⑥ 正義警察

「こんなところで会うとは奇遇だねぇ、寂嬢ちゃん」


 人気のない路地に足を踏み入れた途端、酒と煙草で焼き潰れたようなしゃがれ声が響いた。


 振り向けば黒いコートを羽織ったオヤジが、紫煙をくゆらせながら手錠をくるくる弄んでいる。頭部には十字のエンブレムが刻まれた帽子。それは彼が、法で裁けない悪の駆逐を専門とする、正義警察ジャスティスであることを物語っていた。


「何が奇遇だよ。ずっとアタシを付け回してたクセによく言うぜ」


「そいつぁ誤解だぜ。んな目立つ獲物を持ってりゃ、嫌でも目に付くってなもんさ。……ったくよう、もっと自分が有名人だってことを自覚した方がいいぜお前さんは。ニュース見る習慣は無いのかい? ここ最近、お前さんの話題で持ち切りだぜ――殺人鬼が行方不明になったガキ連れて、京都に潜伏しているらしいってな」


「なんのことだよ。話が見えてこねぇな、とっつぁん」


 煙草を地面に叩き付け、忌々しそうにとっつぁんは舌打ちした。


「とぼけんな。空架町連続殺人事件だよ、他に何がある。人間の身体をあんな風に出来んのは、お前さんの獲物あってこそだ――そこまではいい。だがその後はどうだ? ガキ誘拐して京都旅行だと? 一体、何考えてやがる? まさか遅めの修学旅行ってわけでもあるめぇよ」


「はっ! 面白れぇ冗談だな! もしExactlyそのとおりでございますといったらどうするよ?」


「いよいよ笑えなくなってくる。返答次第じゃ、コイツの出番になるわけだからな」


 とっつぁんは、ホルスターから拳銃を抜き取った。――五十口径ニューナンブ・リボルバー改。馬鹿げた銃だ。あんなファンタジックな化物銃を扱える人間は、決してまともじゃない。


「なぁ、寂嬢ちゃん。お前さんがクソッタレの成金を、いくら殺そうが構わねぇ。むしろ法で裁けぬ悪党共を、俺の代わりに地獄の底まで叩ッ落してくれるのは実に都合のいい話だが――しかしなぁ、カタギのガキを誘拐するってのはいけねぇよ。紛うこと無き悪党の所業だぜ、そいつはよ。正義を名乗る俺としちゃ、黙って見過ごすわけにいかん」


「何が正義警察だ、考えてもみろ。あの歳で金持ちのオモチャにされたガキだ。もうぶっ壊れているし、帰る場所なんてありゃしねぇ。児童養護施設にブチ込まれる前に少しくらい夢見させてやろうなんて気まぐれ起こしたアタシの方が、よっぽど正義の味方じゃねぇか?」


「分からんな。どうしてそうも、あのガキに肩入れする?」


「言ったろ。気まぐれだよ。理由なんてねぇ。――まぁ、あったとしても言わねぇよ」


 ふと、自分のことが嫌で嫌で仕方なくなる時がある。

 学もない、品もない、生きていくためにプライドを捨てる覚悟もない、あるのは生まれ持った怪力に、何も持たないが故の無鉄砲さだけ。


 メシ喰う金が貰えるついでに胸糞悪い金持ちどもを、殺せと命じられるままに殺して世は事も無し、日は沈んでまた昇る、そんな人生にどうしようもなく嫌気が差して、よし、じゃあそろそろ終わりにしようとガラにもなく、気まぐれにガキの手を取って京都くんだりまで逃避行――なんて話、一体誰が信じるのやら。


「在るべき者は在るべきところに、そいつが正義の真理だぜ。……悪党は地獄に。殺人鬼は血だまりに。そして身元を失ったガキは児童養護施設に――」


 ゆっくりと銃の撃鉄を起こし、そして五十口径ニューナンブ・リボルバー改のヤバい方向を、アタシに向かって突きつける。


「それがバランスって奴だよ、寂嬢ちゃん。これが最後通告――下校時刻のお知らせだ。短い青春は終わりを告げて、誰もが在るべきところに帰る時間だ」


「……とっつぁんよ。悪いけど、今回ばかりは譲れねぇぜ」


 アタシは肩に担いだ杖替わりの一物を――大金棒【ブチ殺し】を上段に構えた。


「あともうちょっとでアタシの中の、何かがどうにかなりそうなんだよ。キーワードは既に揃ってる。後もう少しで、アタシは何かを掴めそうなんだ。アタシはそれがなんなのか、知りたい。知るまでは、誰の言うことも聞けない」


「やれやれ。困ったもんだな」


 二本目の煙草に火を点けながら、とっつぁんはアタシを真っ直ぐに見据えた。そこには達人特有の、それだけで人を殺せるような鋭い眼光が煌めいていた。


「そこまで言うんなら、生き延びな。――言っとくが、俺が掲げる正義の二文字ジャスティスは、お遊びってほどに軽くはねぇぞ」


「上等だぜ、ベイビー」


 何がどうにかなりそうな高揚感。

 怠惰ではなく自分のために、いま、アタシは初めて金棒を振るう。


「しゃらくせぇ禅問答の時間は終わりだクソッタレ! 愉快爽快、痛烈怒涛! こっから先は生き残りゲームの時間だぜとっつぁんよぉ!」


 金棒を担いで、一歩踏み出す。

 同時に五十口径ニューナンブリボルバー改の銃口が、爆音と轟かせた。

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