第2話

「ちょ、寵愛!? ミサキ=シャンテリティを寵愛しているとはどういうことでござる! 我輩はそんなこと、露とも知らなかったでござるよ!」


 シノジの表情は渋面から怒りの色が宿ったものに変わっていた。元々、赤褐色であった肌であったが、怒りのためにさらに赤く染まる。そして、いつもなら決して荒げた声でチャチャに言い寄ることは無いシノジであったが、今回ばかりは許すまじとばかりに罵声をあげる。


 しかし、そんなシノジにさも興味を持たぬとばかりにチャチャはふんっとだけ鼻を鳴らす。


「そなたの事情など知ったことではないのじゃ。わらわはミサキ=シャンテリティが、おぬしに弟子入りしたいとせがんだからこそ、わらわが叶えてやっただけじゃ。しかし、わらわのミサキをよくもまあ毎日しごいてくれたものなのじゃ。あのなよなよとして貧相だった身体に要らぬ筋肉がついてしまったのじゃ」


 チャチャは実に面白くないといった表情でシノジに言いのける。シノジは両こぶしを力任せに握り込む。怒りのままに眼の前の女性を押し倒し、自分の腕力で屈服させてやろうかとさえ思ってしまう。


 だが、シノジはそんなことはしない。女性に乱暴するなど、シノジの矜持に反するからだ。生まれてこの方、武辺一到に生きてきたシノジであるが、彼は誇り高い男であったのだ。


 しかし、その誇りを踏みにじろうとしているのが眼の前の女性である。そんな女性に惚れこんでしまったのがシノジのそもそもの罪だったのかもしれない。


「では、話は終わったのじゃ。シノジよ。あまり一方的にミサキにやられるでないのじゃぞ? わらわが父上に疑われてしまうのじゃ。ある程度、ミサキを痛めつけるのじゃ。そして、頃合いを見て、負けを認めるのじゃ。それくらいの器量、そなたにはあるはずじゃな?」


 そこまで言い切ったあと、チャチャは控室を後にする。残されたシノジは握りこぶしを控室の調度品に向かって振り下ろす。シノジの腕力により、調度品は粉々に砕け散る。


「くっくっく。あーはははっ! ここまで我輩はあの美の女神に嫌われているとは思っていなかったのでござる! こんなにおかしい話があってたまるかなのでござる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る