第九十七話 竜司、暮葉の秘密を知る。

「やあこんばんは。

 昨日はえっと……

 竜排会とケンカして、車に乗り込んだ所までだったね」


「うん」


「じゃあ始めようか」



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「マス枝さん、竜排会について詳しく聞かせてくれないですか?」


「……私もそこまで詳しくは知らないけど……

 それでも良ければ……」


「お願いします」


「竜排会って二年ほど前に発足したNGO団体よ。

 横浜でのドラゴンエラーがキッカケって聞いてるわ」


「ドラゴンエラーって……?」


「知らない?

 二年前、横浜で起きた魔力暴走事故の通称よ……」


 これを聞いた瞬間、僕の頭の中でフラッシュバックが起こった。

 灰燼の荒野、抉れた地面、人々の悲鳴。


 思い出したくも無いあらゆる凄惨な光景が浮かぶ。

 まるで早送りのスライドの様に。


 同時に胃液が立ち上る感覚がする。


「オェッ……

 す……

 すいません……

 止めてくれないですか……」


「わかったわ。

 マックス車を止めて頂戴」


(オーライ)


 車がコンビニ前の側道に止まる。

 すぐに僕は外に飛び出しコンビニのトイレへ駆け込む。


 口を開け、便器に向ける。

 と、同時に嘔吐する僕。


 ひとしきり吐いた後、その場て立ちすくむ。


 口の中に甘酸っぱい不快な味が残る。

 喉もひりひりする。


 少し落ち着いたかと思うと僕は泣いていた。


「うっ……

 うっ……

 ごめん……

 ごめんなさい……」


 誰にでもなくただ何度も謝罪を続け、静かに泣いた。


 ここまで旅をして僕は自分にも少し自信がつき、トラウマなんて克服したと思っていた。


 ただ何て事は無い。

 僕はまだまだトラウマに縛られたままだった。


 そんな事を考えているとまた嗚咽がする。


 そのまま僕は吐いた。


 とりあえず僕は胃が空になった所でコンビニでミネラルウォーターを買い、車に向かう。


【おいおい竜司大丈夫か?

 顔が青いぞ】


「うん大丈夫だよガレア……。

 ってよく顔が青いなんて言葉知ってたね……」


 車の扉を開けて中に乗り込む。


 僕は先と同じ様に暮葉くれはの隣に座ると暮葉くれはとマス枝さんが心配そうに僕に話しかけてきた。


「竜司どうしたの?

 大丈夫?」


「竜司、一体どうしたの?」


「いえ……

 ただの乗り物酔いです……

 大丈夫です」


「フフフ。

 竜司ってばあんなに強いのに乗り物に弱いなんておっかしーのっ」


「竜司、アナタ芸能人になったらほとんどが移動なのよ。

 体質が不適合。

 マイナス二点」


「……ハハハ」


 僕は芸能人になりたいなんて言ってない。

 いつなったら僕の点数は安定するのだろう。


 とりあえず僕のトラウマは上手く誤魔化せた様だ。


「じゃあ行くわよ。

 マックス車出して」


(オーライ)


「話の腰を折ってすみませんでした。

 改めてもう一度、竜排会について教えて下さい」


「そうね、だから二年前の横浜で起きた魔力暴走事件がキッカケで生まれたって言われているわ。

 知らない?」


「いえ……

 知らないです……」


 僕は嘘をついた。


「そう。

 無理も無いわ。

 あの事件が起きて一ヶ月程したらしたらマスコミの報道がピタッと止んだもの。

 政府から何か通知でもあったのかしら?」


 おそらく祖父が動いたせいだ。

 僕は落ち着いてはいたが身体はピクリと揺れてしまった。


「……芸能事務所だったらそれぐらい情報掴んでないんですか?」


「だってウチはまだまだ弱小だもの。

 業界に太いパイプなんかも無いし。

 そりゃあ大手事務所のシャイニングとかとは違うわよ」


 マスさんはあっけらかんとそう言う。


「……何でまたそんな所に……」


「初めから大きい事務所に入っても面白くないじゃない。

 小さい所に入って大きくするのが面白いんじゃない。

 暮葉くれはってダイヤの原石も見つけた事だし」


 マス枝さんはそう言いながら暮葉くれはをちらりと見る。

 その視線に気づいた暮葉くれはがフフンと自慢げな顔を見せる。


「どう竜司?

 私はタイヤのゲンシキなのよっ!

