第5話 腹パンをお見舞いしました!



 闇を司る能力者、奏台とは、幼馴染です。具体的には、小学校に入ってから、高校生になって半分くらいの今までずっと、大体共にあるような関係ですね。

 そういえば今はファッションとか性格とか色々と弾けていますけれど、奏台って、昔は暗い子でしたよ。能力に呑まれていたのかもしれませんが、どうにも影を背負っていた感じでした。

 市川家は核家族。奏台は親子三人で暮らしていたのですが、昔は隙間風ぴゅーぴゅーな関係でしたね。


 きっと奏台が闇の力なんて余計なものを持っていたのがいけなかったのです。

 闇に親しみ、時に手に持ったもので他を傷つけることをいとわない子供。そして息子の異常から離れるように仕事に打ち込む父と、我が子の人と違う力を恐れる母。ただ、彼らは一緒にいるだけ。これでは、愛がありません!

 そのことは、ぼっちの奏台と仲良くなってお互いの異常を多少教えあってからしばらく経ってから、彼の自宅にお呼ばれされた時に、初めて知りました。

 私が言うことではないのかもしれませんが、それでも子供と目を合わさずに敬語を使う母とか、明らかにおかしかったですからね。直ぐに変だと思い、奏台に現状を訊いたのです。すると彼から、俺は父さん母さんに嫌われているんだ、という言葉がぽろり。


 そんな悲しい台詞に、私がどれほど憤りを覚えたか、分かりますか?

 友達が幸せでない現実なんて、なんと許しがたい。こんな小さな子が苦しみを抱えていたなんて、と私は奏台を強く抱きしめました。あ、でも強すぎたのか、顔を真っ赤にさせてしまったのは、今も後悔しています。


 愛なんてなくてもいい、そういう家もある? 知ったことはないですね。目の前の子供が愛と親しんでいないなんて、この私が、絶対に許しません!


 そして、頭の良くない私は突貫しました。まずは、奏台とお母さんの手を無理にでも繋がらせて、触れても大丈夫なのだと教えます。次にお父さんに対しては、電話できーきー怒りました。

 そうしたら通話を直ぐに切ってしまったので、私は走って奏台のお父さんが仕事をしているのであろう遠くの会社に行こうとします。

 きっと幼い身体では幾ら怪力を秘めていようが途中でバテてしまうのでしょうが、それを意地と根性で補おうとしていましたね。そも、行く道順すら知らなかったというのに、私も若かったです。

 でも、ズックを履いて、私がさあ行かんとしたその時でした。ぼろぼろ涙を流しながら奏台のお母さんが、私を抱き止めたのです。そして彼女は、怒ってくれてありがとう、やっぱり私達は間違っていたんだね、と言いました。

 大人を泣かせてしまったのは初めてでしたので、どうすればいいか分からなかったのですが、奏台の目線を感じた時に、私は心落ち着かせます。そうして、彼の手を引き抱擁の中に入れて、そうして皆で一塊になりました。


 その後は、大丈夫と言う奏台のお母さんの言を不安ながらも信じて任せたので、どうなったかは伝聞でしか知りません。

 ただ、奏台一家は大きな喧嘩をして、そうして仲直りして、強く結ばれたそうです。いや、良かったですね。

 その後、私は事あるごとに市川家に招かれ歓待されるようになりました。都度大騒ぎして、私達は仲を深めます。

 笑顔が弾けて一杯で、あれを思い返すとと次第に市川家と山田家が家ぐるみで互いに行き来するようになったのも、不思議ではなかったのかもしれません。


 けれども、その内に、市川家のご両親からお嫁さんに来ないかと、誘われるようになりました。これは、良くないことですね。

 奏台も星ちゃんのことが好きだから、という彼らの言に、その都度奏台本人は怒っているのか何か、顔を真っ赤にしながら否定していましたから安心していたのですが、しかしどうにも驚くべきことに彼は意外と私を好いていたようです。

 正直、市川家に遊びに行くのが少し、怖くなってしまいました。いや、その内に行きますけれどね。奏台のお母さんのお料理、美味しいですし。時々、無性にあの味を食べたくなるのですよね。

 そういえば、キッチンで奏台のお母さんが餌付けがどうのこうの呟いていたことがありました。野鳥でも、餌付けして飼おうとしているのですかね。何だか風流、っぽいです。


 大分話が逸れましたが、そんなこんなで、勘違いでなければ私の怒りを切欠として家族仲円満に恵まれた奏台。

 次第に彼は、すくすくと成長していきました。ちょっと道を外したので私が制裁をして戻したこともありましたね。それでも存外悪振りたがるのが、不思議です。

 まあ、そんな感じで私達はずっと一緒でした。男女の性差、なにそれ美味しいの、という私ですから当然ですね。


 でも、何時しか奏台は見つけた違う世界で戦うようになりました。闇の世界、あったというのにはびっくりしましたね。

 いたずらに相手を傷つけるのはしないという約束をして、幾ら戦おうとも奏台が傷一つ負わないので黙認していますが、時に闇から出てきた彼は非常にくたびれた表情をしたりしています。私も手助けできれば、良かったのですが。

