第4話 恥ずかしいことを言ってしまいました!
私は、幽霊が見えます。まあ、当然のことかもしれませんね。同種が見えない存在なんて、あまりいないでしょうから。
そう、幽霊がこの世に未練があって残っているものであるのなら、私もこの世へ望みに執着して来たったもの。どうにも似ているのですね。あ、そういえば妖怪みたいなのも見えますよ。そっちが判って関われる理由は不明ですが。
お化けなんてもう、慣れっこで怖くはないです。でも、意外と彼らをそこらで見て取ることが出来ないのが不思議なところ。私と同じで希少なのかもしれません。
因みに、丸井君と違って霊力がないので、私は直接的に触れて力勝負したり対話したりすることくらいしか出来ません。
口裂け女にクロスカウンターを決めて、互いを認めあった過去の勝負結果は私の誇りだったりしますが、何というか、泥臭いですね。
個人的には丸井君や罰さんのように光る力で悪意を封じたり、力を自然と摺り合せて炎を顕してみたりしたいのですが。
まあ、ないものねだりはいけませんね。むしろ、私は沢山持っいる方ですし、喪っていなさすぎる。それは、意識だけではありません。
そう、もはや怪力とすら呼べる、私の膂力。強い割にあまりに自在に調整できますしどう考えてもこれ、今は亡き筋肉由来でした。
前世の時ですら、アームレスリング大会で良いところまで行きましたからね。その馬鹿力を女の子の身体に込めたら、それはもう大変なことになりますよ。
どうにも私を転生させた存在がいるならば、私は一つ訊いてみたいところですね。もしかして私の魂は筋肉で出来ていたのか、と。
脳筋どころか、魂筋、とか新しすぎます。出来ればもうちょっと前世の魂が優しいものであってほしかったのですが。
そうしてお化けと関わり、怪力を駆使して。何だか掴めるものが前世をよりも多くなりすぎたきらいがありますが、それでも、私がやることは一つなのです。
後悔なんてあり得ないくらいに一途に。それで皆に優しく出来たらなあ、と思いますね。
「ねー。そろそろさっきのが何だったか教えてよー」
「だから知らねえって……おい、星。助けろ」
「あ、山田さん? そうだ。市川君と違って、貴女なら隠し事しないよね!」
「奏台……こっちの教室まで、逃げて来ましたか」
ずるすると。誰かが何かを引きずり、ホームルームが終わったばかりの教室へとやってきたと思ったら、それは奏台でした。
手を取り、逃げようとする奏台を引き止め続けているのは、大神先輩。その理由は明らかですね。彼女、お昼に見た闇人のことが気になって仕方がないみたいなのですよ。
それから、休み時間に毎度大神先輩が奏台の元へと訊きに来る様子を、私は廊下を逃げ回る彼の姿を見ることで確認しています。中々に粘着力の高い先輩でした。
「すっごい長さの生命線に注目しすぎたよ。そういえば山田さんもあの場に一緒に居たよね。おひさー」
「ん? 私、大神先輩と何か関係ありましたっけ?」
「がーん。去年、お父さんが財布を排水口に落とした時、さっと蓋を持ち上げて取ってくれたことがあったじゃない! 私、その時ちょっとお話したんだけれどなあ」
「んー。私、そういうの結構やっているのですが……ああ、市内清掃の時に、やたら分厚い財布を落としたナイスミドルの娘さんが、大神先輩だったのですか」
「そういえばお父さん、二十キロ以上の重さのものを摘んで捨てるなんて、バケモノか、って言ってたよ? 助けてくれた山田さんのナイスパワーに対して、ひどい言い草だったから、よく覚えていたんだ」
「何やってんだお前……」
頭を押さえる奏台の横で、私は思い出します。何だか大きなゴミ袋を持って清掃している最中に、格好のいい大きなおじさんが財布を側溝に落として困っている様子であったので、ちゃちゃっと取ってあげたことがあったのですよね。
ゴミ拾いの途中だったためにそのノリで思わず蓋をぽいっとしてしまったのですが、それをおじさんにはあ然とされて隣の小ちゃな子にはやたらと喜ばれたのを覚えています。
当時は私服で髪型が違っていたので分からなかったのですが、彼女、大神先輩だったのですね。今の今まで小学生の子供だと思っていました。
あの時と小ささが変わらない、そんな大神先輩は私のもとに来て見上げ、言います。
「ねえ、あの黒くて小さなのがなんだったのか、教えてくれない?」
「うーん……そうですねえ」
私は困りました。モットーだけでなく良心からも、出来れば大神先輩に真実を教えてあげたいところ。しかし、本当のことを伝えても彼女に益はまるでないですし、そもそも受け容れてもらえるか判りません。
闇の世界からの使者、なんて言われても困るでしょうし、あんな丸っこいのが私達の命を狙っていると正直に話したところで、信じられないと思います。
実物を見せるにしても、ゲートの緩みの周期がどうとかで、闇人は週一くらいしか現れません。今週はもう、機会は終わりですね。
まあ、ざっと教えて疑われる分には構わないか、と私が口を開こうとしたその時。ひょこりと、横から現れた少女が口を挟みだします。
意外なことに、それは三越君を愛する三人組の一人、大一さんでした。
