第22話 ダイヤ編 女子高生、追われて振り返る

「もしもし? 」


 ヒカリが電話をかけた。すると女の人の声が聞こえた。


「あら、先ほどの……お客さん?アラキさんだったかしら? 」


「え? 」


 あちらの電話で、もしかしたら電話番号が表示されているのかもしれない。スペード編では勇気の天使に電話をかけた。だが2番目の姉が出る前に、間違ってかけてしまった相手。それが、このゲームに入る前に行ったゲーム店のお店の人だった。なぜまた電話がかかってしまうのだろう。ヒカリは黙って切るわけにもいかず、しばし返答に困った。


「はい、アラキヒカリです。もしかして、掛け先を間違ったかもしれません…………」


「アラキ……、ヒカリちゃん?お名前がヒカリちゃんなのね。へえ、知り合いの娘さんもアラキヒカリちゃんがいるからびっくりしちゃった」


「そうなんですか?珍しい名前じゃないのかな」


「ええ、いろいろお手伝いしていて。このお店以外にも、塾でも教えたりしているの。そこでアラキさんって方がいて。とても熱心な方なのだけれど、娘さんがわたしの息子と同じ高校で、ヒカリちゃんという名前と聞いたのよ」


「塾、それって母かもしれません。母も最近、塾の仕事がんばっていて。とてもいい職場みたいで、毎日楽しそうです」


「あら、奇遇!よかった、お仕事気に入ってもらえて。本当に優秀な先生なのよ」


「マジマさんっていろんな仕事されていますね」


「母一人子一人だから手広く仕事をしているのよ、なんだが嬉しい。会ったことないけれど、縁があるような気持ち。今度、ゲーム店にきたときゆっくりお話したいわ。なんなら、アラキさんのお母さんも一緒でもいいわ」


「いやいや!母とはちょっと…………マジマさんとならお話できそうですけれど」


「そう? 」


「母とは、会話はあまりしないので。何を話したらいいかわからなくて」


「アラキさんはとても娘さんたちのこと自慢に思っているようね。ちょっと不器用なところもあるみたいだけれど、ごめんなさいね。お節介やいちゃったみたい」


「いえ」


「息子、サトルっていうのだけれどね。母さんはよくお節介を焼きすぎるって注意されちゃうのよ」


「息子さんサトルさんっていうのですね」


「そうなの、ちょっと地味でさえないかもしれないけれど。優しくて、自慢の息子なのよ」


「わかります、とっても素敵です」


「あら、ヒカリちゃんサトルを知っているの?奇遇ねえ」


「わたし、先輩をきっと助けます。だから安心してください」


 ヒカリはたまらない気持ちになってきた。

 先輩の母親だと予感していたところもあった。


 ゲーム屋の店員さんがマジマ先輩のお母さんで。マジマ先輩のお母さんは、母の勤め先の人である。それぞれに接点があった。一度も会ったことはないけれど、ただの偶然とは思えない人。この人に悲しい思いをさせたくなかった。

 

 だから一刻もはやく、この世界から出なければと強く思えてくると、涙が出そうになった。現実を感じてしまって、辛くなってきた。


 これ以上話すと、いろんなボロがでそうになり、一方的に電話を切ってしまった。なんでマジマ先輩のお母さんに電話が繋がるのだろう。もしかして、3番目の希望の天使はマジマ先輩のお母さんなのだろうか?