 エッヘンッ!」


「プッ」


 その少女が宝物を自慢するような無垢な自慢顔と竜特有の変な言い間違いが物凄く癒しになって僕は噴き出してしまった。


 そんな僕の様子を見て焦りだす暮葉くれは


「あれっ!?

 いま私、感情出し間違えたっ!?」


 焦った暮葉くれははオロオロし出す。

 そのオロオロ具合が可愛くて僕は声を出して笑ってしまった。


「ハッハッハ」


「えー。

 人間の感情って難しいわー」


 そこへマス枝さんがフォローを入れる。

 マス枝さんも少し笑っている様だ。


「ふふふ。

 いいえ、感情の出し方は間違っては無いわ。

 ただ竜司が笑ったのは感情の種類が子供っぽかったからでしょ?」


 概ね間違ってはいない。


「ええ。

 その通りですマス枝さん」


 僕は同意した。

 子供っぽいと言われたのに反応したのか少しむくれる暮葉くれは


「むー。

 子供っぽいって失礼ねー。

 私これでも四千八百歳なのよー」


 さすが竜。


「そういえばマス枝さんは暮葉くれはが竜だって知ってるんですか?」


「当たり前じゃない。

 天華暮葉あましろくれはって名前つけたの私だし。

 竜がアイドルなんてワクワクしない?」


「確かに」


 僕は素直に同意した。


 あ、話がまた脱線してしまった。

 元に戻す僕。


「それで竜排会の目的って何ですか?」


「竜を向こうの世界に帰す事よ。

 どうやって帰しているのかは私も知らないけど、何人かは戻ってるみたいよ」


 それを聞いた時、向こうの指揮官が言っていた脱竜隊だったつたいと言うワードを思い出した。


「規模としてはどれぐらいなんですか?」


「規模は全員含めると二万~三万。

 主な活動範囲としては関東、東海。

 そして最近四日市市長も入ったって聞くから活動範囲は近畿にも及ぶんじゃないかしら」


 僕は生唾を飲み込んだ。


「二~三万って……

 それって普通のNGOの規模じゃないでしょう。

 NGOの最大規模のJICAジャイカですら職員は千九百人弱ですよ」


「あら、竜司意外に博学じゃない。

 プラス一点。

 確かに普通のNGOの規模じゃないわ。

 でもそれには理由があるの。

 普通NGOって即戦力しか採用しないものなんだけど竜排会はそのハードルが物凄く低いの。

 採用条件は竜を憎む事。

 ただそれだけ。

 軽い面接で終了するって話よ」


 なるほど。

 粛正隊とか言う普通のNGO団体には似つかわしくないヤクザ達が居たのも納得。


「なるほど。

 道理で向こうにヤクザまがいの連中が居たわけですね」


「この不景気だしね。

 食いつまみ者が集まってるんでしょ」


 今わかった情報をまとめると……


 ■名称:竜排会

 ■目的:竜を竜界送りにする事。

 ■構成人数:二~三万人

 ○粛正隊:荒事担当、主にヤクザやチンピラで構成。

 ○脱竜隊だったつたい:推測だが元竜河岸で構成される。


 竜語の通訳や竜河岸との戦闘時の妨害等を行うんだろう。

 僕は自分の考えをまとめた段階で素朴な疑問が生まれた。


「竜排会の活動資金ってどこから出ているんですか?」


「そこまでは知らないわ。

 通常NGOって寄付だったり活動報酬。

 後は政府からの助成金なんかで運営資金を賄ってるらしいけど。

 けど二、三万の従業員を養えるぐらいだから相当太いパトロンがバックに居るわね」


 元竜河岸もいるって話だし、多分活動資金はその辺からだろう。

 とりあえず元竜河岸が居るのなら竜や魔力の情報に詳しいのも頷ける。


 僕が流星群ドラゴニッドス発動時の緑のフィールドも見えていただろう。

 竜排会と対峙する時は極力スキルの発動を控えないと。


「私が知ってるのはこれぐらいよ」


「充分です。

 ありがとうございます」


「けどまさか本当に暮葉くれはが狙われるなんてね……」


「情報掴んでたんですか」


「確証があったわけじゃないわ。

 でも竜がアイドルってスポットライトを浴びる仕事をしているわけじゃない。

 これからは暮葉くれはを護る事も考えてマネージメントしないとって考えて一日署長のオファーを受けたのよ。

 まさか移動中を狙ってくるなんてね」


