3 ケース・バイ・ケースの愛の形


「僕がどうしてこうなったかは、話すと長くなるんだけど……」


 嵐のようにやってきた三郎お兄ちゃんとその付き人(?)らしきQ-2さんは、いつのまにか当たり前のように個室の席に座っていた。

 まあ広いし立ってろとか言うつもりないから別にいいんだけどさ……それにしても躊躇いがなさ過ぎる。


「……一つ言えることは、僕はこの世界で言うところの三年前に死んだんじゃなく、『異世界転移』したということ。最近異界転送装置を開発して、それでようやく戻ってこられたんだ」


「そうなんだ、異世界から来たんだね。大変だったでしょう。でも帰ってきてくれて嬉しいよ。三郎お兄ちゃん、お帰りなさい」


「え、なんでそんなに受け入れ早いの。逆に気持ち悪いんだけど」


 言われて見れば確かに気持ち悪い。でもついさっき別の異世界から帰ってきた人見たばっかりだったし……。


 一樹お兄ちゃんに続いて三郎お兄ちゃんまで生きていたというのは、まるで夢かと思うほどの吉報だ。最近私、そんなに善行積んだっけ。揺り戻しで、明日事故に遭って私自身が死んだりしないか心配にならないか心配になる。


「いや、ほら。見ての通り、ついさっきお兄ちゃんも別の異世界から帰ってきたらしくてさ……」


「なんだ、そうだったんだ。僕はてっきり兄貴は頭がおかしくなってそんな格好をしているのだとばかり思っていたよ」


「どうして二人とも、まず俺の頭がおかしくなった方向で話を進めようとするんだよ。そこはもう少し長兄を信用しろよ」


「……それで三郎お兄ちゃんは、今まで何をしていたの?」


 どさくさに紛れて告白のことをうやむやにしている一樹お兄ちゃんだったが、その点には触れないでおいてあげよう。頑張っていたのは分かるし、直接の利害関係者じゃない私からしてみれば、

 それに今の状況では、どちらにしても告白なんてできそうにないし。

 当事者のマギナさんにとっては、たまったものじゃないだろうけど。


「僕が飛ばされた世界は、AIによって支配されたディストピアだった。人は機械の奴隷として、まるで家畜のように操られ、ごく一部の特権階級だけが、さらに上からAIを支配して世界をほしいままに操っていた。外の世界からやってきて、唯一脳内に電極もICチップも埋め込まれていなかった僕は、レジスタンスの指導者として旗を掲げ、ついに悪逆の支配者層を倒し悪しきAIを破壊して、世界を人間の手に取り戻したんだ」


「どこのSF小説?」


「僕も自分がこんな漫画みたいな環境に送り込まれることになるとは思ってなかった。でも事実だ。支配者との戦いは苛烈を極め、僕は両腕を失うことになったけど、後悔はしていない。僕の手で沢山の人々を救えたんだから、腕二本くらい安いものだ」


 三郎お兄ちゃんは正義漢の強い人で、目の前で困っている人がいたら放っておけない性分だ。

 一樹お兄ちゃんは帰るために魔王を倒しに行ったと言っていたし、もし倒さなくても帰れるとしたらもしかしたら倒さなかったかもしれないけど、三郎お兄ちゃんの場合、きっと支配者とやらを倒さなくてもこの世界に帰って来れたとしても、戦う道を選んだだろう。

 それが三郎お兄ちゃんのいいところだ。


「……それに、彼女にも出会えたしね」


 三郎お兄ちゃんが抱き寄せると、Q-2さんは少し頬を染めた。

 なるほど、二人は恋人同士だったのか。さしずめ、Q-2さんも向こうの世界からやってきたのかな。

 どこかの誰かと違って、三年という時間がちゃんと人間関係を進展させているようで何よりだ。

 でも――――


「お兄ちゃん、その人ロボットに見えるんだけど」


「ロボットだよ?」


 ロボットだった。


「この世界のロボット技術はまだそんなに発展していないから、ピンと来ないかもしれないけどさ。向こうの世界のロボットは、人間ともう殆ど変わらないんだよ。そしてその中でも、Q-2は特別中の特別だ」


