第十七話 魔法少女には興味がありません!



 おねーちゃんは無敵です。

 けれども、じゃんけんで私にほいほい負けてしまうくらいに、彼女は無敗ではありません。時に誰かにいっぱい食わされているような様子を見て取ることだってあるのです。

 もっともそれは、おねーちゃんが私達に土俵を合わせてくれているからに他なりません。

 本当は敵対することすらあり得ない。彼女は同時にあるばかりの高次。どこにでもいる女の子、と言うのは唯の意味ではありません。


 しかし、その言葉に多次元一繋ぎで全てに所属する山田静という少女が同一だなんて意味が篭もっているなんて、考えられませんよね。


 どこにでもあり得るから偏在し得て、どこにでもあり得るから概念として最硬。そんなことが、ありえちゃっているのです。

 故に、おねーちゃんは無敵なのですよね。私が幾ら鍛えようとも敵わない、こんなの、ずるいのです!

 だから私はおねーちゃん最強説を唱え続けるのですが、でも、おねーちゃんは謙虚にも言います。


「ボクは、無敵ではないよ」


 そんなの嘘です、と返す私におねーちゃんは更に言い募るのでした。


「確かに、本気になったら負けるものは少ないね。……でも、確かに居る。たとえば極みまで凍てついたマイナスの子や、憎き楠の大樹、とかね」


 はて、よく分かりません。もちろんマイナスは分かりますし、楠の木の存在は知ってはいます。

 とはいえ、極みまでのマイナスや憎たらしいほどの大樹なんて、私には想像もつかないものでした。それなのに、おねーちゃんが知った風に語る、なぞなぞな超常存在は克明です。

 彼女は絶対零度(世界の仕組み)をすら足蹴にした冷っこさに、巨き過ぎる樹が世界(多次元)を刺し貫いて食んでいくその様子すら、まるで見たものであるかのように語るのでした。

 それはきっと、その世界に今も並行して存在しているおねーちゃん由来の情報なのでしょうね。なんとも面白いです。森羅万象を超えると、殊更世界は不思議となるものですね。


 うんうん私が感動に頷いていましたら、そんな様子を見ておねーちゃんはベーシックに微笑みます。あんまりに均整の取れたそれに照れを覚える私に、彼女は言うのでした。


「それに、星。君にはとてもじゃないが、敵わないよ」


 私は、そんな言葉に首を振ります。だって、どう考えたところで自分はこれ程にスケール差のあるおねーちゃんの心を動かすことの出来る存在ではありません。

 多次元世界の人つなぎの一点。或いは、数多の世界を縫って整え揃えているかもしれない、独りの女の子。

 世界の中心といっても良いかも知れないおねーちゃんの、その心に私なんて不格好が居着いてしまっていることすらいけないと思うのに。


 だから、私はおねーちゃんに、私なんて気にしないで良いのですよ、と言うのです。

 そうしたら、柳眉をむっとさせて、彼女は私に言葉を返し始めました。


「……時に、察しは良い。頭の周りも良いだろうに、どうして星はこうも間抜けなんだろうね。いいかい……」


 過大評価に、あわわとする私。そんな小さな私をどこか面白そうに見てから、ふと優しく返って、おねーちゃんは言葉を広げます。

 空に光が満ちるように、自然と静謐に彼女の鈴の音色は溶け込んでいきました。


「それは大事にするよ。星。君はね、山田静の『たった一人』きりの、妹なんだから」


 察しがいいとおねーちゃんには評されました。しかし、その言葉の真意が、私には未だ、判らないままです。




 世の中には抱えきれないくらいの大変がぐるぐると周っています。そんな中で私は多くの大事なことを考えながらも、それで潰されてしまわないように休暇を満喫しようと試みていました。

 灰に潤む空の下。濡れない小雨を無視しておねーちゃんとウィンドウショッピングがてら歩んでいると、傘を差した男の子と出くわしました。


「三越君です! こんにちはー」

「こんにちは、山田さん……隣の人はもしかして」


 それが親愛すべき三越君と分かったら、私の口は早々と動きます。私と挨拶を交わした紫ジャケットの男の子は、目敏くも次におねーちゃんを見て尋ねました。

 伊達メガネをずらして、おねーちゃんは傘を閉ざした青年を見定めながら返します。


「察しの通りにボクは星の姉だよ。こんにちは」

「わ、そっくりだ……」


 そして、おねーちゃんの全体を見つめてから、三越君はそんなおだての言葉を呟いたのですね。もう、そんなこと接ぎ木のような私と生粋の美たるおねーちゃんと比較して出るのはあり得ないでしょうに。