 しかし悪い人から世界を守っている、とのことですが、本当なのでしょうか。闇人の件もありますので、嘘と断じることは出来ませんが、どうにも普段の言動から信じがたいところです。

 闇人達の小競り合いに巻き込まれているばかり、というのがありそうですが。この辺りは、注意深く見守るべきなのでしょうね。


 まあ、そんな風な感じで、私は奏台を認めています。きっと、こんな彼とのこれからも縁は続くのでしょう。


 だって私、奏台のことが大好きですからね。何があろうと、見捨てることなんて、絶対にしませんよ。




 罰さんの誘いで校舎から出た私は、スマートフォンのアプリで、奏台にメッセージを送ります。お腹痛いから帰る、と。

 嘘は心苦しいですが、これならこっそり抜け出しても心配されないでしょう。そう安心していると、意地悪げに罰さんは私を見ながら、言います。


『嘘をつくのは悪い人、ではないのか?』

「私的にはいい人だって、別に嘘ついてもいいと思いますよ。それが利己のためだけでなければ、ですけれどね」

『そういうものか』


 鼻白む、罰さん。どうにも彼女は私がいい人になりたいのだ、という夢を語ってからこの方、茶化したがりますね。

 自分は悪いものだと語る、罰さん。そう思って自分のあり方を誇りにしているのであれば、私が目指しているところが気に食わないのも、仕方のないことなのかもしれません。

 私に向ける目の色は、憎しみにすら近い。けれども構わずに、私は訊くべきことを尋ねました。


「それで、黄昏てもいない、こんな早すぎる時間に悪霊が出てきた場所は、川園市のどこら辺ですか? 私には霊力が無いから、分からなくって」

『無力とは不便なものだな。まあ、いい。大体寺の先、川の手前辺り、と言えば分るか?』

粛翁しゅくおう寺の先、なら川とは扇子せんす川でしょうか。釣り好きの木本君の家がある辺りですね」

『ふうん。今の衆生のことなど知らんが、把握できるならば、問題ないな』

「はい」


 私達の会話は独り言と似ています。私の持ち前の高い声は、走り去る車のエンジン音ですら、そうそう消してはくれないですね。

 霊力を持っている人以外には聞こえなくて見えない筈の幽霊、罰さん。それと話している私。どう考えてもそうしていると独りぶつぶつとした奇行が目立ってしまいます。

 なので、私は起こしてもいない携帯電話に耳を当てながら、罰さんと会話するという小細工を。そうして、私は小走りだった足を更に急がせます。

 なにせ、そうするべき、理由がありますから。


『奴は人を喰った。捨ててはおけまい』

「ええ。場に縛された存在ならば丸井君が行う退治……お化けの悪意を昇華すること、でなんとか出来るでしょうが、浮遊していて、更に事後であってはもうどうしようもありません」

『屠るか?』

「いえ。私が強かに殴って魂を吐き出してもらいます。その後に封印、ですね」


 丸井君と罰さんが感じ取ったところによると、どうやら、少し前に件の霊は弱った人の魂を食べてしまったみたいなのですね。

 でも、早い段階であれば間に合います。その幽霊が魂を消化して自分のものにしてしまうまでに吐き出させてしまえば良いのですよ。殆ど同じならば、理を相手に届かせることも可能です。すなわち、私の得意な物理で殴れる。

 悪い霊には腹パンですね。これが一番簡単で効果があったりするのです。


『つまらんな……』


 けれども、そんな一番穏当な方法を罰さんは望みません。

 罰さんは霊を殺してしまうのを好んでいる、と公言しています。反して、そんなことをさせたくない私達の努力を、彼女は嫌っていますね。

 でも、私は言います。


「いいことなんて、つまらないものですよ。でも、きっと何時か、心地よくなります」

『ふん。そんなものか』

「はい!」


 私は、笑顔で頷きました。



「ありがとうございます……山田さん」

「いえいえ、むしろ私に人を助ける機会を下さり、どうもありがとうございます」

『暢気なものだ』


 やがて私達は彼が待つ小さな公園の噴水の前にたどり着きます。そこで、ペコペコする女の子のような男の子、丸井力君を見つけました。

 しかし、私はむしろ感謝に頭を下げます。救えるのは、嬉しい。きっと皆、助かるべきなのですから。

 私はベンチに安堵されている、お爺さんの姿を思い出しました。幽かな魂ばかりが苦しげにのたうち回っている。一刻も早くそんな地獄から戻してあげないと、と気を張りました。

