第21話 ダイヤ編 女子高生、結婚に悩む

「何故なの? 」


 目の前に泣いている女性がいる。

 ヒカリは夢の中にいた。ヒカリは彼女に責められていることがわかった。彼女は白い服をきている。まるで天使のよう。ただ髪の毛は漆黒であり、衣服がぼろぼろだった。裾が破けている。この世界に来る前に、みた夢のように、闇に染まった女性のようだ。聖女が魔女になってしまった。


「どうしました? 」


 ヒカリは地面にうずくまっている彼女に話しかけた。今の自分は、制服を着ていて普段のヒカリの姿であった。


「あなたは、なぜあの人に行きついてしまうの? 」


「あの人? 」


「わたくしの、愛しいあの人よ! 」


 魔女の愛しいあの人とは、魔女を捨てた男の人のことだろうかとヒカリは思った。彼女は嘆き悲しんでいるのだろう。


「あなたは、姿が違ってもあの人と結ばれてしまう。何故なの?姿が違うのに」


「見たとき、なんとなくそうかな?と思ったくらいで。でも今回は自信がないですよ」


「うそ!だって、またあの人とうまくいっているじゃない? 」


「えーと、それはダイヤ編のノーブルのことですか? 」


「そうよ! 」


 試しにカマをかけてみたら、魔女から有り難いネタバレを頂いた。自信がなかったが、魔女によるとノーブルは先輩でよかったみたいだ。事の発端の張本人が言い切っているなら、そうなのだろう。こんなに簡単に暴露してしまってよかったのだろうか。


「でも、たまたま攻略ルートに入ったといえど。実際に攻略できるかわからないですから」


「今回はとても強い術を使ったの。あの人の魂の痕跡を消せるくらいに」


「先輩は大丈夫なのですか?そんな強力な術を使って…………」


「そんなの分からない、ただあなたが憎い」


 腹が立ってきた。悲しい気持ちに飲み込まれてしまい、人の気持ちや命を踏みにじっても何も感じなくなってきているのかもしれない。闇におちた魔女。


「先輩は悪くないじゃないですか?だって、あなたの愛しいあの人は、別にいるのでしょう? 」


 きっとヒカリを睨み返してきた。彼女は片方が美しい金色の瞳だった。しかしもう片方は、闇に墜ちた瞳、赤く黒くそして落ち窪んでいた。


 もともととても美しい人だったに違いない。髪の毛もぼさぼさになり、服もぼろぼろになっている。長い時間こうやって人を恨み、嘆き、自棄になっていたのかもしれない。


 辛い、辛いと伝わってきた。


 ヒカリはたがか16年しか生きていない。だけれど、彼女のやっていることは間違っていると思った。例え、辛くても悲しくても、どんなに身がちぎれるくらいの現実があったしても。誰かに迷惑をかけることはあってはならない。関係ないひとを巻き込んではならない。


 こんなことは子どもでもわかることだ。聖女と言われた女性がなぜわからないのだろう。


「こんなことして、気持ちが晴れますか? 」


「あなたに何がわかるの?好きな人と結ばれて、ハッピーエンドになれて」


「それはこの中だけの話ですよ。わたしと先輩は、現実では何も始まってすらないです」


「でも、わたくしが邪魔をしても、何度も何度も何度も…………」


「じゃあどうすればいいんですか? 」


 ヒカリはただ恨み言を連ねるだけの魔女の愚痴をきくのも無駄に思った。まるで反省の色もない。自分ばかり不幸だと思っている彼女には何も届かないかもしれない。でも、もし彼女がどうしたいのかわかれば、何かかわるかもしれない。何か解決する手段が見つかるかもしれない。


「わたしが、不幸になればいいのですか?先輩と結ばれず、わたしは消えればいいのですか?先輩をこの世界に閉じ込めれば満足するのですか? 」


「わたくしを説教するのですか?人間のくせに!なにも知らないくせに!」


「何もしりません。でも、説教をするつもりでもありません。でもわたしは知りたいです。なぜこうなったのかを。いきなりこの世界にきて、なぜ巻き込まれてしまったのかを」


「…………どうせ、あなたにはわからない」


「どうしたら、話してくれますか?」


「ダイヤの世界で。あの方と結婚できたら、話してあげてもいいでしょう」


「結婚?!あの方…………ってノーブル?! 」


「そう、殿上人といってもよい方。あなたとは結ばれるはずもない。だってわたくしだって結ばれることはできなかったのだから。愛していたのに」


「あなたも?どういうこと…………? 」


「さあ、もう話はおしまい」


 魔女がふっと立ち上がると、たちまちヒカリの意識は途切れた。






******






 次に目が覚めるとそこは、ベッドの上だった。



 そう、またダイヤの世界のゲームの世界。ここはヒカリが属する組織の私室。日々トレーニングをしているらしく、体を鍛える器具も部屋には置いてある。眺めがいいこの部屋は、街をみることができる。するとベッドヘッドのスピーカーから音声が聞こえた。兄がわりであるソードが部屋に訪問したいという伝言だった。ヒカリは身支度を調えて、ソードが来るのを待った。


「ヒカリ、邪魔をする」


 ソードが部屋に入ってきた。ヒカリはすぐ任務を受けられるように、身支度を整え、TN-Kも傍に置いておいた。ソードはいつものように落ち着いてはいるが、顔色があまりよくなさそうだった。そしてヒカリに促されるまま、ソファに腰掛けた。ヒカリはその対面に座る。