 確かに。

 竜憎しの連中からしたら竜のアイドルなんて考えられないだろう。


 色々納得した所でチョイチョイ袖を引っ張る感触がする。


 感触の方を見る僕。

 犯人は暮葉くれはだった。


 何やらムムムと言った少しむくれている様子だ。


「むー。

 竜司ー。

 私ともお話ししなさいよー」


 流石アイドル。

 むくれていてもカワイイ。


「ごっ……

 ごめんッ!」


 咄嗟に謝る僕。

 僕の謝罪も暮葉くれはの溜飲が下がらないらしくぷうっと頬っぺたを膨らましている。


「ムムムー」


「ごめん暮葉くれは

 別に蔑ろにしてた訳じゃないんだ。

 これは君を護る事にも繋がる大事な情報なんだ」


 僕の返答を聞いて目をパチクリしてキョトン顔になる暮葉くれは

 しかし返答は……


「そう……」


 の一言だけだった。

 何か釈然としないなあ。


 とりあえず僕は話を振ってみる。


「じゃあ何の話をする?」


 そう聞いた途端、暮葉くれはが焦りだす。


「ええっ……!?

 ええとええと……

 じゃあさっきのケンカの話を聞かせて。

 何で急に弱くなったり強くなったり。

 人間ってケンカの時ってああなの?」


 暮葉くれは、キョトン顔。


「あぁあれは魔力注入インジェクトって技術だよ。

 僕、普段は平均的な中学生だよ」


 暮葉くれはのキョトン顔はまだ続く。


「いんじぇくと?」


 僕は出来るだけ簡単に魔力注入インジェクトの概要を説明した。


「……ってわけ。

 これ奈良でヒビキに教わったんだけどね。

 知ってる?

 白の王」


 白の王と聞いた暮葉くれはの顔がギョッとする。


「白の王ってあの金氷帝きんひょうてい、ヒルメイダスの事?」


 ヒルメイダス……

 そういえばヒビキの名前がそうだった。


「そうだよ。

 知ってるんだ」


「マザーの所に居る時にね時々顔出していたわ。

 確か何年か前に地球に行ったって話だったけど」


「ヒビ……

 ヒルメイダスって竜界だとどんなだったの?」


 どうもヒビキの本名は言いにくい。


「冷たい。

 何か人を寄せ付けない雰囲気だったわ。

 それ以前に近づいたら凍ってしまうから近づけないし」


「へえ……」


 最初会った時の言葉は“このスットコドッコイ”だったような。

 あの威勢のいいおばちゃんキャラと冷たい雰囲気が一致しない。


「あの金氷帝きんひょうていと知り合いなんて凄いわねぇ。

 竜司」


 凄い事なんだろうか。


 確かにヒビキは強かったけど、僕からしたらただの威勢の良いおばちゃんなんだけどな


「王の衆って全員そんな感じなの?

 と言うより王の衆って何人居るの?」


「私も全員と会った事あるわけじゃないからわからないけど……

 王の衆は全員で七人よ」


 暮葉くれははじぃっとこちらを見ながらそう答える。


暮葉くれはは他にどの王に会った事あるの?」


「ええと……

 磁鍾帝じしょうてい、黒の王カイザリスでしょー……

 あと琥煌帝こおうてい、橙の王ハンニバルかな?」


 暮葉くれはが指折り数えている。

 黒の王の名前を聞いた途端に祖父の顔を思い出した。


 正確にはあの上から見下ろす侮蔑しか込められていないあの冷酷な目を、だ。


 僕は冷静なつもりだったがやはり体が反応していしまう。

 ピクッと身体が動く。


 さっきからじっと僕を見ていた暮葉くれははその反応を見逃さなかった。


「竜司、どうしたの?」


 気づいてしまったか。

 僕は重い口を開く。


「……黒の王って……

 祖父の使役してる竜なんだよね……」


「祖父ってさっき言ってた辛くあたるお爺ちゃんの事ね……」


 僕は言葉を発せず頷いた。

 僕のこの反応を見て察してくれた。


「竜司……

 聞きたいけど言いたくないなら言わなくていいよ……」


 そう言いながら暮葉くれはは僕の手にそっと自分の手を合わせてくれた。

 暮葉くれはの手はひんやりしてて気持ち良かった。


 僕は少し焦って反応して合わせてくれた手を見る。


 僕の反応を見て咄嗟に手を放し、焦り出す暮葉くれは

 伝染したのかな?


「あれっ!?

