第8話 水浸しになってしまいました!



 それは、帰宅し、ゴミをあまり拾えなかったとはいえ、汗はかいたろうとおばーちゃんにシャワーを浴びさせられて、ほかほかになった私が自室の椅子に座った時。

 スマートフォンが少しぷるぷるしました。何だろうと思ったら、そこには奏台からのメッセージが一つ。私は、それを口に出してみます。


「困ったから来い、ですか……」


 どうかしたのですかね。困りごとの解決に警察などの専門家ではなく私を選んだ辺り、きっとそれほど危急な用事ではないのでしょう。だがしかし、困難の手助けを求められて、それに応えないような私ではありません。

 出来るかどうか判りませんが、行ってみるとしますか。適当に、携帯電話だけ持って出ていきましょう。このまま薄着でも構いませんかね。

 そう考えて準備をしていると、血相を変えて現れたおばーちゃんに、止められました。


「ほら。全く、困った孫だ。下着くらい付けていくんだよ!」

「あ、そういえばノーブラでした」


 通りで何となくぷるんぷるんしていたわけです。でも怪力のために、私は多少の胸の重みくらい、気にならないのですよね。前世では十倍以上の重さの背嚢を背負って行動したこともありますし。

 まあ、流石に何となく恥を知ってはいる私は、灰色のでっかい下着を受け取り玄関前で着込みます。おばーちゃんは呆れていますが、別にこのくらいのものぐさは良いですよね。誰が見ている訳でもありませんし。


「こんなアホな娘に嫁の行き所あるのかねえ……市川の子供でも、貰ってくれればねえ……」

「ん、奏台のことですか? これから私、彼の所に行くつもりなのですよー」

「そうかい。あんまり粗相をするんじゃないよ?」

「はい。一緒に困難を乗り越える手助けをして、ついでにお昼ご飯を頂いてきます!」

「ついでで人様の食卓に上がるんじゃないよ! それに昼食をこっちで摂らないなら、ちゃんと先に家に連絡するんだよ! 全く。本当に大丈夫かねえ……」


 私のスカスカな行動に怒るおばーちゃん。中々細かい人なのですね。でも、あんまり血圧を上げさせてしまうのもことですから、私も気をつけなければいけません。

 それに、明らかに私のことを思って叱ってくれている、おばーちゃんのことは大好きですから。なるべく長生きして不自由なく暮らして欲しいものですよ。だから、私は安心してもらうために、言います。



「大丈夫です。私はずっと、この家でおばーちゃんの面倒を見るつもりですから!」



 けれども、おばーちゃんは頭を抱えてしまいました。どうしてでしょうね。




 薄い雲に隙間が沢山できて、その中を飛行機雲が走る、そんな青空を一度見上げてから、私は市川家のチャイムを押しました。

 待つことしばし。出てきたのは、奏台のお母さんでした。私に向かって、よく似合う笑顔を向けてくれます。


「おはよう、星ちゃん。よく来てくれたわね」

「おはようございます。どうも奏台にお呼ばれしましたので、失礼しますね」

「奏台、最近どうもやんちゃねえ。若くて羨ましいわー」

「ですか」


 奏台のお母さんは、確かにそう若くはないのです。晩婚で、故に授かった奏台を最初はとても愛していたそうなのですね。しかし、異常に感情は次第に冷えて恐れるようにすらなってしまった。人には色々とあるものです。

 よく見ると、奏台のお母さんの後ろでまとめられた長髪に、白いものが目立ち始めていますね。確かに、積み重ねて変わっているのでしょう。

 老い。しかしそれが私には羨ましくも思えます。


「やあね。こういう時は、お母さんも若いですって言うものよ?」

「気が利きませんでしたね。でも、どうも、私には歳を重ねるのも素晴らしいことと思ってしまうのです」

「若いのにそう思うなんて、変わってるわねー。いや、若いからかしら?」

「かもしれません」


 私は、未だ若い。若さを二回も重ねました。それはきっと素晴らしいことなのでしょう。けれども、本来ならば世代近い筈である奏台のお母さんの前で幼さを晒していることは、何だか恥ずかしくも思えてしまうのです。

 まあ、そんなのはただの迷いですね。いけません。


「それで、あの。奏台が何か困っているそうなのですが、何かあったのですか?」

「何だか家に、女の子の先輩が押しかけてきたのよね。そのせいじゃないかしら」

「ええと、お名前か容姿をお聞きしてもよろしいですか?」

「勿論。確か、大神って言ってたわね。ひょっとしたら、あの金持ちの家の子かしら。でも、ちっちゃかったわ。まるで小学生みたいだったわね」

「大神先輩……まだ、諦めていなかったのですね」


 どうやら、奏台を困らしているのは、大神先輩だったようです。休みの日にわざわざ下級生の男子の家を探してアポなし突撃なんて、やるものですね。やはり中々の粘着質だったようです。