 私の疑問などお見通しだと言わんばかりに、三郎お兄ちゃんは若干嫌味っぽい笑顔を浮かべた。


「僕は向こうの世界でQ-2と出会った。この美しいロボットは、以前から人類の解放の為に様々な活動を続けていて――――僕に力を貸してくれたんだ。最初は啀み合うこともあったけど、様々な戦いを通して僕達は少しずつ互いを理解し、そして惹かれていった――――主に惚れ込んだのは僕の方だけどね。そして戦いが終わった後、僕から彼女に告白したんだ。君と時をともにしたい、ずっと一緒にいたい……ってね」


 その語り口調には熱が籠もっていて、三郎お兄ちゃんが本当にQ-2さんのことが好き何だということが伝わってくる。

 三郎お兄ちゃんはいつも一生懸命だ――――良い意味でも悪い意味でも。


「きっと彼女と一緒に時間を過ごした人なら、誰でも同じように彼女に惹かれると思うよ。だって彼女はこんなにも綺麗だし、それに優しさと強さを

なにより一緒にいて、とても暖かい気持ちになれるんだ。人間と変わりない、なんていう表現は彼女に対しての冒涜だ。だって彼女はそこらの人間なんて及びもつかないほど素敵な存在なんだから、ね」


「もう、人前でそんなに褒めるのはやめてください。照れてしまいます、サブロー」


 三郎お兄ちゃんがQ-2さんをベタ褒めすると、Q-2さんは真っ白な肌を真っ赤に赤くして恥ずかしそうに体をくねらせた。

 なるほど確かに、色調が白っぽくて人間離れしていることと、体の色々なところに謎のデバイスらしきものがくっついていることを除けば、確かに人間との違いは殆ど分からない。

 色調に関してはきっと、その気になれば違和感を消すこともできるのだろう。あえてそうしていないのは、向こうの世界の文化なのか、制作者個人の趣味なのか。


「私はそんなに素晴らしいロボットではありませんよ。私よりも高性能なロボットは、私達の世界には沢山ありました。もっと美しいロボットも、沢山ありました」


「何が素晴らしいかなんて、一元的には決められない。人間だって、色々な意味での『素晴らしい』が存在する。僕の傍にいて欲しい『素晴らしさ』は、Q-2が世界で一番だ」


 人前でも平然と恥ずかしい台詞を連呼するばかりか、当たり前のようにイチャイチャし始めるのは、サブローお兄ちゃんがよくやっていたことだったが……


「サブロー……」


 どうやら、Q-2さんもそういうのに躊躇いがないタイプだったらしい。だから気があったのかな。

 まあ、私はカップルがイチャイチャしてるの見るの、そんなに嫌いじゃないけどね。


「……そんなことないわよ」


「――――えっ?」


 ここで、ずっと黙っていたマギナさんが唐突に口を開いた。それも、Q-2さんに対して絡んでいったのだ。

 まさかの繋がりに、私は思わず身構える。Q-2さんも、まさかマギナさんにロックオンされるとは思っていなかったらしく、目を丸くして若干怯えていた。

 話しかけられただけでビビるのはロボットとしてどうなのかと思わないでもないけど、それも含めての高性能なのかな。


「Q-2……って言ったかしら?」


「え、ええ……」


「どうやったの!? どうやって彼を積極的にさせたの!?」


 がっつくマギナさんに、Q-2さんは若干引いていた。

 まあ、マギナさんの気持ちはわかる。

 ともに同じ期間、世界の命運を賭けた戦いに身を窶して、濃密な時間を共に過ごして――――

 それで一方は完全に恋人、もう一方は何ら関係が進展していないともなれば、成功者の技を習得したいと思うのは自然なことだ。


 だが、恐らく問題は女性側にはない。


「ええと、私からは何も……ええと、サブローの方から好きだと言ってくれて……」


「……そんな!」


 マギナさんの表情が絶望に染まった。

 そう、三郎お兄ちゃんはかなりのプレイボーイで、こちらの世界にいたころから色々な女の子と関係を持っていた。

 対する一樹お兄ちゃんの方は、三郎お兄ちゃんより三歳年上にもかかわらず、ただの一度として彼女がいるところを見たことがない。

 いや、一樹お兄ちゃんの名誉の為に補足しておくと、全くいなかったわけではないのかもしれない。

 何しろ私は、お兄ちゃんの日常を一部始終眺めていたわけではないし、一樹お兄ちゃんの性格からいって、お兄ちゃんはよっぽどじゃないと自分の交際関係を家の中に持ち込まないだろうから。