 人が落ち込んでいる時にこうしたら落ち着くからってマス枝さんがっ?!

 あれあれっ!?

 間違えてたアタシッ!?」


 確かに暮葉くれはのひんやりした手の感触で少し落ち着いた。

 僕はフォローを入れる。


「いやいや、そんな事無いよ。

 落ち着いた。

 ありがとう」


「そう。

 良かった」


 暮葉くれはも落ち着いたようだ。


「ゴニョゴニョ……

 でもマス枝さんがそんな事言うなんて意外だね。

 さっきのヒビ……

 ヒルメイダスの印象ってどちらかと言うとマス枝さんが近いような気がするよ」


 僕は悪戯っぽく笑いながらそう耳打ちする。


「ごしょごしょ……

 えーそんな事無いわよ。

 あー見えて結構優しいのよマス枝さんて。

 いつもはガミガミうるさいけどねフフフ」


 お返しとばかりに暮葉くれはも僕に耳打ちする。


 ほのかに花のような匂いが香る。

 暖かい吐息が耳にかかる。


 聞き終わるとすぐに顔を離す僕。


 おそらく赤面していただろう。

 誤魔化すように話を続ける。


「でっ……

 でもホント?

 それ」


「ホントよ。

 私がまだアイドル活動を始めたばかりの時にね……」


 暮葉くれはが笑顔で話し出す。

 言うにはアイドル活動したての頃、駅前でゲリラライブをやったんだって。


 十人ぐらいは集まったらしいんだけど最中に卵を投げつけられた。

 竜は日本から出ていけって罵声を浴びせられてライブは終了。


 それでベンチで腰かけて人間に気に入られるって難しいなって考えてる所にマス枝さんが同じように手を合わせてきたんだって。


 ほんのり熱さを感じたって言ってたよ。


 でもね、その頃はまだまだ感情が解らなくて何でそんな行動をしたかが解らなかったんだ。


 キョトンとしていたらマス枝さんが優しい声で行動の意味と貴方ならトップアイドルになれるって励ましてくれたんだって。


「へえ何か意外だね」


「二人とも楽しく話してるのは良いけどそろそろ目的地よ。

 降りる準備をしなさい」


「はい」


「はーい」



 富士警察署



 ここではパレードを行うそうな。


 富士警察署から国道百三十九号線を南下し、国道一号線に入り滝川の川縁まで行くそうな。


 富士警察署前にも出待ちのファンは何十人か居た。


「遅れて申し訳ありませんっ!

 すぐに準備致しますのでっ!」


 降りるなりマス枝さんが向こうの署員に謝っている。


 そそくさと準備を終え慌ただしくパレード開始。

 僕はと言うと警備としてついていく事に。


 インカムを付けて指示を聞きながらね。

 インカムに向かって了解って言う度に自分がカッコ良くなった気がしたよ。


 つつがなくパレードは終了。


 そして一息つく暇も無くそのまままた移動。

 次の目的地は沼津警察署。


 車で三十分ぐらいで到着との事。

 ルートは国道三百八十号線。


「ガレア、またついてきてね」


【わかった】


 僕も車に乗り込む。



 車中



「ところでさっき言ってたナントカ帝とかって何なの?」


「え?

 何の話?」


 暮葉くれはキョトン顔。


「ほらヒビキの事……

 金氷帝だったっけ。

 とか言ってたじゃない」


「あーその事。

 三十年ぐらい前かしら?

 何か考えて付けたんだって」


「付けたって誰が?」


「ビンワンよ」


 素直に思った。

 誰って。


 思わず言葉に出る。


「誰それ?」


「あ、竜司って竜界行った事無かったんだっけ。

 向こうで人間文化を広めてる竜よ」


 そう言えばガレアが言ってたっけ。

 向こうでアステバンを見たって。


「そのビンワン……

 だっけ……

 いつからそんな事やってるの?」


「確か六十年ぐらい前からって言ってたっけ」


 結構長い。


暮葉くれはは会った事あるの?」


「あるわよ。

 マザーの居城にもよく来てたし。

 プッ……

 フフフ」


 暮葉くれはが口を押さえて急に吹き出し、笑い出した。


「どうしたの急に?」


「フフフ……

 これって人間で言う所の何て言うんだっけ……

 そうそう、思い出し笑いって言うのよねフフフ。

 マザーがね、ビンワンが来る時になったらソワソワし出すの。

 私はアイドルの映像を持って来た時にしか見なかったんだけど、いつもマザー用に特別なものを持ってくるの。

 だからいつも時間が近づくとビンワンはまだですか?

