くなる。


「はい……

 準備出来ました……」


 僕の様子を見て橙の王の大きな口が開く。


【ハッ。

 只のチキンなニュージャックだと思っていたら

 その拳にはなかなかの熱いソウル込めてんじゃねぇか。

 いいぜ来なッ!】


 橙の王は右手の甲を僕に向け、立てた右人差し指をチョイチョイと動かし誘っている。


「では……

 行きますッ!」


 僕は腰を少し落とし、握った右拳をゆっくり後ろに引く。

 ギリギリと少しずつ。

 ゆっくりと力も込める。

 それはまるで大型弩砲バリスタの様。


【へへっ

 ますます良いソウルになってきたじゃなねぇか】


 橙の王の顔が綻んでいる。


「でやぁぁぁぁぁぁっ!」


 ギュン


 僕は力を一気に爆発。

 力いっぱいに張り詰めた弓から矢が放たれる様。

 僕の拳は最短ルートを通り真っすぐ目標へはしる。

 目的地は橙の王の胸中央部。


 ドッグォォォン!


 接触による大きな衝撃音が響く。

 橙の王は胸で両腕を交差しクロスガード。

 でもそんなの関係無い。

 僕はそのまま拳を振りぬいた。


 ズザザザザザザッ!


 橙の王の身体を五メートル程後ろに吹っ飛ばした。

 僕の拳が接触した部分から薄く煙が上がっている。

 クロスガードを解き、顔をこっちに向ける橙の王。

 顔は笑っている。


【ふーいてて……

 すめらぎぃ、オメーなかなかやるじゃねえかブハハ。

 これならそこそこ沸き立つビーフが出来そうじゃねぇか】


 痛いとは言っていたがダメージは無さそうだ。


【じゃあそろそろ始めっか】


 ついに橙の王とケンカだ。

 僕は覚悟を決めた。


「……はい」


 僕はガレアの左手を握る。

 念のために魔力注入インジェクトをしておこう。

 次は攻撃と防御に分けるために中を二回。


 ドクン

 ドクン


 巨大な力が身体に入るのが感覚で解る。

 間合いは約七メートル。


【おめーのソウルは見せてもらった。

 次は俺の番だな……】


 橙の王が何か仕掛けてくる。

 ゆっくりと右手を上げる。

 確か前にヒビキが橙の王について何か言ってたような……


 へぇ……

 その技、橙の王に似てるね。


 確か僕らの魔力閃光アステショットを見てそう言った。

 そんな事を考えていると。


 ボッ


 ストロボを焚く様な音。

 橙の王の右手の平が強烈に光る。


 ガン


 すぐ僕の右肩に衝撃が走る。

 グンと後ろに回る右肩。


 何だこれは?

 どうなっている。


Yeahイェァ

 まだまだ行くぜ】


 ボボボボボッ


 続いて五回。

 橙の王の右手の平が強烈に瞬く。


 ガンッ!

 ゴンガガガンッッ!!


 左肩。

 右上腕部。

 下腹部。

 両太腿。


 各部に強烈な衝撃が走る。

 後ろに吹き飛ぶ僕の身体。

 空を見上げて倒れる。


 ダメージはあるが魔力注入インジェクトの効果もありまだやれる。

 ただあの橙の王の攻撃は何だ。

 とりあえず得た情報をまとめよう。


 攻撃の一連の流れ。

 掌が光る。

 衝撃が走る。

 これだけだ。


 衝撃が走ると言う事は何らかの攻撃が当たっていると言う事。

 ただ何か飛んでいるという形跡は見えなかった。

 僕はもう一度攻撃の時の一連の行動を思い出す。


 光る。

 衝撃が走る。

 光と衝撃に全くタイムラグが無い。

 光ったと思ったらもう衝撃が走っていた。


 これはつまり…………


 僕は高位の竜ハイドラゴンの強大さとその能力に絶望する推測が立つ。

 すると橙の王が口を開く。


【毎秒三十万キロ……

 これ何か知ってっか?】


 僕はまだ寝ている。

 寝ながら聞いたその数字は僕の絶望的な推測を確定させた。

 まだ橙の王は話を続ける。


【いわゆる光速。

 一秒で地球を七周半。

 竜界を五周する速さだ。

 んで俺の“光陰矢の如しバビロンレイ”は光速で魔力を撃ち出すんだよ】


 やはりそうか。

 光速なら発射から着弾までタイムラグなんて無いはずだ。


 どうする?

 光速の攻撃なんて躱せない。

 僕は脳みそをフル回転させた。

 僕の手持ちのカードで何が出来るのか。


【オイいつまで寝てんだ。

 これで終わりじゃねぇだろ?】


 よし、とりあえず戦術を決めた。

 僕はゆっくり立ち上がる。

 側のガレアと打ち合わせだ。


「ガレア……

 僕、結構速く動くからついてきてね」


【ん……

 何かやんのか?

 教えろよ】


「耳貸して……

 ごにょごにょ」


 僕は考えた戦術をガレアに耳打ちした。


【おほー。

 竜司、面白れぇ事考えるな。

 やろーぜやろーぜ】


 ガレアが嬉しそうに笑っている。


【ブハハ何か考えたようだな。

 身体から熱いソウルが漲ってやがる。

 いいぜ来な】


「行くよっ!

 ガレアッ!」


【おうさっ!】


魔力注入インジェクトォォォォォォ!」


 叫んだ。

 そして僕とガレアは一目散に橙の王に向かってはしり出す。


 間合いは十メートル前後。

 魔力を注入した脚なら一瞬だ。

 三メートル付近まで近づいた段階でガレアと共に高くジャンプ。

 僕とガレアの身体はアーチを描き真っすぐ橙の王に向かう。


【ブハハ、考えた結果特攻かよ】


 もちろん特攻なんて馬鹿げた事をやるつもりはない。


 ボボボボボバッ!


 また橙の王の掌が強烈に瞬く。

 強力なストロボをしつこく何回も焚かれた様で目がチカチカする。

 だがそれよりも身体中を襲う激痛に意識が行く。


 瞬きと同時に襲った痛みは両脇腹、鳩尾、左太もも、左脛、右肩。

 正直死ぬ程痛い。

 だが我慢。


 肩が当たった衝撃で僕の身体は空中でグルンと回る。

 ここまでは予想通り。

 回転し橙の王に背を向けた段階で僕は叫んだ。


魔力注入インジェクトォォォォッ!」


【うおっ!?】


 橙の王の驚きの声を背中で聞く。

 僕の側にいたガレアから魔力球が僕の身体に入る。

 魔力を全て右拳に集中。

 回転を生かしてそのまま橙の王の右頬に思いきり裏拳をかました。


 ガァン!


