第八章 竜界編

第九十八話 竜司、マザードラゴンに会う。

「やあこんばんは。

 今日は竜界に行った所からだったね」


「パパー……

 どんどん話が嘘臭くなるけどホントの話なの?」


 たつがジトッとこっちを見る。


「ホントだよ。

 今のたつの暮らしからは考えられないかもしれないけどね」


「ふうん」


「じゃあ、始めるよ」



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「ここは……

 竜界ね……」


 暮葉くれはが少し見上げてそう言う。


【おー、ヤの森だー。

 懐かしいー】


 ガレアは無邪気に喜んでいる。

 とにかく現状確認だ。


 周りを見渡してもマス枝さんやドライバーは見当たらない。

 あれだけ居た竜排会の面々もどこにも居ない。


 居るのは僕とガレア、暮葉くれはの三人だ。


 次は持ち物。

 リュックは車の中だから無い。


 ポケットに入れていたスマホだけだ。


「はぁ……」


 僕は深い溜息をつく。


 暮葉くれはの能力だけで充分お腹一杯なのに次は異世界転送?

 勘弁してほしい。


 とにかく知っている人から話を聞こう。


暮葉くれは……

 色々と頭が追い付かないんだけど……

 ここは竜界。

 それは間違いない?」


「そうよ」


 暮葉くれははあっけらかんと答える。


「人間がこっち来る時ってこんな感じなの……?」


 ラノベやアニメで見たような展開が自分に起きるとは。

 最近では異世界転生ブームなのでどこもかしこも異世界転生もの作品だらけだ。

 僕も“Re0”や“このいだ”なんかは見た事があるけど


 大体は女神が出たりとか奈落に落ちるような演出があって異世界に転生するものなのだ。


 まさか実際にはこんな雑な送り方だったとは。

 まるでTV番組の編集点のような切り替わり方だ。


「私も知らない。

 人間がこっちに来るなんて見た事も聞いた事も無いもの」


「そうなんだ……」


「多分こんな事が出来るのはマザーの衆かマザー本人だと思うけど……」


 僕は一つ思い出した。


「そう言えばこの風景になる直前、どこからか竜の声がしたんだ。

 ハイって。

 聞いた事無い声だった」


「へえ、どんな声だったの?」


「何か……

 年老いたお婆ちゃんのような声だった。

 短かったからよくわからないけど」


「プッ」


 それを聞いた暮葉くれはが噴き出した。


「どうしたの?」


「フフフ。

 いやねお婆ちゃんって事は多分マザードラゴンの声よ。

 マザーってば自分の年の事すごく気にしてるんだから。

 あと、多分今竜司が言ってた事も伝わってるんじゃないかしら?」


「ええっ!?

 ここにはマザーなんていないじゃん!?」


「マザーは、テレパスで遠く離れた相手との意思の疎通が出来るの。

 それでこっちが考えている事も全て見えるとも言ってたわ」


 精神感応テレパス遠隔感応リモートレスポンスが合わさった能力か。

 さすが竜の長。

 と、僕は一つ疑問が浮かんだので聞いてみた。


「でもそれなら何で話しかけてこないんだろ?

 こっちに来たんだし」


「それは多分あれよ。

 えーと……

 こういうのなんて言うんだっけ……

 あーそうそう。

 勿体ぶってるってやつ。

 マザーってば三万年も生きてるくせに自分の立場とかを凄く気にするの」


 僕は少しだけ納得した。

 いや竜の長としては全然納得してないんだけど。

 もう来てるんだし段取り良くやって欲しいなあ。


 つまりRPGで言う所の王様、女王様気取りって事か。

 そんな事を考えていると急激な疲労感が僕を襲った。


「ぐうっ……」


 片膝をつく僕。

 そう言えば竜排会にやられた傷はまだ治してなかった。


魔力注入インジェクト


 ガレアからフワフワ魔力球が出てくる。

 僕の体内に入る。


 ドクン


 注入した魔力を全て回復に充てる。


 ここでも異変が起きる。

 傷は治っているはずなのに疲労感は消えない。

 まだ片膝をついている僕。


「あら?

 どうしたの竜司」


「何か……

 おかしいんだ……

 傷は治ってるのに立ち上がれない……」


「あーそっか。

 竜司ってば人間だもんね。

 竜界って大気に魔力が漂ってるの。

 確か人間って魔力は毒なんだっけ?」


 そんな事を話している間にもどんどん疲労感が増す。

 意識も薄れていく。


「何……

 とかな……」


 もはや喋るのもままならない。


「あら?