 だから、可能性としては一樹お兄ちゃんにも彼女がいた可能性は否定できない。

 可能性としては。

 小数点以下だと思うけど。


「まあ、元気出してくださいマギナさん。多分うちの世界の平均値取ったら、一樹お兄ちゃんのような人の方がまだ平均に近いですから。三郎お兄ちゃんみたいな距離感考えずずけずけ踏み込んでいける人はただの特殊例ですよ」


 言っておいてなんだが、我ながら何の励ましにもならない言葉だと思った。

 特殊例だからなんだというのか。


「~~~~!!! もういいわ! カズキ! よく聞きなさい!」


「……ん?」


「今日のところはこれで引き下がってあげる! でも、いつまでもこの平和が続くとは思わないことね! 私はまたいずれここにやってくるわ! その時は必ず貴方が誰に決めたのか、白状させてやるんだから!」


 そしてなんだか良く分からないままに、マギナさんはどこかへと消えていった。

 頑張れマギナさん。正直来てから去るまで徹頭徹尾ろくでもないことしかしてない気がしたけど、そのまっすぐな姿勢は嫌いじゃなかったよ。


 視線を部屋の中に戻すと、去って行ったマギナさんを目で追いながら、Q-2さんが溜息をついていた。


「私、何か悪いことをしてしまったでしょうか……」


「いやあ、Q-2さんが悪いわけじゃないと思いますよ。むしろ誰も悪くないっていうか……」


 Q-2さんは巻き込まれただけだから本当に悪くないとして、当事者の二人のどちらにも悪いところはないわけじゃないけど、かといって責めるほどではないというか……難しいね、人間関係って。


「気を取り直して……それにしても、Q-2さんみたいな素敵な女性(?)がこんな兄を好きになるなんて……大丈夫です? 浮気とかされてません?」


「ちょっと、何言ってるの四四乃。変なこと言わないでよ」


「え、だってお兄ちゃん昔からプレイボーイだったじゃん?」


「失礼な! 僕をなんだと思ってるんだ。確かに一時期、色んな女の子をとっかえひっかえしたことはあったけれど、それはあくまで浮気じゃなくてちゃんと別れた上で付き合ってたし、大体それは運命の人に巡り会えなかったからで……」


「まあ、誰かを傷つけるようなことはしてなかったのは認める」


 ちゃんと正々堂々別れて、そのたびに振った彼女にボコボコにされてたしね。


「でも、心変わり激しかったし、その姿を一番間近で見てきた私に言わせて貰うと、今回もそういうふざけた付き合いなのかなって」


 時間を置いているせいなのかもしれないけど、前より若干三郎お兄ちゃん自体のノリがウザい感じになっているので、その点も含めて言わずにはいられなかった。


「四四乃ぉ……いいかい、いくら僕だって、いつまでもちゃらんぽらんしてるわけじゃない。

 異世界に行って、様々な出会いを通じて、僕は運命を感じたんだ。この運命は本物で、今までの何とも違う。」


「そっか、なら安心だね――――」


「『心に決めた五人』と、必ず添い遂げると決めたんだよ!」


 ……ん?


「今なんか、さりげに爆弾が放り込まれた気がしたんだけど気のせいかな。何人心に決めたって!?」


「浮気だ!」


「浮気じゃない! 僕は五人を本気で愛しているんだ! 俗に言うハーレムだね」


「三郎お前この野郎!」


 若干見直した私が馬鹿だった。

 ハーレム! 五股!

 一番上の兄が一人を選ぶことすらできずに逡巡している横で、この男は五股! 豪快! 我流! 奔放! 加減しろ馬鹿!

 どうして同じ兄弟でここまで差が出るのか。というかどっちも変な方向に突き抜けすぎじゃないか。


 これをマギナさんが聞いていたらどう思うだろうか。他所も他所で問題を抱えていると溜飲を下げつつ交渉材料にするのか、それとも他所はハーレムまで成立させてると余計に怒りを高ぶらせるのか。

 いずれにせよ碌な展開にはならなかっただろう。間一髪だけどいなくて正解だった。


「何を怒ることがあるんだ。これは浮気じゃないよ?」


「浮気以外の何者だって言うの……?」


「だって皆から了承取ってるし、あくまでこれは誠実な関係だし」


 そう語る三郎お兄ちゃんの目は、穢れ無きまっすぐな輝きを湛えていた。

 こいつ……何の躊躇いもなくハーレム建設が最善だと考えてる……。

 そりゃまあ一樹お兄ちゃんのところみたいに進退窮まった状況になったなら、その選択もやむなしかもしれないけどさ……多分三郎お兄ちゃんのことだから、一も二もなくハーレムだったんだろうなあ……。

