第2話 恋敵にされてしまいました!



 私の前世に、大したドラマはありません。

 普通に良いことをして、悪いこともちょっとしていて、ただ特筆すべきことはないのです。ああ、少し早く亡くなりすぎていたかもしれませんね。おとーさんおかーさんには申し訳ないことをしてしまいました。

 整っていても、流行りとは違う顔に、筋肉質、というにはモリモリだった身体。性格はクールと言うよりか、ただの寡黙。そんな男らしさが濃かった前の私の人生は、まあちょっとした災害に巻き込まれることで亡くなりました。

 皆さん、火事には本当に気をつけてくださいね。とても苦しいです。


 と、脇道にそれましたが、まあとりあえず私は前は死ぬまで普通のマッチョマンだったのですね。しかし、最期の想いはきっと普通ではありませんでした。

 あまり思い出したくはないのですが、私は最期に子供を庇って、助けられなかったのですよ。手の中で先に命が喪われていく様子を今も憶えています。

 それが悔しくて、私はやり直しを求めました。逡巡なしで最初から迷いなくいい人だったら、あの子は助けられたのです。いい人だったら、惑った挙げ句に二人共亡くなるような結末など、起きなかったはずなのでした。

 だから、私は悔いの残らない信念を欲します。今からでもいい人に、なるのだ。そのために、やり直したい、たとえ生まれ変わってでも、と思いました。


 そして、熱に浮かされて曖昧ながらも苛烈だったこんな願いは半分叶えられて、私が出来たのです。

 そうなっては、仕方がありません。私はいい人に、なるのです。




「あのさ」

「な、なんでしょう。七坂さん?」


 色々とあってごちゃごちゃしていた一日。その翌日にて登校して自らの席に着いた私は妙な注目を覚えました。

 何なのだろうか、と思っていた所、七坂みほさんがどすどすと足音を立てながらやってきて、私に鋭く目を向けてきます。

 そして、七坂さんから開口一番、不機嫌な声が出てきて、私は及び腰になってしまいました。


「ビビらないでよ……ま、いいか。単刀直入に訊くよ、山田さん……栄大に告られたってマジ? しかも断ったって、ホント?」

「え、えっと……その……」


 こういう事態を予期していなかった間抜けな私は、困ります。

 本当と答えて、それで七坂さんは喜ばないのは間違いありません。とはいえ、嘘を口にすることは憚られました。どう言えば、誰も傷つかないのでしょう。最適解が、出てきません。

 よく考えれば、おモテになる三越君のこと、その動向が周囲の女性の話題になるのは当然なのかもしれませんね。私の思慮不足。

 なら、泥をかぶるのを恐れてはいけない。そう考えて、口を開こうとした時、ぽん、と七坂さんの頭に丸まった用紙がぶつかりました。私達は、それが飛んできた方向を見ます。


「みほ。山田さんを困らせるなよ」

「栄大! えへへー」


 紙玉を投げつけた下手人は、件の三越君でした。注目が移ります。ツインテールが翻って、七坂さんは早足で彼の元へと向かって行きました。

 デレデレになって抱きつこうとしてきた七坂さんを、ひらりと三越君が避けます。それが、三度、四度。そのうち猪突猛進少女は息を荒げはじめます。何だか彼、マタドールみたいですね。


「はぁ、な、なんなのよー。どうして何時もみたいに受け容れてくれないのー?」

「そりゃ、心に決めた人が出来たからな。当然、他の女にデレデレしてちゃだめだろ」

「心に決めたって……ホントに、山田さんに告白したの?」

「撃沈したけれどな」

「ドカーン!」


 何故か、七坂さんの口元で、擬音が爆発します。先は少し怖かったですけれど、三越君と一緒にふざけていた時を思い返すと、相当に愉快な人でしたね。

 思わず私は気を緩めました。しかし、それは少し拙かったのかもしれません。


「ふぅ……」

「わわっ、誰ですか!」

「ふふ……ひよこだよ」

「五反田さんでしたか……」


 耳元に吹きかけられた吐息に、私は驚かさせられます。直ぐ側の息の先を見ると、そこには日本人形、いいえパッツンボブの愛らしい、五反田雛ごたんだひよこさんがいました。

 五反田さんは、ミステリアスでちょっと何を考えているか分からないところがあります。ただ、彼女も、以前まで三越君とラブコメを繰り広げていた三人組の一人。

 当たり前のように、五反田さんも私に問いかけてきます。


「どうして、断ったの? 栄大、良いやつだよ」

「そうよ!」

「……増えました」


 さほど大きくない筈の言をどう聴いていたのか賛同して、教室のドアを盛大な音を立てながら、三人組の残る一人、大一道子だいいちみちこさんがけたたましく登場しました。思わず、増えたと口にしてしまった私を、誰が責められるでしょう。