 どうしようかしら?

 ガレア、膜を張って。

 私も中に入るから気持ち大きめの」


【何か良く解らんがわかった】


 ガレアを中心に円形の透明な膜が現れる。

 僕の全方位オールレンジの様だ。


 ある程度広がったら見えなくなった。

 暮葉くれはは僕を引き摺ってガレアの側まで寄せる。


 少し体が楽になる。

 少なくともさっきまで増大してた疲労感は消えた。


 おそらくこの膜は魔力を遮断するものなのだろう。


「どう?

 竜司、気分は」


「うん、だいぶ楽だよ」


【人間ってやっぱ不便だなケタケタケタ】


 ガレアが大きな口を開けて笑ってる。


「それで竜司、これからどうするの?」


「とりあえずマザードラゴンに会ってみるよ。

 さっきの声の主がマザーなら多分呼んだ理由があるんだろう」


「わかったわ。

 じゃあマザーの居城へ行きましょう」


「ここからどれくらいかかるの?」


「どれくらいかしら?

 よくわかんないわ」


 さすが竜。

 長命の種族ってどれくらいかかるとかどのくらい離れてるとか気にならないんだな。

 そういうのを気にするのって多分人間だけなんだろう。


「……じゃあどっちにあるかはわかる?」


「うん。

 あっち」


 暮葉くれはは一方向を指さす。


「じゃあ行こうか」


 僕の体力も概ね回復した。

 ガレアの鐙は身に着けていたせいか付けっ放しで竜界こっちに来ている。


「わかったわ」


 そう言う暮葉くれはは上着を脱ぎ、プチプチと上からボタンを外していく。

 たまらず僕は制止する。


「ちょっ……!?

 ちょ……

 ちょっと待って!!

 何してるのっ!?」


「何って……

 今からマザーの所に行くんでしょ?

 だから竜の姿に戻ろうと思って」


「何で脱いでるのっ!?」


「だから前にも言ったじゃない。

 このまま戻ったら服が破れちゃう」


 暮葉くれははあっけらかんと言う。


 そうか。

 確か感情を勉強中だったっけ。

 暮葉くれはは恥ずかしいとか恥じらいって言うのが解らないんだ。


 これはちゃんと教えないと。

 僕は暮葉くれはをじっと見る。


「いい?

 暮葉くれは

 女の子って言うのはみだりに肌を晒してはいけないんだ。

 肌を晒すって事は恥ずかしい事なんだよ。

 そりゃ戦いのときに破れたりとか不意の風でスカートがめくれたりって言うのはあるかも知れない。

 そんな時は恥じらいを含んだ行動をだね……

 うんたらかんたら」


 僕のくどくどした説明をフンフンと聞いている暮葉くれは


「よ……

 よくわからないけど女の子は脱がないものなのね……

 わかんないけどわかったわ」


 伝わったのか。

 暮葉くれははとりあえず服を着直しているから伝わったのだろう。


「じゃあ行こうか。

 ガレア乗せて」


【わかった】


 ガレアに跨る僕。


 すると暮葉くれはも一緒に乗って来た。

 いわゆるガレアに対して身体を横にする座り方だ。


 青春漫画とかで恋人が自転車でよくする座り方。

 そっと腰に手を回す暮葉くれは


「フフフ。

 こうゆうの漫画で読んだ事あるわ。

 まさか自分がやる事になるなんてね。

 確か人間の男と女はコイビトってのになるのよね。

 漫画で読んだ時はコイビトになった二人が乗り物でこういう座り方をしてたわ。

 この場合は竜司は私のコイビトって事になるのかしら?」


 これを聞いた僕は多分顔が赤かっただろう。


「竜司どうしたの?

 耳が赤いわよ」


「なっ……

 何でもないよっ!」


【二人とも乗ったかー。

 さあ行くぞー……

 っとその前に木が邪魔だな……】


 ガレアが口をあんぐり開ける。


 キュィィィィ


 何か集中している音がする。

 何かアニメで聞いた事があったような……


 あーそうだそうだ。

 波動砲だ。


 ん?

 波動砲?



 ギュオッ!!



 気づいた時は遅かった。


 強烈な白色光が網膜を突き抜け眼底に突き刺さる。

 余りの眩しさに目を細める。


 光の次は音だ。


 ベキベキベキベキベキ!