 まっすぐで正直で自分を偽らないのは三郎お兄ちゃんの美点だけれど、流石に偽りがなさすぎる。


「皆納得してくれたし、関係は至って良好さ。ね、Q-2」


 三郎お兄ちゃんがウィンクすると、Q-2さんはおしとやかに頷いた。


「はい、サブロー」


「Q-2さん……こいつ、あれだけ恥ずかしい愛を語っておきながらこれですよ? 本当にいいんですか?

 ロボットの恋愛観については詳しく知らないですけど、元の世界にもっといい人がいたりしないんですか?」


「そういうところも含めて、私はサブローのことが大好きですから」


 どういうことを含めたんだろう。

 自分勝手というか、正しいと思ったら倫理的に問題あることでも踏み入るのに躊躇がないところかな。

 いや、まあ、確かに、三郎お兄ちゃんの正しいと信じたら頑として譲らず邁進する姿は、見方を変えれば自分というものをしっかり持っていてカッコいいと考えることも出来る。

 それっていわゆるダメンズの典型な気もするけどね。

 でも本人が幸せならいいのかな……。


「……恋は盲目だなあ」


 でもロボットにそんな訳の分からない機能付けないでよ。

 駄目でしょロボットが恋に盲目なのは。


「っていうか、ハーレム名乗る割にはこの場にQ-2さんしかいないんだけど。他の人はどうしたの?」


「役割分担をしっかりしているんだよ。状況に合わせて、一緒に居る相手は変わるのさ。勿論、夜は交代交代だけどね!」


「知らないよ……」


「日によっては、複数人で楽しむこともあるけどね。そういえば、前に六人で一緒に――――」


 何の話を始めるつもりだ。


「待って、そろそろ止めて。兄弟のそういう生々しい話、聞きたいと思う?」


 本当に止まらないなこいつ。

 懐かしさすら覚えるほど相も変わらず自分勝手な……。


「……そうか、下ネタは嫌いだったか」


「下ネタが嫌いとかそういう話じゃなくてさ」


 生々しいからやめろって言ってるんだよ。

 私が忌々しげに顔をしかめて見せると、三郎お兄ちゃんはやれやれと肩をすくめた。


「仕方ない。可愛い妹の頼みだ……おぼこの四四乃に配慮してこの話は終わりにしよう」


「お兄ちゃんお前今決めつけたな? 一応三年経ってるんだよ? その間に何もなかったと思うなよ?」


「いや、ないね。はっきりと断言できる」


「なんで私の恋愛事情について、お兄ちゃんが分かったような口を聞くの?」


 まあ、何もなかったんだけどさ。色々と忙しかったし、そんなことしてる暇無かったし。

 ……暇があってもしたかどうかは分かんないけどさ。


「いや、だって、四四乃は僕達兄弟の中では兄貴寄りだよね? つまり、この手のことに手を出すのが遅いというのは十分に想像がつく話だ」


 しれっと一樹お兄ちゃんを奥手の代表格のように扱ってる。間違ってはないけど。


「でも双葉お姉ちゃんがイケイケだったなんて話聞いたことないし、っていうか物理的にありえないし。私が一樹お兄ちゃん側なら、三郎お兄ちゃん側には誰にもいないレベルだよ?」


「じゃあ僕だけが四兄妹の異端児だったってことになるな」


「あながち否定できない。なんで一人だけこんなとんでもない人間に成長したんだろう……」


 っていうか、一樹お兄ちゃん。今のは怒ってもいいところだよ?