【ぶほっ!】


 堅いものをハンマーで叩いたような衝撃音が響き、橙の王の身体は右へ吹き飛ぶ。


 ザシャァァァッ


 橙の王の倒れ込んだ身体と地面との摩擦音が聞こえる。

 動かない橙の王。

 少し沈黙が流れる。


【バルさんッ!?】


 周りの竜が心配している。

 その声に反応して僕は身体の激痛に気づく。


 下を向くとポタポタ血が流れていた。

 左太腿、両脇腹、鳩尾から。

 注入魔力の八割から九割を防御に回してもこのダメージか。


「イ……

 魔力注入インジェクト……」


 注入した魔力を全て回復に充てる。

 見る見るうちに血は止まり傷が塞がるのが感覚で解る。


【テメェッ!

 よくもバルさんをっ!】


 周りの竜が臨戦態勢。

 僕とガレアも身構える。

 そこで寝ていた橙の王の大声が響く。


【待ちなっ!】


 声のした方を向くとゆっくり橙の王が立ち上がる。


【ポッセ達、落ち着きな。

 手ェ出すんじゃねぇよ……】


【バルさんっ!

 コイツチョーシに乗ってますぜっ!

 やっちまいましょーやっ!】


 周りの竜の鼻息が荒い。

 すぐに橙の王の怒号が響く。


【オメェラッ!

 手ェ出すなって言ってんのが解んねぇのかっ!

 ワックな事してんじゃねぇっ!

 俺に恥をかかせんのかっ!】


 ゴッ!


 橙の王から圧を感じる。

 この圧はあの呼炎灼こえんしゃくと対峙した時に感じたものに似ている。

 吹いていない突風が吹いている様な。

 呼炎灼こえんしゃくの時と同様に僕は震えた。


【すっ……

 すいません……

 バルさん……】


 周囲の竜も圧され、落ち着きを取り戻す。


【さて……

 すめらぎィ……】


「はっ……

 ハイッ!」


 僕はキョドってしまい素っ頓狂な声で返事をしてしまう。


【ブハハハ。

 オメーなんだその返事は。

 こうして見ると只のニュージャックなんだけどな。

 何であんな作戦に出たか聞かせてくれや】


 吹き飛んだ時に落としたサングラスを拾いながらそんな事を言う橙の王。


「はっ……

 はい……

 まず最初の攻撃を受けて倒れた時起こった事を一つずつ消化させました……

 攻撃の詳細は橙の王が教えてくれたのでそこから光速とどう渡り合うか考えました……

 そして出した結論が躱せないのならもうほっとこうと……」


【ブハハハ。

 オメーそれで飛び込んできたのか。

 イルな奴だな】


「それでガレアに飛び込んで攻撃を受けた瞬間辺りで魔力注入インジェクト発動するからついて来てと指示しました」


【ホホー。

 んで攻撃を受けて回転した所で俺に裏拳バックハンドを喰らわしたってわけか。

 オメーマジイルだな】


 イルって言葉の意味は解らないが褒められているって言うのはわかった。


【なるほど。

 オメーは飛び道具よりもこっちが好みの様だ】


 ガンッ!


 橙の王が胸の前で拳と拳を勢いよく合わせる。

 僕が格闘戦が好みだって言いたいんだろう。


「いやっ……

 そんな事は……」


【いいぜ。

 高位の竜ハイドラゴンってのは相手の土俵に上がってやんねーとな。

 んでその上で相手をぶちのめすっ!

 それがデフってもんだろっ?

 なぁっ!

 ポッセ達よ!】


 そう言いながら周りを見る橙の王。

 途端に周りの竜が吠え出す。


【うおぉぉぉぉぉぉっ!

 バルさん、マジスワッグっすぅぅぅっ!】


 僕は僕でガレアと打ち合わせだ。

 と言ってもショートレンジだと何をやって来るかは良く解らないが。


「ガレア、次は多分殴り合いだよ。

 魔力注入インジェクトも結構頻繁に使うと思うからしっかりついてきてね」


【わかった。

 気張れよ竜司】


「うん……

 魔力注入インジェクト


 ドクン


 よし。

 準備完了。

 橙の王がその場で首や肩を回しながら何やら準備体操の様な物を始めている。


【宣言する。

 オメーの拳は一発たりとも俺に当たらないだろう】


 橙の王が少し遠くでこんな事を言っている。


【行くぜっ】


 パッ!


 眩い光が僕の網膜を襲う。

 今回の光は先程と違って規模が大きい。

 橙の王の身体全体が光っている。


 余りの眩しさに右手で目を覆う。

 今思えば緊迫感が足りなかったんだ。

 敵と対峙している時に視界を自ら遮るなんて。


【よっと】


 ズン


 右斜め上から声が聞こえたと思ったら

 大きな衝撃が僕の顎に当たる。

 脳が揺れる。


 やばい意識が途切れる。

 そのまま突っ伏して倒れる僕。

 先の魔力注入インジェクトのお蔭で辛うじて意識は保てた。


【これが“刹那エフェメラル”……

 DA!】


 僕はこのまま少し寝ている事にした。

 何故かって正直光速を扱う竜になんてとても勝てる気がしない。

 勝てる目があるとすれば橙の王の慢心だ。


 さっきも倒れている僕にわざわざ自分の手の内を説明していた。

 多分橙の王はこういう他者を圧倒した時に自分の事を高説するのが好きなんだろう。

 要するに自慢しいなんだ。


 今の僕の状態は圧倒的に情報が足りない。

 このまま自分の事を話してくれたら。


【これが俺の能力だ。

 “光陰矢の如しバビロンレイ”と“刹那エフェメラル”。

 この二つで俺は王の衆の一角まで登り詰めた】


 と、言う事は橙の王の能力はこの二つだけか。

 よしよしこの調子でもっと話してくれ。


【オイまだまだこんなもんじゃねぇだろ?