 ラブコメは、自分に降り掛かってくると至極面倒なものなのだと、ここで私はようやく学びました。


「栄大はバカで間抜けで、えっちで、巨乳好きで、制服好きで、黒髪ロングの清楚系が好き……ってまるきりアンタじゃない!」

「最後に褒めてくれるかと思ったら、途中から俺の趣味の暴露になった上に、道子のやつ山田さんにキレやがった!」

「ええっ、と……」

「タイプにぴったり……対して私は制服は着ているし、髪型は殆ど一緒だけれど、貧乳で体育会系……キー!」

「わあ」


 大一さんは胸の上でなにやらすかすかさせてから、叫び声を上げます。おねーちゃん。私こんな漫画みたいな怒り方、初めて見ました。

 私の目の前まで迫りよってきて、激する大一さん。その肩に、五反田さんがぽんと、手を置きます。


「……貧乳は私も一緒」

「そういえば、私もそうだった!」

「何、アタシの周りにはがっかりしたのしか居ないのね!」

「俺が一番、がっかりだよ……」


 頭を抱える、三越君。言ってはなんですが、私には彼の気持ちが分かってしまいます。確かに、前世の私だったらこの子達は恋愛対象外でした。可愛くて特徴的ですが、面白すぎて。

 曖昧な笑みを作ったところ、三人の目が揃って向きました。少し、面映ゆくなります。


「……そういえば、山田さんって栄大と同じで頭良かったよな」

「栄大が握力で負けたって言ってた」

「知ってたけど、美人だし、勝てるところがないわ!」

「あ、ありがとうございます……」


 褒め言葉に、私は頬からぽっと火が出るような気がしました。前者二つは当たり前。生まれ変わって優れた五体を授かったのです。真面目にやり直せばそれなり以上になるのは自然なこと。

 ただ、容姿に関しては、どう反応すれば良いのか判りません。

 あまり実感がないのですが、おねーちゃんに似ていることと、鏡の中には何時も美人さんが居ることから、きっと私は顔がいい方なのです。ただ、それをどうにも誇れない。

 幸運という自力でないものを褒められているような気がして、決まりが悪くなってしまうのです。

 しかし、私の照れに身動ぎを、彼女たちは別に取りました。


「更に謙虚ときたわ!」

「凄いなー」

「……あこがれちゃうなー」

「お前ら……」


 彼女らが動いた最初の動機はどこへやら。最早三越君を見ずに、私を取り囲んでばかり。

 きゃーきゃー私に向かう、その威勢に、とうとう三越君は、怒りました。そして、言い放ちます。


「あんまり山田さんを困らせると、朝起こしてやらないからな!」


 その一声に、周囲には沈黙が降りました。私と観衆には残念感が広がり、そして大一さん達は絶望感に包まれます。

 疾く、揃って私に向かって頭が下がりました。


「ご、ごめんなさい」

「……ごめんね」

「真に、申し訳ありませんでした!」

「あはは……全然気にしていないですから、構いませんよ」


 思わず私も苦笑い。殊更、大一さんの本気度は尋常ではありませんでした。その縋るような瞳を無視するのは、いい人でなくても出来ないでしょう。

 しかし、やはり川園かわぞの高校のコメディリリーフさん達は強靭でした。直ぐ様居直って、私に対します。


「言質取った!」

「これなら……後ちょっとくらいは良さそう」

「なら、アタシが一言で済ますわ……山田さん、アンタは私達のライバルよ!」

「は、はぁ……」

「達、なのかよ……こいつら組むと面倒なんだよなあ……」


 三越君の遠い目の横で、私は押されてばかり。しかし、私の消極的な了承に、彼女たちは満足そうに頷きました。


「良し、これで容赦なくぶっ潰せるぞー!」

「……そうしたら、栄大に恨まれる」

「ふん、修学旅行バスゲロゲロ男なんて、怖くないわよ!」

「……確かに、中学生までお漏らし小僧を恐れるのも変」

「あははー、なら私は、エロ本サンドイッチマン、とでも言おうかなー」

「……お前ら、本当に俺のこと好きなのか? ……三人共、表に出ろ!」

「あわわ、栄大、マジギレだー!」


 目の前で起きた暴露大会によって怒れる三越君。元男だった私はただ可哀想だな、と思いますが、見ると私と大一さん等以外の周囲の女性の目は大分醜いものを見る様子に変わっていました。まあ、流石にエロ本サンドイッチマンは酷い。

 これはまるで、私の気持ちを冷めさせるための彼女らの巧妙な作戦なのではないかと疑えます。しかし、どうにも大一さん等は真っ直ぐ。

 ぽかんとしている私を横に、逃げ出す少女たちは言葉を零していきます。


「山田さん、よろしく!」

「……勝負はこれから」

「アタシ達、負けないから!」


 彼女らが落としていったのは、そんな頼もしい捨て台詞。嵐が去った後。それに対して、私は期待を込めて、呟きました。


「……頑張って、勝ってくださいー」



 本当に、私はそう思います。



 そう、思っていました。


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