2 そのナリでOLは無理があると思います
マンション一階の喫茶店に行くと、マスターは無言で私の意図を理解してくれて、私達は個室に通された。
全身に分厚い鎧を着込んだままのお兄ちゃんは、ソファーに座ってもとても居心地悪そうだった。脱げばいいのに。
お客さんらしき金髪の有閑なお嬢様方がちらちらと怪訝な目を向けてくるのに気付いた後は、より一層耐えられなさそうに表情を歪めていた。
だから脱げば良いのに。
「……服がないのは分かったけど、別にその下裸ってわけじゃないよね? どうせ今から個室だし、肌着姿くらいなら私は気にしないよ?」
「脱ぐのに三時間くらいかかるんだ、これ」
「……ごめん」
そりゃまた、本格的な鎧なんだね……。
□■□■□
注文したコーヒーが届いてから、お兄ちゃんはおもむろに口を開く。
私はといえば、チョコレートケーキを食べながら話を聞いていた。
「端的に言うとな、俺はいわゆる異世界転移したんだ」
「……はあ」
「四四乃お前、信じてないだろう」
「流石にそんなこといきなり信じろと言われても、いくら一樹お兄ちゃんの言うことでも無理だよ。
でも、これが三郎お兄ちゃんが言うことならばっさり切り捨てるんだよ。一樹お兄ちゃんが言うことだから信じようとしてる。詳しく聞かせて」
「……そうだな。確かにこんな荒唐無稽な話、詳しく語らずに信じて貰おうと思う方が傲慢だ。ええと、異世界転移ってのは何か分かるか? ネット小説とかで流行ってた……」
「読んだことはないけど、聞いたことはあるよ。トラックに撥ねられて、目が覚めたら異世界にいた、みたいなのだよね。
それで、本当にお兄ちゃんの身にそんなことが起こったの?」
「ああ。にわかには信じがたい話だが……この格好を見て貰えば分かると思う」
「いや、それだけではちょっと……似たようなものなら多分お金さえかければ作れるし……」
「そんなことはないぞ! この世界の科学でこれは再現不可能だ! 何せ防御力三万以上だからな!」
「知らないよ何その防御力って!? ゲームの世界の話!?」
「ああ、あながち間違いじゃない。俺が飛ばされた先の異世界は、まるでゲームのような概念が現実に存在する異世界だった。攻撃力も防御力もあったし、HPもMPもあった。凄い世界だぞ、なんせ心臓に剣を突き刺されてもそれだけじゃ死なないんだからな」
「……良く分からないけど、変わった世界にいたんだね」
「そしてこの鎧は、あちらの世界にあるもののなかで最も防御力が高い天下の至宝で、魔王が繰り出す最上位魔法以外ならあらゆる攻撃を無力化することができた。身につけているだけで! 鎧の隙間に剣を突き刺されても、傷一つ負わないんだ。凄いだろう?」
「それが本当なら確かに凄いけど……」
でも、それがこの世界でまでまかり通るとは思えない。そもそも私は、まだ異世界の存在にすら半信半疑なのだ。
お兄ちゃんが見たという異世界は、お兄ちゃんが事故の怪我の苦しみから
私があくまで信じられないような目で見ていたせいなのか、一樹お兄ちゃんは少し眉を落とした。
そしてしばらく腕を組んで考え込んでから、手をポンと打って、ケーキのために用意されていたフォークの一本をつかみ取った。
「そうだ、四四乃。お前ちょっと俺にこのフォーク突き刺してみてくれないか」
「……は?」
「もしこの世界でもこの鎧が機能していれば、たとえ額に思いっきりフォークを刺されたとしても、俺は傷一つ負わないはずだ」
「何言ってるの!? 普通に嫌だよ!? もしこの世界でその鎧の力とやらが機能してなかったらどうするの!? 死ぬよね!? 死なないまでも大怪我するよね!?」
「ま、まあそれは……」
