③ JRナントカ線 宇治行

「寂! 朝だよ!」


 そう呼ばれたのは覚えている。

 次に意識が覚醒した時、アタシは電車でガタゴト揺られていた。なんで?


「もう。寂は寝起きが悪いなぁ」


 無邪気な笑みを振りまきながら、連れ。向かいではこちらを微笑ましそうに眺める乗客の姿があった。まだ朝の早い時間なのか、人気はまばらだ。


「状況を説明してくれ。アタシはこれからどこに行くんだ?」


「平等院だよ。平等院鳳凰堂」


「は?」


「知らないの? もしかして十円玉の裏を見たことない?」


「そういうことじゃなくてよ……」


 と反論を試みたところで、怒涛の観光ガイドが始まったので諦めた。朝から堪んねぇなオイ。こちとら寝起きだぞ。


「あー、オーケイオーケイ。大体分かったぜ鳳凰院のことは」


「鳳凰院じゃなくて、鳳・凰・堂!」


 口を挟めばこのザマだ。どうせアタシは学がねぇよ。

 と拗ねるのは簡単だが、また観光ガイドになられるのはゴメンだった。アタシは強引に話題を切り替える。


「なぁ、どうしてまた京都に行きたいなんて言い出したんだ?」


「え? えっと……別にちゃんとした理由があるわけじゃないんだけどさ」


 少し恥ずかしそうに俯きながら、連れは言う。


「僕くらいの歳になると、みんな修学旅行っていうものに行くらしいんだ。だからもし機会があればって、ずっと思ってたんだ」


「はっ。そんなにいいモンかね、修学旅行が」


「どうだろうね」


 困ったような微笑みを浮かべて、連れは続けた。


「でも、それが本当の目的かと言われれば、ちょっと違うんだ」


「ああ? 煮え切らねぇな……何が言いたい?」


「青春なんだってさ」


 恥ずかしそうにはにかんで、連れは続ける。


「僕の知ってる大人が言うには、修学旅行っていうのがどうやら青春らしいんだ。青春はとてもいいものなんだって。だから京都に来れば、それが何なのか分かるかもしれないと思ったんだ」


「……そうかい」


 僕の知ってる大人、ね。それはあまり気持ちのいい言葉じゃない。

 さっきから連れの言葉には、まるで家族という単語が出てこない。それもあまり気持ちのいいことではなかった。


「だからさ、寂」


 連れはごく自然にアタシの手を掴むと、無邪気な笑みを振りまいた。


「楽しい旅行にしようね」


「……けっ。気安く女に触るんじゃねぇよ」


 アタシは手を振り払うと同時に、顔を逸らした。

 どんな顔をすればいいのか分からなかった。

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