「ちょっと、ヤンヤン!もしかして、今の電話先って希望の天使なの? 」


「そうヤン!なんで攻略のヒント聞かないヤン? 」


「いやいや、聞けないし!お姉ちゃんならまだしも、マジマ先輩のお母さんだよ?!なんて切り出せばいいかわからないよ! 」


「そうなのヤン?小さいことを気にするヤン」


 タヌキの妖精(現在はスマートフォンに変化している)は不思議そうにヒカリに問いかけた。ヒカリはさすがにまだ電話で二回、実際あったのは店員としてのほとんど知り合いでもない人に乙女ゲーム攻略方法を聞き出す勇気も、コミュニケーション能力もなかった。


「ヤンヤン、もう一度チャンスを! 」


「またヤン?ヒカリは注文が多いヤン! 」


「もっと役にたつアイテムくれないからじゃない!ほらほら! 」


 ヒカリはスマートフォンをいじって、通話を開始するように迫った。ヤンヤンはくすぐったそうに震えていたが、仕方なくまた通話を開始した。そうして繋がった先は、馴染みのある声だった。


「サユリお姉ちゃん? 」


 そう二番目の姉、サユリのもとへ電話がつながった。サユリは世界を飛び回っているキャビンアテンダント。彼女なら恋愛について、一番目の姉よりは知識がある。結婚について聞いてみるといいかもしれない。


「あら、ヒカリ?どうしたの?さっき電話があったばかりなのに」


 さきほど電話をかけたということは、現実世界では時間が経過していないのだろう。もしかしたら、このゲームで過ごした時間は現実世界では少しだけの時間。だから、姉たちも特にヒカリたちの行方を聞くこともない。マジマ先輩のお母さんだって、マジマ先輩が帰ってこないと言わなかったし、ヒカリたちがこのゲームの世界に来てからあちらの時間では一日も経っていないのかもしれない。

 憶測でしかないが、詳しく事情を説明しなくていいのは助かる。


「サユリお姉ちゃん、乙女ゲームの攻略方法でまた困ったことがあったの!」


「え、また?今回のゲームそんなに難しいの? 」


「うん、世界観が複雑なゲームでね。今までのタイプとはちょっと違うシステムだからやりにくいんだ」


「へえ、ヒカリが何度も電話してくるだなんて珍しいわね、本当」


「そ、そうなの!友達にはやく攻略してほしいって頼まれちゃって」


「大変ね。今度はどんなことが問題なの?」


「特殊な世界観で。近未来のSFみたいな世界。主人公が殺し屋みたいなソルジャーの仕事をしている設定でね。そこで偉い身分の人とのルートに入ったのだけれど。なかなか会えないんだよね、結婚しなくてはいけないってミッションをもらっていて。主人公はその偉い人と結婚したいの。だけれど愛人にはなったけれど、相手はこないって設定」


「身分差の恋ということか。設定がまだなんとなくしかつかめないから、なんともいえないところはあるけれど。つまり、相手が会いにこないってことかしら? 」


「そうそう!いざ愛人になってもこないってこと」


「ふーん。よく言われている恋愛テクニックは、押してダメなら引いてみろとは言うけれど」


「それって、雑誌に書いてあるコラムみたいだね」


「そうね、ありがちではあるわね。ただ相手の貴族が忙しいから来られない場合は、時間がきたらイベントが起るかもしれない。ただもし時間がある程度たっても、イベントが発生しないなら、自分から起こしにいかないといけないかもしれないわね」


「というと? 」


「脱走するか、自分から会いに行くか」


「でも、どこにいるか検討がつかないし。ヒントもないの」


「うーん、だったら脱走という選択肢がいいかもしれない。逃亡すれば、おのずと相手は主人公がいなくなったと気がつくでしょう?愛人くらいには執着がある相手なら、追いかけてくるのが物語としては盛り上がるでしょう? 」


「確かに!探すのではなく、逃げるというパターン! 」


「そうそう。逃げたら追いかけたくなるパターンも恋愛ではあるみたいね。わたしはよくわからないけれど。そういう駆け引きあまりしないから」


「サユリお姉ちゃんって駆け引きとか好きなタイプかと思った」


「ヒカリはどうわたしのこと見ているの?わたしはそんなに恋愛に刺激を求めるタイプじゃないの。刺激を求めるなら仕事の方だわ。結局わたしもミドリちゃんと同じで、仕事が好きなのよ。ミドリちゃんまで極端ではないけれどね」