 ってずっと私に催促するのよフフフ」


 マザードラゴンって言うぐらいだからもっとこう荘厳なイメージと思いきややっぱり竜なんだな。


「……マザーって言うぐらいだからもっとこう……

 立派な人だと思ってたけど、そこはやっぱり竜なんだね」


「普段はもっと落ち着いているわよ。

 でもビンワンが来る時は違うのよね。

 ずっと映像見てるもの」


 それでいいのか竜の長。


「あ、そうそう。

 何で王の衆に変なのくっつけたの?

 そのビンワンって竜は」


「ビンワンって地球と竜界を行ったり来たりしてるのよね。

 確か三十年ぐらい前かしら。

 一度戻って来た時にマザーに頼んでたわ。

 すっごい興奮してたの覚えてる。

 後で聞いたら何かアニメだか漫画を見たんだって。

 そこで出てきたキャラが聖帝って言うのが付いていてそれがカッコいいって」


 三十年ぐらい前で聖帝ってなるとおそらく週刊少年フライでやってた北祖の拳ほくそのけんの聖帝カイザーの事だろう。


 僕が生まれる前の作品だけど好きでアニメはもちろん、漫画も読んだ事ある。


「他の高位の竜ハイドラゴンも一緒でそんなのついてるの?」


「ついてないわよ。

 マザーの衆はマザードラゴンが一律却下したし。

 でもね王の衆はボルケが気に入っちゃったから……」


 確か赤の王、ボルケは王の衆のリーダーだ。


「それで採用されちゃったの?」


「そうよ」


 暮葉くれははあっけらかんと答える。


「ちなみに赤の王はどんなのなの?」


 僕は興味本位で聞いてみた。


「えーと……

 確か緋焦帝ひしょうていボイエルデューだったわ」


 僕はある事に引っ掛かる。

 確認のため聞いてみる。


暮葉くれは……

 そのナントカ帝って言うの付けて呼ぶ時って愛称で呼ばないの?」


「あ、竜司鋭い。

 ビンワンがね決めたルールなの。

 呼ぶ時は上のヘンテコな奴だけか名前の上を付けて呼べって」


「ふうん、じゃあヒビキは金氷帝か金氷帝ヒルメイダスって呼ばないと駄目って事か。

 そのルールって破ったら何か罰とかあるの?」


「いや、今は特に」


「じゃあ何で守ってるの……?

 もしかして暮葉くれはもカッコイイとか思ってるんじゃない?」


 僕はふざけてそんな事を聞いてみる。

 正直僕は少し厨二心を動かされた。


 そりゃ恥ずかしいから口に出さないけどね。

 でも暮葉くれははキョトンとする。


「ん?

 カッコイイ?

 何で?

 ビンワンじゃあるまいし。

 私も二年ぐらい前までは普通に愛称で呼んでたわよ」


「じゃあ何でそうなったの?」


「二年前私が起こした事件でちぎりに入ったからよ」


 先程も出てきたワード。

 ちぎりって何だろう?


「さっきも言ってたけどちぎりって何?」


「マザーが定めた禁忌に触れると竜界に強制転送されて当分地球には行けなくなるの。

 その期間の事をちぎりって言うの。

 地球で私たちが暮らすようになってから定めたって言ってたわ。

 それで竜界でちぎりをしてる間、何か一つ言う事を護らないといけないの」


「その言う事ってマザーが決めるの?」


「私が見た中だったらそうだったわ。

 でも私の場合はたまたま来ていたビンワンが決めたの。

 だから誰でもいいみたい」


「なるほど……

 それでビンワンの言う事って……」


「そう。

 考えたヘンテコな奴を使う事。

 もうちぎりは明けてるからもう守らなくてもいいんだけどね。

 何か癖みたいになってるのかしら?」


 そんな話をしていると前で動きがある。

 口火を切ったのはマス枝さんだ。


「あら?

 通行止め?

 しょうがないわ。

 マックス迂回して」


(オーライ)


 ワゴン車が右折し、海岸線を走る。


(うおっ!)


 ドライバーの大声と共に急ブレーキがかかる。

 何か異変が起きたのか?


