第11話 軽い女②

 翌日、帰りがけに下駄箱を開けるとラブレターが入っていた。

 拉致された。

「納得いかねえ!」

 龍平は両手を縛られて椅子に座らされていた。場所は視聴覚室。ライトノベル同好会が借りて活動している教室だ。

 ラブレターをもらったことで、部室に行く予定を変更して指定された場所に向かうことにした。もちろん、まったく疑わずに。クラスの友人たちはこんなくだらないイタズラをするような奴ではないし、そろそろ自分のことを好きになる女子が一人くらい現れても不思議ではなかったからだ。中学生の時は、自分の成績が良すぎて女子たちが敬遠してしまっていたようだが、この高校には同じレベルの生徒が集まっているので、敬遠される理由はないのだ。

 そんなわけでラブレターに書いてあった中庭の隅の方で待っていたところ、紐を持った数人の生徒に捕まり縛られ運ばれてきたのだった。

「ようこそ。ライトノベル同好会へ」

 そう言ったのは元文芸部で同好会の会長である水沢秋乃。

「ようこそって、そっちが連れてきたんじゃないですか!」

「あははっ、やっぱり引っかかった」

 ちゃっかり隣にいるのは葉月だった。

「お前の仕業か……」

「見学に付き合ってもらおうかと思ってさ」

 葉月は秋乃の誘いを受けて早速ライトノベル同好会の見学に行こうと考え、昼休みに秋乃を訪ねて活動日を訊きに行った。そういえばいつもは昼を一緒に食べているのに今日はいなかった。すると今日の放課後に活動をするというので、ついでに龍平も連れて行くことにした。

「なんで俺が付き合う必要あるんだよ。一人で行けばいいだろうが」

 答えたのは秋乃。

「葉月さんに聞いたところ、あなたはライトノベル初心者というではないですか。そこで、ラ会での私たちの活動を見てもらい、さらにライトノベルを知って欲しいと思ったのです」

 どうやらそう略すらしい。

「だからって拉致はいらないですよね!」

 まさか入学してから二週間で二回も拉致に遭うとは。自慢できるぞしないけど。

「あなたには由利の息がかかっていますから、普通に誘ったのでは来てもらえない可能性がありましたので」

 どれだけ由利を警戒しているんだ。興味がまったくないというわけでもないので、言ってくれれば普通に見学に来たのに。

「でね? せっかくぷぷっ……拉致するならラブレターで呼び出したらアホみたいな顔で引っかかるんじゃないかってぷふりっ……私が提案してね? そしたらまんまと……ぷふわっ」

「全然堪えられてねえよ!」

 とりあえず逃げる気はないと説明して解放してもらった。部室ではないので本棚にライトノベルがずらりということはなかったが、すでにメンバーが集まって机をくっつけて談笑していた。人が一人縛られている状態で談笑しているのもどうかと思うが。見たところ、男子が四人に女子が秋乃を含めて三人という内訳だった。

 秋乃が声をかけて、今日は見学が二人いるということを説明し、ラ会の活動が始まった。一応、今日は文芸部には行かないと伊吹にメールしておく。

「ええと、本日は高城くんの作品の批評会でしたね。皆さん、ちゃんと読んできていますか?」

 秋乃が司会のような役割を担い、進行していく。龍平と葉月は少し離れた場所に椅子を置いてその様子を見ていた。ただお菓子を食べながらお喋りするだけの文芸部よりは活動しているように見える。

 どうやら、高城というのはあのメガネをかけた一年生の男子のようで、彼が書いた作品の感想を言い合うらしい。一年生で作品を書いたということは、入学前から書いていたはずだ。彼は作家志望なのだろうか。