 起きろよ】


 くそ、今回はこれぐらいか。

 でも僕も試してみたい事が出来た。

 ゆっくりと起き上がる。


【へっ。

 だよなあ】


 僕はガレアに耳打ちした。


「ガレア、いい……?

 ごにょごにょ……」


 僕はガレアと打ち合わせをした。

 その間も橙の王は手を出さない。

 これも僕を侮っているからだろう。

 その慢心を後悔させてやる。


魔力注入インジェクト


 ドクンドクン


 今回も二回。

 防御と次は足だ。

 準備OK。


「準備出来ました」


【おほー。

 いいじゃねぇか。

 足にソウルを感じるぜ。

 けどよう。

 わかってんのか?

 それ“光速”を操る俺とスピード勝負するって事だぜ】


 僕は黙った。

 そんな事重々承知だ。

 敵わない事も解っている。


「じゃあ行きますっ!」


 僕は少し腰を落とし身構えた。


「行くぞぉぉ!

 ガレアァァァ!」


 僕は叫ぶと同時に大地を思い切り蹴り、弾けた。

 真後ろに。

 そのまま僕の身体は弾丸の様に真後ろに飛ぶ。

 物凄い勢いで僕の身体は森の中へ入る。


「よしっ逃げるぞぉぉぉ

 ガレアァァ!」


【何っ!?

 こらテメーッ!】


 橙の王もまさか僕が逃げるとは思ってなかったらしく驚いている。

 だが時はすでに遅し。

 僕はありったけの魔力を使い森の奥深くへ消えた。

 大分森の奥まで来ただろうか。


全方位オールレンジ


 僕は木々が密集した所に身を隠し、全方位オールレンジ展開。

 緑のワイヤーフレームが大きく広がる。

 よし橙の王発見。

 距離にし凡そ七百メートル。


 カッ


 後ろで何か煌めいた。

 ふと右を見るとすぐ隣りが丸く焼け焦げている。

 僕は恐ろしくて身震いし、身を屈めた。


 パッ!

 カカッ!

 ボッ!


 連続して何回も後ろが瞬く。

 周囲の至る所が僕の右隣の様に焼け焦げている。

 僕が見えなくてイラついている様だ。


 物凄く怖いけど予想通りだ。

 僕は右手を指さす形に構え、照準を橙の王に合わせる。

 このポーズで撃つ魔力閃光アステショットは久しぶりだ。


「行くよガレア……

 僕の指の方向を見て……

 魔力閃光アステショット!」


 ギャン


 ガレアの口から極太の白光射出。

 ここは竜界だ。

 遠慮はしない。

 僕が出せる全力で撃ってやった。


【そこかぁっ!】


「うわっ」


 僕は恐ろしくなり身を伏せる。

 何がって全くダメージが無い所だよ。

 声だけでしか判断できないけどね。

 僕は紛れもなく全力で撃ったはずなのに。


 カッ


 案の定何か瞬いたと思ったら僕の頭の上辺りが焼け焦げている。

 僕は伏せながらガレアの元へ行く。


全方位オールレンジ


 やばい。

 やばいやばいやばい。

 もう橙の王との距離は二百メートルを切った。


「ガレア、まずいっ!

 位置がバレたっ!

 すぐに移動するよっ!

 ついてきてっ!」


 僕は防御に使う予定だった魔力を足に集中。

 右に低く飛んだ。

 周りの木々が勢いよく後ろに流れていく。


「うわっ」


 僕の身体より三~五倍ぐらい太い大きな木の幹が眼前に迫ってくる。

 僕はとっさに左手で防ぐ。

 そのまま左腕を軸に

 くるんと左に回転し更に大地を蹴って弾ける。


 ちょっと今のアクションカッコいいんじゃない?

 そんな緊迫感の無い事を考えていたよ。

 そういえば暮葉くれははどうしたんだろう。


 そんな事も考えながら全方位オールレンジ展開。

 よし橙の王との距離は凡そ七百メートル。

 大分離した。


 それにしても広い森だ。

 そんな事を思いながら僕は自分の能力について考えていた。


 ■全方位オールレンジ


 索敵スキル。

 緑の全円状のフレームを展開。

 フレーム内の人や竜、竜河岸を発見する。

 現在フレームの範囲は凡そ一キロ~五キロ以上。


 ■魔力閃光アステショット


 僕の主武器。

 主にガレアの口から放たれる。

 真っすぐ飛ぶ。

 貫通力があり凡そどんなものでも貫ける。


 ■標的捕縛マーキング


 青い菱形の印を相手につける事でどんな体制で魔力閃光アステショットを撃ったとしても当たる。

 いわゆるホーミングスキル。

 視認が必要。


 ■流星群ドラゴニッドス


 三種のスキルの複合技。

 多数の標的捕縛マーキングをつけ

 大量の魔力閃光アステショットを一斉放射。

 これも視認が必要。


 僕の戦い方は全方位オールレンジで相手の位置を把握しつつ

 遠くから魔力閃光アステショットによる狙撃だ。


 そして先程の橙の王とのやり取りで思った。

 全方位オールレンジ魔力閃光アステショット

 物凄く相性が悪い。

 というのも魔力閃光アステショットは真っすぐに飛ぶからすぐに相手に位置がバレてしまう。


 狙撃位置が特定されると言うのは致命的だ。

 もっと遠く離れていれば大丈夫なんだろうけど、これぐらいの距離の場合だとその相性の悪さが色濃く出てしまう。

 魔力閃光アステショットを曲げる事が出来たら。


 ん?

 曲げる?

 僕は少し考えた。


「反射……

 か」


 でもそんな事出来るかどうか解らない。

 でもやらなきゃ死ぬ。

 僕はイメージを固めた。


 ベースは標的捕縛マーキング

 標的捕縛マーキングの様な蒼い菱形を鏡の様に利用する。

 僕は前に手をかざし更にイメージを固める。


 フン


 小さな音が聞こえたと思うと僕の前に蒼い四角形の物体が出た。

 一応イメージして何か出たけど

 本当にこれで反射できるのだろうか。


 でもこの蒼い四角形。

 思い通りに動く様だ。


魔力閃光アステショット


 僕は小さな声で魔力閃光を撃ってみた。

 空中の蒼い四角形に角度をつけて。


 ギン!