「全く。三越君のお目々は節穴ですか? 嬉しいですけれど、おねーちゃんと私とでは月とスッポンポンどころじゃありません!」

「スッポン……ポン?」

「やれ。月と裸を比べるとは、星。流石のアンチ風雅なセンスだね」

「うむむ……これは褒められているのでしょうか? まあ、私は花より団子よりもボクササイズ派ですがー」

「花と団子に並ぶ格闘技……!」


 喋り終えると、何だか三越君は私の言葉に慄いていて、その様子を横目で見ているおねーちゃんは含み笑いを漏らし出しています。

 あれ。何かおかしいですね。私としてはおねーちゃんの凄まじい美人さとあばたな私との違いっぷりを理解して欲しかっただけなのですが。

 首を傾げる私を他所に、なんだか少し気安くした様子で、二人は会話をはじめました。


「それにしても、三越君、か。星から話は聞いているよ」

「うぉ、本当ですか? 因みに、なんて?」

「女癖が悪い男の子」

「山田さーんっ!」

「冗談。それは、大体を訊いたボクの感想さ」

「……恐縮です」

「わわ。恥ずかしいです!」


 そうしたら、次に出来たのは、おねーちゃんに頭を下げる三越君という構図。

 高身長の彼がそうすると目立って困りますね。あわあわと、私は頭を上げるよう、そっと促します。

 そんな私達を見、おねーちゃんは、ぞくりとするくらいに嗜虐的に笑んでから、言いました。


「それにしても、当たり前だけれど、ここには二人も山田姓が居るんだ。ちょっと、名字呼びじゃ分かりにくい」

「私達、姉妹だから確かにそうですねー」

「だから、三越君。君もボクのように星と、この子を呼んでみてはいかがかな? あ、因みにボクの下の名前は静だったりするよ」

「それはいいですねー。ぐっと仲良し度アップです!」


 諸手を挙げて、私は喜びます。いや、本当にやってしまうとどうも目立ちますね。直ぐに下ろしましょう。

 まあ、友達と名前呼びになるのはただ、嬉しいばかり。相手が異性とか、それは関係ありませんよね。あ、そういえば私ってTSしていましたよね、なら余計に関係ないです。

 お、そんな風にしているとそろりと足元ににゃんこさんが。可愛らしいですね。おっきな瞳が愛らしくも、どこか黒色が深くって何時までだって見ていられます。

 よしよし……あ、避けられてしまいました。


 そんなつれないにゃんこさんを構っている間に、話は進んでいきます。


「えっと……それ、マジですか?」

「まあ、マジだね。ほら、やって」

「せ、せ……ぐ、ぐぅう……あ」

「にゃ!」

「三越君からぐうの音が出ました! 鼻血も! にゃんこさん、逃げちゃいましたー」


 事態は急変。なんと、おねーちゃんが詰め寄ったことで刺激されすぎたのか、私の名前を言い損ねた三越君は鼻血を噴出してしまいました。

 吹き下ろされる血しぶきを嫌った黒色にゃんこさんは脱兎のごとくに逃げ出していきます。後に残ったのは、地面に事故現場のように滴った血液ばかり。

 あ、ちょっと私のブラウスにまで血がかかっています。ちょっとばっちいですね。


「あ、ごめん、やま……星、さん」

「大丈夫ですー。自分以外の血なんて浴びなれたものですから、こんなのへっちゃらですよっ」

「ぐう、相変わらずの笑顔の威力……にしても、血を受けるのに慣れているって、星さんはどんだけ過激なボクササイズを好んでいるんだ……」


 私がにへらとしていると、ハンカチで押さえた鼻を更に強く押さえだしました。

 それにしても、ボクササイズ、ですか。そうではなくって、私は悪い幽霊さんや怪人さん達と争った時に呪わしさ満々の血液を浴びていたのですよね。

 先の触手のものも含め、えんがちょです。色々とドロドロしていたそれに比べたら、鼻血なんて可愛いものですね。

 取り敢えず、眼球に容れさえしなければ、行動を続けられますし。


「これでも、星は強いよ?」

「それは、知っています……柔道の授業とか、先生を片手で投げ捨てていましたし……」

「……星、ボクはやり過ぎるな、って言ったよね?」

「ち、違います! ちゃんと記録に残らないところだけに、力を出しているのですよ! きちんと体力測定では世界記録が出ないようにしていますー」

「なら、いいか」


 確りやっているのですよと、私が胸を張るとおねーちゃんはあっさりです。

 それもそのはず、余程のことでない限り、おねーちゃんは怒りません。それは、自分が一度感情を乱して彼女が暴れれば数多の普通が台無しになってしまうことすらあるから自重しているのかもしれませんが、それだけでないことも、私は知っています。