「ヒカリ、大変なことが起った」


「はい」


「実は、上層の連中が…………いやこの組織のボスのボスに息子がいる。それにヒカリを預けるように報せがあった」


「預ける?任務ではないのですか? 」


「任務といえば任務である。大切な役目といえばそうだ」


「はい」


「ただ、それはソルジャーとしての役目ではない。息子の愛妾になれということだ」


「え…………ノーブルさまの」


「ああ、小さい頃からソルジャーとして腕を磨いていたヒカリに対する侮辱だと思う。しかし逆らうことはできない。ボスは今回の話をうけたそうだ。莫大な権利と引換えに」


「仕方ないでしょう。それがわたしの役目なのだとしたら」


 ヒカリと言えば、特にソルジャーであることに誇りを持っていたわけでもない。キャラクターの心情とすれば、複雑ではあるだろうが、物語の進行上恋愛フラグがたっている。むしろ乙女ゲームの展開とすれば、ありえる展開だろう。先ほど夢に出てきた、魔女からの指令もあり、ノーブルとの結婚まで行き着かなければならない。ソルジャー稼業は引退して、恋愛イベントを消化することが先決である。


「今は何もできない兄を許してくれ、きっと助けてやるから」


「いえ、ソード。そんなことは望んでいない。わたしはわたしで幸せになるわ」


「そうか、女としての幸せも大切だよな。こんな危険な仕事から離れられると思うなら、いいことなのかもしれない」


「そう簡単なことではないかもしれない。ボスの考えがあるなら。その辺りは指示を受けてみないことには」


「ああ、確かに。愛妾の名目で、工作活動もあるかもしれない」


「ええ、どんな意図なのか判断しかねるわ」


 とりあえず任務に真剣な主人公というキャラ上、こういった受け答えをしていたが、ヒカリも実際どういう意図でこんな指令がきたのか判断できていなかった。攻略ルートに入っている今、ノーブルを真に攻略するには愛妾ではだめだ。そう、結婚までいかなくてはハッピーエンドにはいけなさそうだ。愛妾というからには、ノーブルには正妻もいるかもしれない。いろんな妄想と戦いながら、ヒカリはソードの話を話半分で聞いていた。


 そして三日後には、ノーブルの居住区に移動することが言い渡された。




「ヒカリ、楽しそうヤン」


「ノーブルをめぐる女同士の戦いって展開を妄想していたら、楽しくなってきちゃって」


「緊張感がないヤン」


 TN-Kと二人部屋でゆっくり時間がとれたのはその二日後の夜だった。今までの仲間と別れを告げるイベントや、ボスに話しを聞いたりするイベントはあったが、説明を聞いているだけなので、聞き流していた。あとでゲーム進行については設定画面から確認できる。聞かなくても大丈夫な展開だと判断していた。


 ヒカリはその間、愛妾と正妻の女同士のバトルを考えながら、一人楽しんでいた。ハーレムのドロドロした世界、愛と憎しみが夫を中心に渦巻く。ドラマで見る分には楽しい世界だ。実際巻き込まれたら、嫌だけれど。

 TN-Kは緊張感がないと呆れるが、ヒカリとすればお互いさまとしか言えない。ゲームオーバーなったら終わりであるのに、慣れればそれなりに楽しめている。TN-Kも今回は沈黙するだけでいいと分っているので、これ幸いと休憩を楽しんでいるようだ。


「でもTN-Kってあちらの世界に持ち込みできるのかな? 」


 その心配はなかった。とりあえず、愛妾といえども警護も兼ねた存在であるらしい今回の指令。


 迎えが来たときは、衣服を白い衣に着替え、大きな宝石を首にさげられた。その重さはまるで首輪をつけられた気分だった。侮蔑を含む視線を受けて、それほど歓迎されていないだろうこの件。あくまでよそ者扱いされているのはわかる。それはそうだ。あくまで一時の気まぐれであり、ヒカリの出自は最下層であり、ソルジャーにならなければこんな生活はおくれなかった(という設定のようだ)


 しかし特に変化はなかった。


 部屋に案内され、そこにノーブルが通ってくるようだ。しかし忙しいのかノーブルは来ない。ヒカリは放置されてしまった。このまま無駄に時間が過ぎるのだろうか。ノーブルと結婚しないと、魔女にこの世界にきた理由が聞けない。ヒカリはTN-Kを持ち、部屋から出てノーブルを探すことにした。

 だが、迷宮のように広い屋敷。外にでても、島がいくつも浮かんでいて、どこのノーブルがいるかさえわからない。


「ヤンヤン、まだルートに入ったままでいいの?」


「今はTN-Kヤン!ヤーン、まだバッドエンドじゃないヤン」


「そう、勝手に出てきてもゲームオーバーじゃないってことね。じゃあこれが正解ね」


「困っているなら、天使に聞けばいいヤン! 」


「ノーブルがどこにいるかなんてわかる? 」


「天使なら知っているかもしれないヤン! 」


「じゃあお願い」


 ヒカリが頼むとTN-Kはコンパクトになり、ポンと音をたてて変化した。化けタヌキの変化の術を見ている気分である。そうすると見えてきたのは、スマートフォン。ヒカリが最初に手にしたラブリーなタヌキ柄のケースに入っているものだった。ノーブルと結婚するため、彼を見つけなければならない。

 

 天使に聞いてみることにした。

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