 ガレアの肩辺りから出た極細の魔力閃光アステショットは蒼い四角形に反射して真っすぐ空へ消えていった。

 よしどうやら上手く行きそうだ。


「後はこれと全方位オールレンジと合わせて……」


 今回の新スキルは全方位オールレンジを使って遠くに配置できる様考えた。

 果たして上手く行くか。

 緑のワイヤーフレーム展開。


 橙の王はゆっくり動いている。

 おそらく徒歩だ。


 森に入ってから橙の王は刹那エフェメラルを使ってない。

 まだ詳細は聞いてないけど多分刹那エフェメラルって移動スキルだろう。

 今回逃げたのは距離を取る意味もあるけど


 戦場フィールドを変えるって意味合いが大きい。

 結果今刹那エフェメラルは使っていない。

 広場で使えていたスキルが今は使えない。

 これは良い情報だ。


 よしそろそろ仕掛けてみるか。

 全方位オールレンジ内に配置ってどんなイメージだろう。

 見ると橙の王の身体は赤く染まっている。


 おそらく怒っているんだろう。

 怒りのままに木々を叩き折りながら前に進んでいる。

 歩みはやはり遅い。


 まあどうこう言ってても始まらない。

 僕は僕でやるべき事をやらないと。

 橙の王が今いる所からほんの少し先。


 その周りに囲むように何個か配置してみよう。

 スキルの名前はどうしよう……

 反射蒼鏡リフレクションかな……

 思い付きだけど。


反射蒼鏡リフレクション


 フレーム上に蒼い四角が現れた。


「よし。

 もう一度」


 次々と蒼い四角はフレーム上に現れ、合計四つ。

 配置はポイントを中心にまず斜め後ろに二つ。

 そして対角線上にもう二つ。


 これは魔力閃光アステショットを半永久的に反射し続ける配置だ。

 上手く行けばだけど。


 それぞれ少しずつ角度を調節。

 よし準備OK。

 後はポイントに橙の王が来るまで待つだけだ。


 橙の王が少しづつ近づいてくる。

 あと一メートル。

 あっそうだ。

 ガレアに次の作戦について伝えないと。


「ガレア、膜ってどこまで広げられる?」


【ん?

 どこまでって言われてもなあ】


「森全体覆うぐらいイケる?」


【ん?

 このぐらいならイケるぞ】


 流石ガレア。


「じゃあ、森全体まで膜を広げて。

 いい?

 ガレア。

 ここで一旦僕らは別れる。

 ガレアは左へ。

 僕はこっちへ。

 そしてあの向こうに見える木辺りに向かって口を向けておいてくれ。

 そして僕の声が聞こえたら思い切り魔力閃光アステショットだ」


【またおもしれー事考えてやがんな竜司。

 あぁわかったぜ】


「じゃあ行くよっ!

 魔力注入インジェクトッ!」


 ドクン


 魔力を足に集中し僕は右へ。

 ガレアは左に駆け出した。

 僕はすぐにポイントに到着。


全方位オールレンジ


 フレーム上を見るとガレアもポイントに着いた様だ。

 橙の王の位置も確認。

 後もう少し……

 来たっ!


魔力閃光アステショットォォォォォッ!」


 僕は目いっぱいに腹の底から叫んだ。

 そしてすぐに身を伏せる。


【そぉこぉカァァァッ!】


 ボッバッ!

 ボボボボバッ!


 橙の王の怒号と共に大事件の記者会見の様に何回も僕の頭の上でフラッシュしている。

 怖い。

 少しも頭を上げられない。

 ガレアは何をやってるんだ。


 早く撃ってくれ。

 僕は身を伏せながら全方位オールレンジで状況を確認。


 僕は絶句した。

 何がってガレアの溜めた魔力の大きさだ。

 尋常じゃない魔力の大きさと濃さだ。

 大きさだけで言うと橙の王の方が上だが濃度はガレアの方が上かも知れない。


 そうか、この魔力の溜めがあったから発射が遅れたのか。

 と言うよりこんな濃度と大きさで発射してちゃんと僕のスキルは反射するのだろうか。

 そんな心配をよそにガレアの口から魔力閃光アステショット射出。


 ギュオォッ!!


 ガレアの口から魔力閃光アステショットが放たれた。

 僕は伏せながら全方位オールレンジで確認。

 閃光は物凄い勢いで真っすぐ飛び僕の配置した反射蒼鏡リフレクションにぶち当たる。


 ギィン!


【がぁっ!】


 橙の王の呻き声が遠くで聞こえる。

 よしっ多少なりとダメージがあった様だ。


 ギィン!

 ギィギィン!


 全方位オールレンジ上で確認すると上手く反射し続けている様だ。

 軌跡は奇しくもエレベーターの閉めるボタンの記号の形をしている。

 勢いは弱まる事を知らず反射し続ける魔力閃光アステショット


【うおっ!

 グアッ!】


 橙の王は反射し、縦横から襲い掛かる魔力閃光アステショットに翻弄されている。

 僕は気を付けながらガレアの元へ戻る事にした。


「ガレア」


【おー竜司。

 何かアイツ偉い事になってんな】


 ガレアの目線の先を見ると僕の反射蒼鏡リフレクションで反射し続ける魔力閃光アステショットに翻弄されている橙の王が居る。


 ガァン!


【グァッ!

 こっちかぁっ!】


 ボッ!


 あらぬ方向へ閃光を放つ橙の王。


 ギィン!


 反射蒼鏡リフレクションの反射音が響く。


【うおっ!】


 反射音の後に橙の王の声。

 これがループとなり延々と響く。

 あれだけの大きさと濃度の魔力を込めた一撃だ。


 まだまだ勢いが弱まらない。

 このまま続くのかと思いきや動きがあった。


【うぬぬぬ……

 何回も何回もガンガンガンガン……

 チョーシに乗りやがってぇぇぇぇぇ……ッ!】


 橙の王が魔力閃光アステショットを受け止めたのだ。


 ズザッ……

 ズザザザザッ!


 さすがガレアの渾身の魔力閃光アステショット

 受け止めたが勢いに押されている。

 大地が削れる大きい音がこちらにまで響いてきた。


【ぬぅぅぅぅぅ……

 ゥゥゥうぇいっっっ!】


 投げた。

 受け止めた魔力閃光アステショットを投げたのだ。

 しかもこちらに向けて。


 ギャンッ!


