第8話 上には上が

「本当……壊れ始めてきてるわ」

夜影ヨカゲ、どうするつもりだ?」

「仮にもこの世界の神の一人だからさ、光神が無力化してんのは酒だけじゃないのはよくわかってるし、どうにかしてやらないと」

「手伝えることはあるか?」

「異世界者が手を出せる話じゃない…ってわけじゃないのがせめてもの救い。才造サイゾウ、舞いを覚えてる?」

「舞えばいいのか?」

「嫌になるほど、ね」

「それはキツそうだ」

 二人でケラケラと笑う。

 光神の無力化は、酒程度で出来るモンじゃない。

 だから、酔って弱ったところを、本当に何者かが悪さをしたんだろう。

 陰陽師おんみょうじであることは間違いない。

 だが、あの集団ではない。

「調べてみるかね」

 影を広げる。

 誰が世界を狂わせる?

 誰が神を嘲笑う?

 人間如きであろうとも、恐ろしく面倒だ。

 酒で酔う方がいいかもしれない。

 あの酒が残されているのなら、飲み干してみた方が面白い。

 壊滅の危機、までとなれば陽だけの力でどうこうではないのは知っている。

 けれども、陰が動いても仕方が無い。

 面倒だ。

 嫌になる。

「死にたいやっこさん…みぃーつっけたっ♡」

 その首を掴んで影から目を合わせる。

「影神…だと!?」

「いやぁ、面白いことしてくれるじゃない」

「何がだ」

「光神に何をしたか言ってみな」

 忍の記憶が這い出てくる。

「影神も、同じようにしてやるさ」

 バチッと、手が弾かれる。

 この痺れる痛さは陽の力以外にない。

 それも、光神の。

「あんたぁ……」

「悪いな。我のあるじに手を出されては黙ってはいられない」

「失望した。まさか、あんたが人間の配下につくなんざ」

「これでわかっただろう。俺は神の力を手に入れたんだ。光神の力に勝てるわけがないだろう?」

「だから、こちとらもあんたの配下にって?」

「そうだ。この世界を動かすのはこの俺だ」

「これだから人間は。光神、あんたにゃ神から降りてもらおうか」

「影神、我に勝てると思うてか」

「そりゃお互い様だ。」

「それはどうだろうな。主がいれば、力はいくらでも跳ね上がる。いつでも影神を捻り潰せるほどにな」

「黙れ。最初からどうにもあんたのことが気に入らない。いっそ、二人揃って消えろ。それが好ましい」

 影を浮かばせる。

 腹が立つ。

 呑み込んでやる。

 神のクセして事の重大さがわかってない。

 人間の、しかもクソみたいな奴の配下につくとは、どういう脳みそしてやがる?

 許されるものか。

 ここは異世界じゃないんだ。

 己の世界でやることか?

 影で刃を作り出し、それで攻撃を加えた。

 しかし、弾かれ消えた。

 そのうえ、首を両手で締め上げられ、押し倒される。

 力の差が可笑しい。

 陰陽師おんみょうじから力を跳ね上げられて、より一層増した力を遠慮なく使ってくる。

 影を全力で使っても、身体中が焼けて焦がされる。

 激痛くらい、慣れたもの。

 息が出来なくとも、続けていられる。

 笑い声が響く。

「これでもまだ言う気か」

 光神の手は熱い。

 嗚呼、嗚呼、熱い。

 熱い……から………。

 意識が遠のく。

 首から手が離れていった。

 それでも、動けやしなかった。

「はっはっはっは!!これでもうわかっただろ!さぁ、選べ!配下へつくか、ここで殺されるか!」

 答える声がない。

 熱い。

 まだ、熱い。

 懐かしい……。

 いつだったか、こんな、熱い手に捕まったことがあった。

「影神も、この程度か。ざまぁない」

 あぁ、ざまぁないさ。

 ぼやけた視界で、声を聞く。

 ピクリとも動かない体に、別の体温が触れる。

「夜影!」

「誰だ?お前は」

「夜影、死ぬな!」

「才……造…気……貸し、」

 なんとか最後の声を出す。

 才造がこちとらの手をぎゅっと掴んだ。

 使え、とばかりに。

 そんな才造の首に噛み付いた。

 一気に吸い取る。

 少し、のつもりが、半分くらい吸った。

「動けるか?」

「嗚呼、才造の気は強くて十分」

 立っているのが精一杯。

 カラスと他の陰陽師おんみょうじの気配がする。

 撤退するべきだろう。

 馬鹿やってたら、コイツらを救えない。

「才造、お願いがあるんだけど」

「わかっている」

 才造お得意、霧起こし。

 霧が包んでいくのを、追うようにその手は伸ばされる。

 忍とカラスの協力プレイを見ることになるとは、秒の時間稼ぎだ。

 そこから逃げ出した。

 陰陽師おんみょうじが集団であったことが丁度良かった。

 紛れて影に潜って後は走るだけ。

 あの陰陽師おんみょうじの半端ない気は確かに惚れるものがある。

 だからなんだ。

 気だけじゃないか。

 あんな気ならば、死ぬのも早かろう。

 だが、悔しい。

 地面を叩いて、空気を震わせる。

「影神……」

「絶対許さない!絶対に!この世界をくれてやるわけにはいかない!こちとらの、全部、奪わせない!!」

 国々も、陰の神の居場所も、仲間も、人々も、全部、全部……。

「嗚呼、嗚呼、嗚呼!殺してやる!絶対、引きずり落としてやる!!全部守ってやるんだから!!!!」

 焼ける。

 まだ…焼ける。

 熱い……熱い………

 それでも、収まるわけがない。

 じゅうぅぅぅ……と音をたてて焦げていく体が、痛く熱い。

 それがなんだ。

 光が陽が、なんだっていうんだ!

「落ち着け、悪神化するぞ」

「いっそそれでも構わない!失うわけにはいかないんだ!」

「独りで背負うな。陰の神なら沢山いる。皆、お前になら力を貸すだろう。協力する」

「コタ……。でも、手ぇ出さないで。傷付けさせたくないから」

 いつの間にか現れる風神も、才造のように険しい顔をする。

 熱い。

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