 焦って前を見ると大型のバギーが二台横に止まり道を塞いでいる。

 あれって確かハマーって言う軍用の装甲車だ。

 

 その時はしまったって思ったよ。


 僕は全方位オールレンジで周りの索敵を怠っていたからだ。

 そうこうしている内に後ろも二台ハマーが止まり退路を断たれる。


「くそっ」


 僕は自分の失敗を短い言葉で吐き出し、遅ればせながら全方位オールレンジ展開。


 その結果を見て愕然とする。


 さっきとは比べ物にならないぐらいの数だ。

 さっきは青い帯ってぐらいだったが、今回は青い大河だ。


 その青い大河が激流の如く流れ一瞬で僕らが乗っているワゴンを取り囲む。


 僕の全方位オールレンジは正確な人数までは解らないがおそらく五千から下手したら一万人を超えているかも。


 額に一筋冷汗が流れるのが解る。


 周りを見渡す。

 戦えるのは僕しか居ない。


 あの数で護りきれるだろうか?

 数では圧倒的に不利。


 僕は少し震えていたのかも知れない。


「竜司、大丈夫?」


 僕の様子を察して暮葉くれはは声をかけてくれた。

 その言葉で少し落ち着いた。


 暮葉くれははと言うと全く動じていない。

 あの数が全員自分狙いと言うのを解っていないのではないだろうか。


「うん……

 大丈夫だよ。

 暮葉くれは……

 心配しないで。

 君は僕が死んでも護るから」


 正直言うと怖かったよ。

 だって五千人以上VS二人だもの。


 でも女の子の前だしカッコつけたかったんだよ。

 僕は意を決して車を降りる。


【あ、竜司。

 何だこいつら。

 えらいワラワラいるぞ】


「ガレア、まだ手は出さないでよ。

 やる時は一緒だ」


 ガレアを見て落ち着いた。

 こういうヤバい状況でガレアの姿は本当に頼もしい。


 僕はワゴン車の前まで行き大声で叫ぶ。


「そちらの責任者と話がしたい!

 前に出て来て欲しいっ!」


 漫画で読んだ事がある。

 こういう圧倒的不利な状況で敵のトップと話して結局戦わず終わるって展開を。


 打算的だが淡い期待を込めて呼びかけてみたんだ。

 一人のグレーのスーツを着た男性が前に出てきた。


(私が部隊長の中田です)


 顔は額がヤバそうな気配のする浅いM字禿で顔のパーツは下に寄りより一層額を強調づけている。


 眼は細く鋭い。


「何事ですか?

 これは」


 ここまで来て何事もへったくれも無いと思うが。

 まず僕はすっとぼけてみた。


(我々の要求は一つ。

 後ろのワゴンに乗ってるクレハをこちらに引き渡してもらいたい)


「何故ですか?

 暮葉くれはは確かに竜ですが人と竜の懸け橋になるよう頑張っている。

 客観的に見ても危険だとは思えないんですが」


(と言う事は我々が竜排会と言うのも知っている様だね。

 ただ君は我々の恨みの深さは知らないと見える……)


 僕は少し周りを見てみた。

 受動技能パッシブスキル発動。


 見えたモヤの色は光が一切射さない深淵の闇の黒と血の様な赤。


 その二色がとぐろの様に絡みつき太く天高く立ち上っている。

 こんな色見た事無い。


 一瞬でヤバさが伝わる。


 このまま見ていると圧し潰されてしまいそうだ。


 僕は咄嗟に目を背ける。

 眼を背けた僕を見て中田と言う人は話を続ける。


(今いる人たちはほとんど二年前横浜西区に住んでいた者たちだ。

 君にわかるかい……?

 一瞬で家族を奪われた人間の恨みが……

 私は……

 あのドラゴンエラーで最愛の娘と家内を失った……!)


 そこまで語ると中田は歯を食いしばって泣いていた。

 顔は全体で怒りを表現するかの表情だ。


 全ての怒りをこちらに向けている。


 物凄い力で食いしばっているのだろう。

 口から血が出ている。


 その怒りに呼応するかのように他の人々も同じような怒りの表情を僕に向ける。

 僕はその怒りの洪水に圧倒され何も言えなかった。


 ハッと我に返った中田は話し出す。


(すまない……

 君が起こした訳じゃ無いのに……

 ただ君も竜河岸の様だ。

 となると君の竜も放っておく訳には行かない。

 君はまだ若い。

 自分の竜とワゴンを置いて去るなら追いはしないがどうだね?)


 僕は少し黙った。


 確かに怖い。

 五千人以上の敵となんか戦った事が無いからだ。


 でもここで親友のガレアと暮葉くれはを置いて僕だけ逃げる?