 龍平と葉月はその作品を読んでいないので、批評会に参加することはできない。おとなしくどんな批評会が行われるのか見ることにする。

「ではまず、鈴原さんから」

 秋乃に促され、鈴原と呼ばれた女子が手元のメモをもとに感想を言う。

「高城くんの『高校中退ニートの俺が異世界行ったら天才レベルの博士だった件』なんですけど、まず設定がよかったと思います。それで……」

 感想を述べる鈴原。高城は言われたことをノートに書き留めていた。

「なあ葉月」

 声をひそめてちょいちょいと、隣に座る葉月を肘で小突く。

「何?」

「まずタイトルからツッコむべきじゃね?」

「いや普通でしょ」

「またまたご冗談を。タイトルは作品の顔だろ? あんなふざけたやつでいいのか?」

「ちょっと前から流行りなんだよ。ああいう文章みたいになってるタイトル」

 タイトルに流行が存在するとは初耳である。思い返してみると、葉月に借りた本の中にそんな感じのものがあった。

 順々に感想を言っていく同好会のメンバーたち。登場人物の一人について、かわいいだとか、クライマックスのシーンが盛り上がったとか、質問については作者の高城が答えていた。秋乃の仕切りも段取りがいい。龍平は内容を知らず感想だけ聞いているので、どんな作品なのか気になるところなのだが、批評会の中ですでにラストを知ってしまった。

「それでは、今日の批評会を終わりにします」

「ありがとうございました」

 三十分くらいで『高校中退ニートの俺が異世界行ったら天才レベルの博士だった件』の批評会は終わり、作者の高城がメンバーに一言お礼を言った。あとは適当に喋って適当に解散するのだという。その辺は文芸部と同じだ。強いて違う部分をあげるとすれば、ここが視聴覚室である関係上、飲食が禁止だということである。他の教室を借りれば済む問題なのだろうが、たくさんの同好会があるので他はおさえられてしまっているのだという。

 雑談には龍平と葉月も参加してみた。それほど人見知りしない龍平だが、葉月はもっとしないので、あっという間に輪に入っていった。共通の話題がわかっているのだから、溶け込みにくいということはない。

「君島さんは、どんなの読むの?」

「私は特にジャンルは決めずに色々読むんだけど、最近ハマってるのは……」

 葉月は秋乃と鈴原の二人とお喋りを始め、なんとなく男子と女子にグループが分かれていく。龍平の隣に座っているのは、さきほど作品の批評をされていた高城だった。同じ一年生である。

「俺は読んでないから感想言えないんだけどさ、結構褒められてたよね」

「あ……うん……。まあ、その……ちょっと自信あったっていうか……」

「原稿ある? ちょっと読ませてよ」

「え? でも、恥ずかしいし……」

「恥ずかしいってなんだよ。プロになるならどうせ読まれるんだからいいじゃん」

「……じゃあ、これ」

 高城という男子は人見知りするのか、どうも声が小さい。伊吹も似たような感じの話し方をするが、伊吹だと許せるのに高城だとイラっとするのは何故なのか。他の部員とは普通に話しているから、初対面の龍平への接し方に戸惑っているのだろう。この学年代表で将来は東大へ行ってエリートの道を進むことが決まっている自分と、今のうちにコネクションを作っておくに越したことはないと思うのだが。もしかしたら総理大臣になるかもしれんのだぞ。

 高城から受け取った原稿はかなりの量で、聞けば文庫本一冊分はあるらしい。力作である。全部を読むわけにもいかないので、最初の部分を流し読んでみる。

 特にこれといった理由もなく高校を辞めた主人公は、ある日事故に巻き込まれて死んでしまう。と思いきや別の世界に行ってしまい。そこで活躍するという話だった。なるほど、別の世界では主人公が持っている現代の知識が画期的過ぎて、天才扱いされるというわけか。おそらくはファンタジーにジャンル分けされるはずだ。

「あの、そろそろ……」

 高城の目が返せと言っているので、龍平は言われた通りに原稿を返した。

「ところで柚木くん」

「はい」

 ライトノベル同好会がどんなものなのかはわかったし、そろそろ葉月を置いて帰ろうかと思っていると秋乃に呼ばれた。

「浩史は何か言ってませんでしたか? こちらに来るというようなことは……」

 そういえば秋乃は浩史も誘っていたのだ。

「いえ、浩史先輩は文芸部にいるそうです」

「そうですか……」

 さっきまで上級生らしく堂々と、そして持ち前の上品さ溢れる振る舞いをしていた秋乃だが、急にしぼんでいくように元気をなくしてしまった。もしかして秋乃は、葉月もそうだが浩史にも来て欲しかったのではないだろうか。

