④ 平等院鳳凰堂

「着いたよ!」


 という連れの一言で宇治駅を降り、改札口を駆け抜ける。アタシは別に駆けたくないが、連れが強引に手を引っ張るので抗えない。


 平等院鳳凰堂の入り口に着く頃には、すっかり汗だくになっていた。クソッタレ。何が嬉しくて寝起き一番、全力疾走しなきゃいけねぇんだ?


 隣では連れがゼイゼイと息を荒げて「こういうのって青春っぽいね」と爽やかに笑っていた。青春? これが? アタシにはよく分からん。


「分からない? だって寂は十九歳なんでしょ? だったら修学旅行とか、青春とか」


「ベイビー、一つ忠告だ。レディの過去を詮索する野郎は嫌われるぜ」


「えっ……ご、ごめん」


 意外なほど素直に引き下がったので意外だった。どうやらよっぽどアタシに嫌われたくないらしい。それはそれで複雑な気分になる。こんな純粋な子供に好かれても嬉しくない。アタシは自分が普通じゃないことを知っている。


 壊れている。

 さびれた旅館のテレビと違って、人は叩いても治らない。


 呼吸を整えながら歩いていると、抹茶色した池の中央にどん、とそびえる朱色の建物が見えてきた。


「うわあー! 見てよ寂! すごく綺麗だね!」


「見てるよ、ったくうるせぇな」


 なるほど、立派な建物だとアタシは思った。少なくとも十円玉の背中を預かるだけの風格はある。 


 しばらくお互い、無言で平等院鳳凰堂を見た。ただそれだけなのに、連れは随分と楽しそうに笑っていた。感心する。よく飽きねぇもんだ。


「こういうのも青春なのかい」と訊ねると、連れは「うーん、どうだろう」と首を傾げた。


「でも、好きな人と一緒にいるっていうのはそれだけで楽しいよ」


 満面の笑みでそんなことを言いやがる。ウンザリするね。耳が腐りそうだ。


「ずっとこんな時間が続けばいいのになって思うのは、青春なのかな」


 と、連れは言った。


 多分、青春を終えた多くの人間が同じことを思っているんだろうとアタシは思った。


 何にでも終わりが存在する。


 止まない雨が無いように。

 晴れ渡たる空は、どこまでも続かない。

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