第2話 此処は心の海 紅の海 

 気が付いたら俺は空に浮いていた。

 

 目の前に映るのは懐かしき我が家の景色。

 

どうやらここは俺の昔の記憶の中のようだ。

 

 そしてその大きな屋敷の前に見覚えのある金髪の幼女がいた。


あれは俺の幼馴染だ。


小さな頃は「武術の稽古に付き合えっ!」とうちの屋敷に突撃してきていた。


懐かしいな。


お互いに手合わせをずっとしていたものだから俺もあいつも大きくなっても実力は同じくらいになっていた。


俺は剣聖と呼ばれ…あいつは槍聖。


この二つ名で呼ばれていた。


そんな大層なものじゃないんだけどな。


 …ん?屋敷の入り口から二人の女の子が出てきたあれ…は……っ!?

 

視界が少し深紅に染まる、だがほんの少しだ。


突如現れた異感を落ちつけつつもゆっくりとあの2人の記憶を取り戻す。


 あの二人は…そう俺の妹の双子で


騒がしく活発元気な、桃色の母とよく似た髪の少女が姉の『ヴォルティア』


幼くも落ち着き物静かな、父親似の水色の髪の少女が妹の『ライティア』だ。


 …だが俺は何故二人を忘れていたんだ?


 俺のたった二人の大事な妹なのに…


 そう考えこんでいるうちに眼前に映っていた記憶の景色が切り替わっていた。

 

これは国で起こっていた戦争中の光景か?

 

戦場で指揮をとっていた俺のもとに一人の兵士が息を切らせて走り寄ってきた。

 その兵士をみた過去の俺は、


「どうした?」


 そう聞いた過去の俺に兵士は叫ぶように言った。


「大変です!いくつかの敵部隊が町の中に入り込みました!」


「なんだって!?」


 過去の俺は驚きに目を見開いている。


「馬鹿なっ!敵兵士は部隊で抑えている。

敵が入れる隙間なんて…!」


「それが…どうやら一部の門がから開けられたようでして…」


だと?………内通者かっ!」


 過去の俺は焦り報告に来た兵士に詳細を問い質しているが、

その光景を空から見ている俺のだんだん視界が紅くなっていく。


 …なんだ?あの光景をみていると胸が締め付けられる。

過去の俺は何か見落としている?そう考えていると、


「敵の目的はなんだ?市民の虐殺か?」


 そう過去の俺は兵士にきいたそのとき俺の視界がまた赤色に染まる。

 世界が少しずつ赤色に染まっていく。


もっと重要な何かを俺も過去の俺も忘れている気がして。


『敵の…目的…!?』


 混濁し始めている脳をまわすと先に体験しているからか俺は今、

この記憶の中で起こっている状況を思い出した。


 そう、気づいてしまった。

 

世界が紅色あかいろに変わっていく。


そして無駄だとわかっていても俺は過去の俺に叫ぶ。


『はやくっ!屋敷にっ!屋敷に戻れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』


 敵の目的という質問に兵士が答える。


「それが市民には目もくれずに町の中央に入っていったと…」


「…中央?………ッ!?ま…さか!?」


 過去の俺も気づき町の中央…自分の屋敷へと全力で走っていく。


 走って、走って、走って、走って、走って、


 走り抜けて 過去の俺と今の俺が たどり着いたのは





  …………………血染めの地獄の光景だった。


 



そこにあったのは刃から血を垂らしている武器を持った敵の兵士と


               ………血濡れで倒れている俺の妹たちだった



 思い出した…思い出した…思い出した…思い出してしまった。

 そしてその瞬間、世界は紅色の海に沈む。


 敵の兵士たちはいつの間にか武器を抜いた過去の俺が殺していた。

 

 深紅に染まった世界で、

      深紅に染まったその手で、

             深紅に染まった妹たちを抱き上げる。

 

妹たちは苦しそうに呻いていて、でも俺にも過去の俺にもできることは無くて

 俺達には泣くことしかできなかった。


 だがその時、少しだけ妹たちが目を開けた。


 少し微笑むと何か、聞こえない言葉を呟いて、

               そして…その瞼は永遠に閉じられた。


 それと同時に過去の俺の心が、魂が、壊れる音がする。

 大事だった何かが砕け散る音が。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 そこからは記憶は紅色に染まりうまく記憶してないのか、

それともこの記憶を見ていた俺もまた壊れたのか、

記憶の景色が途切れ途切れでありほとんど残ってはいない。


 だが、俺の本当の地獄はまだここからだった。


 それは壊れていた俺にはなかった記憶。

 

 壊れた俺は戦場で相対する相手を、ただただ敵を殺す、ころす、コロス。


 弱い敵だろうが、投降した敵だろうが、徴兵された農民だろうが、

 容赦なく肉片に変える。全部、全部、全部

 

 まるでそいつらが妹の仇だといわんばかりに。

 

 その光景をただ空に浮かんでいる俺は見続けた。

気が狂いそうなその罪業を。


 そんな光景がしばらく続いた後、いつの間にか戦争が終わった。

 

 壊れた俺の前には首を落とされた敵の総大将の亡骸がある。

 

 それを相手の総大将だと確認した味方の兵士たちは

「これで戦争がおわるぞっ!」「これでみんなに平和な暮らしが…」など喜びを分かち合い抱き合っている。


ただ虚空を見つめる俺の周りで。

 

そして壊れた俺のもとに共に戦い続けた幼馴染が近寄る。

 

…あいつはあんな状態の俺でも気にかけてくれていたんだな…


明らかに様子のおかしい俺の隣に並んだ彼女を見て 

それで少しだけ…救われた気になった。

 

だが、それでも…


記憶は進み…地獄はまだ続く。

 

俺の隣に並んだ幼馴染は長年寄り添った銀槍を抱きしめ口を開く。


「終わったよ…もう敵は…いないよ…」


俺が壊れていること既に気づいているであろう彼女は悲しそうにそう告げた。 

だが壊れた俺は幽鬼のように体を揺らし三日月の様な笑顔で首を傾げた。


「てきガぃなイ?ぃいゃマダぃル、コンナにィッパい!」


 そういった俺はゆらゆらと体を揺らしながら歩き出す。


そして目の前にいた味方の兵士たちに斬りかかる。


「うわぁぁぁぁぁ」「隊長っ!やめてくれぇ!」 


 喜びに染まっていた空間はあっという間に悲鳴と阿鼻叫喚に包まれて掴んだ勝利は地に堕ちた。


周りの人間たちの制止は耳に届かぬ壊れた俺はただただ刃を振るう。


親しかった友人に。慕ってくれていた後輩に。戦意を失っていた敵の兵士に。


「やめろ…やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 その光景を見続けることに耐えきれなくなった俺は叫ぶ。


 紅色に染まり沈んでいく海の中で。


 暴れまわる壊れた俺を同じ隊長格の友人たちが囲む。


 そして戦いの末、

       俺は幼馴染の槍に貫かれて、死んだ。


 深々と刺さった槍から俺の視界と同じ、深紅が伝わり漏れていく。


 それと同時に記憶の世界がひび割れてガラスのように砕けて崩壊し始めた。


 思い出すだけで狂いそうな記憶を抱きしめている俺は体が透けて消えていく。 


記憶の世界から去っていく俺が最後に見たもの…それは、

      涙を流しながら俺の死体を抱き伏せていた幼馴染の姿だった。

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