第3話 もののけは正体を現す

「まずは妖狐ちゃんは、なんでここにいるの? 昨日は居なかったよね? それと見た目は座敷わらしだけど……。妖狐って名前なの?」


 美裕の問い掛けに葉子が頬を膨らせて両手をパタパタとさせながら抗議をしてきた。その姿はどう見ても人形だが、なぜかその仕草は親戚の姪っ子が可愛らしく抗議しているように美裕には見えた。


「なにを言うか! 妾は座敷わらしなぞではない! 先ほども名乗ったであろうが。いいか、もう一度だけ言ってやるから耳をかっぽじって聞くがよい。妾は伏見稲荷大社に名を連ねる妖狐である。妖狐になってより100年。まだまだ若輩者じゃが、仲間の皆には『葉子ちゃんは凄いね』と褒められるほど優秀なのじゃ! 葉っぱの子供と書いて葉子ようこじゃ! しかと覚えておけ! 分かったか!」


「葉っぱの子供と書くのね。てっきり座敷わらしだと思っていたよ。よろしくね、葉子ちゃん」


「ああ、そうじゃ。妾は妖狐の葉子であるぞ!」


「分かりにくっ! その名乗りは絶対に分かりにくいよ。まあ、いいか。まだ子供だもんね。ところでジュースのお代わりはいる?」


「うむ!」


 胸を張った状態で腰に手を当てている葉子に美裕がツッコむ。自信満々な葉子の様子に美裕は呆れた表情になったが、苦笑いしながらジュースのお代わりを手渡し、自らはコーヒーを淹れて椅子に腰掛けると改めて質問を続けた。


「じゃあ、葉子ちゃん。妖狐なのに人形なのはなぜなの? その格好で妖狐だと言われても説得力ないよ? なにか理由があるの?」


「……じゃ」


「え? なに?」


「じゃから、……じゃと言うておろうが!」


 小さな声でボソボソと言っている葉子に、聞き取れなかった美裕が耳を近付けて確認する。言いづらいのか何度も小声で肝心の場所を誤魔化している様子に美裕が首を傾げていると、真っ赤な顔になって葉子は大声で叫んだ。


「じゃから! お主の能力を暴こうと人形に変装して近付いて探ろうとしたら、お主に捕まって失敗したと言うておろうが! 満足か! 妾をさらして満足か! うにゅぅぅぅ」


「待った! 泣かないで! 晒してない! 晒してないから。ちょっと確認しただけなの! ほら! ここに金平糖があるよー。ほら、葉子ちゃん。日本のもののけだから和菓子とか好きでしょ?」


 目をウルウルさせて泣きそうになっている葉子に、美裕は慌てて旅行鞄に入れていた金平糖を取り出して手渡す。最初は胡散臭そうに渡された袋を眺めていた葉子だったが、袋を開けて一つを口に放り込むと蕩けた表情で頬を押さえた。


「なんじゃこれは! 昔ながらの金平糖ではないか! それもイチゴ味!」


 葉子が嬉しそうな顔で頬張っているのを見て、美裕は小さくほくそ笑むとご機嫌取りを始める。


「あ、やっぱり分かる? 流石は葉子ちゃんだね! この金平糖は緑寿庵清水りょくじゅあんしみずってお店が昔ながらの製法で、日本で1軒しか作っていないのだよ。わざわざ京阪けいはん出町柳でまちやなぎ駅で降りて、本店まで行って買ってきたのよ。一口食べただけで本物の味が分かるとは、お客さんやりますねー。他にも色々な味があるよ」


「ふ、ふふん。おべんちゃらを言ってもなにもでやせんぞ。ま、まあ、お主の妾に対する態度が改まったから許してやらんでもない。それと妾がこの姿なのは仮の姿じゃ。今、お主に真の姿を見せてやろうぞ!」


 葉子は人形の姿のままで勢いよく机の上から飛び降りると、真言を唱えだした。


◇□◇□◇□


「ダギニ・バザラ・ダトバン・ダキニ・アビラ・ウンケン・オン・キリカク・ソワカ!」


 私の質問に泣きそうになっていた葉子ちゃんだったが、緑寿庵清水の金平糖でご機嫌になった。チョロいね。……いや、素直な子だよね。本当に妖狐として100年も生きているのかと不安になるくらい素直だわ。


 そんな葉子ちゃんが机の上から飛び降りると真言を唱えだした。それにしても伏見稲荷大社の妖狐と言っているのに、葉子ちゃんが真言を唱えるのはなんでだろ?


 真言ってお寺絡みだよね? 神社と関係ないじゃん。


 私が軽く混乱しながら考えていると、葉子ちゃんの身体が淡く光って包み込み、光が落ち着くと、そこには可愛らしい幼女がいた。


 しかもケモミミと尻尾が付いてるの。私どうしたら良い?


「どうじゃ! 妾の真の姿を見て驚いたであろうが!」


 ちょっと、どうよ!? 葉子ちゃんが胸を張ってドヤ顔してるけど、それよりも、そんな事よりも! ケモミミと尻尾がピコピコと動いてるのよ! なにこの可愛い生き物! いや、可愛い物の怪! どうしたらいいのかな?


「ふふん。妾の真の姿をみて言葉もないか。うむうむ、分かるぞ。この妖力を感じ取ったのなら、さもあらん。今までの非礼を詫びて、ひれ伏すが良いぞ、美裕」


 違うのだよ葉子ちゃん。そのケモミミと尻尾なのだよ。そして、その幼女の姿なのだよ。ふふふ。本当に可愛いよね。その姿が私を狂わせるのだよ。ふっふっふ。


「ちょっと待て! なぜ息が荒い? 来るな! 近付くでないわ! 怖い!」


 酷いなー。人を変態を見る目で怯えないで欲しいなー。私が葉子ちゃんに変な事をするわけないじゃん。え? 洗濯機で回すとか、水責めにするって言ってただろうって?


 誰だよ! そんな奴! この私が退治してくれるわ!


「お主じゃ! さっきまでお主が言っておったのじゃ!」


 えー。私がそんな事を言うわけないじゃん。こんなに! こんなにだよ。本当に可愛い幼女な妖狐の葉子ちゃんに対して酷い事を言うわけないじゃん。だからこっちにおいでよー。なにもしないよー?


「ほーら、怖くない。怖くないからねー。ふふふ、安心して良いよー」


「怖いのじゃ! 来るでない! 離せ! にゃー! こ、こりゃ! 耳を触るでない! 尻尾を撫でるでない! やめんか! 頬ずりするでない! 離せー。離すのじゃー」


 無理むり。こんな素敵なモフモフを目の前に、ましてや可愛い幼女ちゃんを愛でないなんて選択肢は私の中にはないのだよ。捕まえたからには30分は思う存分に愛でさせてもらうからね。


「30分ももてあそばれてたまるものか!」


 あれ? 心の声が漏れてる?


「ダダ漏れじゃー。はっきりと喋っておるわー。みゃー。そこを触るでない! にゃ! ダメじゃ! やめるのじゃー」


 大丈夫だよー。全てを私に任せれば良いのだよー。


 やっぱりテンションがおかしくなっている私は、本当に葉子ちゃんを30分 で続けたのであった。

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