「そもそも、何が悲しくて折角帰ってきてくれたお兄ちゃんの額にいきなりフォーク刺さないといけないの!? たとえ怪我しなかったとしてもそんなことしたくないよ! 逆の立場で考えて。一樹お兄ちゃん、今からこのフォーク私の頭に刺してって言って、刺せる?」
「女の子にそんなことしちゃ駄目だろ。顔に傷が残ったらどうするんだ」
「そういう問題!? 男でも駄目だよ! ひっかき傷とかなら上手くすればある意味格好良くなるかもしれないけど、フォークで刺した傷は駄目だよ! ダサいよ、致命的だよ!」
「……それもそうか」
「まったく、変なこと言わないでよ」
「しかし、それなら俺が異世界からやってきたことの証明をするのが難し……そうだ。魔法を使えばいいのか」
「……魔法?」
「向こうの世界では、誰もが魔法を使えたんだ。例えば手から炎を出したり、傷を癒やしたり、素早く動いたりできるようになれる」
「……かなり治安悪くなりそうだね、その世界。だって要するに、空手で殺人だってできるわけでしょ」
「問題ない。だってHP制だからな」
「……? ああ……」
なるほど。炎で焼かれてもHPが0にならない限りは死なないのか。それどころか傷も全て治ってしまうのかな。ゲームみたいに……それなら治安も大丈夫か。
いや納得してる場合じゃないけど。
「ともかく、魔法を使ってここで超常現象を」
「この世界でも魔法は使えるの?」
「まだ試したことはないが、この世界にやってくる際に異空間転送魔法を使ってここまで来た。魔法を使ってここに来られるなら、ここで魔法を使うこともできるだろう」
「……そうかな?」
そんなような、そうでもないような。まあいいや、腰折ってもなんだし、話を前に進めよう。
「まあいいや。それで、お兄ちゃんはどんな魔法が使えるの?」
「そうだな、何種類かあるが……困ったことに、全部習熟度がカンストしているんだよな」
「習熟度?」
「例えば、さっき言った炎の魔法。常人が使うだけなら、精々マッチの火くらいなんだが……俺がやると、視界全てが焦土と化す」
「はあ!?」
「素早く動ける魔法も、大抵の人間は俺の魔法では強すぎてな。強くなりすぎた力に耐えきれず身を滅ぼしてしまう。かと言って俺に使えば、俺はすぐさまこのマンションを倒壊させる勢いで加速し始めることになるだろう」
「そ、それは本当に勘弁して……お願いだから魔法で証明するのは止めて。使わないで」
「分かってるよ。俺がそこまで常識がない人間に見えたか?」
鎧甲冑で出歩いてる時点で常識に対する信用なんてゼロだよお兄ちゃん。
「……っていうか、なんでお兄ちゃんそんなに強くなってるの!? 元々、運動得意なほうじゃなかったよね!?」
「そこが今回の話のキモだ。いいか、四四乃、よく聞け。どうやら俺が行った異世界に転移した人間は、例外なく『チート能力』というものを貰えるらしい。俺には伝説の勇者としての力が与えられて、それで魔王を倒して世界を救うことになった。そして、自分に与えられた運命を解消した時点で、その世界の束縛から解き放たれ、自由になることが出来る。俺は自分に与えられた役割を終わらせて、こうして元の世界に戻ってきたんだよ」
「……でも……」
『結局、信用に足る証拠は一つも出ていない気がするんだけど……』
私がそんなようなことを言おうとしたとき、突然個室のドアが音を立てて開いた。
「!? マスター、今は人払いを……って、あれ?」
「……! お前……」
そこに立っていたのは、でかい三角帽子を斜めに被った、ローブ姿の綺麗な女の人だった。
どことなく妖艶な雰囲気を漂わせる彼女は、悩ましげな目線で私の方を一瞥して笑った。
……え、なに、このすごく魔法使いっぽい人……まさかコスプレ仲間とか……。
「こんにちは、カズキの妹さん。私はマギナ。魔法つか……OLよ」
今、魔法使いって言いかけなかったこの人?
