いい人になりたいだけだった、TS転生
茶蕎麦
第1話 告白されてしまいました!
私は絶対に、ごめんなさい、をしなければいけないのです。
その筈、でした。
「俺は山田さんが好きだ! 付き合ってくださ……」
「ごめんなさい!」
放課後校舎裏、影の下。私は彼の言葉を遮り、必死に頭を下げます。足元にのろりと動くダンゴムシを見つけて、可愛いとどこか余計な現実逃避をしながらも、申し訳なく思って。
私のそれは、請願どころかもはや暴力的なまでの拒絶。彼は、酷く残念そうな声色で言います。
「山田さん、顔を上げて……あはは、ごめんね。そんなに俺のこと、嫌だった?」
「すみません……でも、嫌ではないです。好きですよ。私、三越くんの良いところ、直ぐにでも十は言えます。好意を持ってくれるなんて、嬉しいばかりです」
「ならっ!」
「でも、付き合うというのは、無理なんです。私はこれ以上、距離を詰められない」
顔を上げ、悲しげな
同じ青でも、別れればもはや違う世界。それが、私と三越君の違いを映しているかののようにすら思えました。
私と彼は、混じってはいけない。決して、一緒になってはいけないものなのです。その事実は少し、悲しくも思えますね。
「よく、分からないな……分からないけれど、これ以上は無理そうだね。山田さん、悲しそうだ」
「すみません」
「いいよ。俺が悪かった。急だったし、何か理由がありそうだ。色々早かったかな。告白はもうちょっと仲良くなってから、だったね」
「……諦めては、くれないのですか?」
私の前で端正な顔、締まった頬を掻きながら、私を見つめる三越君。私でも素直に格好いいと、思いますね。彼は更に頭が良くて、運動神経抜群であるのです。女の子に囲まれている姿も、よく見ますね。
恋をしたいだけなら、相手は選べるものと思うのですが、どうして私なんかに拘るのでしょう。やっぱり見目、なのでしょうか。
「そりゃそうだよ。好きはそうそう変わらない。これくらい熱烈になればもう、きっと冷めないよ」
「困りました……」
「はは。困った顔も素敵だけれど、それでも笑っていてほしいな。俺のことなんて気にせずに、気軽にいてよ。そして何時か山田さんを、きっと振り向かせてみせる」
「はぁ……」
薄っすらと顔を紅くしながら三越君は、言います。私は感動を覚えるよりも前に、よくこんな台詞をその程度の照れを代償にしたばかりで口にすることが出来るな、という風に思いました。
どうにも恋愛に入り込めない私は、後で三越君の今の言葉が恥じるべき過去にならないことを、祈るばかりです。
「結構勇気出して喋っているんだけれど、なびいてくれた様子がないね……まあ、仕方ないか。今日は出直すよ」
「……ごめんなさい。でも、好きと言われたことは嬉しかったですよ。どうも、ありがとうございます」
「ああ……ごめん。ちょっと待って」
クールに去ろうとしているようだった三越君に、へらりと私は笑いました。すると、どうしてか、彼は鼻を押さえて止まってしまいます。急な鼻血でしょうか、心配ですね。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。……やっぱり、拙速だったかもしれない。破壊力がありすぎる……ま、また明日!」
「あ、さようならー!」
良く分からないことを口走ってから急に背を向け、走り出す三越君。その背中に向かって私は手を振り、別れの挨拶をしました。
長身の彼の姿は、あっという間に小さくなっていきます。僅かに、私も緊張していたのでしょう。ふへえ、と小さく無様な息を吐きました。
「ああ、何だかこれから大変になってしまいそうですね……」
「ったく。面倒な奴が出てきたもんだ。
「
手を回して、凝った身体を解していると、物影から滲み出るように男の子が顕れます。闇に隠れて私のプライバシーなんて無視して会話を盗み聞きしていたのでしょう。とんでもない奴ですね。
彼には超能力、みたいなものがあるみたいです。私は幽霊が見えたり怪力を持っていたりもしますが……どうにもそういう次元のものではないみたいですね。
この、闇を自由に使える、なんていうそれこそ中二病なチカラを持った男の子は、市川奏台という、私の幼馴染。言葉遊びみたいな理屈で暗がりを勝手にして、闇から闇へと飛んでいくのは、ちょっと誰彼に真似できるものではありません。
