第11話 悠城想人は静かに暮らしたい

「……どうしてこうなった」

自室で机に向かって突っ伏した悠城想人ゆうきそうとの後ろで、ケラケラと笑い声が上がった。

「いやー、爆笑爆笑」

小太りの腹を抑えて、わざとらしい笑い声をあげる赤金達郎あかがねたつろうを背中越しに見やり、想人は冷ややかな目線を送った。

想人の部屋にしつらえられたベッドの上で、漫画を見ながら転がる友人を無視して、そのまま床に座って本を読んでいるもう一人に視線を向ける。

「……というかマジで行くとは思ってませんでした」

後輩の一年生、阪本一騎さかもといっきからも容赦ない一言を浴びて、想人は沈黙した。

「よかったじゃん。可愛い彼女が出来て」

相変わらず笑いながら、赤金はからかうように言い放つ。

完全に他人事なので、面白がっているのだ。

「いやー、ソード君ったら奥手の超真面目君だったから、お兄さん色々心配だったんですよ~」

「——うるさいですよ。プラ太」

勝手につけられた気に入らない愛称に愛称で返すが、無反応。

プラモデルが趣味のプラモ達郎、略してプラ太。赤金達郎にはそれは何のダメージにもならない。

くるりと椅子を半回転させて、想人は部屋の中に向き直る。

「……まさか、こんなことになるとは」

再び頭を抱える想人の顔を、胡坐をかいたまま一騎が見上げた。

「だいたい、なんで告ったんです?」

「——負けましたからね」

「……先輩、ギャンブル弱いからやっちゃだめですよ」

まだ顔を合わせて四ヶ月程度の後輩にすら言われ、想人は髪をかきむしった。

想人達がいるのは、住み込み弟子である彼が住まわせてもらっている葵剣道場の葵家の家屋の二階の部屋の一つだ。

道場の塀側にあるこの部屋は、隣に住む赤金家の二階からロープを渡して飛び移れる距離にあり、また春から新入生として、同じく道場の住み込み弟子として隣の部屋に阪本一騎が下宿している。

高校入学以来の友人である赤金と、同じ剣道部の後輩である一騎が悠城想人の部屋をたまり場にしてすでに二か月ほどが経つ。

その日も、いつも通りに過ごしていただけだった。

負けた際の罰ゲームの賭けの内容がちょっと違っていただけだ。


「……普通に断られると思っていたのですが、初対面ですよ?」

「なんつーか先輩、自己評価低すぎませんか?」

「いやー、想人相手なら受けるでしょ普通」

呆れたような反応に予想外の表情を見せる想人に、逆に二人が頭を抱える。

「うちの剣道部、団体ベスト8のメンバーで個人戦3位。こないだの全国模試も全国上位入ってませんでしたっけ?」

「文武両道、おまけにルックスもイケメンだ!」

ため息交じりの一騎の言葉に、ケタケタと笑いながら赤金が追撃する。

「これでも……目立たないようにしていたのですが」

「絶対、嘘だ」

「もっとちゃんと手ぇ抜いときなよ~」

「……抜いてますが」

「嫌味っすね」

「こいつ最低だわ」

だんだん本音が混じる二人に想人は大きくため息をついた。

「……真面目に、目立つことは避けたいんですよ。それに女の子と付き合うとか考えたこともありませんし

 ……一騎くんも、少しは私の事情は知っているでしょう」

「いや、それならまずなんで両方とも全国行っちゃうんですか」

「参加した以上、相応の結果は出さないといけないでしょう」

目立ちたくないと言いつつ、悠城想人はわざと手を抜くのも苦手で、結果が人目に見える形で出せないのも気に食わないのだった。

「プラ太先輩、この人、面倒くさいです」

「僕、これにもう一年付き合わされてんだよ?」

呆れた様子の一騎に、わざとらしく疲れたふりで赤金がうそぶく。

「……どうか私に穏やかな、植物のように穏やかな生活を……」

「殺人鬼だ、どっかの殺人鬼の思考だ」

「やべえよ、やべえよ」

再び頭を抱えて呻く想人のささやき声に、二人は声を合わせてツッコんだ。


「まあ、真面目な話?どっかで会ったことあるとかない?」

「どうでしょう。もともと女性とは距離を置いていたつもりですし」

「まあ、向こうは先輩のこと知ってるんでしょうね」

赤金が少し話を切り替える。想人がそれに合わせて思考を切り替え、一騎がそれに合わせた。

「で、結局どーすんの?冗談だったって正直に話す?」

「いや、それはダメじゃ……」

「それでは彼女を傷つけるだけのような気がしますが」

流石に、と言いよどむ一騎を他所に、想人は静かに目を閉じて、乱れた思考を整理する。

なぜ彼女だったのか。

そう考えれば、答えは自然に導き出されると思ったのだ。

そう。もともと誰でも断られて当然だと思っていた。なら誰でも良かったはずなのだ。なのに、あの時自分は迷い、選択したはずだ。

それはつまり……

「彼女に、なぜ受けてくれたのか聞いてみましょうか」

「はいでた~、答え丸投げ~」

煽るような赤金の口ぶりにも、想人は動じることはない。

「まあ、無難かもですけど……いいんですか?」

「事の起こりはどうあれ、私が言い出したことですから」

一度腹を決めてしまえば、悠城想人に止まるという選択肢はない。

反省も迷いもするが、停滞だけはしてはいけないというのが師の教えだ。

「そういえば、週末に会う約束だっけ?」

「……なぜ知っているのですか」

無論、面白がってあの場にこっそりついてきていたからに他ならない。赤金達郎とはそういう男だ。

携帯端末を片手に、想人はスケジュールを確認する。

「モールの方でイベントがあるそうで、一緒に観に行こうということになっています。」

「つまりデートっすか」

「いいねえ、うらやましいよ。邪魔しちゃおっかなー」

「……先輩、この人マジでやる気です」

「——大丈夫。よくわかっています」


高校入学を機に、それまで通いの剣道門下生だった葵道場に、住み込みで剣術を習うようになって一年半ほどになる。

ただ一人の生徒として学校に通い、勉学に励み。

朝夕を道場での修行に明け暮れ、一人の剣道部員として部活に貢献する。

憧れていた普通の学生らしい生活を過ごしていた悠城想人は、この日から、再び激動の渦の中に身を投じることになる。

その全てが、自身の行いによって引き起こされたことだとは言え、想人はそのわずかな日々をすぐに懐かしく思うことになるのだった。

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