私が白々しい目で彼女を睨むと、マギナさんは咳払いして誤魔化した。
「オホン! とにかく、私はただのOLで、カズキは私の同僚よ。カズキはたまにこうやって頭のおかしなことを言い出すけど、それは全部嘘なの。勇者とか全部嘘。私が証人になってあげる。魔法も勇者も魔王も、全部カズキが作り上げた妄想よ」
むしろ、今まで半信半疑だったのに、この人が現れた途端に急に信憑性が増してきた……って言ったら、どんな顔をするのかな。
「だからカズキのことは連れて帰るわね。迷惑かけてごめんなさい。ほらカズキ、祝勝パーティまでほったらかしてこんなところに来るなんて何考えてるの。皆魔王」
言っちゃってるよ。もう殆ど言っちゃってるよ。
多分、私に嘘を教えてお兄ちゃんを連れて帰ろうとしてるんだろうけど……嘘が下手すぎるよこの人。
「お前……人が妹に事情を話している最中に一体何のつもりだ」
「何のつもりって? 私は当然のことをしただけよ。この世界にいても、貴方はただの人でしかないけど……向こうの世界なら、貴方は英雄で皆から尊敬され讃えられる存在なの。どんな贅沢だってできるし、どんな女の子も選り取り見取りよ。なのに元の世界に戻るなんておかしなことを言い出すから、慌てて連れ戻しに来てあげたんじゃない? 魔王にコンフューズでもかけられた?」
「お前の言っていることは分からんでもない。だからと言って、人の妹を惑わすようなことを言うな! 四四乃は純粋な子だから、信じるかも知れないだろ!」
「ええ、信じて貰えなくっちゃ困るわ! 旅の途中、貴方がその子を初めとした弟妹の話をうんざりするほどしていたのははっきり覚えているもの! つまり貴方にとって、弟妹の存在は何よりも大きいし、そのためだけに私達の世界での幸せな暮らしを捨てるほどの気概があるということもはっきりと分かってる!
逆に、彼女が貴方のことを信じられず、貴方が見捨てられたなら、貴方がこの世界に留まる理由なんて何もないということもね!
だから私は、その子に嘘をついて貴方を連れ戻そうとしたのよ!」
……騙そうとしてる相手が目の前にいること忘れてませんか、マギナさん。
でも……そっか。一樹お兄ちゃんは、別の場所にいたときも私のこと気に掛けてくれてたんだ。
そして今は、きっと私のことを心配して、わざわざ幸せな異世界を飛び出してここに戻ってきた。
……だったら、すぐに信じてあげられなかったのはきっと、酷いことだったかもしれないね。
「嘘をついてだと!? 見損なったぞマギナ、お前がまさかそんなことをする奴だったとは……」
「でも、私がこうしてその子を巧みに騙すまでもなく、貴方はその子に信じて貰えてなかったじゃない。ならどうせ同じ事よ!」
「……確かに、それはその通りだ……どうやら双葉や三郎は、帰ってきていないようだしな。四四乃に信じて貰えないなら、俺がここにいる理由なんてないのかもしれない……いやもしかしたら、こんなへんな格好の男が周りを彷徨かれるのは迷惑かも知れない」
えっちょっ待って。
「お兄ちゃんストップストップ。揺らぐの早いよ。もう少し結論は待とうよ」
「……だけど……お前は俺が言うことを信じてなかったんだろう?」
「信じてないっていうか、半信半疑だったんだけど……うん、なんていうかその、マギナさん? 貴方があまりに下手くそな嘘をつくせいで、逆にお兄ちゃんの言うことを信じる気が増したというか……」
「……なっ、私の嘘が下手ですって? そんな、あり得ないわ。出鱈目を言うのも大概にしなさいよ……」
「でも嘘、ばれてますよ?」
「っ、それは……」
マギナさんは何か反論したそうだったが、今は構っている暇はない。大体彼女の嘘は、嘘と呼ぶのが烏滸がましいほど嘘として成り立っていないのだから、ある意味スタートラインにすら立っていないようなものだ。
「ごめん、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんのことちゃんと信じてあげられてなかったみたい。本当にお兄ちゃんは異世界に行ってきたんだね」
「四四乃……信じてくれるのか」
「うん、信じるよ」
「良かった。いや、いいんだ。普通こんなこといきなり言われたら、誰だって困惑するからな。こうして今、信じて貰えただけで、俺は満足だよ」
そう言うと、お兄ちゃんは私の頭をそっと撫でてくれた。
その優しい手は、幼い日にお兄ちゃんに撫でられた感触と全く同じで、私は思わず笑顔になってしまった。