「お姉ちゃんって堅実だよね」


「見た目よりは、ずっと真面目なのよ。華やかな世界だと思われてるから、そうは思われないけれどね」


「でもかっこいいね。サユリお姉ちゃん」


「そう?ありがとう。あ、そろそろ夕飯の時間。じゃあね」


「じゃあ、また」


 同僚と温泉に行っているというサユリお姉ちゃん。もしかして付き合っている人かもしれないが、それはサユリならありえるし、深いことは聞かない。


 サユリお姉ちゃんは彼氏が途切れないし、常に華やかだ。かといって、適当な付き合いをしている気配もない。いい恋愛をしているのを、いつも感じる。それはいつもサユリお姉ちゃんが綺麗だからだ。心身共に充実している、それを感じさせる美しさが彼女から出ている。

 生き方は器用なサユリお姉ちゃんみたいにはいかないヒカリであるが、尊敬する女性の一人である。もちろん、ミドリお姉ちゃんもサユリお姉ちゃんと違ったかっこよさがある。それぞれのよさがあり、好きなところがある。

 こんなときにでさえ、頼ることができる姉妹に、ヒカリはなんだか嬉しくなった。


 そしてアドバイスに従って、ヒカリは行動することにした。そう逃げるのである。ヒカリは持ち前のスキルで、逃げた。広い上層部とはいえ、ヒカリは下層部へ行く道を見つけていく。しかし追手もあった。ヒカリは逃げ切れるかと思ったら、途中でソードに出会った。


「ヒカリ、状況はかわった。ヒカリは逃げろ!」


 ヒカリが逃げ出すことで、イベントはどんどん発生したようだ。ソードの話を聞けば、ヒカリが上層部に入ったことにより、ヒカリの属している組織のなかで権力闘争勃発したらしい。ノーブルの父である組織のボスのボスと組織のボスの戦い。組織は中層部では絶対的な権力をもつことになり、さらに上層部での権力を持ちたがっていた。


 そこでヒカリがノーブルの愛人になったことにより、上層部への足がかりとなった。そしてヒカリの逃走。上層部と組織との抗争が始まることになった。組織は、大がかりな衝突はするつもりはないそうだ。上層部に揺さぶりをかけて、自分たちの存在を誇示する。それが今回の目的だ。ソードは説明してくれた。


 ヒカリの知らないところで事態は変化していき、ノーブルと話をする間もなく、騒動に巻き込まれていく。ソードとともに逃走して、途中はバトル!バトル!銃で敵を倒していく。そうして中層部に戻ってくるも、そこにはギャングのドクロや一般階級のでも金持ちであるマニーもいた。彼らと結託して、この騒動。上層部VSその他が戦うことになってしまった。あくまでこれは政変であり、大がかりなバトルは起っていない。

 上層部より下の者たちが、上層部への反逆。ヒカリは組織のあるビルディングの中で、状況が変化していくのを聞いた。

 そして、数日後、ノーブルとヒカリが引き合わせられることになった。また政治的な利用をされることになるだろう。ヒカリは会談の席につかされることになった。

 

 通された会談の場。上層部へ続く通路の近くにある広間で行われた。

 ノーブルを筆頭に、会談をする上層部。そしてヒカリとソード、組織のボス。この騒動を資金的にバックアップしているらしいマニーたち親子もいた。


 「ヒカリ存在をないがしろにしたということ、それが誤解だ」


 ノーブルは会議でそれぞれの主張を述べ、話が続いたが、そもそも事の発端はヒカリの上層部へあがるということ。それを無碍(ムゲ)にした上層部からの信頼が揺らいだということだ。ヒカリは組織のボスと血のつがなりがあり、組織としては重要な存在であること。それを知ってなぜないがしろにしたのかということだ。


