第13話 その後の話②

「で? 龍平の作品はどうだったの?」

 翌日、もはや定位置となった校舎の屋上で、文芸部の一年生三人は昼食を楽しんでいた。今日は少し風がある。

 昨日は欠席だった葉月と伊吹に、龍平は勝手にアフターの話をしていた。自分から切り出すような話題ではないのだが、伊吹から「昨日はどんなことしたの?」と訊かれたので答えないわけにはいかなかった。ごまかしたって、どうせ先輩からバレるのだ。

「……メッコメコにされた」

 もう思い出したくもない。

「あははっ。浦島太郎の続きを書いて、どうしたらそんなに叩かれるような小説になるの? どんなの書いたの?」

「なんつーか……。玉手箱を開けたら中には小さくなった乙姫が入ってて、二人は仲良く暮らしましたとさ、っていう感じのやつ」

「ふつー」

「うるせえな。言われたよとっくに」

 由利から。

「玉手箱から乙姫っていうのが平凡なんじゃない? もっと驚くような物が入ってるとか」

「じゃあお前、下倉さんが入っててもいいのかよ」

「誰!?」

 葉月が下倉さんに出会うのはもう少し先のことである。

「でも、先輩たちにアドバイスしてもらったんだよね。私も行けばよかったなあ。書いた小説が読まれちゃうのはちょっと恥ずかしいけど……」

 龍平と同じく小説初心者の伊吹は、まだ何も書いていない。もしかしたら家で練習しているのかもしれないが、文芸部で披露している作品はないのだ。

「まあ、ありがたいアドバイスはもらったよ……。メッコメコだったけど」

 批評のスタンスとしては、由利はもちろん超辛口で容赦なし。浩史もかなり厳しい意見を言う。美紗子は由利の激しい攻撃から守ってくれる唯一の存在であるが、言うべきことはしっかり言う。誰が一番好意的な感想を言ってくれたかというと宋次郎で、「俺は嫌いじゃない」という言葉にどれだけ救われたことか。龍平の中で宋次郎の株が急上昇していた。

 相当へこまされた龍平だったが、それでふてくされては上達などしないことはわかっている。先輩たちの意見をしっかりメモし、家に帰って復習していたらまたヘコんだ。

「次は私も書くね。自信ないけど、頑張る」

 伊吹は小さな手を握ってみせた。モチベーションは十分である。

「あ、それで部長から伝言なんだけど、『杏泉文学』に載せたい作品があれば今週中に提出しろってさ」

「え? もう締め切りあるの? うわ、間に合うかな……」

 文芸部は学校公認の文化系の部で、お菓子を食べながら喋っているだけではなくてもちろん活動をしている。それが機関誌「杏泉文学」の発行である。部員たちの作品を集め、印刷して出版される手作りの冊子だ。年に四回、およそ三ヶ月に一回のペースで発行している。部費で作っているので無料配布だ。学校のお金で作っておいて、有料というわけにもいかない。

 図書館の中には機関誌を置くスペースがあり、文芸部の他にも漫画部やイラスト同好会の作品が並んでいる。秋の文化祭では学外の来場者にも配っているらしい。

 機関誌のことは、入部してすぐに由利から説明を受けている。作品の提出は強制ではないので、初心者である龍平は一回目の締め切りは見送るつもりでいた。

「締め切りって、プロみたいに言うなよ。素人のくせに」

「うるさいっての。いいじゃん。あー、なんとか完成させないとなー」

 葉月は提出するつもりのようだ。部室でもノートパソコンで書いているし、本人いわく、春休みから書き続けている自信作らしい。

「メッコメコにされてしまえ」

「龍平と一緒にしないでよ。由利先輩もラノベを好きになっちゃうくらいの小説なんだから」

 そう、提出した作品がそのまま杏泉文学に掲載されるわけではない。その前に一度、批評会が待っている。部員たちの批評を受け、直したものを載せるという流れになっている。おそらくは、ラ会でやっているような批評会と同じだろう。

「伊吹さんは何か書くつもりある?」

「ううん。私はまだ何を書けばいいかわからないし……。もうちょっと自分で練習してからにしようかなって……」

「自信なくたって試しに提出してみて、みんなの感想聞けばいいじゃん。一人でやるよりそっちの方が上達も速いと思うよ?」

 葉月の言うことは一理ある。しかし、全くの初心者である伊吹が作品を誰かに読んでもらうというのは勇気のいることだ。ゲーム感覚で書いた「浦島太郎その後」だって、人に読まれるとなると緊張した。しかもメッコメコにされたし。

「他の先輩はどんなの書くんだろうな」

「だねー。美紗子先輩は詩だよね。浩史先輩はなんとなく正統派って感じ。ドントクライ先輩はハードボイルドとか書きそうじゃない?」

「私もそんな気がする。それに、由利先輩の小説が読んでみたいな」

 確かに、特に気になるのが由利の書く小説である。三題噺でも勝手にアフターでも由利は書かずに批評に徹している。そんな由利はどんな小説を書くのか。今回の杏泉文学に提出するかはわからないが、是非書いて欲しい。

 もちろん、いくら由利でも高校生の枠を出ないのはわかっている。ベストセラーになるような傑作を書くとは思っていない。でも、心のどこかで「あの由利先輩なら」と期待している自分がいた。いつも堂々としていて、向かうところ敵なしで、美人で、胸と態度が大きくて、そして何よりも読書を愛する由利なら、きっととんでもない小説を書くのではないかと。