 巨大な粉砕音が僕の外耳道を突き抜け鼓膜を大きく揺るがす。

 思わず耳を塞ぐ。


 直に音と光が止む。

 さっきの閃光とは別の光が上から射す。


 眩しくて右手で遮る。

 明るさに目が慣れてきた頃、前方から涼やかな風が吹いてくる。


「風……?」


 吹いてきた方を見ると物凄い景色が広がっていた。

 空には大きな太陽が燦々と輝いている。


 そして僕らの前に真っすぐ荒野が続いている。

 ただ真っすぐに。


 地面も緩い逆アーチになり抉れている。

 抉れた道が延々と続いている。


【あー気持ち良かった】


 ガレアは満足そうだ。


「ガレア……

 もしかして全開で撃ったの?」


【全開なのかな?

 良く解らんが思い切り撃ったぞ。

 アルビノー、確かマザーの居城ってこっちで良かったんだよな】


 アルビノって暮葉くれはの竜の名前だ。


「ええそうよ」


 もしかして……

 いやまさかね……


 僕は或る閃きがあった。

 ドキドキしながら聞いてみる。


「ガレア……

 もしかして……

 この道って……

 マザーの所まで続いているなんて事無いよね……

 いやまさかね……

 いくらガレアの力が凄いからってね……」


【ん?

 そうだよ。

 駄目か?】


 ガレアはあっけらかんとそう言う。


「……そう」


 雑。


 まず浮かんだのはこの一言だ。

 竜って言うのは全員こうなのか。


【ほら、あっちに薄ーく山が見えるだろ。

 あの辺りだよ】


 ガレアが真っすぐ伸びた荒野の道を指さす。

 僕も指差した方向を見る。


 しかしガレアの全開魔力閃光フルアステショットは凄いなあ。

 全然終わりが見えないや。


 そう言えば遠くの方に薄く山が見えるが、何かゆらゆら揺らめいている。


 もしかしてあれは蜃気楼か。

 どれだけ遠いんだ。


【じゃあ行くぞー】


 ドスドスガレアが歩き出した。

 全然距離が縮まらない。


 ドスドスドスドス


 ガレアが歩く。


 ドスドスドスドス


 ガレアが歩く。


 ドスドスドスドス


 ガレアが歩……


 あーもー!

 じれったい!


「ガレア……?」


【フンフーン】


 ガレアは気持ちよさそうに歩いている。


「ガレア……

 ねぇガレアってば!」


【フンフ……

 なんだよ竜司】


「ねえガレア。

 久々で気持ちいいのもわかるけど。

 そんなスピードじゃいつまで経っても着かないよ。

 三重で見せたみたいに本気で走ってよ」


【ん?

 そうか?

 じゃあ行くぞー】


 ギュンッッ!


 身体がグンと持っていかれそうになる。

 踏ん張る僕。


 速い。

 速い速い速い。


 さすがガレア。


 ここで僕は疑問が浮かぶ。

 三重の時はこのスピードでガレアからぶっ飛んでいたのに今は平気だ。


 多少の強風ぐらいで治まっている。

 魔力注入インジェクトもまだ使ってない。


「ねえガレア!

 何で今は平気なの!?

 三重の時はこれぐらいで吹っ飛んでいたのに!」


【あん?

 そんなのわかんねぇよ】


 走りながらガレアはそう言う。

 確かに。

 すると後ろから暮葉くれはのフォローが入る。


「多分それはさっきガレアの張った膜のせいだと思う。

 膜が風圧を散らしているんじゃないかしら?」


 なるほど。

 魔力は便利だなあ。

 それにしても広い森だ。


 多分ガレアは本気の半分ぐらいのスピードで走っている。

 根拠はペイパーコーンが出ていないのと体感だ。


 でも本気走りがマッハを超えているとして凡そ時速千キロ。


 その半分だから単純に考えても時速五百キロ。

 ガレアはずっと時速五百キロで走っているのにまだ森は抜けない。


 両脇の五、六メートルぐらいある木が物凄いスピードで後ろへ流れていく。

 平気だからか少し調子に乗ってみる。


「ねえねえ!

 ガレア!

 本気で走ってみてよ!」


【ん?

 いいのか?

