第7話 贖罪

200段を超える石造りの階段を駆け抜け、悠城想人と愛居真人、そして想人の呼び出した車の化身『フォン・ブラウン』に乗せられた永森紗枝、紗那母娘は一挙に参道を駆けのぼっていた。

道中に現れる神使である蛇たちは、想人が黒刀を振るうたびにそこに発生する衝撃波で吹き飛ばされ、彼らの後ろに落ちていく。

なおも背後から追う蛇の群れは、今度は真人の特殊銃が放った風の法術弾でさらに巻き上げられ、吹き飛ばされる。

そんなやり取りを数回繰り返し、四人はあっという間に参道を登りぬいた。

参道の終わりを見た真人が想人より速度を上げて一挙に前に出る。

先に周囲を警戒すべく、真人の身体が参道の切れ目から飛び出し、祭儀場の門をくぐる。

飛び出した勢いそのままに地面を転がるのと同時に態勢を整えて――そのまま、その身が凍り付いたように硬直する。

「——!」

真人が警告する暇もなく、続いて想人が斜面を駆けのぼり、永森母娘を乗せた『フォン・ブラウン』と同時に境内に躍り出る。

そしてそのまま真人同様に固まった。


――来たか。おおとりの末裔よ。

背すじが凍る。悠城想人ですら、その場を動くことは出来ない。

――そして永森の娘よ。此度の釈明に来たか

山の頂上、祭儀場の向こう側から、巨大な、あまりにも巨大な白い蛇の頭部が彼らを見据えている。蛇に睨まれた蛙、どころではない。蛇からすれば、彼らは帰るどころか塵芥ちりあくたに過ぎない。

護法輪の資料、過去に永森家から提出された蛇目町周辺の伝承によれば、今対面している白蛇王は、山一つに巻き付く巨大な白蛇。その全長は10キロを超えると推定されていた。

祭儀場を据えた山を越える巨大な頭の位置からは、おそらく蛇目町のすべてが見渡せるのだろう。

想人たちの行動は、最初からこの蛇神には見えていたのだ。

「白き王よ。お初にお目にかかります。私は悠城想人。おおとりの末席に当たるものです。

 この度は、我が師、罪火ざいかよりこの度の全権を託されてまいりました」

巨大な蛇の目に見据えられて、想人は震える全身を制して膝をつき、礼を取る。その後ろに控えて、愛居真人が同じく膝をついた。

想人が召喚の意思を失ったことで、『フォン・ブラウン』がその車体を構成する霊体を失って、乗せられていた永森母娘が地面に投げ出される。

浅く宙から地に落ちて、少女は驚きの声を上げた。

その横で、母である永森紗枝が這いつくばり、大地に頭をこすりつけた。

霊感を持たない彼女にすら、眼前の蛇の脅威は嫌というほどに理解できる。

圧倒的な存在がそこにあった。

――此度の件、我は機会を与えた。

「重々承知いております。湯葉大地が主上の与えられた機会を二度に渡り無視し、此度の事態となりました」

――ゆえに、彼のものに、我は罰を下す。

「それもまた、承知しております。しかし、我々へしばし時間をいただけないでしょうか」

――我は、その方らが身を正すのを三年待った。

「ただいま、我が手のものが湯葉大地を捕らえ、連れ戻すようにしています。彼の背信は、我ら護法輪の不始末。我らの手で裁きを与え、その後、主上にお引き渡しをいたします。人の不始末は人の手で付けさせていただきたいのです」

膝をついたまま、想人は顔を上げ、邪神と目を合わせる。

それだけのことでも、全身全霊の力を必要とした。

――人は、人を庇う。お前たちが約定を違えぬ道理はない。

「重々に……ゆえに、証明として湯葉大地の妻子を連れてまいりました」

そう返して、想人は傍らに立っていた永森紗那に視線を移した。

平服する母の隣で、巨大な邪神の姿にも恐れることなく、幼い少女はその蛇を見上げている。

「——紗那ちゃん。お願いできますか?」

想人が言葉を緩めて、傍らに立つ少女に問いかけた。

しゃな、と前に出た娘を呼び止めようとした永森紗枝は、腰が抜けて這いつくばったまま起き上がることもできず、後ろによろめいた。

背後に倒れそうになった彼女を、真人が後ろから支える。

「あのね。へびのかみさまにおねがいします。おとうさんがかえってきて、ごめんなさいするまで、まってください」

たどたどしくも告げる少女の言葉に、蛇神のその巨大な目を細めるのを、想人と真人は確かに確認する。

――父の責を、そなたが負うか?

言葉の意味を解さず、永森紗那は首を傾げ、だが、よくわからないままに頷いた。

――では、証を立てよ。


蛇神の言葉が終わるのと、悠城想人が足元に手放していた黒刀を手に取り、少女の首を撥ねたのはほぼ同時だった。

その後ろで、自分の目の前で娘が死ぬ姿を、永森紗枝が見ることはなかった。

想人が永森紗那を斬るのと同時に、彼女を背中から支えていた愛居真人が、隠し持っていた小太刀で彼女の後頭部から脳までを一息に貫いたのだ。

痛みも、自らの死をも認識することなく、母娘が同時に絶命する。

跳ね飛ばした頭を拾い、小さな少女の身体を空いた左手で掴み上げて、想人は少女の遺体を境内の中心に置き、その隣に真人が母の遺体を並べる。

二人の遺体を捧げ、兄弟は境内の出口まで下がって再び膝をついた。

「背信者の一族は、我らの手ですべて主上に捧げる所存」

「どうか、今しばらくお待ちください」

悠城想人の言葉に、愛居真人が続いた。

――その言葉、違えることなかれ

蛇神は二人に応え、しかし、その場を動くことはない。

二人は立ち上がり、深々と頭を下げると、静かに境内から退出する。

その様を、境内に並べられた母娘の姿と合わせて眺めながら、邪神はなおもその場にあり続けていた。

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