 そんなに、闇人が気になるものでしょうか。実態は可愛いだけのよわよわなのですが。奏台は隠そうとしていますが、適当にバラしても良い気がします。


「それでは、お邪魔しますー」

「ようこそ。あ、私これからお昼ご飯作るけれど、食べていく? ちなみに、オムライス」

「食べます! これは、お家にメッセージですねー」

「大神さんにも食べていくか訊いてくれると助かるわ」

「分かりました」


 そうして、私は綺麗な新居、去年移ったばかりの市川家に入ります。

 まだ建って一年足らず。しかし、よく訪れる私は勝手を知っています。故に、迷いなく奏台の部屋に行くことができました。

 場所は二階を上がって直ぐ。私が貼った猫ちゃんの肉球のマークが目印です。


 しかし、前に着いたら、何だかどたどたしているのが分かりました。きっと、通じないでしょうがノックをして、そうしてから扉を開けます。

 すると、何だか良く分からない光景がその先に広がっていました。



「ぬぎぬぎー」

「だから止めろって!」

「……わあ」



 女の子に無闇に触れることの出来ない無駄に紳士な奏台の前で、私服を脱ぎ脱ぎする、ちっちゃな子。明らかに、大神先輩ですね。

 因みにそこから出てくる眩しい肌を、青い水着が覆っています。あ、でもあんまり隠せていませんね。結構際どいビキニでした。

 いやなんでしょうね、これ。奏台を悩殺しようとしているにしても、雰囲気がおかしいです。頭を抱える奏台を尻目に大神先輩は、私の方を見て、ウィンクをしました。私は、言います。


「色々と聞きたいことがありますが……とりあえず、どうして水着なのですか?」

「えー。奏台のエッチ、とか言わないの?」

「いや、信頼していますし。それに、奏台が薄着の女の子と肌を寄せていることなんかより、先輩のビキニ姿の方に目が点ですよ」

「ちぇ。嫉妬しないなんて、つまんないのー」


 いや、先輩が面白すぎるだけですよ、と私は言いませんでした。何となく、更に面倒なことになりそうでしたので。

 どうにも、奏台は大神先輩に困らせられている様子。私は、注意します。


「もう、駄目ですよ。女の子がいたずらに肌を見せたら。というか、どうしてそんな流れになったのですか。奏台、困ってますよ?」

「本当に、な。コイツ、騒ぐわ脱ぐわ、どうしようもねえ……」

「ふっふー。私が水着になったのには、ちゃんと意味があるんだよね。せっかくだから、山田さんにも披露してあげるよ!」


 ぽいっと、ブーメランのようにスカートをテンションに任せ、部屋の端まで投げ捨てて、大神先輩は言いました。あ、すぽーんとベッドの隙間に入ってしまいましたね。あれは片付けに困りそうです。

 それを、奏台は白い目で見つめていました。でも、私のせいか、女の子に強く出ることが出来ない奏台。何だか、ちょっと可哀想です。

 そんなことを知ってか知らでか、大神先輩は奏台の好みには足りていない胸を逸して、意外なことを言いました。


「あの生命線の長さ、市川君も、能力者だね!」

「はぁ? 意味不明な基準なんだが……つうか、も?」

「ふっふー。見て見てー。私も、生命線長いんだー」

「いや、そっちじゃねえよ」


 思わず、奏台は突っ込みます。いや、大神先輩の生命線も、確かにびっくりすほど長いですが。私のがやけに短い分、余計に驚いてしまいますね。

 まあ、奏台の言うとおりにそんなことは問題ではないです。

 能力者。奏台がそうであることを見抜いて、更にまるで自分もそうであるかのような口ぶり。大神先輩の意外な鋭さに驚きながら、私は問います。


「大神先輩、何か能力を持っているんですか?」

「うん。私はねー……」

「わっ」

「水を操れるんだっ!」


 問に応じてくれた大神先輩の答えは明快。自分の周囲に流水を顕すことでその異能力を教えてくれました。

 水の流れは大神先輩の私物なのでしょうか、小さな水筒から出て、そして彼女の周囲の宙を巡ります。

 キラキラと、光を返しながらその水は形を変えて、龍に、そして途切れ途切れになってからはうさぎに亀に、ネズミにと形を変えていきました。

 そして、あまりのことに声も出せない観客二人の前で一度集い、大神先輩の前にて広がります。そうしてから、先輩はそれに乗っかりました。身体を濡らしながらも水に乗って宙に浮きながら、彼女はきゃっきゃと笑います。