 じゃあ……

 吹っ飛ばされんなよ!】


 僕はガレアの首にしがみ付く。


【雄雄雄雄雄雄ッ!】


 ガレアが吠えた。

 三重のレースを思い出す。


 来た。

 ぐんぐん速くなる。


 速い速い速い。

 両脇の木々がぼやけて一つの帯になって超速で後ろに流れる。


 ブルッ


 僕は震えた。

 来た来たこの急激な寒さは。


 ちらりと横を見ると出ていた。

 ペイパーコーンが。


 ガレアのマッハ越えだ。


「ヒャッッッッホォォォォウッ!」


 僕はテンションが上がって思わず叫んでしまう。


「竜司ーっ!

 何がそんなに楽しいのー!?」


「だってこんなこんなスピードではしるなんて初めてだよっ!?

 テンションも上がるさっ!」


 正確には三重のレースで経験しているから初めてではない。

 でもあの時はレースに必死でガレアの速さを楽しむ事なんて出来なかった。


「へぇーっ!

 人間って変な事で喜ぶのねっ!」


「そうっ!?

 それよりも暮葉くれはは大丈夫っ!?

 もっとしっかり捕まってなよっ!」


「うん!」


 元気な声が聞こえたと思ったらギュッと少し力を入れる暮葉くれは


 フニ


 柔らかいものが僕の背中の肩甲骨下辺りに当たる。

 これはもしや。


 いやもしかしなくてもそうだろう。

 暮葉くれはは女の子なんだから。


 僕は顔が真っ赤になってただろう。

 何故って暮葉くれはの背丈に比べてその柔らかいものは大きかったから。


「竜司ーっ!

 どうしたのーっ!

 耳が赤いわよーっ!」


「えぇっ!?

 何だってっ!?

 聞こえないよーっ!」


 嘘である。

 バッチリ聞こえていた。


 でも恥ずかしいのですっとぼけたのだ。


 もうずっと頭の中はピンク色の妄想で一杯だったよ。

 悶々としている所にガレアから声がかかる。


【そろそろ着くぞー】


 ええっ!?

 もう!?


 ガレアが減速していく。

 気が付いたら周りの風景ががらりと変わっていた。


 先程まであった両脇の木々はどこにも無く。

 だだっ広い草原を走っていた。


 前方には山がそびえ立っている。

 文字通り聳え立っている。


 雲を突き抜け立つその山の頂上は蒼く霞んで見えない。


 この草原にしたって遥か向こうに大きく地平線が横たわっている。

 地平線なんて見たの初めてだ。


 竜界と言うのは何もかもがスケールがデカい。


 道は変わらず抉れた荒野が続いている。

 ガレアの全開魔力閃光フルアステショットで出来た道だ。

 マザーの所まで続いていると言ってたけど本当だったんだな。


【ハイ着いたぞ】


 ガレアが止まる。

 僕と暮葉くれはは地に降りる。


 まず眼に入ったのは山の麓ににある大きな洞だ。

 覗くと奥が真っ暗で見えない。


 よくよく見るとガレアの作った道と繋がっている。


 これもしかしてガレアの魔力閃光アステショットが作ったものか。

 その凄まじい威力に絶句し、とりあえず僕はスルーした。


「で、どこなの?

 マザーの城って」


【こっから少し山登るんだよ】


 この時はふうんって感じだったよ。

 まだ地球の感覚だったんだろうね。


 とにかく僕ら三人は登り始めた。



 一時間後



 まだ着かない。

 大分登ったけどまだ着かないのか。


 いや正確には山はあまり登っていない。

 山の表面を螺旋状に登っている。


「ねーねー竜司。

 これって確か人間で言う所の“ぴくにっく”ってヤツじゃないっ?」


「そうだね。

 お弁当を持って来てたら良かったのにね」


 暮葉くれはと他愛の無い話をしながら山を登る。



 二時間後



 まだ着かない。

 かれこれ三時間は歩いただろうか。


 汗は出尽くしてもう出ない。

 両太腿は乳酸が大量に出て、物凄く怠い。


「ハァ………

 ハァ……

 もう駄目だ……」


 僕はついにへたり込んでしまった。


【おいおい竜司大丈夫かよ】


「何とか……

 あとどれぐらいで着くの……?」


【多分今半分ぐらいだぞ】


 僕は絶句した。

 半分って事は片道六時間。


 僕は立ち上がる気力を無くしそうだった。

 項垂れていると次は暮葉くれはが話しかけてくる。


「竜司ー。

 どうしたの?

 先に進まないの?」


暮葉くれはは……

 ハァハァ……

 平気……

 なの……?」


「平気?