 物凄い勢いで魔力閃光アステショットがこちらに向かってくる。

 急展開に対応出来ず立ちすくむ僕とガレア。

 僕の左側を掠めて森を突き抜け大空へ消えていった。


 あれだけの濃さを魔力が込められた魔力閃光アステショットだ。

 その効果は木々を突き抜けるとか粉砕するとかそういった類では無い。


 丸ごとこそげ取る。

 そう言った感じだ。

 だから粉砕音等も全くせずそのまま大空へ消えていった。


 ブシュッ


 左側にヌルッとした生暖かい感触と激痛が走る。

 感触に恐る恐る右手で触ってみる。


「イタッ!」


 激痛が身体全体を走り、脊髄反射でサッと手を離す。

 指を見ると赤い液体。

 僕の血だ。


 おそらく魔力閃光アステショットが僕の上腕部の肉を掠め取って行ったのだろう。

 僕は体内に残った魔力で止血と回復を図る。

 血は止まり傷は塞がった。


「ふう……」


【オイ】


 視界の外から声がかかる。

 僕はドキッとする。

 恐る恐る声のする方にゆっくりと顔を向ける。


「あ……」


 僕の目の前には橙の王。

 何か全身から怒りが立ち昇っている様だ。


【オメー……】


「はっ……

 はいっ……!」


 静かなのが逆に怖い。

 もはや橙の王から目が離せない。


 ボッ


 橙の王の身体が瞬く。

 同時に襟首を強い力で引き上げられるのを感じる。

 橙の王が後ろに回って僕の身体を持ち上げたのだ。


「うわわわっ!」


 僕は橙の王の手に抱えられ上空で情けない声を上げる。

 ふと隣を見るとガレアも同様に持ち上げられている。

 あのガレアの巨体を片手で。


 何て怪力だ。

 とか考えてたら。


 ブン


 僕とガレアの身体は上空にあった。

 橙の王が思い切り投げたのだ。

 僕とガレアの身体は大きく放物線を描いた。


「うわぁっ!」


 ズシャァッ!


 僕とガレアの身体は大地に着弾。

 接地した上腕部が摩擦で熱い。


「う~ん、痛てて……」


 僕は上腕部を擦りながらゆっくり起き上がる。

 ここはさっき居た広場だ。


【痛ってぇなあ……

 なんだここ?

 さっきん所か?】


 ガレアもそんな事を言いながら立ち上がる。


「竜司ー?

 無事ー?

 何かすっごい大きな閃光が通り過ぎて行ったけど……」


 暮葉くれはが駆け寄って来る。


「うん……

 色々あったけど、何とかね……」


 暮葉くれはの顔を見て少し落ち着く。

 その時は橙の王の事を少し忘れていた。


 ルゥオオオオオオオオオオオオオオオッ!


 急に耳をつんざく金切り音?

 金切り声?

 物凄く高音な音とも声とも取れない何かが聞こえる。


 聞こえた方を振り向く。

 こそげ取られた切株が立ち並ぶ。

 目線の先にマイクを持ち、背面に沿って空を見上げている橙の王が居る。


【ウゥゥーゥルゥォォォォォォォッ!】


 やはりこの音の出所は橙の王だ。

 声が続く程にどんどん背面に沿っていく。


【出たーーーーっ!

 バルさんの二の句が継げぬハイ・ピッチ・トレブルーーーッ!】


 周りの竜が何か言っている。

 よく意味が解らない。


【って事は……】


【あぁっ!

 久々だぜ……

 って事はこの辺りは……】


【あぁっ

 準備しとけー】


 僕は周りの竜達の会話を聞いていた。

 何か起こるのか。

 何となく迫りくる脅威というか危機と言うかそういうものを感じた。

 僕は初対面だけど適当な竜に状況を聞いてみた。


「ねぇっ!

 ちょっとっ!?

 何が起きるのっ!?

 二の句が継げぬハイ・ピッチ・トレブルって何っ!?」


 僕は竜の肩をぐいと引っ張る。


【あぁっ!?

 何だオメー?

 二の句が継げぬハイ・ピッチ・トレブル知らねーのか?

 “DragonRayドラゴンレイ”でやる儀式セレモニーだよ】


「何のための?」


【あぁっ!?

 うるせーやつだな。

 これはバルさんが感情が昂った時にやる儀式なんだよ。

 これをやるとまずバルさんはラップを始める。

 デフでハーコーなやつだ】


 すると橙の王の身体が上下に揺れ出した。

 リズムを取っている。


【ふざけんじゃねぇぞっ♪

 FuckTheYourSoulファックザユアソウルッ!♪】


【OhOhOhー♪

 Ohー♪

 Ohー♪】


 周りの竜も合いの手を入れる。


【なめてんじゃねぇぞっ!♪

 NahMeanYourSoulナーミンユアソウルッ!♪】


 橙の王はラップを繰り返す。

 ズンと腹に来る声だ。


 ゴゴゴゴゴ


 何やら地鳴りが起こり出した。

 ヤバい空気が伝わって来る。

 橙の王に魔力が集中しているのが解る。


二の句が継げぬハイ・ピッチ・トレブルでテンションをあげる。

 んで上がりきったバルさんは……】


 僕は初めて見る光景に目を疑った。

 更に大きくなる地鳴りの中。

 太陽に照らされ逆光でシルエットになっている橙の王の身体が弾け、大きくなる。


【竜の姿に戻るんだよ】


 まずは脚部が肥大化。

 橙の王の背丈が瞬時に三~四倍に膨れ上がる。

 次は右腕が肥大化。

 二倍程瞬時に伸びる。


 その勢いで次は左腕、胸部、右肩部、左肩部と身体が大きくなる。

 顔はまだ人型の様でかなりアンバランスだ。

 逆光によるシルエットで見えるのが助かった。


【ゥゥゥゥゥルォァァァァァァッ!】


 耳をつんざく高音が耳穴を突き抜け鼓膜を揺るがす。

 高音で叫びながら橙の王の首が伸びた。

 顔はそのまま。

 うん一番アンバランスだ。

 つくづく逆光によるシルエットで良かった。


 ギュッ!

 ギュギュギュ!


 激しく肉が擦れ合う様な音が微かに聞こえる。

 その音と同時に顔が膨らみ竜の顔に。

 頭から角が生える。

 背中から両翼が生える。

 一匹の大型の首長竜が現れた。

 

 辺りが静かになる。

 一時の静寂が流れる。


 バッ!