 そして、その理由に気づかないほど龍平も鈍くはない。目配せをしようと葉月を見ると、すでに葉月がこっちに目配せをよこしていた。

『ねえ、秋乃先輩って浩史先輩のことが……』

『ああ、間違いないだろ』

『で、でもさ、浩史先輩って由利先輩にぞっこんなんだよね。そのこと知らないのかな』

『そうだよ多分。どうすんだよこれ』

『どうするって……。あのこと言ったら、きっと秋乃先輩は由利先輩を刺しちゃうよ』

『おおげさ……でもないか。だけど由利先輩なら刺されても平気そうな空気あるよな』

『ひどっ。でもなんかそれわかるわー』

『だろ? じゃあ大丈夫だな』

『うん。大丈夫だね』

 以上が目配せでなされた会話である。これ以上長くなるとさすがに厳しい。結論としては由利が刺されても何とかなるだろうということで落ち着いた。

「葉月さん、柚木くん、何を見つめ合っているのですか?」

 不審がる秋乃に、葉月はぐっと親指を立ててみせた。

「大丈夫です秋乃先輩。遠慮なく刺しちゃってください!」

「何がですか!?」



 同好会のメンバーに見学させてもらったお礼を告げ、龍平と葉月は同じ電車に乗って下校していた。同じ制服の生徒もちらほらと見える。

「で、どうだったよ。ラ会は」

「いい感じだと思ったよ。マジメに批評してたし、話も合うし。龍平は?」

「俺には異次元の会話だったよ」

「これからわかるようになるって。まだまだ読んで欲しいラノベあるんだから」

 葉月はライトノベル同好会に移るのだろうか。伊吹は寂しがるだろうな。まだ二週間とちょっとだけど、同じ部に入ってそれなりに仲良くやってきていたわけだし。待てよ。葉月と一緒に伊吹まで文芸部を辞めてしまったらどうしよう。葉月はともかく伊吹と仲を深めたいというのが正直なところだ。なんといっても我がクラスの女子の平均点を大きくあげているほどのかわいさなのだ。男子としては親しくなりたいと思うのが性というもの。ただ、龍平と浩史が話しているところを妙に力強く見つめているところだけが気がかりだが。

 でも、ライトノベル作家を目指す葉月にとっては、あっちの方がいい環境かもしれない。作品を批評し合って、切磋琢磨する場所の方が。

「……ん?」

「どしたの?」

「いや、なんでもない」

 何か引っかかる。が、それが何かわからない。くそ、わからないことがあると眠れないタチなのに。

 今夜は徹夜を覚悟していると、葉月が「ねえねえ」とやけにムカつく笑顔で小突いてきた。

「私が辞めたら寂しいんでしょ。そうなんでしょ」

「そんなわけないだろうが。うるさいのがいなくなって嬉しい限りだ」

「あ、それ『ツンデレ』っていうんだよ。私が貸した本読んでるならわかるでしょ?」

「確か最初はツンツンしてるけど後でデレっと……俺はデレねえよ!」

「はいはい。……でも、マジメな話、ちょっと考えさせて。しばらくはどっちにも顔出すような感じになると思う。中途半端でゴメン」

 葉月から聞いたことのないシリアスな声が出てきて戸惑う。明るいだけが取り柄みたいな奴なのに。

「別に文芸部を辞めたって会えなくなるわけじゃないし、そんなに気にすることないんじゃね? 運動部でエースが抜けるってわけでもないじゃん」

 アホみたいなことばかり言っているし、オタクっぽい小説ばかり読んでいるくせに、葉月はなんだかんだでマジメなんだと思った。入った部をすぐに辞めてしまうことに罪悪感があるのだろう。

 もしも、文芸部に入る前にライトノベル同好会のことを知っていたら、文芸部に見学に来ることもなく同好会に入っていたはずだ。

「へえ。優しいところあるじゃん」

「俺は人間ができてるんだよ。将来、人の上に立つ人間だからな」

「わかったわかった。じゃあ、またね」

 龍平の降りる駅に着いた。軽く手を振って葉月と別れる。

 結局、その夜は三時まで考えたが、引っかかりの正体はわからなかった。

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