「二人共、びっくりしてるー」

「……異能者か、珍しいな」

「驚きました! でもなるほど。これが見せかったから、水着なのですね」

「水着なら、この水の空飛ぶじゅうたんを披露できるし…それに、もし失敗した時に、着ていた服がびしょ濡れになっちゃったりしたら困るからね!」


 大神先輩は、曰く水の空飛ぶじゅうたんの上でばちゃばちゃしました。しかし、しぶいたそれすら、彼女の思いのまま。床や物に落ちる前に、じゅうたんの元へと再生するかのように集っていきます。

 なるほど、これは面白い能力ですね。私はただ頷いていましたが、奏台は先輩の台詞の一つの部分を取って言いました。


「失敗する可能性、あったのかよ……」

「そうそう。私、司れる程の能力者じゃないし……たとえば、この水じゅうたんをこんな風に複雑な動きをさせたりしたら……あ」

「あ、じゃねえよ! ……うわっ!」

「わぷっ」


 どうして、大神先輩は手本を見せようとしたのでしょう。自由に動かしすぎた水は、複雑に形を変えたかと思うと、爆散しました。

 辺りに飛び散る、水筒ひとつ分の水。それが、機械にかからなかったのは、幸運だったのでしょう。だがしかし、それは大いに私を濡らします。

 ただでさえ、薄着。それが濡れて、肌に張り付いてしまいました。ちょっと、気持ち悪いですね。


「ごめんねー」

「ごめんじゃねえよ! PCは大丈夫。携帯も平気か。星。お前の携帯は……」

「大丈夫でしたよ。奏台?」

「ぶっ」

「わ、すっごい鼻血です!」


 心配のために、私を見た奏台。すると、彼は鼻血を噴出してしまいます。どうしてでしょう。

 そういえば、奏台は私のことが好きなのでしたね。よく分かりませんが、そうだとしたら、ちょっとの肌色ですら刺激が強すぎたのでしょうか。あ、今の私、ブラジャー透けていますね。これはひょっとしたら、エロく見えるのでしょうか。


「いや、隠せよお前……くっ」

「あ、逃げ出しちゃいました」

「私の水着で反応しなかったのにー。やっぱりおっぱいはずるい!」

「そんなこと、言われましても……」


 扉の先へと消えた奏台。そして、キーキー騒ぐ大神先輩。さて、どう収集をつければ良いのでしょうか。

 今度は、私が困ってしまいました。




「美味しかったー! おばちゃん、ありがとうね!」

「気をつけて帰ってね」

「うん! さよならー」


 その後、差し入れられたバスタオルにて色々と拭いて、そして私は着替えて、なんとか事なきを得ます。そうして、ぐだぐだになった雰囲気の中、やってきた奏台のお母さんによって、皆は食卓に招かれました。

 とろとろオムライス、美味しかったです。

 元々子供好きな、奏台のお母さん。そして、大神先輩は、面倒ですが、素直で愛らしい方です。二人共、すっかり仲良くなりましたね。奏台のお父さんが用事で居なくて市川家が全員揃わなかったのが、何だか残念です。

 そして、暴露したばかりでその目的も良く分からない内に、お腹いっぱいになって満足した大神先輩は帰っていきます。今度は、私達に向かって手を振りました。


「市川君も山田さんも、さよならー!」

「さようなら、先輩」

「……もう来んなよ」

「また遊びに来るねー」

「ホントコイツ、人の話、聞かねえな!」


 大神先輩はひらりと自転車に乗っかってから、笑顔で去っていきます。延々と、手を振っていますね。ちょっと、危ないです。

 怒れる奏台も、その様を見て、毒気を抜かれたのか次第に気を抜き、溜め息を吐きました。


「はぁ。ホント、面倒な奴だなあ……」

「でも、大神先輩が能力者とは、びっくりしましたね!」

「あんまりアイツに、気を許しすぎんなよ」

「どうして、ですか?」

「良く、分からないからだ」


 しかし、そうそう疑念は拭えなかったようです。良く分からない。それは、何となく私も思います。

 どうして、先輩は校庭の端に居た私達に注目したのでしょうか。能力持ちの視点で、闇人はどう見えていたのでしょうね。そして、ここまで奏台に執着する理由は。更には、隠していただろう能力を今何故見せたのでしょうか。

 大神先輩の性格に茶化されてはいますが、私でもそんな幾多の不明が垣間見えてしまいます。確かにそのまま呑み込み、信用するのは難しい相手なのかもしれません。もしかしたら、が考えられなくもありません。


「これから、分かっていきましょう」


 けれども、私はそう言いました。


 私は、人を信じたい。そのためには、別に裏切られたところで、構いません。


「そう、だな」


 奏台も、窮屈に頷いてくれました。


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