 竜となった橙の王の身体が強烈に瞬く。

 余りの眩しさに目を細める。


 眼が慣れると側に大きな橙色の竜が居た。

 黙って左を向いている。

 ずっと黙っている。


「あ……

 あの……?」


 僕は意を決して話しかけてみた。


【ゥゥゥゥゥゥゥゥルォォォァァッァァァ!】


 また耳をつんざく高音。

 すぐ近くに居るから更に大きく鼓膜を揺らす。

 耳を塞いでいても頭がくらくらする。

 すると橙の王が静かに口を開く。


【テメー……】


「はい……」


【スー……

 テメエッ!

 よくもやってくれたなぁっ!

 コソコソ逃げたと思ったら陰からチクチクとよぉっ!】


 少し息を吸い込んだと思ったら、カッと目を見開き強烈な怒号が僕に向かって投げつけられた。

 僕は気圧され口を開く事も出来ない。


【久々にキレたぜッ!

 こんなに頭に来たのは去年のフジロック以来だぜぇ……

 オメーはブッ殺すッ!】


 ふと周りを見ると取り巻きの竜は次々に飛び上がってこの広場から離れていく。


【フー……

 さぁっ!

 やってやるぜッ!

 ラストギグの開演だッ!】


 橙の王は巨翼を横に大きく広げる。

 横に広げきった巨翼を次は縦に大きく羽ばたかせる。


 バサッ……

 バサッバサッ


【ゥゥゥゥルォォォァァッァァァ!】


 また橙の王からの高音だ。

 塞いでる手を突き抜け、耳道から鼓膜に辿り着き大きく震わす。

 同時に頭も揺れているように感じる。


 ボフッ!


 音の次は光だ。

 橙の王の身体全体が強烈に瞬く。

 瞳に濃い残像が残る。

 残像が消えるともうそこには橙の王は居なかった。


「ど……

 どこに……?」


 キョロキョロと辺りを見回す。


 カッ


 視界いっぱいに光。

 鼻先に強烈な熱さ。

 僕は一瞬何が起きたのか解らなかった。


 が、下を見ると容易に推測出来た。

 地面がぽっかり直径一メートルぐらいの真円状に焼け焦げている。

 危なかった。


 もう半歩前に居たら少なくとも鼻は丸々消えていただろう。

 身体が芯から震える。

 さっきの強烈な光はおそらく橙の王の刹那エフェメラル

 そして下の真円の焼け焦げ痕は光陰矢の如しバビロンレイによるものだろう。

 と言う事は橙の王は……


 僕は顔を真上に向ける。


「空だっ!」


 案の定橙の王は空に居た。

 上空に拳大ぐらいの橙の王が浮いている。


【さぁっ!

 忘れらんねーギグにしてやるぜっ!

 ブッコロスッ!】


 ボボボバフォッ

 ボボババボボボッ!


 空に居る橙の王を中心に強烈な光の帯が瞬く。

 あの量。

 瞬時にヤバさが伝わる。

 身体が総毛立つ。


「ガレアァァッ!

 暮葉くれはァァァァッ!

 逃げろぉぉぉぉッ!」


 僕はあらん限りの声を張り上げた。

 だが相手の攻撃は光速。


 ドンッ!

 ドドドンボンッ!


 次々と地面が丸く焼け焦げていく。

 爆発して炎上している個所もある。

 辺りは騒然となる。

 僕は周りを見渡しガレアとアルビノの安否を確認する。


「ガレアーーッ!

 暮葉くれはーーーッ!」


 炎の陰からガレアに乗ったアルビノがこちらに駆け寄ってきた。


「竜司ーっ!

 大丈夫ーっ!?」


【竜司、無事かー?

 生きてっかー?】


「あぁ……

 ガレアと暮葉くれはも無事でよかった」


 あれだけ着弾して三人とも無事だったのはおそらく橙の王が質より量に切り替えたからだろう。

 要するに量を増やした結果照準が雑になってるんだ。


【オイオイ……

 あの竜ヤベェな……】


「そりゃガレア。

 相手は橙の王だもん」


【ん?

 竜司。

 橙の王なんてどこに居んだよ】


 ガレアは何を言ってるんだろう。


「ガレア何言ってんの。

 あれだよあれあれ」


 僕は上を指さす。


【えっ!?

 あれ高位の竜ハイドラゴンなのっ!?】


 だから何を言ってるんだガレアは。


「何言ってんの。

 だから橙の王とケンカするって言ったじゃん。

 んで勝つって」


 それを聞いたガレアが絶句している。


【えぇえぇえっ!

 マジでかマジでかっ!

 オイ竜司ッ!?

 王の衆に勝てんのかよッ!?】


「そんなのやってみないと解んないだろ。

 僕もレベルアップしてるんだ」


 僕にはどうしても勝たないといけない理由があった。

 橙の王に勝たないと今の破滅の世界線から外れる事が出来ないんだ。

 でもこの事はガレアには黙っておこう。

 僕も詳細は知らないし。


【オラァッ!

 まだまだ行くぞッ!

 コラァッ!】


 ボボボバフッ!!

 ボボボバッボフッ!!


 さっきよりも量が多い。

 もう駄目だ。

 僕は目を瞑った。


 あれ?

 撃って来ない……。

 恐る恐る上を見上げると眩しい光球が横に十二個ほど並んでいる。

 眩しい事は眩しいのだが撃って来ない。


「どどっ……

 どうしたんだろ……?

 ガレア……」


【あの眩しいの。

 魔力溜めてんじゃね?】


 ガレアのあっけらかんとした解が僕に焦眉の急を告げる。


「ガレアッッ!

 ここから離れてッッ!

 早くッ!」


【何だよ竜司急に。

 どこへ行くんだよ】


「どこでもいいッッ!

 早くッ!

 暮葉くれはも急いでッッ!

 ガレアに乗ってッッ!」


「もう竜司。

 そんなに急いでどこに行くのよー」


 竜ってのは感覚が麻痺しているんだろうか。

 死ぬのが怖くないのだろうか。

 おそらく上空のアレが放たれたら少なくともこの広場なんか一瞬で焦土だ。


 もちろん僕らも死ぬ。

 僕は暮葉くれはの手を引き、急いでガレアに跨る。


「ガレアッッ!!

 全力で走れッ!