「ハッ……」


 僕は少し笑った。

 逃げるのは簡単だ。


 でも逃げて残るのは何だ?


 親友と女の子を置いて尻尾を巻いた事を後悔しながら引き籠りに戻るのか?

 そんな馬鹿馬鹿しい事を考えて笑ったんだ。


 そして僕は言った。


「男が女の子を見捨てて逃げる事なんか出来る訳無いでしょ」


(女の子と言っても竜だぞ)


「関係無いっ!」


 僕は腹を括った。


(そうか……

 私は出来れば暴力で解決はしたくなかったんだが……

 致し方なし)


 中田が少し手を上げる。

 と、同時に後ろの数千の人達も一斉に手の武器を構えだす。


「ガレア……

 来るぞ……」


【ヘヘヘ……

 何かわからねぇがケンカだな。

 竜司】


 中田が手を上げ切った。

 そして、勢い良く手を振り下ろす。


(かかれぇぇぇぇぇ!)


 この声と同時に僕もガレアの右手を掴む。


「ガレアァァァァ!

 魔力注入インジェクトォォォォ!」


 ドクン

 ドクン


 ガレアの手から魔力が伝わって来るのが解る。

 そういえば今日は何回、使ったっけ?


 この手繋ぎ法。

 魔力球を押さえられないためにさっき咄嗟に思い付いたんだ。


 けど注入された魔力量が解りにくい。

 こればかりは数をこなさないと解らないだろう。


 ウオオオオオオッ!


 先程のヤクザと違って顔こそ憤怒の色に染まっているが姿は一般人だ。

 戦うにしても手加減しないと。


 とそんな事言ってる間に先ずは五人。

 ガレアにも釘を刺しとかないと。


「ガレアッ!

 絶対殺すなよッ!」


【めんどくせぇなぁ。

 わかったよ】


 拳に魔力を集中。

 僕はまずは右の二人の腹に軽くパンチを入れる。


(おごぁぁっ!)


 二人は前のめりに倒れる。

 ガレアは両手で左の二人の頭を掴みポイポイと素早く投げる。


 そしてもう一人も軽々投げてしまう。


 いつもならこれで次の相手だがこの人達は違った。

 ブルブル震えながら僕の両脚にしがみ付いてきたんだ。


 足を動かすが簡単に剥がれない。


 僕は焦って脚に魔力を集中するのを忘れていた。

 そうこうしているうちにまた五人が向かってくる。


 やばい。


 僕は上半身に魔力を集中。

 四人の手に持つ鈍器が僕の肩に、両上腕に、頭に突き刺さる。


 魔力注入インジェクトのおかげで全然痛くは無い。

 だけど、力加減からこの人達の本気さが伺える。


【何やってんだよ竜司】


 ガレアはそう言いながら余った一人。

 僕を攻撃した四人、ついでに両脚にしがみ付いてる二人もポイポイと投げ捨てる。


 まるで草むしりの様だ。


「ありがとう……

 ガレア……」


【でもどうすんだ竜司。

 投げても投げてもかかって来るぞ】


 これは流星群ドラコニッドスを使うしかない。


 だけど手加減無しで出来たさっきのヤクザと違いこの人達は手加減しないと駄目だ。


 ただ複数飛ぶ魔力閃光アステショットをコントロール出来るのだろうか。


 ウワァァァァッァ!


 叫び声をあげて更に竜排会の面々がが襲い掛かって来る。

 もう考えている暇はない。


「ガレアァァァ!

 流星群ドラコニッドスゥゥゥゥ……」


 緑のフィールド展開。

 僕はその場で一回転。


 前後に居る人の群れを視野に収める。

 次々と蒼い菱形が付く。


「シュゥゥゥゥトォォォッ!」


 ガレアが白色光に包まれる。


 刹那、無数の魔力閃光アステショットが流星の様に蒼い菱形に向かって真っすぐ飛ぶ。


(うわぁぁっ!)


「よしっ……

 え?」


 僕はすぐに異変に気付く。

 倒れる人はいるが数が少ない。


 よく見たら当たっても倒れていない連中は金属製の盾を持っている。

 もしかしてあれで防いだのか?


 僕が驚いていると……


 ドカッ!


 背中に激痛が走る。


 しまった。

 気を取られていて魔力を集中するのを忘れていた。


 時、既に遅し。


 激情がたっぷり乗った攻撃が上腕に、脇腹に、腰に次々当たる。

 痛みの波紋が身体中に広がる。


 痛みで魔力を集中する事も出来ない。


「あ……

 あ……」


 僕は力無く倒れる。


【あーっ!

