第12話 進軍

 光神が九尾によって四肢を奪われ無様に地に伏せ、力を失ったただの死に損ないと化すには、そう時間は掛からなかった。

 神を上回る妖なんて、聞いた事がない?

 自然の守神的存在である妖九匹集まれば、それ相応の力を限界まで全力で使わなくとも、異世界であるならば不思議は産まない。

 神がなんだ。

 っていうこちとらは何もする必要は無くなっていたから、これからが仕事だ。

 新たな光神を用意することと、コイツを食うこと。

「おい……何故、我を殺さぬ…」

「なんでって、じきに死ぬんだからトドメを刺す必要は無いよ?それに、早く楽にさせてあげられるほど、妖もこちとらも優しゅうない」

「殺せ」

「嫌だね。ゆっくりと死んでいけ。あんたに早々死なれたら陽が困る。だから、時間をかけて死んでね」

「ふざ……け、る…な」

「これも世のため神の為。あんたにあげる慈悲なんて、持ちようがないね。たった一人の為に、二人三人が動く必要はないんだ。それと同じだ。あんた一匹を楽にさせるために、わざわざ危うい橋を世の者全員を渡らせるなんてことはしないし出来ないし、必要ない」

 しゃがんで、それでも低い位置にある頭を掴んで持ち上げた。

 その目は憎らしいとでも言いたげに、こちとらを睨み上げてくる。

「あんた……左目が綺麗だね」

 その目に指を伸ばした。

 欲しくなったんだ。

 その目が、とても魅力的で、このままだと勿体ない気がして。

「やめ…ろ」

 爪が先に眼球に沿って入り込んでいった。

 皮と眼球の間を滑っていく。

 なんともいえない悲鳴がその口からあふれでていく。

 なんだろう………。

 このゾクゾクとする面白味は。

 血が、爪によって傷つけられて尚進むその途中で痛みを伴うであろうとは予想も容易いほどに流れていく。

 ぐち、と汚い音がした。

 それは聞きなれていたし、今さらこの手の感触に何か思えるほどじゃなかった。

 忍がゆえに慣れている。

 眼球を取り出す為にそれと繋がる紐のような赤いそれを、爪で噛むように断ち切った。

 死なないのであれば義眼をくれてやるが、そもそもコイツに至れば処理すればいいだけの話。

「あぁ、右目は要らないなぁ」

 喋ることもしない口からは未だに悲鳴の延長が流れていた。

 左目をどうしようということはない。

 乾かぬ内に、さて、どうしてやろうか。

 残念ながら、綺麗だったのは本体故の色だったらしい。

 抜き取ってしまえばそれはもう何の価値も何の魅力も無い。

「あぁ、そうだ。眼球も、薬には出来たか」

 才造に渡してもいいが、きっと趣味として残ったままの薬作成作業に、薬草でもなく、虫の抜け殻でもなく、神の眼球というのだから嫌な顔はしそうだ。

「あんた、目の食う感触知ってるかい?」

 もう言葉も吐けない口は僅かに震えて汚い音を垂れ流すことしか出来ていなかったが、その口へこの目を放りこんだなら、噛ませてみる以外はない。

 ぐちゃ、という潰れる音がその口から聞こえた。

 あぁ、慣れてもいなければ、最早嫌悪以外もないソイツは酷く顔を歪ませて、別の音を出しては吐き出そうとした。

「食べ方も知らないんだ?こちとらもね、子忍の頃に眼球を食べたのさ。それはもう吐き気だけじゃ収まんなかったね」

 浅い息の前で座って片手を広げる。

 これが最後の話だと、後味悪いだろうけど、それでも聞いて貰おうじゃないか。

「でも、何かを食わなきゃ餓死するんだよ。そんな状況だったから。忍だけじゃない。お侍さんもお殿様も。必死だったさ」

 どうせ、もう耳は機能を失っている頃だろう。

 それどころか、脳ミソも働かなくなってきているはずだ。

「お侍さんは、斬り倒した敵の腹を割って、胃の中にあるまだ消化されてない食べ物を拾いあげては、川で洗って飲み込む。そんな状況で、さて、忍は何を食う?」

 息が遠のいていくのが、見るだけでわかる。

 こんな話さえ、最後まで聞いてはくれないらしい。

「こちとらは、人を殺してはソイツの一部を食う。修行の一環でもあった。けど、普通じゃなかったのはそうだよ。忍の中でもそれを含めて酷い目で見られてたさ」

 空を見上げれば、もうどの力も働かない空が延々と続いている。

 さっきまでは、ぐちゃぐちゃだったんだ。

「けど、こちとらは人を人として見る、敵をも人として見る、そういう目は持ってなかった。それがどんなに幸せなことか。残念だ。こちとらはあんたでさえ神や人としては見れなかった」

 もう、何処も動かせず、何も機能しなくなった肉の塊を乾いた血がこびりついた手で撫でてみる。

 凸凹としていて、触りは良くない。

 落ち着ける置き場所なんてなかった。

 そのまま滑って空中に戻る。

「こちとらだけじゃ、勝てないってわかってる。そんくらい、鍛錬も怠ってたし。そろそろちゃんと動こうかね」

 どう動くか。

 人間の中からは戦は絶えない。

 人間に似てそれらすら戦は絶えない。

 けれど考え方としては逆だ。

 戦はそもそもの話、生き進む為とある。

 本来の目的から徐々にズレていく戦の理由も意味も、それは何の変化が影響しているか。

 それを知るつもりはない。

 人間に深くは足も手も突っ込まない。

 忍であるにせよ、神であるにせよ、人間というものとはまったく別の種である。

 忍が人間の道具として存在するのにも、時代は終わった。

 それでも、それでも忍が働くことが出来る場所だって残されている。

 故に己は未だにその顔が出来る。

 妖たちの住処も荒らされ変えられ、それでもどうにか存在し続ける妖もいて。

 それと同じだ。

 神であっても、この世界を造った者ではない。

 ソイツはもうとうの昔に死んでしまった。

 受け継いだのが、己であって。

 世界を動かせるのだとしても、それは無駄に手を加えてどうにかするのでもなく、成り行きに任せるのが基本として。

 しかし、代々この問題を叩きつけてくるのは、陰陽師おんみょうじと光神となった者だけだった。

 そういう設定がされていたのかもしれないし、これは決められた繰り返されるストーリーなのかもしれない。

 何のつもりでこの世を作ったのかも、知らないけれど。

 知らなくていい。

 己が鍵を持たされたからといって、この世界をどうこうするわけでもない。

 ただ、ただ、溜め息とを吐き出して、立ち上がった。

 さて、直しにかかるか

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