「あ、俺ちょっと用あるから行くわ。伊吹さん、また教室で」

「うん」

 携帯で時刻を確認すると、昼休みが終わる十五分前だった。龍平は一足早く屋上を離れると、そのまま部室へ向かった。部室に行くには一度靴を履き替えなければいけないので、時間がかかる。

 放課後ではないからどうせ誰もいないだろう。そんな気持ちでドアを開けると、そこには先客がいた。

「あ……」

「のわっ!」

 おにぎりを頬張る宋次郎が。

 宋次郎は眼帯をはずして本を読みながらおにぎりを食べていた。龍平が来た瞬間、あわてて眼帯をつける。人がいないところでは眼帯をつけていないのか。仕方ないか。蒸れるもの。かゆいもの。

「す、すみません」

 反射的に謝罪の言葉が出てきた。見てはいけないものを見てしまった。

「お前、ノックくらいしろ!」

 まさか男にこのセリフを言われるとは思わなんだ。

「先輩こそ、三秒後の未来が見えるなら俺が来ることわかったじゃないですか」

「言っただろ。フォルス・アイは負担が大きいから使ってないんだ」

「そうでした。あと先輩、眼帯が逆です」

「今日はこっちなんだよ!」

「日替わりなんですか!?」

 ごまかし方がものすごく強引だ。

「で、何の用だよ」

「杏泉文学のバックナンバーを借りようと思いまして」

 これから入部して初めての批評会を迎えるにあたって、先輩たちが書いた過去の作品が気になったのだ。あらかじめ読んでおいて作風を少しでも知っておけば、批評する時に役に立つはずだ。

 こうやって試験でもないのに予習をしておく。自分ってば、なんて優秀なのだろう。

「なるほどな。かなり古いものもあるが、いつ頃のが欲しいんだ?」

 おにぎりを食べ切って、宋次郎は腰をあげた。部室の隅に積まれている段ボールを開けると、そこには過去に作られた杏泉文学が詰められていた。

「とりあえずは先輩たちの作品が載ってるやつだけでいいです」

「じゃあ一年分だな。ほら、もってけ。どうせ無料配布だから、返さなくていいぞ」

「ありがとうございます」

 去年に発行された四冊を受け取る。原稿を印刷して大きなホチキスでとめてある。印刷には、先生が使っている大量に刷ることが可能な輪転機を借りるらしい。実際のところ、文芸部の部費の使い道は紙代がほとんどだ。

 ペラペラとめくってみる。ちゃんと目次があって、知らない名前は三年の先輩たちの作品だろう。

「ドントクライ先輩のもあるんですよね。……あ、これか。『紅葉色の初恋』?」

「気をつけろ。俺の小説を読むと三日以内に体毛がすべて抜けて死ぬ」

「そんなの配布しちゃってるんですか!?」

 宋次郎なりの照れ隠しのようだ。というより、タイトルから純愛ものにしか見えないのだが。なんかもう、宋次郎という人間がわからない。とにかく家でゆっくり読もう。美紗子ワールドの分析もしなくてはいけないし、由利が書いたものもあるはずだ。プロではなく身近な人が書いた作品の存在に、テンションが上がっている自分がいた。

「作る」ではなく「創る」という活動。ちょっと面白いのかも。

「おい。ドラゴン」

 知らない人の名前を宋次郎が呼ぶが、ここには龍平以外にはいない。

「…………」

 でも、まずは無視してみる。

「お前だよ、コードネーム『ドラゴン』」

「やっぱ俺っすか」

 間違いなく名前の「龍」が由来だ。コードネームとか言っちゃってるし。

「お前は次の杏泉文学には提出するのか?」

「あ、いえ、俺は見送るつもりです」

「一年では誰か書くのか?」

「葉月がなんとか間に合わせたいって言ってました。ライトノベルでしょうけど」

 宋次郎も、新入生の作品に興味があるのだろうか。

「葉月嬢か……。一年の三人は、仲良くやってるのか?」

「まあ、普通だと思います」

 これから葉月がラ会に移籍すれば、二人になってしまうかもしれないけど。

「ドラゴン。お前に指令を与える」

「指令はともかく呼び方やめてくださいよ」

 頼むから校舎の中でそう呼ばないで欲しい。クラスメイトと一緒にいる時とか。しかも指令って、宋次郎の組織に加入させられているし。

「男を見せろ。以上だ」

「……はい?」

 それだけ言うと、宋次郎は弁当箱を片づけて部室を出て行った。すると予鈴が鳴って、龍平も慌てて教室に戻る。

 今のが指令なのだろうか。これから、男を見せなければいけない場面に出くわすのだろうか。いくら未来が見えるといっても、宋次郎は三秒後までしか見えないはずだ。ただ単に、思わせぶりなことを言いたかっただけなのか。

 その日は疑問を抱えながら帰宅。早速、杏泉文学のバックナンバーを読んでみる。美紗子は相変わらずワールド全開の詩ばかりで、浩史はライトノベルっぽい短編だった。宋次郎の「紅葉色の初恋」は高校生の恋愛を描いた小説で、不覚にもちょっと感動できる内容だった。しかし書いたのが宋次郎だという要素が邪魔をして作品に集中できない。作者の顔を知っているというのは一長一短である。

 貰った四冊にざっと目を通してみるが、ない。

 由利の書いた小説はどこにもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る