⑨ 正義の在り方


「僕の寂をいじめるなぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」


「おぅわっ! な、なんだこのガキは!? まさか、行方不明の!?」


 驚愕するとっつぁん。そのスキを突いて連れは、決死の形相で両手を振り回しながらとっつぁんにしがみついた。


「寂に! 寂に何をしてるんだ、このバカーーーーっ!」


「こ、この……! 取り込み中だってのが分からねぇのか!?」


「……分かりゃしねぇよ。まだガキなんだぜ、そいつはよ」


 そう。

 この状況で無鉄砲に突っ込んでくるのは、命知らずのバカだけだ。そして連れはバカで、とっくに壊れている奴だった。


 恐怖心なんてもう、まともに働かないほどに。


「くくく……どうしたとっつぁん? そんなガキに構っている暇があるのかい?」


 アタシはその隙に、ベルトを解いて足首に縛りつけた。傷は酷いが、ひとまず止血は済んだ。気分は最悪だが、意識はまだ残っている。


「ぐぐぐ……! おい聴け、ガキ! 俺は、お前を居るべき場所に帰すためにここに来た! お前にはまだ、未来がある! こんなロクデナシの人殺しと一緒にいちゃいけねぇんだよ!」


「うるさい! 何が、何が未来だ! 僕の寂に酷いことをしておいて! 彼女は僕のヒーローなんだ! ロクデナシも人殺しも、全部全部お前のことだぁぁぁぁーッ!」


「離せガキ! くっ、この、クソ――!」


 とっつぁんは忌々しそうに体を捩るが、足元はふらふらで、立っているのも精一杯という有様だ。


「ヘイヘイとっつぁん、気合いが足らねぇぞ? 自慢の正義とやらを振り絞って、もう少し頑張ってみろよ」


「ぐっ……お前まさか気が付いて――」


 そう。アタシはもう、とっくに気が付いている。とっつぁんにはもうロクな体力が残っていないことに。


 言ってしまえば根性論だ。とっつぁんはただ、五十口径という規格外の化物がもたらす反動を、堪えて堪えて堪えて堪えて――耐え抜いていたに過ぎない。


 忍耐。それがとっつぁんの強さであり、正義だった。


 だけど、いつかは限界が来る。

 人は物理法則を無視できない。


「ナイスだぜ……この展開は、心の底からナイスだぜ、ベイビー」


 アタシは金棒を握りしめ、その切っ先をとっつぁんに突きつけた。


「おっと、動くなよ――的が外れるからな」


 瞬間、とっつぁんの表情に緊張が走った。


「待て! ここで俺を殺しても何の解決にもならんぞ! ただ終わりを引き延ばしただけだ、いつか限界が来る――そりゃ寂嬢ちゃんだって同じなんだぞ!」


「知ってるよ。しょせん、――だがその前に、アンタの正義を試す方が時間だ」


 片足で踏ん張って立ち上がると、大金棒“ブチ殺し”を、最強最大、最高峰にがっちりと強く握りしめ、大きく振りかぶった。


「アンタなら、この距離でもアタシの金棒を避けることはできるだろう――だが、ガキの方はどうかな?」


 動くなよ、的が外れるからな――それは、本当に言葉通りの意味だった。


「さぁ選べ! 正義を貫いて死ぬか!? それともテメェの命を取るか!? 好きな方を選びやがれこのクソッタレ!」


 引き絞った弓を解き放つように全身全霊で腕を振り抜き、金棒をブン投げる。

 次の瞬間、肉を引き裂く音と、鮮血の生々しい匂いが路地裏中に広がった。

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