ポーチュラカのせい


 小箱はふかふかのピンクの生地で覆われて。

 金の縁取りには、キラキラの宝石たちが輝いていました。


 絵本で見たことがある。

 これは、王妃様のドレッサーに置いてあった宝石箱だ。


 きっと中を開いたら。

 沢山のアクセサリーが。

 横長の、三列の穴ぼこにはまっているに違いない。


 女の子は嬉しくなって。

 大事な宝石箱を両手でよいしょと抱えると。


 戸棚の二段目からひょいと飛び降りて。

 辺りをきょろきょろ見渡します。



 さて、あたしの宝石箱。

 どこに隠せばいいのかしら。




 ~九月二十六日(水) 勉誕元班計見単パ~


  ポーチュラカの花言葉 いつも元気



 好きなのか嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えることをやめた。


 そんな関係性。

 つまりは幼馴染。


 お隣りに、同じ日に生まれて。

 小中高と、学校でもずっとお隣さん。


「……なあに? あたしに用事?」

「いえ、なんでも」


 でも、この間の文化祭で。

 ちょっとした事件がありまして。


 好きなのか嫌いなのか。

 ちゃんと考えなければならなくなったこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、つむじの辺りにお団子にして。

 可愛らしい髪形ではあるのですけれど。


 その団子にこれでもかと活けられた。

 白にピンクに黄色の大輪。

 食用にもなるポーチュラカ。



 ……バカ丸出しなのです。



 しかし、そんなおバカな子に。

 バカにされた昨日の今日。


 よそ事に気を取られることなく。

 しっかり勉強して、目にものを見せてあげるのです。


 ……とは言いましても。

 やはり頭をよぎるのは。

 一ヶ月後に迫った二人の誕生日。


 毎年頭を悩ませる誕生日のプレゼント。

 はてさて、今年は何を買ってあげましょう。


 課題は二つなのです。



「あー、どうしたんだお前らの有様は。もっと授業に集中せんか!」


 おっといけない、今は勉強勉強。

 先生がご立腹です。


 でも、クラスをどんよりと包むこの倦怠感。

 それは仕方のないことで。


 派手に暴れた文化祭。

 その疲労と、未だに続くお祭り気分が。

 みんなの集中力を根こそぎ奪い去るのです。


「こら、返事も無しか? 元気を出さんか! ……特にそこの! 貴様、最近随分と授業中は大人しいじゃないか!」

「すいません。褒め言葉で叱られると、変な顔になるのでやめてください」


 俺が緩み切った頬に向けて口角をこれでもかと上げながら。

 眉根を寄せて先生をにらみ返すと。


 どうやら後者がお気に召さなかったようで。

 きっちり反撃されました。


「秋山。お前が皆を元気にしておくように」


 妙なことを押し付けられました。

 さすがに三つも課題を抱えるとパンクしそうなのです。


「いらんことで授業が止まったからな、ついでに連絡事項を伝えておこう。修学旅行の班分けをしておくように。一班は五人か六人。男女が偏ることの無いように、班にはどちらも二人は必ず入っていること」


 ……修学旅行の班ですか。

 それは重要なのです。


 課題、四つになりました。


「この秋はオープンキャンパスも数多く開催されている。土日など予定がある者も多いだろうが、班行動の計画書も期日までに提出するように」


 五つ。


 ……そうだ、そう言えば。

 オーキャン、二か所ほど見ておきたい学校があったのですが。

 同日、一日限りの開催なんですよね。


 どちらへ見学に行くべきか。


 六つ。


 先生は連絡事項とやらを伝え終えると。

 黒板に単語と訳をカツカツ書き始めます。


 これはいつもの、教科書には出てこない英単語リスト。

 普段通りであれば次回の授業で小テストになるはずです。


 六つも課題を抱えましたが。

 それどころではありません。


 俺は慌ててノートへ書き写しつつ。

 次回の授業に備えます。


 それにしても小テストとは。

 中間試験前に覚えることを増やさないで欲しいのです。


 七つ。


「……道久君、道久君」


 皆が一生懸命ノートを取って。

 少しは引き締まった空気になった教室でたった一人。


 駅伝に夢中になった後で箸を入れたお雑煮のようにのたっとしたままの穂咲が。

 のんびりと話しかけてきました。


「なんです? 君もしっかりノートを取りなさいよ」

「あのね? どうしてもお願いしたいことがあるの」


 なんでしょう。

 修学旅行の班のことでしょうか?


 それなら同じ班になることをOKしておいて。

 こいつにメンバー探しを押し付ければ課題が一つ減るのです。


「はい、同じ班で結構ですので。他のメンバーは君が決めなさいな」

「何を言ってるの? そうじゃないの」


 え?


「じゃあ、どんなお願いなのです?」

「今度ママたちと一緒に遊びたいから、パルクールの実演を見せて欲しいの」

「八個に増えた! と言いますか、できませんよそんなこと!」

「うるさいぞ秋山!」


 しまった。

 人間、多くの課題を抱えると。

 短気になっていけません。


 でも、今朝からどんよりとしていたクラスのみんなが。

 何かを期待して、ワクワクとし始めて。


「廊下に立ってろ!」


 そして、先生のいつもの言葉が飛び出した瞬間。

 盛大な拍手と共に大はしゃぎ。


「久しぶり! やっと日常が帰って来た!」

「やっぱりこうじゃねえと、このクラスは!」

「これで落ち着いて授業に集中できる!」


 散々、好き勝手に騒ぎ立てた後。

 しめは割れんばかりの秋山コール。


 ……さすがにやり過ぎなのです。


「うるさい! ようやくいつも通りとは言えやりすぎだ! 全員で立ってろ!」


 そしてめちゃくちゃな沙汰に頭を抱えたポーズをするくせに。

 なぜかみんなで笑顔を浮かべて。

 ぞろぞろ廊下へ向かうのです。


「…………先生。みんなを元気にした功績を称えて、俺だけ沙汰無しと言うのはいかがでしょう?」

「やかましい! 騒ぎの元凶である貴様はみっちり指導してやる! 俺が席に戻るまで、職員室で立ってろ!」


 驚くべきことに。

 授業中だというのに職員室で立ちっぱなしという怪しい生徒に。

 声をかけてくる先生は一人もいませんでした。


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