「……ん?」


 と思って一樹お兄ちゃんの方を向くと、お兄ちゃんは何故かテーブルに突っ伏して呻いていた。

 妙に静かだと思ったら。


「どうしたの、お兄ちゃん」


 肩を揺さぶると、お兄ちゃんは顔を埋めたまま小声で唸った。


「……俺の判断は間違っていたんだろうか」


「……!」


 なるほど。

 どうやらお兄ちゃんは目の前で繰り広げられたハーレム成功例を目の当たりにして、心にがつんとやられたらしい。

 そうだよね。自分のやり方では

 どちらが正しくて、どちらが間違っているとかじゃないのは、


「俺はパーティの雰囲気が好きでさ……仲間が皆いい人達ばっかりで、俺は皆のことが大好きで、だからこそ誰のことも、傷つけたくないんだよ……」


 一樹お兄ちゃんは相当追い詰められているのか、ぽつりぽつりと言い訳のように事情を口に出し始めた。


「マギナも、さっき喋っただけの内容だと悪い奴みたいに見えたかもしれないが……あいつは本当は、とても仲間思いでな。こうやって俺を呼び出しに来たのも、あいつが多分自分から買って出たんだと思う。憎まれ役になるって、俺に良く思われないって、分かっていたはずなんだけどな……」


「……!」


 そういえば、マギナさんはここにきてから『戻れ』とか『一人を選べ』とか、或いは『私を振れ』とかは言ってたけど……自分を選んで欲しいとは、ただの一度も言わなかった。

 それは、一樹お兄ちゃんのことを思うのと同じように他の仲間のことも大切にしているから、抜け駆けなんて出来なかったんだと思ったら……。


「健気な人だね」


「だろ? だからなおさら、誠実に答えなきゃいけないって分かってるんだけど……」


「兄貴」


「! ……三郎お兄ちゃん」


 気が付くと、一樹お兄ちゃんを挟んで私の逆側に、三郎兄ちゃんが座っていた。Q-2さんは、それをテーブルの反対側から見守っている。


「……それぞれのやり方があるんだよ。兄貴がいくら表面的に僕の真似をしても、結局は上手くいかないと思う」


「……やっぱり俺には分不相応な立場だったよな。こんなに恵まれた環境にいながら正しいことをしてやれなかった俺に、生きる価値なんてないんだ……」


「えっ、どうしてそこまで飛ぶの」


 変なところでネガティブスイッチが入った上に、方向性が著しく過激だ。

 流石の三郎お兄ちゃんもそうなるとは思わなかったらしく、冷や汗を垂らしながら苦笑いしていた。


「そうじゃない……そういうことは言ってないんだよ兄貴。ただ、僕の最善と兄貴の最善は違うってだけの話だ」


 三郎お兄ちゃんがそう言うと、一樹お兄ちゃんははっとして三郎お兄ちゃんの顔を見た。


「俺はこうするのが皆のためになるし、俺のためにもなると思ってこの道を選んだけど、兄貴はそうは考えなかった。ならきっと、兄貴にはもっと兄貴に合った別のやり方があるんだよ」


 しかし冷静に考えると兄弟でそれぞれのハーレムについての意見をぶつけ合うなんて、なんとも頭のおかしな会話だ。

 ましてそれがアラブの王家の家庭内会話とかならまだしも三年前まではどこにでもある貧困家庭だからなあ……。

 これでそれぞれの兄のハーレムメンバーの顔と名前を完全に把握できてしまっていたら、それこそ本気で気持ち悪いことになっていたが、まだ一人ずつしか知らないので、変に実感が湧かないのがせめてもの救いだ。


「そしてきっと、兄貴が悩んで出した答えならどんな形であっても、悪いようにはならないと思うから。だから結論が決まるまで、悩みたいだけ悩めばいいと思う」


 良いことを言っているように聞こえるが、結局はどうやればハーレムメンバーが納得してくれるかみたいな話だから、なんだかなあ。なんだかなあ、ってなる。


「ま、ごちゃごちゃ考えずにやりたいようにやるのが一番だと思うけどね」


 三郎お兄ちゃんはその結論に飛躍するのが早すぎるけどね。いいことも言ってるけど、諸手を挙げて賞賛しようとは思わなかった。

 だがQ-2さんにとってはそうではなかったらしく、唐突に立ち上がると三郎お兄ちゃんに対して拍手を始めた。

 喫茶店の個室でスタンディングオベーションである。


「……流石です、サブロー。いいことを仰いますね」


「常日頃から、色んなコトを考えながら生きているからね」


「流石です!」


 大体皆そうだよ。

 ひょっとしてQ-2さんは、三郎お兄ちゃんのやることならなんだって肯定してしまうタイプの人なんだろうか。

 ますますダメンズっぽさが増していく。

 誰だよこんなの作った開発者! 出てこい! 説教してやる!