ああ、やっぱり一樹お兄ちゃんはカッコいいなあ。
異世界に行って、色々辛い目にもあっただろうし、この世の常識では測れないような経験もいっぱい積み重ねてきたんだろう。
それでもお兄ちゃんの中身は、全然変わっていないんだ。
見た目の鎧なんかに誤魔化されて、私は本質を全然見れてなかった。駄目な妹だな、私。
「さ、お互いにわかり合えたところで、もうちょっと話を続けよう。俺はこの三年間、四四乃がどうやって暮らしてきたのかも知りたいよ」
「うん、お兄ちゃ……「待ちなさい」
と、家族団らんの流れに持っていきたいところだったが、マギナさんに阻まれた。
やはり彼女としては、このまま私とお兄ちゃんが打ち解けて貰っては困るらしい。
「仮に私の嘘がばれていたとしても……カズキ、それでも貴方をここに残らせるわけにはいかないわ。私は姫様からもアリアからもウェンディからも、貴方をなんとしてでも連れ戻してきてとお願いされてるの。だってもう向こうの世界は、貴方なしでは機能しなくなっているんだから」
「……!」
そういえば、お兄ちゃんは勇者として異世界を救ったんだっけ。だとしたら、マギナさんが言っていることも分かる。
折角世界が救われたのに、助けてくれた勇者はもうこの世界にはいない――――なんて言われたら、みんな不安になると思うから。
アフターケアまでしっかりするなら、勇者がいなくても大丈夫だと皆が確信できるくらいには異世界に付き合ってあげるべきなのかもしれない。
でも、全く無関係の私からすれば、お兄ちゃんがそこまでしなくちゃいけない道理は全くといっていいほど感じられない。全然別の世界の為に、お兄ちゃんは身を粉にして働いたのに、この上居残りまでさせようなんてとんだ我が儘だ。
でも、私にとってはそうでも、お兄ちゃんにとってはそうではなかったらしく、お兄ちゃんは悩ましげに眉をひそめた。
「ううん……それは、分かってはいるんだけどな……」
やはり、仮にも三年間(もしかしたら異世界の時間軸はこの世界と同じじゃないかもしれないけど)を過ごした世界ともなると、お兄ちゃんの方にも愛着があるらしく、簡単には切り捨てられないらしい。その気持ちはわかるだけに、私はお兄ちゃんに対しては何も強く言えなかった。
「貴方が向こうの世界に残した宿題を、全部終わらせてから帰りなさい。そうじゃないと、私達皆納得できないわ」
「とは言ってもだな……その……」
でも、このマギナさんの態度は気にくわなかった。
高圧的で、自分勝手で……まるでお兄ちゃんが自分たちのために尽くすのは当然だとでも言いたげな調子。
仮にも自分たちの世界を助けてくれた勇者に対して、その態度はあんまりなんじゃないだろうか。
「ちょっといい加減にしてください、マギナさん。私の兄に因縁をつけるようだと……」
「因縁ですって? 失礼なことを言わないで! 何も知らない癖に! 私は正当な要求をしているだけよ!」
「正当って、ちょっと貴女……」
なんて我が儘な女なんだろう。呆れて開いた口がふさがらない。
「やめてくれマギナ、妹に突っかかるな」
「貴方がちゃんと結論を出さないからでしょう! 真摯に振る舞えば一言で終わることを、貴方がいつまでも延期しているから、今みたいなことになってるんじゃない!」
「いい加減にお兄ちゃんを困らせるようなら―――――」
「さっさと私達四人のうち、誰と恋人になるのか決めなさいよ!」
「――――え?」
実力行使に出ようとした私は、その場で思わずフリーズした。
え? この人今なんて言った?
「前にも言っただろ。俺は四人のことが平等に大切で、誰かと特別な関係になろうとなんか思ってないって!」
「通らないわよ! 私達四人全員に甘い言葉を囁いておきながら、今更何の気もありませんでしたなんて、そんな逃げは許さない! はっきり順位を付けて貰うんだから!」
おかしい……なんだか話の流れが思ってたのと違う……。
「……ちょっと待ってください。え、なんです。マギナさん、お兄ちゃんの彼女だったんですか?」
「いいえ、残念ながら違うわ。でも、苦楽をともにしてきた五人のパーティメンバーの一人よ。
私と、カズキ、前衛担当の姫様、回復担当の僧侶アリア、そして盗賊のウェンディ。私達は晴れの日も雨の日も、五人でずっと行動してきたわ」
なんだか分からないけどお姫様を前衛担当にするってどうなんだろう。
そのへんは事情も詳しく分からないし首を突っ込んでも仕方ないんだけどね!