何か、嘘でなければ、時折闇の世界で戦っていたりするそうですが、私に関われるものではなさそうです。
ちなみに、彼が口にした星というのは私の名前ですね。山田星というのが私のフルネームとなります。
「もう。乙女のプライバシーを何だと思っているのですか? それに、あんまり、無闇に不思議な力を使うのはいけませんよ」
「乙女ねえ……まあいいか。それと別に、無闇じゃねえよ。大事だから、隠れてたんだ」
「三越君の告白が、ですか?」
乙女の部分に引っかかりを持たれたことは、スルーしましょうか。それにしても言葉遣いが荒い。ずっと正そうと試みていたのですが、未だに不良然とした振る舞いをする彼に、私は尋ねます。
「そりゃ、なあ。無いとは思ったが、もし告白に星が頷いちまってあんな軟派野郎に取られちまうってのは癪だからな」
「軟派野郎って……それに、私は別に、奏台のモノではありませんよ?」
「ふん」
自分の影から闇を引っ張り、手の中で遊ばせる奏台。人前では行わず、私の前だけで行うその癖は、彼があまり機嫌が良くない時に起きるものです。
それ程に、三越君が私に近づくことが嫌だったのでしょうか。前から思っていたのですがどうにも奏台は、ああいったイケメン優等生タイプのことがあまり好きではないようです。
「それに、好きでなければいたずらにモノにしてはいけません。人ならば一番に、でなければ駄目ですよ。奏台にとって、私はそんなに大切なものではないでしょう?」
しかし、更に不機嫌になられても、言い含めておかねばならないことがありました。相手を自分の隣に望むというのは、とても大事なことなのです。軽々と、女の子をモノ扱いするのはいけません。
だから、私は奏台を下から見上げて口元をぷくり。しかし、結構な人がどうしてだか逃げてしまう私の直視を彼は受け止めて、言います。
「何言ってんだ? 星が世界で一番好きに、決まってんだろ」
「え……」
そう口にして、子供のように奏台は笑いました。私は、あ然とするしかありません。
「ぐあー」
まさかまさかの展開の連続に一杯一杯になってしまった私。正直な所、こうしてベッドに顔を埋めるまでの、記憶があんまりありません。
お風呂に入ったことと、携帯電話を弄った覚えは何となくあるのですが。そう考えて、そういえばと、時計を見上げました。丁度時間は九時。定時のように毎日同刻に送られてくる連絡のために、私はスマートフォンを立ち上げました。
「やっぱり来てました……なになに、一緒に目が一杯あるお化けの退治をしませんか? これは気になりますね。了承しておきましょう!」
それは、同じ高校で一個したの男の子、
丸井君はおどおど可愛い、癒やし系な男の子です。もっとも、一緒にいる守護霊の
そして、桃色枕を胸に抱き、罰さんの高露出度の不思議を考えていたりしていると、早々に返信が来ました。私は、それを読んでみます。
「ありがとうございます、山田さん大好きです、ですか……まあ、丸井君は本気ではないのでしょうが……」
私は、期せずしてまた、告白染みた言葉を受け取ってしまいました。丸井君は気軽に好意を口にする子供。それを今まで気にすることなんて、ありませんでした。
けれども、こうも重なると少しは、意識してしまいます。
「ありがたいです。ですけれど本当に、困りますね……」
好意は嬉しく、愛されるなんて素晴らしいことと、思わずにはいられません。ラブアンドピース、最高なのです。ですが、恋は困るのですよね。
私は異性愛も、同性愛だって否定しません。漫画の人物と結ばれたいと思うのだって、勝手でしょう。けれども、それどころではない不自然は、流石に許容出来ませんでした。
「だって私は、元男の子、ですから」
そんな異色が繋がったモノがこの世の綺麗な者と結ばれるなんて、あってはいけません。でも自ら規定したそれを少し残念に感じるのは、勝手でしょうか。
ああ、私はただ、生まれ変わってでもいい人になりたいと思っただけなのですが。
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