② 宿

 その諸々(三重塔とか)をウンザリするほど歩き周った後、京都駅に戻って宿を探した。

 運よく駅前の和風旅館が空いていたので、即決チェックイン。部屋に突入し、すぐさま畳に寝転がる。

 畳の匂いは好かないが、今さら他の宿を探す気力はない。寝れりゃどこでもいい。


「わー、すごい! 本当に和室だ!」


 連れはまだ元気が有り余っているらしく、ウキウキと目を輝かせながら部屋中を動き回っている。


「羨ましいね。若いってのは羨ましいこと限りだぜベイビー」


「なに言ってるのさ。寂だってまだ二十歳前半くらいでしょ?」


「アホ抜かせ。アタシはまだピチピチの十九歳だ」


「へぇ。その割にはなんだか大人びてるよね」


「下手な褒め言葉だ。耳が腐る」


 アタシの罵倒にもめげず、連れはにこにこと笑っていた。煩わしいことこの上ないので、アタシはリモコンに手を伸ばしてテレビを点けた。

 しかし画面に映るのは砂嵐だけで、ガーガーと音の残骸を吐き出して本来の役割を何一つとして果たさない。


「壊れてんのかよ。クソ旅館め」


 仕方がなく立ち上がって、必殺空手チョップをドンと一撃喰らわせた。すると何度か暗転した後、画面は本来の明瞭さを取り戻していく。


 数秒後、ニュースキャスターのクソ真面目そうな顔が映った。


 彼はロボットみたいな口調で、空架町連続殺人事件について報じた。金持ちの家やマンションを無秩序に襲い、住民を殺しては金目のものを奪い去る、悪逆極まりない事件のようだ。容疑者は不明。さらに男の子が一人行方不明になっており、誘拐の線で捜査が進んでいるとのこと。


「物騒な話だね。でも、僕は大丈夫だよ」


 そう言って連れはアタシにしがみつき、両腕を背中に回すと、ずりずりと顔をうずめてくる。


「だって僕には、寂がいるんだから。寂ならどんな悪者もやっつけてくれる。そうだよね?」


「甘えんな、クソガキ」


 連れを強引に掴んで引きはがし、畳に額を押し付ける。


「確かにアタシはどんな奴にも負けねぇ。それだけの強さと自信がある。だがな、テメェの安全を女に任せようって腰抜けまで守ってやるほど優しかねぇぞ。アタシはテメェの保護者じゃねぇ。御守りが欲しけりゃママんところに帰りやがれ」


「寂はどうして、いつも自分を悪者みたいに言うのさ?」


 懇願するような口調で、連れは言った。


「寂は僕をあの場所から連れ去ってくれた。まるでヒーローみたいに、とっても格好良く。だから寂はきっと、正義のヒーローに違いないんだ」


「うるせぇな。テメェを助けたのはただの気まぐれだよ。アタシはヒーローなんかじゃねぇ!」


「あああッ! 痛い! 痛いよ寂!」


 アタシの手を強く握りしめながら、連れは叫んだ。

 気が付けば畳はメリメリと音を立てている。どうやら、手加減が出来ていなかったらしい。


 頭がパンクする前に解放してやると、連れは顔を真っ赤にしながら、頭を抱えた。ガキの身体には少し、容赦が無さ過ぎたかもしれない。


「もう。寂ってば、素直じゃないんだから」


(……なんでコイツ、笑ってやがる?)


 一瞬、背筋がゾッとした。

 暴力を振るわれておきながら、コイツは泣きも怒りもしない。

 思えば、清水の舞台で吊るした時もそうだった。

 アイツは自分のことよりも、周りの眼を気にしたのだ。肝が据わっている、どころの話じゃない。


 コイツにはもう、恐怖という感情がとっくに欠落して――


「ところで寂。一つ教えてほしいんだけど」


 連れはそう言って、小さく首を傾げた。


「ママって、なに?」


 ――ああ。

 テレビだけじゃない。もう壊れちまっているんだ。

 この部屋にあるものは全て、もうどうしようもないくらいに壊れている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る