 そんな私を尻目に、罰さんは丸井君の力で鎖された悪霊を油断なく見つめます。糸に巻かれて動けない、その幽かな不定形。その周囲は暗黒に近い。


『死■許さ■悪■■ごめ■苦……■■■!』

「悲しい、ですね」


 悪意は黒。重なり続けた世への恨みは総じて、暗色になってしまうもののようです。感情の闇。これにばかりは、奏台も立ち入れないことでしょう。

 悪霊は、影と光の重なりのようになって、蠢きます。

 しかし、ちょっと他人の魂を得ることで増長しすぎて不明な形になっていて、これではどこがお腹なのか判りませんね。

 大体真ん中あたりを執拗にボコボコにするしかありませんか、と思ったその時、空気が破裂するような音がしました。


『■■■亜!!』

「あ……山田さん!」

『ほう。力の糸を断ち切るか。随分と、活きのいい』

「逃げ出す気ですか? させませんよー。魂、返してもらいます!」


 丸井君の大きな瞳が細まって、罰さんの口元が獰猛に笑みの形を作り上げます。それらを後ろにするように、私は駆け出しました。

 簡易的、とはいえ丸井君手製の封印糸が破られるなんて、珍しい。きっと、この悪霊は霊的には強いのでしょう。まるでヒダのような醜さが、その複雑怪奇さを教えます。


『■■子、■!』

「でも、そんなの関係ないのです!」

『■、■■……!』


 けれども、同じ土俵に立っている私に、霊力の強さなんて無価値でした。そう、私はただ、この悪霊と存在をぶつけ合うことが出来るのです。

 現に重しを成すほどの私は、幽かな彼よりよっぽど重みがある。そして、私の思いは悪意になんて、負けません。


 私は悪意の炎を無視して力で押し通り、その中心に拳を打ち込みました。そして、私はその手に何かを掴みます。


「あ、勢い余って中の魂手に入れてしまいました……」

『■■……』


 そう、間違えて中まで押し入り魂を掴んでしまったのですね。私には光って見える、生者の魂。しかし、空気抜かれたように萎んでいく悪霊を余所に、それをどうにかすることの出来ない私はどうにかすることの出来る彼女にそれを渡します。


「罰さん、パスです!」

『雑な……仕方ない、これは元の持ち主に戻してやろう』

「丸井君!」

「封印、もうはじめてます!」

「■……」


 それからの展開は早いもの。罰さんが施してくれたお蔭でお爺さんに魂は戻って、そうしてどうしようもない悪霊は、丸井君の手によって封ぜられます。

 全体に巡り巡られた糸にて霊は悪意を取られて、安息の願いを込めた様々な文句が認められている、丸井君が作った、仕掛け本の中に。そして、パタンと本は閉ざされます。


「ふぅ。これで終わりですね」

「やりましたー!」

「ぶ……」

『おう、力が胸に埋もれているな』


 これで一人、私は人を助けられました。それはきっと優しいこと。嬉しさのあまり、手頃な位置に居た丸井君を抱きしめてしまったのも仕方のないことだったと思います。

 でも、少し出ていた額の赤みで、私は丸井君の呼吸困難に気づきました。これは、いけません。それが辛いことを知っている私は、慌てて離れます。


「あ、ごめんなさい! 息ができなかったですね」

「ぷは。いえ、大丈夫です。手伝ってくれて、どうもありがとうございました。山田さん大好きです……その、無防備なところとか」

「こちらこそ、ありがとうございます。私も好きですよ。あれ。丸井君、最後に他になにか言いましたか?」

「いえ」

「そうですかー」


 何も言っていないのであれば、大丈夫ですね。私は笑顔でニコニコとした、丸井君と対します。一瞬、何だか彼の笑みに暗さを感じたのは気の所為でしょうか。


『アホだな』


 そして私は、隣で何やら小さく口走った、罰さんの言葉も判りませんでした。



「何だかよく分からないこともありますけれど、良かったです!」



 でも、それで良いのです。今回の悪霊の理由とか、丸井君が霊のために走る訳とか、罰さんの本当の狙いとか、そんなことは未だに不明。ですが、神ならぬ私は、全てを識らなくていい。ずっと足りなくて、当たり前なのです。



 何しろ私はただの、いい人になりたいだけの何でもない、なのですから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る