 それは、立ち位置が高すぎるから。果たして眼前で虐殺が起きようと、おねーちゃんの心の奥には届かないのでは、とすら思えてなりません。

 しかし、彼女は私にどうしてだか執着しています。優しくときに厳しく、私の前であるおねーちゃんは、やっぱりとっても美人さんでした。


「……色々とツッコミどころがあるんですけれど……静さんって、ひょっとして相当なシスコンですか?」

「それは仕方ない。星はこんなに可愛いからね」

「わわ、くすぐったいですー」

「高い高ーい」

「持ち上げられちゃいました!」

「ぶ」

「また鼻血さんです!」

「あ、星のスカート捲れさせちゃったか……」


 脇に手を入れ、そのまま上に下に。おねーちゃんが私を持ち上げる、これが筋力に依る力ではないことを知っていますが、それでも感じる浮遊感に風の心地は最高です。

 年甲斐もなく高い高いを喜んでいると、私のフレアスカートがふわりと棚引きました。あ、これは桃色のアレが見えちゃうと思った途端に、再び三越君は鼻血ブー。

 下着一つにこの反応、全く彼は血気盛んに過ぎますね。これは少し露出度は低いですが後で、おねーちゃんのグラビアをプレゼントして……おお、内心が判られたのでしょうか、睨まれました。


「星、駄目だよ?」

「うう、それでははち切れんばかりの三越君の性欲を発散することが難しくなってしまいます……」

「い、いやこんな様だけれど、この鼻血は性欲ではなくってもっとピュアな感情から来る……うっ」

「わわっ、三越君、青い顔でふらふらに! 出血多量ですー!」

「やれ、これは仕方ないな……まくら君、出番だよ」

「了解しましたっす!」

「わ、どこからともなくアロハな人が出現しました!」

「本当に隠れていたとはね……」


 てんやわんや。それから私達は、ストーキングしていた乙山さんにも軒下を貸してくれた団子屋のおじさんにも、どうして私が、と助けを求めた通りがかりの大神先輩のお父さんにも迷惑を掛けてしまいました。

 でも、辺りには笑顔が溢れていて、私はそれが嬉しかったのです。誰もが、私を温めてくれているようで。


「にゃん……」


 そんな私が皆に猫っ可愛がりされる様子を、あの黒い猫さんは、遠くからずっと見つめていました。

 じっと、じいっと。



「にゃん」

「ん、なんだこいつ」

「あ、昨日のにゃんこさんです!」


 そうして翌日。お泊まりに来た罰さんと語り寝不足にふらふらしている私に、その子は寄って来ます。

 ちょっと遅くなった奏台との登校時間にぴんとしっぽを上げた黒猫がおもむろに。

 実はこの子、実は昨日からちょくちょく見かけていたのですよね。帰り道の隣とか、風呂場の影とか。中々の粘着ぶりなのですね。それに、断片的です。

 私は彼女をおねーちゃんがしたように脇に手を入れ持ち上げ、その深い目と目を合わせてから言いました。


「にゃあん」

「貴女、実は超常的だったりしますか?」

「はあ? 何言ってんだ、星。お前も俺もおかしいが、そこらの猫まで変ってことはないだろ」

「でも……」


 私の寝ぼけ眼を、この子は見返し、そうしてぱちくり。そして、奏台の苦言を他所ににこりと表情を変えました。

 ああ、やっぱり。


 当たり前のように、猫は喋り出します。


「はぁ。世界の穴を追ってみたら、そこに適合者が居るなんて、なんて作為的……」

「なっ!」

「周辺はどこも、物語に満ちている。切り取るだけで、それは面白い。けれども、貴女は別格ね」

「むむ、それは恐縮ですねー」


 私は恐れ入りながらも、少し考えます。このお猫さんの言うとおりに、確かに、ちょっと能力持ちが多すぎるきらいがあるのですよね。

 なんでしょうね、ちょっと重みが集まりすぎているような、そんな気がしてしまいます。それはおねーちゃんのせいか、はたまた。


「……こいつ、平気で変な猫と喋っていやがる……」


 そんな、奏台の驚きを私達は聞き流します。

 少しの沈黙の後、やがて先に開いたのはひときわ小さな口でした。彼女は、言います。



「……ねえ、貴女、魔法少女に興味ない?」



 そんなことを口にする猫さんはどうにもつまらなさそう。そして私はふわふわな彼女にこう返すしかありませんでした。


「あんまり……」

「そう」


 何というか、もう少女とか、そんな年ではありませんし。魔法は凄そうだとは思うのですが。

 そんな断りに近い言葉に、残念を面に一つも出さず、にゃんこさんはするりと私の手から逃れて、背を向けました。最後に、一言を残して。


「まあ、それでも必要が出来たらあたしを頼りなさいな」


 そのままするりと、黒猫は日向に溶けて行きました。


「……また、変なのが増えた」


 後は、私の隣で頭を押さえる、奏台が一人。白昼夢にしては朝方過ぎる、そんな夢幻の一種のような彼女は確かにありました。

 私はふと、考えます。


「うーん……魔法少女ですか……」


 あまり、そういうの観なかったのですよね。戦隊ヒーロー物が好きなお子さんでしたし。

 ただ、思うに。


「私が普通の女の子だったら、彼女と手と手を取り合うことも、あったのかもしれませんね……」


 ぽつりと、そんな思いつきは、朝の静かな空気に溶けて消えていきました。



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