 何が?」


 暮葉くれははキョトン顔。


 見ると全然平気そうだ。

 そういえばこの娘は竜だった。


【竜司ー。

 そろそろ行こうぜー】


「待っ……

 もうちょ……」


 僕は上手く喋れないぐらい疲弊していた。

 項垂れたまま姿勢を変えない僕を見てガレアが呆れてこう言う。


【なんだよ。

 しょーがねーなー】


 ガレアは僕の襟首を掴みひょいと持ち上げ、自分の背に載せる。


【乗っけてやるよ】


「ごめ……

 ガレ……

 あり……」


 僕はガレアの背中に跨りちょうど首の裏に体を預ける形で少し眠ってしまった。

 そりゃそうだノンストップで坂道を歩き続けたんだから。


 地面も舗装されてなく、ゴツゴツとした岩だらけの砂利道と来ている。

 とにかく僕は寝てしまった。



 ###

 ###



 ガシュガシュ


 どこかで音が聞こえる。


 ガシュガシュ


 音だけじゃない何か揺れている。


 しかもある種の不規則なリズムを刻んでいる。

 僕は静かに眼を開ける。


「うん……?」


 僕の顔はガレアの首の裏にあった。

 ちょうど左側に向いている。


 僕の目に飛び込んできたのは砂利坂が物凄いスピードで右から左に流れている画。


 え?

 え?


 今、僕何してたんだっけ?

 山登りじゃなかったっけ?


 だが、僕の眼に映る画はよもや常識の山登りのスピードを遥かに超えている。


【おっ。

 なんかモゾモゾすると思ったら起きたのか竜司?】


 上からガレアの声がする。


「ガレアッ……

 物凄く速ビッ!!」


 話している時に揺れたため舌を噛んだ。


 口の中がジンジンする。

 正直山道でのガレアの乗り心地は最悪だ。


【よしっ!

 もう着くぜっ!】


 ズサササササッ!


 ガレアの急激な減速による地面との摩擦音が響く。


 もうもうと土煙が立つ。

 ガレアが止まった。


 僕はガレアから降りる。


 見上げるとそこに大きなモノがあった。

 おそらくこれがマザーの城なのだろう。


 これをモノと表現したのは建造物と言っていいのか憚れる形をしていたからだ。

 何か上から何列も堅そうな岩が垂れているように見える。


 こう言うの洞窟の映像とかで見た事あるんだよな……

 そうだ鍾乳石だ。


 石灰色の岩が鍾乳石の様に何列も垂れて城の形を造っている。


 後は窓……

 なのか何か所か四角い穴も開いている。


 ここで一つ疑問が出る。


 入口はどこだ?

 この城らしきモノもかなり大きいが少なくとも僕の目線上には中に入る入口らしきものは無い。


「ねえ、ガレア。

 これどこから入るの?」


【ん?

 あっこだよ】


 ガレアが上を指さす。


 上の方に台形の穴が開いている。

 高さにして凡そ十五メートルぐらいだろうか。


【竜司。

 お前どうせあっこまで届かないだろ。

 乗せてやるよ】


「ムッ」


 僕はガレアの偉そうな物言いに少しカチンと来た。


「フン。

 こんなの魔力注入インジェクト使ったらひとっ飛びだね」


【それも俺がいねーと無理じゃん】


「グッ……」


 ガレアの正論に言い返す事が出来ない僕。

 くそうガレアのくせに。


「いいから。

 じゃあ行くよ。

 魔力注入インジェクト……」


 ドクン


 ガレアの魔力球が体内に入り心臓が高鳴る。

 僕は両脚に魔力を集中。


【じゃあ行くぞー。

 ホイ】


 僕は思い切り大地を蹴った。


 物凄い勢いで身体が上空へ弾け飛ぶ。

 目の前の石灰色の壁が物凄い勢いで下へ流れる。


 数秒後


 まだ目の前の画が変わらない。

 石灰色の壁が下へ流れるだけだ。


 少し上を見る。

 一足先にガレアと暮葉くれはは着地している。


 あれ?

 おかしいな。


 どんどん昇るスピードが落ちていく。


 え?

 まだ少し上だぞ。


 やばい、このままだと僕だけ下に落ちてしまう。

 あと凡そ三メートル。


 二メートル。


 頑張れ僕ぅぅぅっ!