「唯先輩。どうしたのよ?」
「あ、みっちゃん。おひさー」
「お、おひさー……それで、アタシ達のライバル、山田さんに何か御用?」
「また面倒なのが来やがった……」
ちょっと照れてから訊く体勢に入る大一さん。何やら天を仰ぐ奏台。
そして、状況についていけずぽかんと口を開いたままの私の前で、大神先輩は胸を張ります。
「私、黒くて小さいのの正体を追い求めに来たの!」
「なに。それって、ゴキブリ?」
「え、あれって大きなゴキさんだったの? 山田さん、素手で撫でて頬ずりまでしていたみたいだったけれど……」
「流石にそれは違いますよっ。皆さん、引かないでくださいー!」
ざわめく周囲。このままでは、ゴキブリを愛でる女の子扱いされてしまいます。必死で私は否定しました。
いや、別にゴキブリそれほど嫌いではないのですが、対外的にというか衛生的にも、ですね。ああ、注目に混乱してしまいます。
「今のうちに……って、星、俺の袖掴むんじゃねえよ!」
「道連れですー」
こそこそ逃げようとする奏台を、私は離しません。そうして起きた騒ぎに、余計に視線が集まってしまいました。不覚です。
小さな先輩にスポーティ少女と私という花々に囲まれながら、げんなりする奏台。香り高すぎるのも問題ですね、とか私が現実逃避をしていると、教室のドアががらりと開きました。
「道子、陸部の先輩が呼びに来てたぞー……って、なんだコレ」
それは、大一さんを呼びに来た三越君でした。彼には私達を見て、それを形容する言葉が浮かんでこなかったようです。
まあ、それはそうでしょうね。なんでか私を真似して大神先輩も大一さんの袖を引っ張って、きゃっきゃしている。大一さんは大一さんで、何でかにへらと笑みながら堪えるように私の袖を掴んでいます。
「えへへー」
「か、可愛いじゃない……」
あ、大一さん、笑顔の理由を言いましたね。つまるところ、私達は袖で繋がれた四人組。パット見意味不明ですよね、コレ。
「あ、みっちゃんが好きって言ってた人だ! おはじめましてー。私、大神唯」
「大神、先輩……道子お気に入りの陸部の可愛らしい先輩って、この人か」
「か、可愛らしいって……もうっ、本当のことを言ったところで何も出ないんだからね! あ、舌なら出せるよ、べー」
「何でも出しゃお礼になるってもんじゃねえだろ……」
「……面白い人、とも言ってたけれど、それも間違いないみたいだな」
大神先輩から、可愛いピンクのベロがちらり。それが彼女の精一杯。しかし、悲しいかな、それをお礼と取れる変人はここには居ませんでした。
「う、可愛い、唯、先輩……」
あ、隣に居ましたね。けれども彼女のために、見て見ぬふりをしてあげましょう。
しかし、少しだけそっぽを向いていたその間に、事態は動いてしまいました。
「それにしても、女引っ掛けるの上手いなあ、三越」
「そうかな? でも、意中の女の子の気を引かせるのは中々出来なくて困ってるよ。けれどもそれは……君ほどじゃないのかな?」
「ああ?」
「わわ、喧嘩ー? やれやれー」
凸凹は綺麗ぴったりですが、合わない二人が、会ってしまえば険が起きるのは自然なのかもしれません。
睨み合う二人。その横で意外と仲違いに乗り気な大神先輩。
困った私が声を掛けようとしたその時、肩にひんやりとした手が置かれました。
振り向くまでもありません。それは有りえてはいけないものの先端。幽々とした空気を感じながら、私はその涼やかな声を聴きました。
『星』
「罰さん……」
目を向けた先に居たのは、やはり罰さんでした。丸井君の守護霊という体で存在しているただの迷った力。私の目からでも、背後が透けて見えるくらいに、幽かです。けれども、凝ったその見目はあまりに美しいものでした。
罰さんは、色々とおっきなスレンダー美女。どうすれば着物をこうも色っぽく着こなせるのでしょうか。やっぱり、スリットが大事なのでしょうね。肌色が、眩しいです。まるで、亡者の肌とは思えません。
そう、憧れの目で見ているのを知ってか知らでか、罰さんは冷静に告げます。
『危急だ。来い』
「そ、そう言われましても……」
『なんでも良い。でっち上げろ』
危急と言われ、それを無視できる私ではありませんでした。
それに、罰さんが私を頼ることなんて、あまりない。困った今を放り出してでも、きっとやるべき大事があるのです。
しかし、この場をどう直ぐ終わらせるか。私は迷って困って目を彷徨わせました。
「山田さん?」
「ん。なんだ星、挙動不審になって」
「急にどうしたの?」
そんな思いは皆にも伝わったようで、喧嘩の雰囲気は直ぐに失くなりました。これはあと一息。
よしと混乱した頭の中から出た言葉を大きな声で、私は叫びました。
「わ、私、おトイレに行きますね!」
それは謎の宣言。途端、場には沈黙が降りました。
『……行くぞ』
「うう……」
気まずい顔を背けて促す罰さんの言葉に頷く私の顔は、きっと真っ赤になっていたと思います。
ああ、トイレじゃなくて、急に運動したくなって、とでも言えば良かったですかね?
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