「……分かった。ありがとう、二人とも。そうだよな……あいつらは俺のことを好いてくれてるんであって……そんな俺自身を曲げてまで無理やり結論を出しても、なんにもならないもんな」


 とはいえ、三郎お兄ちゃんの言葉は一樹お兄ちゃんにもそれなりに響いたらしく、顔を持ち上げた一樹お兄ちゃんの表情は、ついさっきと比べれるといくらか晴れやかだった。


「そうだな。俺、もうちょっと考えてみるよ。きっとどこかに、誰も傷つけない誠意ある答えがあるはずだから」


 またしても、なんかいい話風にして話がしめくくられようとしてるけど……マギナさん視点でみれば、自分が帰った途端話を自分たちにとってこれ以上ないほどにねじ曲げられているわけで……可哀想に。

 ちなみに私は悪くないよ。延期を焚き付けたのは三郎お兄ちゃんの方だし。、


「ああそうだよ、兄貴が信じる最高の道――――誰も傷つけず、誰もないがしろにしない最高の答えがあるはずだ!」


「だよな!」


「だよ!」


「……」


 そして多分、残念ながらそんな都合のいい答えはこの世のどこにもないと思う。

 正反対の性格なのに、致命的なところでは意気投合する兄弟だこと。


 □■□■□



「……で、話が右に左に逸れまくったから話を本題に戻すけど、今回僕がこの世界に戻ってきたのには理由が二つある。一つは、一人だけ遺してしまった妹のことが心配だったから、せめてどうなったかだけでも確認しておきたかった。思った以上に元気そうで安心したけど」


「そりゃあまあ、異世界転移したからって世界を救っちゃうような人達の妹だからね。このくらいは」


「まあ俺についてはチートの援護もあったからな。三郎、お前だってどうせそうなんだろ?」


「俺もまあ……やっぱり脳に電極埋め込まれてなかったのは大きいし、それに早い段階でQ-2とも出会えたからな。Q-2が守ってくれなかったら、序盤で虐殺されてたり、チップ埋められて管理された市民の一人に仲間入りしてたかもしれない」


「Q-2さんって強いんですか?」


「戦闘能力に限れば、Q-2は向こうの世界でも最上位クラスだ。なにせ、フライングジェットスキーバトルシップの一個師団を相手に、無傷で全滅させて帰ってこられるくらいなんだから」


 へえ、この物腰柔らかそうなお姉さんが……。

 フライングジェットスキーバトルシップとやらがなんなのかは良く分からないけど、とりあえず一個師団というからには相当に強いんだろう。

 そんな危ないものにダメンズ属性つけたのか開発者は。頭がどうかしてるとしか思えない。


「それでも、普通はできることじゃないよ。それに比べて私は、世界レベルのことなんて何も……」


「いや、気にしなくていいんだ。生活苦で心を荒ませたり、安定した生活


「そうだ。こうして再び五体満足で集まれただけ、恵まれすぎているほど幸せなことなんだから!」


「お前のそれを五体満足と呼ぶかには疑問が残るがな!」


「素手より便利だからいいんだよ。この義手、フルパワー出したらこのビルを一瞬で消し飛ばすこともできる。


「またか。絶対にやめてよ? そんなことされたら大変なことになるんだから」


 どうしてうちの男兄弟は過剰火力を身につけたがるんだ。


「分かってる。僕は馬鹿じゃないんだからそんなことはしないよ。大体そんなことしたら、この世界からも鼻つまみ者にされるからね」


「……この世界からも? なんだ三郎、その言い方は。それだとまるで、向こうの世界ではお前が鼻つまみ者にされてるみたいじゃないか」


「うん、そうだよ?」


 三郎お兄ちゃんは、一切の躊躇いもなく平然とそう言った。


「……え? でも三郎お兄ちゃんは向こうの世界を救ったんだよね……? 沢山の人を助けたんだよね? なのにどうして、そんな扱いを受けてるの?」


「まあ、世界を救ったというのは本当だよ。前に言ったとおり、その世界は元々AIと管理者によって支配されていて、僕がそれを一部破壊した。

でも、よく考えてみて。ファンタジーの世界じゃあるまいし、空から降ってきた魔王がいきなり世界を自分の手の中に収めたわけじゃないんだ。極端なディストピアが成立する背景には、必ずそれが成立しやすい土壌が存在する」