「そしてその旅を通していく中で、私達四人はカズキの魅力に惹かれていった……」
まあ苦難をともにした男女は心惹かれあうって言うしね!
でも四人全員って、ちょっとチョロすぎないかな!?
「……でも、それでカズキが私達に目もくれないならまだ叶わぬ恋と諦められたわ……でもカズキも、私達のこと好きなんでしょう!? 私、知ってるんだからね!?」
「そ、それはだからさ……その、だから……」
「違うなら、今この場で私のことを振ってみなさいよ! そうしてくれたら、いっそ諦められるから!」
「えっ、それは……えっと、あー、うん、その……」
「ほらできないじゃない!」
ヘタレだ!
残念なくらいヘタレだ!
まあ、その点に関しては一樹お兄ちゃんに信用はあまりない。
真面目で優しい一樹お兄ちゃんは、裏を返せば優柔不断なところがあって、特にこういう何かを選ぶような場面ではとてもだらしない。
確か、十年ほど前のこと。
家族で旅行に出かけたとき、道中でコンビニに寄って昼食を買う機会があった。
私を含めた他の三人は、まあ五分もかからずに何を買うか決められたのに、一樹お兄ちゃんだけは、30分以上和風ツナにするか普通のツナにするか悩んでいた。
以来、一樹お兄ちゃんの食事は他の三人で勝手に決めることになったのだった。
しかし、こうしてみるとやはり目の前の鎧甲冑は間違いなく一樹お兄ちゃんだ。
今更確かめるまでもないのだが、一挙一動を照らし合わせる度に、こんなにも懐かしい思い出が蘇ってくるのなら間違いない。
「……だからアレだ。確かに俺は君たち四人のことにそれぞれ惹かれてる、素敵な人達だと思ってるけど……でも、逆に言えば俺は四人の魅力的な女性に目移りしている最低な人間だ」
「別にそれでもいいのよ!! なんなら全員選ぶって言ってもいいのよ! ハーレムだろうがなんだろうが、貴方が積極的になってくれるなら私達は大歓迎よ!」
うわっ、凄いこと言い出した。
でもそう言い切れるのはちょっとカッコいいかも。
「他の三人とも話し合ったの。カズキが決められないのは、私達それぞれに遠慮しているからじゃないかって。じゃあ四人全員を平等に扱えば、私達に遠慮する必要もなくなるでしょ!?」
「そんな不誠実なことができるか! 男として、一人の女性を愛し抜くのが誠意というものだろ! 複数に手を出そうなんて、そんな罰当たりなことできるか!」
「誠意!? 不誠実!? 今の貴方はそれすら満足に出来ていないじゃない!」
「うっ……」
もっともな意見だった。
「それとも何!? 貴方の本命は妹で、私達を振ってこの子に告白しようという算段なの、貴方は!?」
「えっ、あのっ、ちょっと。私にそういう変な振り投げないでください。ないです。ないですから」
私はお兄ちゃんのことが大好きだが、それはあくまで家族としてだ。
異性として意識したことは一度もないし、一樹お兄ちゃんだって同じだろう。
よく頭のおかしい妹や姉が自分の兄弟に性的に興奮したりしているが、普通に家族愛をはぐくめているならああはならない。
「そうだぞ……マギナ。家族を大切に思う気持ちと、恋や性愛とは全く別の問題だ。お前男が年がら年中女を見る度発情する獣か何かだと思ってるだろ」
「貴方を見ていたらそんな幻想吹き飛ぶわよ。あれだけ一緒に暮らして、誰にもなんにもしないんだから。ちょっとは発情して獣になりなさいよ」
同意はしないが、相当やきもきしてきたんだろうなということは十分伝わってくる。
仕方ない……マギナさんに一刻も早く元の世界に帰ってもらうためにも、
「お兄ちゃん、事情は良く分からないけど、告白を受けたならちゃんと返してあげないと駄目だよ。玉虫色の答えを返したり、誤魔化したりするのは、それこそ誠意がないってことだよ」
「四四乃……」
お兄ちゃんはまだ目が泳いでいたが、私に指摘されたのが少し心に堪えたのか、やがて頬を何度叩いて、きりっとした表情を作った。
「よし! 分かった! 結論を出そう! そうだな、いつまでも決めずにいたのは」
「俺は……」
お兄ちゃんの手から、滝のような汗が噴き出しているのに気付いた。
どうやらこの告白は、お兄ちゃんの精神に相当のプレッシャーを与えているらしい。
まあ、そりゃそうだよね。一樹お兄ちゃんが、一番苦手にしてそうな分野だもの。
それだけに、この決断に踏み出した一樹お兄ちゃんには、他人事ながら一応賞賛を送っておきたい。
「俺が、一番好きなのは……」
頑張れお兄ちゃん。たとえ誰かを傷つけることになったとしても、その勇気は賞賛されるべきだよ。
「……っ……」
お兄ちゃんの表情は蒼白だが、必死に言葉を表に出そうと頑張っている。マギナさんもお兄ちゃんのそんな様子を見て、自然と居住まいを正している。
私も緊張感に当てられて、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
さあ、お兄ちゃんは誰を選ぶの? 残り三人の顔知らないけど―――――
バタンッ!