 目の前の木は魔力閃光アステショットで薙ぎ倒せッッ!」


【行くぞー】


 ギュン


 ガレアは横に弾け飛ぶように疾走。

 はしり出すと同時に魔力閃光アステショット射出。


 ギャンッ!


 進行上の木々が根こそぎ薙ぎ倒される。

 大きな破壊音が響く。

 切株跡を器用に渡りながら疾走するガレアはやはり速い。

 そんなガレアがちらりと上を見る。


【確かに……

 あれはちょっとやべぇな……

 もうちょっと速く走るぞー】


 グンッ!


 更にガレアが数倍スピードを上げる。

 身体が後ろに持っていかれそうになる。


「イ……

 魔力注入インジェクト……」


 もうガレアの乗った時の魔力注入インジェクトの使い方はもう慣れたものだ。

 鈴鹿サーキット、静岡での警察の手伝いとでもう何回もガレアには乗っている。

 なるほどこれが経験って事か。


 僕は一つ賢くなった気がした。

 と、そんな呑気な事を言っている場合ではない。


 僕もチラリと上を見る。

 瞬きに変化がある。

 横に並んでいる一つ一つの瞬きがくっつき始めたのだ。

 まるで水滴同士が合わさって大きな水滴になる様に。


 おい。

 ちょっと待て。

 あの大きさはヤバい。

 ヤバいヤバいヤバい。


 見る見る内に瞬きが全部合わさって大きな瞬きになる。

 眼が全然離せない。

 焦る僕。


「ガレアッッッ!

 もっとスピードをッ!

 早くッ!

 急いでッ!」


【オオオオオッ!】


 橙の王から瞬きが放たれた。


 フン


「間に合えぇぇぇぇぇッッ!」


【クソッ!

 デケェッ!】


 カッッ!


 僕の背後で何かが弾けスパーク。

 強烈な爆発音が背後から襲い来る。

 音と同時に猛烈な爆風が背後からガレアの身体を持ち上げる。

 バランスを崩したガレアと僕と暮葉くれはの身体。


「うわぁぁぁぁぁっ!」


【ウオオオオッ!】


「キャァァァァッ!」


 バラバラになる僕ら三人の身体。

 空中で縦横に回る僕の身体。

 頭だけは守らないと。

 僕は頭を両手で抱えショックに備えた。


 ガンッ!

 ゴロゴロゴロゴロゴロッッ!


 地面に接触。

 接触しても爆風の勢いは止まる所を知らず強大な力で地面を転がる僕の身体。


「うわぁぁぁぁっ!」


 ゴロゴロゴロゴロッ!


 転がる僕の身体。

 じきに勢いが弱まりようやく止まる。

 僕はうつ伏せで倒れ込む。


「う~ん……

 いてて……」


 僕はゆっくりと起き上がる。

 まず状況確認だ。


 まずは目の前の煙。

 大きく噴煙の様に立ち昇る。

 天高く舞い上る煙で視界がかなり不明瞭だ。


 先程までの森。

 上空に居たであろう橙の王。


 それらは煙で遮られ確認出来ない。

 あっそうだ。

 ガレアと暮葉くれははどこだ。


「ガレアーッ!

 暮葉くれはーッ!」


【おーい……

 竜司ー……】


 ガレアの声がする。

 後ろだ。

 僕はすぐさま後ろを振り向いた。


 視界に飛び込んできたのは逆さまになって脚を広げているガレアと

 そのガレアの股座またぐらに両手を上げて顔を突っ込んでいる暮葉くれはと言う物凄く珍妙なカットだった。


 暮葉くれははガレアの股に顔を埋めたままピクリとも動かない。

 どうしてこうなった。

 僕は二人の元へ駆け寄った。


【竜司ー。

 アルビノどかしてくれよう】


 逆さまになったガレアが下から頼む。


「うん。

 ちょっと待ってて……

 よいしょっと……」


 暮葉くれはの両脇から手を入れ僕の方に抱き寄せる。

 柔らかい。

 そして軽い。


 こうして見ると本当にただの華奢で可愛い女の子だ。

 とても竜とは思えない。

 暮葉くれはの頭が僕の鎖骨の下辺りに来る。


 フワッと髪からいい匂いが香る。

 僕は少しドキドキしてしまう。

 いかんいかん目的を忘れる所だった。


 僕は暮葉くれはを抱きかかえたまま後退りしてガレアから引き剥がす。

 そしてそのまま地面にそっと寝かせる。


「う~ん……

 ハッ!?

 私どうなったのっ!?」


 暮葉くれははガバッと起き上がりこちらにその大きな瞳を向ける。


「とっ……

 とにかく無事で良かったよ……」


 スンスン


 暮葉くれはが鼻を鳴らしている。


「何か汗臭いんだけどナニコレ?」


 そりゃガレアの股座またぐらに顔を埋めていたんだからそれなりの匂いはするだろう。

 とかとても言えず。


「さっ……

 さぁっ!?

 もしかして橙の王の攻撃の匂いかもよ」


 僕は適当に嘘をついた。

 ごめんなさい橙の王。


【でも凄かったなー。

 さっきの】


 ガレアの向いている方向を見ると先程迄上がっていた噴煙が霧散し橙の王の攻撃跡が露になる。

 その様変わりした景観は凄惨たるものだった。

 最初に見た二~三キロあった窪地を喰う形で同じぐらいの大きさの窪地が出来ている。


 先程まで居た森は跡形も無く消失している。

 直径二~三キロの大きな円形窪地が二つ。

 僕の眼前に広がっている。


 ゴクリ


 僕は生唾を飲み込んだ。

 冷汗が額に垂れているのが解る。

 こんなの直撃したら僕と言う存在が消失する。


 はっ!?

 橙の王はどこだっ!?

 そうだ上だッ!?


 僕は顔を上に向ける。

 拳大ぐらいの大きさの橙の王が上空でキョロキョロしている。

 すると僕らに気付き顔を向ける。


【オラァッ!

 テメーッ!

 俺の光陰矢の如しバビロンレイの最大出力で生き残るたぁ運が良いじゃねぇかっ!

 まだまだやんぜっ!

 コラァッ!】


 上空で拳大の大きさしかないのに物凄い声の大きさだ。


 ボボボバッ!

 ボッボッボッバババボボバッ!