 一メートル。


 僕は力を振り絞って思い切り右手を伸ばす。


 右手に感触が伝わる。

 掴んだ。


 あの量で僕だと十五メートルが限界か。

 片手でぷらんと上空十五メートルでぶら上がる僕。


 早く残りの魔力を手に集中しないと。


 ベキッ


 僕の掴んでた石灰石が砕けた。

 僕の身体は重力に逆らわず、下に落ちる。


 あ、やばい。


 まず浮かんだ言葉はこれだ。


 焦って拳に魔力を集中してしまったみたいだ。

 視界の淵から黒くなる。


 意識が深い闇に落ちる様だ。


 ガクン!


 何かに引っ張られた。

 僕の身体がくの字に曲がる。


【全く何やってんだよ竜司】


 僕を引っ張ったのはガレアだった。

 大きく羽を羽ばたかせ僕を助けてくれた様だ。


「ご……

 ごめん、ガレア……」


 僕は小脇に抱えられ上へ目指す。

 ちらりとガレアの羽ばたいている羽を見る。


 翠の色が太陽の光と相まってエメラルドの様にキラキラ輝いてる。

 やはり綺麗だ。


 そんなこんなでようやくマザーの城に到着。


「はぁっ……

 はぁっ……」


 ようやくマザーの城に着いた。

 僕は疲労と安堵でへたり込んでしまう。


「フフフ。

 竜司お疲れ様。

 さぁっ、マザーの部屋に案内するわっ」


 暮葉くれはは僕の手を引き、立ち上がらせる。

 少し通路を歩くと脇に階段がある。


 にしても壁や天井は全て石灰色の鍾乳石の様に垂れている。


 その鍾乳石を何列にも何層にも重ねている。

 元々あった洞窟を加工したような雰囲気だ。


 階段も竜が上がるだけあって幅が広く大きい。


 幾段か階段を上がると二階(?)に辿り着く。

 そのまま通路を左に進む。


 突き当りの穴を潜ると大きめの空洞に出た。

 広さは小学校の体育館ぐらいある。


 ほぼ中央に玉座とでも言うのだろうか、仰々しく御座の様なものがある。

 でも誰も居ない。


「ここがマザーの部屋よ」


 辺りを見渡す。

 隅で何か丸まっている銀白色の竜以外誰も居ない。


「マザードラゴンはどこにいるの?」


「あれよ」


 暮葉くれはが指差す方向には隅で丸まってる白竜が居る。

 あの竜は何やってるんだ。


「あれ……?」


「あれ」


 とりあえず近づいてみる。

 遠目で見ると解らなかったが何か空中に浮いている四角い画面を見ている様だ。


 こう言うのどこかで見た事ある……

 あぁそうだ杏奈のBDBEバックドアボットアイだ。


 あれは紫の渦に映像が映るタイプだったけど、これは長方形でまるでTVの様だ。

 映像はと……


(もう逃げられないわっ!

 観念なさいっ!)


 映像では何か崖のシーンだ。

 喋っている女性、どこかで見たような……


 あぁそうだ。


 両平みさきだ。

 二時間ドラマの女王って言われている人だ。


 はっ!?

 僕は何を冷静に分析しているんだ。


 何で竜が日本の二時間ドラマを見ているんだって話じゃないか。

 僕は声をかけてみた。


「あの……」


【やっぱりコイツが犯人よね。

 アタシは解ってたわフフン】


 犯人を当ててご満悦のマザーらしき竜。

 僕は普通に無視されている。


 僕は目線を暮葉くれはに送り無言のヘルプコールをする。

 察した暮葉くれはが呼びかける。


「マザー。

 竜司つれてきたわよ」


【今回は開始二十分で解っちゃったわ。

 さすがアタシ】


 犯人が解った事にご満悦のマザー。


 普通にスルーされている。

 暮葉くれははツカツカと近づき、マザーの左肩をぐいと掴む。


「ちょっとっ!

 マザーってばっ!」


【おや?

 アルビノじゃありませんか。

 どうしたのですか?

 アイドルはもう良いのですか?】


 左を向いたマザーはそう言う。

 暮葉くれははハァと溜息。


「そんな訳ないじゃない。

 大体マザーが私と竜司達を呼んだんでしょ?」


【竜司……?

