⑩ 在るべき場所に

金棒が肉を引き裂き、鮮血が宙に舞った。


 やがてずるり、とゆっくり地面へと崩れ落ちたのは――かつて、正義警察と呼ばれた男のものだった。


「……とっつぁん。アンタはそういう男だよ」


 金棒が突き刺さっているのは、とっつぁんの背中。そしてアタシの連れは、地面に這いつくばるように寝転んでいる。


 とっつぁんは金棒が飛来するその瞬間、最期の力を振り絞ってアタシの連れを地面に叩き付けた。


 自らの身を盾に。子供に被害が及ばないように。


 正義警察ジャスティス

 その最期は、名前に恥じない徹底した正義の末に――幕を降ろした。


「けっ……胸糞悪りぃ」


 死体は何も喋らない。だけど最後まで鬼気迫る瞳孔を浮かべて固まったその瞳は、「ざまあみろ」と言っているようだった。「お前はどこまで行っても殺人鬼で、俺はどこまで行っても正義の使徒だ。それを知るのが遅いか早いか、結局はそれだけの違いなんだ」と。


「寂……殺したのかい」


 震えた声で、連れが言った。純真無垢な瞳には、今、初めて恐怖の色が宿っている。まさか自分の信じるヒーローが殺人鬼だったという結末が、信じられないとでも言うように。


 らしくない表情だと、アタシは思った――だからこう言った。


「違うなベイビー。アタシは悪者をやっつけただけさ。アタシの道を塞ぎ、お前をどっかに連れ去ろうとする、とんでもねぇ悪党をな」


「……そっか」


 連れの表情から恐怖が消えた。そこにはもう、いつもの天真爛漫な笑みが浮かんでいる。


「寂がそう言うんなら、きっとそうなんだね」


 まるで正義のヒーローを目の当たりにした子供のように、屈託のない笑みを浮かべながら。


「かかっ。やっとお前らしい顔になったじゃねぇか」


 その瞬間、アタシは自分が笑っていることに気が付いた。

 ああ、そうか。そういうことか。


 アタシはきっと、正義のヒーローになりたかったんだ。幼い頃、自分には怪力しかないと理解したその瞬間から。


 アタシがなりたいと思っていたものと、同じものをアタシに重ねる人がいる。致命的な勘違いでも構わない。


 たった一人でもそう信じてくれるなら、何がどうにかなるかもしれないのだから。


「それにしても、さっきのは少し濡れたぜベイビー」


「何のこと、寂?」


 アタシに肩を貸し、立ち上がらせた連れが、不思議そうに小首を傾げた。


「僕の寂に手を出すな、ってやつだよ」


 その瞬間、連れがボッと一気に茹で上がった。


「か、からかわないでよ寂。あんなカッコ悪いの、はやく忘れてよ」


「ははっ? カッコ悪い? そりゃ違うぜ」


 誰かのために脇目も振らず、危険も顧みず突っ込んでくる。その姿がカッコ悪いなんて、どこのどいつが言えるかよ。


「覚えときな。女ってのは真っ直ぐ正面からぶつかられると、どうも無下にできねぇもんさ。アタシみたいなロクデナシなんかは特に、な」


「じゃ、じゃあ!?」


「早とちりすんなタコ。でも……筋はいいかもな。次を期待してるぜ」


「! うんっ!」


 満面の笑みを浮かべて、連れは元気に返事した。

 もしかするとアタシがどうにかなっちまうのは、その次の機会なのかもしれない――なんてことを考えながら。


「さ、帰ろうぜ。どうせ明日も早いんだろ?」


「うん。寂と一緒に見たいところは、まだまだ沢山あるからね」


 そう言っては連れはアタシに肩を貸しつつ、次なる観光名所のウンチクを語りつつ、宿に向かっていく。


 いつまでも夜風に当たっていると風邪を引いてしまうから。


 アタシたちが居るべき場所に向かって、一歩ずつ歩き始めた。

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