第2話 「行く」


私が今から掛け布団を空高く蹴り上げ、私がこれまで出したことのない早さでこの町を駆け抜けても、せいぜい第四中学より少し先に行ったところくらいまでが限界だろう。

こう考えると「行く」という選択肢はあまりにも無意味といわざるを得ない。


しかし、私はこれまであまり意識して考察するに至らなかったが、バイト先までのルートは本当に今のままで最適化されていたのだろうか。


要するに徒歩→電車→自転車のなかに非合理的な選択を無意識のうちにしていなかっただろうか。あらためて私はバイト先までのルートを正確に思い描く。例えば第四中学までのルート。私の家はマンションの6階角地で、毎朝わざわざ反対の端にあるエレベーターを使っていた。

階段がなんか面倒くさくて、エレベーターを使っていたが、その途中にある階段を2段とばしで降りることができれば相応の時短が可能となるのではないだろうか。

 

また四中に行くまでは朝練に向かう生徒達がそれこそ大勢いる。そのなかでも遠方からわざわざ通学する一部の生徒には自転車通学が認めているのだ。

幸運なことに我が家の前は彼らの通学路でもある。


以上から導き出される答えは①階段を2段とばしで降りる→②階段踊り場付近にてチャリ通の四中生をみつけ飛び乗る→③四中前にて降車後ダッシュである。

これで、徒歩→電車→自転車のルートが【自転車+ダッシュ】→電車→自転車とより早いアクションへと最適化されたのである。


となると、私は四中より先の駅にたどり着いたと仮定してよいだろう。なぜなら駅前のたこ焼き屋は早朝の営業をしていないため、そこで立ち止まることはないとみていいからだ。

駅では交通系電子マネーによるスムーズな入場により、改札までは問題ない。しかし、以前慌ててバイト先とは反対方向のホームに行ってしまったことがある。憂慮すべきはその一点だろう。電車の良いところは車などと違い交通量や信号等に左右されないところである。突発的な事故や車両点検、お客様対応や踏み切りの無理な横断、台風等の災害によって遅延する場合もあるが、今回に限らずそれは私のせいではないのでむしろ不幸中のクリーンヒットといったところだ。

では、乗るホームの間違いをどうするか。普段遊びに行ったり学校に行っていた際に利用するのぼり線は向かって右側。その反対のトイレに近い、ど田舎へと誘うくだり線が向かって左側。となると私はトイレに行くと見せかけて直前にくだり線ホームへと続くエスカレーターへとタッチダウンすればよいということになる。

エスカレーターは自動でホームへと運んでくれるので消耗しきった心身を癒すのにうってつけである。いや、ダメだ。それではダメダメだ。そこで最後の力を振り絞って、エスカレーターを2段とばしで駆け上がらなくてはならない。最初の一歩はあまりにも重く、体中が悲鳴をあげても、踏み出さなくてはならない。なるべく空気抵抗が少ない前傾姿勢で、エスカレーターの加速を強みにかえて風になるのだ。


あ、でも、そもそも電車で10分かかるのなら結局無理じゃん。



私は一度寝返りをうっておいた。

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