 ヒョッ!!?】


 急に奇声を上げ、眼をまんまるとさせたかと思うと光の煌めきの様な速さで中央の御座まで戻る。


 ドグォン


 鈍く重い音がして、もうもうと白煙が上がる。

 煙の中から出てきたのはキリッとポーズを取ったマザードラゴン。


【ようこそ竜司。

 我が居城へ。

 お待ちしておりましたよ……】


 バッチリポーズを決め

 ゆっくりと上品な声で話すマザードラゴン。


 確か暮葉くれはが自分の立場を気にするって言ってたっけ。


 僕は察した。


 あれ?

 口から何か細長い白いものが……。


 あれ、もしかしてあたりめじゃないか?


 僕はマザーの元居た所を見る。

 横たわった急須。


 乱雑に開けられたお徳用のあたりめパック。

 周りに散らばっているあたりめの破片。


【ヒョッ!!?】


 再び奇声。

 僕の視線に気づいたのかまた眼をまんまるとさせたマザー。


 素早く口を開け魔力放出。


 ドッカァァァン!


 耳をつんざく爆音。

 マザーが元居た所は消し飛んでポッカリ穴が開いた。


 僕は絶句した。

 辺りに沈黙が流れる。


 どうしよう……

 この空気。


 口火はマザーから切ってきた。


【えーコホン……

 改めてようこそ我が城へ。

 私がおばあちゃんで!

 女王様気取りの!

 マザードラゴンです……】


 さっき暮葉くれはが言ってた。

 こっちの発言や考えている事が筒抜けだって。


「いや……

 ははは」


 僕は乾いた笑みを浮かべるしか出来なかった。

 また妙な沈黙が流れる。


【えーコホン。

 では用件を済ませましょう……。

 アルビノ、悪いですけどベックを呼んできてもらえないかしら?

 壁の修理を頼みたいの】


【えー。

 マザー自分で壊したんだから自分で呼んできなさいよー】


 暮葉くれはがむくれている。


【アルビノお願い】


【わかったわよー】


 暮葉くれははそそくさと退室していった。


【さて……

 これで露払いは済みました……

 しばらくアルビノは帰って来ないでしょう……

 まず竜司……

 貴方を呼んだ理由を話しましょう……

 それは貴方に伝える事があったからです……】


 僕は黙って聞いていた。


【貴方は二年前横浜で起きた魔力暴走事故の事は知っていますね……?】


 僕は黙って頷いた。


【そう、あなたが引き起こした……

 日本ではドラゴンエラーと呼ばれる事件……

 本当に痛ましい事件でした……】


 僕の胸辺りがチクリと痛む。


【まず知っておいて欲しい事は……

 貴方があのドラゴンエラーの時に乗っていた白竜は…………

 …………アルビノです……】



 え?

 今何て?



 って言う事は僕は暮葉くれはに以前から会っていた?


【そうです……】


 僕は絶句した。


 何か暮葉くれはと運命めいたものを感じた。

 運命と言っても恋愛ドラマ等で言うような綺麗なものでは無い。


 言わば共犯者。

 この複雑な気持ちは何だ。


 胸がざわつく。


「ふう……」


 僕は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。

 おそらく暮葉くれはの言っていたちぎりは僕が逆鱗に触れてしまったためだろう。


 もしかしてあの時逆鱗に触れなかったら僕は暮葉くれはの竜河岸になっていたと言う事か。


【そう……

 竜司の考えている通りです……

 あのまま竜儀の式が上手くいけば問題なかったのですが……

 まさかあんな瞬間に特異点が発生するとは……】


「特異点?」


 特異点って何だ?

