アシダンセラのせい
「あたしのほーせきばこ」
「そうなの? すごいのー」
金の縁取りの蓋を開いてみたら。
絵本に描かれていた王妃様のものとはちょっと違っていて。
透明な蓋のついた、小さなお部屋が八つもあったせいで。
宝石箱の中に敷かれた赤いフカフカに、指輪を挿しておく溝は一列だったけど。
「さくっていうの、たのしい」
小さな女の子は。
赤いフカフカに挿してあったブローチを両手で抜いて。
ブローチの裏、ピンの位置をよく確認した後。
フカフカに乗せて、元通り、ピンが溝にはまるように位置を整えてから。
両手でブローチをぎゅっと押し込むと。
さくっ。
何が気に入ったのやら。
ぞくぞくと身を震わせてうっとりとしています。
「ぼくもー」
「いいよ? はい!」
そう言いながら、女の子はブローチを男の子のひざ元に放り捨てると。
宝石箱を持っておもちゃ箱の前にしゃがみこみ。
おはじきを溝にさくっと挿しては。
うっとりと惚けています。
「ぼくもそっちがいいー」
男の子はブローチには見向きもせずに。
女の子の持った宝石箱へ手を伸ばしたのですが。
「やー! あたしのー!」
宝石箱を抱くようにかぶさって。
丸まってしまった女の子は。
ぎゅうっておなかを押してもどいてくれませんでした。
~ 九月二十七日(木) 勉誕班計見単パ赤 ~
アシダンセラの花言葉 純粋な愛
多くの課題を抱えて悩む俺に。
まあ頑張れやと他人事のように言うのは。
『危機感』という単語を。
ページごと辞書から破って捨ててしまった
君もほぼ同じだけ、課題を抱えているのですよと諭してあげたら。
まずは一つクリアと。
俺のノートから。
小テストの単語を書き写したページを破いて盗んでしまいましたけど。
しょうがないから怒るのはやめておきました。
だって君の辞書には『危機感』って書いてあるページが無いから。
きっと『気兼ね』も無いのでしょう。
そんな唯我独尊ちゃん。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は首の後ろ辺りにお団子にして。
天使が羽根を広げたような美しいフォルムのアシダンセラを挿しています。
ニオイグラジオラスという別名の割に。
そこまで香らないのですね。
「ロード君! 今日の実験は上手くいったようだ!」
「既にお腹がペコペコですので、失敗作でも美味しくいただけそうですよ、教授」
いつも呑気な穂咲ですが。
お昼休みになると大変身。
俺からYシャツをひっぺがしてバサッと羽織ると。
真っ白な、ぶかぶかエプロン姿の教授になって。
教室内で、実験と言う名のお料理を始めます。
「失敗などしていないのだよロード君! この完璧な実験結果を見てみたまえ!」
「うわ。……教授、俺にはこれが成功なのか失敗なのかよく分かりません」
嬉々として俺の前に目玉焼きを出す姿は見慣れたものなのですが。
この目玉焼きは見慣れていません。
「これ、ほんとにどうやって作ったのです?」
白身の部分が真っ赤っか。
箸で割ってみても。
中までバッチリ赤く染まっているのですが。
「……愛情たっぷりなの」
「愛情を込めると料理は美味しくなると、俺は頑なに信じていますけど。色が変わるのは断じて信じません」
もう一つ、同じ仕様の目玉焼きをテーブルに置いた教授が手を合わせたので。
俺も一緒にいただきますと手を合わせます。
「授業中も休み時間も、すっかり課題に振り回されてお疲れな道久君に、元気が出るように工夫したの」
「はあ。確かに課題が多すぎて頭がパンクしそうだったので、そんなことを言われると嬉しいのです」
この妙な品も、穂咲の優しさと言うのなら。
美味しくいただくとしましょうか。
…………すっっっっごく辛いけど。
「それにしても、この赤い白身という矛盾した物体、どうやって作ったのです?」
「トップシークレットなの」
これ、下手な勉強よりはるかに気になります。
うまいことおだてて聞き出したいものです。
なので課題に追加しつつ。
交渉を開始してみました。
「帰りに、甘いものでもご馳走しますので」
「それはのーさんきゅーなの。今日は甘いものたくさん食べるからやめとくの」
そう言いながら、バケツを取り出した教授が言うには。
「デザート、良く冷やしておいたの」
「水ごと? 中身を出しなさいよ」
「出すとつぶれちゃうの」
「……潰れる? 何が?」
水で冷やした果物でも入っているものだろうと中を覗けば。
でかいバケツの中で、つややかに波打つ黄金色。
これは……。
「バケツプリン!」
まるっと一個のバケツプリン越しに。
教授は小さなスプーンを手渡してきますけど。
「こんなに食えるか!」
「……道久君、こないだから食べ物に文句ばっかりなの」
「う。……確かに」
「そんな子に育てた覚えは無いの」
「君に育てられた覚えは無いですが、反省します」
文化祭の時、黒焦げチャーハンに文句を言ったこと。
それを反省したばかりなのに。
「ありがたく、お行儀よくいただきます」
改めて両手を合わせて、感謝して。
お行儀よく座ったまま手を伸ばそうとしたのですが。
「…………座ったままでは、バケツの中のプリンにスプーンを入れ辛いのです。膝に抱えて食べていいですか?」
「そんなことされたらあたしが食べれないの」
じゃあどうすれば。
俺たちはしばらく顔を見合わせて。
同時に席を立ちました。
「まさか、お昼ご飯を食べながら立たされることになるなんて」
「立ち食いプリン屋を開くのもいいかもなの」
「絶対売れません」
「癒されるの」
「立った姿勢の方が癒される人なんているわけ無いでしょうに」
そう言った俺の顔を。
穂咲はじーっと見つめ続けていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます