あいはまぼろし

「愛とは「真ん中の心」、即ち「真心」にございます!」

 遠くで演説が聞こえる。

「私達は誠心誠意、真心を大切にして、お客様とむきあいます!!!!!

 営業前のスーパーマーケットの中から大声が聞こえてくる。

「愛ってミルフィーユみたいなもんだよね」

 メールが来る。愛はミルフィーユだったのか……。

「薄っぺらい愛を焼いては重ねて焼いては重ねてをくりかえすことで、ミルクレープという「愛」が出来上がる、ということなのですね!」

 カメラに映り込まない程度に食品レポーターの声を聞く。

 食える愛……。

「そもそも生の愛に可食部なんてあるんですか!?」

 商店街に入ると罵声がする。

「業務用と加工用とご家庭用とに愛は別れているらしいじゃないですか!! 業務用と間違えて女の子に愛を渡してしまった結果、あの大惨事が起きたのを忘れたのですか!!」

 デモ隊だった。


 + + + 


「「愛」の25番ください」

 僕は当たり前のように愛を買う。当たり前だから。

「すいません、「愛」は現金払いのみとなっておりまして……」

 愛はカネで買う時代か。一周りしてきた感じある。モノをカネで買う時代から、モノをアイで買う時代までやってきて、今度はアイを買おうとするとカネをせびられる。

 仕方なくポケットに幾つか入っていて……丸くて薄っぺらく、そのくせ重い。こんなものでモノを買うなんて。理解しないまま取引は成立し、愛が入ったレジ袋を持って、店を出……やっぱりやめた。デモ隊がまだあんなところをうろついたままだ。


 + + + 


「愛の飢餓が問題となっています」

 コンビニの店内で流されるニュースが言う。

「愛による飢餓状態にある人々が、街に不法廃棄されたゴミの山に住んでいるとのことです」

 街にある有名な観光スポットに飢餓状態の人々がいる、と。

 カネではない方の金の延べ棒が捨てられに捨てられて金色の山を作ったのだが、この山は街の真ん中、ベッドタウンからやってくるそこそこの量のスーツ群を運ぶ電車が止まる駅の前に、ゲリラ的オブジェとして出来上がってしまった。役所もそれを受け入れたらしく、近く正式に整備・工事も始まるらしい。フットワークが速い。

 要するに愛をなくしたラブレスの問題。そこそこ社会問題だ。

 本来ならテレビなどの映像媒体で流す用に配信されたニュースだからか、映像を見ろとニュースキャスターは言うのだが、コンビニにテレビはなかった。レジスターの小さな画面からなら見ることができるらしい。

 確かに映像が流れている。仕方がないので見てみようじゃないか。


「彼らは業務用の廃棄されてしまった愛を貪り食っています。これが意味することは、日本古来行われてきた情操教育が、全く意味をなさなくなるということなのです」

 映像付きでもよくわからなかった。飢餓状態にあるんだから愛を摂取したところで大事でもなんでもない。

「彼らに家庭用の愛を! と、町一番の大通りではデモ隊が歩いています」

 現場のレポーターがデモの行列の間に挟まって一緒に練り歩いている。その後ろにコンビニが映った気がした。

「業務用と家庭用の愛の見分け方は一目瞭然。ポップ体かメイリオか、です」

「多くの人々にとって、フォントの問題はそれほど大きなものではありません。それがいけなかった」

 デモ隊にもみくちゃにされながら、必死にこちらに訴えかけてくる。

「家庭用だからといって、むやみに愛を与えてはいけないのです」

「これがどういった影響を引き起こすか。まずはこちらをご覧ください」

 レポーターがデモ隊の愛に押しつぶされる寸前に映像が変わる。


「映像のチンパンジーは、家庭用の愛を摂取しました」

「彼らは突然、自らが裸であることを恥じるような仕草を取り、体中の様々な場所を覆い隠してしまいました」

「一方こちら。飢餓状態となっている人々に業務用の愛を与えた映像です。ごらんください。回復こそしているようにおもわれるでしょうが、これは完治の前触れなどではないと、専門家は言うのです」


 続いて専門家の顔。覇気がない。

「こちらはですね、つまりですね、ポップ体の愛を摂取してしまったがために、人間の本来の美的感覚を司る脳の一部がですね、なんといいますかね、見事に破壊されてしまったことが原因なんですね、ええ」

「今の所対処法は見つかっていません」

 突然別の声が「とのこと」とつけて専門家の映像を終わらせる。


 放送はスタジオのものに切り替わり、死んだ魚の眼みたいになったレポーターといかにも愛を持っていそうな、元気な進行役がスタジオに配置された画面の両側を陣取る。

「しかし、相次いで発生している「愛」の取り違え。

 政府は緊急会議を開き、この「愛」についての対策本部を設置するとの方針を示しました」

 方針か。

 デモ隊に挟まれたリポーター、大丈夫かな。

「では、仮に業務用とされるポップ体の「愛」を摂取してしまった場合、人体にどの様な影響が起きるのか。先程の専門家の方がおっしゃっておりました通り、こちらスタジオでも簡単な脳の断面図を用意しました。まず通常の例からいきましょう」

 画面に脳の断面図を簡略化した図が映される。

「通常であればこのメイリオ、家庭用ということもあり安全な量なため適切な求愛行動を取ることができますし、」画面上の黒塗り部分が取っ払われる。「性行為への発展も可能です」

「しかしポップ体のこちら。脳に到達するまでは同じなのですが、先程の専門家の説明にもあったように脳に到達した際に」黒塗りが取っ払われる。「とある美的感覚を司る昨日までもを破壊してしまうわけです」

「これは強い成分であるだけでなく、そもそもとして」黒い部分が。「この「O-LV3」の過剰摂取による副作用としても現れる症状ですので、最初こそは、タダの副作用によるものだという誤解が、広まってしまった、という分析が有力な説となっている昨今です」

「脳の中にあるこの機能が破壊されてしまうと」海苔が剥がされる。「ある種の錯乱状態に陥り、手当たりしだいに危害行動をとってしまうのです」

 ふーん。なるほど。

「これがポップ体の愛を摂取した結果として知られている情報です。皆様、どうか、業務用・ポップ体の愛を購入することがないよう、購入の際は最新の注意を払うようにしてください」

「皆さんの命を守るために、こうした確認作業はとても大切なものになるのです」

「CMのあとは、「金の使いみちについて」です」


 ニュースが終わったのでコンビニを出た。


 レジ袋を見る。

 全部ポップ体じゃないか。


 背後でドンガラガッシャンと音がしたので振り返ってみると、店員と客が取っ組み合いになっていた。どっちも負けてはいない。お互い、殴れば殴るだけ殴られている。愛の過剰摂取か、誤摂取かどっちかだろう。

 

 道路の一部が赤い。

 きっとさっきのレポーターは愛に押しつぶされて……。

 

 愛による死亡事故もここ最近増え続けてると言うし、あんまり外になんか出るもんじゃないな。

 

  + + + 

 

 間違えたものはしょうがないと思い、今は冷凍庫の奥底で眠ってもらうようにしている。

 僕が愛に飢えた時、僕はアレを開けようと思う。

 既にリコールの話も来ているが、僕は嘘をついてポップ体の愛を買っていないと言っておいた。

 僕が僕でなくなる瞬間を、たかだかフォントが違うだけの愛でそうなってしまうなら、僕はいつでも僕でいることをやめられるということでもある。


 早く来い来い、世紀末。

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