カーテンの裏側に、男

空付 碧

ぢぃっと

私の部屋に不審な男がいた。


マンションの一室で一人暮らしをしているのだが、恨めしそうな虚ろな目でじいっと私を見ている。

オートロックの8階マンションに、男が侵入しているのも問題だ。けれど、カーテンの内側からマジマジと睨む目が常人の表情ではない。

彼のいるところだけ、闇が深く塗りつぶされていた。


「あの、警察呼びますか?」

かすれ掠れに声を出しても返事はない。

鈍器を握りしめて近づくと、こちらから目をそらさずに、うわ言のように繰り返した。


「チヲ、ノマナケレバ」

心拍が上がった。

彼を見るが目が合うと、立ちくらみがするほど血が巡っていく。男は手を伸ばさない。少しの間、呼吸に意識を向けて心拍を落ち着ける。

呼吸が整った時、私は彼の頭部に握った鍋を振り下ろした。

空振りだった。彼の鼻筋を鍋の柄が通り抜ける時、しまったと彼の表情を確認したが、彼は変わらず虚ろに私を睨んでいた。


どうしようかと悩んだ。

彼を追い払ってくれるような、知り合いも伝もない。こういったものに出会うのさえ初めてだ。

痛いほどの視線を浴びながらネットで調べてみるけれど、どれもピンとこない。

彼は血が飲みたいと思っている死者なのか、それとも吸血鬼というものなのか。

一切動かない彼に背を向けて、台所へ立つ。


冷蔵庫と壁の隙間に、彼が立っていた。

真正面から、私を見ている。

皮膚がが粟立つ。本気で、機会を伺っているらしい。早いうちにどうにかしないと。

冷蔵庫を開けると彼のいるところに暖色の光が当たる。彼は暗がりへ逃げ込んだ。


私はニンニクのチューブを取って冷蔵庫を閉める。

彼と目が合う。

即座に視線を外して手早くキャップを外して中身を彼に近づけた。


じいっと動かず彼は私を見ている。

私は手を引いて、彼の動向を気にかけながら、ニンニクのたっぷり入った即席ラーメンを平らげた。

彼は居間に近づかない。

どうやら体内に入れれば効果はあるらしい。

冷静にデータを取りながらも、私は脂汗を握っていた。


問題は寝る時だ。

電気をつけている分には接触は避けられるが、明るい中で眠るのは得意じゃない。ニンニクを取ったおかげか寝室に男はいない。

豆球でどうにかなるだろうか。

恐る恐る一つライトを落としてみる。彼は現れなかった。

ふうと息をついてベッドに項垂れる。天井の影にビクリと反応したが、視線はなかった。私はそのまま疲れに任せて寝たのだった。


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