 ヒカリはボスと血のつながりがあることを、この場で初めて知ったし、あくまで自分は組織の一部。捨て駒であると思っていた。だから、この弁も怪しいものだと内心思いながら、これも交渉の手札なのかもしれないと思っていた。ノーブルは上層部ともめていて、ヒカリに会いにいくことはできなかったが、存在を無視したわけではないと述べた。


 「わたしが、ヒカリに会いにいけなかったのは。ほかに愛人を作ることをすすめられたからです。わたしには正妻はいません。今まで興味がなかったのです。人というものに。ですが、ヒカリの強さ、そして美しさに初めて人間に感心をもてました。だから決してヒカリをないがしろにすることはありません」


 ヒカリはノーブルが苦悩している顔に、ちょっと会いにこなかっただけで、こんな騒ぎになってしまったノーブルに内心同情していた。イベントが起らなかったから逃げただけであるので、ノーブルが嫌いになったわけでもない。

 

 ヒカリは何も口を出すわけにも行かず、それぞれの話を聞いているだけだった。

 しかし上層部とすれば、下層部の話をなぜ聞かなければならないのかという表情だった。あくまで上層部は、世界を支配する存在。下々の意見をきく必要はないのである。


 「ノーブルさまはこの件で大変心を痛めています。身分違いの娘を傍におくだけでも、こちらとしては譲歩している。そちらの要求は身の程をしらない行為である」


 大使としてノーブルの側近は不快感をあらわした。その不快感こそが、上層部の総意といってもいいだろう。


「では、ヒカリをもどしてくださいますか?ノーブルさまにとってはとるに足らない存在とそちらの方々はお思いになられています」


「ノーブルさま……、このような娘。ほかにもいますでしょう? 」


「わたしはヒカリがいい。わたしは今まで生きていなかった。彼女をみて、初めて生きているきがしたのだ」

 

 話は難航した。組織の要求は、組織の一部を上層部に作ることだ。上層部の仕事をもっと手軽に請け負いたい。つまりは上層部での出入りを簡単にし、顧客をえることが目的である。ようは、上層階での影響力を増大したいのである。上層階としては、危険分子をいれたくはないが、ノーブルがごねている。ヒカリを暗殺したりすればいいのだろうが、ヒカリは戦闘能力が高い。容易に暗殺できることはできない。

 

 交渉は、組織側に動いた。

 結果的に、ヒカリはノーブルと婚約者になった。結婚することで、ないがしろにする行為を世間に否定する形をとる。ヒカリの目的は結婚すること、結果オーライになった。しかしノーブルはやつれていく。 

 ヒカリは婚姻までにやつれていくノーブルを見ていることしかできなかった。


 そして結婚式にヒカリは、ノーブルの前に立つ。


「ノーブル、本当にいいの?」


「いいに決まっている。ヒカリと一緒にいられる方法はこれしかないのだから」


「でも、今幸せなの?ノーブルは? 」


「それは…………」


 ヒカリは迷った。乙女ゲームならば、主人公と相手が幸せになってこそ。結婚すれば幸せだなんて、それは安直すぎる。主人公たちが笑顔でなければならない。だってこれはゲームの世界。小さなしがらみに縛られて、苦しい思いをするのは現実だけで十分だ。


 ヒカリはノーブルの手を引いた。


「逃げだそう!わたしがノーブルをさらうよ、二人だけなら幸せになれる! 」


「ヒカリ!? 」


「ノーブルが笑ってないと意味がないでしょう?生活は不自由になっても、わたしは生きていける。ついてきて! 」


「ヒカリ、君にはかなわない!ついていくよ」


 ヒカリとノーブルは笑顔になり、式場を離れていった。追手がせまることもわかっているが、二人きりの新しい世界を見つけて幸せになろう。そう決めたヒカリたちのハッピーエンド。


 ヒカリは走りながら意識が遠くなっていくのを感じた。そして不意に意識が消えると、遠い地で笑いあい生活をするノーブル夫婦の姿が映った。彼らは幸せになったのだ。


 無事、ハッピーエンドを見届けた。



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