「ここで間違いないようです! サブロー!」
「本当に? 本当にこんな変なところにいるの?」
「……え?」
ところが、一樹お兄ちゃんがまさに言葉を発しようとしたその瞬間、隔離されているはずの個室に一組の男女が入ってきた。
おかしい。マギナさんの乱入にしてもそうだけど、思ったよりマスターが仕事してくれていない。
「私の解析結果に間違いがあったことがありましたか?」
「いいや、ないよ。だから君のことは信頼してる。大好きだよ、Q-2」
「ありがとうございます、サブロー」
「……あっ、あっ、あっ……」
そして、予想外の事態にパニックに陥った一樹お兄ちゃんは、そのまま口を閉ざしてしまった。
ああ、哀れお兄ちゃん。そしてマギナさんも可哀想に。
やっと覚悟を決めてくれたのに、この調子じゃまた長引くよ。
「どうです? サブローの探し人は『彼女』で会っていますか?」
先に入ってきた女の人は、真っ白な肌と透き通るような銀髪がとても美しいけれど、どことなく生気を感じさせない雰囲気の持ち主だった。
いや、そもそも人間じゃない? 頭に変な機械ついてるし……もしかして、ロボットとか? でもそんなもの、この世界に存在するの?
しかしそんな私の疑問は、背後から現れた男の方の顔を見た途端、一発で吹き飛んでしまった。
「なるほど――――Q-2、君は本当に最高だ。本当に『いた』」
「お、お兄ちゃん……」
「三郎……」
「四四乃と……おっと、それに兄さんもいたのか。二人とも、ずっと会いたかったよ」
そう、Q-2と呼ばれた女性の背後から現れたどことなく洒脱な雰囲気の青年は、まごうことなき私のもう一人のお兄ちゃん――――乱闘騒ぎに巻き込まれて死んだはずの、三郎お兄ちゃんだったのだ。
思えば、三郎お兄ちゃんの死は三人の中でも最も奇妙なものだった。
何故ならば、それは本当に酔っ払いとちんぴらの殴り合いに端を発するごろつき達の乱闘騒ぎだったにもかかわらず、ただその場に偶然居合わせただけの三郎お兄ちゃんの死体は、一切発見されなかったからだ。
三郎お兄ちゃんがそこで『死んだ』と判定されたのは、ナイフで心臓を突き刺された三郎お兄ちゃんの動画が、野次馬の手によって撮影されていたからだ。
もっともその動画も、途中でお兄ちゃんから一時目を離していて、次にお兄ちゃんのいたところにカメラが
だから、『生きていた』と言われて、一番違和感なく受け入れられるのは三郎お兄ちゃんだ。
一樹お兄ちゃんですら生きていた今、三郎お兄ちゃんが生きていたという事実は、さほど驚くことなく受け入れられる。
はずだった。だが、いざ現れた三郎お兄ちゃんを見た私は――――
「ところで兄さん――――どうしてそんな変な格好をしてるのかな?」
「お前に言われたくはないぞ!」
「お兄ちゃん!? その腕どうしたの!?」
その両腕がメタリックな義手に変わっていることに対して、突っ込まずにはいられなかった。
「ふふ、いいだろうこれ。一点ものの特注品だよ」
「いや、特注品って、そもそもなんで腕が……」
と、ここで私は察する。
ああ、これ、もしかして三郎お兄ちゃんも『異世界転移』したんだろうか。
それも、一樹お兄ちゃんとは全く別の世界に――――……。
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