「……?」


「支配したがりだったんだよ、元々から向こうの世界の人は。それを一部の悪知恵の効く人間に利用されていいようにされたの自体は不本意だったらしいけど、市民の脳にチップを埋め込んでAIによって包括管理すること自体は、彼らの価値観が選択した合理的選択だったんだよ」


「それを壊したから、三郎お兄ちゃんが恨まれるようになったってこと……?」


「いや? 本人たちが望まない正義を押しつけるのは僕の趣味じゃないから、その辺の話を聞いた後は破壊は控えめにして、

 でも彼らは、全てが一段落ついたあとで、僕にまで電極を埋め込もうとしたんだよ」


「……!」


「……そればかりか、Q-2のオーナー権を返却し、彼女を解体するのに協力しろとまで言い出した。僕は断ったよ。電極については純粋に自分が嫌だったし、Q-2のことを解体する提案になんて乗れるわけがない。

 でもそしたらさ、助けたはずの奴らが僕のことをまるで悪魔の様に罵り始めるんだよね。『サブロー』は輪を乱している。やはり外の世界から来たものは、自分たちの文明に不要だと――――」


「……っ……」


「それで、僕は密かに殺されそうになった。でもQ-2や、他の何人かの僕を慕ってくれた人が、僕のことを救ってくれた。でも僕の殺害は世界としての総和の選択で、僕を救うために手を汚してくれた人達もまた、僕と同じように世界から爪弾きにされることになってしまった」


「……」


「Q-2と結託して、いっそ世界そのものを消し飛ばしてしまおうかとも考えた。でも、僕にとっては数年程度滞在しただけの、思い入れも何もない世界でも、僕を助けてくれたごく少数の人たちにとっては生まれ育ったかけがえのない世界だったんだ。僕が手段を尽くして世界を壊せば、その人達はどう思うだろうか。考えた結果、僕は世界を滅ぼすのを止めて、守ってくれた人達と一緒にこの世界へと逃げることを決めたんだ。ハーレムと言ったけど、結局のところそういう理由で寄り集まっただけの、ただの運命共同体さ」


 ……私の早合点が、また大事な兄弟を裏切ってしまった。

 私は今度は、三郎お兄ちゃんにも謝らなければならないかもしれない。

 こちらの世界にいる頃、三郎お兄ちゃんはいたってマイペース、暢気にしているような人で、爽やかなルックスや器用万能なスペック、それにこの性格の三拍子が揃って、世の中の辛いことなど何も知らないで生きているような人だった。

 でも、どこで勘違いしていたんだろう。この世界で三郎お兄ちゃんがそうだったからと言って、他の世界でも同じであるなんて根拠は、何一つとしてないというのに。


 そもそも冷静に考えて、両腕がなくなっているなんてことは、軽く流してはならないことのはずだけど――――三郎お兄ちゃんが持つ気の抜けた雰囲気が、それを軽く流させてしまったのだ……。


「まあ、気にしすぎないでよ。この世界に戻ってこられた今となっては過去の話だし、全部僕が自分で選んだことだ。巻き込んでしまった皆には悪いと思っているけど……」


 三郎お兄ちゃんが自嘲気味に肩をすくめると、


「そんなことは言わないでください、サブロー。私は、貴方に救われました。他の四人も同様です。貴方のおかげで今の私達があるからこそ、私達は、全てを捨ててでも貴方についていくと決めたんです。だから貴方が、自分のことをまるで価値のない人間であるかのように言ってしまうと」


「……そうだったね、ごめん。でも大丈夫、そんなつもりはないよ。僕が僕自身のことを無価値だと思ったことは一度もない。この選択だって、何も後悔していないから。そしてこれから先も公開しないためにも、僕は君たちを絶対に幸せにするんだ」


「サブロー……」


「……」


 つい先ほどと大して変わりない惚気。しかし背後に控える実情を知ってしまうと

 見ているのが辛くなって目を背けると、同じ事を考えた一樹お兄ちゃんと目が合った。

 そうだ、ディストピアほどじゃないにしても、魔王が支配する世界というのもきっと恐ろしいところだったんだろう。


「ひょっとして、一樹お兄ちゃんも同じような闇を……?」


 恐る恐る訊ねると、


「……え?」


 一樹お兄ちゃんは、きょとんとした目で私を見た。

 あ、こっちは何もなさそうだな。

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