第4話 もののけは色々と語る

「ううぅぅぅ。もう嫁にいけんのじゃ……」


 着物が乱れ、息も絶え絶えな葉子ちゃんを見て、さすがにやり過ぎたと私は反省していた。


 でも! でもね! 想像して欲しいのよ。幼女の葉子ちゃんがケモミミと尻尾の妖狐なんだよ? 分かる? この破壊力!?


 テンションマックスになっても仕方ないよね? 当然のようにでるよね! 萌え上がっても仕方ないよね! ……。うん、分かってる。「何、言ってるんだこいつ」と、私も思うよ。


 昨日の二段ベッドから覗いていた恐ろし視線が葉子ちゃんだったんだよ。安心してテンションも上がるってもんだよ。こんないい感じのテンション上げ上げならバッチ来いだよ!


 うん。心の中の独り言がおかしい感じになってるな。


 落ち着け、私。


 まずはジト目でこっちを見ている葉子ちゃんをなんとかしないとね。


「本当にごめん! 阿闍梨餅をあげるから機嫌を直してよ」


「……。お主。妾に食い物を与えておけば機嫌が直ると思ってりゃせんか? とりあえず2つよこせ」


 しかめっ面をしながらも、阿闍梨餅を両手に持って美味しそうに頬張っている葉子ちゃんが本当に可愛い。


 その証拠に尻尾とケモミミがピコピコと動いてる。


 うー。触りたいよね……。うん、触りたい。はぅ! 駄目だダメなのよ! このままでは再び勢いよくモフってしまう。ダメ! これ以上やったら本気で葉子ちゃんに嫌われそう。


 なんとか意識を別の方向にもっていこう。


「ねえ、葉子ちゃん。私を調べようとしたのはなぜ? 調べられる事は無いと思うけど?」


「ほふ? ほへはひゃな――」


「あ。食べてからでいいよ。ユックリ味わって食べて。そうだ、緑茶でも飲む?」


「にょむ」


 頬をパンパンにして、お茶を欲しがる葉子ちゃん。


 可愛すぎて悶絶しちゃうよ。


 まあ、その小さな身体で阿闍梨餅を2個も一気に食べたら喋れないだろうけどね。


「ちょっとぬるめにしとくから。ゆっくり食べてね」


 猫舌の私も飲むために、温度を低めにして葉子ちゃんに湯飲みを手渡す。


 口をモグモグとさせながら、緑茶をコクコクと飲んでいる葉子ちゃんに癒やされていると、名残惜しそうにしつつ飲み終わった湯飲みを返してくれた。


「まあ、阿闍梨餅2個に緑茶の温度が妾好みじゃったから及第点をやろう。緑寿庵清水の金平糖を献上したのは合格じゃぞ! ここまで妾を満足させたのじゃ。お主が気になった理由を説明してやろうぞ」


 ポッコリお腹を突き出して、本人としては胸を張って威厳を保とうとしているようだけど、どう見ても可愛い幼女だよ。無理に大人のフリをしている感じが物凄く可愛いよね。


「よろしくお願いします」


「うむ!」


 失礼な事を考えてる私の内面を知らず、葉子ちゃんは大仰に頷きながら話してくれる。


「伏見稲荷大社の敷地内での散歩に飽きた妾は禁を破っ――遠出をする事にしたのじゃ。そこでお主を見かけて気になったのじゃ!」


「うんうん。……。え? 終わり?」


「うむ!」


 え? なんで? なんでそんなに満足げなの? 全て言い切ったみたいな顔してるけど、情報は1ミリも増えてないよ? そんな困惑している私に気付く事なく、葉子ちゃんが話してくる。


「妾も美裕に聞きたい事がある」


「ん? なにかな?」


 真剣な目で私を見ている葉子ちゃんに思わずドキッとする。見た目は幼女で可愛いのに、目だけが爛々と輝いて大人びてるの。


 ギャップに萌えるよね!


「……。また、妙な事を考えておらんか? ……。まあ、よい。妾が聞きたいのは美裕の霊能力の高さじゃ!」


「はい?」


 思わず間抜けな声を出したけど勘弁して欲しい。いきなり霊能力が高いと言われても身に覚えも、心当たりも皆無だよ。


「昨日の夜、妾を弾き飛ばした結界。妾が放った拘束する力を霧散させた美裕の拒絶の力。それと神の眷属けんぞくである妾を素手で拘束し続けた力。本当に何者じゃ?」


「『何者じゃ?』と言われましても……。可愛い物が大好きな普通のOLで、大人しい女の子だよ!」


 みゃは! と、普段なら絶対にしない動作まで入れたのに葉子ちゃんの反応は悪かった。あれ? やっぱダメ? ごめん、そんな目で見ないで。やった私も「ないわー」と思ってるから。


 でも、本当にこれ以上の情報はないよ?


「なるほどな。無自覚の高位霊力者か。厄介じゃの。それにしても妾の力を無力化するほどの逸材を、なぜ今世こんせの陰陽師達は放置しておるのか?」


 葉子ちゃんがブツブツとなにか独り言を言っているね。どうすっかなー。暇だなー。でも、尻尾を触ったら怒るんだろうなー。こっそりモフってみる?


「でもバレるだろうなー。どうすればバレないようにモフれるかなー? そうだ! まずは背後から抱きしめてお持ち帰りする案がいいと思います! おお! それは良い案ですね。その通りですね。それは素晴らしいアイディアですねー」


「じゃから! 心の声が漏れておると言うとる! その物騒な発想なんとかせんか!」


「いやだなー。そんな事ないよー。ごく一般的な考え方だよー。当たり前の話だよー」


「さも自分が普通みたいな言い方をするでないわ!」


 あれ? いきなり距離を取られちゃった。コワクナイヨー。むしろ怖いのは物の怪の方だよー。あっ! でも葉子ちゃんは別格だよ。幼女で妖狐は正義だよ! ん? さっき、葉子ちゃんは『昨日の夜』と言った?


「葉子ちゃん。ちょっと確認だけど。昨日、2段ベッドの上から覗いていたのは葉子ちゃんなの? 物凄く怖かったんだよ?」


「昨日は妾の力を恐れておったのか。その割には今日はグイグイくるのう。なぜじゃ?」


 こてん。と首を傾げながら問い掛けてくる葉子ちゃんが不思議そうにしてる。まさか、あの怖いと思った視線が葉子ちゃんだったとは……。


「なんたる不覚!」


「にゃー! な、なんじゃ突然叫びおってからに! 驚くではないか!」


「これを不覚と言わずになんというのよ! 怖がっていたのが馬鹿みたいじゃない。葉子ちゃんだと分かっていたら、捕獲して朝までモフって愛でて抱きしめたのに!」 


 私が後悔を含めて鼻をピスピスさせながら叫んでいると、なにか可哀想な者を見る目で葉子ちゃんが私を見ていた。


「本当に残念なやつじゃの。美裕は」


 なんでため息を吐くかな? この私の熱い思いを! 心の底からの後悔を感じ取って欲しいのだよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る