ずん、と

***


「臭くないか?」

上司に言われて、ブレスケアを一気に飲み込んだ。

「諸事情でニンニクを食べる生活になりまして」

「なんだ、体力が落ちたとかか?」

まだ若いのに、と資料をまとめながら上司は続ける。会社の影には男は見られない。

「会社泊まっちゃいけないですかね……?」

「どうした」

ぎょっとした顔で上司が私を見る。言うべきか。言うべきだな。


「家に吸血鬼がいるんです」

「……大丈夫か?」

今度は眉間にシワがよっている。私は心労に任せて口を動かす。

「隙間から男が見てるんです。血を飲まなければって言いながら、ずっとこっちを見てるんですよ。いい霊媒師さん知りませんか?」


ここまで言うと上司の顔が引きつった。

心療内科、と単語がこぼれた。

「疲れてるんだろ。早く帰って休め」

最悪の業務命令だ。私は泣き顔を晒した。

このまま帰らないのもありかもしれない。

もういっその事、日中に引越し作業をして、夜はどこかに泊まるか。

けれど今月は毎晩外泊という余裕はない。友人は殆どが既婚者だ。


それより、私はどれくらいの危機なのか、予測が立たない。今のところ何も起こっていない。ただ、いつも虚ろな目で「チヲ」と言っているだけだ。

それよりも早く帰って電気を灯さないと、玄関を開けて暗い入口で、即デッドエンドは嫌だ。

夕焼けに急かされながら家へと帰る。

暗がりが、立っている。


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