 どこの漫画だ。


 大体漫画なんかじゃ特異点って言葉を使う時って、ラスボスだったり主人公の最強パワーアップで使われたりする。


 出来れば後者でありますように。


 僕は心中で祈った。

 するとマザーが……


【フフフ。

 残念だけど私たちが使う特異点と言うのはそういうものではありません……

 世界線が別に移る時に使うの。

 竜司……

 あなたの逆鱗への接触……

 あの出来事も特異点だった……

 そこで大きく世界線が変化したわ……】


 胸がズキンと痛む。


【竜司ごめんなさい……

 貴方にとっては辛い事……

 でも貴方はあのドラゴンエラーと向き合うために旅を続けているのでしょう……】


「そうです……」


 僕は胸の痛みを押し殺し、何とか発言。


 色々と気になるワードも出たので聞いてみる事にした。

 このままだとマザーに言われっぱなしだからだ。


「あの……

 聞きたいこ……」


【世界線と言うのは特異点同士を繋ぐ線の事よ……】


 マザーは心が読めるんだった。

 そう言えばマザーは言った。


 “あの出来事も特異点だった”と。


 と、言う事は特異点と言うのは起きてから。

 つまり発生後でしか確認出来ないのではないか。


「あの……

 ひ……」


【竜司賢いわね……

 半分正解と言う所です……

 特異点には二種類あります……

 予測特異点と不予測特異点です……

 例えば今回貴方を竜界に呼べたのは予測特異点のおかげです。

 貴方が逆鱗に接触したのは不予測特異点……】


 なるほど。

 今回は予測特異点だったと。


 予測できたのならあんな緊迫した瞬間じゃなくて、もっと落ち着いている時に呼んで欲しかったなあ。


【それには理由があります……

 予測出来るからと言ってすぐに使用できる訳じゃありません……

 欠片フラグメントを集めないといけないのです……】


 その特異点を自由に使うにはある種の条件がいるって事か。


【その通り……

 ただ竜司……

 自由に使うというのは少し語弊がありますね……

 あくまでも特異点は指標、座標の様な物です……

 予測特異点……

 確かに起きるのは解るのですが、どこで起きるのかが解らないのです……

 発生座標を特定するために欠片フラグメントを確認する必要があります……】


 ふむ。

 じゃあ特異点が解るからって言って凄い力が使えたりはしないのか。


 どうも漫画やアニメ、特撮ばかり見ていたせいかそういう思考になってしまう。


【フフフ。

 そう言えば竜司……

 貴方は特撮が好きでしたね……

 ガレアと楽しそうに見ていたのを知っていますよ……】


 マザーが優しい微笑を浮かべている。

 そういえば欠片フラグメントって何だろう?


欠片フラグメントと言うのは座標を特定するために必要な事象の事……

 今回は……

 “アルビノと知り合う”

 “竜排会横浜支部の恨みを知る”

 “アルビノの力を知る”

 ……この三つです……】


 本当に出来事なんだな。


 ここでまた一つ疑問が浮かぶ。

 何でその欠片フラグメントとやらが関連しているのが僕だけなんだ。

 まるで世界のが僕を中心に回っている気さえする。


【ホホホ……

 竜司、それは自意識が過剰と言うものです……

 特異点は竜、人それぞれに持ちうるものです……

 ただ特異点を確認できるのは竜でも限られてきます……】


 ここまで話した段階で何か外から話声がする。


【ハイハイ!

 えぇえぇ!

 パイオツカイデーおっぱいでかいチャンネーお姉ちゃん

 任せて下さいっ

 コレもんのチャンネーお姉ちゃんたくさん仕込んでますんでっ!

 じゃあ二十一時?

 ブクロ池袋で!?

 はいはーい……】


 何か携帯で話している別の竜がやってきた。


 部屋に入って来たのは薄めのサングラスをかけ、Tシャツを着て肩からカーディガンを羽織り袖の部分を前に垂らして結んでいる。


 断っておくが入って来たのは竜だ。


 竜なだけあってTシャツがはちきれんばかりになっている。

 XL?


 いやおそらくXXXXLぐらいだろうか。


【おっ?

 ルーキー?】


 僕の方を見てサングラスを上げる。

 ピンと来たのだろうか。


 パチンと指を鳴らして僕を指す。


【君!?

 ラギスメくん!?

 もしかしてラギスメくんじゃね!?】


 誰の事だ?


 ラギスメ……

 ラギスメラギスメ……


 スメラギ……

 あぁ僕の事か。


「あ……

 はい」


 するとテクテク僕の周りを歩きだすその竜。


【ハイ!

 メイショー照明さん、チョイモーシーホーもう少し欲しいで……

 ハイ!

 一カメ、二カメ、三カメズドン。

 マードラドラマ“ラギスメ、マザーに会いに来る”!

 ハイキタドーーーン!】


 何だこの竜は。

 一人で何騒いでいるんだ。


【ビンワン、待っていましたよ】


 こいつがビンワンか!



 ###

 ###



「はい今日はここまで」


「パパー。

 最後に来た竜、何言ってるかわかんない」


「あんまり解らなくても良いよ。

 ビンワンはねTVプロデューサーが好きでね。

 ギョーカイ用語を使いたがるんだよ。

 それはそうと今回も長かったのに良く起きれてたねたつ


「もう慣れたよパパ」


「タハハ……

 じゃあ今日はお休み」


 続く

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