第12話 幸福の追跡者たち!
「なんつーか、普段着でもキマってる奴って腹立つよね~」
「……まあ、ソード先輩は普段から気を使ってますからね、そういうとこ」
コーヒーショップで何杯目かのコーヒーを注文しながら、
「待って、なんで僕ここに呼ばれたの?」
その二人のやり取りに、同じ4人席の阪本側に座らされている
悠城想人と同じクラスで剣道部の新主将という立場にして、身長188センチの悠城想人をさらに超える2メートル近い巨体を小さく縮めながら、刈り上げた頭をさらに屈めている。
悠城想人がガラス越しの向かいのスイーツショップで女子中学生と向かい合っているのに対し、こちらはコーヒーで粘りながら男三人でそれを眺めているという空しい状況である。
「男二人でこんなとこいるの虚しくない?」
「いや、それで僕が呼ばれるの?」
「主将なら、部員の交友関係は把握しておくべきでしょ?」
「いや、これただの嫌がらせじゃ……」
その巨体からは想像もできないほどの気が弱く、人の好い各務少年は昨年のクラスメイトだった赤金の無茶ぶりに1年ほど毎回付き合わされているという不遇な立場にある。
今年に入ってから、より手ごろなところに阪本一騎という身代わりが出現してしまったため、その頻度は減っていたのだが、必要とあれば相変わらず呼び出されるのである。
それに毎回付き合ってしまうのが各務党史という男なのだが。
「でもソード君が女の子と付き合うなんて意外だね。そういうの、実家がうるさいっていつも言ってなかったっけ?」
「……まあ、先輩もダメ元でやりましたからね」
「家の人に怒られないのかな?」
「さあ、そこまではなんとも」
もはやイヤホンで各務の抗議を完全にシャットアウトし、ガラス越しに想人の姿を睨み続ける赤金を他所に、同じ剣道部の先輩後輩ということで各務と阪本は気さくに言葉を交わす。
トンッとテーブルを鈍く叩く音がした。
スイーツショップの中を睨みつけながら、不機嫌そうにテーブルを叩く赤金の姿に、二人はそのイヤホンに視線を移した。
「あ、会話聞こえてるんだ」
「なんか、マジで虚しいですよこれ」
二人はとりあえず目の前のコーヒーに集中することにした。
赤金の視線の先で、悠城想人は少女と歓談を続けている。その姿を見続ける赤金の視線に、怒りが混じった。
「そういえば、なんて子なの?」
「名前っすか?確か……
「砂糖はよろしいですか?」
優雅な手つきで紅茶に角砂糖を注ぎながら問いかける悠城想人の姿に、
精いっぱいおめかししてきただろう彼女に対し、悠城想人は自然体だ。
阪本一騎が言ったように、服装だけではなく、手つき一つとっても普段の所作から洗練されている。
……その内心に冷や汗を流しながら少女に応対しているのは、外からでは読み取れない。
「……ていうかさ、甘くないの?」
「——甘いものは好きなので」
その所作こそ優雅ながら、派手に角砂糖を紅茶に流し込みながら、大盛のチョコレートパフェをほおばる想人の姿に、少女は若干引いている。
「——こういうところに来る機会はまずないので、ありがとうございます」
にこりと笑いかける大の甘党の姿に、天音月葉は戸惑ったような表情を浮かべる。
「あの、さ。こういうこと言っちゃ悪いかもだけど」
「——なんでしょう?」
「なんで、わたしに声かけたの?」
パフェの山を削るスプーンの手が止まる。
お互いにほぼ初対面。目の前の少女にとって、それは当然の疑問だ。
「——そうですね。不愉快に思われるかもしれませんが、半分は勢いです。友人たちにけしかけられて」
言い訳、というわけではない。これは悠城想人の中にある真実の一面だ。
「残り半分は――以前、あなたを見たことがありました」
その言葉に、向かいの店でこちらを見ている赤金達郎の表情が動くのを、想人は知覚している。この会話は、赤金に届いている。
「とても楽しそうで、わたしも、あなたとそんな風に話をしてみたいと思ったのです」
え、と少女が固まる姿に、想人は笑いかける。
「——ほんの出来心でした。だから、話を受けてもらって、とても感謝しています」
「そ、そうだったんだ」
赤面した月葉が目の前の小さなショコラをぐるぐるとフォークでシェイクする姿に、無残な姿になっていくケーキから目をそらして想人は時間を確認する。
「——そろそろ、時間ではありませんか?」
「あ、ホントだ」
言われて、月葉は慌てて外に視線を向けた。
モールの2階にあるスイーツショップからは、内部フロアが見通せる位置にある。普段から買い物客で行きかうその場所は、今日はイベントパレードのための立ち入り規制が行われていた。
「——降りなくていいんですか?」
「いいの、ここから全部見えるし」
そういえば、と想人は依然見た光景を思い出した。
「前回のイベントの時は、人がいっぱいで前が見えなかったんでしたね」
「そんなとこ見てたの!?」
昨年モールで行われていたのクリスマスパレードで、フロアを埋め尽くした家族連れの後ろで、なんとか一目見ようと背伸びしていた少女の姿を思い出して笑う想人の姿に、月葉の顔はさらに赤くなった。
ちっ、と痛烈な舌打ちが、剣道の話題で盛り上がっていた阪本と各務の耳を叩いた。
みれば、赤金達郎が拳を握りしめてテーブルを小さく叩いている。
「——やってくれる」
憎々しげに呟く赤金の姿に、阪本と各務は顔を見合わせた。
「前から思ってましたけど、プラ太先輩、マジでソード先輩嫌いですよね」
「当然でしょ、金貰わなきゃアイツとなんて関わる気もないよ」
赤金が片耳をイヤホンから外して会話に加わる。
「……僕は、お金貰っても誰かを監視するのは嫌だなあ」
「まあ、あっちの方が健康的ですよね」
各務の言葉に、そう言って阪本一騎が指さしたのは隣のスイーツショップの中。
悠城想人と天音月葉の座る窓際の席から隠れるようにした女子中学生のグループだった。
目の前のスイーツより興味深々といった様子で、二人の様子を隠れて伺う少女たちの姿に、各務は乾いた笑いをもらした。彼はなにも知らないが、きっと彼女たちは月葉の友だちなのだろうと推測は出来る。
「考えることはみんな同じだねえ」
モール内のアナウンスが変わり、軽快な音楽とともにパレードの開始を告げる。
2つのグループが見守る中、二人はショップの中から中央フロアで始まった愛らしい着ぐるみたちのパレードを観覧している。
「——で、もっと健康的じゃない連中があそこにいるわけよ」
不機嫌そうに指をさす赤金の視線の先に、黒服を纏った数人の男たちが、壁際に隠れるように立っていた。
「あれ、ソード先輩の?」
「そ、実家からのお迎え」
うわぁ、と引きつった各務の言葉を背に、赤金達郎はイヤホンを外して不機嫌そうに頬づえをついた。
「流石に、昨日の今日でこれは早すぎるっしょ」
「……報告したのプラ太先輩ですよね?」
「それが役目だからね」
それで金になるんだ、と赤金達郎は吐き捨てた。
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