第5話 もののけは考える。

 なるほど、そうか。こやつは無自覚能力者か。妾が散々な目にあったのは、美裕が恐怖のあまり本能で力を開放しただけじゃったのか。


 それにしても、いつの間にこんな状態になっておるのじゃ?


「ところで美裕よ」


「なにかな、葉子ちゃん?」


 妾のジト目攻撃を受けても平然としておる。むしろ天真爛漫てんしんらんまんな笑顔じゃ。あまりにも自然過ぎて全く気付かなんだわ。


「なぜ妾は美裕の膝の上に乗っておるのじゃ?」


「可愛いからかな?」


 いやいや、意味が分からん。いつの間に抱っこされたのじゃ? ちょっ! 耳やしっぽを触わるでない! むぅぅぅ。敏感な部分は避けておるからいいのじゃが――違う! そうではない。


 ふにゃぁぁぁぁ。そこそこ、そこがいい感じなのじゃ。にゃぁぁぁ。


 ……はっ!


 違う違う。気持ちよさに満足している場合ではないのじゃ。しっかりと美裕にツッコまんと!


「なんで妾を拘束しておるのじゃ!」


「え? 拘束なんかしてないよ?」


 マジか!


 ここまで自分の能力に気付かんものなのか? 普通に抱っこしてるつもりか? 全力で抵抗しておるのに逃げ出す事が出来んぞ。一体、どれだけの力を注いでおるのじゃ。しかも、当の本人は無自覚で笑みを浮かべておる。まったく、無自覚にも困ったものじゃ。


「よいか。今からお主の力を可視化してやる。その曇ったまなこでじっくりと見るがよい!」


「力を可視化? なんのこと?」


 妾の言葉を理解できずにキョトンとした表情をしておるが、己の非常識さをしっかりと把握するがよい、美裕よ!


「ダギニ・バザラ・ダトバン・ダキニ・アビラ・ウンケン・オン・キリカク・ソワカ!」


 妾の真言に反応して、美裕の力が徐々に見えてくる。へ? な、何じゃこれ?


 ……。


「拘束術最高の『鎖』ではないか! なんじゃ! このデタラメでフザケた数の『鎖』は! こんなもの九尾の狐様でも解けんぞ!」


「わー。葉子ちゃんが鎖でがんじがらめにされてるねー」


 他人事か!


 駆け出しの陰陽師が出す拘束術は『鎖』ではなく『縄』であり、本数も2本が限度と聞いておったのに、こやつのは数えるのも馬鹿らしいではないか!


「お主じゃ! お主の力でこうなっておるのじゃ! 逃げはせんから、早う解かんか! この『鎖』に力を流されたら妾なぞ一瞬で消滅するわ! 早く消してくれ!」


「え? これ私がやってる? 本当に? 冗談でしょ? 私にそんな力があるわけないじゃん」


 のんきか! 本当に理解しておらんのか? これほどの『鎖』を維持しておるのだぞ? どんな精神力をしておるのじゃ!? 無自覚で莫大な力を無意識に使いこなせるなぞ化け物以外何者でもないぞ。


「確かに、おでこに巻き付いてる鎖は必要ないね。可愛いくないし――あ、消えた」


 いとも簡単に上半身を拘束していた『鎖』を消し去りおった。なんちゅう非常識な奴じゃ。まあ、随分と軽くなって逃げやすくなったの。


 くっくっく。妾の逃走術を見せてやるわ!


「あ、鎖が増えた」


 にゃぁぁぁぁ! なんじゃ! 逃げようと思っただけで拘束力が強まるのか? そもそもバレるものなのか? なんじゃ、こやつの力は。


……。はあ、もう逃げる気も失せたわ。


「この鎖が葉子ちゃんを拘束しているの? 私が『減らしたい』と思ったら消えるのかな? だったら消すよ。葉子ちゃんとはお友達になりたいから。鎖でグルグル巻きにするのは友達じゃないからね。あ、『鎖』が消えた」


 なんじゃこやつは。


 見た目は大人っぽいのに童女のような澄んだ目で見られたら、妾が悪者みたいではないか。まあ、よかろう。妾の方が大人じゃからな。ここは引いてやろうぞ。


「ふん。この妾が特別に友達になってやろう。妖狐が陰陽師でもない人間とえにしを結ぶなぞ滅多にないぞ。光栄に思うがよい」


「ふふっ。ずっと友達でいてね。妖狐の葉子ちゃん」


 優しい顔で言ってもダメなのじゃ。妾はそんなに安い女ではないぞ。今回だけの特別で、ずっとじゃないのじゃ。緑寿庵清水の金平糖を妾に奉納すれば、握手くらいはしてやってもよいがな。


「よろしくしてやろうぞ。美裕よ」


「よろしくね」


 美裕が手を差し出してきおった。仕方あるまい今回は特別じゃぞ。そう思いながら美裕の手を握ると、突然まばゆい光が部屋を照らし出したではないか! なにごとじゃ! 今度はなんじゃ! 今度はなにをしたのじゃ!?


 ◇□◇□◇□


「なんじゃー! 今度はなんじゃー」


 葉子ちゃんが叫んでいるけど、私はなにもしてないよ? 今の光もなにがなんやら。友達になる握手をしただけだもんね。それにしても眩しい光だったね。


 光が収まった後も大慌てしている葉子ちゃんを見ながら、私は今までの一連のイベントに驚きながらもアワアワしている葉子ちゃんは可愛いなと思っていた。


「妖狐ちゃんと友達なったとSNSでアップしたらイイねしてもらえるかな?」


「妾は写真には写らんわ。それにしても余裕じゃな。妾は今の謎の光が恐ろしくてならん。単に光っただけなのが逆に怖いわ」


 私の暢気のんきな台詞に葉子ちゃんが頬を膨らせてプリプリと怒っていた。ちょっと可愛い。でも、光っただけだからねー。あれで怖がれと言われても無理だよ。


「まあ、気にしなくていいんじゃない? 別に痛くなかったし」


「そうじゃが、お主のような無自覚能力者だと、なにをされたか気になるではないか! めっせられるやもしれんのだぞ?」


 滅せられるって酷いなー。私が葉子ちゃんを滅するわけないじゃん。お友達になったんだよ。これからも仲良くしようね。


 だ・か・ら!


 友達になったからモフモフしてもいいよね。ふっふっふ。ちょっとくらいなら、2時間くらいなら――


「あっ! なんで逃げるのよ?」


「なにや分からんが、お主から邪悪な気配がした! なにを考えとる! 妾になにをするつもりぞ!」


「なにもしないよ?」


「嘘じゃー!」


 私が爽やかな笑顔で近付こうとすると、葉子ちゃんは大きく叫びながら2段ベッドの上に逃げちゃった。

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