第17話 想人の選択

鷹匠翼弥の操る車が走る中で、悠城想人は静かに窓の外を眺めている。

数時間がかりで元居た街に戻り、そのまま連れ出されたショッピングモールへの道筋を辿る動きに気づいても、想人は何も言うことはなかった。

鷹匠翼弥は師の配下であり、悠城想人とは何の関わりもない。聞いても答えが返ってくるとは限らないし、師の命令であればそこに反駁する理由もなかった。

その気になれば、想人は文字通り一飛びで帰れる距離なのだ。

あえてそう言った挙動をするということは、そこに意味があるということだった。

やがて、車はモールの入口エントランスで停車し、自動的に開いたドアに無言で促され悠城想人は下車する。

降り立ったその前に想人の見知った二人の姿があった。

陽気な笑顔を浮かべた小柄な少年だ。

「……真人か」

よっ、と愛居真人まないまひとは軽い口調で手を上げて挨拶を交わす。

苦笑しながら想人はそれに手を上げて応え、二人は軽く手を打ち合わせた。

そのまま、想人はその隣へ視線を移す。

「ご無事でなによりです。天音月葉あまねつきはさん」

その言葉に、少女は所在なさげな笑みを浮かべて応えた。


「なんだ、びっくりさせようと思ったのに面白くないな~」

「先生から、真人をこっちに来させたとは聞きましたから、そういうことだろうとは思っていました」

口をとがらせる真人に、想人は肩をすくめた。

軽い口調で言葉を交わす二人を見比べながら、天音月葉は固まっている。

そんな彼女に想人は視線を移した。

「この度は、私の勝手な都合に巻き込んでしまって申し訳ありません」

「……いや、その、まだよくわかんないけど……」

深々と頭を下げた想人の姿に、それでも想人の頭より小さな少女が戸惑いながら手を振った。

「真人から、私の事情については聞きましたか?」

「えーとスゴい大きな家の跡継ぎ問題がどうかってとこだけは……」

「……いえ、それで充分です」

想人は真人と目を合わせ、大意での事情説明が終わっていることを確信する。


「それでは月葉さん。ここでお別れとなります」


あ、と少女は何かを言いかけたが、すでになにかを察していたのだろう。

想人の顔を見上げたまま、押し黙ってしまった。

「真人、彼女を送って……」

「——いい」

彼女の隣で待っていた愛居真人に指示を出そうとした想人の言葉を、月葉は遮った。

「……しかし、まだあなたの——」

「いらないって言ってんの!」

安全の保障が、と言いかけた想人の言葉を強く遮り、少女は差し出された手を振り払った。

そのまま、背を向けて駆けだした少女を追うこともできず、悠城想人は立ち尽くした。


「どんな子なん?」

「私もまだ知り合って数日ですよ」

呆れたように横目で見上げる真人の視線に、同じく困惑の視線で見返して想人はすぐにその態度を変える。

「アクセル・フェルセン」

想人の言葉に応じ、路上に一人の貴族風の霊体が出現する。

人の行きかうモールの入口での召喚だが、霊体である彼は普通の人間には見えない。

ただ少し、独り言を言ってるように見えるだけだ。

だから、悠城想人は少し小声になるようにしていた。

目立たないにこしたことはないのだ。

「彼女に付け――必要だと判断したら独自に動いて構わない」

想人の言葉に、霊体は頷き、そしてその場から消える。

その霊気が、走り去った天音月葉の気配の近くに出現したのを知覚して、想人はその場から歩き始めた。

その後を少し遅れて、愛居真人が追従する。


「いーのか?あのまま別れて……」

「良いも悪いも、これ以上彼女を私につき合わせる必要もありませんからね」

モールから葵道場への帰路を歩く悠城想人の後に続きながら、愛居真人はその疑念をぶつける。

「それで済む話じゃないだろ」

「わかっていますよ。当分、彼女は命を狙われることになるでしょうし」

歩くには少々遠い距離だ。

だが、話をするにはちょうど良い時間だった。

「——今後、私が同じような気の迷いを起こさないための見せしめ、と言ったところでしょうか」

「……わかってんならあの場で別れることなかったろ」

「彼らのリソースも無限ではありませんよ。

 なんの関係もなくなれば、彼女を狙い続ける余裕も理由もなくなるでしょう。

 まあ、二か月から半年は見るべきでしょうけれど。

 どのみち、なんらかの関係を持ち続けている限りは狙われ続けるでしょうし、ここで関係を断ち切っておいた方が良い」

「そういう見込み違いで昨日命を狙われてたんだけどな?」

「——確かに」

背中越しに投げかけられた言葉に、振り向くことなく想人は苦笑する。

「私も甘かった……しばらくの猶予はあると思っていたのですが」

歩きながら、意味もなく空を見上げる。

何もかもが自分の思い通りになると思うほど、悠城想人は傲慢ではないが、自分の予測、見立てが甘かったことは認めざるを得ない。

「そもそもなんで告ったよ?」

「……レポート、見てませんか?」

「見たよ。赤金に煽られたんだろ?だから前から目をつけてた子に玉砕覚悟でツッコんだって話」

そこで、真人は言葉を切った。

「ダメ元でも、どっちに転んでも自分が痛いってわかってたんじゃねーの?」

容赦のない弟の言葉に、そうですね、と想人は再び苦笑する。

「少し、気が緩んでいたのかもしれません」

その言葉に、それまでと異なる口ぶりに、愛居真人は何も言わずについてくる。

「……ここにきてからの一年余り、本当に楽しかった。

 ここでは誰も私のことを知りません。

 私が本当は誰なのか、なぜここにいるのか、誰も気にしない」

歩きながらその独白は、愛居真人以外の誰の耳にも届かない。

「普通に学校に通って、剣を学んで、皆に認められる。それだけでよかった」

ただ、普通の高校生らしくしていたかった。たとえそれが3年に満たない間しか許されないことだとしても。

「だけど、もっと何かが欲しいと思っていました」

だから、勉強で、部活で結果を残した。自分がここにいたことを証明するために。

そして、誰かにもっと自分を認めてほしかった。

「だから彼女を選んだのか?」

「……笑ってもらって構いません。我ながら馬鹿なことをしたと思っていますよ」

自嘲する。

「私は彼女のことを何も知らないのにね」

それでも、望んでしまった。

ただ一緒にいて、話をしたいくらいの気持ちで、軽率に動いた。

その結果が、この状況だ。


「——まずは、安全が確認できるまで彼女を護ります。真人、貴方にも協力してもらいたい」

「そりゃ、そのために爺さんは俺を送り付けたわけだし」

愛居真人は変わらない。

子どもの頃から、いずれ想人の補佐をするようにと、祖父の流前罪火に育てられた弟分の少年は、そのころからずっと、悠城想人の側にいる。


静かな決意を以って悠城想人は歩を進め、その後を愛居真人が続いた。

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