 橙の王の前に強い瞬きの帯が出る。

 今度はかなり範囲が広い。

 こんな広域迄攻撃が出来るのか。


 ドンッ!

 ドドゥッ!

 ドンッ!

 ドンッ!


 思惑をまとめる暇も無い。

 次々に光陰矢の如しバビロンレイが着弾。

 辺りがさながら中東の広域爆撃の様になる。

 文字通りの絨毯爆撃だ。


 照準が雑なだけあって僕らみたいな小さな的にはなかなか当たらない。

 だがあちらこちらで爆発が上がっているだけあって肌がじりじり熱い。

 とにかく動こう。


 更に当たりにくくしよう。

 僕は駆け出す。

 と思ったら岩に躓きバランスを崩す。


「うわっ!」


 ザシャァッ


 前へつんのめる。


「くっ……

 クソッ!」


 急いで起き上がる。

 が、背後で。

 正確には背後の上の方で瞬きを感じた。


 僕は素早く振り向く。

 が、時は既に遅かった。

 僕の眼前には橙の王の放った光陰矢の如しバビロンレイがあった。


 あ、人間死に際になると周りの動きが酷くゆっくりに見えるって本当だったんだ。

 ここで僕の旅は終わりか。

 やっぱり橙の王には勝てなかったな。


 そりゃ相手は高位の竜ハイドラゴンだもん。

 僕みたいな普通の人間が勝てる訳無いよ。

 僕が原因で怒ってたんだ。


 僕が死んだらガレアと暮葉くれはは無事で返してくれるかな。

 ごめんねガレア。

 ごめんね暮葉くれは


 僕は未来、命、夢、全てを諦め肩を落とした。



 その時だった。



【竜司ッ!

 何ボーッとしてんだッ!】


「竜司ッ!」


 視界の外から大声がかかる。

 と同時に僕の襟首が強い力で右に引っ張られる。

 と同時に僕は気づく。

 身体が真横では無く斜め上に高速移動している事に。


「え……?」


 僕はようやく今置かれている自分の状況に気付いた。

 僕は今ガレアに襟首を咥えられて宙に浮いている。

 どんどん遠くなる地面。


「ガレア……」


ひゃへんな喋んな

 ひたはむぞ舌噛むぞ


 僕の目の前には見渡す限りの竜界の絶景。

 遠くにマザーの居城や湖なんかも見える。

 どこまでも真横に伸びる地平線。

 竜界ってこんなに綺麗な所だったんだ。


 上を見るとガレアがその綺麗な翼をはためかせている。

 ガレアはそのまま飛行を続け大きな雲の中に入る。


「ぷわっ」


 顔に水滴が凄い勢いで当たる。

 急に体全体で感じた異物に変な声が出る。

 途端に頬が濡れる。


 するとガレアの飛ぶスピードが弱まる。

 直に止まった。

 冷静になって今の状況を考える。



 僕は今、宙に浮いている。



 バサッバサッ


 上を見るとガレアが翼を動かし高度を保っている。

 チラッと下を見た。

 足を受け止める大地は遥か下。


 ここで冷静になって考える。

 途端に顔が青ざめていくのが解る。

 今僕には命綱なんか付いていない。


 僕はさっき光陰矢の如しバビロンレイで死にかけた所をガレアに救ってもらった。

 だけど死の脅威はまだ去っていないのか。

 更に額に汗が出る。

 僕は恐る恐る上を向いてガレアに話しかける。


「あの~……?

 ガレアさん?

 出来れば……

 襟首を咥えずに背中に載せてもらえれば……

 ありがたいな~……

 なんて」


ふ?ん?

 ほーは?そうか?

 ホイ】


「うわぁっ!」


 ガレアはその長い首を器用に回し、遠心力を利用して僕を自分の背中に載せる。

 強制バク宙の視界にまた情けない声を上げる。

 今回僕、こんな声ばかりあげてるなあ。


 ドスン


 無事ガレアの背中に着地。

 先客で前に暮葉くれはが跨っていた。


「竜司、大丈夫?」


 暮葉くれはが右を振り向き、目線を後ろの僕に送り身を案じてくれる。


「ふう……

 何とかね……

 さっきは正直もう駄目だと思ったよ……

 ホントありがとうガレア……」


【いいーって事よー。

 でもまさか本当に竜司を載せて空を飛ぶ日が来るなんてなカカカ】


【おめでとう……

 竜司……】


 突然僕とガレアの会話に割り込んでお婆ちゃんの声がする。


【むっ……

 誰がお婆ちゃんですか……

 失礼な……

 オホン……

 おめでとう……

 欠片フラグメントの二つは回収出来たのを確認しました……

 残るは一つ……

 ただ……

 その一つが困難ですね……】


 残る一つと言うのは“橙の王に勝つ”だ。

 僕は聞いてみた。


「マザー、橙の王の弱点とか無いんですか?」


【ありますが……

 それを教える事により欠片フラグメントが変化する恐れが……】


「そうですか……

 それならしょうがないですね」


【竜司、誰と話してんだ?】


「マザーだよ。

 橙の王の弱点を聞いたんだけど教えてくれないってさ」


【何だよケチ臭せぇなあ。

 んでどうすんだ竜司。

 やっぱ橙の王とやんのか?】


 今が破滅の世界線の上。

 それが確かならやるしかない。


「うん。

 ガレア、暮葉くれは

 一緒に戦ってくれる?」


【おうさッ!

 いっちょかましてやろーぜっ!】


「私も手伝うのね。

 わかったわ」


 暮葉くれはキョトン顔。

 さあっ!

 橙の王を倒しに行くぞっ!


 ###


「さあ、記念すべき百回目はこれでおしまい。

 どうだった?」


「ぶー」


 何やらたつがむくれて不機嫌そうだ。


「どっ……

 どうしたんだいっ?

 たつ


「パパばっかりずるいっ!

 竜の背中に乗って空飛んだり、スキル使って戦ったりっ!」


「あのねぇ。

 気持ちはわかるけど戦わずに済むならそれに越した事は無いよ。

 例えば今話している橙の王との戦いもホント一歩間違えたら死んでたんだから。

 僕は親としてたつにはそんな危険な目に遭ってほしくないなあ」


「ぶー」


 一生懸命説得したけどまだたつはむくれている。

 駄目だこりゃ。


「まあまあもう少しお話自体は続くから。

 今日は遅くまでありがとう……

 おやすみ」



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