 竜司っ!

 大丈夫か……

 ってお前ら邪魔だぁっ!】


 意識が朦朧とする。

 あぁ、ガレアが心配してる。


 早く立たないと。

 こんな時でもちゃんと人を殺さないのを護ってる。


 ガレアはやっぱりいい奴だなあ。


 そんな事を考えてた時だった。

 右手首をひんやりした感触が包む。


 感じた覚えのある感触だ。


「竜司、大丈夫?

 起きれる?」


 暮葉くれはだ。

 暮葉くれはがワゴンから降りてきていた。


「あっ……

 あぁ……」


 僕は精一杯強がり、ゆっくり立ち上がる。


 だが身体はと言うと心臓の鼓動に合わせて腕やら足やらから大きな痛みの波動が伝わって来る。


 正直立ってるのも辛い。


(目標だぁぁぁぁ!

 捕えろぉぉぉ!)


 竜排会の面々が叫びながら襲い掛かる。

 いや、正確には襲い掛かろうとした。


 と言うのも動きがピタッと止まったからだ。

 暮葉くれはがじっと竜排会の方を見ている。


 僕は後頭部しか見ていないから解らない。

 けど明らかに恐怖、いや畏怖を抱いている様な。


「竜司……

 貴方はどうしたい……?」


 さっきまでの天真爛漫なイメージとは遠い。

 優しくも裏に決意の様な物が見える声を発する暮葉くれは


「……僕の今日の仕事は君を護る事だ。

 僕はこの包囲網を突破したい」


「じゃあ右手で私の手を掴んで。

 そして左手でガレアの手を持って」


 言われるまま右手は暮葉くれはと。

 左手はガレアと繋いだ。


 何か三人とも仲良しこよしな感じだ。


「えと……

 これで?」


「竜司、さっき言ってたスキルを使ってみて」


 流星群ドラコニッドスの事だろうか?

 でもあれは視野に入れないと蒼い菱形はつかないんだけどな。


「え……

 じゃ……

 じゃあ、流星群ドラコニッドス……」


 ここで異変が起こった。

 緑色のフィールドが展開。


 ここまでは一緒だがここからが違った。

 圧倒的に。


 いわゆる僕の視野は上空に投げ出され俯瞰で見る形になる。

 全方位オールレンジで索敵を行う時の視野だ。


 そして次々と蒼い菱形印が竜排会の面々についていく。

 考える間も無く白色光に包まれるガレア。


 いつもより光が鮮烈だ。


 刹那ガレアの身体から数千の光線が発射。

 もちろん数を数えた訳じゃ無いけど今までの僕とは段違いの数だったよ。


 数千の光線は蛇の様にうねり、一つ一つ意思を持っているかの様に蒼い菱形に向かい着弾。


 ドッゴォォォン!


 瞬間、前後に大きな爆炎が上がる。

 いつもと色々違い過ぎて唖然とし、へたり込んでしまう僕。


 黙ったまま手を繋いでいる暮葉くれはの方を見上げる。

 爆炎の赤に照らされ、少し悲しい顔をした暮葉くれはが静かに話し出す。


「竜司……

 さっき言ったでしょ……?

 私は少し特殊な竜だって……

 それがこれ。

 私の能力はね魔力ブースト。

 私が近くに居るとその竜の魔力放出量は何倍にも膨れ上がるの……」


 僕はその暮葉くれはの能力に震駭する。


 この能力をもし呼炎灼こえんしゃくが手にしたら?


 これは危険だ。

 僕は力を込めて立ち上がる。



【ハイ】



 ん?


 何か竜の言葉が聞こえた。

 今まで聞いた事が無い声だ。


 あれ?


 周りがおかしい。

 僕は深い森の中に居た。


 え、何で?

 僕は海岸線に居たはずだ。


 もう勘弁してほしい。

 暮葉くれはの能力で充分お腹一杯なのに次は何が起きた。


【おー。

 ヤの森だー。

 懐かしいー】


「ここは……

 竜界ね」


 僕は唖然とする。



 ###

 ###



「はい、今日はここまで」


「パパ……

 ママの……

 ムニャ……

 能力って……」


 今日は恐ろしく長かったのにたつは頑張って眠らずに起きてくれていた。

 その気持ちが嬉しかった。


「ありがとうたつ

 じゃあおやすみ……」

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